スイート ラブリー セブンティーン   作:紅葉崎もみじ

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「おじゃましまーす」

「い、いらっしゃい…」

 

 ガチガチに緊張する男子の脇をするりと抜けて、部屋にしかれたクッションに図々しく腰を下ろした。

 

「? どーしたの、あんたも座ったら?」

「え、あ、はい。失礼します…」

「いや、あんたの部屋でしょココ」

 

 そう、現在彩香がいるのは彼の自宅の。

 彼の自室だった。

 

 先日、ついに所持金が尽きてしまった男子がコンビニで会うのは厳しいと白状した。

 綾香としては、別に何も買い物しなくたって居座ればいいと思うのだが。店に迷惑で心苦しいということらしい。

 律義な性格に呆れつつ、ではどうするかと考えたところ…。

 

 だったら彼の家に行こうと、綾香は提案した。

 

「ま、無難だったよね」

「はい?」

「いんや、何でもない」

 

 金がない状態で集まるとなれば図書館など、無料で使える公共機関になるのだろうが。

 あいにくと最寄りの図書館は電車で数駅先。

 無料を目当てに移動費を払うのは、本末転倒であろう。

 

 自転車で行けなくもないが、そもそも放課後会話するだけのために。

 自転車を漕いで、その数倍の時間を移動に使うというのも…。

 

 結果。

 様々な要因を加味し「もう家に行きゃいいんじゃね?」という発想に至ったのだ。

 

 まあ、悪い選択ではなかったはずだ。

 個人的な感情を無視すれば、金はかからないし。

 二人で会っているところを友人に見られる心配もない。

 

 ここ数週間の付き合いで、彼に対する嫌悪感などは大分薄れているし。

 家に行くことも、そんなに抵抗がなくなっていた。

 

 そうだ、これがベストだ。

 ミッションの『相手の家に訪問する』を達成することも出来るし。

 言い訳じみた理論武装を心中で展開する彩香。

 

 

 未だ身体をこわばらせている男子をしり目に、きょろきょろと物珍しそうに部屋を見渡す。

 

「えっと、何です?」

「いや、意外と片付いてんだなーって。もっとアニメのポスターとかべたべた張ってんのかと」

「何というか、オタクの解像度が古いですね」

 

 彼が見た目にたがわず、アニメやゲームなどのサブカルチャーが好きなことは今までの交流で把握している。

 その情報から、自室の内装を偏見に任せて予想していたようだが。いい意味で裏切られた。

 

 漫画やラノベはもっぱら電子書籍(漫画は基本無料のサイトを利用して読んでいるらしい)、アニメは親が契約している定額サイトで視聴しているそうだ。

 フィギュアなどのグッズに興味がないと言えばウソになるが、流石にお小遣いでは手が出ないとのこと。

 

「ふーん。それにしたって結構きれい好きなんだね。ホコリとかもないし、ちゃんと掃除してんだ」

「あー、ハイ。そうですね」

 

 ──ああ、これお母さんとかにやってもらってんな。

 歯切れの悪い返答に、実情を察して呆れる。

 

 この話は広げない方がいいと判断し、室内で結構な存在感を放っている家電に話題を反らす。

 

「んじゃさ、このテレビで定額見れんの?」

「え? ああ、はい。ファミリーアカウントで」

「へーすごいじゃん」

 

 彩香の家でも自室にテレビはあるし、親が定額サイトに加入もしているが。

 自室のテレビは型が古いお下がり品のため、ネットに接続する機能がなく。結局リビングでのチャンネル争い(この表現で適切かは分からんが)が日夜起こっている。

 

「あ、よかったら何か見ます?」

 

 緊張でろくに思考が回らない男子はこれ幸いとテレビを点けた。

 映画なりドラマなりを見ていれば、その間無言だったとしても気まずくない。

 

「んー、じゃアニメ見ようよ」

「えっ⁈」

 

 よほど予想外だったのか、彩香の返答を聞いた彼は今までで1番の声量で驚く。

 

「見れんでしょ?」

「見れますけど…。いいんですか? ドラマとかそんなんじゃなくて」

「いつでも見れるもん今見たってしゃーないでしょ。アニメなんて今みたいな時しか見ないだろうし、そっちの方があんた楽しいでしょ」

 

 半分本当で、半分嘘だ。

 確かに、この状況では自分が好きなものより彼の好みを優先した方がいいと判断したのは事実だが。

 どうせアプリに「一緒にアニメを見る」や「相手の趣味を一緒に楽しむ」のようなミッションがあるだろうと推察した打算的な感情もあった。

 

「わ、分かりました…。えっと、じゃあどうしましょう。加藤さんが楽しめる作品だとどのあたりになるんだ…?」

 

 リモコンを操作し、無難な作品を探していると。

 

「いや、そういうんじゃなくて。あんたが見てるやつを見たいっつってんの」

「あっ」

 

 有無を言わせず、リモコンを奪われる。

 家で加入しているものとは別のサイトだが、現代っ子なら仕様がある程度似通っていれば問題なく操作できる。

 

 早速視聴履歴を確認し、直近で見ていたアニメを再生させた。

 

「えっ! これみるんですか…?」

「なに? なんかマズいの」

「いや、その。そういう訳じゃないんですけど。何といいますか…」

「別に面白くなくても文句なんか言わないって、ちょっと見てみたいだけ」

 

 そういう彩香の目には結構好奇心の色が宿っている。

 彩香も幼少期、いたいけな少女だった時代は日曜朝に放送される女児向けアニメを楽しみにしていたことも確かにあったし。

 社会現象になるような有名どころのアニメ映画を付き合いで見ることもあった。

 

 よって、所謂アニメオタクと呼ばれる人種に嫌悪感こそあれ。アニメという題材事態への偏見などは実は無かったりする。

 

 なので今しがた視聴するアニメへの期待と楽しみを純粋に感じている状態なわけだが。

 

 記憶の中にある女児向けアニメは、当時の思い出補正があり。

 最近見たアニメ映画は、彼女のような一般人にまで浸透するようなところから察せるだろうが。そんな作品は総じてクオリティーがバケモノのように高いものであるため。彼女も素直に面白いと感じられるほどだった。

 

 なので、彼女はいわゆる凡作。

 もっというとネットで酷評を受けるような低品質のアニメ作品に触れた経験がないため、無意識のハードルが高めに設定されていた。

 

 そんな少女が生まれて初めて、

 

 

 ネット小説が元になった半アマチュア作家の欲望と自己愛を煮凝りにしたようなライトノベル作品のスタッフ等関係者のやる気も感じられない低品質なアニメ版──

 

 

 を視聴することになった。

 

「‥‥」

「‥‥」

 

 本編が終了し、ポップな曲調に上手いのか下手なのか評価に困る歌声が乗ったED曲が響く室内の空気は重い。

 

 やたらと長く感じた1分強のEDが終わるころ、彩香が口を開く。

 

「あのさ」

「‥‥はい」

「これ面白いの?」

「‥‥スゥーッ」

 

 少年は答えられない。

 だが、少女は畳みかける。

 

「なんていうか、その。うまい言い方わかんないけどさ」

「‥‥」

「こういうのが好きなの?」

「いや、好きって訳ではないんですけど…。なんていうか話題になってた作品を消費しとこう的な感じだったっていうか」

「これ流行ってんの?」

「流行って…る、のかなあ?」

 

──なんで歯切れ悪いんだよ。

 

「まあ、流行ってるっていうか。最近こういう微妙な作品をネットでやんや言うのが流行ってるっていうか」

「…よく分からん」

「えーっと、自販機とかの飲む前から不味いって分かり切ってるジュースを飲んでみて友達とまずいまずいって騒いでる感じ…ですかね?」

「あー」

 

 ようやく合点がいく説明がされた。

 

「で、そういうアンタは?」

「え」

「このアニメどうだったって聞いてんの」

「あー…」

 

 オタク文化に慣れてない人間に、サブカル作品の感想を言うのは少々精神を使う。

 彼も普段SNS等で使用しているネットスラングなどを避け、無難な語彙を選択し。尚且つ熱が入って相手の顔色も窺わず言葉を一方的にぶつけないよう細心の注意を重ねていた。

 

 いた、のだが。

 そもそも彼女が求めていた感想というのは、彼自身の感情。

 つまりは「面白かった」か「つまらなかった」かという気持ちの話だったのに対し。

 

 彼はやれ声優の演技だの、作画だの。

 作品を査定したような、評論…した気になっている批評的なものであったため。

 根本的な部分で気遣いがすれ違っていた…。

 

「‥‥んー、とりあえず」

 

 正直、そんな益体もないような言葉の羅列に微塵も興味のない彩香は。

 

「要は、出てきた女の子のエロい格好が好きって話でいい?」

「ぶっ!」

 

 めんどくさくなって、そんな風に彼の感想を要約した。

 

「ち、ちがいますよっ。誰もそんなこと…」

「言ってたじゃん、ヒロインの服がどうとかって」

「露出の高い服で視聴者の興味を引いて、作品を見てもらおうとする戦術だって話です!」

「で、あんたも見たんでしょ」

「‥‥」

 

 図星のようだった。

 

「ああいうのが好きなの?」

「へっ?」

「ああいう格好した女が出るアニメが好きなの、って」

「え、いや、その。確かにそういうのも見ますけど。いつも見るのはもっとこうバトル系とか…!」

「見てんのは見てんでしょ?」

「‥‥はい」

 

 彩香の質問に、真っ赤な顔の少年は答える。

 

「じゃあ好きなんだ」

「いや、えっと…」

「ああいう女が出る、エロいの好きなんだ」

「その‥‥もう勘弁してください」

 

 彩香のニヤニヤしたからかいの視線に、耐えかねた少年は顔を伏せた。

 

 その後、全力で顔を反らして距離をとる男子と。

 グイグイ距離を詰め、アニメをネタに羞恥心を煽るちょっかいをかける彩香の攻防はしばらく続いた。

 

 ──アニメはつまんなかったけど、アニメをダシにこいつをいじるのはそこそこ面白かったかな。

 

 

 ちなみに、彩香が帰宅する際共働きしている少年の両親と玄関先でばったり出くわし。それはもう面倒なひと悶着があったわけだが。それは別の話。

 

 * * *

 

「タケルー。こっちこっち~」

「加藤さんっ。すみません、待たせて…」

「別に待ってないって、ほら行こ」

 

 彩香と少年──木戸(きど) 健(たける)との交流が始まって二か月が経過した。

 

 現在では放課後に彼の家に集まることがお決まりになり。

 今日は初めて、ふたりで休日に外出していた。

 

 目的地は…。

 

「あの、本当に行くんですか?」

「いまさら何言ってんの、そういう話だったでしょうが」

「そうなんですけど…」

 

 二人は街の主要駅で落ちあい、都心部の方へ移動し始める。

 やがてその足は一つの建物の前で止まった。

 

「ふーん、外から見ても「いかにも」って感じじゃないんだ」

「まあ、そこは周りの景観に配慮されてるんじゃないですか? それかビルのいちテナントなので、派手なことできないとか」

「なるほど」

 

 目的地であった雑居ビルのやたらと狭い階段を上り、一フロアを使用した店舗へ入店した。

 

「ほへー」

 

 そこには彩香にとって未知の世界が広がっていた。

 壁どころか床、天井からつるされた広告にでかでかと描かれた美少女キャラクター。

 漫画やゲームが棚に所狭しと並べられ、設置されたショーケースにはむき出しで持ち運べば一発で通報されるレベルの美少女フィギュアが陳列されている。

 極めつけは、店内にいる客層だ。

 

 さすがにポスターが刺さったリュックを背負って、チェックシャツにバンダナを頭に巻いているようなステレオタイプは存在しないが。

 ベッドから起きた状態のままキープしているような無頓着な毛髪や、床に放っていた衣類をアイロンもせずに着まわしていることが察せられるしわだらけのシャツ。色合わせの知識など皆無であろうことから、そろいもそろって無彩色の衣類で全身を固めている。

 

 なんというか、店の内装は彩度が高くそこそこ小ぎれいなはずなのだが。

 客のひとりひとりがどんよりとした雰囲気を醸し出しているような気がして、まるで洞窟にでもいるような閉塞感を感じてしまう。

 

 ──これがオタクショップってやつかあ…。

 

 健のオタク趣味に(表面上)理解を示す行動を心がけていた彩香は。

 サブカルチャーに興味があるふりをして、一度こういう店に行ってみたいと話の流れで提案したのだった。

 

 まあ完全にウソという訳でもない。

 臭いものを嗅ぎに行く、というか怖いもの見たさ的な興味ではあったが。

 

 

 百聞は一見に如かず。

 話には聞いていたが。やはり実際に訪れてみると、聞いたこと以上の情報が伝わってくるものだと彩香は実感する。

 

「加藤さん、大丈夫ですか?」

「んあ、あー。ダイジョブダイジョブ。ちょっと面食らっただけ」

 

 以前であれば、あまりの嫌悪感に顔をゆがめて悪態の一つや二つ出ただろうが。

 隣の男で大分と耐性が出来ていたようで、一瞬体が硬直しただけで悪感情が漏れることはなかった。

 

 気を取り直して、二人は店内を並んでめぐり始める。

 

 派手な見た目の彩香であるが、店内ではそれほど悪目立ちはしていない。

 昨今アニメという文化は昔よりもポピュラーになりつつある関係上、こういう店に若い女性客がいることも…多くないにしてもさほど珍しいことではなかった。

 

 今回こういう店は初めてな彩香に合わせて、健はとりあえず彼女の興味が引くものを優先させた。

 

「あーこれこの前見たアニメ。漫画もあるの?」

「あ、それはコミカライズ版ですね」

「? よくわかんないけど、なんかちょっと顔とか違くない?」

「それはそういうもんていうか…」

 

 漫画を冷やかし。

 

「あ、これ私見てた」

「あー確かに自分たちの直撃はこれですね」

「これってまだやってんの?」

「はい、シリーズはまだ続いてますよ」

「すごっ」

 

 DVD等、映像媒体を眺め。

 

「これが同人ってやつ?」

「そうですね、個人が二次創作…あー、漫画とかのキャラを使って作ってるやつですね。オリキャラのやつもありますけど」

「ふーん。…著作権とか大丈夫なの?」

「‥‥」

「ねえ」

「あー、それはグレーゾーンっていうか」

「‥‥この店大丈夫?」

「大丈夫です大丈夫です! 別に違法な店ってわけじゃないんでっ」

 

 同人コーナーで違法と脱法の綱渡りを肌で感じたりしていた。

 

 と、ここで店の一角を仕切っているのれんをくぐろうとする彩香を健は全力で止める。

 

「ちょちょちょ、加藤さん! そこはダメですって」

「なんでよ」

「なんでって、描いてある文字読めないんですかっ」

 

 のれんにはしっかりと「18歳未満はお断り」の文字が記されている。

 

「別にいいでしょ、私17だから誤差誤差」

「ダメですって!」

「アンタだって入ったことあんでしょ」

「ないですよっ」

「ないの⁈」

 

 驚きだった。

 てっきりこういうやつは「こういうの」に手を出すことに躊躇がないのかと思っていた。

 

 が、確かに彼には店舗の成人向けコーナーに足を踏み入れた事実はない。

 しかし実際には通販やDL販売によって、大人向けコンテンツに触れたことがないわけではなかった。

 

 ‥‥まあ、嘘は言ってない。

 

「あんたってホント、変なとこ律儀よね…」

「ほら、いつまでもここに居ちゃ迷惑ですし。行きましょう」

 

 健は彩香の手(・)を(・)引(・)き(・)、その場をあとにする。

 その顔には彼女の蛮行を防ぐことが出来た安堵が浮かんでいた。

 

 主に二つの意味で。

 

 18歳未満の年齢で成人向けコーナーに入ることを誰かにとがめられる危険を回避した、小心者としての安堵と。

 

 のれんの先に感じた人の気配。

 彼らが「そういう商品」を物色している現場を女性に見られるというトラブルを未然に防ぐことが出来た男性としての安堵。

 

 まだ独り立ちもしていない若造の健にも武士の情けというものはあった。

 

「‥‥はっ」

 

 安堵と些細な達成感が収まった段階で。自分の手に伝わる感触…ひいては自分が無意識に行った行動を自覚しどっと冷や汗があふれ出す。

 

 ちらり。

 視線を自分の腕の先にやると、彩香の右腕。

 前腕の肘に近い位置を自分の手がしっかりと握っていた。

 

 幸い、上着は長袖だったため肌に直接触れてはいない。

 しかし、それでも女性の身体に無遠慮に触れたという罪状に対する酌量には弱すぎるのではなかろうか。

 

 おそるおそる、視線を上に上げ。

 彼女の表情を確認すると、予想に反して彩香は特に気にした様子もない。

 

「どしたの?」

「え…あ、いや。すいません」

 

 その反応は意外だったが、謝罪と共に手を放す。

 彩香はその言葉と、自分の腕から離れる手を見てようやく「ああ」と納得の表情を浮かべる。

 

「別にいいって、そんなの。気にしすぎ」

「え、ああ。そうですか…」

 

 彼女の言葉に胸をなでおろすが、それ以上に自意識過剰な反応をしてしまった気恥ずかしさで健の頬に朱がさす。

 

「‥‥」

 

 そんな様子を見た彩香は、数秒考えこんだ後。

 

「いや、私は気にしないけど。確かに女の腕いきなりつかむのはどうかと思うから、次の機会があったらちゃんと確認とってからつかみな」

「は、はあ…分かりました」

 

 自分に次の機会なんかないですよ、という内心を隠し生返事を返す健に。

 

「じゃあ、はい」

 

 まるで差し出されるように、彼女の手が。

 否、実際彼に向けてその手が差し出される。

 

「は、はい?」

「ん」

「え?」

「んっ」

「いや、何やって…」

「つなぎたいんじゃないの?」

「へっ⁈」

 

 まるで想定外の言葉に、健の脳は軽いパニックに陥っていた。

 彼女が何を考えているのか、まるで分からない。

 

「い、いや。さっきのはそういうのじゃなくて。とっさにというか、そういうのがあったわけでは…」

 

 もはや言葉の要領もつかめず、何が言いたいのか。

 というか本人も何を言っているのか把握していないだろう。

 

 そんな混乱をぶった切る様に言葉が続く。

 

「私とつなぎたくないの?」

「えっ」

「つなぎたくないんだ…」

「いや、その…」

「へー、そうなんだー。ふーん」

「つ、つなぎたいです」

「誰と?」

「‥‥」

「誰と何がしたいのー?」

「か、加藤さんと…」

「私とー?」

「手が、つなぎたいです」

 

 言葉にしながら、健の頭には「自分はなぜかけらも思ってないことを本心のように言っているのか」という疑問でいっぱいだった。

 誓ってそんな欲望はなかった。

 

 いや、そんな欲望を持つこともおこがましいと思っていた。

 なので思わないようにしていた。

 

 だというのに、なんで自分は…。

 

「じゃあ、ちゃんと確認しないと」

「‥‥」

「次はちゃんと確認しなさいって言ったよね?」

「あ…」

 

 頭は未だ混乱している。

 しかし、女の子と手をつなぐという。どこかで諦めつつ、確かにどこかで憧れていた行為が実現するかもしれないという状況に抗える自制心は持ち合わせていなかった。

 

「か、加藤さん…と。手を、つないでいいですか?」

「ふふっ。

 

 

 ダメー」

 

 

 そして盛大にはしごを外された。

 

「ええっ⁈」

「ふふっ、冗談冗談。もうー、そんなにがっかりして。からかい甲斐があるなー」

 

 けらけらと笑って、彼女は健の手を取った。

 

「あっ」

「ほら、次はカード売ってる店行くんでしょ。よく知らないけど」

「あ、はい…」

 

 手のひらに伝わる感触、そして彼女の優し気な声に思考を奪われ生返事しかできず。半ば引きずられるように歩き出す。

 

 ──ちょろいなー、ほんと。

 

 相手から見えない角度で、呆れ顔を浮かべる彩香。

 

 だが、その瞳には飼い犬が初めて芸を覚えた時のような慈しみの感情が確かに宿っていることを。

 自覚しているのか、いないのか。

 

 それは本人にしか分からない。

 

 

 ちなみに。

 そんな二人の、まあ表面上だけ見れば甘酸っぱいやり取りに。

 周りの客や、店員は皆総じて何とも言えない表情を浮かべ。居心地の悪そうに気配を消していた。

 

 

 更に、ちなみに。

 その後、はしごしたカードショップにて。店内に漂う異様な臭気に。

 ある程度の耐性ができていた彩香も。

 嗅覚という別角度の不快にやられ、数分で退散するという一幕があった。

 二度と行かない、って思った。

 

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