好意。
相手をこのましいと思う気持ち。また、慕わしい気持ち。
手の中にある文明の利器の結晶は、彼女の疑問にそう答えた。
それを見た彼女はこう思った。
──慕わしい、って。なんて読むの?
‥‥。
某、対話宇宙人は正しかった。
警告が来た翌日、彩香は健に会わなかった。
理由は適当にでっち上げて。
動揺、していたのだと思う。
その動揺が、彼に伝わってほしくなかった。
彼女は辟易する。
見栄っ張りというか。虚勢を張る習性は何も変わっていない。
結局これこそが自分の本質だと、自らの行動から見せつけられているかのようだった。
「はあ…」
帰宅し自室のベッドに倒れ込んだ。
着替える手間も億劫で、制服のままである。
潔癖症の気がある母親に見られれば目くじらを立てられるだろうが、そんなことに気を回す余裕は無かった。
「好意…か」
ありえない、と。
以前の自分ならば笑い飛ばす、ないしは激昂していたのだろう。
しかし、今はその事実を受け止めてある種冷静だった。
気疲れはしているが。
うん。
まあ、うん。
うん分かった、認めよう。この際認めよう。
──私はあいつに好意を持っている。それは認めてやろうじゃん。
多少気が動転しつつも、彩香はその事実と向き合った。
が、
──好意、って言ってもいろいろあるし。まあ、一緒にいて嫌じゃないけど、そんなドキドキするって感じのやつじゃないし…!
好意の一言で男女のあれこれに飛躍させるのは、いささか恋愛脳が過ぎる発想だろう。
なんて、向き合った事実から視線を逸らしてはいたが。
しかし現実は待たない。
逃げても逃げても引きはがせない。
むしろ逃げれば逃げるほど、むざむざと眼前に現れ直視させられるものだ。
「‥‥」
彩香はアプリを起動する。
画面に表示されるのは例の警告。
さらに画面をスクロールすると、次のような文が続く。
『警告が解除されるまでポイントの増減は停止状態となります。
解除するためには、対象の限定を解除。
及び、対象への接触を二度と行わないこと。
以上を固く『同意』していただければ、ポイントの停止を解除し。
並びに停止中に獲得予定だったポイントも全て付与いたします。
この警告を表示後、48時間以内に同意を得られない場合。
強制退会処分を強行させていただきます』
48時間。
否、すでに丸一日経過しているため24時間である。
この時間を充分と捉えるか、足りないと捉えるか。人によるところだろう。
そして、彼女にとっては…。
「ちょっと待ってよ…」
これまでの人生、今以上に時間に切迫感を覚えたことがあっただろうか?
少なくとも、日曜日の夜や。試験期間。
高校受験の時だって、今ほど時間が止まってほしいと思っていなかったと。彼女は信じていた。
しかし、どれだけ嘆いたところで時は待ってくれない。
否応にも答えを出さなければいけない。
思考をシンプルにしよう。
この問題の選択肢は二つだ。
ミッション対象の健を切り捨てて、アプリの利用を続けるか。
はたまたアプリを捨てて、健との関係を続けるか。
否、もっと簡略化しよう。
要は、金をとるか。彼をとるかという話しだ。
「‥‥」
溜め息。それは自覚しているためだ。
加藤 彩香は悩む。
…悩んでしまっている。
つまるところ、彼女はその選択によって得られるものが
それは彼女にとって金の価値が下がったためなのか。
それとも、彼の価値が上がったからなのか。
何にせよ、彩香は考える。考えれば考えるほど悩んでしまう。
「‥‥」
また、溜め息。それはやはり自覚しているからだ。
悩みというものは大抵、悩みだした段階で既に本人の中で答えは出ているものだからだ。
「なんてこった…」
──私は、彼が好きになっていた。
* * *
「あの…」
「‥‥」
「加藤さん、何かありました…?」
「‥‥」
「もしかして…おれ、なんかしました?」
「‥‥」
「えっと…」
放課後、彩香は二日ぶりに健の部屋へとやってきていた。
しかしその様子はおかしいものだった。
根暗の健との会話を円滑にするために、ちょっとわざとらしいくらい明るく振舞い。
話題を振ったり、相手の気分がよくなる返答を心がけたりと。まるでホステスのようなやり取りを今まで行ってきた。
「‥‥」
「‥‥」
しかし、現在の彩香は気だるげな様子で座り込み。
健からの質問にまともに答えることもなかった。
やがて彼の方も発言を止め黙り込む。
部屋には気まずい空気が流れ始めた。
「‥‥」
まるで不機嫌のようにも見える彩香の態度。
だが決して怒っているわけでも、気が沈んでいるわけでもなかった。
「ぁ…」
「‥‥」
「あ、の…」
「‥‥」
「あのさっ!」
「っ⁈」
先ほどまで黙りこくっていた様子がウソのように、張り上げる声。
もちろん、そんな声量を出さなくとも声が届く距離にいた健は「びくり」と身を震わせ彩香に困惑の目を向ける。
「な、なんです…?」
「あ、え…っと」
声の主はそんな視線に耐えられなくなったのか、顔を背けしばらく益体のない言葉をブツブツとつぶやいた後に言う。
「…なんでもない、ごめん」
「そ、そうですか」
膝を抱え、顔を隠した隣の少女に困惑する。
いや、もう心配していると言っていいだろう。
彼の中では、いつも朗らかで明るく。
口下手な自分にイラつくことなく、会話を合わせてくれる優しい女の子。
そんな彼女の様子が、なんだかおかしい。
もちろん、そんな状態の女の子を放置するほど薄情ではなかったし。
人付き合いが苦手で、消極的な健でも何とかしないといけないと思っていた。
怒っているのか。落ち込んでいるのか。
会わなかった昨日、一昨日の間に何かあったのだろうか?
原因をいろいろと探っている健であったが、彼は根本的に思い違いをしている。
確かに前二日に原因があるのは間違っていない。
しかし、そもそも彼女は怒っているわけでも落ち込んでいるわけでもないのだ。
彼女はただ、
「‥‥」
ただ、焦っているだけだ。
──なんでこいつなんだろ?
何度目になるかという疑問。
それを再度反芻する。
好きになることに理由はない、というが。
しかしながら好意を覚えるのには原因があるものだ。
外見。
性格。
知識。
経済力。
それは様々あるだろう。
少なくとも、目の前のこの男にそれらが備わっているかと聞かれれば。
彩香は遠慮なく「NO」と答える。
恋愛経験は多くないが、決してゼロではない。
彼氏がいたこともある。
──すぐに別れたけど。
クラス内で女子に人気が出るタイプの男子と関わったことがないこともない。
彼らと比べると、この男は一段どころか。二段も三段も劣っている。
なのに、なんで自分はこの男に惹かれたのか?
その答えがまだ出ない。
だからまだ迷う。
結論は出ている。しかし、その結論に至るまでの過程が分からないから気持ちが悪い。
裁判をすっ飛ばされて、刑罰が確定した気分だ。
納得できない。
そう、彼女は納得したいのだ。
納得して、さっさと告白したいのだ。
「‥‥」
溜め息…をつきたいが、流石に当てつけのようになってしまうため我慢する。
何をぐだぐだと悩んでいるのか、と。彼女自身が呆れている。
好きだと自覚したなら、さっさと告白すればいい。
女っ気など皆無だった男子なんて、告白してしまえば二つ返事でOKがもらえるだろう。なんて失礼なことを考えているくらいだ。
でも納得できない。
納得のいかないまま行動し、それで望む結果が得られたとして。
それでは、もやもやしたものがこの先ずっと消えないような気がする。
そのもやもやが消えなければ、どれだけ幸せになろうとも自分は満足することはないだろうと。彼女は確信していた。
論理性などかけらもない、感情感覚の問題。
しかし、それが重要であることを本能的に察していた。
逆に言えば、納得さえできるのなら。
たとえ自分がどれだけ不幸にさらされようが。どんな困難に見舞われようが。
それさえできれば自分は満足できる。そう思った。
「‥‥」
ちらりと時計を見る。強制退会まで一時間を切った。
秒針の音を聞くたび、じりじりと焦燥が身を焦がす。
今日、ここに来るまでに彩香はあることを決めていた。
強制退会までに「好きになった理由」を見つけられれば、自分は納得する。と。
自己暗示のようなものだろうか。
それとも、抽象的な目標を達成するために。仮の達成条件を設定したか。
ともすれば神風主義的な発想かもしれない。
重要な決断を、外的要因にゆだねようとしているのだから。
ともかく。
あと一時間以内に理由が見つかりさえすれば、納得するということに「なった」のだ。
それが勘違いでも、気の迷いでも。
「‥‥」
「‥‥」
気まずい空気は続く。
焦った彩香はいつものように言葉が出ず、いつもは相手に会話の主導権を任せていた健は何を話せばいいか分からなかった。
口火を切ったのは、意外にも健の方だった。
「きょ、今日はいい天気ですよねー…」
「そうね…」
「はい、あはは…」
会話終了。
何とかしようと奮起したはいいが、ろくに会話術が育っているわけでもない内気な少年に。
悩む乙女の心を砕くのは無理だった。
そのまま、互いに頭を抱えた。
一方は、せっかく相手が話題を出してくれたのにろくに広げもせず会話を打ち切ってしまったことへの後悔のために。
また一方は、様子がおかしい女の子へかけてやる言葉が「天気の良さ」なんて無難すぎて場違いなものしかない自分の会話のボキャブラリーのなさへの羞恥に。
時間は進む。
「…ごめん」
やがて室内に響く謝罪の言葉。
「なんていうか、変な空気ににしちゃって…っていうかずっと態度悪かったよね」
「い、いえっ。調子悪いとき誰でもあるし! こ、こっちこそ…なんか気の利いたことも言えずすんません…」
「…なんであんたが謝んのよ」
「…なんででしょう?」
まるで気落ちした飼い主を見て、自分もおとなしくなる飼い犬のような様子の男子に。思わず頬が緩む。
健も、つられて笑った。
「…ねえ、ちょっと聞いていい?」
「え? あ、はい」
「あのさ、タケルってアニメとか好きじゃない」
「そうですね、好きです」
「…その、さ。肩身が狭いって思ったこととかないの?」
「え?」
「いや、変な意味じゃないんだけど。周りにバカにされるとかって、不安になったりしたことない?」
「あー…」
「ちがっ、あんたを馬鹿にしてるってわけじゃなくて! ただ私が…そういうの気にするタチだからさ。どうすれば、そんなふうに堂々とできんのかなって…」
──ああ、結局それじゃん私。
言っている途中で気づく。そして落ち込んだ。
納得したいなんて建前だった。
くどくどと能書き垂れといて、結局のところ他人の目を気にしていただけだ。
健に告白して、付き合って。
その後の周りの反応が怖かった。
だから理由が欲しかった。
周りを納得させられる理由が。
そんなものただの自意識過剰だって、分かったはずなのに。
誰も私なんか気にしてない。興味もない。
でも長年の思想はそう簡単に抜けない。
どんな時だって、自分の行動原理は他人の反応だったのだ。
メイクだって、ファッションだって。自分の趣味といえるものは全て周りの反応を気にして続けていただけだ。
周りに見下されないように。
周りに羨ましがられるように。
周りに嫌われないように。
彼女の根源はそこだった。
いつしか歪んでしまったが、最初は友達に嫌われたくなかった。
ただそれだけだった。
自分が一緒に居て恥ずかしくないように。
一緒に居て自慢だと思ってもらえるように。
そう思って、自分を着飾り始めたはずなのに。
己を守る鎧は、いつしか他人を傷つける刃になっていた。
「んー…。確かに馬鹿にされることはありますね。クラスの女子に露骨に気持ち悪がられたこともありますし」
しばらく沈黙していた健が口を開く。
思考の渦に沈んでいた彩香の意識が浮上する。
「じゃあ、どうして?」
「そんなたいそうなもんじゃないですけど。開き直っただけです。好きなら好きでいいじゃんって」
「好きなら好きで…」
「あと、そういう人って自分みたいなのがスポーツとかそういうウケがいいものやったって反応変わんないだろうなってある時気付いて。じゃあ、いちいち気にする方がバカみたいじゃないですか」
「‥‥!」
心当たりはあった。
最初、アプリを始めたばかりのころ。彩香はリストに載っていた男子を理由もなく毛嫌いしていた。
その時の彩香が、そのひとりひとりの趣味嗜好を知ったとして。そしてそれが自分にとって好む好まないにかかわらず、印象が変わることなどなかっただろう。
その理屈を今理解した。
色眼鏡で見てくる相手に、何をしようと変わらない。
なら好きにした方がずっといい。
自分の口に笑みが浮かぶのを自覚する。自虐的な笑みだった。
ずっと見下していた相手がとっくの昔に分かっていたことを、自分は今しがたようやく理解することが出来た。
ほんの些細な事。
それでも自分が及ばなかったことを自覚した。
相手の方が優れていたと認めた。
尊敬したのだ。
──彼は私が尊敬した人だ。だから…。
「か、加藤さんっ?」
健のうわずった声。
彩香が距離を詰め、すぐ隣に腰かけたのだ。
肩が触れ、彼女の頭部がもたれ掛かってくる。
身体が触れることはこれまでもあった。
しかし、こんなに距離が縮まったことは初めてだった。
「‥‥」
「‥‥」
沈黙。
しかし、先ほどまでとは違い気まずさはそこになかった。
「…あの、これは?」
「いや?」
「そういう訳じゃないんですけどっ」
声が上ずる。
鼓動が過去類を見ないほど脈打ちだす。
が、それもすぐに上回る衝撃が訪れる。
「私さ、あんたのこと好きになったみたい」
「──な、なな…」
「言っとくけど、冗談とかじゃないから」
「は…へっ? いや、その…」
混乱し。
尻すぼみになっていく、健の言葉。
「どうなの?」
「はい?」
「だからどうすんのって」
「どうって言うのは…?」
──なんで、ここまで言わせといて。
呆れるが、こいつはこういうやつだった。と、納得もした。
自分が引っ張るしかないかー、と諦めもした。
「私はさ、あんたと付き合ってもいいって思ってるよ」
「へっ」
「あんたと一緒に居るの、嫌いじゃないし。話してても気兼ねしなくて落ち着くし」
「‥‥罰ゲーム、とかですか?」
──どんだけ卑屈なんだオメーは。
「違う」
「じゃあ、お金目当てとか…」
「‥‥」
ある意味図星だった。
「おまえが600円の同人誌買うのを真剣に迷うくらい金持ってないの知ってるっつーの」
「あー、まあ。そうですねお恥ずかしながら…」
「罰ゲームだったら、こんなに引っ張らないだろうが。せいぜい一回デートした後とかでだろ」
「なんか詳しいですね…」
「‥‥」
実際、中学の時そういった行為が流行ったことがあった。
彼女自身が行ったことはないが、これ以上猜疑心を強められても面倒なので伏せる。
「じゃあ、何で…」
理由はさっき出来た…とはさすがに言えなかった。
「理由なんかいらないでしょ」
だから心にもないことを口にする。
その理由を求めて、ぐだぐだと心の中でくだをまいていたくせに。
「私じゃ、いや?」
「嫌じゃないですっ。全然いやじゃない!」
「じゃあ、いいじゃん」
そう、これでいい。
開き直ったらなんだかすっきりしたくらいだ。
──なんだ、こんなことならさっさと認めて楽になりゃよかった。
「でも…」
彩香がすっきりした一方。
健は尻込みをしている。
そんな様子を見て呆れながらも笑う。
──結構似た者同士だったのかも、私達。
彼女はその感覚を知っている。
悩みも知っている。
苦痛も知っている。
だから分かった、彼に今何をしてやるべきなのか。
彩香は両手を広げ、健へと向き合った。
「ほら、来て?」
「え」
「一回抱き合お? 難しいことはそれから考えりゃいい」
「それは…」
「いいから」
「‥‥」
「いいから、来いっ」
「あっ」
彼の腕を引き、半ば強引に抱き合った。
半ば。というのは文字通り、抵抗がほとんどなかったことから彼の本心を加味しての言葉である。
「‥‥」
「‥‥」
「どう?」
「…緊張します」
「なんだその色気のない感想は」
「だって」
「気持ちいい?」
「…はい」
「ずっとこうしてたい?」
「…はい」
「これ以上のこともしたい?」
「‥‥」
返事はない。
しかし言葉がなくても、もはやその本心を察するのは容易いことだ。
「じゃあ、これ以上のことしてもいい関係にならなきゃ」
「‥‥」
「あとは分かる?」
「…はい」
ようやく、彼女が引っ張る必要はなくなった。
身体が離れる瞬間、ハグって性的に該当するかな? とぼんやり思った。
「か、加藤さん…。おれと…つきあってくださぃ…」
視線は泳ぎ、舌は足らず。
顔はトマトのように真っ赤でみっともない。
しかしそれでも、今彼が持つ勇気の精一杯を振り絞った言葉だった。
そして彼女は、
「はい。よろこんでっ」
花が咲くような笑みを浮かべた。
* * *
その後、Sweet Lovely 7teenを強制退会することとなった。
時間までに限定を解除しなかったためか、はたまたあの時のハグが原因なのか。今となっては判断は付かないが。どうでもいいことだ。
後悔はしていない。
惜しくもない。
そして、二人ははれて恋人同士となったわけだが。二人の日常はそう変わり映えしなかった。
学校に行き、友達とだべり。
放課後健の家に行き、二人でだべっていた。
変わったのは二人の関係を示す名前と、距離感くらい。
一緒に歩くときは手をつないで。
座るときは肩が触れ合った。
ゆっくり、しかし確実に。
二人は親密になっていった。
付き合ってしばらくたつと、それぞれの友人に紹介もした。
彩香の友人にはそこそこ物珍し気にされたが、問題なく受け入れられた。
当初危惧していたように馬鹿にされることも、蔑まれることもない。
やはりただの自意識過剰で、被害妄想だった。
これからは、彼女たちとの関係も大切にしていこうと思った。
健の友人たちは…。
まあ、みんな彼と同類というのがぴったりの人相だったとだけ言っておこう。
彩香に対して過剰におびえるやつが居たり。
かと思えば、二人の関係を見て「フィクションは実在した」と変なテンションで歓喜したりと。なかなか個性的なメンツだった。
正直なところ、こちらとはあまり親しいお付き合いはしたくないと彩香は思った。
…何はともあれ。
二人の関係は何の問題もなく、極めて順調だった。
今日も今日とて、放課後は一緒に過ごす予定だ。
友人に断りを入れて、軽く茶化される様子も今となってはおなじみだ。
健の教室に迎えに行く。
じろじろとぶしつけな視線を向けられるが、堂々としていればいつかは向こうも飽きるだろう。
いつものことだ、って。
「タケル、行こっ」
「あ、はーい」
教室を出る。
正直なところ、変に注目をあびることを嫌がって。人前で手をつなぐことを健は拒否するのだが。
ただ照れているだけだと知っているため、強引につなぐ。
彼女が強引に。だから仕方なく。
そういった建前にしたいんだろうと、彩香は察した。
アプリのミッションに意味はなくなっても、それに準じた行動を行えば男の子は喜んでくれると学んだ。
彼に喜んでほしい、そう思った時思い出すのはやはりミッションだったのだ。
そういう意味で、あのアプリをやっていたことはよかったのだろうと彩香は考える。
そもそも、あのアプリがなければ。
自分たちはこうして一緒に歩くこともなかったし。
こんな関係になることは絶対になかった。
そんなめぐりあわせをくれたこと。
それだけは紛れもなく感謝していた。
──あ、そうだ。
元をたどれば、アプリのことは友人に教えてもらったということを思い出す。
ある意味、彼女が私たちの仲人…と言えなくもない。
せっかくだから、次に友人たちと遊ぶ際は何かお礼を‥‥。
と。
相手の顔を具体的に思い浮かべようとした瞬間。
──あれ?
気付く。
──私…あのアプリの事。誰から教えてもらったんだっけ…?
…。
「…さん?」
…。
「さやかさん?」
「えっ⁈」
「どうしたんです? なんだかぼーっとして」
急に立ち止まり、物思いにふける彼女を心配し。
健が顔を覗きこむ。
「ああ、なんでもないなんでもない。ちょっと考え事してただけ。
ほら行こっ」
心配させぬよう、明るく振舞い。手を引いた。
少し歩調を早くし、廊下を歩く。
──まあ、いっか。そんなこと。
疑問はすぐに霧散し、思考の外へと追いやられ。
「タケル、今日は何しよっか?」
しかし、そんなことは関係ない。
二人の関係に、何の関係はない。
たとえその裏に、どんな事情があろうと。
紡がれた二人の関係、それ自体はまごうことなく本物なのだから。
いつまでもいつまでも。
何も変わらず、続いてゆくのだから。
?「フフフッ…」
{IMG265468}
作中ヒロイン加藤彩香のイメージ画になります
※)あくまで筆者のイメージであるため、劇中の容姿を確定させるものではございません
翌日以降、書き溜めが尽きるまでの間一日一話連続投稿いたします