スイート ラブリー セブンティーン   作:紅葉崎もみじ

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case2 佐川 真希
2-1


 部活動というものは、つくづく金がかかるものだと少女は思う。

 

 基本的な部費。遠征費や合宿費。個人のスポーツ用品。テーピングやスプレーなどの消耗品。本気で取り組んでいる人間だったら普段の食事や、サプリメントなどの栄養素にも気を使っている。

 それらをすべて十全に用意しようとするなら、決して安くはない金額になる。

 

 彼女の場合は、大分恵まれていた。

 

 高校はスポーツ推薦のため学費は減額され、両親の理解も深い。

 部費などのお金は快く出してもらい、練習で帰宅が遅れる場合は車で送迎もしてくれた。

 毎日の食事も自分の物だけ特別なメニューを用意してもらっているし、部活に時間がとられ家事などの手伝いが出来なくても不満の声はなかった。

 そんな両親に感謝すると同時に、申し訳なさもしっかり感じていた。

 

 だから出来るだけその負担を減らしてあげたいと考えるくらいには、その少女の性根は善性だった。

 

 消耗品などは可能な限り自分の小遣いで賄うようにしていたし。

 新しいシューズなどの高価な品は、誕生日等の特別な日に購入してもらっていた。

 

 いくらスポーツ推薦枠といっても、学業の部分で心配をさせるわけにはいかないと勉強にもちゃんと取り組んだ。

 部活の合間を縫うほどのわずかな時間のため、決して優秀とは言えない成績だが。

 少なくとも将来を不安視させるほど劣悪な成績には落とさなかった。

 

 両親はそんな彼女を見て間違いなく、自慢の娘だと胸を張ることだろう。

 

 しかし、それでも彼女の申し訳なさは晴れなかった。

 彼女がアスリートであることが大きな理由だろう。

 

 要するに、短いながらもスポーツに打ち込み続けたその生涯によって。

 彼女の中で「結果の伴わない努力に価値は薄い」という価値観が、すっかり強固なものとして確立してしまっていたためだ。

 

 どれだけ頑張っても。

 どれだけ苦痛に耐えても。

 

 結果が、成果が、効果が無ければ。

 価値は薄い。

 

 無い。

 と、断言しないあたりで一抹の理性というか。

 他者への思いやりが感じられるが。

 

 それはともかく、その少女は自分の努力に全く満足していなかったのだ。

 

 彼女がどれだけ努めても、両親への負担を減らすことが出来ても。

 無くすことは出来ない。

 

 これも、アスリートとしての価値観による弊害だろう。

 志しが高すぎる。

 

 

 ──せめて。

 

 そうせめて、金銭的な負担くらいはどうにか自分で負えるようになりたい。

 

 その少女、佐川(さがわ) 真希(まき)は慢性的にそんなことを考えていた。

 

 

 * * *

 

 

 朝練は人気(ひとけ)がない。

 

 真希の学校では部活動の朝練習は、原則自由参加の自主練扱いになっているためだが。

 ルール的な話でなく、朝練をしない…。もっと言うと、したがらない大きな理由はこの学校にシャワー等の施設がないためだろう。

 

 朝練で汗を流した後、そのまま授業に出るのは抵抗がある。

 最近は女子、男子問わず。そういったエチケットに敏感なものだ。

 

 一昔前はどの部活も朝練が強制だったが。

 最近生徒からシャワーを望む声に応える形で、自由参加の形になったのだとか。

 

 …陳情に対して、根本の解決につながらない対応をされることはよくあることだが。

 これには業務量、残業時間が年々増加している教員たちにとっては。朝練の監督という業務が減るため、都合がよかったという世知辛い事情があった。

 

 ともかく。そういうわけで、朝練は人気(にんき)がない。

 女子となるとさらに顕著だ。

 

「‥‥」

 

 真希は今日も自分だけが朝練をするだろうと想定し、真っすぐ職員室に部室の鍵を取りに向かった。

 しかし。

 

「…あら?」

 

 いつもとは異なり、鍵の管理ボックスには歯抜けが存在した。

 彼女の所属する、女子陸上部の鍵がないのだ。

 

 誰かが紛失した…という訳ではないだろう。

 昨日…というか基本毎日部室の鍵を返却するのは、一番長く練習をする真希なのだ。

 しっかりと昨日の夜に返却した記憶があるし。そもそも鍵の持ち出し返却の際には、名簿にサインをするルールがある。

 ちらりと横目で確認をすれば、確かに今朝の欄に部員の名前が書かれていた。

 

 ──珍しい。

 

 そう、非常に珍しい。

 彼女が入部した二年前からこっち、他の部員と朝練をしたことは両手で数えられる程度だったんではないだろうか?

 そのうち半分は、何人かが部室内でミーティングというなの雑談に興じているだけだった気がする。

 

 ともかく珍しく思いこそすれ、不審がることもなく彼女はその場を離れそそくさと部室に向かった。

 

「おはよう、ぅ」

 

 部室に入る。

 

 一瞬敬語を使いそうになるのを止めたせいで、若干歯切れの悪いあいさつになった。

 今年から最高学年。

 三年生の真希が今の部活で敬語を使うのは少々マズかろう。

 

 昔ほどではないにしろ、部活動。特に運動部は未だに年功序列の慣習が強い。

 つまりは上は上、下は下の態度を徹底されるのだ。

 

 少なくとも、上級生が下級生に恭しい言葉遣いをすることもよろしく思われない。

 そういうものだ。

 

「おっ、おはよーマキー。今日も精が出ますなー」

「うん…」

 

 中には一人の女生徒。

 どうやら彼女も先ほど登校したばかりのようで、制服から練習着に着替えている最中だった。

 

「珍しいね…朝練で会うの初めて、だったような」

「あー、今日なんか早起きしちゃってねー。せっかくだからって」

「そうなんだ…」

 

 フレンドリーな女生徒と対照的に、真希の様子は気まずげだ。目の前の女子とそこまで親しくはなかったためだ。

 確かに同じ部活の部員であり、尚且つ同学年であったが。選択している種目が別で、普段の練習でも関わりは皆無といっていい。

 正直に言って、名前も一瞬出てこなかったくらいだ。

 

 かといって、無視してしまうほど人情味は薄くなかったし。

 人付き合いが苦手という訳でもない。

 

 真希は、ふう…と息と吐き。気まずさを覚えていた気持ちを瞬時に切り替えた。

 これもアスリートとして培った技術だろう。セルフコントロールもお手の物だ。

 

 その後、準備をしながら軽く会話をし。一緒に朝練をこなすことと相成った。

 

 トラックを二人で軽く流し。普段一人ではできないペアストレッチや筋トレのフォーム確認など。

 互いに種目が違うため、本格的な練習は出来なかったが。

 普段のルーチンとは違う運動が新鮮で、真希としては満足のいく時間だった。

 

 と、程よく時間が経過し。ぽつぽつと他の学生が登校する気配を感じたところで予鈴が近いことを知覚する。

 まだ慌てるような時間ではないが、後処理の時間を考えるとそろそろお開きとするべきだろう。

 

 部室へと戻り、真希は練習着を脱いだ下着姿でカバンをあさる。

 愛用の制汗シートを取り出すと、朝練で流した汗を丁寧に拭いていく。

 先も述べた通り、この学校にはシャワーが無いため。汚れの対処は拭くしかない。

 男子であればその辺の水道水を浴びればいいかもしれないが、流石の真希もそんなことはしない。

 

 ──男子だったら、楽だったんだけどなあ…。

 

 恥ずかしいからやらない、ではなく。

 女子として非常識な行動だからやらない、という。

 少々感性のズレた理由ではあったが。

 

 逆に言えば、もしも彼女が男子であれば躊躇なく行っていただろう。

 いや、そもそも。汗を処理するという意識すらなかったかもしれない。

 練習で汗だくのまま、制服に着替えて特に抵抗もなく教室へと向かっていた。

 

 それくらい、汗臭いと思われるだとか。汚いと感じられること自体。彼女個人としては頓着もしなければ恥ずかしくもないことだった。

 

 しかし、それは非常識であり。

 周りに不快な気持ちにさせる可能性があるため控えるようにと。

 親などの周りの人間に教えられたことを守っているだけの事。

 

 一流のスポーツ選手が、必ずしも人格的に優れているとは断言できないが。

 少なくとも彼女は、実績だけでなく。そういった礼節をわきまえることも重視するべきという価値観を持ち。

 しっかりとその志を体現した生き方をしていた。

 

 それだけのこと。

 

「ありゃ、きれた」

 

 と、一度では拭き切れず。二枚目のシートをパッケージから抜き取ったところで、その内容物は空となった。

 

「あっちゃー、買い足さないと…」

「んー? なに、シートきれたの? 私の貸すー?」

 

 頭の中で財布の中身と相談していると、女生徒が話しかけてくる。

 

「ああ、大丈夫。あと一枚で足りるから。今日帰りに新しく買いなおすし」

「え? マキが買うの? マキのお金で?」

「うん、これくらいは自分のお金で買うべきかなって…」

 

 その言葉を聞いた女生徒は、うひゃっはー。と個性的な感嘆の息を吐き。真希に感心したようだった。

 

「えらいねー、マキは。普通それくらい親に買ってもらおうとするよ」

「ううん、普段部活のサポートでいっぱい迷惑かけてるんだもん。これくらいはしないと」

「いやーいい子だわー。ほんといい子だわー。世の不良学生はマキのへそのゴマを煎じて飲むべきだね」

 

 ──なんかちょっと違わない?

 

 当初の気まずさがウソのように、朗らかな雰囲気で会話が弾んだ。

 『なぜだか』彼女相手には開放的な気持ちになっていた真希は口を滑らせる。

 

「でも、この間。靴下に穴空いて、それも買い替えたからちょっと今ピンチかも」

「ほうほう、融資のご希望ってことですかお客様」

「っ?! ち、違うよ。そんなつもりじゃなくて…」

 

 自分の弱みをひけらかすのは無礼な行為だ。

 真希は相手を不快にさせていないかと、慌てるが。

 

「でもざーんねん、ワタシも財布はすっからかんなのでずヨー。ご融資は不可能です」

 

 特に気にした風もなく、おちゃらけた様子に胸をなでおろす。

 

 

「でも──」

 

 その時、真希の眼前にずいっと彼女の手が。

 

 もっと言えば、彼女の手に握られたスマホが突き付けられた。

 

「なに、を…」

「お金は貸せないけど、こういうのなら紹介できるよ」

 

 その画面にはアプリストアの商品ページが表示されている。

 

 

 

「このアプリ、知ってる?」

 

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