Missing Memorial[マギアレコードAnother story] 作:ろびんそん
土曜日。水名区の路地を一本入った先に、その喫茶店はあった。煉瓦造りの外壁に蔦が絡み、木製の看板に「Banbina」と手書きの文字が刻まれている。新興都市の神浜には不釣り合いなほど年季の入った佇まいで、角に置かれたプランターの花だけが季節を主張していた。店内は薄暗く、カウンター席とテーブル席が数卓。昼時にはまだ早いのか、客の姿はまばらだった。コーヒーの香りと、古い木材の匂いが混ざり合っている。
奥のテーブル席に、二つの人影があった。
一人はももこだった。その目は憤りに満ちている。その隣に座っているのは、長い黒髪を流した女性だった。年齢はももこよりやや上で、冷たい水面のような静けさを湛えた目が、入口をじっと見つめている。
「…絶対に許さない。レナと…同じ目に合わせてやる。」
昨日電話が切れた後、何度か掛け直すと出たのはレナではなく加月だった。現在地だけ端的に伝えられると電話は切れ、かえでとその場所に行くとーー。
ももこの目には怒りで薄ら涙さえ浮かんでいた。レナを傷つけた加月への怒りとーーもっと自分が早く動いていたらという後悔の念が心の中を渦巻いていた。
「ももこ…気持ちはわかるけど落ち着いて。今からその相手と私達は話しをするのよ。そんなんじゃ、あなた、話す前に手が出そうよ?」
七海やちよ。神浜最古参と呼ばれる魔法少女が、コーヒーカップを指先で弄びながら、冷静に答える。
「 …やちよさんはいいよな。仲間なんてどうなったって気にもならないからさ。」
小さい声だが確実にやちよに対して悪意が向けられていた。やちよの目が一瞬鋭くももこを見るが、ふぅとため息をつき目を閉じる。
「今日ここに呼んだのはももこでしょ。あなた、わたしと喧嘩しに来たの?」
やちよの方をキッと見るが唇を噛み自分の言葉が言い過ぎだったことに気づき、呟くように「ごめん…」と謝る。
「レナは…大丈夫なの?」
やちよは一口コーヒーを飲み、言葉を選びながら問いかける。
「…傷はいろはちゃんに治してもらったから大丈夫なんでけど…まだ目を覚まさなくて…。昨日はかえでの家に泊まるって事で親御さんには連絡してるから大事になってはいないけどーー」
そこにカウベルが鳴り扉が開く。黒いセーラー服に黒いミディアムボブの髪型。小柄だが凛とした立ち姿に育ちの良さが伺える。ももこ達を見つけるとニコリと微笑みながら2人の前の席に座る。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。改めて那木加月です。本日はよろしくお願いします。」
相変わらずどこか高貴な立ち振る舞い。昨日の事に悪気も謝罪も何もない、それが態度から伝わる。それがももこの精神を余計に逆撫でした。
「あんた、よく平然と私の前に姿を出せたもんだな…。昨日、自分が何をしたのかわかってんのか。言ったよな?仲間に手を出したら絶対に許さないって…。」
ももこは冷静に努めようとするが、顔は赤く手は無意識に強く握りしめら、そして加月に対して殺意すら浮かぶ目を向けていた。
「…ああ、昨日のことですか。殺すつもりはありませんでしたし、怪我も回復魔法を使える方ならすぐ治る程度の浅い傷で済ましました。変に付き纏われても嫌でしたので…まぁ平たく言えば見せしめです。」
空気が止まったように感じた。やちよもももこも目の前の言葉が一瞬分からず言葉が詰まる。
「……は?見せ…しめ…?」
ももこの目が大きく開かれる。言葉の意味はわかる。でも頭が理解が拒んでいた。レナはただ何も罪もなく傷つけられたという事実に。
「はい。見せしめです。そもそも先に変身して仕掛けてきたのは水波さんでしたので。"私達"に手を出したらどうなるのか。ご理解頂けましたでしょうか?」
ももこが掴みかかろうと立ち上がる所をやちよが手で制して抑え、席に座らせる。まさに鬼の形相だった。そんなももこを見ても、加月は微動だにせず真っ直ぐ2人を見つめていた。
「ももこ、落ち着いて。那木さん…でいいかしら?初めまして。七海やちよです。分かってるとは思うけど私も魔法少女よ。……いい、最初に約束して。不必要な挑発はしないこと。あなたもこちらの情報が欲しいんでしょ?あまり露骨だと話しできなくなるわよ。」
声は低く、平坦だった。敵意も好意ない。ただ事実を確認するだけの、無駄を削ぎ落とした声音だった。
やちよは加月を観察する。神浜のものではない黒い制服、姿勢の良さ、外見の年齢には似合わない落ち着きを感じる。
「わかりました。事実を申し上げただけなのですが。言葉選びには気をつけます。申し訳ありません。」
座ったまま頭を下げ謝罪する。やちよはももこを一瞥してアイコンタクトでそれを受け入れるように促す。ももこは目を閉じ深呼吸をして心を落ち着かせ、なるべく加月の事を見ないように小さく頷く。
「ももこから話しは聞いてるわ。神浜の事に興味があるらしいわね。ウワサの事と…魔法少女が魔女化しないシステムについて。その話はどちらも本当よ。ただ話すかどうかについては、条件があるわ。」
加月の目が輝き、やちよを見る。
「条件ですか。聞かせてください。」
「先にあなた…いえさっき"私達"と言ってたわね。あなたとあなた達の素性を聞かせて欲しいわ。神浜に何をしに来たのか。何のためにウワサとそのシステムが知りたいのか。ちゃんと説明をして。じゃないと素性も分からない相手に、そんな容易く話す内容ではないわ。」
店内のBGMが小さくジャズを流している。カウンターの奥でマスターがグラスを磨く音が、やちよの問いかけの余韻に重なった。ももこは一度落ち着きを取り戻し、目の奥の怒りは消えないものの、話しをじっと聞いている。やちよの目は静かだったが、その奥に横たわる警戒の色は、ももこのそれよりもずっと深く、ずっと冷たかった。
「…そうですね。こちらだけ一方的に情報を得ようとするのも筋違いではありますしね。分かりました。お教えいたします。ただーー私たちの情報は国家機密となるので…他言無用でお願い致します。」
国家機密。その言葉にやちよも、怒りに満ちていたももこにも、ただならない緊張感が生まれる。この少女は本当に一体何者なのか。2人は想像以上のなにかに今、触れそうになっている事に薄らと気づき始める。
「わかったわ。約束する。」
2人とも目を合わせて加月に対して頷く。
「わかりました。ではお話しさせていただきます。私は国家特殊作戦機密組織ーー通称オリジンと呼ばれる魔法少女組織に組しています。日本においての水面下での国家防衛。また魔法少女至上主義を掲げ、70年以上前の創設以来、魔法少女自体の安全、保護を目的とした組織でもあります。」
2人の目が点になる。魔法少女の国家組織ーーそんなものがこの日本にある事自体が夢物語のような話しだ。
「国家特殊…そんな組織が本当にあるの。」
やちよはコーヒーカップから手を離し、顎に手を当て、情報を頭の中で整理する。
「はい。私は組織の実質実権を持つ山菱グループの現在の総帥、那木久弥の次女。そしてオリジンでは特別作戦部隊ーー事実上の戦闘工作要員部隊を率いております。重ね重ねになりますがこれは国家機密レベルの情報なので秘密厳守で。本来こんな事を知った時点で粛清対象なので。」
2人はその話しを唖然として聞いていた。情報量が多すぎるし処理できない。先ほどまで怒りに震えていたももこすらも今は口をポカンと開け、加月を見て言葉を絞り出すので精一杯だった。
「や、山菱って…銀行とか山菱商事とかの…あの山菱?」
「はい。その山菱グループで間違いありません。」
立ち振る舞いなどで大分育ちの良さは分かったけども、まさか日本一のお嬢様と言っても差し支えのないレベル。しかもそのお嬢様が国家レベルの魔法少女組織の実質幹部。
「那木さんは歳はいくつ?見た所、中学生位に見えるけど…。それで国家組織をまとめてるの?」
やちよはまだ話しを鵜呑みにしないよう慎重に問いかける。日本の裏組織の管理職にしては目の前の少女はいくら何でも若すぎる
「中等部3年…今年で15になります。」
予想はしてたがやはりそのくらいの年。覚悟はしてた分やちよはそこまで驚きはしなかった。
「じ、15?!レナ達と同じ歳かよ…。」
いろはとも同い年。やちよも名前が出そうになり、口を閉ざす。余計な事は言わない方が良い。やちよの直感だった。加月の表情は変わらず余裕のある微笑みを浮かべている。
「…では私のお話しはこれくらいにして。今度は七海さんのお話しをお聞かせください。ウワサとはなんですか?魔法少女が魔女化しない方法とはーー」
やちよが訝しげな顔をして加月の言葉を遮る。
「待ちなさい。まだあなたとオリジンが神浜に来た目的を聞いていないわ。」
加月はコーヒーを一口飲み、最初からやちよがそう言うのを待っていたかのように淡々と話す。
「今、私がお話し出来る内容はお話しいたしました。残りはそちらのお話を聞いてからです。」
眉を顰め苦虫を噛んだような表情になる。やられたわ。最初からこのつもりだった。始めに自分の話しをし、そうして国家機密だなんだと言いながら1番大事な話だけは最後に残す。そしてこちらが話さざるおえない状況を作り上げる。この子ーー頭も相当切れる。
「那木さんの話しを全て聞いたらちゃんと全て話すわ。約束する。」
「口約束ほど信用ならないものはないですね。なら別にならお話しなさらなくても結構です。神浜の他の魔法少女にーー聞いてまわるだけなので。」
3人の間に緊張感が走る。聞いてまわるーーつまり文字通りにただ聞くだけでない。話さないなら昨日のレナのように実力行使で聞くのを仄めかしている。その言葉にはしない圧力が2人にも伝わり、ももこの目に再び怒りが宿る。
「…何も知らない…罪の無い子を…また切り刻むって意味だろ。それは。」
「そうはしたくないからーー今こうしてお話ししてるんですよ?」
ももこは睨み、加月は微笑む。あまりに対照的な表情。これ以上続けたら本当に手が出そうな空気を感じ、やちよはため息をつく。
「わかったわ。話すわ。それでいいでしょ。」
やちよはコーヒーを一口飲み、加月は手を合わせてやちよに笑いかける。
「はい!ありがとうございます。七海さん。」
さっきまでの張り付いたような笑みではなくニコニコと嬉しそうな表情を向ける。その表情の変化は少し驚きながらも、やちよは丁寧にウワサについて知ってることを話し始める。
ウワサは市内で流れている噂や都市伝説が現実化したもので、その外見を始め、結界のような空間にいること。
使い魔のようなものを引き連れているなど魔女には似通った要素はあるものの、魔力の波動も魔女と異なるほか、倒してもグリーフシードを落とさないこと。
特定の噂に固執しており、それが現実になるよう行動しようとし、噂の内容から外れようとすると排除しようと攻撃を行うこと。
噂の伝達についてはやはり口コミが基本になるのだが、広め伝達する存在がいること。
魔法少女は異形のものだと認識できるのだが、一般人からは普通の人間として認識されており、口づてで話を聞くことでその噂を知ることになること。加月は頷きながら真剣に話しを聞いている。この姿だけ見たら本当に素直で可愛らしい女の子だ。
「なるほど…。詳しくありがとうございます。概ね、昨日十咎さんから聞いたお話し通りですね。」
加月は顎に手を当てて数秒考え込み、少しやちよの方に身を乗り出す。
「七海さんはウワサにお詳しいとお伺いしたんですが…なにかウワサ自体、具体的な内容を教えては貰えませんか?」
やちよの目が鋭くなる。教えた結果どうなる。ウワサについて調査はするだろう。けどそれ以上にこちらにとってメリットがあるのか。
「…それは教えられないわ。確かに私はウワサには詳しいとは思う。でもあなたがどんな目的でこの街に来たのかわからない以上簡単に教えるわけにはいかない。」
その言葉を聞き、ふむと加月は小さく声を漏らし、また元に戻る。
「そうですよね。それが正しいと思います。ではその話しは私達の目的を話した後と言う事で。ではもう一つの話し。魔女化をしないシステムについて。お願いします。」
やちよが一口コーヒーを飲み、その間ももこはずっと加月を睨みつけ微動だにしなかった。
「その前に確認よ。あなたはソウルジェムと魔女の存在と真実について、ちゃんと把握してるという認識でいいのよね?」
こかを確認せず"その真実"を話す訳にはいかない。
「はい。把握しております。」
加月は頷き、やちよは小さく「わかったわ」と言い一息ついて話し出す。
「この神浜市で魔法少女のソウルジェムが穢れに満たされる時、自らの体の一部に呪いの姿を写し取り出現させることが出来る現象があるのよ。それがドッペルと呼ばれているわ。ため込んだ穢れのすべては本人を蝕むことなくすべてドッペルへと変換され、魔法少女が力尽きることはない、神浜市でのみ体現できる不可思議な力よ。」
ドッペルーー加月は震えながら小さく呟く。その震えは一瞬恐怖から来るものだと2人は思った。だが狂気的なまでに爛々とした加月の目がそうではないことを物語っていた。
「つまり魔女化はせず…寧ろ魔法少女は…新たな力を手にする事が出来る。」
「いいことづくめのように聞こえるけど、リスクもあるわ。ドッペル発動後は体力を大きく消耗するし、多大な疲労感を覚える。そもそも穢れを蓄積する時点で相当なストレスになってる訳だし、そんな状態を繰り返してなんの負荷もない方がおかしな話。なにか後遺症が出てもおかしくないわ。」
「でもお2人はまだ何も影響を受けてないですよね?」
やちよは「それは…」と何か言いかけるが2人とも口を閉じ目を合わせる。加月はそれを無言の肯定と受け取り満足そうに頷く。
「いいお話しを聞かせてもらいました。ではお礼も兼ねてお約束通り私たちがこの街に来た理由をお話ししましょう。私たちはそのドッペルシステムを手に入れ、日本中…いえ世界中の魔法少女を救いたいのです。数週間前、神浜にくれば魔法少女が救われるという夢を見たという事が、私も含めてオリジンでも多くありました。調査に魔法少女を送ったのですが未だ帰ってきておりません。まぁここは魔女も強いので大方やられてしまったのでしょう。なので今回、私が来たという流れになります。」
加月の話しにやちよは目を見開く。ドッペルで魔法少女を救いたいーーこれは、つまり
「なんだよ、それ。マギウスの翼と言ってる事が同じじゃないか…。」
ももこが頭に手を置き呟く。それを加月は見逃さない。
「マギウスの翼?なんですか?それは。」
「ももこ。」
やちよの声にしまったとももこは顔に出てしまう。
「まだ何かお話し出来る内容があるみたいですね。」
加月は2人の獲物を逃がさないとばかりに目を配らせる。少しでも違和感のある行動、言動は見逃さないと。
「約束は果たした。これ以上の事は話す理由はないわ。」
やちよはぴしゃりと言い切る。これ以上余計に情報を渡す訳にはいかない。ももこにも口を閉じるように目配せする。
「そうですか…。なら別の方に聞くしかありませんね。七海さんのチームの…何さんって仰りましたっけ?」
やちよは思わず席から立ち上がる。この話し合いで冷静さを保っていた彼女に、明らかに動揺が見える。この子、なんでそんなことまで知ってるの?ももこに鋭く目線を向ける。
「ももこ!!」
「わ、わたしは話ししてないって!いろはちゃんも…みかづき荘のことも!」
加月の口がまるで三日月のようにニヤリと形を変える。その表情にやちよの目が見開かれる。しまった。この子。何も知らなかった。私達から情報を引き出す為に適当なカマを掛けただけだ。
「いろはちゃん…みかづき荘…ですか。」
そういうとカバンからタブレットを取り出し、検索をする。元々宿泊施設だったみかづき荘を見つけるのは容易いことだった。加月はもう一度ニヤリと笑う。その表情はやちよ達にポジティブな要素を与えるものではないの容易にわかる。
やちよはもう一度椅子に座り、大きく深呼吸をする。
この子のペースにのまれたらダメだ。このままだとどんどん毟り取るように情報を抜かれる。
「みかづき荘は確かにわたしの家でもあるわ。でもそれだけよ。祖母が亡くなり今は民宿でもなんでもない。来たところであなたの欲しがるものは何もないわ。」
なんとか誤魔化そうと落ち着き払いながら話すが、当の加月はやちよの方は見ずにタブレットを操作して空返事で「はい、そうですか。」と言うだけだった。
その時、ももこは席を立ち加月を見下ろす。
「ねぇ。もう一度…わたしと勝負してよ。もしわたしが勝ったらーー神浜から手を引くって約束して。」
タブレットを操作する手を止め、チラリとももこの方を見る。小さい声でやちよが「ももこ。」と言い止めようとするがももこは手でやちよを抑える。
「今のも…なんなら昨日のことも。元を辿ればわたしの責任だ。それに…レナのことだって…。このまま許す訳にはいかない。」
ももこの眼から怒りは消えていなかった。仲間を傷つけた相手をそのまま帰らせはしない。その思いは最初から変わっていなかった。
加月はふぅと息を吐き、タブレットをカバンにしまい、ソウルジェムリングを指でなぞる。いつでも使えるよう座りながらも構える。
「いいですよ。別に。私は構いません。いつでもいらしてください。」
……………いつでも?ももこが虚をつかれる。何を言ってるんだ。ここは喫茶店で普通のお客さんも多くはないとはいえ数人いる。勝負するとしても場所を移すのは当然だと思ってた2人は困惑する。
「おい、いつでもって…。何言ってるんだよ。ここ、喫茶店だろ?普通の人だって…」
「はい?なんなら"壁"が多くて丁度いいんじゃ…」
加月は何か問題があるかわからない様子で小首を傾げる。その後、あぁ!と何か気付いたように両手をパンと叩く。
「戦闘後の事をご心配しているんですね。大丈夫ですわ。この規模の"お掃除"ならオリジンでどうにでも出来ますので。その点はご心配なく。」
ニコリと2人に笑いかける。その表情と言葉の意味に背筋に冷たいものが走る。何言ってるんだ?"お掃除"?"壁"?それって…つまり…つまり。
「あなた。一般人を巻き込んだり犠牲を出すこと。なんとも思わないの?」
やちよの声が冷たく問いかける。その言葉には静かな怒りが込められ、ももこにもそれが伝わった。
その怒りが加月に向けられている事に初めてその少女は動揺し、困った表情を見せる。
「え?…えっと…だって魔法少女じゃないんですよ?この人たち。別に国家において特に重要な人達でもありませんし。まぁ多少気の毒だとは思いますが、人間遅かれ早かれ死ぬんですから。運がなかったという事で」
「もういいわ。話さなくて。」
やちよがピシャリと加月の言葉を遮断する。やちよの声が怒りに震えている。
「あなたとはどうやら分かり合えないようね。このまま、神浜に置いとく訳にはいかないわ。」
そう話すと席を立ち、店を出るように促す。
「ついてきて。場所を変えましょう。」
やちよは3人の支払いを済まし、もももこと加月も無言でやちよの後を追う。着いた先は水名ホテルと呼ばれる今は使われていない旧ホテル。そこに入るとやちよは加月に向き合う。
「ここならいいわ。2対1で卑怯かもしれないけど、わたしも相手をするわ。あなたは…いえ、あなた達はこれ以上この街に居させる訳にはいかない。」
やちよのソウルジェムリングが輝き、やちよの周りが魔力が包まれハルバートのような槍を持った魔法少女姿になる。そしてももこも魔法少女の姿になり大剣を構える。
「…ここまで来てやりませんって言うのはなしだよな。レナの仇、取らせてもらうよ。」
加月はニコリと微笑みを返す。ここまでの道で先ほどの動揺は落ち着き、魔法少女の姿へと装いを変える。青い袴風のスカートがひらりと揺れ、ガラスの剣が手首でくるくると回り手に握られる。
「どうぞ。1人相手だからとご遠慮なさらず。お手並み拝見させていただきます。」
最初に動いたのはやちよだった。初手から複数の槍がやちよの周りに現れ、加月に向かい飛んでいく。
加月は一回転しながら真上に飛び、槍の上に乗って飛び台にしようとする。しかしその更に上からももこが大剣を振りかざし加月に向かう。
「やぁぁぁ!!!!」
加月はももこをいなすようにガラスの剣で受け止めると剣は粉々になり、ももこの周りに舞い散る。
「2度同じ手は食わないよ!」
振り下ろした大剣の遠心力を利用してそのまま大剣を振り回すように回り、ガラスがももこの周りから霧散する。加月はそのままの反動でバク宙するように後ろに下がる。やちよがももこの横まで距離を詰め、加月を少しずつ壁際へと追い詰める。
「ガラス…耐久はなさそうだけど。」
やちよが加月からは目を離さずももこに話しかける。
「わざとだ。わざと散らしてる。あのガラス、なんかあるんだよ。」
戦闘の中での情報交換。経験からまずは戦闘スタイルから相手の手の内を探ろうとする。そのためにも2人とも闇雲に突っ込む訳ではなくまずは様子を見る。今のはつまりはジャブ。そこから情報を得ようと観察する。その様子を見て加月は口を押さえてクスクスと笑う。
「…なにがおかしいの。」
状況から見れば数的にも状況もこちらが有利。それでも加月の余裕が消えない事に長年の勘からやちよは警戒心を高める。
「ああ、いきなり笑ってしまい申し訳ありません。二人ともやはり中々の経験者なんだなって思ったらーーその、嬉しくなってしまって。」
また加月の手に剣が握られる。今度は両手に。
「さて、次は私からいきます。どうぞ少しでも…長続きする事を願っております。」
ももことやちよが低く姿勢を取り、加月が飛びかかろうとした瞬間。3人のソウルジェムが反応する。魔女の気配。しかもこれはーー近い。近すぎる。
周りの風景が砂漠のように変わる。魔女結界。しかも昨日ももこが公園で退けたと同じ。犬のような使い魔が3人を取り囲む。
「くそっ!昨日と同じやつかよ!こんな時に!」
ももこは悪態をつきながら矛先を使い魔へと変える。
やちよも加月からは目を離し、周りを見渡す。
「ももこのバットタイミングも相変わらずね。那木さん。一時休戦よ。今はこの状況を……那木さん?」
2人は同時に加月の方向を見る。いない。この一瞬のうちに逃げられた。やちよの頭の中にある事が思い出される。待って、あの子。ももこが喧嘩を売る前までにしてた事ってーー。やちよの顔が青くなる。
しかしそんなことはお構いなしで、ももことやちよに使い魔が襲いかかる。それをももこが大剣で振り払う。
「やちよさん!加月がいない!もしかして!みかづき荘に!?」
「わかってる!わかってるわ!!」
しかし焦りとは裏腹に使い魔の量は明らかに増えている。2人に歯を食い縛り武器を強く握る。
一方加月は結界から抜け出し、タブレットでみかづき荘の住所を確認し、振り返る。
「悪く思わないでくださいね?これは完全に運ですし…。まぁ神の思し召しということで。」
結界に向けて1人やつぶやき、加月の足はみかづき荘へと向かっていた。