love live!! そして彼女達の青春が始まる 作:二階堂吉四六
寝覚めは最悪だった。昨日のアルコールがまだ分解されていない上に、着の身着のまま寝てしまったためか、ワイシャツが肌に張り付いて不快だった。時刻は10:00。今日は何の予定もなく、暇を持て余すだけの一日である。携帯をチェックすると、昨日の晩から連絡は入っていない。重たい気持ちと体を引きずりながらベッドから這い出る。まずはシャワーでも浴びようと思い、服を脱ぐ。すると部屋の呼び鈴が鳴った。服を着て玄関の方に行く。
「はーい。」
扉を開けると、紺のワンピースの裾と肩に羽織ったピンクの薄手のカーディガンが翻るのが見えた。
「おはよう。昨日はよくも無視してくれたわね。覚悟はできているんでしょうね?」
果たして、そこには烈火のごとく怒りのオーラを携えた聡子がいた。やばいです。虚空が出てくるんですか?
「…」
絶句していると、
「何、あんた、昨日の服のままなの?お風呂でも入ってきなさいよ。話はそれからね。上がらせてもらうわよ。」
靴を脱いでずかずかと、僕を押しのけて上がってきた。
「おい、ちょっと…」
抗議の声を上げようとするも、
「は?なによ?なんか文句あんの?」
般若のような顔で封殺されてしまった。部屋に入ってクーラーを勝手につけるその背中を見て、悪いことはできないものだな。世界は上手くできている、と実感を込めてため息をついた。
#29 にこトリステス
「で…申し開きはあるの?っていうか、何があったの?京子が泣いていたんだけど。」
シャワーを浴びてそこそこに、切り込んでくる。
「…ただの八つ当たりだよ。それだけだ。」
アイスコーヒーを出しながら答える。彼女は相変わらずシロップとミルクを多く入れるようだ。
カラン、と氷が溶ける音がする。テーブルの向かい側に座り、まだ乾いていない髪をタオルでガシガシと拭く。聡子はその間沈黙を保っていた。視線をタオルで遮る間、彼女が腕を組むのが見えた。
「八つ当たり?アンタそんなことする人じゃないでしょ。何があったの?」
「…」
「いずれにせよ、私言ったよね、私たちと向き合ってって。何でそんなに意固地になってるの?」
彼女はため息をつきながら続ける。
「アンタに何があったか知らないけど、京子は傷つけられたの。謝んなさいよ。」
確かに僕は彼女を傷つけた。あの言い方では確かに理不尽に怒られた、と思っているかもしれない。
でも、それでも、何も分かっていないあの人が、仕方ないと分かった顔で僕を慰めるのは許せなかった。
「…アイドル研究部の高坂が倒れたのは知ってるか?」
と言うと、聡子は意外な顔をした。
「もちろん知ってるわよ。噂で聞いたもの、なんでも高熱ですって?」
「そう、で、その件で全国大会出場がフイになったっていうのは?」
その言葉に聡子は目を丸くした。
「え、そうなの、それは知らなかったわ。…そうなの、顧問としては残念な結果になっちゃったのね…」
「僕だけじゃねえよ。あの子らは必死にやってたんだよ。それが否定された気分になってカッとしたわけだ。京子さんには悪いことしたと思っている。」
と俯く。拭き取れなかった水分がポツンとテーブルの上に落ちる。
「なるほど、あなたにとってはそれがショックだったのね。でもなんで関係ないなんて言い方したの?言っちゃ悪いけど仕方のないことじゃない。あなたのせいじゃないわ。」
幾分か慰めるような、優しい口調で語りかける。その言い方にすこし苛立ってしまった。
「仕方ない?ああ、そうだな。結果的に仕方ないことさ。結果的にはな。僕がもう少しあの子らのことを見てやれていれば、こんなことにはならなかったかもしれないけどな。」
「だから、それがそもそもの間違いなのよ、樹。」
聡子はテーブルの上に置いた僕の手の上に自分の手を重ねる。
「考えすぎよ。どうしてあなたが一人で抱え込むの?避けようがないじゃない。高坂さんが無理したのだって、あなたじゃどうしようも――――」
その言葉が出てきたとき、頭が真っ白になった。考えすぎ?避けようがない?自分が見ようとしてなかった結果を、過失を、そんな風に言わないでくれ。
あの時、ことりが自分で言える、なんて無責任に思わずに、みんなと話をすればよかった。
あの時、夜遅くに穂乃果ちゃんが走っていく姿を止めてあげればよかった。
あの時、歩道側を歩くのではなく、車道側を歩けばよかった。
取り返しのつかないことなんて、人生に多くある。その事実に物わかり良く過ごすことが人生を切り開く手段だと思っていた。でも、それでもあるのだ。どうしようもなく後悔してしまうことが。
母の死と、穂乃果ちゃんが倒れた場面がオーバーラップする。僕は聡子の手を払いのけた。
「うるさい。どうしようもない事だからって、それでもあきらめきれるほど、僕は大人じゃないみたいだ。」
少し語調が強くなったようだ。聡子はびくっ、と肩を震わせた。僕は言うことはない、という風に立ち上がる。
「もう帰ってもらっていいか?話は済んだだろう。」
なるべく感情の籠らない声で言う。すると聡子は立ち上がり、僕の正面に立って、
「嫌。」
短く答えを切った。それに少しイラついた僕は、
「いいから帰れ。」
と突き放す。聡子は目に涙をこらえながらも、
「あなたが全部話してくれるまで、帰らない。」
と言った。
「だから、全部話しただろ?」
「じゃあ、なんで泣いてるの?」
思わず頬に触れる。なぜかは分からないが、泣いていたようだ。涙をぬぐって
「…帰れ。」
と言い募る。
「…嫌。」
と言い張る。言い様もない感情が沸き起こってきた。僕は聡子の腕を引っ張るとベッドに押し倒す。
「…いいから帰れ。このままだと酷いことになる。」
「酷いことしてもいいから、帰らない。」
彼女との2度目のキスは、涙の味がした。
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冷房の肌寒さで目を覚ます。すると
「起きたのね。それじゃあ、帰るね。夜から人に会うことになってるの。」
酷い目覚めだった。時刻は15:00。どうやら寝てしまっていたようだ。ワンピースをベッド横から手繰り寄せた聡子がこちらに背を向けながら言う。泣き顔を見られたくないのだろう。その声は少し震えていた。
「ごめん。」
「謝らないで。みじめになるから。」
せめて、とおもい、ワンピースを着た彼女にカーディガンを渡す。彼女は小さく、ありがとう、と答えながら受け取る。少し垣間見えた彼女の顔は少し赤らんでいるようだった。
「ここでいいわ。少し洗面所借りるね。化粧直したら出ていくから。」
ストッキングは破れてしまったから、捨てていくねと彼女は部屋のごみ箱にストッキングを放り投げた。僕はそれをじっと見つめながら、またしても言い様のない感情を持ってしまった。後悔なのか、罪悪感なのか、倦怠感なのか、嬉しさなのか、そのどれもが混じり合ったこの気持ちが、果てしなく気持ち悪かった。
洗面所で水道の流れる音が響く。その音が止まると、聡子はこちらに出てきた。すると、なんでもなかったかのような笑顔で、
「樹…やっぱりあんた最低ね。」
と言い放った。うぐっ、と言葉に詰まると、一瞬でかがんで、まだシーツにくるまれたままであった僕に顔を寄せてくる。額に軽くキスをすると、
「じゃあ、またね。」
と言うのだった。僕は彼女が何を考えているのか、まったく分からなかった。呆然と見送る。朝から何も食べないまま交わっていたからだろうか、腹の虫が鳴った。こんな時でも腹は減るのか、性欲の次は食欲か、と自嘲しながら、服を着て、財布を持ち、携帯はベッドの上に置いたままに外にでる。呪いたくなるような、そんな日差しの強さだった。
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こんなときは誰もいなさそうな所で食べたい、と思い、駅から少し離れた蕎麦屋に行くことを決める。川沿いを南下し、住宅街に入ろうとしたところで、小さい子を引き連れた小さい子が歩いてくるのが見えた。こちらを確認するやいなや、びしっと固まった小さいほうに、より小さい子が手をひいて歩くように催促している。その子たちの前までゆっくり歩き、立ち止った。
「矢澤…お前の子供か?」
と質問する。
「弟よ!みりゃあ分かるでしょう!!」
と切れのいい突っ込みを返してくれた。
「何してるんだ?散歩されてるの?」
「なんで私が散歩される側なのよ!」
いや、だって、矢澤って小型犬っぽいし。
「…弟の幼稚園へのお迎えよ。ママは仕事で来れないから、って。そういう先生こそ何してんの?」
「いや、飯食いに行こうと思って。」
「…虎太郎、ちょっと公園寄っていい?このおじさんと話があるから。」
弟君は、いいよー、と矢澤に返事をする。矢澤は顎で隣にあった公園を差し、
「ちょっといい?」
と喧嘩腰で言うのだった。歩いていく矢澤の後をついていく。
公園に入った僕らはまずベンチに座った。二人の間はちょうど一人分のスペース。弟君は砂場に直行した。
「かわいいな。」
「へっ…」
「弟君。俺もあれくらいの妹がいるから分かるよ。理不尽にムカつくこともあるけど、それでもかわいいもんな。」
奏は言葉も達者になってきたから、特にムスッとしているときの小憎らしさは世界で一番かわいい。
「なんだ、そっちね。まあ、姉の宿命ってやつね。かわいく見えるのはひいき目だと思うけど。」
「いや、そんなことはない。俺の妹は世界で一番かわいい。」
と断言すると、矢澤は
「引くわー…あんた、ロリコン?」
と聞いて来たから、間髪入れず、
「いや、シスコン。だってお前に性的魅力感じないし。」
「それ感じたら職業倫理上まずいでしょ!そして私はロリじゃない!」
そうだな、18歳だもんな。確か13歳以下がロリ認定されるんだっけか。としょうもないことをかんがえていると矢澤は大きくため息をつき、
「で、なんかあったの、顔死にそうよ。」
そういう言い方をされると僕の顔が死んでるように聞こえるな、あ、正しいか。
「なぁ、矢澤…ラブライブ、出たかったよな…」
と空を向いて言うと、
「はぁ、そんなの当り前じゃない。もうちょっとだったんだから。」
だよなぁ、と相槌をうつ。
「でも、終わったことだし、出たかったし、嫌だったけど、私には次があるから。」
砂場で遊ぶ弟君を見て、小さな声で言う。続けて、
「このスーパーアイドルにこ様はこんなところで立ち止まるわけにはいかないのよ。ラブライブに出られなくても、音ノ木に矢澤にこあり、って思ってもらえるように頑張るんだから…!!」
と大きな意思表示をした。それを見て、またため息を一つ、
「そっか、ならよかったんだが。」
「なに?アンタの悩みってそれ?」
「それだけじゃないけど、まぁ、おおむねそれ。」
「…世の中仕方ない事なんていくらでもあるわ。」
この子も、仕方ない、という言葉を使うのか、と思った。
「でも、仕方ない、で済ませたら前には進めないわ。だから、私は、ここで頑張るの。一人でも。そうやってきたんですもの。」
彼女がそう言ったとき、部室で一人、椅子に座っている矢澤が浮かんだ。彼女は二年間、一人で耐えてきたのだ。
「そう、だから、私が頑張ってるんだから、アンタも頑張んなさいよ。」
と胸を張って主張する矢澤が、とても眩しかった。
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沈み始める神田川沿いを歩く。夕陽は辺りを優しい茜色に染める。何故だろう、昔の方はまだ過ごしやすかった様な気がする。夏でも、この時間は茹だるような暑さは鳴りを潜め、少し涼しさまでも感じていた様な記憶があるのだが。
いつからだろうか。この時間にノスタルジックな感情を抱かなくなったのは。小学生の頃はこの時間になると必ず家に帰って、母が作った料理を食べながら、国民的アニメを見ていた。1日の終わりがこの夕暮れだった、そんな感じがする。
川沿いの道では幼稚園生位の子供を連れた母親が、買い物帰りなのだろうか、一緒に手を繋いで家路についている。
僕にも、あんな時があったのだろう、今となっては思い出せない。僕が思い出せるのはピアノを弾いている母と僕だ。難しい所を上手く弾けた時の、あの拍手が頭の中で鳴り響く。
もしかしたら、死んだ母はそれ以外の、もっと沢山の思い出を持って逝ったのかもしれない。
風が吹く。水彩絵の具をぶちまけたような、淡いオレンジが水面に反射する。その眩さに耐えきれず、僕は目を細めた。
(書いてて思ったけど樹君最低やな…)
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