love live!! そして彼女達の青春が始まる 作:二階堂吉四六
新学期も一週目が終わり、新入生はそろそろ友達を作ってどの部活に入ろうか相談をし始める時期が来た。新しい生活にほんの少しの楽しみと緊張感が生まれ、高校デビューが出来るかどうかの瀬戸際ーーーーそんな生徒にとっては危うい時期に、音ノ木坂学院の廃校は知らされたようだ。掲示板に所狭しと並べられた『廃校』の二文字に生徒は動揺しているようだ。
特に目の前の茶髪のサイドポニーは廃校のお知らせーー正確に読めば分かるが、新入生受け入れを止めるお知らせなのだがーーを世界の終わりかのように凝視していた。
「おい、高坂、何をぼおっとしているんだ?ホームルーム始まるぞ。教室に戻れよー。」
うっすらと涙を滲ませながら、いや、これ泣くんじゃないのか?泣くなよ?俺が泣かせたみたいじゃないか!
「だっていつーーー」
「単語テスト2倍」
「うっ…神波先生、学校無くなっちゃうんだよ…?穂乃果全然勉強してないよ…。」
おい、ちゃんと学校の掲示板をみようね、高坂くん。
「あのな、高坂…」
「全部言わなくていいもん!どうせ穂乃果は編入試験受けてもどこも通らないもん!いつ…先生のあほー!!」
涙を振り絞りながら教室に向かって走っていく穂乃果。おい、人の話を聞け。
走り去る穂乃果に何の声もかけられず、その後ろ姿を見送る。後ろでは、
「神波先生が高坂さん泣かせてるよ…」
「本当のこととはいっても泣かせることないのに…」
とひそひそ話が聞こえてくる。ヤメテ!僕の名誉が著しく落ちちゃう!極め付けに遠くの方で、
(海未ちゃん〜!ことりちゃん〜!樹お兄ちゃんが『穂乃果は行く学校無いよな』っていじめる〜!)
などという声が聞こえた。
大きく溜息をつくと僕は園田と南を始めとするクラスの女子たちにどんな風に釈明しようか、と思いながら教室に足を向けた。
途中で金髪のーー彼女の名誉に誓って地毛であるーー少女、綾瀬絵里が歩いてくるのが見えた。先週は生徒会の仕事で何度か顔を合わせた間柄でもあるので、塞ぎ込んだ気分ではあるが挨拶をせねば、と思い声を掛けた。
「おはよう、綾瀬。」
「……」
こちらをチラリ、と見るだけで横を素通りしていく。ご機嫌斜めで超怖いんですけど〜。
陰鬱な気分は勢いを増し、大きく肩を落としながらも僕は一歩を踏み出す。
今日も1日、平穏無事に過ごせる事を願いながら、それも叶うことは無いのだろうと失望しながらーーー
♯3絵里セリューズマン
「はぁ…疲れた…」
職員室の机に向かって溜息を吐きかける。あの後の園田のマジギレ加減と他のみんなの御愁傷様、という視線に大きくLPを消費しホームルーム、一時間目を終え、やっと休憩する時間が出来た。机の上はまだ新学期だというのに書類が積まれている。3週間後の新入生歓迎会、その後の部活紹介のための講堂、グラウンド、武道場、体育館その他施設の使用タイムテーブルの白紙である。有難くも生徒会副顧問という役職に就いた僕はこういった雑務のサポートも受け持っている。なんせ、生徒会役員は四人しか居ないしね。えぇ、顧問はどうしたかって?顧問はピーターソン先生という、還暦を過ぎた英語担当の講師である。僕の直属の上司(指導教官という意味)でもある。今は3年生の担当をしていて、1年と2年が僕の担当だ。よってこのような些末な仕事はやって頂いていない。ボスは責任を取るからボスなのである。申請書は全部活が提出しているので、後は調整のみである。今日の放課後までなんだよな…これ昼飯食えるかな?
少しだけアンニュイな気持ちになっていると凛とした声が響いてきた。
「大丈夫ですか、神波先生。何かお疲れのようですが…」
「いえいえ!大丈夫ですよ!笠原先生!全く問題ありません!」
笠原京子先生、数学の担当の先生で美人、気立てが良い、愛想もある、という三拍子揃った人だ。僕と同じ歳だとは考えられないくらいに落ち着きと若さが同居している魅力的な人だ。
「お気遣いありがとうございます。廃校騒ぎで少し沈んだ生徒のフォローに少し疲れてしまって…」
「そうですか、確かに私のクラスでもショックを受けている生徒がいましたけど、仕方のないことですものね。それにまだ廃校が決まったわけでは無いですし、どうにかしてあげたいですよね。」
少し悩ましげに言う笠原先生。おい、漂う色気。誰かさんに見習ってほしいわ。
「なーに鼻の下伸ばしてるのよ。京子、気をつけなさい。迂闊にこいつとしゃべると伊藤さんみたいに寿退社コースになるわよ。」
出たな深山。見習って欲しいのはお前だ。この似非お嬢様め。笠原先生の爪の垢でも煎じてろ!
「伸ばしてねーよ。てか、人を淫獣みたいに言うんじゃねーよ。話しただけで寿退社ならお前に何回責任発生してるかわかんねーだろーが。」
「はっ、どうだか。京子が美人だからって手出すんじゃないわよ。京子は私のだから。」
「お前……そっちの人だったの?そりゃ松本も振られるわけだわ…」
松本は僕と深山と同じゼミでなかなかのイケメンだったやつだ。三回生の時に深山に告白して玉砕している。哀れ、松本。今度飲みに行こうな。行けたらだけど。
クスクスと鈴が鳴るように笑う笠原先生。美人って何しても絵になるな。世の中不公平。
「聡子、神波先生のこと気に入っているのね、こんな聡子久々に見たわ。でも、神波先生、よろしかったら責任とって頂けますか?」
挑発的な視線を投げかけてくる。やべぇ、惚れそう。
「はい、よろこんーーーーー」
スパーン!と出席簿が奏でる軽快な音が後頭部で響く。
「はいはい、調子に乗らないの。本当に見境無いんだから。」
見境ないのはお前の麻雀だ。3人ヤキトリな上に箱下とかわらえねーよ。その半荘があった日は男3人で反省会だったっつーの。
「本当に仲が良いんですね。でも実際、折角歳が近いのだから、山田先生も誘って一度飲みに行きませんか?親睦会も兼ねて。今週土曜とかどうかしら?」
「今週土曜?じゃあ、グランツリーで飲まない?そっちの方が神波も都合がいいでしょう?」
「そうだな。確かに。笠原先生、ジャズは好きですか?」
「ええ、映画を見ているとよく流れてきますし、嫌いでは無いですね。」
「じゃあ、楽しめると思いますよ。時間は19:00以降ならお任せします。」
「決まり!京子、こいつの意外な一面が見れて楽しいわよ。期待してなさい!」
「???そうなの???じゃあ、期待していますね、神波先生。」
「はい、お任せください。」
鷹揚に頷くと、予鈴のチャイムが鳴った。深山は授業に向かい、笠原先生も自分の机に座る。僕も先程抱えていたブルーな気持ちを幾許か振り切って目の前にある書類と戦う覚悟を決めた。
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何とかスケジュールを組み立てた僕は放課後生徒会室に向かっていた。窓の外からは部活に精を出す生徒の掛け声、遠く聞こえるトロンボーンの音がやけに心地よい。パズル的な作業って、やり始めたら止まらないんだよねー。なかなか有意義な仕事だった。意外とこういう作業向いてるのか、俺…と自画自賛していると、進行方向右手の立派なドアが大きな音を立てた。
「失礼します!!!!」
勇ましく飛び出してきたのは綾瀬絵里だった。朝といい、この子は今日は怒ってばっかりだな。声を掛けようと思ったが、ズカズカと生徒会室に向かって歩いていった。周りの子も怖れをなして道を譲っている。ヒステリックになった人で周りがブルーになっているようだ。上手い言い回し!いや上手くないな。認識されない程度の距離を保ちつつ後を追う。どうせ向かう先は同じだ、怒っている理由も聞けるだろう。
バタン!!と景気良くドアを開け、これまたバタン!!とドアを閉める。綾瀬の気分は引き続きハイな様だ。東條に暫く任せるか……
ふと視線をずらすと窓から見下ろす校庭には桜が咲き乱れ、遠くにはビル群が見える。アメリカと比べるとミニチュアの様な広さの町にぎっしりと詰め込まれた色々。無機質なものもあれば、有機的なものもある。良い季節になったな、と感じるあたり僕は日本という国が好きなのだろう、と改めて思う。ビルの中には沢山の人が居て、その誰もが今の生活を精一杯送っていることを思うとこの竹林のような町も愛しく思えてくる。皆が皆、竹の中のお姫様の様にままならない思いを抱えて、ここではない何処かに思いを馳せ、今の生活に51:49の満足と不満足を抱えているのだろう。僕だってそうだから。今怒っている綾瀬もそうなのだろう。憤りを持って自分の行動方針とするーーーー如何にも人間らしい。だからこそ、周りの人間を動かすことができるのだ、と生産性のない思いに駆られながら景色を眺めること数分。もうさすがに幾らかは落ち着いただろう、と判断して生徒会室のドアをノックする。
「どうぞ。」
果たして彼女は落ち着いた声音で答えた。ドアを開け入室する。
「失礼。部活紹介のタイムテーブルができたよ。」
「神波先生……ありがとうございます。何か問題はありましたか?」
少し申し訳なさそうに答える綾瀬。さっきまでプリプリ怒っていた事が嘘かのようにしょんぼりしている。躁鬱傾向ありなのか?
「一件だけ。音楽室の使用時間で吹奏楽部と合唱部でバッティングが起きている。この件の処理を済ませれば他はオールクリアだ。」
タイムテーブルを渡しながら問題点を伝える。ふと机の上を見ると『音ノ木坂学院への留学生受け入れに関する提案』というタイトルのレポートが見える。こんな計画知らんなぁ…
「それなら時間を変えてもらうか、講堂を使ってもらうようにしたら解決やね。エリチ、交渉担当はどうする?」
イントネーションが怪しい関西弁を喋っているのは東條 希。生徒会副会長だ。スピリチュアルな趣味を持った子で、生徒会でのサポートを隙なくこなしている。なかなかにお母さん体質な子だ。あとおっぱいが怪しからん。
「そうね、希お願い出来る?少しまとめたい書類もあるし。」
「分かったわ〜。それやったらいっってくるね〜。」
つつ、と東條は生徒会室を出て行く。出て行く時に軽く目が合った。軽くウィンクを送られる。何を期待しているんだこの子は……
他の役員は出払っているらしく、2人だけの空間と一瞬の沈黙。それを破ったのは綾瀬だった。
「先生、朝は済みません。少しイライラしていまして…」
「構わないよ。誰にでもそういう時はある。気にしていないよ。そのイライラはこのレポートと関係があるのかい?」
「ええ、先生も学校が廃校になるのはご存知ですよね?実は今朝学院長に意見を申し上げに行ったのです。そうしたら……」
「すげなく断られた、という訳か。」
レポートをペラペラめくりながら答える。留学生の受け入れと英語コースの新設。それでもって生徒数の増加を促す、か。確かに音ノ木は特別コースが存在しない。国立という事もあってかカリキュラム的に大幅な変更を加えるのは難しいだろう。
「先生はその案はどう思われますか?」
不安な様子で聞いてくる。自信があっただけに堪えているのだろうか。
「率直に言うと面白い、だな。確かに留学生の受け入れと英語コースの新設は魅力的に見えるだろう。入学者数の増加も見込める。だが、問題は時間と人と、そして予算だ。この規模の改革を出来るのなら今頃音ノ木は廃校寸前の憂き目にあっていないさ。学院長は何て?」
「同じような事を言われました。さらに『こんな事を考えている時間があったら、今いる生徒のために行動しなさい』とたしなめられてしまいました。」
確かに学院長なら言いそうだな。あの人は母性の塊だからな。だからこそ音ノ木の現状があると言えるのだが。目の前にある問題を嘆くだけで終わっている、とも言える。美人だから少々許してやるが、これが譲れない事であったら間違いなく僕はキレている。それが今の綾瀬の状況だろう。しかしーーー
「確かにその通りだな。綾瀬。今回の件は完全に大人たちの失敗、いや失敗とすら言えない問題だ。古い価値観は淘汰されるのは世の常。変わらないものはあるかも知れないけれど、それでも少ないよ。」
「それじゃあ!!何もせずに学校が無くなるのを指を咥えて見ていろ、とでも言うんですか!!何か対策を講じる事さえも許されない、とでも!」
「結論から言おう。『そうだ。』君の考えている事は明らかに大人の領域を侵犯している。責任、今回はあるのかどうかすらわからないが、もしあるとしたら、それは間違いなく君が負うべきものではない。大人には大人の責任の取り方がある。」
「……」
強い口調で、しかも大人の男から言われたのがショックだったのか口をつぐむ綾瀬。しょんぼりしている様子が少し可愛いと思ってしまったのはナイショだ。
「と、いうのが先生としての僕の意見。個人的な事を言わせてもらうとーーー」
何かを期待しているのか、助けを求めるような視線を向ける綾瀬。
「『そんな大人の事事は関係ない』だな。子どもにだって自分の権利を主張することは出来る。好きにやったらいいさ。他のみんなに迷惑が掛からない範囲でね。ただ、綾瀬、知っていて欲しいのはね、人が人を動かすときには理由が必要なんだ。ヒントを言っておくと、学院長は生徒のやりたい事をやらせてくれる、いい先生だという事。そして周りの人間を動かすリーダーはどういった人物が好ましいか、言い換えると、綾瀬はどんなリーダーの下につきたいか、という事。この2点を考えれば正解に近い回答は出来るはずだよ。」
「だから私は私のしたい事を……」
チラリ、とレポートを見ながら答える。
「それじゃあ不正解。赤点補習コースだね。幸いにもまだ時間は『たっぷり』ある。色々考えてみるといい。」
「そんな曖昧なヒントでは分かりません……」
「曖昧なんかじゃないさ。そうだな。もっとヒントを言うと僕との会話の中で僕はもう答えを言っているよ。よく思い出してごらん。じゃあ、後は宿題だ。タイムテーブルの件、完成したら僕かピーターソン先生に提出してくれ。答え合わせは何時でも受け付けるよ。『しっかりと自分で』考えるんだよ。」
そう言い残すと生徒会室を後にする。ドアを閉じる時の「何よそれ……訳わかんない」という一言がやけに印象に残った。
外は相変わらず穏やかな景色が広がっていた。同じ様に、どこかのお姫様は51:49の満足と不満足を抱えたままでいる。
真姫ちゃんの決めゼリフを絵里ちゃん言わせてみました。感想お待ちしています!