love live!! そして彼女達の青春が始まる 作:二階堂吉四六
金曜日、二時間目。2年2組の英語ライティングの時間。
「と言うことで、このwhatが導くのは関節疑問文ではなく、先行詞を兼ねた関係代名詞だね。特にanything thatと同じ意味を持っていて、〜するものは全て、と訳をする事が多い。訳をする上では非常に大事な知識になるので覚えておくように。では改めて、この文章の訳をーーー」
教室をぐるりと見渡すと誰もが目を合わせようとしない。どうやら前任の伊藤先生は構文暗記を中心に授業をしていた様だ。このクラスの殆どが文法事項を知らなさすぎる……
入試まであと2年あるとはいえ、今から文法を覚えさせるのは難しいか……?と頭を抱えたい気持ちになっていると、一人の生徒と目があった。
「では、園田。よろしく。」
「はい、『君にしてあげられることは何でもしよう』です。」
「excellent!簡単に主語を言わないところが素晴らしいね。ありがとう、では次の文に行ってみようかーー」
すんなりとこちらの話を理解し、自分のものにできるあたり、恐らく園田は大学受験に間に合うな、と思いつつ次の話を進める。実際彼女は国語の成績も良い、と深山から聞いている。(彼女は現国担当である。)小さい頃から厳しい家で育てられたせいか、彼女は言葉の選び方が正確だ。もう少し年頃の女子高生としては『遊び』が欲しいところではあるがそれもまた個性、と思う。
「では、今日の授業はここまで、今日の授業で理解できないことはあったか?あるなら早めに消化しておくように。質問は昼休み、放課後に職員室で受け付けるから来るときは声をかけてくれ。ではお疲れ様。」
そう宣言すると同時にチャイムが鳴る。きりーつ。れーい。の掛け声の後に教室を出る。さーて、休憩休憩っと。早めの昼食か。今日は深山がおにぎりを作って来ているから少し待とうかな。ふと後ろから声を掛けられる。
「先生、先程の授業で分からない事があるので質問に行きたいのですが……」
振り向くとそこには黒髪ロング。艶やかな黒髪の乙女ーーー園田海未がいた。
「オッケー、昼休みに来る?放課後に来る?」
「昼休みの時間最初に。それではよろしくお願いします。」
向上心のある人間の相手をするのは、それが子どもであっても大人であっても楽しいものだな。停滞することは死ぬことと同義だ、という考えを僕個人は持っている。現状に関する肯定は必要だが、全肯定になってしまうとそれは、心の歩みを止めてしまう事に他ならない。流れが淀むと水は腐る。そういうことだ。
「じゃあ、待ってるよ。」
手を振りながら職員室へ向かう。さて、果たしてどんな質問が飛び出るのか……
♯5 海未リリーク
昼休み。
「神波先生、評判いいですね。」
と職員室で声をかけられた。山田博子先生。全学年の体育の担当だ。と同時に2年1組の担任でもある。
「えっ、そうなんですか?授業中は皆眉間に皺を寄せているから評判悪いのかな、と思ってましたよ。」
実際さっきの時間も目を合わせてくれる生徒は少なかったし。
「うちの子達が言ってましたよ。『難しいけど、今まで英語をなんとなくやっていたから新鮮だ。面白い』って。あと、『英語の授業なのに国語の授業みたいだ。』とも言ってましたね。」
「それは嬉しいですね、実際に授業を初めて1週間ですけど、そう言ってもらえるのは教師冥利に尽きますね。」
読んでてよかった。ロイ⚪︎ル英文法。
「それはそうと、神波先生、明日が楽しみですねー。」
「明日の20:00ですよね。覚えてますよ。僕も、今回は笠原先生と山田先生と初めて飲むんで結構楽しみにしてるんです。」
そう、深山が企画した飲み会が明日に迫っているのだ。Thanks god , it's Friday!!!
「実際の所、深山先生、笠原先生、山田先生で誰がお酒は強いんですか?」
「うーん、そうですね、私はまぁ、聡子よりは飲めますよ?」
「聞き捨てならないわね。博子。この間私があんたを家まで送ってった事、忘れたの??」
深山がムスッとした表情で話しに入ってくる。
「よくいうねぇ、その前は2回連続でアタシがアンタを送っていたんだけど。」
そう蓮っ葉な感じの受け答え。そう、実は山田先生はチャキチャキの江戸っ子なのだ。その上、山田先生、笠原先生、そして深山は音ノ木の同級生で仲がいいのだ。ちょっと疎外感。
「2人が同じくらい、っていうのは分かった。じゃあ、笠原先生はどうなんだ?」
個人的にはああいう女性はお猪口一杯で酔っ払って「もう飲めません……」って感じがするのだが。そうあって欲しい。
すると2人は声を合わせてキッパリと
「「京子はウワバミだよ。」」
と答えた。まじか。神はいないのか。
ショックを受けていると職員室のドアが開くと同時に園田が入ってきた。手を振りこちらに呼び寄せる。
「先生、さっきの授業での事なのですが……」
「おう、待ってたよ。さて何が分からなかったのかな?」
「はい、実は……」
ノートを広げ質問する。それに答えていると、ふと横から視線を感じる。深山も山田先生も興味深そうにこちらを見ている。
「どうしました。お二人とも?」
「いや、分かりやすい説明ですね。生徒からの評判が良いわけだ、と。」と山田先生。
「プレゼンテーションが上手い、と言ぴうのは知っていましたけど。改めて聞くと勉強になるなぁ、と。」と深山。
なんですか、おだてても何も出ないですよ、と照れていると、園田が思いつめた様子でこちらに質問してきた。
「授業と関係ないのですが、良いでしょうか?」
どうぞ、と先を促す。
「先生は詩を書いたことはありますか。もし、書いたことがあるのなら、どういうふうに書いたら良いかご教授願えませんか。」
ほう、これはなかなか難しい質問だな。詩、ときたか。そういえば彼女は高坂と一緒にアイドルをやるんだったな。それ絡みか。
「詩を書いたことはないけど、それなりに読んではいるから、アドバイスというか、豆知識。書く、という動詞は英語ではwriteだけど、実は作詞をするときはcomposeを使うんだ。知っている通り、『構成する』っていう意味があるよね。このcom、という接頭語には『一緒にする』『近づける』という意味があるんだ。だから作詞をするときはレトリックより何より、まず『寄り添うこと』に重点を置いたらいいんじゃないかな。それが自分の気持ちなのか、友達を応援する意味なのかは分からなけど。」
友達を応援する、のところに重点を置いて伝える。彼女は少し考えた様子で
「ありがとうございます。参考になりました。」
と言って職員室を後にした。立ち上がり背を伸ばすと深山と目が合う。
「ねぇ、神波。」
「ん?なんだよ、深山。」
「私、なんでアンタがモテないのか分かんないんだけど。」
それはお前の胸に聞け。女子の考えは分からん。あっ、女子じゃ無かったですね。」
と考えた瞬間ボディーブロー。この字型に身体が折れる。
「訂正。何でアンタがモテないのか分かったわ。」
「何で殴るんだよ……」
苦しみながらも抗議。呆れながら山田先生が、
「声に出てましたよ、神波先生……」
と可哀想な生き物を見る目でこちらを見ていた。ぐふっ、不覚……
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放課後、誰もいなくなった音楽室でピアノを弾く。ピアノを弾いている時はいつも彼女の事を思い出すけれど、思い出の中の彼女は遥か彼方にいる。日々を過ごしていくうちに、彼女以外の誰かのために弾く毎に、彼女との距離が広がっている気がしている。ただ、存在がそこにある、という事だけは分かる。Someday my prince will come.デイヴ・ブルーベックが評価をし、ビル・エヴァンス、マイルス・デイヴィスが洗練させた、白雪姫のための曲。良く彼女が弾いていた曲でもある。僕が実家のあのピアノで演奏するときはまず、これを弾くことにしている。それは他の出演者がいる時でも必ずだ。僕とセッションする事に慣れている人は合わせてくれる。僕の事情を分かっている人はソロで弾かせてくれる。これは僕にとっての目標の曲であり、課題の曲であり、そして餞の曲でもあるのだ。もうこの世にはいない、彼女のためのーーーー
ガタン、と音がすると音楽室のドアが開いた。西木野だ。この時間に来るとはどういう用件かな?
「どうしたんだい?あ、ピアノを弾く?代わろうか?」
「いえ……大丈夫です。続けて下さい。」
お言葉に甘えて続ける。一通り弾き終えると改めて声をかける。
「待っててくれてありがとう、それで、何かあった?」
「忘れものをしたんで取りに来ただけです。それにしても先生、ピアノ上手いんですね。」
少しびっくりした様子でこちらを見る西木野。同時に複雑そうな表情。
「下手の横好き。あとは継続は力。そんなにたいした腕じゃないよ。同世代で僕より上手い奴はゴロゴロいるし、それこそ世界を見てももっと上手い奴はいる。」
「でも、先生の演奏は私が聞いたジャズピアノの中ではかなり上の方に来ます。それだけ弾けていれば先生じゃなくてもいいんじゃないですか?例えば……ピアニストとか。」
「一時期、ちょうど高校1年生のこの時期だったかな。人前で演奏する機会があってね、それが思いの外楽しくて、人に褒められるのが嬉しくてね、狂ったようにピアノを弾いた時期があった。その時、ピアニストに成ろう、と思って音大を目指したことはあった。でも途中で気付いたんだ。本当にピアニストになるために音大に行くのが正解なのか、ってね。ちょうど高3の春だったかな。そう思い始めた時、ピアノを弾いても音が出なくてね、正確に言うと音が聞こえなくなってね。そこから普通の大学に行こうと思って勉強して、何とか大学に入ってーーーその時に改めてピアノを弾くと音が聞こえたんだ。」
「……」
真剣な面持ちで話を聞く西木野。音が聞こえないくらいのスランプなんか、彼女は経験したことは無いのだろう。沈鬱な表情だ。
「そこで気付いたんだ。自分のためにピアノを弾けない僕は、やはり職業としてのピアニストはやらずに正解だったってね。」
「……」
彼女は次の言葉を待っている。斜陽が彼女の顔を照らす。つり目の気が強そうな瞳がこちらを射抜く。
「何が言いたいかというと、僕にとってピアノ、ひいては音楽というものが誰かのために演奏すること、という以外の何物でもなかった、ということなんだ。そういう意味では今でも僕はピアニストだよ。」
にっこり笑って彼女に伝える。
「そのカタチが僕は楽しかったからね。西木野も肩肘張らずに自分が楽しめる音楽のカタチを探せばいい。それが例えどんなジャンルの音楽であっても。ジャズやクラシックも良いけれど、ポップもいいもんだよ。僕はギターも弾くし。」
ハッ、と何かに気付いたようにこちらを見る西木野。
「じゃ、忘れ物を取って来ようか。今日はもう遅いから帰りなさい。音楽室の施錠は僕がやっておくよ。」
と言うと、彼女はピアノの楽譜台に置いてあった紙を取ると音楽室を出る。最後に漏らした、
「ありがとうございます……」
という感謝の言葉が、どこか力強い、暖かみのある音符になって空気に溶けた。
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