love live!! そして彼女達の青春が始まる 作:二階堂吉四六
日曜朝。狭いながらも快適な我が城でトーストを囓っていると、ピコン、と携帯がLineの着信を知らせる。誰だよ、と通知を見てみると深山からだった。こいつのLineのネームはミャーとかいう名前で可愛い猫画像なんだよな。本人は虎のくせに。
ミャー『ねぇ』
ミャー『あんた京子に何したの』
『なんもしてねえ』
ミャー『嘘。なんかテンション高い感じで電話してきたんだけど。』
『免罪だ』
ミャー『吐け』
ミャー『今なら許す』
『覚えてねーよ。何もしてないし。あ、』
ミャー『あ?』
『京子って呼んでって言われた。』
ミャー『は?』
『樹って呼んでいい?って言われた』
既読無視。いっくん傷ついちゃう。
『全然オッケーっすよ。って言った。』
またしても既読無視。スタンプ送ってやろう。
『スタンプを送信しました。(猫がこちらを伺っている)』
これでも無視か。よし、エロ画像でも送りつけてやろうか。ちなみにエロ画像は受け取って保存した方より、保存せずに送りつけた方が罰せられた、という判例もある。賢明な諸君も気を付けよう。フォルダの中から厳選したエロ画像を探している時にまたしても通知。
ミャー『あんた今日暇?暇よね。1500にmAAch集合ね。』
『おい』
『待て』
未読無視。どうやら彼女の中では決定事項の様だ。面倒くさいことになったな、と思いつ、ぞんざいに携帯を枕元に投げる。勢いをつけすぎてベットから落ちた携帯のガシャ、という不吉な甲高い音が今日の自分の運命を予感している様な気がした。
♯7 ことりファシリテ
14:45、mAAch前。この如何にも東京という香りのする、小洒落た商業施設が僕の処刑場だった。10分前集合を信条としている僕が気合を入れて少し早く来た時、もう彼女はそこに居た。春らしいプリーツの入ったロイヤルブルーのスカートにヒールから伸びる黒のタイツの脚線美が眩しい。上半身は黒白のボーダー。その上に黒のジャケットが如何にも大人な女性を演出している。大体思うのだが、女性は20歳を超えたら一気に自分より年齢が上に見えてしまうのは何故だろう。自分の精神性の幼さが為せる技なのか、そもそも女性がそういう性質なのか理解できないが、それでも彼女は十分に大人だな、と思える。ただ、彼女の表情は不機嫌さがありありと感じられる程には強張っていた。生きて帰れるかが心配だ。
「よっ。待った?」
「大丈夫よ。私も今来たところだから。」
会話だけ聞いていたらさぞかしナイスなカッポウに思えるが、現実は違う。女性の方は声色が硬すぎる。こえぇよ。
「まぁ、何だ。取り敢えずお茶するか。」
「えぇ、そうね。行きましょうか。」
レンガアーチが美しい高架下を歩く。2年前は建築されていなかった施設だが、いわゆる「マチナカ」の施設としてリノベーションされた神田万世橋。温故知新とはよく言うが、今風の店とマッチして、落ち着きのある建物である。さぞかしデートでは盛り上がることだろう。デートならな!!二人の距離は80cmほど離れて平行。このまま真っ直ぐ歩いても交わるまでに軽く3キロはかかりそうだ。
これまたお洒落な喫茶店に入る。注文を済ませ、川沿いのテラス席に座ると、いきなり斬り合いが始まったかのような雰囲気。もちろん僕は斬られる側だ。
「で、何か言い分は?」
「え……いや……何も……」
「私、『京子に手を出すな』って言わなかったっけ?」
失礼な。出してねーよ。
「いや、ほら、でもお互いに名前で呼びましょう、ってだけだろう……」
「それが問題だって言ってんでしょう。もう子供じゃないんだから、お互いに線引き位は出来るでしょう?好きな人以外とは手を繋がない。いいな、と思っている人は名前で呼ぶ。そういう不文律、男女にはあると思わない?」
確かに僕と彼女はそういう仲では無いが、それを理由に彼女を突き放すのはなぜか憚られた。その結果が
「……」
沈黙である。その合間を縫うようにウェイターがコーヒーを持ってくる。ナイスなタイミングだ。一口コーヒーを啜る。少しだけ意を決する。
「正直なところを言うと、笹原先生はいいなぁ、と思う。美人だし、気もきく。彼女が僕をどう思っているかは別にして、僕が彼女を自分の近い位置に置きたい、と思っているのは事実だ。」
「……」
今度はあちらが沈黙。先程の僕と同じ様にコーヒーを啜る。彼女はいつも砂糖とミルクを多く入れる。昔カフェオレを頼めばいいのに、と言った時は、それは少し違うのよ、と答えた。あの時はお互いに意識して境界を越えない様にしていた節があった。ブラックコーヒーのようにきっぱりしたものでは無く、砂糖入りのミルクコーヒーのような曖昧なものを愛していた、とも言える。その期間を長く過ごした僕らは、今自分が飲んでいるのがコーヒーなのかカフェオレなのか分からなくなっているのだ。この2年で痛感したことは、場所が変わっても人は変わらない、という事だ。でも、変わらなければならない、とも思うようになった。それまでの僕は余りにも『変わらなさ過ぎた』。
「なぁ、深山、僕は一時期君を好きだったことがある。」
目を開く彼女。僕は続ける。
「でも、それが果たして本物だったのか、と聞かれると自信がない。だから一度自分で整理しようと思ったんだ。酷いことを言っている自覚はある。それでも許して欲しいんだ。」
自分が何を言っているのか分からなくなる。理性的であろうとする反面、感情に流されてしまう。彼女はこんな僕を許してくれるのだろうか。反応を伺う。じっと彼女はコーヒーの水面を眺めていた。何を思っているのだろうか。罵るための言葉を探しているのだろうか。ふと目線を外に逸らす。外の空気は僕の心に立つさざ波とは違って穏やかだった。
「……最低ね。」
彼女は僕を非難する言葉を吐いた。この誹りを受けるのは僕の義務だ、と思い、彼女に視線を戻す。しかし、意外にも彼女は穏やかな微笑みを浮かべていた。
「ねぇ、樹。私の事も聡子でいいわよ。そう、呼んで欲しいの。」
彼女はそう言ってコーヒーを啜る。
「……分かった。ありがとう、聡子。」
僕は同じようにコーヒーを啜る。ブラックのはずのコーヒーが心なしか甘く感じた。3キロ先に交わる点が300m程近づいたように感じた。
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その後、聡子は別件で用事があるらしく一時間ほど話をして別れた。ぼんやりと家に向かって歩いていると大きな紙袋を持った銀髪の少女が歩いてくる。
「よっ、南。大変そうだな。」
南ことり、僕のクラスの生徒であり、上司の娘さんでもある。その上司は、決してえこひいきしないでください、と言っていたが、園田ほどではないが彼女もなかなかに優秀だ。見た目も母親似で美人だし。
「あっ、先生。こんにちはー。お散歩ですか??」
「おう、いい天気だったからな。少し散歩しようと思って。それにしても大荷物だな。手伝うか?」
聡子と会ってた、何て言ったら明日はうるさいだろうから適当に流す。JKって噂話好きだしね!!穂乃果ちゃん経由で全校生徒に広まるのが目に見えるようだ!!
「いいえ、大丈夫ですよー!そんなに重くないですしー。」
と言っている側から毛玉がコロンと紙袋から落ちる。南は少しだけ恥ずかしそうに笑った。僕も少しだけ笑うと、その毛玉を拾いながら、
「質量じゃなくて、体積が問題だな。やっぱり手伝うよ。」
と伝えると、やはり恥ずかしそうに、少し涙目で
「お願いします……」
と言うのだった。ズキューン。ハートを打ち抜かれた音がした。
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「衣装?」
「そうなんです。実は私、スクールアイドルの衣装を作る担当になったんです。穂乃果ちゃんも海未ちゃんも裁縫出来ないから……」
凄い。衣装を作るとか一介の女子高生が出来るのか!
「凄いな。自分で衣装を作るのか。いや、尊敬するわ。」
と本心から言うと、彼女はブンブンと手を振って恥ずかしそうに
「そ、そんなコト無いですよー。穂乃果ちゃんと海未ちゃんには型紙取らせてもらったし、後はミシンがあれば何とかなるんですよ?衣装だと布の面積も少ないですし!」
「いや、それでも凄いよ。布を曲げて作る、ってだけでも異次元の凄さだわ。」
小学校の家庭科のエプロン作りでもろくにミシンを使えず、放課後に居残りをしていた身分からすると、天と地ほどの差があるように思える。あの時手伝ってくれたアユミちゃん、ありがとう。
「……私、将来は服飾関係の仕事に就きたいんです。」
遠くを見るような目で言う。夢、とは違う確固たる未来を語る目。人生に迷っている僕とは違って意思を感じさせる目。羨ましい、と思った。
「いいことじゃないか。南の服飾の腕前がどれくらいかは分からないけど、その年で自分の将来を決めているのは正直、羨ましいね。」
「……先生はどうして先生になろうと思ったんですか?」
少しこちらを伺うような視線。自分の進路に自信が持てないのだろうか。
「恥ずかしい話、何となく、と言うのが正しいね。実はアメリカに留学に行く前は就職が上手くいかなくてね。どこも受かればいいかな、という気持ちで履歴書を送ったからかもしれないけれど。それでも、人に何かを伝えるのは好きだったから、今はこの職業に就いているのかも知れないね。」
僕はどこまでいっても、人のために何かをするのが好きなのかも知れない。それはあの穏やかな午後に、父の入れるコーヒーの香りが漂う店内で、彼女にピアノの演奏を教わった記憶が色濃く残っているからだろうか。僕に和音の弾き方を教える彼女が、余りにも楽しそうだったから。
「……そうですか。ありがとうございます。参考になりました。」
「いやいや、あんまり参考にしちゃダメだよ。僕のことは反面教師にしてね?」
と少し茶化すと、ふふ、と彼女は母親譲りの笑顔を見せ、
「あ、ここの角を曲がればもう家なので大丈夫です。ありがとうございました。」
と僕に告げる。持っていた袋を渡し、それじゃあ、と別れる。彼女は曲がり角に差し掛かるとこちらを向いて、
「先生!私のことは『ことり』って呼んでください!私、自分の名前を呼ばれるのが好きなんです!」
と少し元気な声で言う。つくづく名前を呼んで欲しがられるな、と思いながら、
「分かった!ことり、気をつけてな!!」
と彼女に負けないようにいい返す。彼女は名前に違わず、曲がり角の向こうに自由な空があるかのように飛び去っていった。
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