【カオ転三次】×よう実 鬼になる一之瀬帆波   作:ねむのき

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第2話 「積み上がる実績とレベル」

 九月になっても、人工島を囲む海は夏の熱を手放していなかった。朝の風が教室へ入ってくると、窓際のカーテンが膨らみ、机の上に開かれた教科書の端を持ち上げる。日差しはまだ白く強かったが、廊下から流れ込む声には、休みが終わったことを惜しむ響きと、久しぶりに顔を合わせた嬉しさが入り交じっていた。

 

「一之瀬さん、おはよう」

 

 席へ向かう途中で声をかけられ、帆波は顔を上げた。

 

「おはよう。宿題、間に合った?」

 

「そこから聞く?」

 

「だって、昨日すごく困ってたから」

 

 相手の困った笑顔に、帆波も笑った。鞄を置くまでの短い間に、別の席からも声が飛んでくる。休み中に買ったものの話、次の授業の話、今日の放課後の誘い。幾つもの話題を受け止めながら椅子を引くと、ようやく二学期が始まったのだという実感が湧いた。

 

 窓へ顔を向けた拍子に、右の生え際を指で確かめた。前髪の下にある小さな角は、いつもどおり隠れていた。その指を下ろし、教科書を取り出す。机に向かう自分の姿は、夏休み前とほとんど変わらないはずだった。

 

 けれど、放課後をどう過ごすか考えるとき、頭に浮かぶものは増えていた。

 

 臨海支部で教わりたいことがある。引き受けられる仕事もある。夜に実家へ電話をすれば、母や美帆の声を聞ける。そのどれもが、遠い将来のために我慢を重ねた先で、いつか手に入るものではなかった。今日、自分で時間を選べば届くところにあった。

 

「今日、放課後空いてる?」

 

 隣から尋ねられ、帆波は顔を戻した。

 

「ごめんね。今日は用事があるんだ」

 

「あ、そうなんだ。じゃあ、また今度」

 

「うん。また誘って」

 

 答えた後で、断らなくても少しくらい付き合えたかもしれないと思った。相手は残念そうだったし、休み明けに一緒に過ごすのも楽しそうだった。それでも、口にした返事を取り消すことはしなかった。

 

 約束した時間に支部へ行きたい。その気持ちを、誰かに誘われたという理由だけで後へ回したくなかった。

 

 夏休みの間に、身体はまた変わっていた。任務と訓練を重ね、二学期を迎えたときにはレベルは十になっていた。《突撃》も使えるようになっている。肩口から相手へ飛び込む、重い体当たりの技だった。初めて知ったときには単純に見えた動作も、実際には間合いの取り方や、相手をどちらへ動かすかで結果が変わる。エースに教わるたび、次に確かめたいことが増えた。

 

 教壇へ教師が上がり、教室の声が静まっていく。帆波はノートを開いた。

 

 Aクラスで卒業したいという気持ちは、今もあった。みんなと上を目指すことも、将来の選択肢を得ることも、大切だと思っている。ただ、そのために使う時間が、自分の持っているすべてでなければならないとは、以前ほど思わなくなっていた。

 

 秋が深まり始めると、放課後のグラウンドには体育祭の練習に集まる生徒が増えた。

 

 帆波は白線の前で足を止め、前方の走路を見た。姿勢を低くし、合図に合わせて踏み出す。足裏で地面を押し、重心を前へ送り、腕の振りを脚へ合わせる。その動きは、何度繰り返しても思ったとおりに再現できた。

 

 難しいのは、速く走ることよりも、速すぎないように走ることだった。

 

 前にいる生徒の歩幅、肩の上下、呼吸の乱れ。そうしたものを見ながら、出す力を選ぶ。追い抜くときにも、差を広げるときにも、自分の身体ができることをそのまま実行してはいけなかった。

 

 走り終えた帆波へ、クラスメイトが笑顔を向けた。

 

「やっぱり速いね」

 

「ありがとう。でも、今のところ、少し狭くなってたかも。ぶつからないように気をつけよう」

 

 答えながら、列へ戻った。励まし合って練習する空気は嫌いではなかった。うまくいかなかったところを話し、もう一度試して、今度はできたと笑う。その輪の中にいれば、自分も嬉しかった。

 

 ただ、同じ動きを繰り返す時間が長くなると、別の予定が頭をよぎった。

 

 今日なら、支部で一つ仕事を終えられたかもしれない。演習場で、昨日うまくいかなかった動きを試せたかもしれない。

 

 夕方の風に汗が冷える頃になっても、練習は続いていた。帆波は時刻を確かめ、次に呼ばれた名前へ顔を上げた。

 

 体育祭当日、グラウンドは応援の声と、走り終えた生徒たちの熱気に満たされた。踏み固められた土の上には幾筋もの足跡が重なり、風が吹くたび、細かな砂が日差しの中へ浮かび上がった。

 

 帆波は出場した個人競技で、すべて一位を取った。

 

 最後の線を越えるたびに速度を落とし、呼吸を整えてから応援席へ顔を向ける。手を振ってくれるクラスメイトへ笑顔を返すと、こちらまで気持ちが明るくなった。自分が取った点を喜んでくれることは嬉しかったし、ほかの誰かが戻ってきたときには、帆波も立って迎えた。

 

 学年の中では、自分たちのクラスが勝った。

 

 それでも、体育祭全体の結果は敗北だった。

 

 全学年のクラスを割り振った組の集計が、自分たちの成果を包み込み、その上で負けを決めていた。結果として、クラスポイントは減った。帆波は伝えられた数字を聞き、膝の上で指を揃えた。

 

「一之瀬は、全部勝ったのにな」

 

 近くからかけられた声に、顔を上げた。

 

「うん。でも、私の競技だけで決まるわけじゃないから」

 

 そう答えると、相手は納得しきれない様子で頷いた。

 

 帆波も、同じだった。

 

 誰かが一生懸命でなかったとは思わない。練習で転んだ生徒も、苦手な競技に繰り返し取り組んだ生徒も見ている。自分たちの学年では結果も出していた。それなのに、積み上げたものが最後にはマイナスへ変わっている。

 

 頑張ったこと自体に意味があると言うのは簡単だった。実際、意味がなかったわけではない。けれど、練習に使った放課後も、当日の一日も、もう戻ってはこなかった。

 

 自分には、あれだけの反復練習は必要なかった。

 

 その時間で仕事をしていれば、報酬を得られた。母へ送るお金を増やせたし、家の暮らしを、ほんの少しでも確かに変えられたはずだった。

 

 帆波は口元に残していた笑みを静かに収め、グラウンドへ目を向けた。片づけを始める生徒たちの向こうで、引かれた白線が靴に踏まれ、土へ薄く混ざっていた。

 

 次からは、使う時間をもう少し考えよう。

 

 その考えは、帰り道にも消えなかった。

 

 教室でノートを広げる時間が増え、窓を開けるより閉めておくことが多くなる頃、ペーパーシャッフルの結果が出た。

 

 帆波の答案には、間違いを示す印が一つもなかった。

 

 以前なら、試験前に何度も読み返していた範囲を、今は少ない時間で覚えられる。一度理解した内容を取り出すときにも迷いが減っていた。勉強に使える時間は減っているのに、答案を埋める手は止まらなかった。

 

 満点だった。

 

 それでも、クラス全体では負けた。差は、わずか二点だった。

 

 帆波は結果を見つめたまま、二点という数字を頭の中で繰り返した。帆波以外の誰かの一問があっていば、届いたかもしれない。その近さが、失ったクラスポイントの大きさを余計に重くしていた。

 

 教室には、声を落として話す生徒が残っていた。答案を見直す者もいれば、机に肘をつき、黙って前を向いている者もいる。帆波はその顔を順に見て、自分にできることを考えた。

 

 勉強を教えることはできる。

 

 分からない問題を聞き、どこでつまずいたのかを確かめ、できるようになるまで一緒に解く。毎日それを続ければ、次には点数を上げられる人もいるだろう。

 

 ただ、そのためには放課後が要る。平日だけで足りなければ、休日も使うことになる。

 

 帆波は鞄へ視線を落とした。

 

 今日も、支部へ行くつもりだった。

 

 自分が引き受ければ、喜んでくれる人がいる。その顔は想像できた。だからこそ、断る理由を探しているような気がして、胸の内に小さな重さが生まれた。勉強ができる自分が教えればよいのではないか。その問いは、簡単には黙らなかった。

 

 けれど、教えられる人間は、自分だけではない。

 

 帆波は鞄から手を離し、近くにいた神崎へ声をかけた。

 

「神崎くん、少し相談してもいい?」

 

 神崎が顔を上げた。手元の答案を揃え、こちらへ身体を向ける。

 

「次の試験に向けて、勉強の進め方を考えたいんだけど……勉強会の中心を、お願いできないかな」

 

 神崎はすぐには答えず、帆波の顔を見た。

 

「一之瀬は、参加しないのか?」

 

「毎日、長い時間は難しいと思う。だから、私がいないと進まない形には、したくないんだ」

 

 口にすると、思っていたよりはっきりした言葉になった。帆波はそこで曖昧に笑わず、続けた。

 

「得意な人たちで教えるところを分けられたら、神崎くん一人にも負担が集まらないと思う。誰がどこで困ってるのかも、みんなで見られるようにして」

 

 神崎は机の上へ目を落とし、少し考えた。

 

「教える側も、科目によって分けた方がいいな」

 

「うん。その方が、質問もしやすいと思う」

 

「分かった。ほかにも声をかけてみる」

 

 帆波の肩から、わずかに力が抜けた。

 

「ありがとう。助かるよ」

 

「お前も、何か気づいたことがあれば言ってくれ」

 

「うん」

 

 話を終えて鞄を持つと、教室の中から別の声が聞こえた。帆波はそちらを見て、挨拶を返してから廊下へ出た。

 

 誰かが困っている場所から、自分だけが先に離れていくような感覚は残っていた。それでも、足を止めて戻ることはしなかった。神崎は引き受けてくれたし、話してみれば、自分一人で考えるよりよい方法も出てきた。

 

 任せたのなら、任せよう。

 

 帆波は階段を下りながら、支部へ着くまでの時間を考えた。

 

 放課後の空が暗くなるのは、日ごとに早くなっていた。学校で一日を終えた後にも、帆波には別の一日があった。

 

 制服から白いブルゾンとセージグリーンのカーゴパンツへ着替える。靴紐を確かめ、髪を整え、エースの待つ場所へ向かう。その姿を見つけると、教室で考えていたことが少し遠のいた。

 

 彼の声を聞けば、何をするために来たのかが、はっきりした。

 

 小規模な異界で討伐や素材回収を重ねるうち、知らないものを見たときに立ち止まる癖がついた。相手が動く前から攻撃を決めず、足場を確かめ、戻る道を覚えておく。分からないことがあればエースへ尋ね、帰還してからも、うまくいかなかった場面を演習場で繰り返した。

 

 最初は、教わった動きを正確に実行できるだけで嬉しかった。今は、同じ動きが通じなかったときに、その理由を知りたくなった。

 

 十二月二十二日を迎える前には、レベルは十八に達していた。

 

 新たに手に入れた力《アドバイス》は、誰かへ声をかけるための力ではなかった。戦いの最中、自分の攻撃をどこへ通すかという感覚に、変化が生じていた。必ずうまくいくわけではない。それでも、相手の身体が動き、防御の薄くなる瞬間が重なると、そこへ手を伸ばしたくなるほど明瞭に感じられることがあった。

 

 その日、帆波は前方の敵を見ながら、右足の置き場所を変えた。

 

 頭上から斜めに落ちてきた腕が、さっきまで立っていた場所を通る。帆波は退がり続けず、半歩だけ外へ出た。相手の肩が前へ流れ、追いかける脚が床を踏む。その重心の移り方を見て、さらに横へ動くふりをした。

 

 敵の上体が応じた。

 

 帆波はそちらへ行かなかった。踏み出しかけた足を置き直し、開いた前方へ身体を低くする。数メートルの距離を使い、地面を蹴った。目に捉えた相手の胸が急速に近づき、肩口からぶつかった瞬間、衝撃が自分の背中まで重く返った。

 

 《突撃》を受けた身体が、足元から崩れた。

 

 帆波は勢いに任せて前へ倒れず、着地した足で姿勢を支えた。正確に従う身体が、次の動作へ力をつなぐ。相手は後退しながら腕を寄せたが、その守りが閉じる前に、胸元の一点が帆波の意識へ浮かび上がった。

 

 そこへ届く。

 

 思うより早く、足が前へ出ていた。拳が接触する直前に全身の力を収束させる。《打撃変換》を乗せた一撃が、薄くなった守りの内側へ深く入り、相手の身体を折った。

 

 手応えは、ただ強く殴ったときと違っていた。力を受け止められる抵抗が少なく、狙った場所の奥へ抜けていく。倒れた輪郭が黒い粒子に変わるのを見届け、帆波はすぐに周囲へ目を向けた。

 

 脇から、別の影が迫っていた。

 

 振り向くと同時に飛び込まず、帆波は距離を取った。背後の障害物までの余地を確かめ、相手がこちらへ向きを変えるのを待つ。足場の悪いところへ自分から入る必要はなかった。

 

 隣へ視線を送ると、エースがこちらを見ていた。

 

 近くにいる。そのことを確かめただけで、呼吸が落ち着く。だが、今目の前にいる相手へ、いつ踏み込むかを決めるのは自分だった。彼が教えてくれたことを思い出し、帆波は敵の足元へ注意を戻した。

 

 相手が攻撃へ移ったところで、その線から身体を外す。今度はすぐに打たず、追わせた。重い一歩が前へ出た瞬間、帆波は逆側へ踏み込み、拳を振り抜いた。

 

 先ほどのような明瞭な感覚は来なかった。それでも、打撃は狙った場所へ届いた。一撃で決まらなければ、姿勢を崩さず次を選ぶ。帆波は伸ばした腕を戻し、相手の反撃を避けてから、もう一度力を集めた。

 

 最後の影が消えると、周囲には自分の呼吸と、靴底が地面を捉える感覚だけが残った。

 

 帆波は拳を開いた。指を一本ずつ伸ばし、腕の状態を確かめる。息は上がっていたが、顔には笑みが浮かんでいた。考えたことが、動きになった。相手がこちらの誘いへ応じた瞬間も、その先で自分の攻撃が通った感触も、まだ身体に残っている。

 

「最初の一体、すぐには入らなかったな」

 

 エースが近づいてきた。

 

「はい。先に動くと、腕で止められると思ったので。横へ行くように見せてみました」

 

「ああ。それで前が空いた。ちゃんと相手を動かしてた」

 

 帆波は顔を上げた。

 

「できてましたか?」

 

「できてた。ただ、二体目へ向き直ったとき、後ろが少し近かったな」

 

「……はい。下がってから気づきました」

 

「気づいて場所を変えたのはいい。次は下がる前に見ておけ」

 

「分かりました」

 

 頷きながら、もう一度、さっき立っていた場所を見た。戦っている最中には十分な広さに感じられたところも、こうして見ると、動ける方向が限られていた。

 

 教えてもらえることが、まだある。

 

 そのことを、帆波は嬉しく思った。少しできるようになったからといって、エースの隣へ並べたわけではない。彼が見ているものを、自分はまだ見落とす。それでも、その違いを一緒に確かめられる時間が、今の帆波には何より惜しかった。

 

「戻る前に、残ったものを見ておくぞ」

 

「はい」

 

 帆波は回収する素材へ目を向けた。今度は声をかけられる前から、どこに何が残ったかを見ていた。

 

 報酬は、ガイア連合から指定の銀行口座へ振り込まれた。

 

 帆波は自室の机で入金を確かめ、しばらく画面を見つめていた。最初に封筒を受け取ったときとは違い、手の中に紙の重さはない。それでも、そこに記された数字は、自分が何をして得たものか分かる数字だった。

 

 仕事を終えて戻ったこと。次に同じことをするとき、どうすればよいかを教わったこと。その積み重ねが、遠くの家の暮らしへつながっている。

 

 扉が閉まっているのを確かめ、実家へ電話をかけた。

 

「お母さん? 今、大丈夫?」

 

 応答した声を聞くと、椅子へ預けていた背中が自然に起きた。机の上には学校の課題が開かれていたが、今夜中に終えられる見通しはついていた。

 

「うん。私も、今帰ってきて少し経ったところ」

 

 母は、今日はどうだったのかと尋ねた。帆波は学校の話をし、仕事も終わったと伝えた。細かい戦い方より、帰ってきたことを先に言うようにすると、母の返事が少し柔らかくなる気がした。

 

「それでね、美帆のことなんだけど」

 

 母が話題を変えた。

 

「欲しがってた教材、買えたの。届いてから、ずっと見てるわ」

 

「本当? よかった」

 

 帆波は机の縁へ手を置いた。

 

「前から言ってたのだよね。喜んでた?」

 

「ええ。あなたに何から話そうか、考えてるみたい」

 

「じゃあ、あとで代わってもらおうかな。使ってみてどうだったか、聞きたい」

 

 母が笑った。聞き慣れた声なのに、その笑い方を電話越しに聞けることが、まだ嬉しかった。

 

 続いて聞いた家の話にも、少しずつ変化があった。必要なものを買うとき、以前ほど迷わなくてよくなったこと。食卓で美帆の話を聞く時間が増えたこと。些細なことだと母は言ったが、帆波には些細に思えなかった。

 

「家の中で、笑うことが増えた気がするの」

 

 その言葉を聞いて、帆波は目を伏せた。

 

 よかった、と胸の中で繰り返した。自分が学校で何点取ったかよりも、今日の仕事で何がうまくいったかよりも、その一言が、身体の奥へ温かく広がっていった。

 

「お母さんも、ちゃんと食べてね」

 

「私は大丈夫よ。あなたこそ……」

 

 母の声が、そこで一度途切れた。

 

 帆波は返事を待った。電話の向こうで小さく息を吸う気配があり、少し間を置いてから、言葉が続いた。

 

「無理は、していない?」

 

「うん。大丈夫。分からないことはエースさんに聞いてるし、勝手なことはしてないよ」

 

 すぐにそう答えた。

 

 母が心配するのは分かっていた。離れて暮らしているのだから、学校で風邪をひいたと聞くだけでも気になるだろう。まして、知らなかった仕事の話なのだ。帰ってきていることを伝えれば、少しずつ安心してもらえると思った。

 

「今日も、終わった後に、うまくできなかったところを教えてもらったの。最初より、できることも増えてるよ」

 

「……そう」

 

 母は静かに答えた。

 

 帆波は、その声を聞きながら笑った。できるようになったことを話せるのが嬉しかった。心配ばかりかけていた頃とは違う。今は自分から、助けになったことを伝えられる。

 

「お金のことも、届いてた?」

 

「ええ。ありがとう、帆波」

 

「よかった。何か足りないものがあったら、言ってね」

 

 母の返事までに、また短い間があった。帆波は机の上の課題へ目を向け、空いている手でページの端を押さえた。

 

「十分よ。もう、本当に……」

 

 言葉が細くなり、その後で、母は美帆を呼んだ。

 

 遠くから返事が聞こえた。続いて近づいてくる足音と、受話器を持ち替える気配がある。帆波は背筋を伸ばし、耳へ端末を当て直した。

 

「美帆? 教材、届いたんだって?」

 

 返ってきた声は明るかった。どこから話せばよいか迷うように言葉が続き、帆波は笑いながら、一つずつ聞いた。

 

 神崎へ頼んで、教室を出た日のことが、ふと頭をよぎった。

 

 あの放課後を、誰にも使わせずに取っておいたわけではなかった。自分で行く先を決め、そこで仕事をし、その結果が今、美帆の声になって届いている。

 

 クラスのことを大切に思う気持ちは、なくなっていない。次には勝ちたいし、困っている顔を見れば気になる。それでも、自分の時間をすべて差し出さなくてもよいのだと、今夜は思えた。

 

 机の上で、課題のページが開かれている。明日も授業があり、その後には、自分で選べる時間がある。

 

 帆波は頬に笑みを残したまま、妹の話へ耳を澄ませた。

 




綱引きを一人で蹂躙するほなみちゃん、龍園がゴリラめ!と言う場面を書こうと思いましたが、さすがに迂闊すぎるかと思ってやめました。
1年生編の体育祭は、3年堀北2年南雲が強すぎて、1年が何やっても勝ち目なし。1Bは原作でそもそも学年では1位なので、スーパーほなみちゃんでも変化なしです。

また、ペーパーシャッフルは個人点数が明かされておらず、2点差をひっくり返すかどうか悩みました。入試成績1位のほなみちゃんが原作で何点取っていたかが、キーポイント。本作では原作でも満点だったとし、変化なしとしました。

文武両道ほなみちゃん:
『Aクラスになる』
『家計も守る』
「両方」やらなくっちゃあならないってのが「長女」のつらいところだな
覚悟はいいか? 私はできてる
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