【カオ転三次】×よう実 鬼になる一之瀬帆波   作:ねむのき

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第2話 「再び断たれた連絡」

 バスの扉が開くと、暖房の風とは違う冷たい空気が足元へ流れ込んできた。帆波は最後にもう一度だけ端末の画面を確かめ、学校側へ差し出した。指先から離れた画面には、まだ読みかけの資料が表示されている。係の確認が済むのを待ち、鞄を持ち直してステップを降りた。

 

 山の空気は冷たく、吸い込むと鼻の奥まで乾いた感触が届いた。目の前には古い木造校舎が建っている。柱や壁は長い年月を経た色をしていたが、窓には汚れがなく、入口の周りもきれいに掃かれていた。庇の下に残る影は濃く、その前を行き交う生徒たちの息が白かった。

 

「思ったより、ちゃんと校舎だね」

 

 網倉の声に、帆波は頷いた。

 

「うん。山の中の学校って感じ」

 

「もう少し、旅行っぽいところを想像してたんだけどなあ」

 

 網倉はそう言ってから、先へ進む列に合わせて歩き出した。帆波も後に続いた。何日もここで過ごすのだと思うと、校舎を見上げる気持ちは少しも弾まなかった。これだけの時間があれば、支部で仕事ができる。報酬を得られるし、エースに教わったことを試す機会もある。それなのに、今は学校の予定が終わるまで、ここを離れられなかった。

 

 到着してからの説明で、試験の印象はさらに変わった。

 

 集まっていたのは一年生だけではなかった。他学年の小グループと組み合わせて大グループをつくり、その平均点によって成績を競う。学校の定めた基準を下回り、なおかつ最下位になれば、小グループの責任者たちが退学となる。その責任者には、同じグループの生徒をもう一名指名する権利まで与えられるという。

 

 ざわめきの中で、帆波は説明の続きを聞いた。巻き添えによる退学を避けるための措置も告げられたが、気軽に聞き流してよい内容ではない。バスの中で読んだ条件に、今聞いた条件を重ね、何を見落としてはいけないかを頭の中で整理した。

 

 勝手に手を抜いて、自分まで不利益を受けるのは困る。必要な課題はきちんと済ませようと思った。ただ、それでここにいたい理由が増えたわけではなかった。

 

 小グループを決めるために動き始めると、待つ時間が思いのほか長くなった。

 

 話がまとまりかけても、別のところで人数の調整が必要になる。一緒になりたい相手がいても、同じクラスだけで固まることはできない。誰かが返事を待っている間に、ほかの相談が始まった。

 

「一之瀬さんは、どうするの?」

 

「今、そっちの話を聞いてるところ。人数は大丈夫そう?」

 

 帆波は尋ねられたことに答え、自分にも関係する条件を確かめた。途中で呼び止められれば足を止め、話が済めば戻る。そのたびに、同じ説明をどこまで聞いたか思い返さなければならなかった。

 

 ようやく所属する小グループが決まったとき、帆波は集まった顔を見渡した。星之宮のクラスの生徒は、自分以外にはいない。網倉も白波も、別のグループになっていた。

 

 ここで上位になっても、自分のクラスだけが得をするわけではない。それどころか、ほかへ入ったクラスメイトより上に立つこともあるのだろう。帆波はそう考えたが、誰がどこへ入ったのかを、一人ずつ確かめには行かなかった。まずは自分のグループで求められていることを聞き、これからの予定を把握する方を選んだ。

 

 割り当てられた宿泊部屋には、スチール製の二段ベッドが並んでいた。木の廊下を歩いてきた後だったので、金属の枠と揃った寝具が、少しちぐはぐに見えた。荷物を置く音が重なり、ベッドの間を人が行き来する。誰かが鞄を開けば、その隣では別の生徒が着替えを探していた。

 

 帆波は自分の荷物を収めながら、鞄の内側を意識した。

 

 ガイア連合のスマートフォンは持っている。学校指定の端末を預けても、母や美帆と話す手段まで失ったわけではなかった。けれど、目の前の部屋には、常に誰かがいる。寮の自室のように扉を閉め、一人になることはできそうになかった。

 

 ひとまず着替えの位置だけを確かめて、鞄を閉じた。今、使える場所を探して歩き回る時間もない。廊下の掲示板へ次の予定を確認しに行くと、同じ紙を見上げる生徒たちの後ろで、順番を待たなければならなかった。

 

 

 

 その日の夕食時、ようやくBクラスの顔がまとまって見えた。

 

 食堂には、幾つもの会話が重なっていた。暖かい料理から立ち上る湯気が照明に透け、食器の触れ合う音が人の声の間を抜ける。帆波は食事の手をいったん止め、肩を少し下げた。身体が疲れて動かないわけではないのに、誰かに返事をする前の短い間が欲しかった。

 

「珍しく疲れているみたいだな、一之瀬」

 

 顔を上げると、綾小路清隆がいた。落ち着いた声で、いつもと大きく変わらない表情をしている。こちらを見ている目に気づき、帆波は笑みを浮かべた。

 

「あ、綾小路君。やほー」

 

 軽く手を上げてから、止めていた箸を置いた。

 

「ごめんね。グループ分けが、ちょっと大変でさ。ほら、女子って人の好き嫌いがはっきりしてるから」

 

「簡単には決まらなかったのか」

 

「うん。こっちがよくても、あっちではまだ相談中だったり。なかなか、ぴったり収まらなくて」

 

 話してみると、随分長くその場にいたように感じられた。決まったことを確かめに行き、待ち、また別の話を聞く。その時間を、ほかのことに使いたかった。帆波はそこまで口にせず、綾小路へ笑顔を向けた。

 

「気負いすぎずにな」

 

「えへへ、大丈夫、大丈夫。元気だけはあるから」

 

 いつもの調子で返すと、綾小路はすぐには頷かなかった。帆波は返事を待ち、彼の顔を見た。

 

「先月のプリントの件もある。本当に大丈夫か」

 

 プリント、と胸の内で繰り返した。

 

 何の話だろう。授業で配られたものか、学校からの連絡か。先月といっても幾つもあって、それだけでは思い当たらなかった。帆波は一度瞬きをし、わずかに傾けかけた首を戻した。

 

「プリント? ああ……うん、大丈夫だよ。本当に」

 

 口元を明るくして答えた。綾小路は帆波を見たままで、こちらが何について答えたのか、確かめるような言葉も続けなかった。

 

「そうか」

 

「うん。心配してくれてありがとう」

 

 笑って返したところで、別の方向から声が届いた。

 

「帆波ちゃーん。ちょっと相談したいことがあるんだけど」

 

 白波がこちらを見ていた。目が合うと、近くへ来てほしいと示すように、小さく手を動かした。

 

 帆波の指が、置いた箸のそばで止まった。まだ食事は残っている。けれど、白波は返事を待っていたので、顔を上げて頷いた。

 

「うん、今行くね」

 

 それから綾小路へ向き直った。

 

「ごめんね。ちょっと行ってくる」

 

「ああ」

 

 帆波は席を立ち、椅子を戻した。白波の方へ歩き始めると、食堂の話し声が近くなった。何の相談なのかは、まだ分からない。足を止める場所を探しながら、せめて短く済むといいなと思った。

 

 綾小路は、その背中をじっと目で追っていた。感情の浮かばない目は、帆波が白波のところへ着いてからも動かなかった。何を考えているのか、その表情から読み取れる者はいなかった。

 

 

 

 女子の校舎へ戻った後も、一人で落ち着ける時間はほとんどなかった。

 

 翌日の準備をし、掲示された予定を確かめ、部屋へ戻る。ベッドのそばで荷物を開こうとすると、通る生徒のために身体を寄せなければならない。ようやく座っても、近くではグループの話が続いていた。

 

 帆波は必要な確認にだけ返事をし、準備を終えた。鞄の口へ指をかけたまま、内側にあるスマートフォンを思った。母に電話をすれば、今頃は美帆も近くにいるだろうか。今日何を食べたかと聞いたら、美帆が母より先に答えるかもしれない。

 

 顔が見えなくても、声だけでよかった。二人のいつものやり取りを聞き、自分も話の間に入りたかった。

 

「そこ、少し空けてもらっていい?」

 

「あ、うん」

 

 帆波は鞄を引き寄せた。相手が通り過ぎるのを待ち、開けかけていた口を閉じる。こんなところで通話はできない。使う手段があるのに使えないことが、余計に気に障った。

 

 それでも、取り出そうとはしなかった。学校に説明できない通話を誰かに聞かれ、今後の活動まで面倒になるのは困る。電話をしない方がいいと分かることと、話したい気持ちが収まることは、別だった。

 

 翌朝からは、決められた予定が一つずつ続いた。

 

 冷えた空気の中で清掃をし、座禅では姿勢を整える。日中は筆記試験に向けた勉強や、スピーチの準備に時間を使った。長距離走に向けた練習でも、指示されたことを聞いて取り組む。何かを終えるたび、次に移動する場所を確かめた。

 

 帆波にとって、課題そのものは対応できるものだった。説明を聞き、理解したとおりに身体を動かす。勉強では分かるところを進め、間違えれば確かめて直す。誰かに尋ねられれば答えたが、自分の分が終わった後で、さらにやることを探し回る気にはならなかった。

 

「一之瀬さん、こっちは終わった?」

 

「うん。今、確認も済んだよ」

 

「ありがとう。じゃあ、次の集合まで待ってて」

 

 頷いて、使ったものを戻した。終わっても、支部へ行けるわけではない。少し時間が空いたところで、また次の予定に合わせて待つことになる。帆波は窓の外へ目を向け、息を吐いた。

 

 この時間があれば、仕事ができた。

 

 依頼の内容を確かめ、エースに相談して、実際に現地へ向かう。終えた後には報酬を受け取り、次はどこをよくできるか話せる。あちらなら、自分も進んで時間を使いたいと思えるのに、今は目の前の予定を一つ減らしても、その分だけ帰りが早まるわけではなかった。

 

 合宿の成績を上げたいと、真剣に話し合う生徒たちの声が聞こえた。帆波は次の準備をしながら耳にしていたが、自分からその輪へ入ろうとはしなかった。必要な活動は一緒に行う。それ以上の時間まで費やしたい理由は、見つからなかった。

 

 日が暮れる頃には、また母と美帆の声を聞きたくなった。

 

 寮なら、用事を終えて自分の部屋へ帰れる。扉を閉めれば、二人と落ち着いて話す時間を持てる。ここでは部屋へ戻っても、誰かがいる。廊下へ出ても人の足音が続き、時間になれば、また集まらなければならない。

 

 仕事にも行けず、家族とも話せない。

 

 やっぱり嫌だな、と帆波は思った。そう感じることを、無理に打ち消す気にはならなかった。合宿を楽しんでいる人がいても、それで自分の望む時間が戻るわけではない。母と美帆に何かあったと心配しているのでもなかった。ただ二人と話したくて、いつもの生活へ帰りたかった。

 

 勝手に離れるつもりはない。規則に逆らって余計な問題を起こすより、必要なことを済ませ、終わりまで待つ方がいい。その判断は変わらなかった。

 

 部屋へ戻り、帆波は明日に使うものを揃えた。鞄の内側には触れず、留め具を閉める。合宿が終わったら、まず二人に電話をしよう。それからエースに会って、また仕事の話を聞きたい。

 

 近くで自分を呼ぶ声がして、帆波は顔を上げた。尋ねられた予定に答え、笑みを返す。そのやり取りが済むと、膝の上へ手を戻した。明日の準備は終わっていたが、家族の声を聞ける時間は、まだ来なかった。

 




パーフェクトほなみちゃんDX:
「刹那で忘れちゃった。まぁいいか、そんな(中傷)プリント」

作中最強の観察力を持つ男、きよたか君:
「あれれーおかしいぞぉ」
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