【カオ転三次】×よう実 鬼になる一之瀬帆波   作:ねむのき

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第12話 「リーダーには戻らないけれど」

 三月九日の教室には、窓を開けた跡の冷気が残っていた。暖房の風が上から降りてきても、机の脚に囲まれた床近くまでは、すぐには温まらない。帆波は鞄を掛け、椅子を引いたところで、神崎に名前を呼ばれた。

 

「昨日、お前が帰った後にも話した。これからは、俺がクラスのリーダーを務めることになった」

 

 神崎は机の横に立っていた。皆へ改めて知らせるのではなく、決まったことを伝える口調だった。その少し後ろでは、柴田が端末を手に渡辺と話している。こちらへ顔を向けた二人のうち、柴田が小さく頷いた。

 

「そっか。分かったよ、神崎君」

 

 帆波が答えると、神崎は一度唇を結んだ。続く言葉を待っているようにも見えたが、帆波が教材を取り出す間に、自分の端末へ目を落とす。

 

「昨日頼んだ司令塔の件だが、今日の放課後、少し時間を取れるか。種目案が集まり始めた。相手のことも含めて、確認しておきたい」

 

「うん。始める前に、終わる時間も教えてね」

 

「ああ。今日話したいことは、こちらで整理しておく」

 

 神崎は頷いて自分の席へ戻った。前方では、浜口哲也が女子生徒から話を聞いている。相手の資料をのぞくために身体をかがめ、途中で渡辺を呼ぶと、今度は三人で同じ画面を見始めた。帆波はその声を聞きながら教科書を置き、今日の授業で使う箇所を開いた。

 

 放課後、寄せた机の上に資料が並んだ。帆波も端末を持って席に着いたが、皆が顔を向ける先は神崎だった。彼は今日確かめる範囲を告げ、まず対戦相手について口を開いた。

 

「Dクラスでは、先週の投票で龍園が退学した。中心にいた人間を失ったばかりだが、それを理由に、今回はこちらが有利だとは決めつけないでほしい」

 

 柴田の手が資料の上で止まった。先週、龍園への賞賛票に反対したときより、口元は固い。神崎は彼の反応を見たが、その話へ戻ることはしなかった。

 

「残っている生徒の力まで消えたわけじゃない。司令塔の金田が、どんな種目を選び、誰を出すかを考える必要がある」

 

「昨日、こっちを指名したのも金田だったんだよな」

 

 柴田が確かめるように言った。帆波は頷き、机に置いた資料へ手を添えた。

 

「うん。司令塔として来ていたのは、金田君だったよ」

 

「それ、途中で交代はできないの?」

 

 姫野ユキが尋ねた。席に座ったまま、手元の資料へ視線を落としている。神崎が顔を向けると、彼女は端末の縁へ指を添えた。

 

「対戦相手を指名した人と、本番で座る人が同じとは限らないなら、そこも見ておいた方がよくない?」

 

 神崎は配布された試験の仕様書を開いた。帆波も同じ資料を表示し、司令塔についての項目をたどる。最初の説明で渡された規定の中に、代理者に関する記載があった。

 

「病欠の場合は、代理者を立てられる。ただし、その場合、本来の司令塔は当日の試験そのものに参加できない」

 

 神崎が読み上げると、渡辺も自分の画面を開き直した。姫野はその記載を確かめ、少しだけ身体を起こす。

 

「じゃあ、金田を外してまで、別の人を座らせるかってことね」

 

「ああ。金田はプロテクトポイントを持っている。Dクラスとしても、それを持たない別の生徒を司令塔に据えるとは思えない。本人が病気になった場合は別だが、ひとまず金田として考えよう」

 

 柴田が資料をめくった。その手が途中で止まり、神崎へ顔を向ける。

 

「でも、司令塔は種目に出られないんだよな。金田をそこに置いたら、筆記の方では使えなくなるんじゃないか?」

 

「出場者としてはな。ただ、司令塔には介入の規定がある」

 

 神崎が該当箇所を示すと、柴田は資料を机へ戻し、身体を寄せた。帆波も同じ項目を読み、競技へ出る生徒についての規則と照らし合わせる。

 

「金田を一つの種目の出場者にする代わりに、司令塔として介入させる。そう考えれば、得意な分野で複数の種目に関わらせることもできる」

 

「一回出したら、皆が一周するまで待つっていう使い方とは違うんだな」

 

 柴田が呟いた。神崎は頷いたものの、そのまま話を先へ進めず、資料に添えていた指を介入の条件へ滑らせた。

 

「ただし、どの種目にも同じように手を出せるとは限らない。介入できる内容は、それぞれ確かめる必要がある。司令塔にすれば、何でも何度でもできるという話ではない」

 

「金田が出場者にいないから、その種目では気にしなくていい、とは言えないってことね」

 

 姫野が言った。神崎が肯定すると、渡辺は検討用の一覧へ書き加えた。出場候補とは別に、司令塔が関われる部分を確認するための欄ができる。

 

 帆波は画面を見ながら、自分が読むべき条件を確かめた。出場者の力だけで勝敗を考えていれば、司令塔が介入した場合を見落とす。反対に、金田が得意そうだというだけで、規定にない働きまで想定する必要もなかった。

 

「私の方でも、種目の条件と介入できる内容は合わせて確認しておくね」

 

「ああ。こちらも、出場者だけで案を比べないようにする」

 

 神崎は答え、集まった種目案へ表示を戻した。皆の視線がそちらへ移ったのを確かめてから、学力を使う種目についての検討を続けた。

 

「金田なら、学力を使う種目は候補に入れるだろう。椎名もいる。筆記なら何でもこちらが有利だとは言えない」

 

 帆波にも、金田と椎名が勉強のできる生徒だという認識はあった。龍園の存在が大きかったからといって、その二人の得意なことまで見落としてよいわけではなかった。

 

「じゃあ、相手は勉強の試験を出してくると思う?」

 

 網倉が尋ねると、神崎は資料の余白へ指を置いた。少し考えてから、彼女へ顔を向ける。

 

「それだけとは限らない。種目の条件によっては身体能力を使う方が有利になる。人数を絞れるなら、山田の力を生かせるものや、伊吹の動きが役に立つものも考えられる」

 

「力比べとか、速く動く競技とか?」

 

「たとえば、だ。まだ相手の提案内容は分からない。今は、どちらもあるとして準備する」

 

 渡辺が端末へ書き込み、そこで手を止めた。視線を上げてから、画面を皆に見えるよう傾ける。

 

「これ、相手が出しそうな案と、俺たちが出したい案、分けておくな。混ぜたら後で、自分たちで嫌な種目を提案するところだった」

 

「その前に気づいてよかったね」

 

 浜口が答え、柴田の口元が少し緩んだ。渡辺も短く笑ったが、すぐに表示を直し、二つの欄を作り直す。場の空気がわずかに和らいだところで、神崎は帆波へ顔を向けた。

 

「一之瀬には、司令塔として必要な規則と、判断に関わる条件を確認してほしい。種目案や出場者、練習の調整はこちらで進める」

 

「うん。案が変わったところも、分かるようにしてもらえる?」

 

「ああ。確定していない部分には印をつける」

 

 帆波は頷いて資料へ目を戻した。相手について分かっていることと、これから確かめること。その境目が見えれば、自分が何を読んでおくべきかも整理できた。

 

 翌日の放課後には、こちらから提案する種目の話が中心になった。窓の外では陽が建物の縁へ近づき、机に置いた紙の影が長く伸びている。神崎が一覧を開くと、浜口はそばの女子が持ってきた資料も、その隣へ並べた。

 

「俺たちが勝てそうなものを、もう少し絞りたい。相手が苦手そう、だけでは決められない。こちらが誰を出せるかまで合わせて考えよう」

 

 神崎の言葉を受け、柴田が身体を寄せた。

 

「走る競技なら、俺も候補に入れてくれ。短い距離なのか、長く走るのかで違うけど、練習に使える時間も含めて考える」

 

「頼む。ただ、各種目にそれぞれ一番得意な人間を当てはめて終わりにはできない。出場者が一周するまで、同じ生徒をもう一度使うことはできないからな」

 

 柴田は頷き、資料の端を持ち上げた。

 

「先に出したら、次に向いてる種目が来ても、まだ出られないってことだよな」

 

「ああ。誰を出すかと、まだ出していないのは誰かを、一緒に見ていく必要がある」

 

 帆波も規則の該当箇所を開いた。一つの種目で最も勝てそうな生徒を選ぶことが、そのまま試験全体で最善になるとは限らない。司令塔として判断するときには、目の前の候補だけでなく、それまでの出場状況も把握しておかなければならなかった。

 

「筆記系は、科目を広くまとめるより、範囲を絞った方が準備しやすいと思う」

 

 姫野が言った。机に肘を置き、資料を見たままの声だったが、渡辺が顔を上げると、彼女も画面へ視線を移した。

 

「英単語とか、計算とか。誰が得意か確かめやすいし、練習した結果も比べられる。何となく頭がいい人を出そう、だと決められないでしょ」

 

「ただ、それは金田や椎名も得意かもしれない」

 

 神崎が返すと、姫野は頷いた。

 

「だから、こっちでやってみてから決めたいってこと。得意なつもりと、実際に点が取れるのは違うし」

 

 神崎は資料へ書き込み、浜口もそばの生徒に顔を向けた。帆波には、そのやり取りで何を決めようとしているのかが分かった。得意な生徒がいることを確認し、その条件なら相手にも勝てるかを考える。候補を挙げただけで、十種目の一つへ決まるわけではなかった。

 

「団体で協力するものは、どうかな」

 

 網倉が尋ねた。手元に集めた紙を押さえながら、皆の顔を順に見る。

 

「誰か一人がすごくできなくても、練習して合わせられるものなら……」

 

「それも候補にできる。ただ、協力する種目だから自分たちが勝てる、とは限らない。役割を決めて、実際に合わせてみる必要がある」

 

 神崎が答えると、網倉は少し考え、資料の端へ書き足した。

 

「うん。仲がいいから大丈夫、では決めないってことだね」

 

「ああ。それと、参加人数の多い種目には、別の使い方もある」

 

 神崎は一覧から出場者についての規則へ表示を切り替えた。皆がそちらを見るのを待ち、指で一か所を示す。

 

「あえて大人数の種目を選び、まだ出場していない生徒をまとめて出す。そこで一周できれば、先に出した優秀な生徒を、もう一度使えるようになる」

 

「……そっか。得意な種目を一回やったら終わり、じゃないんだな」

 

 柴田が椅子の背から身体を起こした。先ほどまで自分の名前と候補の種目を見比べていた目が、今度は一覧全体へ動く。

 

「最初に強いやつを出して、人数の多い種目を挟んで、また出す。そういう組み方もできるのか」

 

「実際に一周できる人数と出場状況になれば、だ。ただ大人数の種目を入れるだけで、好きな生徒を再出場させられるわけではない」

 

 神崎の返事を聞きながら、渡辺が欄を増やした。参加人数の数字を入れようとして止まり、まだ空白のまま皆へ向ける。

 

「だったら、人数が少ない方が選びやすいってだけでもないんだな。案を比べるとき、そこも見ないと」

 

「でも、それ、相手も同じことできるよね」

 

 姫野が言った。神崎の示した規則を見たまま、視線だけを上げる。

 

「こっちがもう一度使いたい人を出せるようになる頃に、向こうも得意な人を出し直せるかもしれない。大人数の種目を選んで、相手の方が得することもあるんじゃない?」

 

「ある。だから、こちらの人数だけで考えてはいけない。Dクラスの出場状況も数える必要がある」

 

 帆波は手元の資料に目を落とした。相手の強い生徒を一度使わせれば安心、とはいかない。大人数の種目には、その種目を誰で戦うかという判断と、その後に誰が使えるようになるかという判断が重なっていた。

 

「一周した後に出したい人まで考えるなら、その人が二回目も動けるかも見た方がいいね」

 

 浜口が言った。柴田へ一度目を向けてから、資料を皆の側へ寄せる。

 

「人数の上では出せても、先の種目で疲れていたら、同じようにはできないかもしれないから」

 

「それも必要だな。二度使えることだけを目的に、無理な組み方にはしない」

 

 神崎は頷き、候補一覧へ表示を戻した。帆波は出場状況を記録する箇所を確かめてから、彼へ顔を向けた。

 

「私が判断するときにも、こちらと相手の両方で、まだ出ていない人が分かるようにしておきたい。人数だけじゃなくて、誰が残っているかまで」

 

「ああ。その形で準備する」

 

 渡辺が書き足し、神崎は今日の検討を先へ進めた。大人数の種目を出す案も、少人数で得意な生徒を当てる案も、まだ候補だった。今ここで一つの戦略へ決めず、それぞれを選んだ場合に何が起こるかを、皆で確かめていった。

 

 帆波は規則と案を並べ、自分が把握するべき条件を読んだ。人数や出場者が曖昧なままでは、司令塔としての判断もできない。未決定の箇所を尋ねると、神崎は印を示し、決まってから改めて渡すと答えた。

 

 今日の確認が終わったところで、帆波は資料を閉じた。皆の案が出そろうまで席に残る必要はなかったし、神崎からも、その先まで頼まれてはいなかった。

 

「私の方は大丈夫。追加で決まったところは、送ってもらえる?」

 

「ああ。確認してほしい点もまとめて伝える」

 

「ありがとう。それじゃ、また明日ね」

 

 網倉が顔を上げ、返事をしてから手元の紙へ視線を戻した。帆波が鞄を持つと、柴田は通路に出ていた椅子を引いてくれた。礼を言ってその脇を通り、教室を出る。背後では、次の候補について渡辺が尋ねる声が続いていた。

 

 

 三月十二日の打ち合わせでは、Dクラスへの備えについて、姫野が別の問いを挟んだ。

 

「今のDクラスの人たちって、これまでのやり方を、どこまで自分たちのものにしてるんだろうね」

 

 渡辺の指が画面の上で止まった。姫野は資料から顔を上げ、神崎を見た。大勢がこちらを向いたことで少し眉を寄せたが、そのまま言葉を続けた。

 

「競技で勝つだけじゃなくて、その前に相手を揺さぶるやり方。龍園の下で一緒にやってきたなら、覚えててもおかしくないと思うけど」

 

「卑怯な手を使ってくるかもしれない、ってことか」

 

 柴田の問いに、姫野は頷いた。

 

「そう。今度もやるって決まったわけじゃないけど、警戒はしておいた方がよくない?」

 

 帆波は二人の顔を見た。伊吹や石崎から取引を持ちかけられたとき、二人は龍園を退学させたくないと話していた。だが、あのとき聞いた言葉と、今度の試験でDクラスがどのような手段を選ぶかは、別の話だった。

 

 神崎はすぐには答えず、手元の資料を閉じた。皆の顔へ目を向けてから、姫野に頷く。

 

「その可能性は考えておこう。今の相手が、何を知っていて、何を選ぶかということだな」

 

「でも、何に気をつければいいんだ?」

 

 渡辺が尋ねた。軽い口調ではなく、実際に書き留めようとしている声だった。神崎は少し考え、机の上へ置いた端末を示した。

 

「まず、準備の情報を不用意に話さない。出場者や練習内容を聞かれても、その場の一人の判断で答えないようにしたい」

 

「同じクラスの誰かから聞いたって言われても、一回こっちに確かめる?」

 

 浜口が問い返すと、神崎は頷いた。

 

「ああ。噂や伝言で予定を変えない。相手から聞いた話で迷ったら、皆へ回す前に確認する」

 

「それなら、先生に確かめることも、まとめておいた方がいいね」

 

 浜口は資料を引き寄せた。規則の読み方が人によって違いそうな箇所へ目を通し、神崎に示す。

 

「準備の段階で曖昧なままにしておくと、当日になって困る。相手が何もしなくても、こっちの勘違いで失敗するかもしれないし」

 

「それ、確認した答えも皆が見られるようにしよう」

 

 渡辺が端末へ書き込みながら言った。

 

「聞いたやつだけ知ってる、だと、また伝言になる」

 

 網倉がそばの女子へ顔を向け、二人で資料を確かめ始めた。帆波も自分の手元へ目を落とし、司令塔として必要な確認を拾っていった。相手が何を企むかを想像し続けるより、今、自分たちの判断を揺らしそうな曖昧さを減らす方が、仕事として進めやすかった。

 

「一之瀬は、どう思う?」

 

 神崎に尋ねられ、帆波は顔を上げた。

 

「相手が何かするって、まだ決まっていないんだよね。でも、誰から聞いたか分からない話と、確認できたことは分けておいた方がいいと思う。司令塔として私が使う資料も、そこは分かるようにしてほしい」

 

「分かった。確認中のものを、確定した情報と一緒にはしない」

 

 神崎が答えると、姫野は机に置いた手を引いた。自分の指摘が一つの作業になったのを確かめたように、資料を次のページへ送る。柴田も腕を組んだまま相手のことを考え込むのをやめ、練習についての欄へ書き足し始めた。

 

「警戒し過ぎて、練習できませんでした、じゃ意味ないもんな」

 

「だから、確認する先を決めておけばいいんだと思う」

 

 浜口が応じた。神崎は二人の言葉を聞き、今日決めることへ話を戻した。帆波もそれに合わせて資料を切り替えた。

 

 準備が進むにつれ、机の上に広げる紙の枚数は減っていった。案がなくなったのではなく、残すものと見送るものの区別がつき、同じ説明を何度も開き直す必要がなくなっていた。神崎は全体を確かめ、浜口は返事がまだの生徒に声をかけ、渡辺は更新した内容をまとめていた。

 

 帆波が規則について尋ねると、神崎が答え、分からないところはその場で確認事項に加えられた。柴田が別の案との兼ね合いを確かめに来れば、帆波も司令塔として必要な範囲で資料を見た。自分からクラス全体の予定を組み直したり、発言していない生徒の考えを聞いて回ったりはしなかった。

 

「こうして一緒にやってると、やっぱり安心するな」

 

 ある日の打ち合わせで、柴田がそう言った。帆波が顔を上げると、彼は照れたように頬へ指を当てた。

 

「いや、任せきりにしていいって意味じゃないぞ。こっちで進めることは、ちゃんと進めるから」

 

「うん。私も、司令塔の仕事はちゃんとやるよ」

 

 帆波が答えると、柴田は頷いた。少し離れたところで聞いていた網倉の口元にも、小さな笑みが浮かんだ。二人がその返事に何を受け取ったのかを、帆波は確かめなかった。自分が引き受けたことは分かっていたし、神崎から渡される仕事も、その範囲に収まっていた。

 

 必要な確認を終えれば、帆波は鞄を持って席を立った。最初の頃はそのたびにこちらを見た生徒も、次第に、挨拶を返してから自分の資料へ戻るようになった。教室を出た後にも話し合いが続いていることは、閉まりかけた扉から聞こえる声で分かった。

 

 

 三月十四日、神崎から届いた連絡で、帆波は申請内容を確かめた。十種目の一覧と、司令塔の欄に記された自分の名前。打ち合わせで確認した内容を照らし合わせ、返事を送る。その後、学校への申請を済ませたという報告が届いた。

 

 帆波は読み終えた端末を置いた。何日かにわたって直されてきた案は、提出する一つの形にまとまっていた。次は相手の提案内容が公表される。それを読んでから確かめることを覚えておき、帆波は画面から手を離した。

 

 

 十五日の月曜日、全クラスの提案種目と司令塔が公表された。登校してきた生徒たちは画面を開き、自分たちの提出内容と、対戦相手の一覧を交互に見ていた。帆波も席に着き、資料を開く。

 

 Bクラスの司令塔は一之瀬帆波。対戦するDクラスの司令塔には、金田悟の名前が載っていた。

 

「金田のままだな」

 

 柴田が言った。神崎は頷き、公表された種目へ目を移した。

 

「ああ。これで、提出された内容は確認できた。事前に考えていたことと照らし合わせよう。予想に合うところだけ見て、ほかを見落とさないようにしたい」

 

 渡辺が一覧を開き直し、浜口も身体を寄せた。姫野は少し離れた席から同じ資料を見ている。網倉が手元の紙をめくると、近くの女子がそこを指さし、二人で何かを確かめ始めた。

 

 帆波も金田の名前から提案内容へ視線を移した。種目の内容に加え、参加人数を読み、出場者が一周するまでの組み合わせを考える。優秀な生徒を残しておくことにも、早く出してもう一度使える形を目指すことにも、それぞれ別の条件があった。

 

「一之瀬。今日、双方の資料を合わせて確認したい」

 

 神崎が声をかけた。帆波は顔を上げ、彼の示す箇所を見る。

 

「うん。何時から?」

 

 開始と終了の時刻を聞き、帆波は頷いた。神崎はその返事を受けると、柴田と渡辺へ向き直り、準備の続きを話し始めた。

 

 帆波は端末に予定を入れ、資料を開いたまま机に置いた。窓際には朝の陽が差し、画面を傾けると反射した光が文字の上を滑った。手の角度を少し変えれば、記載された条件がまた読める。帆波はそこへ目を戻し、三月二十二日に自分が担う仕事のために、一つずつ確かめていった。

 




姫野を有能にしすぎたかもしれん。
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