【カオ転三次】×よう実 鬼になる一之瀬帆波   作:ねむのき

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第3話 「十四日間の使い方」

 船窓の向こうで、海の青が途切れずに続いていた。波の斜面が陽光を受けるたび、白い光が浮かんでは消える。遠くほど色が深く見えるのに、近くの水面には空の明るさが映っていた。帆波は座席の背へ身体を預け、その移り変わりを眺めていた。客船の中は涼しく、足元から伝わる振動も、座っているうちに気にならなくなっていた。

 

 二週間は、やはり長かった。

 

 六月下旬に学校でこの試験の説明を受けたときから、分かっていたことではある。夏休みの十四日間を無人島で過ごし、その間はガイア連合の仕事へ行けない。予定として聞いていたときにも惜しいと思ったが、実際に船へ乗り、学校から遠ざかっている今は、使えなくなる時間がいっそう重く感じられた。

 

 母と妹のために残してきたマッカも、任務を果たして積んできた実績も、無駄にはなっていない。木更津支部のシェルター居住権へは、あと少しのところまで近づいていた。この二週間にも働ければ、さらに先へ進めたはずだった。二人が暮らす場所を確保できたと、早く伝えたかった。

 

 いっそ、船へ乗る直前に自主退学して、そのまま木更津支部へ異動できないか。出発が近づいたころには、そんなことまで考えた。

 

 学校へ通う時間も、試験へ費やす時間も、仕事へ回せる。母と妹の近くで暮らし、二人のために働けるなら、帆波にとっては望ましいことばかりだった。実際に異動できるかは確かめなければならないが、そうしたいという気持ちはあった。

 

 けれど、まだ母を説得できていなかった。

 

 母は、帆波の言うことを信じてくれている。嘘をついていると疑われているのではない。ただ、娘が信じているガイア連合という組織を、母自身も信じられるかは別のことだった。帆波が本当だと思って話していても、その帆波が騙されているのかもしれない。これまでの話し合いで母が繰り返し確かめようとしていたのは、そこだった。

 

 帆波は膝の上へ視線を落とした。

 

 自分だって、最初から社会が崩れると考えていたわけではない。異界へ入り、悪魔に追われ、覚醒者として仕事をするようになってさえ、卒業までにはまだ時間があるつもりでいた。母と妹のために力をつけ、お金を貯めておこうと思いながら、明日も店が開き、水も電気も使える暮らしが、遠くないうちに失われるところまでは想像できていなかった。

 

 オカルトに触れる機会のない母なら、なおさらだろう。帆波が目にしたものを、母は見ていない。その隔たりは、何度本当だと言ったところで、簡単には埋まらなかった。

 

 臨海支部の大人たちからも、家族を説得する難しさは教わっていた。いくつかの実例を聞いたとき、自分の母だけが頑ななのではないと分かり、少し気が楽になったことを覚えている。覚醒者本人には疑いようのないことでも、家族には突然持ち込まれた話になる。心配している相手から説明されるほど、その相手を守らなければと思うこともあるのだという。

 

 だから、仕事の合間に少しずつ話をしてきた。

 

 海外への渡航が制限されていること。海外難民が増え続けていること。普段の暮らしのすぐ外側で、不穏なニュースが重なっていること。それらを隠そうとする日本政府の動きも含め、母が自分で確かめられる情報と、帆波が伝えられることを結びつけてきた。

 

 一度で納得してもらおうとはしなかった。母がどこを信じられず、何を心配しているのかを聞き、答えられることを答える。その繰り返しの中で、母の返事は変わってきていた。すぐには受け入れられないという言葉のあとにも、考え込む間ができた。話を終わらせるためではなく、その先を知るための質問が増えていた。

 

 だいぶ揺れている。それは帆波にも見て取れた。

 

 ここで自分が学校を辞めたら、どうなるだろう。

 

 転校であっても、まして自主退学であれば、母は心配するはずだった。学校へ通い、卒業し、その先の進路へ進む。そうして将来の暮らしを整えるという常識は、母の中にまだ生きている。娘がそれを手放し、信用しきれない組織へ移ると言い出したら、ようやく聞いてもらえるようになった話まで、悪い方へ受け取られるかもしれない。

 

 帆波は重ねていた指を緩めた。

 

 母を安心させたかった。同時に、母と妹の身の安全も、その先の生活も確保したい。安心してもらうために備えを遅らせるのも、安全な場所へ連れていくために母を不安でいっぱいにするのも、嫌だった。

 

 わがままなのかもしれない。それでも、どちらか片方を諦めて済ませたくはなかった。

 

 そもそも、どうして無人島で試験などしなければならないのだろう。

 

 窓の外を見ながら、帆波は心の中で学校へ恨み言を向けた。十四日間もあれば、できる仕事がある。母と話す時間だって作れる。わざわざ船へ乗せられて、夏の島で生活しなければならない理由を考えると、せっかく緩めた指へまた力が入りそうになった。

 

 社会が崩れたあとに、サバイバルの知識が役に立つかもしれない。そうとでも思わなければ、やっていられなかった。

 

 島へ着いてすぐにリタイアする案も、頭には浮かんだ。自分だけが抜けても、同じグループに一人でも残っていれば試験は続けられる。病欠を含めて全員がリタイアすれば下位が確定するが、帆波一人の離脱が、そのまま全体の終了になるわけではなかった。

 

 ただ、誰かが最後まで残ることを当てにして、自分の在籍まで危うくしたくはない。それに、リタイアしたあとも客船で待つのなら、仕事へ戻れるわけではなかった。島で過ごすはずの時間が船内で待つ時間に変わっても、母と妹のために働けないことは同じだった。

 

 帆波は息を吐き、背もたれへ肩を預け直した。

 

 もう、今さら愚痴っても仕方がない。

 

 船へ乗ると決めたのは自分だった。学校を辞めず、母との話し合いを続けるために、今回も必要な参加を終える。その判断を、海を眺めながら何度やり直しても、使える時間は増えない。

 

 惜しいものは惜しいままでいい。けれど、十四日間を惜しむだけで使い切ってしまうのは、もっと嫌だった。どうせ過ごさなければならないなら、その間に自分が得たいものを考えようと思った。

 

「一之瀬」

 

 呼ばれて顔を上げると、神崎がこちらを見ていた。帆波は自然に口元を上げ、彼へ身体を向けた。

 

「うん、どうしたの?」

 

「島へ着いてからのことで、確認しておきたい」

 

「分かった。聞かせて」

 

 神崎は、試験への参加に必要なことを話し始めた。帆波は自分に関係するところへ注意を向け、ときどき頷いた。何を求められているか分かれば、対応はできる。聞き落として困るのは自分でもあった。

 

 クラスとして何を狙い、どうやってそこへ届こうとしているのかまでは、詳しく知らなかった。家族のための仕事を優先するようになってから、クラスの相談へ使う時間はほとんどなくなっている。Aクラスと同盟を結んだらしいという話も耳には入っていたが、条件や細かな取り決めを確かめてはいなかった。

 

 神崎の話を聞いても、その先まで尋ねたいとは思わなかった。誰の順位が上がるか、同盟がどれだけの成果を出すか。そのことを考えるより、自分が必要な参加を終えられるかの方が大事だった。

 

「今のところで、分からないことはあるか?」

 

「ううん。大丈夫。分かったよ」

 

 帆波が答えると、神崎は短く頷いた。ほかに確認することがないと分かり、彼は話を切り上げた。帆波もそれ以上は呼び止めず、座席へ身体を戻した。

 

 退学せずに終えられれば、それでよかった。そのために必要なことをしながら、できるだけ気持ちよく過ごす。考えるなら、そちらの方がよかった。

 

 二週間も外で暮らすのだ。

 

 そこで、エースのことが浮かんだ。

 

 あの人は、キャンプが好きなのだ。仕事で異界へ行くのとは別に、自分から外で過ごす時間を選んでいる。試験と趣味のキャンプでは違うだろうが、野外で寝たり、食事をしたりする中には、自分にも楽しめることがあるかもしれない。

 

 帰ったあとで、私も少し分かりました、と話せたら嬉しい。

 

 そう思うと、これからの十四日間に、先ほどとは違う見方ができた。エースと話せることが増えるかもしれない。島で何を見るか、どんなことを覚えて帰るかにも気持ちが向いた。

 

 彼と同じものを好きになれたら、少し近づけるだろうか。

 

 帆波は膝の上の手を見て、口元を緩めた。戦い方を教わるときとは違う話もしたかった。仕事が終われば、それで彼との時間まで終わってしまうのは寂しい。キャンプのことなら、任務の確認が済んだあとでも聞ける。自分が経験して面白かったことを話し、彼の話ももっと聞いてみたかった。

 

 次に会うときまで、持って帰れる話を作っておこう。そう考えると、島へ向かっていることにも、小さな楽しみができた。

 

 試験用のポイントで物資を買えると聞いている。使い方を自分だけで決めるわけにはいかないが、何を選びたいかは考えておける。帆波は頭の中で、外で暮らすときに困りそうなことを挙げていった。

 

 まずは虫除けが欲しかった。日焼け止めも、あった方がいい。日差しの下を歩くことになれば、肌へ何も塗らずに二週間を過ごすのは避けたかった。ウェットティッシュなら、手を拭きたいときにも使える。予備の着替えも、清潔に過ごすには大切だった。

 

 怪我をするつもりはなくても、絆創膏や消毒液の入った救急セットはあると安心できる。雨に濡れたまま休んだり、虫に刺されたところを気にし続けたりするより、減らせる不便は減らしておきたかった。

 

 そこまで考えてから、帆波は座席の柔らかさへ意識を向けた。

 

 島では、これと同じようには座れないだろう。クッションがあれば、休む時間が楽になるかもしれない。眠るときには簡易ベッドもよさそうだった。地面の状態を気にせずに身体を預けられたら、それだけで随分違う気がする。

 

 食事の時間も、できれば楽しみたかった。小型の調理器具が使えれば、何をどう食べるかを考える楽しさが増えそうだ。ポータブルバッテリーも、使うものによっては便利だろう。

 

 思いつくほど、欲しいものが増えてしまった。

 

 帆波は少し笑った。全部を揃えられるとは限らないし、持って歩くものを増やせば、それだけ荷物にもなる。そもそも、今考えた品物がすべて買えるかも、まだ確かめていない。実際に選ぶときには、必要なものから順に考えればよかった。

 

 それでも、眠る場所や食事の時間をどう整えるかと考えるのは楽しかった。試験で高い順位を取る方法には気が向かなくても、自分の暮らす場所が少し快適になるなら、何が役に立つか知りたいと思えた。

 

 母にも話せるかもしれない。外で使って便利だったものや、持っていけばよかったもの。妹には、島で何を食べたか話してもよさそうだった。今はまだ、話の中身になる出来事は何もない。けれど、帰ってから二人へ聞いてほしくなることが、一つでもできればいい。

 

 そして、エースにも、自分がどこを楽しいと思ったのか話したかった。彼がそれを聞いて何と言うかは分からない。頷くだけかもしれないし、帆波の知らない話が返ってくるかもしれない。そのどちらでも、彼がこちらへ顔を向けてくれる時間を想像すると、嬉しくなった。

 

 戻ったら、また母と話そう。二人のための仕事も続けよう。そのつもりでいるのだから、今は島で過ごす時間へ目を向けてよかった。

 

 帆波は座る位置を少し直し、窓へ視線を戻した。海の光は、先ほどから同じように揺れている。今度はその眩しさを、しばらく眺めていたいと思った。

 

 帰ったら誰かに話したくなるようなことを、何か見つけよう。そう考えると、口元へ浮かんだ笑みを整える必要もなかった。帆波は楽な姿勢に落ち着き、島へ向かう船の中で、まだ知らない野外の暮らしへ思いを巡らせた。




ルール説明やBクラスの話し合いを書こうとしたんですが、ほなみちゃんがメイン視点だと余計な描写になるな。と思いバッサリカットです。
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