【カオ転三次】×よう実 鬼になる一之瀬帆波   作:ねむのき

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Aクラス(坂柳) 1206
Bクラス(神崎) 828
Cクラス(堀北) 571
Dクラス(金田) 301


第2部第4章
第1話 「同じ票の、その先」


九月十七日の朝、教室の窓には、まだ熱を含んだ光が差していた。窓際の机には日差しが届き、空調の風に冷やされた廊下側とは、天板へ触れた感触まで違う。帆波は椅子へ腰を下ろし、手元の投票用端末を確かめた。昨日説明を受けた満場一致特別試験は、五時間以内に、五つの課題についてBクラス全員の選択を揃えるというものだった。

 

 教室の前では、神崎隆二が席の間へ視線を巡らせていた。背筋を伸ばした姿にも、話す前に一度全員を見るところにも、今では見慣れた進行役としての落ち着きがある。ただ、彼が顔を向ければ誰もがすぐに話をやめる、というわけではなかった。

 

「そろそろ始まるから、話すなら今のうちだよ」

 

 浜口哲也が、まだ隣と話していた生徒へ声を掛けた。中性的な柔らかい顔立ちに微笑みを残したまま、相手が前を向くのを待ち、自分も神崎へ視線を戻す。その声で静かになった一角を確かめてから、神崎が口を開いた。

 

「時間内に全課題を終えることを考えよう。意見が分かれたら、その都度話し合う」

 

「うん。黙ってても、何を考えてるかは分からないしな」

 

 柴田颯が明るく応じた。サッカー部で鍛えた身体を椅子の上で起こし、近くの男子にも顔を向ける。声を掛けられた渡辺紀仁は頷いたが、すぐに自分の端末を見下ろした。

 

「分かってる。けど、普段なら流せる話も、全員一致ってなると難しそうだよな」

 

「だから、ちゃんと話そうってことだろ」

 

「そうなんだけどさ」

 

 渡辺は笑って返しながら、端末の位置を机の中央へ直した。いつも周囲との会話に入りやすい彼も、今日は説明を聞き落とさないようにしているらしかった。

 

 女子の方では、網倉麻子が隣の生徒と短く言葉を交わしていた。明るく人に話しかける一方で、誰かが答えに詰まると、その顔を見て少し待つ。今も隣の返事を聞いてから、神崎へ向き直った。

 

「話が長くなりすぎないようにもしないとね。五時間って、余裕があるのか、ないのか……」

 

「一人ずつ同じ話を繰り返してたら、なくなるんじゃない」

 

 少し離れた席で、姫野ユキが言った。声を張ることはせず、端末の画面から顔を上げたところだった。網倉がそちらを見ると、姫野は机に置いた手を動かさないまま続ける。

 

「意見が違うなら、何が違うかを話した方がいいと思う」

 

「そうだね。そこは、気をつけよう」

 

 浜口が応じた。神崎も頷き、残る席へ目を向ける。帆波は目が合ったところで、短く返事をした。

 

「うん、分かったよ」

 

 自分の選択を入力し、揃わなければ、許された時間に話し合う。参加する以上、必要なことはするつもりだった。できるなら早く終わってほしいと思いながら、帆波は端末のそばへ両手を置いた。

 

 

 教壇に立った星之宮が、生徒たちへ声を掛けた。

 

「昨日も説明したけど、投票中はおしゃべり禁止だからね。相談できるのは、不一致になったあとのインターバルだけ。そこは間違えないように」

 

 全課題を達成すれば50クラスポイントが加算される。時間内に終わらなければ、300クラスポイントを失う。念を押す説明が終わると、生徒たちの視線が画面へ集まった。

 

 試験中の教室は静かだった。課題を読み、選択を決めて入力する。帆波は投票を済ませると手を離し、結果を待った。隣で誰かが身じろぎをしても、それをきっかけに話し始めることはできない。普段なら声で埋まる待ち時間に、空調の音が続いていた。

 

 課題が進む中で選択が分かれ、十分間の討論時間に入ったときには、渡辺が背もたれから身体を起こした。

 

「これ、まず理由を聞いた方がよくないか。同じ方に入れた人でも、考えてることが違うかもしれないし」

 

「ああ。話せる人から、選んだ理由を聞かせてほしい」

 

 神崎が促すと、いくつかの席から意見が出た。浜口は発言しかけてやめた生徒にも目を向け、ほかの声が途切れたところで話を振っている。柴田は聞きながら頷き、姫野はときどき画面を見直していた。

 

「先の試験のことも考えた方がいいと思う。四月だって、残っていたプライベートポイントがあったから、先に交渉できたんだし」

 

 一人の男子の発言に、渡辺が頷いた。

 

「準備できたのは大きかったよな。あれで二位にはなれたわけだし」

 

「でも、残っていたって……」

 

 網倉が言葉を切った。渡辺がそちらへ顔を向ける。その間に、別の女子が口を開いた。

 

「三月のことを、よかったみたいに言うのは違うと思うけど」

 

「そういう意味じゃないよ。白波がいなくなってよかったなんて、言ってない」

 

 渡辺の顔から笑みが消えた。最初に発言した男子も、少し強い声で続ける。

 

「2000万を使わずに済んだのは、そうなんだから。残った分を使って結果を出せたって話だよ」

 

 網倉は唇を結び、机の上の指を重ねた。帆波はその横顔を見てから、話している男子へ目を戻した。白波の名前が出ると、先ほどまで意見を交わしていた生徒たちの中にも、顔を伏せる者がいた。

 

「残った資金を使って準備したことと、白波が退学したことは、分けて話そう」

 

 神崎が言った。

 

「四月に結果を出せたのは事実だ。でも、それで三月の退学がよかったことにはならない。今は、この課題の選択肢を考えたい」

 

「私も、準備できたことまで否定したいんじゃないよ」

 

 網倉が顔を上げた。男子を責めるような声ではなかったが、すぐに笑って話を流そうともしなかった。

 

「ただ、あのときのことを、よかったって一緒にまとめられると、違うと思うから」

 

「……うん。言い方は悪かった」

 

 渡辺が答えた。浜口が二人を見てから、出ていた意見へ話を戻す。神崎はそれを引き取り、どの点で選択が分かれているのかを確かめ始めた。

 

 途中で帆波にも意見を求める声があった。尋ねた相手へ顔を向け、自分が選んだ方と、その理由を短く答える。浜口が頷き、神崎がほかの発言と並べると、視線は再び前へ戻った。

 

 討論時間が終われば、会話も止まる。帆波は投票を済ませ、結果を待った。そうして課題は先へ進み、最後の問いが表示された。

 

 

 一人の退学者を出すことに、賛成するか、反対するか。退学者を出す選択で満場一致となれば、追加で100クラスポイントを得られる。

 

 帆波は内容を読み、反対を選んだ。

 

 追加の100クラスポイントを得たいとは思わなかった。賛成で揃えば、次は誰を選ぶかを話し合わなければならない。その人を巡って別の意見を聞き、また誰かを納得させることになるだろう。今の帆波には、Bクラスの順位のために、そこまでの時間を使いたい理由がなかった。

 

 母と妹の暮らす場所は確保した。母のためにも高校は卒業したいが、Aクラスでなければ困る暮らしではなくなっている。自分の入力を終えると、帆波は手を離した。

 

 結果は反対多数だったが、賛成の票も残っていた。

 

 星之宮が十分間の討論開始を告げると、網倉が画面から顔を上げた。柴田は唇を引き結び、渡辺は周囲を見渡している。姫野は端末を見たまま、しばらく動かなかった。

 

「誰が入れたかを探す前に、選択そのものを考えよう」

 

 神崎が口を開いた。

 

「追加の100が必要だと考えた人がいる。その理由まで、先に否定するべきじゃない」

 

「大きいのは分かるけど、今すぐ誰かを退学させなきゃいけないほどじゃないよね?」

 

 網倉が言った。神崎は一度手元を見てから、全員へ顔を向ける。

 

「今、Aクラスは1206、Bクラスは828だ。差は378ある。ここで100を取れれば、追いつくために必要な差を、それだけ縮められる」

 

「それでも278残るんだろ?」

 

 柴田が返した。両手を机に置き、神崎をまっすぐ見ている。

 

「ああ。この選択だけでAクラスへ上がれるわけじゃない。ただ、378の差をほかの試験だけで埋めるのと、ここで100を得てから追うのとでは違う」

 

「Cクラスは571だから、こっちとの差は257だね」

 

 浜口が端末を確かめながら言った。

 

「Dクラスは301。Cクラスとは270離れてる。Bクラスから見ると、上へ追いつくより、下に追いつかれる方が近いんだ」

 

「でも、257あれば、一回負けたらすぐ終わりってわけじゃないよな」

 

 渡辺の言葉に、神崎が頷きかけた。その前に、姫野が顔を上げた。

 

「何点動く試験かによるでしょ。Cクラスは島で300取ってるんだし」

 

 低い声だった。渡辺は返事をしかけ、画面へ目を戻す。

 

「……それは、そうだけど」

 

「今の差だけ見て、大丈夫とは言えないと思う」

 

 姫野はそこで口を閉じた。誰かを退学させたいとは言わず、反対だとも言わない。帆波の席からは、彼女がどちらへ投票したのかを知ることはできなかった。

 

「姫野の言うとおり、今の257を十分だと言い切ることはできない」

 

 神崎が引き取った。

 

「ただ、ここで誰かを退学させなければ、必ず抜かれるという意味でもない。100を得る利益と、一人を失う不利益。その両方を考えたい」

 

「島では、Aクラスとの差は広がってないだろ。こっちと同点だったんだから」

 

 柴田が言った。

 

「三月はDクラスに勝ったし、四月も二位だった。今いる人間でやれてることも、ちゃんとあるよ」

 

「それを次もできるかって話じゃない?」

 

 姫野の返事に、柴田は顔を向けた。

 

「できるって決まってないから、一人減らしておくのか?」

 

「そこまでは言ってない。勝ててるから大丈夫、で済ませるのも違うって言ってるだけ」

 

 柴田が息を吸い、言葉を返そうとする。浜口が二人の間へ視線を移した。

 

「柴田も、何もしなくていいとは言ってないよね。姫野も、今までの結果を全部否定してるわけじゃない。次にどうするかを考えたいのは、同じだと思う」

 

 姫野は浜口を一度見たあと、背を少し椅子へ戻した。柴田も口を閉じ、神崎へ顔を向け直す。

 

「準備して、相手を見て、判断した結果は出ている。ただ、組み合わせに助けられた部分まで、俺たちの実力だと思うべきでもない」

 

 神崎は言葉を区切った。帆波には、三月の対戦部屋が短く思い出された。Dクラスの司令塔だった金田と同じ部屋で画面を見て、結果を待っていた。今の話へ付け足したいことは、特になかった。

 

「点差は、次の試験でも変えられる。退学した人間を、次に勝ったからといって席へ戻すことはできない。その違いまで含めて判断したい」

 

 網倉が膝の上へ手を下ろした。渡辺は端末を見つめ、浜口はまだ発言していない席へ目を配っている。誰もが神崎と同じ顔をして聞いているわけではなかった。

 

「……帆波ちゃんは?」

 

 網倉に呼ばれ、帆波は顔を上げた。

 

「私は反対かな」

 

 網倉が少し息をついた。柴田もこちらを見ていて、近くの生徒が椅子ごと身体を向ける。

 

「じゃあ、やっぱり——」

 

「私の考えはそうだけど、みんながどうするかは、みんなで決めていいと思うよ」

 

 帆波は穏やかに言った。自分の票はすでに決まっている。尋ねられたことには答えたので、そこで言葉を切った。

 

 網倉は帆波を見たまま、次の言葉を待つようにしていた。帆波が続けないと分かると、ゆっくり神崎へ顔を戻す。柴田も机へ手を置き直した。

 

「一之瀬の意見は分かった。俺たちで結論を出そう」

 

 神崎が全員へ向き直った。

 

「俺も、退学者を出さない方を支持する」

 

「100は取らなくていいってこと?」

 

 渡辺が尋ねた。先ほどより慎重な声だった。

 

「取らなくていいと、簡単には言えない。魅力的な点数なのは確かだ。でも、そのために今ここで一人を失うべきかは別だと思う」

 

 神崎は教室の後ろまで見て、続けた。

 

「これからも勝てる保証はない。ただ、準備や交渉で結果を変えられたことはある。今いる人間で、まだできることがあるはずだ。その前に、一人を失う方を選ぶ必要はないと考えている」

 

「それで、あとから100足りなかったら?」

 

 別の席から問いが出た。神崎はその生徒へ顔を向けた。

 

「その可能性がないとは言わない。反対すれば何も失わずに済む、という話にはしたくない。でも、ここで誰かを退学させれば、その100でAクラスへ上がれると決まるわけでもない」

 

 問いかけた生徒は、すぐには返事をしなかった。神崎も頷くまで同じ言葉を繰り返したりはせず、ほかに話しておきたいことがないかを尋ねた。

 

 浜口が、出ていた懸念を短く確かめ直した。網倉は今いる生徒を減らしたくないと答え、柴田もそれに頷いた。姫野は二人の顔を見たあと、神崎へ目を戻していた。渡辺は何か言いかけたが、考えてから口を閉じた。

 

 やがて星之宮が時間を告げると、会話が止まった。

 

 帆波は画面へ向き直り、反対を選択した。入力を終えたあとは、誰かへ話しかけずに結果を待つ。周囲の顔を確かめたところで、その人が何を選んだかは分からなかった。

 

 話し合いと投票を経た末に、最後の課題は、退学者を出すことへの反対で満場一致となった。

 

「これで、全五課題達成ね。退学者はなし。Bクラスには50クラスポイントが加算されます。お疲れさま」

 

 星之宮の声を聞いて、柴田が大きく息を吐いた。

 

「終わったな。よかった」

 

「最後、結構緊張したよ。誰もしゃべれない時間が、妙に長く感じるし」

 

 渡辺が答え、肩を回した。柴田が笑って返すと、近くの男子もようやく声を出した。網倉は隣の女子と目を合わせ、少しだけ笑ってから、神崎へ顔を向ける。

 

「神崎くん、お疲れさま。進めてくれて、ありがとう」

 

「ああ。全員が意見を出してくれたからだ」

 

「次の準備も、考えないとね」

 

 浜口の言葉に、神崎が頷いた。姫野は二人を見ていたが、周りの声が大きくなると、端末から手を引いて自分の持ち物を確かめ始めた。

 

 帆波も鞄へ目を落とした。誰も退学せず、試験が終わった。それで今日の義務には区切りがついた。追加の100クラスポイントを得なかったことを惜しむ気持ちも、Bクラスを救えたという満足も、特に湧かなかった。

 

「一之瀬も、お疲れ」

 

 顔を上げると、神崎が立っていた。帆波はいつものように微笑んだ。

 

「うん。神崎くんも、お疲れさま」

 

「ああ」

 

 神崎は何か続けるように一度口を動かしたが、浜口から声を掛けられ、そちらへ向き直った。帆波はその背中を見送ってから、持ち物の確認へ戻った。

 

 スマートフォンをしまうとき、坂柳の顔が浮かんだ。喫茶店で話した帰りに、今度はこちらから誘ってもよいかと尋ねると、彼女は待っていると答えてくれた。試験の話をするためでなくても、連絡してよかった。

 

 何を話そうかと思うと、自然に先の時間へ気持ちが向いた。支部へ行けば、エースにも会いたかった。試験が終わったことを短く伝えたら、次は仕事の話ができるだろう。彼のそばで聞きたいことも、見てほしいことも、まだいくつもあった。

 

 帆波は鞄を持って席を立った。教室では、神崎と浜口の話に、柴田たちが加わっていた。




ここの星之宮先生は原作ほど焦っていません。
神崎君の指揮でBクラスを維持していますし、ほなみちゃんがクラスの中心に戻ってきてから勝負と思っているのでしょう。

しかしポイント推移をまとめてみると、坂柳指揮になってからのAクラスの鉄壁っぷりと、無人島サバイバル後のC(堀北)クラスの追い上げが圧倒的ですね。
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