食堂を出てからも、黒札たちの会話は途切れなかった。何を見せるかという相談に、頼まれてもいない注文が重なり、それを別の声が退ける。帆波は坂柳と並び、その輪の少し後ろを歩いていた。エースも今日は先頭に立って案内するのではなく、仲間の言葉へ横から口を挟みながら進んでいる。
「せっかくだし、見栄えのいいものにしようぜ」
「見栄えで選ぶなよ。過激なのもなしだ」
「分かりやすさは大事だろ」
「お前の分かりやすいは、大きいか派手かのどっちかだ」
笑いが広がり、エースも口元を緩めた。
「見学だからな。張り合うなよ」
「まだ何もしてないだろ」
「始まる前に言ってるんだよ」
帆波は笑いながら坂柳を見る。彼女も会話を聞いていたらしく、目が合うと、少しだけ眉を上げてみせた。
「ずいぶん、楽しみにしてくださっているようですね」
「うん。見てもらうの、好きみたい」
「ありがたいことです」
返事に笑いが混じった。食堂で向けられていた好奇心を、今は坂柳自身も隠していない。杖をつきながらも、前を行く一団と、これから入る施設へ交互に目を向けていた。
屋内演習場へ入ると、帆波たちの靴音が、広い空間へ離れて返った。コンクリートの床が遠くの壁まで続き、その上に人間ほどの大きさの練習標的が置かれている。縦も横も二百メートルあると教わった場所だった。見上げれば天井は六十メートルの高さにあり、照明や梁が、床にいる人間からひどく遠く見える。
坂柳が入口の先で足を止めた。帆波も隣へ寄り、彼女が顔を上げた先を見た。
「……演習場、というより、屋内競技場のようですね」
「広いでしょ。ここなら、外から見られる心配もしなくていいし」
「なるほど。この広さが、必要になるわけですか」
帆波は頷いた。学校の体育館を初めて見たときにも広いと思ったが、ここでは反対側に立つ人が、それよりずっと小さくなる。声を掛ければ返事が届く距離と、実際に身体を動かして使う距離が、同じではないことも知っていた。
黒札たちは入口付近で散らばり、見学する場所と実演する方へ、言葉を交わしながら分かれた。普段着の集まりという印象は食堂と変わらない。その輪の後ろには、整った容貌の男女が数人、秘書のように控えていた。会話へ無理に加わらず、誰かが動けば自然に位置を変える。坂柳の視線も一度そちらへ向いたが、帆波は説明を加えなかった。
「二人とも、ここで見ていてくれ」
エースが位置を示した。標的と、これから力を使う者たちの動きを、横から見通せる場所だった。帆波は坂柳とともに足を止める。
「はい」
「よろしくお願いいたします」
坂柳が答える間にも、向こうから声が飛んだ。
「最初、何にする?」
「順番まで決める必要あるか?」
「同時にやったら、何を見ていいか分からないだろ」
「分かってるなら、一つずつにしろよ」
エースが返すと、笑いのあとに手が上がった。
標的の一つが炎に包まれた。赤い光が床へ広がり、離れていても、帆波の頬へかすかな熱が届く。炎が消えたあとには、焦げて変色した標的が残った。
次の標的には氷が走った。表面を白く覆ったものが厚みを増し、照明を受ける角ばった塊になる。その隣では雷光が短く迸り、標的の一部が砕けた。遅れて届いた音が天井へ返る間に、今度は風が別の標的を押し倒し、床の上を滑らせた。
帆波は隣を見た。坂柳は杖の柄に両手を重ね、標的から目を離していなかった。
「……どれも、本当に起きているのですね」
「うん。触ったら熱いし、冷たいよ」
「ええ。疑っていたわけではないのですが、こうして並べて拝見すると……」
言葉を探している間に、黒札たちからまた声が上がる。
「次、斬るぞ」
「先に言うと、ちゃんと見てもらえると思ってるな」
「見学なんだから、見てもらわないと困るだろ」
帆波も標的へ顔を戻した。その場を動かずに、刀が振られる。刃の長さでは届かないはずの位置で、3つの標的が斜めに分かれ、上半分が床へ落ちた。
坂柳の指が、杖の柄の上で止まった。
「今のは、刀が届いては……」
「なかったね」
帆波が答えると、坂柳は切られた標的たちと、刀を持つ方を見比べた。何かを言いかけて、口を閉じる。その顔を見ていると、帆波まで楽しくなってきた。いつもならすぐに返ってくる言葉が、今日は少しずつ遅れる。
「もう一つくらい、派手なのを」
「おい」
エースの声が入った。強くはなかったが、向こうの言葉はそこで止まる。
「同じようなのを大きくしても、説明は増えないだろ」
「見応えは増える」
「今日は、それを競う日じゃない」
笑いと、不満を装った声が重なった。それでも、次の攻撃が勝手に始まることはない。帆波はエースの横顔を見た。仲間へ向ける気安い顔のまま、言うことは短く、はっきりしている。こちらが何か言わなくても任せていられる安心が、そこにはあった。
「じゃあ、姿を見せるだけなら?」
向こうからの声に、エースが顔を上げる。
「動き回るなよ」
「分かってる。見せるだけだ」
帆波たちから十分に離れたところで、一人が足を止めた。
人の輪郭が変わった。立っていた身体を覆うように水が膨れ上がり、激しく巻きながら上へ伸びる。帆波はその動きを目で追って顔を上げた。渦潮を海から引き抜いたような水の流れが、長い胴を曲げ、つるりした仮面のような頭を持ち上げていた。
全長三十メートルほどの、東洋の龍に似た異形だった。その巨大な肉体のすべて逆巻く水で形作られている。輪郭の内側では流れが絶えずぶつかり、ほどけ、また巻き直されていた。それなのに、龍の姿そのものは崩れない。
坂柳が息を吸う音が、隣から聞こえた。
帆波も見上げたまま、その頭がこちらを向くのを見ていた。広い演習場でさえ、先ほどまでとは距離の感じ方が変わる。人が立っていた場所に、建物を越えるほどのものがいる。それを見ながら、周りから聞こえる声だけは相変わらずだった。
「どうだ。これは分かりやすいだろ」
龍が、普通に話した。
坂柳の顔が、ほんの少し上を向き直った。帆波はその反応に笑いそうになりながら、口元へ手を添える。
「……ええ。とても、よく分かります」
「何が分かったんだ、それ」
「大きいってことだろ」
「お前らが派手なのって言ったんじゃないか」
人間同士の会話が、そのまま続いた。龍の顔を形作る水が動いても、声は苦しそうにも、怒っているようにも聞こえない。坂柳は巨大な姿を見上げ、それから周囲へ目を向けた。
「お話しされることには、何の支障もないのですね」
「ないな。見せるだけだと、こうして話すくらいしかすることもない」
「そこで何か始めるなよ」
エースが言うと、龍の方からすぐに返事が来た。
「分かってるって」
少しして、水の身体が縮み始めた。長い胴が形を失い、上へ持ち上がっていた頭も低くなる。逆巻く流れが収まったあとには、先ほどと同じように、人が立っていた。
何かを壊すことも、演習場を動き回ることもなかった。それでも坂柳は、しばらく元の姿へ戻った相手を見ていた。
「あれが、デビルシフターだ」
エースの声に、彼女が向き直る。
「悪魔に変身する力です。今のは、その姿をお見せしました」
「何かを呼び出したのではなく、ご本人が変わられたのですね」
「ええ」
坂柳は頷き、今度は帆波を見た。
「では、一之瀬さんと同じ種類のお力なのでしょうか?」
「見た目が変わるところは似てるけど、分類は違うんだって。私は先祖の力を引き出すから、アウトサイダーって呼ばれる方なの」
「先ほど伺った、もともとお持ちだった因子ですね」
「うん」
坂柳は帆波の額へ一度目を向け、それから小さく頷いた。
「同じように見えても、成り立ちが違うわけですか」
「そういうことだな」
エースが答えると、坂柳はそれ以上、細かな仕組みを尋ねなかった。代わりに、広い演習場をもう一度見渡す。炎に焼かれた標的も、氷に包まれたものも、斬られて床に落ちたものも、まだそこにあった。
「……お話だけで理解したつもりにならず、お願いしてよかったです」
「気に入ってもらえたなら、もう少し——」
「増やすな」
エースが間を置かずに言った。黒札たちの間から笑いが起こる。
「まだ何をするか言ってないだろ」
「今ので十分伝わってる」
「お前は何もやってないくせに」
「お前らが十分やっただろ」
帆波は笑いながら、エースを見た。彼が力を使う姿は、何度も目にしている。今日はその見本がなくても、知らなかったものを一緒に眺め、仲間へ言い返す声を聞いていられるのが嬉しかった。
隣で、坂柳が帆波へ身体を向けた。
「一之瀬さんのお力も、こちらで拝見してよろしいでしょうか?」
「私のも?」
「ええ。お姿だけでなく、実際に動かれるところを」
帆波はエースを見た。彼はまだ使われていない標的へ目を向け、それから頷く。
「あれを使えばいい。短くな」
「はい」
帆波は坂柳へ笑いかけた。
「じゃあ、少しだけね」
見学する場所から離れ、標的へ向かう。そうしようと思うだけで、身体は変わった。額の右側で角が伸び、肌の色が首から頬へ、腕から指先へ満ちていく。手を開いて一度返すころには、変化は終わっていた。
肩へ流れたストロベリーブロンドの髪を払い、帆波は足を止めた。袖口から覗く褐色の手に照明が当たり、額の黒い角には細く光が走る。振り返ると、坂柳は先ほどよりもまっすぐ、こちらを見ていた。
「見ててね」
声を掛けてから、前へ向き直った。床を踏み、標的との距離を詰める。身体を運ぶ勢いを崩さず、拳を繰り出した。鋼鉄製の標的が根元からへし折れて宙を舞う。
吹き飛んだ標的を確かめて、手を下ろす。もう少し動いてみたい気持ちはあったが、短くと言われていた。帆波はそのまま戻り、坂柳の前で笑った。
「どうだった?」
坂柳は鬼のままの帆波を見てから、へし折れて転がる標的へ目を向けた。
「……先ほどまで、隣を歩いていた方とは思えませんね」
「私だよ?」
「ええ。それは、よく分かっております」
答える声に笑いが戻った。帆波がエースを見ると、彼もこちらへ目を向けている。
「終わりました」
「ああ。問題ないな」
短い返事で十分だった。見ていてくれたことが分かり、帆波の胸が温かくなる。姿を戻して坂柳の隣へ立つと、彼女はまだ、帆波の手元を見ていた。
「何?」
「今日、私が拝見したものを、一つの『才能』という言葉でまとめてよいのか、考えておりました」
帆波は少し首を傾けた。坂柳は自分の手へ目を落とし、杖の柄に指を揃える。
「生まれ持ったものも、扱い方も、現れる力も違う。それを知っているつもりで、私はずいぶん、狭いところだけを見ていたようです」
「知らないことが増えちゃった?」
「ええ。困ったことに」
困っているようには聞こえなかった。帆波が笑うと、坂柳も微笑んだ。
「また、聞きたいことを考えてくるね」
「ぜひ。私に分かることなら、答えるよ」
「分からなければ?」
「一緒に聞いてみようか。ちゃんと、聞いていいことか確かめてからね」
坂柳は頷いた。その向こうでは、黒札たちがもう別の話を始めている。実演の出来へ遠慮のない感想が飛び、エースが笑いながら何か言い返した。帆波がそちらへ顔を向けると、坂柳も同じ方を見た。
広い床には、見せてもらった力の跡が残っていた。その前で交わされる気軽な声を聞きながら、帆波は坂柳へ少し顔を寄せる。
「来てよかった?」
「ええ。とても」
迷いのない返事だった。帆波も嬉しくなって、もう一度笑った。
巨乳&貧乳美少女コンビにテンション上がってる黒札。
前回いた10人のうち半数ちかくはシキガミだったので会話に入れないようにしました。
変身したのは 真・女神転生IV FINAL 龍神 イルルヤンカシュ
見た目派手でわかりやすい悪魔をチョイス。Lv 47 集まった中では切り札的存在。
先天性心疾患の坂柳の興味を、一番引けるのは回復魔法だとおもったのですが、女子高生の見学に流血はないなと削除。