第1話 「学校閉鎖の通知」
冬の海へ低く差す朝日が、波の斜面を白銀に染めていた。高速ヨットの窓越しに見える水面は、光を返すたびに細かな形を変え、船尾へ遠ざかっていく。暖房の利いた船内でも、窓の近くには冷気が残っていた。帆波は膝の上の鞄へ手を置き、近づいてくる人工島を眺めていた。
十二月二十六日、午前九時頃。木更津から臨海支部へ戻る船は、見慣れた港へ向かっていた。
母と美帆に手を振ってから、まだそれほど時間は経っていない。今朝の食卓には、昨日から取り分けておいたビーフライスが並んだ。温め直したご飯を食べながら、美帆は昨夜の話をまた始め、母が途中で笑っていた。
昨日、あれを全部食べてしまわなくてよかった。
帆波は窓へ映った自分の顔が緩んでいることに気づいた。タレをかけるだけで、あれほど嬉しそうにするとは思わなかった。次に何かを作るときも、美帆に任せられるところがあれば、一緒にやってもらいたい。
船が港へ近づくにつれ、窓の外で動く水面の速さが変わった。帆波は鞄の持ち手を握り、席を立つ支度をした。
支部へ戻ったら、エースに会えるだろうか。
別の仕事に出ているかもしれない。それでも、顔を見られたら嬉しかった。母と美帆が元気だったことも、昨日の食事のことも、話せるなら聞いてほしい。彼がこちらへ顔を向け、いつもの声で相槌を打ってくれるところを思い浮かべると、帰ってきたあとの時間も楽しみになった。
船を降りると、潮を含んだ風が髪を揺らした。帆波は前髪を指で整え、港から支部の建物へ続く道を歩き始めた。見慣れた設備の間を人が行き来し、それぞれの仕事へ向かっている。その中へ戻ってくることにも、もう気負いはなかった。
鞄の中の学校用端末を確かめたのは、その少しあとだった。
木更津にいる間は学校の通信へ接続できなかった端末が、再び通知を受け取っていた。帆波は道の端へ寄って足を止め、画面を開いた。並んだ連絡の中に、全校生徒宛ての重要通知があった。
学校の一時閉鎖と、退避について。
帆波はその項目を開いた。画面の上部には、学校から全校生徒への連絡であることが示されていた。
『国内外の情勢悪化に伴い、今後、交通・物流や生活に必要な物資の供給に支障が生じるおそれがあります。生徒の皆さんの安全を優先し、十二月二十六日より高度育成高等学校を一時閉鎖し、全校生徒の人工島外への退避を開始します。
帰省先の安全と移動手段を確認できる生徒は、保護者のもとへ帰省する方針です。保護者が海外滞在中である場合や、帰省先の状況などにより帰宅が難しい生徒については、学校が保有する山間部の宿泊施設(林間学校等で使用)で受け入れます。帰省が難しい場合も、各自で別の滞在先を探す必要はありません。学校が確認のうえ、移動先を案内します。
人工島から本土への移動には、学校が手配するバスを使用し、連絡橋を渡ります。集合場所、出発時刻、携行品などは、移動先の確認後に順次連絡します。個別の案内を確認し、指示に従って行動してください。自己判断で人工島を出発したり、集合場所へ移動したりしないでください。
継続して服用している薬がある生徒や、通院・医療上の配慮が必要な生徒は、速やかに担任へ申し出てください。必要な薬や医療に関する情報を携行できるよう、準備してください。
退避は今後四十八時間から七十二時間を目標に進めますが、交通状況などにより変更する場合があります。帰省先や保護者との連絡について不安がある場合は、一人で判断せず担任へ相談してください。
山間部の宿泊施設では、同行する教職員が生活を支援します。学校は必要な生活物資を移送し、滞在中の生活と学習を維持できるよう対応します。
高度育成高等学校の利用再開時期は未定です。今後の学校生活については、改めて連絡します。引き続き学校からの通知を確認してください。』
最後まで読んでから、帆波は画面を上へ戻した。
今日から、学校が閉まる。
冬休み中の施設利用を一部止める、といった連絡ではなかった。教室も寮も含め、生徒たちが普段暮らしている区域から、全員を移すという知らせだった。
帆波は閉鎖の理由に触れた冒頭を読み直した。交通や物流、生活物資の供給。修学旅行の延期を告げられたときには、まだ、学校にいれば授業も食事も普段どおりだった。その生活を続けることにも、学校は危険があると判断したらしい。
今すでに水や電気が止まった、という通知ではない。移動できるうちに、生徒を外へ出すのだ。
端末を持つ指へ風が触れた。帆波は画面に日が反射しないよう、身体の向きを少し変えた。
帰れる生徒は家へ。帰れない生徒は、混合合宿で利用した山間部の宿泊施設へ。
学校へ入ったときとは違い、同じクラスの生徒たちも、これから別々の場所で過ごすことになる。帰省できるかどうかは、自分が帰りたいと思うだけでは決まらない。家のある場所や、保護者の事情によっては、学校が用意した施設へ向かう必要があった。
帰れなくても、自分で行き先を探さなくていい。その一文を見て、安心する生徒もいるだろうと思った。反対に、家へ帰れるつもりでいたのに、確認が必要だと言われて戸惑う者もいそうだった。
帆波は退避の予定を確かめた。四十八時間から七十二時間という数字は、あくまで目標として書かれている。全員の行き先を確認し、荷物をまとめ、バスで橋を渡る。それが予定どおりに進むかどうかは、学校だけで決められることではなかった。
画面から目を上げると、支部の建物が見えた。港から運ばれていく物があり、道を歩いている人がいる。こちらの仕事は続いていた。
この通知が伝えているのは、学校の閉鎖と、生徒の退避についてだ。ガイア連合や自衛隊の区域まで閉鎖されるわけではない。支部について知っていることを、学校の通知で説明されたことと混ぜないようにしながら、帆波は自分のこれからを考えた。
母と美帆は、木更津にいる。
今朝、自分が出てきた家で、二人の生活は続いている。学校の寮が使えなくなるからといって、母と妹の住む場所まで探し直さなければならないわけではなかった。母はあの台所で料理をし、美帆は使った皿をどこへ戻すか知っている。
夏のうちに、二人に移ってもらえていてよかった。
帆波は静かに息を吐き、鞄を肩へ掛け直した。学校からの連絡に驚かなかったわけではない。けれど、そこから家族の行き先を心配し始める必要がないことは、大きかった。
神崎たちも、この通知を読んでいるのだろうか。
今は冬休みに入っているが、教室にいれば、誰かがすぐに質問をしただろう。家へ帰れると喜ぶ声も、いつ学校へ戻れるのかと尋ねる声もありそうだった。神崎は分かっていることを確かめ、皆へ伝えようとするかもしれない。
その様子は思い浮かんだが、自分から皆を集めて話をまとめようとは思わなかった。行き先も移動の予定も、学校が個別に確認して案内すると書かれている。自分に必要な連絡があれば確認するし、尋ねられたことに答えるつもりもあった。だが、自分から連絡しようとは思わない。
冬休みが終われば、また寮から教室へ通う。そのつもりでいた予定は、しばらく置いておくことになった。
授業がなくなれば、支部で過ごせる時間は増えるだろうか。学校の予定に合わせて切り上げていた訓練も、もう少し続けられるかもしれない。仕事についても、これまでとは違う形で予定を組める可能性があった。
そこまで考えて、エースに聞いてみたいと思った。
時間ができたからといって、すぐに次の仕事があるとは限らない。学校閉鎖によって、自分の活動がどう変わるかもまだ分からなかった。彼の話を聞いてから、できることを考えればよかった。
帆波は最後に、個別の案内を待つようにという箇所と、再開時期は未定だという箇所を確かめた。学校から届いた通知だけで、この先のことがすべて決まったわけではない。分からないところを、今の自分で埋める必要もなかった。
端末を鞄へ戻すと、風で冷えた手を軽く握った。
本庁舎へ向かう道を、帆波は再び歩き始めた。学校へ戻るために進路を変えることはせず、臨海支部の中を進む。エースに会えたら、まず戻ったことを伝えよう。それから、学校の通知を見たと話してみようと思った。
理事長が学校の閉鎖を決断できた理由。
「・終末前のメリークリスマス」から「〇第三次世界大戦スレ part39」の間の時間軸になります。
クリスマスから数か月の出来事とされているので、3-4か月で世界が崩壊していることを、日本の一般市民が認識したことになります。
「〇【終末】渡航制限解除を見守るスレ その15」が核攻撃後の1~2か月後=2年生編9~11月と想定、政府の渡航制限で国内にも難民が溢れ、一般視点のニュースでも混乱が見て取れるとされています。
ここから理事長は修学旅行の延期を決定。
理事長が治安よくならないかなー、娘を修学旅行行かせてあげたいなー、と政治家秘書時代の伝手で情報収集すると、恐ろしい勢いでヤバイ情報が集まったことでしょう。
この状態で子供を親御さんから預かり続けるだろうかと考えたところ、まぁ親元へ帰すと判断するだろうと思います。
オカルト抜きで想定できる状況として、治安と物流が崩壊した場合。
治安崩壊=橋を閉鎖しても、泳いでこれる距離なので、難民流入間違いなし。
物流崩壊=海路での輸送、脱出不可。
インフラは東京と同一と思われます。非常用はあるでしょうが、生徒+教職員の生活は支えられないでしょうね。
東京の崩壊後には、本土と臨海支部の間に学校があることになるので、学校の敷地が戦場になる。