(北方――岩角集落。)
(中央聖域から遠く離れた山岳地帯。険しい岩山に囲まれたこの集落では、朝早くから多くのデジモンたちが働いていた。)
(石を切り出す者、交易品を運ぶ者、畑を耕す者。)
(かつて中央聖域と結んだ協定によって、岩角集落には新たな交易路が開かれていた。)
(しかし、その交易路を行き交う荷車の数は、以前よりも少なくなっていた。)
【ゴブリモン】
(荷車の上から木箱を下ろしながら)「ったく……また中央の許可待ちかよ!」
【オーガモン】
(近くの岩に腰掛けながら)「今度は何だ?」
【ゴブリモン】
「南の集落に送る鉱石だよ! 向こうじゃ道具を作るのに必要だってのに、中央の承認が下りるまで運ぶなってさ!」
【オーガモン】
「……そうか」
【ゴブリモン】
「なあ、親分。俺たち、いつまでこんなこと続けなきゃならねえんだ?」
(オーガモンは答えなかった。)
(中央聖域との交易によって、岩角集落の暮らしは確かに豊かになった。)
(それは否定できない事実だった。)
(だが、中央共通秩序規則が施行されてからというもの、集落の者たちは些細なことにまで中央の許可を求められるようになっていた。)
(自分たちで決められるはずのことを、自分たちで決められない。)
(それが、住民たちの不満を少しずつ大きくしていた。)
【オーガモン】
「……俺たちは、中央と喧嘩がしたいわけじゃねえ」
【ゴブリモン】
「分かってるよ。でもよ……」
【オーガモン】
「分かってる。俺だって、このままでいいとは思っちゃいねえ」
(そのとき、集落の見張り台から声が響いた。)
【ゴブリモン】
「親分! 空から誰か来るぞ!」
【オーガモン】
(顔を上げる)「……あん?」
(青空の向こうに、三つの影が見えた。)
(白い翼を広げ、ゆっくりと山岳地帯へ降下してくる三体の天使。)
(ホーリーエンジェモン。)
(エンジェウーモン。)
(アルケーエンジェモン。)
(かつて中央聖域でルーチェモンに仕えていた者たちだった。)
⸻
(岩角集落、中央広場。)
【ホーリーエンジェモン】
(静かに地面へ降り立つ)「突然の訪問を許してほしい。我々は、岩角集落の代表者と話がしたい」
【オーガモン】
(腕を組みながら三体を見つめる)「……あんたら、中央聖域の天使だな?」
【アルケーエンジェモン】
「かつては、そうだった」
【オーガモン】
「かつて?」
【ホーリーエンジェモン】
「我々は、すでにルーチェモン様のもとを離れている」
(広場に集まったデジモンたちがざわめいた。)
【ゴブリモン】
「お、おい! それって本当なのか!?」
【エンジェウーモン】
(穏やかに頷く)「はい。ですが、皆さんと争うために来たわけではありません」
【オーガモン】
「……だったら、何の用だ?」
【ホーリーエンジェモン】
「中央共通秩序規則について、あなた方の話を直接聞きたい」
(オーガモンは三体を見比べた。)
【オーガモン】
「……話を聞くだけか?」
【ホーリーエンジェモン】
「ああ。今の我々には、中央聖域の決定を変える権限はない。だからこそ、できない約束をするつもりもない」
(その言葉に、オーガモンは少しだけ表情を緩めた。)
【オーガモン】
「……いいだろう。ついてきな」
⸻
(岩角集落、集会所。)
(大きな岩をくり抜いて造られた集会所には、集落の代表者たちが集まっていた。)
(中央の卓を挟み、三体の天使とオーガモンが向かい合う。)
【オーガモン】
「最初に言っておく。俺たちは、ルーチェモンに恨みがあるわけじゃねえ」
【ホーリーエンジェモン】
「……ああ」
【オーガモン】
「あいつが来てから、俺たちの暮らしは良くなった。交易路もできたし、他の集落との争いも減った」
【ゴブリモン】
「前は食い物が足りなくなることもあったけど、今じゃ南から穀物が届くようになったしな!」
【オーガモン】
「だから、俺たちは協定を結んだんだ。互いに助け合っていこうってな」
(オーガモンは卓に置かれた協定書を指差した。)
【オーガモン】
「だが、この協定には、俺たちが自分たちの暮らしを決める権利も認められていたはずだ」
【ホーリーエンジェモン】
「……そのとおりだ」
【オーガモン】
「だったら、どうして中央は俺たちの決まりまで変えようとする?」
(ホーリーエンジェモンは、すぐには答えなかった。)
【アルケーエンジェモン】
「ルーチェモン様は、すべての集落に共通する秩序が必要だと考えておられる」
【オーガモン】
「それは知ってる。だがな、俺たちは同じ暮らしをしてるわけじゃねえ」
【エンジェウーモン】
「……ええ」
【オーガモン】
「山で暮らす俺たちと、平地で暮らす連中じゃ、必要な決まりだって違う。全部を同じにしたところで、うまくいくとは限らねえだろ?」
【ホーリーエンジェモン】
(深く頷く)「あなたの言うとおりだ。我々も、同じことをルーチェモン様に申し上げた」
【オーガモン】
「……それで、あんたらは中央を離れたのか」
【ホーリーエンジェモン】
「ああ」
(集会所に沈黙が落ちた。)
【ゴブリモン】
「……なあ、天使様たちよ。あんたらが戻って、ルーチェモンにもう一度話してくれりゃ、何とかならねえのか?」
【エンジェウーモン】
(悲しげに目を伏せる)「……私たちも、そう願っています」
【アルケーエンジェモン】
「だが、今のあの方が我々の言葉を聞いてくださるかどうか……」
(そのときだった。)
(集会所の扉が勢いよく開いた。)
【ゴブリモン】
(息を切らしながら)「お、親分! 大変だ!」
【オーガモン】
「どうした!」
【ゴブリモン】
「中央から、新しい通達が届いたんだ!」
(ゴブリモンは、一枚の書簡を差し出した。)
(オーガモンが受け取り、内容を確認する。)
【オーガモン】
「……何だと?」
【ホーリーエンジェモン】
「何が書かれている?」
【オーガモン】
(険しい表情で)「中央共通秩序規則に従わない集落には、交易路の利用制限を設ける……だとよ」
【ゴブリモン】
「そんな! 交易路を止められたら、俺たちの暮らしはどうなるんだよ!」
【エンジェウーモン】
「……これは……」
【アルケーエンジェモン】
(拳を握る)「ルーチェモン様……!」
(ホーリーエンジェモンは、書簡に記された中央聖域の紋章を見つめた。)
(かつて自分たちが仕えた場所の象徴。)
(その紋章が今、集落の者たちを追い詰める命令に使われていた。)
【ホーリーエンジェモン】
「……オーガモン」
【オーガモン】
「何だ?」
【ホーリーエンジェモン】
「我々に、できることはないだろうか」
【オーガモン】
(少し驚く)「……あんたらが?」
【ホーリーエンジェモン】
「中央の命令を取り消すことはできない。だが、交易路が制限されても暮らしを維持できるよう、他の集落との協力を探ることはできる」
【エンジェウーモン】
「私も、医療や物資の支援をお手伝いします」
【アルケーエンジェモン】
「交易路が封鎖されるなら、別の道を探そう。必要なら、私が周辺の地形を調べる」
(オーガモンは、三体の天使を見つめた。)
【オーガモン】
「……あんたら、本当に中央聖域の天使だったんだよな?」
【ホーリーエンジェモン】
「ああ」
【オーガモン】
「だったら、どうしてそこまでして俺たちを助ける?」
【ホーリーエンジェモン】
(静かに答える)「我々が守りたいのは、中央聖域の命令ではない」
(ホーリーエンジェモンは、集会所に集まったデジモンたちを見渡した。)
【ホーリーエンジェモン】
「この世界で暮らす、すべての者たちだ」
(オーガモンはしばらく黙っていた。)
(そして、ゆっくりと頷いた。)
【オーガモン】
「……分かった。あんたらの力、借りるぜ」
⸻
(狭間劇場。)
【サイガ】
「……三人とも、やっぱり優しいね」
【ホメオスタシス】
(穏やかに微笑む)「ええ。彼らは中央聖域を離れても、かつての誓いを忘れてはいないのです」
【イグドラシル】
「それに、北方のデジモンたちもルーチェモンを敵だとは思っていないんだね」
【崑崙】
「今のところはね。ただ、暮らしを守るための選択肢を奪われ続ければ、いずれ対立は避けられなくなるだろう」
【ホメロス】
「うふふ……秩序を守るための命令が、かえって人々を結びつけるきっかけになるとは、皮肉なものですわ」
【サイガ】
「……でも、まだ話し合いで解決できるんじゃないかな?」
【ホメオスタシス】
「その可能性を、彼らはまだ捨てていません」
(ホメオスタシスは、観測映像を切り替えた。)
【ホメオスタシス】
「ですが、中央聖域でもまた、一つの決断が迫られようとしていました」
⸻
(中央聖域、警備隊本部。)
(レオモンは、机の上に置かれた命令書を見つめていた。)
(そこには、北方交易路の管理を強化し、中央共通秩序規則に従わない集落への物資輸送を制限するよう記されていた。)
【ガードロモン】
「レオモン隊長。北方交易路への警備隊派遣準備が完了しました」
【レオモン】
「……そうか」
【ガードロモン】
「命令を実行しますか?」
(レオモンは答えなかった。)
(彼の脳裏には、かつてのルーチェモンの姿が浮かんでいた。)
(争う者たちの間に立ち、どちらの言葉にも耳を傾けていた、小さな光の天使。)
(誰も傷つけずに争いを収めようとした、その姿。)
【レオモン】
(小さく呟く)「……ルーチェモン様」
【ガードロモン】
「隊長?」
【レオモン】
「……いや。私が直接、ルーチェモン様に確認する」
【ガードロモン】
「了解しました」
(レオモンは命令書を手に取り、警備隊本部を後にした。)
⸻
(中央聖域、謁見の間。)
(巨大な扉が開かれる。)
(レオモンは、玉座の前に立つ一体のデジモンを見て、思わず足を止めた。)
(そこにいたのは、かつての幼い天使ではなかった。)
(青年の姿へと変貌し、光と闇を宿した翼を広げる存在。)
(ルーチェモン:フォールダウンモード。)
【レオモン】
(驚愕しながら)「ルーチェモン……様……?」
【ルーチェモン:フォールダウンモード】
(静かに振り返る)「……レオモン。どうしたの?」
(声は、以前と変わらなかった。)
(しかし、その姿から放たれる威圧感は、かつてとは比べものにならなかった。)
【レオモン】
「……そのお姿は……」
【ルーチェモン:フォールダウンモード】
(自らの翼を見つめる)「少し、変わったんだ」
【レオモン】
「……進化、されたのですか?」
【ルーチェモン:フォールダウンモード】
「そうだね。僕にも、まだ知らない力があったみたい」
(ルーチェモンは穏やかに微笑んだ。)
【ルーチェモン:フォールダウンモード】
「でも、心配しなくていいよ。僕は何も変わっていない」
(レオモンは、その言葉を聞いて胸の奥に小さな違和感を覚えた。)
【ルーチェモン:フォールダウンモード】
「それで、何か用があったんじゃないかな?」
【レオモン】
(命令書を差し出す)「……北方交易路について、確認したいことがあります」
【ルーチェモン:フォールダウンモード】
「ああ。その件だね」
【レオモン】
「交易路の利用を制限すれば、岩角集落の住民たちは生活に困窮する可能性があります」
【ルーチェモン:フォールダウンモード】
「分かっているよ」
【レオモン】
「……では、なぜ?」
【ルーチェモン:フォールダウンモード】
「彼らに、秩序の大切さを理解してもらうためだよ」
【レオモン】
「……理解、ですか?」
【ルーチェモン:フォールダウンモード】
「うん。今は反発しているけれど、中央の秩序に従えば、また以前のように交易ができる。誰も困らなくて済むんだ」
【レオモン】
「ですが、それでは彼らの選択を奪うことになります」
【ルーチェモン:フォールダウンモード】
「……レオモン」
(ルーチェモンの声が、わずかに低くなった。)
【ルーチェモン:フォールダウンモード】
「君も、僕の判断が間違っていると思うの?」
【レオモン】
(静かに答える)「……私は、ルーチェモン様が平和を望んでおられることを疑っておりません」
【ルーチェモン:フォールダウンモード】
「だったら――」
【レオモン】
「ですが、平和を守るために、罪のない者たちの暮らしを脅かすことは……正しいとは思えません」
(謁見の間に、沈黙が落ちた。)
(ルーチェモンは、しばらくレオモンを見つめていた。)
【ルーチェモン:フォールダウンモード】
「……そう」
(その表情から、微笑みが消えた。)
【ルーチェモン:フォールダウンモード】
「君も、僕のことを理解してくれないんだね」
【レオモン】
「ルーチェモン様……」
【ルーチェモン:フォールダウンモード】
「……もういいよ」
(ルーチェモンは、静かに背を向けた。)
【ルーチェモン:フォールダウンモード】
「命令は変えない。北方交易路の管理を強化して」
【レオモン】
「……それは、できません」
(ルーチェモンの動きが止まった。)
【ルーチェモン:フォールダウンモード】
「……何?」
【レオモン】
(まっすぐに顔を上げる)「私は、中央聖域の平和を守るために剣を取りました。罪のない者たちを苦しめるためではありません」
【ルーチェモン:フォールダウンモード】
「……つまり、命令に従わないということ?」
【レオモン】
「……はい」
(レオモンは腰の剣に手を添えた。)
(だが、抜くことはなかった。)
【レオモン】
「私は、あなたを尊敬していました。争いを止め、誰もが安心して暮らせる世界を築こうとする、そのお姿を」
【ルーチェモン:フォールダウンモード】
「……過去形なんだね」
【レオモン】
(苦しげに目を伏せる)「……今も、その願いを信じたいと思っています」
(ルーチェモンは答えなかった。)
【レオモン】
「ですが、今のあなたの命令には従えません」
(レオモンは、警備隊の証を外して床へ置いた。)
【レオモン】
「……本日をもって、中央聖域の警備隊を辞します」
(静寂。)
(ルーチェモンは、床に置かれた証を見つめていた。)
【ルーチェモン:フォールダウンモード】
「……そう。君も、行くんだ」
【レオモン】
「……申し訳ありません」
【ルーチェモン:フォールダウンモード】
「謝らなくていいよ」
(ルーチェモンは、ゆっくりと目を閉じた。)
【ルーチェモン:フォールダウンモード】
「僕は、君たちがいなくても平和を守れるから」
(レオモンは深く頭を下げた。)
(そして、振り返ることなく謁見の間を後にした。)
⸻
(狭間劇場。)
【サイガ】
「……レオモンまで、離れちゃった……」
【ホメオスタシス】
「ええ。彼もまた、自らの信念に従って道を選びました」
【イグドラシル】
(静かに)「ルーチェモンは、みんなを守ろうとしているのに……そのために、みんなが離れていってしまうんだね」
【崑崙】
「自分の判断だけを正しいと信じる限り、異なる意見を持つ者は、いずれ排除されることになるだろう」
【ホメロス】
「ですが、離れた者たちにも、守りたいものがございますわ」
【サイガ】
「……レオモンは、これからどうするんだろう?」
【ホメオスタシス】
「彼の向かう先には、かつて同じ場所で平和を守っていた者たちがいます」
(観測映像が、中央聖域の外へと移っていく。)
(北へ続く街道を、一体の獅子の戦士が歩いていた。)
(その背中には、迷いと決意が入り混じっていた。)
(まだ、彼は自分が何をすべきなのか、完全には分かっていなかった。)
(ただ一つ、確かなことがあった。)
(このままでは、かつて信じた平和が失われてしまう。)
(だからこそ、今は止めなければならない。)
⸻
(北方・岩角集落。中央聖域から交易制限の通達が届いた、その日の夜。)
(山々に囲まれた集落の中央では、いつもより多くの松明が灯されていた。)
(岩をくり抜いて造られた集会所には、オーガモンをはじめとする北方の住民たちが集まっている。)
(その奥には、中央聖域を離れた三体の天使――ホーリーエンジェモン、エンジェウーモン、アルケーエンジェモンの姿もあった。)
(議題は一つ。)
(中央聖域の命令に、これからどう向き合うのか。)
【オーガモン】
(集まった者たちを見渡す)「……全員、聞いてくれ」
(ざわついていた集会所が静まり返る。)
【オーガモン】
「中央から届いた通達は、もう知ってるな。共通秩序規則に従わねえ集落には、交易路の利用を制限するって話だ」
【ゴブリモン】
(拳を握り締める)「ふざけんな! 俺たちが何をしたってんだ!」
【別のゴブリモン】
「そうだ! こっちは約束を守ってきたじゃねえか!」
【オーガモン】
「……ああ。俺たちは協定を破っちゃいねえ」
(オーガモンは卓の上に協定書を置いた。)
【オーガモン】
「だが、向こうは俺たちに従えと言ってきた。このままじゃ、食い物も道具も手に入りにくくなる」
【ゴブリモン】
「だったら戦おうぜ! 中央の連中に、俺たちだって黙ってねえって教えてやるんだ!」
(その声に、数体のゴブリモンが賛同した。)
【ゴブリモンたち】
「そうだ!」「俺たちの山は俺たちで守るんだ!」
(しかし、別の場所から反対の声が上がった。)
【ゴブリモン】
(不安そうに)「待ってくれよ……! 中央聖域と戦うなんて、無茶だ!」
【別のゴブリモン】
「ルーチェモンがどれだけ強いか、みんな知ってるだろ!? 俺たちが束になったって敵うわけねえ!」
(集会所の空気が一変する。)
【ゴブリモン】
「じゃあ、このまま言いなりになれってのか!」
【別のゴブリモン】
「そんなこと言ってねえ! だけど、戦って死んじまったら何にもならねえだろ!」
(怒号が飛び交う。)
(戦うべきだという者。)
(従うしかないという者。)
(そして、どちらの道も選べずにいる者。)
(それぞれが故郷を守りたいと願っていた。)
【アルケーエンジェモン】
(争う住民たちを見つめる)「……オーガモン。このままでは、集落の中で争いが起きてしまう」
【オーガモン】
「ああ。分かってる」
(オーガモンは卓を強く叩いた。)
【オーガモン】
「静かにしろッ!」
(その一喝で、集会所が静まり返る。)
【オーガモン】
「俺たち同士で喧嘩してどうする! 今ここにいる連中は、みんなこの集落を守りたいんだろうが!」
(誰も反論しなかった。)
【オーガモン】
「……俺だって、中央のやり方には腹が立ってる。だが、だからって今すぐ戦うつもりはねえ」
【ゴブリモン】
「親分……!」
【オーガモン】
「戦えば、俺たちだけじゃ済まねえ。子供も、年寄りも、みんな巻き込まれる」
(オーガモンは三体の天使へ目を向けた。)
【オーガモン】
「……あんたらは、どう思う?」
⸻
【ホーリーエンジェモン】
(静かに一歩前へ出る)「私は、まだ対話の道を捨てるべきではないと考えている」
【ゴブリモン】
「でもよ! 何度話したって、中央は聞いてくれねえじゃねえか!」
【ホーリーエンジェモン】
「……そのとおりだ。だからこそ、同じ申し入れを繰り返すだけでは足りないのだろう」
【オーガモン】
「どういうことだ?」
【ホーリーエンジェモン】
「岩角集落だけの問題としてではなく、他の集落にも現状を伝える。中央の規則に困っている者がいるなら、その声を集めるのだ」
【アルケーエンジェモン】
「中央聖域の決定が、すべての地域で歓迎されているとは限らない。まずは情報を集めるべきだ」
【ゴブリモン】
「……仲間を増やすってことか?」
【ホーリーエンジェモン】
「理解し合える者を探す、ということだ。戦うためだけではない。話し合いを求める声が、岩角集落だけのものではないと示すためにな」
【エンジェウーモン】
(優しく頷く)「それに、今は皆さんの暮らしを守ることが先決です」
(エンジェウーモンは集まった住民たちへ向き直った。)
【エンジェウーモン】
「交易路が制限されるのであれば、食料や薬を確保しなければなりません。怪我や病気になった方が、十分な治療を受けられなくなることも考えられます」
【ゴブリモン】
「……確かに、冬になったら食い物が足りなくなるかもしれねえ」
【エンジェウーモン】
「はい。ですから、まずは備えましょう。争うかどうかを決める前に、守れる命を守るのです」
(住民たちは顔を見合わせた。)
(怒りに任せて戦おうとしていた者たちも、少しずつ冷静さを取り戻していく。)
⸻
(しかし、そのとき。)
【ゴブリモン】
(立ち上がる)「……なあ、天使様」
【エンジェウーモン】
「はい?」
【ゴブリモン】
「あんたらは、ルーチェモンと戦えるのか?」
(集会所に沈黙が落ちた。)
【アルケーエンジェモン】
「……何?」
【ゴブリモン】
「俺たちは、あいつの力を知ってる。だから怖えんだ」
(ゴブリモンは、三体をまっすぐ見つめた。)
【ゴブリモン】
「もしルーチェモンが、俺たちを無理やり従わせようとしてきたら……あんたらは、俺たちを守ってくれるのか?」
(エンジェウーモンが言葉を詰まらせる。)
【アルケーエンジェモン】
(険しい表情で)「……我々は、ルーチェモン様と戦うためにここへ来たわけではない」
【ゴブリモン】
「それは分かってる! でも、向こうから来たらどうするんだよ!」
(アルケーエンジェモンは答えられなかった。)
(かつて忠誠を誓った相手。)
(自分たちが心から尊敬していた、光の天使。)
(その相手に剣を向けることなど、考えたくもなかった。)
【ホーリーエンジェモン】
(ゆっくりと口を開く)「……私は、ルーチェモン様を信じている」
【ゴブリモン】
「……え?」
【ホーリーエンジェモン】
「かつて、あの方が誰よりも平和を願っていたことを、私は知っている。だからこそ、もう一度向き合いたいと思っている」
(ホーリーエンジェモンは一度言葉を切った。)
【ホーリーエンジェモン】
「だが……」
(その声が、わずかに強くなる。)
【ホーリーエンジェモン】
「もし、罪のない者たちが傷つけられようとするならば、私はそれを見過ごさない」
【エンジェウーモン】
(静かに顔を上げる)「……私もです」
【アルケーエンジェモン】
「……ああ」
(三体は、互いの顔を見合わせた。)
(その答えは、中央聖域を離れたときの決意と変わらなかった。)
(彼らが守るべきものは、誰か一体の命令ではない。)
(この世界に生きる者たちの平和だった。)
⸻
(集会所の外では、夜風が山々を吹き抜けていた。)
(会議は結論が出ないまま、長い時間が過ぎていた。)
(やがてオーガモンが立ち上がる。)
【オーガモン】
「……よし。今夜はここまでだ」
【ゴブリモン】
「親分! 結局、どうするんだよ!」
【オーガモン】
「まずは、できることをやる」
(オーガモンは指を折りながら続けた。)
【オーガモン】
「食料を蓄える。交易路以外の道を調べる。他の集落にも話を聞く。それから、中央が次にどう動くか確かめる」
【ゴブリモン】
「……それだけか?」
【オーガモン】
「それだけじゃねえ」
(オーガモンは、集まった者たちを見渡した。)
【オーガモン】
「もし、俺たちの暮らしを力ずくで奪おうとする奴が現れたら……そのときは、全員で故郷を守る」
(住民たちは、静かに頷いた。)
【ホーリーエンジェモン】
「……賢明な判断だと思う」
【オーガモン】
「まだ、何も決まっちゃいねえよ」
(オーガモンは苦笑した。)
【オーガモン】
「ただ、俺たちはもう、何も考えずに従うつもりはねえ。それだけだ」
⸻
(狭間劇場。)
【サイガ】
「……みんな、意見が違うんだね」
【ホメオスタシス】
「ええ。ですが、それは決して悪いことではありません」
【サイガ】
「そうなの?」
【ホメオスタシス】
(穏やかに微笑む)「同じものを守りたいと思っていても、そのために何をすべきかは、一人ひとり異なります。大切なのは、異なる意見を持つ者同士が、互いの言葉に耳を傾けられるかどうかでしょう」
【イグドラシル】
「ふふっ。ルーチェモンが忘れかけていることを、彼らはまだ大切にしているんだね」
【崑崙】
「ただ、準備を進めるということは、中央聖域と対立する可能性を受け入れるということでもある。これからが難しいところだろう」
【ホメロス】
「何より、彼らにはまだ決定的なものが欠けていますわ」
【サイガ】
「……決定的なもの?」
【ホメロス】
「中央聖域の内情を知り、その変化を自らの目で確かめた者ですわ」
(そのとき、観測映像が切り替わった。)
⸻
(北方へ続く山道。)
(夜明け前の薄暗い街道を、一体の獅子の戦士が歩いていた。)
(レオモン。)
(かつて中央聖域の警備隊を率いていた戦士は、今やその証を持っていなかった。)
(彼の足取りは重かった。)
(中央聖域を離れることが、これほど苦しいとは思っていなかった。)
【レオモン】
(歩みを止め、遠くの山々を見つめる)「……ホーリーエンジェモン。エンジェウーモン。アルケーエンジェモン……」
(レオモンは、静かに拳を握った。)
【レオモン】
「お前たちも……こんな思いをしたのだろうか」
(山の向こうには、岩角集落の灯りがかすかに見えていた。)
(レオモンは再び歩き始めた。)
【レオモン】
「……私は、まだ諦めたくない」
(彼は、夜明けの空を見上げた。)
【レオモン】
「ルーチェモン様……どうか、これ以上……」
(その言葉は、最後まで口にされなかった。)
(獅子の戦士は、ただ北へと歩き続けた。)
⸻
(北方・岩角集落。)
(レオモンが中央聖域を離れてから、数日が経過した。)
(岩角集落へ続く山道には、これまでにないほど多くのデジモンたちが姿を見せるようになっていた。)
(中央共通秩序規則の施行によって暮らしを制限された者たち。)
(中央聖域の統治に疑問を抱いた者たち。)
(そして、かつてルーチェモンの掲げた平和に共感しながらも、今の彼には従えないと判断した者たち。)
(その大半は、各地から集まった成熟期のデジモンだった。)
(だが、その中には、名も知られていない完全体のデジモンたちの姿さえあった。)
(彼らは、いずれも強大な力を持つ存在だった。)
(しかし、中央聖域に反旗を翻すためだけに集まったわけではなかった。)
(ただ、自分たちの未来を、自分たちで選びたかったのである。)
⸻
(岩角集落、中央広場。)
【ゴブリモン】
(見張り台から身を乗り出す)「お、親分! また来たぞ!」
【オーガモン】
「……今度は何体だ?」
【ゴブリモン】
「二十……いや、三十体以上いる! しかも、後ろからまだ来てるぞ!」
【オーガモン】
(額を押さえる)「……ったく。ここはいつから、そんなに人気のある場所になったんだ?」
(オーガモンが広場へ向かうと、そこには見慣れないデジモンたちが集まっていた。)
(武器を携えた成熟期の戦士たち。)
(長旅で傷ついた者たち。)
(そして、集団の後方には、周囲の成熟期とは明らかに異なる存在感を放つ数体の完全体が立っていた。)
【成熟期のデジモン】
(オーガモンに頭を下げる)「ここが岩角集落で間違いないか?」
【オーガモン】
「ああ。俺がここの代表だ」
【成熟期のデジモン】
「中央聖域の命令に従わず、自治を守ろうとしている集落があると聞いた」
【オーガモン】
「……誰から聞いた?」
【成熟期のデジモン】
「交易商からだ。俺たちの故郷でも、中央の規則によって暮らしが変わり始めている」
(別の成熟期が一歩前に出た。)
【成熟期のデジモン】
「俺たちは、中央聖域と戦いたいわけじゃない。だが、何も言わずに従い続けるつもりもない」
(オーガモンは、彼らの顔を一体ずつ見渡した。)
【オーガモン】
「……そうか」
(そのとき、集団の後方から一体の完全体が歩み出た。)
【名もなき完全体】
(低く落ち着いた声で)「我々も、同じ考えだ」
(周囲のデジモンたちが道を開ける。)
【名もなき完全体】
「力を持つ者が、必ずしも他者の運命を決めてよいわけではない。そのことを、中央聖域に伝える必要がある」
【オーガモン】
「……あんたほどの力を持っていても、ルーチェモンには従えねえってのか?」
【名もなき完全体】
「我々が従ったのは、あの方の力ではない。あの方が掲げた理想だ」
(完全体は、静かに続けた。)
【名もなき完全体】
「理想が失われたのであれば、従う理由もまた失われる」
(オーガモンは、しばらく黙っていた。)
【オーガモン】
「……分かった。ひとまず中に入れ。話はそれからだ」
⸻
(集落の外れ。)
(ホーリーエンジェモンたちは、新たに到着した者たちの様子を見守っていた。)
【エンジェウーモン】
(驚いた様子で)「……こんなにも多くの方々が……」
【アルケーエンジェモン】
「成熟期だけではない。完全体まで集まり始めている」
【ホーリーエンジェモン】
「……中央聖域への不満は、我々が考えていた以上に広がっていたようだ」
【エンジェウーモン】
「ですが、これほど多くの方が集まれば、食料や寝る場所も必要になります」
【アルケーエンジェモン】
「ああ。それに、全員が同じ考えとは限らない。中には、すぐにでも戦おうとする者がいるだろう」
【ホーリーエンジェモン】
「……まずは、彼らの話を聞こう」
(ホーリーエンジェモンは、広場へ向かって歩き始めた。)
【ホーリーエンジェモン】
「ここへ来た理由は、それぞれ違うはずだ。だが、同じ場所へ集まった以上、互いを理解する必要がある」
⸻
(その日の夕刻。)
(岩角集落の門の前に、一体の獅子の戦士が姿を現した。)
(長い旅路を経て、ようやくこの地へ辿り着いたレオモンだった。)
【レオモン】
(集落の様子を見渡す)「……これは……」
(彼が知っている岩角集落とは、明らかに様子が違っていた。)
(門の周囲には、見知らぬ成熟期の戦士たちが集まり、集落の中には完全体の姿も見える。)
(そのとき、見張りをしていたゴブリモンが声を上げた。)
【ゴブリモン】
「おい! そこの獅子の戦士! 何者だ!」
【レオモン】
(静かに答える)「……レオモンだ。かつて、中央聖域の警備隊を率いていた」
【ゴブリモン】
「中央聖域だと!?」
(周囲のデジモンたちが、一斉にレオモンへ視線を向けた。)
【成熟期のデジモン】
「……中央の兵士か?」
【別の成熟期】
「まさか、俺たちを捕らえに来たんじゃ……」
【レオモン】
(首を横に振る)「違う。私は、すでに中央聖域を離れている」
(レオモンは、腰の剣から手を離した。)
【レオモン】
「……ホーリーエンジェモンたちは、ここにいるか?」
(その名前を聞いたゴブリモンが、目を見開いた。)
【ゴブリモン】
「……あんた、天使様たちの知り合いなのか?」
【レオモン】
「ああ。かつて、同じ場所で平和を守っていた仲間だ」
⸻
(しばらくして。)
【アルケーエンジェモン】
(門へ駆けつける)「……レオモン!?」
【レオモン】
(顔を上げる)「……アルケーエンジェモン」
【エンジェウーモン】
(驚きながら)「レオモン……! どうして、あなたがここに……?」
【ホーリーエンジェモン】
(レオモンの装備を見つめる)「……警備隊の証がないな」
【レオモン】
「……ああ」
(レオモンは、三体の天使へ向き直った。)
【レオモン】
「私は、中央聖域を辞した」
(三体の表情が変わった。)
【アルケーエンジェモン】
「……何だと?」
【エンジェウーモン】
「まさか……ルーチェモン様と、何かあったのですか?」
(レオモンは、しばらく沈黙した。)
(そして、重い口を開いた。)
【レオモン】
「……あの方は、変わられた」
【ホーリーエンジェモン】
「……どういう意味だ?」
【レオモン】
「姿も……考え方もだ」
(レオモンは、中央聖域で目にした光景を思い出した。)
(光と闇を宿す翼。)
(青年へと変貌した姿。)
(そして、他者の選択を認めようとしない、揺るぎない確信。)
【レオモン】
「ルーチェモン様は……もはや、かつての光の天使ではない」
(エンジェウーモンが息を呑んだ。)
【レオモン】
「……あの方は、堕天されたのだ」
(その言葉に、三体の天使は声を失った。)
(北方の空には、静かに夜の帳が下り始めていた。)
⸻
(狭間劇場。)
【サイガ】
「……ついに、みんなが集まったんだね」
【ホメオスタシス】
「ええ。中央聖域の統治に疑問を抱いた者たちが、それぞれの意思でこの地へ辿り着きました」
【イグドラシル】
「成熟期だけじゃなく、完全体まで集まっている。もう、一つの集落だけの問題ではなくなっているんだね」
【崑崙】
「ただし、集まっただけでは組織とは呼べない。彼らには、共通の目的と、それを実現するための約束が必要だろう」
【ホメロス】
「そして、何よりも……かつての仲間たちが、ルーチェモンの変貌をどう受け止めるかですわね」
【サイガ】
「……三人は、どうするんだろう」
【ホメオスタシス】
(静かに観測映像を見つめる)「彼らは、まだルーチェモンを救いたいと願っています。ですが、目の前には守るべき多くの命がある」
【ホメオスタシス】
「その二つの願いを、どう両立させるのか。今、彼らは選択を迫られているのです」
(観測映像には、夜の岩角集落が映し出されていた。)
(集落を照らす松明の光は、以前よりも遥かに多くなっていた。)
(まだ、彼らは一つの組織ではない。)
(それでも、各地から集まった者たちの胸には、同じ願いが芽生え始めていた。)
(自分たちの未来を、自分たちの意思で選ぶこと。)
(その小さな願いが、やがて世界を揺るがす抵抗の炎となることを、このとき彼らはまだ知らなかった。)
――第9話「反逆の狼煙」完――