(狭間劇場。原初の天使篇の上映が終了してから、しばらくの時間が過ぎていた)
(かつてルーチェモンと十戦士の激闘を映し出していた巨大なスクリーンは、今では静かな暗闇に包まれている。劇場の中央には丸いテーブルが用意され、五つのティーカップと色とりどりの菓子が並べられていた)
(サイガは柔らかな椅子に腰掛け、目の前の四人を見渡す。ホメオスタシス、イグドラシル、崑崙、ホメロス。デジタルワールドを管理する存在たちが、こうして一つのテーブルを囲んでいる光景にも、少しずつ慣れてきた)
【サイガ】
(紅茶を一口飲み、微笑みながら)
「それにしても、なんだか不思議だよね。さっきまで世界の歴史を見ていたのに、今はみんなでお茶を飲んでるなんて」
【イグドラシル】
(楽しそうに笑う)
「ふふっ、いいじゃない。私たちだって、いつも難しい顔をして世界を見守っているわけじゃないんだよ?」
【崑崙】
(ティーカップを指先で回しながら)
「もっとも、難しい顔をしている時間のほうが長い管理者もいるけどね」
【ホメロス】
(口元を隠して微笑む)
「あら。それはどなたのことかしら?」
【崑崙】
「さて、誰だろうね。僕は名前を出していないよ」
【ホメオスタシス】
(穏やかな表情のまま)
「……私のことをおっしゃっているのでしたら、少し心外ですね」
【イグドラシル】
「あははっ! ホメオスタシス、自覚があったんだ!」
【ホメオスタシス】
「皆さんが自由に振る舞われる分、私が慎重になる必要もあるのです」
【サイガ】
(笑いながら)
「なんだか、四人とも本当に仲がいいんだね」
【ホメロス】
「ふふっ。考え方が違うからこそ、話していて飽きないのですわ」
(和やかな笑い声が広がる。スクリーンの向こうに広がっていた戦乱の記憶とは対照的に、劇場には穏やかな時間が流れていた)
(サイガはテーブルに置かれた小さな焼き菓子を手に取り、ふと思いついたように口を開いた)
【サイガ】
「そういえば、みんなって普段はどんなことをしているの?」
【イグドラシル】
「私はキャメロットサーバーの状態を確認したり、各セクターの管理をしたりしているよ。もちろん、何か問題があれば対応することもあるけどね」
【崑崙】
「僕はシャンバラの管理と観測が中心だね。あそこには独自の仕組みも多いから、確認することは尽きないよ」
【ホメロス】
「わたくしはイリアスの秩序と均衡を見守っておりますわ。けれど、そこに生きる者たちの選択まで、すべて決めてしまうつもりはありませんの」
【ホメオスタシス】
「私はThe ORIGINを含む管理領域の安定を維持し、歴史を観測して記録しています。先ほどご覧いただいたものも、その記録の一部ですね」
【サイガ】
「へえ……じゃあ、四人ともずっと働いているんだ」
【イグドラシル】
(人差し指を立てる)
「ずっとってわけじゃないよ。こうしてお茶を飲んだり、おしゃべりしたりする時間もあるからね」
【サイガ】
「管理者って、そもそも休んだり眠ったりするの?」
【崑崙】
(興味深そうに目を細める)
「いい質問だね。僕たちは人間とは違う存在だから、必ずしも睡眠を必要とするわけじゃない。でも、処理を整理したり、活動を抑えたりすることはあるよ」
【ホメロス】
「この姿で眠ることもできますわ。もっとも、人間の睡眠とまったく同じものかどうかは、難しいところですけれど」
【ホメオスタシス】
「私たちが休息している間も、基本的な管理機能は継続しています。ですから、常に意識を働かせ続けなければならないわけではありません」
【サイガ】
「なるほど……じゃあ、夢を見ることもあるの?」
【イグドラシル】
(嬉しそうに身を乗り出す)
「あるよ! 記憶や情報が混ざり合って、不思議な景色を見ることがあるんだ。人間の夢と同じなのかは分からないけどね」
【崑崙】
「情報の再構成と呼ぶこともできるだろうけど、それでは少し味気ない気もするね」
【ホメロス】
「わたくしは夢と呼びたいですわ。理屈だけでは表せない美しさもありますもの」
【サイガ】
(感心したように頷く)
「なんだか、思っていたよりずっと人間に近いんだね」
【ホメオスタシス】
「私たちが人間と同じというわけではありません。ですが、こうして言葉を交わし、同じ時間を楽しむことはできるのですよ」
(ホメオスタシスは静かに微笑み、空になりかけたサイガのカップへ紅茶を注ぎ足した)
【サイガ】
「ありがとう。……そう考えると、僕がここに来てよかったなって思うよ」
【イグドラシル】
「私もだよ! サイガが来てから、みんなで話すことが増えた気がするんだ」
【崑崙】
「確かにね。歴史を観測するのと、それを誰かと一緒に見届けるのとでは、ずいぶん違うものだよ」
【ホメロス】
「あなたの驚いた顔や、悲しそうな表情、嬉しそうな笑顔を見るのも、わたくしたちにとって新鮮でしたわ」
【サイガ】
(照れくさそうに笑う)
「そんなに見られてたんだ……」
【イグドラシル】
「ふふっ、もちろん!」
(しばらくして、話題はサイガ自身の日常へと移っていった)
【サイガ】
「僕の日常? まあ、普通の十八歳だと思うけど……朝起きて、ご飯を食べて、出かけたり、家でのんびりしたり」
【イグドラシル】
「その普通が面白いんだよ! 私たちは人間の生活を知識としては知っていても、実際に体験しているわけじゃないからね」
【崑崙】
「そうだね。何気ない一日にも、本人にしか分からない楽しさがあるものさ」
【ホメロス】
「わたくしも、そういうお話は好きですわ。特別な出来事ばかりが大切というわけではありませんもの」
【サイガ】
「じゃあ、今度はみんなで普通の休日みたいに過ごしてみる?」
【イグドラシル】
(ぱっと表情を輝かせる)
「それ、いいね! ゲームをしたり、お菓子を食べたり、みんなで遊んだり!」
【崑崙】
「管理者四人と人間一人で休日を過ごす、か。なかなか珍しい組み合わせだね」
【ホメロス】
「ふふっ。わたくしはお茶会も素敵だと思いますわ」
【ホメオスタシス】
「管理業務に支障がないのであれば、私も構いませんよ」
【サイガ】
「決まりだね! じゃあ、今度来たときに――」
(その瞬間だった)
(劇場の天井に、淡い白銀の光が灯る。続いて、澄んだ鐘の音が一度だけ響いた。大きな音ではない。それでも、四人の管理者はその意味を理解したように、静かに顔を上げた)
【サイガ】
(不思議そうに天井を見つめる)
「……あれ? 何の音?」
【イグドラシル】
(少し寂しそうに微笑む)
「ああ……もうそんな時間なんだね」
【サイガ】
「そんな時間?」
【崑崙】
(ティーカップを置いて)
「どうやら、今回の滞在はここまでのようだね。楽しい時間は短く感じるものさ」
【ホメロス】
「残念ですけれど、続きはまた次の機会にいたしましょう」
(サイガが立ち上がると、劇場の奥にある通路が淡く輝き始めた。やがて、その先に白い光で縁取られた扉が姿を現す)
【サイガ】
(扉と四人を交互に見つめて)
「そっか……そろそろ帰らなきゃいけないんだ」
【イグドラシル】
(椅子から立ち上がり、明るく笑う)
「でも、また来られるんでしょ? だったら寂しくないよ!」
【サイガ】
「うん。もちろん、また来たいな」
【イグドラシル】
「約束だよ! 次は本当にみんなで遊ぼうね!」
【崑崙】
(穏やかに微笑む)
「僕も楽しみにしているよ。君が次に訪れる頃には、また違った話ができるかもしれないね」
【ホメロス】
(胸元に手を添えて)
「どうかお元気で。あなたと過ごした時間は、わたくしにとっても楽しいものでしたわ」
【サイガ】
(嬉しそうに笑う)
「ありがとう、みんな」
(最後にサイガは、静かに立っているホメオスタシスへ目を向けた)
【サイガ】
「ホメオスタシスも、ありがとう。The ORIGINの歴史を見せてくれて」
【ホメオスタシス】
(優しく微笑む)
「こちらこそ、ありがとうございました。あなたが最後まで見届けてくださったことを、嬉しく思います」
【サイガ】
「十戦士のことも、ルーチェモンのことも、きっと忘れないよ」
【ホメオスタシス】
「それならば、彼らの歴史をお見せした意味がありましたね」
(ホメオスタシスは一度、暗くなったスクリーンへ目を向ける。そこにはもう、原初の戦場も、中央聖域も、十戦士の姿も映っていない)
(それでも、あの時代に生きた者たちの記録は失われていなかった)
【ホメオスタシス】
「歴史とは、過ぎ去った出来事であると同時に、未来へ受け継がれていくものでもあります。あなたが覚えていてくださるなら、彼らの願いもまた、あなたの中に残るのでしょう」
【サイガ】
(しっかりと頷く)
「うん。そうだね」
(サイガは四人へ向き直り、大きく手を振った)
【サイガ】
「それじゃあ、みんな! またね!」
【イグドラシル】
(両手を振りながら)
「またね、サイガ!」
【崑崙】
「次に会える日を楽しみにしているよ」
【ホメロス】
「ごきげんよう、サイガ」
(サイガは笑顔のまま、白い扉へ歩いていく。扉が開くと、柔らかな光が彼を包み込み、その姿はゆっくりと向こう側へ消えていった)
(扉が閉じる直前、ホメオスタシスが一歩前へ進む)
【ホメオスタシス】
(消えゆくサイガの背中を見送りながら、穏やかに微笑む)
「時間のようですね。あなたが再び訪れるのを、待っています」
(白い扉が静かに閉じる)
(狭間劇場に、再び静寂が訪れた。巨大なスクリーンは暗く、客席にはもうサイガの姿はない)
(けれど、テーブルには五つのティーカップが残されている。その一つには、サイガが飲みかけた紅茶がまだ温かく揺れていた)
(長い歴史の上映は終わった。しかし、狭間劇場で紡がれる出会いと語らいまで、終わったわけではない)
(いつか再び、あの白い扉が開く日まで)
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狭間劇場・幕間「また会う日まで」――完。
『オリジンプロトコル』原初の天使篇――完結。