不老不死ってなんか好き
息も絶え絶えで何かに怯え、逃げるように走る一人の少年。
吐く息が白くなる程寒い、とある冬の昼過ぎ。
住宅街の道路に数十程いる化け物。一見すると人間に見えるが、ふらふらとしていたり、血だらけであったり。中には、腕や足を欠損していたり、腹から内臓が飛び出ている奴らもいる。誰が見ても異様だ。
その人間に見える不死の化け物に追われる少年。
疲労故か化け物との距離が一定。追いつかれそうになりながらも必死に逃げる少年だったが、その奮闘も虚しく冷たい地面に転んでしまう。
[ ひっ! いやだ! ]
恐怖から腰が抜け、動けないまま迫り来る化け物。
少しずつ近づく死に目を瞑ってしまう。
唸り声が目の前まで近づき、やがて......
死を覚悟し、走馬灯まで見えたのだが、痛みを感じない。
違和感で目を開けると、数匹の化け物に身体中を噛まれ、血だらけの人物がそこにいた。
背の高い男性、見える範囲で手、左側の首筋、顔の一部に火傷の痕が見える。
[ ......痛い..... ]
痛みに顔を歪め、これから死ぬというのに、抵抗もせず呑気に空を眺めている。その手には血のついたスレッジハンマー。
2匹の化け物それぞれに腕、首筋を噛まれ、さらにもう1匹も迫り来る状況。
ようやく動き出した男が噛み付く化け物を引き剥がし、蹴り倒す。
地面に倒れる化け物の頭へとスレッジハンマーを振り下ろした。
頭蓋が潰れ、脳や血が辺りに飛散し、うめき声が途切れる。
[ ひっ!.....うぅ ]
そんなグロテスクな状況から思わず目を逸らし、耳を塞ぐ。
少年の気持ちを知ってか知らずか、化け物を次々と対処する男。
腕や首周りなど、いろいろなところを噛まれ、動けているのが不思議な程血を流しながらも1匹ずつ頭を潰していく。その間も血は出続け、最初の傷とは比べ物にならないほど流れる血の量が少ない。
咽せ返る程血の匂いが辺りに充満。頭蓋や脳は散乱し、血の河が出来た頃、辺りの化け物達は、一掃された。
使っていたスレッジハンマーは血の河を浴び、無造作に置かれている。
[ .....大丈夫?怪我、無い? ]
まず自分の心配をするべきであろう男の声に、恐る恐る目を向ける。
返り血か、彼の血かわからないが、顔や服、身体中についた血液が太陽の光で鈍く輝いていて、こちらに火傷の見える手を差し出している。拭いたのか、そもそも付かなかったのかわからないが、その手に血は付いていなかった。
[ ご、ごめんなさい....僕のせいで.....お兄さんが.....し、死んじゃ、う ]
命の恩人が自分のせいで死んでしまう恐怖、罪悪感で血相を変える。
[ .....あー、これ? .....だいじょぶだいじょぶ、どうせ治るから。]
続けて、[ 残念な事に。] と小さく呟く男。少年にその呟きは聞こえなかった様だ。
[ な、治る? ]
[ そ、俺さ、不老不死なんだ。]
ファンタジー上の存在ーー
腰が抜け、塀の側の冷たい地面にへたり込んだ少年の隣に座り、不老不死であると名乗る彼。
すると、そんな名乗りに答える様に、空いた袖の穴から見えていた深い傷口がゆっくりと、時間が巻き戻るかの様に塞がっていく。
目を見開く少年。
あっけにとられている間に傷が完全に塞がり、火傷のある肌が見える。
傷は治っているのに、火傷だけが治らない。
[ 初めて見たでしょ...って、そりゃそうか。
....そんなわけでさ俺、 死ねない......死なないんだ。]
諦め、悲観の表情で自虐するようにため息混じりで呟いた。
[ ...え、え?....ふ、不老不死?...じゃ、じゃあ、お兄さんは........
で、で...も、僕のせいで痛い思いし、たんじゃ
.....ご、ごめんなさい。]
先程の呟きからするに、痛覚はあるようだ。何度も噛まれ、想像もつかないほど痛かったに違いない。
[ いやぁ、たいじょぶだいじょぶ。俺が好きでやったんだし。]
目を合わせ何度も謝罪する少年に、なんて事ない様にそう言った。
[ それと、この事。あんまり人に話さないでね。知られると色々面倒なんだ。........まぁ、こんな世界で誰に言うんだって話だけどね。へへっ ]
空を見ながら乾いた笑みを漏らす。あいにくの晴天だ。少年は日の光を浴び、不死は影の中。隣にいるのに何だか遠いと感じる。
[ .........そういえば、何でこんなとこにいるの? ]
化け物.....感染者が増え続ける、いわゆる終末世界になってから数日ほど経っている。
ー感染者とは、ゾンビに噛まれゾンビに感染してしまった元人間のことである。ゾンビ映画お馴染みのやつだ。ー
大半の人達が自宅か避難所にいるのにも関わらず、何故こんな少年が外に、それも感染者だらけの場所で。
[ えっと....家族の安否を確認しに行きたくて.......]
[ 家族かぁ、...そっか........]
懐かしむ様な表情になったと思えば、暗い顔に一転。
[ .......はい。]
その顔を見た少年が、なにかあったのか聞こうとしたが、やめた。あまり踏み込んで欲しくなさそうに感じたからだ。
[ ....もし...もし、皆んな死んじゃってたら...僕、どうすればいいんですかね。]
どんよりとした空気に釣られる様に、顔を伏せ、震えた声でそう言った。
[ ......俺には、わかんないや。]
[ .............]
静寂。悲観的な空気のまま、時間が経つこと数分。
[ .......俺も付いてってもいいかな? ]
その静寂を破る不死。
[ いいんですか?実は、僕からお願いしようと思ってたんです。]
顔を上げ、そう返す。少年の悲観も少しは和らいだ様だ。
[ .....じゃ、決まりだね。]
膝に手をつけ、立ち上がる。立った事で太陽の光を浴び、逆光で不死の表情が見えない。
[ 大丈夫、きっと生きてる。さ、行こうぜ。]
座る少年へと火傷のある手を差し伸べる。
[ ......はい!]
その手を取り立ち上がると、見えなかった表情が見えるように。先程の暗い表情よりも楽しげな笑みを浮かべていた。
少年の返事を合図に歩き出す。
[ あぁ〜寒い。]
感染者がちらほらといる道。冷たい風に腕をさすりながら嘆く。
[ 家族って、どこに住んでるの?]
[ 北海道です。]
[ 遠っ!歩きじゃ無理じゃん。]
現在いる地点から死ぬほど離れている事に驚く不死。死なないけどね。
[ はい..... ]
[ まずは移動手段探しからだね。]
ポケットからスマホを取り出し、車などが売っていた場所を探す。
終末の一途を辿るこの世界でも、インターネットや電子設備は今のところ機能している。さすがは人類だ。前に、某掲示板サイトなどを覗いてみたが、阿鼻叫喚の嵐だった。中には呑気な奴らもいたけどね。
[ .....そういえば、お兄さんの名前、聞いてませんでした。僕は秋です。]
幸い、目的の場所が近くにあったことを知り、スマホをポケットに戻し、呑気に歩く不死とついて行きながら尋ねる少年。
[ たしかに.....不磨だ。よろしく、秋。]
[ ふま? ]
[ そ、不磨。永遠に残り続け、長く価値を保つという意味.....って親友が言ってた。この名前はそいつに付けてもらったんだ。]
懐かしむ様に微笑み、親友について語る不死....いや、不磨。
[ へぇ〜......どんな人なんですか? ]
見たことのないその表情を見て、尋ねる秋。
[ 馬鹿に見えてその実誰よりも聡明で、明るくて....何より、人の役に立つのが好きなやつだったんだ。]
[ だった? ]
違和感を覚えた少年がそう尋ねる。その表現に気を取られ、不磨の悲しい表情に気づかずに。
[ .......俺を庇って死んだんだ。俺、死なないのに。ほんとに....馬鹿だ。]
[ .....その.....ごめんなさい。早計でした。]
見たことのない表情を再び見る事になる。それも今までとは比べ物にならない程暗い表情。
[ 普段なら人助けなんてしない俺が、秋を助けたのは、あいつの面影を君に感じたからかもね。.....俺なんかが生きて、あいつが..........だめだ、君の前だと、つい弱音が出るよ。]
[ ....あの.....不磨さんは.,.. ]
[ よっしゃ、さっさと行こうぜ!へへっ ]
少年の言葉を遮る不磨。
暗い感情を軽口で飛ばそうとした様だが、その顔はどこか辛そうだ。
[ ....... ]
少し前を歩く不磨。その背中を見ながら歩く少年だった。