千年の旅路、エデンの石板 〜フリーレンと失われた世界〜   作:龍改二

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第6話 火送りの儀

 

パミラの石小屋を出た三人は、そのまま村の中央にある村長の屋敷へと足を運んだ。

屋敷の中では、立派な髭を蓄えた恰幅のいい村長が、祭りに使う赤い装束の準備に追われていた。フリーレンたちはパミラの予言の件を切り出し、今夜の『ほむら祭り』は危険だから中止、あるいは延期すべきだと提言した――のだが。

 

「な、なんだと!? 今夜のほむら祭りをやめろだと!?」

 

その言葉を聞いた瞬間、村長の顔がみるみるうちに炎のような赤に染まり、屋敷の梁が震えるほどの大声で烈火のごとく激昂した。

 

「ええい、ふざけるのも大概にせい! パミラの婆さんの世迷言なぞを真に受けて、村の一大行事にケチをつけおって! どこの馬の骨とも知れんよそ者が、わしらの神聖な伝統に口を出すなど百年早いわ!!」

 

「百年なんてすぐだけど」

 

「やめてくださいフリーレン様、火に油を注がないでください」

 

間の抜けた声で呟いた師匠の袖を、フェルンが慌てて引っ張って小声で窘める。

しかし、怒りに血が上った村長にはそのやり取りすら届いていない。村長は持っていた祭具を机に叩きつけ、部屋の窓から見える巨大な火山をビシリと指差した。

 

「よいか! ここ数年、この周辺では凶悪な魔物が年々その数を増しておるのだ! 村の若い衆で作った自警団だけでは、もはや増え続ける魔物どもの対処がまるで追いついておらん!!」

 

荒い息を吐きながら叫ぶ村長の拳は、怒りだけでなく、拭い去れない恐怖と無力感で小刻みに震えていた。

 

「わしはこのエンゴウを預かる村長として……何としてもこの村を、村人たちの命を守らねばならん! こんな不安な時代だからこそ、先祖代々わしらを守り導いてくださった炎の精霊様への感謝と、平和への祈りを捧げる儀式は、絶対に欠かすわけにはいかんのだ! 延期などして精霊様の加護まで失うようなことがあれば、この村はいずれ、魔物に食い潰されてしまう!!」

 

肩で息をしながら睨みつけてくる村長に、シュタルクは思わず半歩引き、フェルンも小さく眉をひそめた。

ただ頑迷なだけではない。炎の精霊への篤い信仰心と、何百年と受け継がれてきた伝統行事を自らの代で途絶えさせてはならないという重圧、そして何より、日に日に増していく魔物の脅威から村人たちを守り抜かねばならないという指導者としての強い責任感と焦燥。それらすべてが複雑に絡み合い、彼をここまで意固地に、そして狂信的なまでに追い詰めているのだった。

 

外から来たばかりの旅人がどれほど言葉を尽くしても、彼らがすがる最後の心の拠り所を覆すことはできそうにない。

 

「……分かったよ。無理にとは言わない。ただ、私たちも今夜の祭りと『火送りの儀』に参加させてもらってもいいかな?」

 

フリーレンが淡々と尋ねると、村長は「ふん!」と荒々しく鼻を鳴らして腕を組んだ。

 

「……まあ、よい。よそ者を拒まぬのも精霊様の教えだからの。わしらの祭りがどれほど神聖で立派なものか、その目でしっかりと拝めば、二度とくだらん戯言など口にできんだろう!」

 

吐き捨てるようにして祭りへの参加だけは許可してくれた村長に軽く頭を下げ、三人は屋敷を後にした。

 

* * *

 

やがて日が沈み、エンゴウの村に夜が訪れた。

村のあちこちに篝火が焚かれ、赤い装束に身を包んだ村人たちが手毎に松明を掲げて広場へと集まってくる。熱気と歓声の中、『ほむら祭り』が幕を開けたのだ。

 

そして祭りが最高潮に達した頃、村長を先頭にして、燃え盛る松明を手にした村人たちの長い列が、火山の山頂を目指してゆっくりと登り始めた。祭りの締めくくりである『火送りの儀』である。

フリーレン、フェルン、シュタルクの三人も、万が一の事態に備えた偵察を兼ねて、村人から譲り受けた松明を手にその列へと加わっていた。

 

山頂の火口周辺は、立っているだけでも汗が噴き出すほどの熱気に包まれていた。

村人たちが祈りの言葉を唱えながら、一人、また一人と火口の縁へと進み出て、手にした松明をその中へと投げ込んでいく。

 

やがてフリーレンたちの順番が回ってきた。

 

三人は火口の縁に立ち、その下を覗き込んだ。ゴォォォ……と低い唸りを上げながら、赤黒い溶岩がドロドロと煮えたぎっている。しかし、その光景には明らかな違和感があった。火口の縁から溶岩の湖面までの距離が、火山の規模に対して妙に浅いのだ。そして、立ち昇る炎の揺らめきの中に、自然界のものではない異質な力が混ざり合っている。

 

フリーレンは松明を持った手を止め、翡翠色の瞳を細めて火口の底を見据えた。

 

「……この火山の炎、歪な魔力を帯びているね」

 

フリーレンは赤褐色の杖をわずかに持ち上げ、神経を研ぎ澄ますようにして、溶岩の湖面と岩肌を這う目に見えない魔力の流れを慎重に辿り始めた。幾重にも巧妙に隠蔽され、自然の熱気と馴染ませるように編み込まれた複雑な魔力の糸。数秒間の緊迫した沈黙ののち、その構造を解き明かしたフリーレンの瞳が鋭く細められる。

 

「……大掛かりな魔法陣が火口全体に張り巡らされている。これは、外部から加えられた『熱量』に反応して、段階的に起動する術式だね」

 

隣で同じく火口を覗き込んでいたフェルンが、ハッとして息を呑んだ。そして、後ろに続く松明を持った村人たちの長い列を振り返り、顔を青ざめさせる。

 

「熱量に反応する……? フリーレン様、つまりこのまま村の人たちが火を投げ込み続けると……」

 

「うん。許容量を超えた瞬間に術式が完全起動する。……おそらく、この火山が大噴火するよ」

 

「な、なんだって……!?」とシュタルクが声を上げる中、フリーレンはすぐ傍らで儀式を見守っていた村長へと向き直った。

 

「村長さん、今すぐ儀式を止めさせた方がいい。これ以上、あの火口に火を投げ込んでは駄目だ」

 

「な、何を馬鹿なことを! 昼間に続いて、神聖な火送りの儀の最中にまでケチをつける気か、この不届き者めが!!」

 

村長がこめかみに青筋を立て、顔を真っ赤にして唾を飛ばしながら怒鳴り散らす。しかし、フリーレンは感情を揺らすことなく、冷徹な目で煮えたぎる火口を見下ろした。

 

「人間が平和を祈って行う儀式をそのまま利用して、自分たちの手で故郷を焼き滅ぼさせる……。魔族らしい、ひどく悪趣味で回りくどい術式だね」

 

フリーレンがその言葉を口にした、まさにその直後だった。

村長が怒鳴りつけるだけで制止しなかったため、後ろに並んでいた数人の村人が新たな松明を次々と投げ込んだ瞬間――火口の表面がドクン、と心臓のように大きく脈動した。

 

地底から突き上げるような激しい震動が山頂を襲い、立っていられないほどの揺れに岩肌が軋みを上げる。

 

「うわあああっ!?」

「な、なんだこの揺れは!?」

「山が噴火するぞ、逃げろおおおっ!!」

 

村人たちが次々と悲鳴を上げてその場にへたり込み、あるいはパニックに陥って逃げ惑い始める。その混乱の中、村長だけは血相を変えながらも火口の縁へと必死に歩み寄り、震える膝を地面について両手を天へと掲げた。

 

「し、鎮まりたまえ、大いなる炎の精霊様よ……! 我らはただ、誠の感謝と祈りを捧げておるだけにございます! どうか、どうかお怒りを鎮めてくだされええっ!!」

 

必死に伝承の祝詞を唱え、信仰の力で山の怒りを鎮めようとする村長。

しかし、その祈りに応えるかのように火口の底からぶわっと噴き上がったのは、神聖な精霊の輝きなどではなかった。赤黒い溶岩の隙間から、闇をそのまま煮詰めたかのような『どす黒い魔力の炎』が禍々しく立ち昇り、肌を刺すような冷たくおぞましい瘴気が山頂全体を覆い尽くしたのである。

 

「なっ……く、黒い炎だと……!? ば、馬鹿な、こんな不気味な炎、伝承にはないぞ……!」

 

祝詞を唱えていた村長の声がか細く裏返り、その顔から一気に血の気が引いていく。長年信じ続けてきた精霊の御業とは明らかに異なる、絶対的な破滅の気配。これは精霊や自然の怒りなどではない、本当に取り返しのつかない『ただ事ではない何か』が火口の下で起きているのだと、村長はようやく骨の髄から理解し、ガタガタと震えながら腰を抜かした。

 

「ひ、ひいいぃっ……! た、旅の魔法使い殿……こ、これは一体……わしらの山はどうなってしまうのだ……!?」

 

すがるように見上げてくる村長の横で、フリーレンは噴き上がる黒い炎の向こう、火口の底のさらに奥深くを見据えていた。

 

「このすぐ下から、かなり濃い魔族の気配がするね。……よし、火口へ飛び込もう」

 

あまりにもさらりと言い放たれた言葉に、フェルンとシュタルクは同時に凍りついた。

 

「……はい? フリーレン様、正気ですか? 下は煮えたぎる溶岩ですよ!?」

 

「そうだって! アイゼンじゃあるまいし、飛び込んだら骨まで溶けてなくなるだろ!!」

 

「大丈夫だよ。よく見て、あの溶岩は熱気こそ本物だけど、表面は魔法で作られた偽物の幻影だ。術式を隠すためのカモフラージュだから、飛び込んでも問題ないよ」

 

そう言い切るや否や、フリーレンは二人の返事も待たずに、ひょいと火口の縁から身を躍らせ、煮えたぎる溶岩の海へと真っ逆さまに飛び込んでしまった。

 

「フリーレン!?」

「フリーレン様!?」

 

慌てて下を覗き込むと、フリーレンの身体は溶岩に焼かれることなく、まるで水面をすり抜ける影のようにスッとその下へと消えていった。

 

フェルンはしばしの間、ゴポゴポと泡立つ溶岩の幻影をじっと見つめていたが、やがて深く息を吐いて覚悟を決めると、隣でガタガタと震えて後ずさるシュタルクの腕をガシリと掴んだ。

 

「……行きますよ、シュタルク様」

 

「えっ、ちょ、待てフェルン! まだ心の準備が――うわあああああっ!?」

 

嫌がるシュタルクの悲鳴を置き去りにして、フェルンは力任せに彼を引きずり、火口の真っ只中へと飛び降りた。

 

* * *

 

溶岩の幕を突き抜けた瞬間、視覚的な炎の幻影が霧散し、その下に隠されていた広大な地下空洞が姿を現した。

 

フリーレンとフェルンは着地の直前に飛行魔法でふわりと減速し、シュタルクはドサッと音を立てて硬い岩盤の上に尻餅をついた。「いってて……ほ、本当に偽物だったのかよ……」と胸を撫で下ろす。

 

空洞の周囲には本物のマグマが川のように流れ、赤黒い光が岩肌を照らし出していた。そしてその中央、巨大な魔法陣が刻まれた岩棚の上に、側頭部に一対の太い角を生やした大柄な魔族の男が、腕を組んで立っていた。

 

「……お前だね、この山に噴火の術式を仕掛けているのは」

 

フリーレンが杖を向けて声をかけると、魔族の男は不機嫌そうに眉をひそめ、こちらを見下ろした。

 

「……なんだ、もう気づかれたのか。幻影と火山本来の魔力を巧く混ぜ合わせたつもりだったが。……貴様、エルフか。これだから長命種は嫌いなんだ」

 

「何者だよ、お前! 村の人たちを騙して全滅させるつもりだったのか!?」

 

立ち上がったシュタルクが大斧を構えて吠える。魔族は鼻で笑うと、傲慢な態度で両手を広げた。

 

「なぜ名乗る必要がある? これから火山の藻屑となって死にゆく人間風情に。……まあ、冥土の土産に知りたければ、『炎の巨人』とでも呼んでもらおうか」

 

「……巨人? 少し背が高い程度で、どこが巨人なのですか? 強さを示す誇張表現だとしたら、あまりセンスがありませんね」

 

フェルンが冷ややかに言い放つと、魔族の額に青筋が浮かんだ。

 

「ふん、減らず口を叩く小娘め。……今にわかる」

 

魔族が全身から膨大な魔力を解放した。

ゴゴゴゴゴッ!! と空洞全体が激しく震動し、周囲を流れていた本物の溶岩と巨大な岩塊が、磁力に引き寄せられる砂鉄のように魔族の身体へと猛烈な勢いで纏わりついていく。

みるみるうちに岩石とマグマが融合し、それは文字通り、空洞の天井に届かんばかりの『巨大な鬼の頭部』を模した岩石の怪物へと変貌を遂げた。燃え盛る溶岩の瞳がギョロリと動き、三人を睨みつける。

 

「ほら見ろフェルン、本当にデカくなったじゃねえか!!」

 

「文句を言っている場合ではありません、来ますよ!」

 

シュタルクが地を蹴り、怪物の側面へと回り込んで大斧を叩き込んだ。しかし、超高密度の魔力で圧縮された岩石の装甲は鋼鉄以上に硬く、ガキィンッ! と鈍い音を立てて斧の刃を弾き返した。

同時に、フリーレンとフェルンが後方からゾルトラークの連射を浴びせる。だが、怪物の周囲に渦巻く高熱の炎のオーラと歪められた魔力場が、光の軌道をぐにゃりと曲げて周囲の岩壁へと逸らしてしまった。

 

周囲の壁面が震えるほどの咆哮を上げて、巨人の大きく裂けた岩石の口がカッと開く。

そしてその深奥から超高熱の『溶岩の激流』が迸る灼熱の槍となって吐き出された。

 

「っ、防御魔法――!」

 

フェルンが即座にシュタルクの前に立ち塞がり、大型の六角形の防壁を展開する。

ドンッ!! と凄まじい質量と熱量を持った溶岩の塊が防壁に激突した。しかし魔力の光線を防ぐのとはわけが違う。溶岩の物理的な重量に押され、フェルンの防御魔法にピシリと亀裂が走り、次の瞬間にはガラスのように砕け散った。

 

「フェルン、危ねえ!」

 

突破してきた溶岩の塊の前にシュタルクが飛び出し、大斧の腹を使って力任せに横へと弾き飛ばした。しかし、弾けた溶岩の飛沫がシュタルクの左腕を掠め、ジュッと肉が焼ける音とともに激しい痛みが走る。

 

「ぐっ……!!」

 

「シュタルク様!」

 

「問題ねえ、かすり傷だ! ……くそっ、パミラの婆さんが言ってた『熱い水に注意』って、熱湯じゃなくて溶岩のことかよ! 大雑把すぎるだろ!!」

 

火傷を押さえながら悪態をつくシュタルクの隣へ、フリーレンが静かに進み出た。

 

「……溶岩は溶けて液体になっているけれど、本質は高密度の岩の塊だ。現代の防御魔法は、ああいう巨大な質量攻撃とは相性が悪いからね。……ここは私がやるよ」

 

フリーレンが赤褐色の杖を両手で構える。その足元から、空洞の熱気すら塗り替えるほどの凄まじい魔力が立ち昇った。

 

「『地獄の業火を出す魔法(ヴォルザンベル)』」

 

杖先から放たれたのは、灼熱のマグマの色すら赤黒く塗り潰すほどの、超高熱の紅蓮の業火だった。フリーレンは杖を振るい、その業火を巧みに操ると、炎の巨人を中心にして巨大な『炎のドーム』を形成し、怪物を完全にその内側へと閉じ込めたのである。

 

ゴォォォォッ!! と耳を焦がすような燃焼音が響く中、ドームの内側から魔族の嘲笑が聞こえてきた。

 

『ふはははは! 愚かなエルフめ、血迷ったか! 炎を操る我に対して炎の魔法を使うなど、ただの心地よい湯浴みにしかならんわ!!』

 

「炎の熱だけじゃないよ。そうやって密閉された空間でこれだけの火が燃え続ければ、中の空気がすべて焼き尽くされて、じきに呼吸もできなくなるはずだ」

 

『そうかそうか! 残念だったな! この岩石の肉体となった我は、人間のように息などせずとも死なぬわ!! 魔力の無駄遣いであったな!』

 

余裕たっぷりに嘲笑う魔族の声。

しかし、フリーレンの表情はピクリとも動かなかった。まるで、その反応すら確認作業の一部に過ぎなかったかのように。

 

「……そう。なら、やろうか。……二人とも、ちょっと頼みがある」

 

「ああ、任せろ!」

 

「フリーレン様、指示を」

 

即座に構えるシュタルクとフェルンに、フリーレンは杖で炎のドームを維持したまま、短く的確に告げた。

 

「シュタルク、私の合図で、あの炎の壁の一箇所に穴を空けて。フェルンは、空いたその穴が塞がらないように、防御魔法で筒状に壁を作って維持してほしい」

 

意図は分からないが、二人に迷いはなかった。

フリーレンが「今だ」と合図を送る。シュタルクは全身のバネを使って大斧を振り抜き、炎のドームの側面へ向かって強烈な斬撃の衝撃波を叩き込んだ。

ボフッ! と爆風が炎の壁をほんの一瞬だけ吹き飛ばし、直径数十センチほどの小さな『風穴』が穿たれる。その隙間が周囲の業火で再び塞がるよりも早く、フェルンが五枚の防御魔法を円筒状に連結させて差し込み、外気とドーム内部を繋ぐ一本のトンネルを固定した。

 

ドームの内部は既に空気が完全に焼き尽くされ、さらなる空気を求めてあえぐ炎が朱黒い熱塊となって燻る、『爆発寸前の釜』と化していた。

 

フリーレンは、フェルンが作った防御魔法の筒の入り口へと、自らの杖をそっと向けた。

 

「これはね、昔、風が少なくて蒸し暑い村の人助けをしたときに貰った、ただの民間魔法なんだよ」

 

エルフの魔法使いは、どこか懐かしむように目を細め、静かに紡いだ。

 

「――『涼しい風を出す魔法』」

 

杖先から放たれた爽やかで新鮮な空気の塊が、防護の筒を滑り抜け、炎のドームの内部へと一気に注ぎ込まれる。

 

直後。

すべての音が掻き消えるような、一瞬の完全な静寂。

 

――次の刹那、地下空洞のすべてを圧殺するほどの、破滅的な『大爆発』が起きた。

 

太陽が爆ぜたような轟音が大地を揺らし、火口を突き抜け天を衝く。

 

窒息の極限にあった超高熱の密閉空間に、大量の空気が触れたことで引き起こされた瞬間的な爆燃現象。

 

歓喜の咆哮を上げるように燃え広がった業火は、逃げ場のないドームの中で破壊的な衝撃波を撒き散らし、閉じ込められた魔族を、頑丈な岩石の装甲もろとも木っ端微塵に粉砕した。

 

『いったい何が……ガアアアアアッ!?』

 

何が起きたのかすら理解できないまま、炎の巨人を名乗った魔族は、自らが誇った炎のエネルギーの暴走に呑み込まれ、塵一つ残さず完全に消し飛んだ。

 

爆風が収まり、パラパラと小石が落ちてくる空洞の中で、フェルンとシュタルクは呆然とクレーターになった中心部を見つめていた。

 

「……フリーレン様。今のは……どうしてあんな大爆発が起きたのですか? ただの風を送る魔法でしたよね?」

 

「さあ、細かい理由は知らないけど、ああやって強い炎で密閉した中に勢いよく空気を送り込んだら、なぜか大爆発するんだよ。昔、魔法の実験で色々試していたら偶然見つけてね。近くにいたゼーリエまで爆発に巻き込んじゃって、あの時はすごく怒られたなぁ」

 

「おいおい、原因も分からないままぶっ放したのか……。それが一番おっかねえよ……」

 

シュタルクが引きつった顔でツッコミを入れる中、魔族が消滅したことで地脈の暴走は完全に収まり、周囲の溶岩も静かに元の河床へと引いていった。

 

「それじゃあ、上に戻ろうか」

 

フリーレンはシュタルクの肩口に腕を回すと、そのまま飛行魔法でふわりと浮き上がった。

 

「お……おい、フリーレン、もう少し安定して抱えてくれよ、落ちるって!」

 

情けない声を上げるシュタルクをぶら下げたまま、フリーレンはすいすいと火口の上空へと昇っていく。

その後ろ姿を見送りながら、フェルンはすぐには飛び立たず、魔族が消滅した爆心地へともう一度だけ静かに視線を落とした。

 

自分が放ったゾルトラークの軌道すら捻じ曲げた、あの強固な魔力の炎の装甲。それを木っ端微塵に打ち砕いたのは、高度な攻撃魔法ではなく、かつてどこかの村で貰ったという『涼しい風を出す魔法』――普段なら自分が「くだらない」と切り捨ててしまうような、ごくありふれた民間魔法だった。

 

(……魔法の戦いは、ただ威力の強い魔法をぶつければいいというものではない、のかもしれませんね)

 

自らの手にある木製の杖をそっと握り直し、フェルンは小さく息を吐いた。千年の時を生きる師匠が、なぜ一見すると何の役にも立たないような魔法ばかりを飽きもせず集め続けているのか。その理由の一端に、ほんの少しだけ触れられたような気がしたのだ。

 

「フェルン、置いていくよー」

 

頭上から降ってきたのんびりとした声に、フェルンはハッと顔を上げた。

 

「いま参ります、フリーレン様」

 

紫色の髪を揺らし、フェルンもまた飛行魔法でふわりと宙へ舞い上がると、火口の先に待つ夜空へ向かって、二人の背中を追いかけていった。

 

 

 

 

 

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