千年の旅路、エデンの石板 〜フリーレンと失われた世界〜   作:龍改二

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第7話 湯煙の残滓

 

三人が火口の上へと戻ると、そこには息を切らして山頂まで登ってきていた予言師パミラと、彼女の前に正座させられて小さくなっている村長の姿があった。

 

「もう大丈夫だよ。火口の下にいた魔族は倒したから、噴火することはない」

 

フリーレンが告げると、パミラは火口の魔力が完全に浄化されているのを確かめ、深々と安堵の息を吐いた。

 

「おお……おおっ、本当に災厄の相が消えておる……! ありがとう、本当にありがとう、旅のお方々……!」

 

三人に深く頭を下げたパミラは、次の瞬間、隣で縮こまっている村長へと向き直り、持っていた杖で地面をビシッと叩いた。

 

「――それに引き換え、おぬしという奴は!! ほれ見ろ、わしの言った通りじゃろうが! 旅のお方々がおらなんだら、今ごろこのエンゴウは火の海に沈んで滅びておったのじゃぞ!! 伝統だの体面だのにしがみついて、挙句の果てに恩人に向かって逆ギレしおってからに! 少しはその石頭を冷やして反省せい、この大馬鹿者めが!!」

 

「ひ、ひいいぃ……面目ない、すべてわしが悪かった……!」

 

パミラに頭ごなしにこってりと絞られ、先ほどまでの傲慢な態度はどこへやら、村長は借りてきた猫のように肩をすぼめて平謝りしている。やがてパミラに「ほれ、わしにではなく、そちらのお方々に謝らんか!」と背中を叩かれ、村長はフリーレンたちの前へと這いずるように進み出て、地面に額を擦り付けた。

 

「た、旅のお方々、本当に申し訳なかった……! わしが頑固な愚か者であった……! パミラの婆さんの言う通り、お前さんたちはこのエンゴウの救世主、炎の精霊様の遣いだ! 非礼の数々、どうか許してくだされ……!」

 

涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにしながら頭を下げる村長に、フリーレンは「別にいいよ。村が無事ならそれで」と興味なさげに手を振った。

すると村長は、涙を拭いながら立ち上がり、震える手で自分の松明を掲げた。

 

「……魔物の脅威が去ったのなら、今度こそ誠の感謝と反省を精霊様に捧げねばならん。……旅のお方も、どうかわしらの贖罪の証として、改めて『火送りの儀』に参加していってはくださらんか」

 

村長から恭しく新しい松明を手渡され、フリーレン、フェルン、シュタルクの三人は顔を見合わせて頷いた。

三人は火口の縁へと並び立ち、静まり返った火山の底へ向かって、手にした松明を同時に投げ入れる。

 

赤い炎が弧を描いて闇の底へと落ちていく。

その火が火口の底に届いた瞬間――まるでそれが合図であったかのように、火口の奥底から眩しく蒼白い光が噴き上がり、三人の身体を呑み込んだ。

 

「っ、この光……!」

 

「また、元の時代に戻るみたいだね」

 

遠ざかっていくパミラや村人たちの歓声を背に、三人の意識は再び、時空の奔流へと溶けていった。

 

* * *

 

蒼白い光の奔流がすっと引き、視界を覆っていた眩しさが消え去ると、三人の耳に届いたのは穏やかな風の音だった。

 

「……ん。戻ってきたみたいだ」

 

フリーレンが目を瞬かせながら周囲を見回す。

そこは先ほどまでいた火山の山頂――火口の縁だった。しかし、夜空を焦がしていた赤黒い噴煙や、肌を焼くような熱気、そして松明を掲げた村人たちの姿はどこにもない。頭上にはどこまでも澄み切った青空が広がり、大気中の魔力も現代の穏やかな濃度へと落ち着いていた。

 

「おい、火口の中を見てみろよ!」

 

シュタルクが縁から身を乗り出して下を指差した。

かつてドロドロと溶岩の幻影が渦巻き、不気味な魔力を放っていた火口の底は、今や完全に冷え固まった灰色の岩盤で塞がれていた。その窪みには雨水でも溜まったのか、小さなエメラルドグリーンの火口湖が静かに水を湛え、白い湯気がのどかに立ち昇っている。

 

「火山の活動そのものが、すっかり落ち着いているみたいですね。……あの後、噴火することもなく無事に時代が繋がったということでしょうか」

 

フェルンが安堵したように胸を撫で下ろす。三人は穏やかな日差しの中、山道を下って現代のエンゴウの村へと向かった。

 

麓に広がるエンゴウの村は、数百年前の忙しなく浮き足立った空気と似たようでどこか異なる、妙な賑わいを見せていた。

かつての質素な石造りの家々は改装され、あちこちに真新しい木の看板や、観光客向けの派手なノボリが立てられている。道行く村人たちに話を聞いてみても、誰もが「もうすぐこの村は大儲けできるぞ!」と鼻息を荒くしているばかりだった。

 

しかし、少し詳しく話を聞いてみると、かつてあれほど熱狂的だった『ほむら祭り』や『火送りの儀』はとうの昔に廃れて無くなっており、それどころか、かつて火山が噴火の危機に瀕したことや、村を守った予言師パミラのことなど、誰一人として覚えてはいなかったのである。

 

「炎の精霊様? ああ、昔はそんなお祭りもあったらしいねえ。でもほら、今の山はすっかり大人しいし、何より麓から極上の『温泉』が湧き出たんだ! これからは信仰なんかより、湯治場として一発当てる時代さ!」

 

恰幅のいい商人風の男が、そろばんを弾きながら豪快に笑って去っていく。

その背中を見送りながら、シュタルクは複雑な表情で頭を掻いた。あんなに命懸けで守った伝統の祭りだったというのに、当の子孫たちは見事なまでに綺麗さっぱり忘れているのだ。

 

そんな中、村の中央にある屋敷の前で、一人の老人が寂しげにため息をついているのが目に入った。現代のエンゴウの村長だった。

老村長は旅装束の三人を見ると、すがるような目で声をかけてきた。

 

「おお、旅のお方……。もしお時間があるなら、少しばかりわしの頼みを聞いてはくださらんか。もちろん、できる限りのお礼はいたしますゆえ」

 

話を聞けば、温泉ブームに沸く村の現状を憂いた老村長が、せめて村の象徴であった『炎の精霊像』だけでも綺麗にしてやりたいのだが、若い連中は金儲けに夢中で誰も手伝ってくれず、自分一人では腰が痛くて掃除ができないのだという。

 

「そういうことなら。報酬は期待してるよ」

 

フリーレンが快く引き受け、三人は老村長に案内されて精霊像のある場所へと向かった。

かつては村の中心広場に誇らしげに鎮座していたはずの巨大な『炎の精霊像』は、宿屋や土産物屋の建設ラッシュの邪魔になったらしく、今では村の片隅の薄暗い空き地へと追いやられていた。表面にはびっしりと緑色の苔が生え、蜘蛛の巣が張り、見る影もなく寂れ果てている。

 

バケツとタワシを受け取ったフェルンは、そのあまりにも侘しい精霊像の姿を見上げ、小さく息を吐いた。

 

「……なんというか、本当にこれでよいのでしょうか。過去ではあんなに大切に祀られていた精霊像が、今ではこんな隅っこで忘れ去られているなんて」

 

少し感傷的になったフェルンの隣で、フリーレンはタワシに水を浸しながら、いつもの淡々とした声で言った。

 

「いいんだよ、フェルン。人間の信仰だって永遠じゃない。それにね、神様や精霊に必死にすがらなくなったっていうのは、それだけこの村が平和になって、日々の暮らしに怯える必要がなくなったってことなんだから」

 

「……そういうもの、でしょうか」

 

「そういうものだよ。あんな怖い噴火の危機なんか、忘れ去られるくらいがちょうどいいんだ」

 

千年の時の中で、数え切れないほどの信仰の興亡を見届けてきたエルフの言葉には、不思議な説得力があった。

するとシュタルクが、腕まくりをしながら明るく声を上げた。

 

「まあ、村が平和で元気ならそれでいいじゃねえか! なあ、せっかくだしさ、この掃除が終わったら俺たちもその自慢の温泉とやらに入って、旅の疲れを癒やしていこうぜ!」

 

「……温泉、ですか。確かに、先ほどの火山で汗と埃にまみれましたし、悪くない提案ですね」

 

フェルンの紫色の瞳が、わずかにキラリと輝いた。彼女は即座に気合を入れ直すと、隣でまだぼんやりしている師匠へと向き直った。

 

「それなら、さっさと作業を終わらせましょう! フリーレン様、出番ですよ。以前、像をピカピカに綺麗に磨く魔法をもらっていましたよね!」

 

「ああ、『銅像の錆を綺麗に取る魔法』のこと? それなら今回は使えないよ。これ、銅像じゃなくて石像だし」

 

フリーレンが指でコツコツと石像の表面を叩く。

フェルンは一瞬で表情を無にし、氷のように冷ややかなジト目で師匠を見下ろした。

 

「……やっぱり、底抜けにくだらない魔法ですね。肝心な時に何の役にも立ちません」

 

「ちょっとフェルン、心外だな。今回たまたま材質が違って使えなかったことと、魔法そのものがくだらないことは全然違うよ……」

 

ぶつぶつと文句を言いながらも、フリーレンたちは三人で手分けをして、タワシでゴシゴシと精霊像の苔を落とし始めた。

 

しばらく無言で磨いていると、脚立に乗って精霊像の胸元あたりを洗っていたシュタルクが、「おや?」と手を止めた。

分厚い苔と泥の層を洗い流すと、石像の首元に、精巧な首飾りの意匠が彫り込まれているのが現れたのだ。そして、ちょうどそのペンダントトップにあたる窪みに、周囲の石材とは明らかに材質の異なる『緑色の石板の欠片』が、飾り石のように嵌め込まれていたのである。

 

「おい、フリーレン、フェルン! これを見てくれよ!」

 

下にいた二人が見上げる。フリーレンが目を細めると、その緑色の石片からは、間違いなくあの神話時代の魔力が微かに放たれていた。

 

掃除を終えた後、様子を見にやってきた老村長にその石片のことを尋ねてみると、老村長は「ほほう、そんなところに綺麗な石が嵌まっておったとはな」と感心したように頷いた。フリーレンたちが、旅の都合でこの石片を譲り受けたいと事情を説明すると、老村長は快く首を縦に振った。

 

「構いませんとも。今やこの精霊像に祈りを捧げる者もすっかり減りましたし、首元の飾りが一つ無くなったところで、気にする者などおりますまい。綺麗にしていただいたお礼じゃ、あなた方の旅に役立つのなら、報酬の一部としてどうぞ持っていきなされ」

 

こうして思いがけず新たな石板の欠片を手に入れた三人は、老村長から報酬の路銀とは別のオマケに貰った『開湯したばかりの露天風呂の無料・貸切入浴券』を手に、意気揚々と村の外れへと向かった。

 

* * *

 

村の外れにある源泉地帯では、さらなる湯脈を掘り当てようと、今も村の男たちがツルハシやシャベルを振るって盛んに地面を掘り返していた。そのすぐ傍らに、真新しい木の塀で囲まれた立派な温泉施設が建っている。

 

「じゃあ、俺は先に入ってるぜ! あー、楽しみだなあ!」

 

シュタルクは鼻歌交じりに『男』と書かれた暖簾をくぐり、脱衣所へと消えていった。フリーレンとフェルンも、反対側にある『女』の暖簾をくぐる。

 

木の香りが漂う清潔な脱衣所で服を脱ぎ、白いバスタオルを身体に巻いたフリーレンとフェルンは、湯気の立ち込める岩造りの露天風呂へと足を踏み入れた。

 

「ふぅ……いい匂いだね。温泉に浸かれるのは久しぶりかな」

 

「本当ですね。ゆっくり温まりましょうか――」

 

フェルンがそう言いながら、湯気の向こうにある広い湯船へと視線を向けた、その瞬間だった。

 

湯船の真ん中で、頭に手ぬぐいを乗せ、「あ〜、極楽極楽……ちょっと湯加減が熱めだけど、戦士の身体にはこれが染みるぜ……」と目を閉じて気持ちよさそうに湯に浸かっている、見慣れた赤髪の男の姿があった。

 

ピシリ、と露天風呂の空気が凍りつく。

人の気配に気づいてうっすらと目を開けたシュタルクと、バスタオルを握りしめたまま立ち尽くすフェルンの視線が、湯気越しにバッチリと交錯した。

 

シュタルクの顔から、一瞬にしてすべての血の気が引き、真っ青になって目玉が飛び出さんばかりに見開かれる。

対照的に、フェルンの顔は耳の先端に至るまで茹でダコのように真っ赤に染まり、その全身から火山の大噴火すら生ぬるく思えるほどの殺気と魔力が噴き上がった。

 

「「……は?」」

 

二人の低い声がハモる。

その一触即発の沈黙の中で、ただ一人、フリーレンだけがトコトコと湯船の縁まで歩いていくと、仕切りの壁が途中で途切れているのを見て、納得したようにポンと手を打った。

 

「なるほど。脱衣所だけ別々で、中は繋がってる『混浴』ってやつみたいだね」

 

「なっ、こ、混浴!? ち、違うぞフェルン、俺は知らなかったんだ! わざとじゃ――」

 

シュタルクが慌てて弁明しようと立ち上がりかけたが、フェルンの理性はすでに限界を突破していた。彼女は無言のまま片手を突き出し、その指先に魔力を収束させ始めた。

 

「あ、ダメだよフェルン! 杖無しで咄嗟に魔法を撃ったら、魔力の指向性が乱れて狙いが定まらな――」

「――ゾルトラーク!!」

 

フリーレンの制止を振り切り、フェルンの指先から白紫の閃光が放たれた。

もちろん、いかに激昂しているとはいえフェルンも鬼ではない。直撃すればシュタルクが消し炭になるため、ある程度は手加減され、狙いもわずかに逸らされてはいた――が、それでも露天風呂の温水を盛大に吹き飛ばすには十分すぎる威力だった。

 

ドガアアアアンッ!! と凄まじい水柱と爆音が上がり、湯船のお湯が熱湯の豪雨となって降り注ぐ。

 

「あ、危ねえええっ!! 熱っ、お湯が熱いっ!! うわあああああっ!!」

 

文字通りの『熱い水』と魔法弾の嵐を浴びながら、シュタルクは腰にタオルを一枚巻いただけで、泡を食って湯船から飛び出した。

 

(パミラの婆さん……! 『熱い水に気をつけよ』って、溶岩だけじゃなくてこのことだったのかよっ!! もっと細かく予言しといてくれよおおっ!!)

 

背後から容赦なく飛んでくる二発目、三発目の光線を曲芸のような身のこなしでかわしながら、シュタルクは悲鳴を上げて脱衣所へと逃げ帰っていった。

 

* * *

 

「……まったく、とんだ災難でした」

 

「だから言ったのに。フェルンが暴れたせいで、お湯が半分くらい無くなっちゃったよ」

 

ひとしきり魔法をぶっ放してスッキリしたのか、何事もなかったかのように湯から上がり、服を着直したフェルンとフリーレンが外へと出てくると、先ほど命からがら逃げ出したシュタルクが先に着替えを済ませ、浴前より遥かに疲れ果てた姿で壁に寄りかかっていた。

 

そのボロボロな姿を見ていたフリーレンが、ふと温泉施設の入り口に掲げられた木札に目を留め、「あ」と声を上げた。

 

「ねえフェルン。よく見たら、入り口の看板の隅っこの方に小さく『混浴』って書いてあったね。これ、気づかなかったこっちも悪いよ」

 

「……え」

 

フリーレンに指摘されて看板を確認したフェルンは、バツが悪そうに視線を泳がせた。頭が冷えてみれば、シュタルクに非がないことは明白であり、さすがに杖なしでゾルトラークを連射したのはやりすぎたという自覚が湧いてくる。

 

フェルンは少しの間モジモジと指先を絡めていたが、やがて観念したようにシュタルクの前へと歩み寄り、むすっとした表情で顔を背けながらも小さく頭を下げた。

 

「……そう、ですね。その……確認もせずに撃ってしまって、すみませんでした、シュタルク様」

 

「う、うん。こっちもごめんな、フェルン。でも本当にわざとじゃなかったんだ。……あの、もう怒ってない?」

 

恐る恐る顔色を窺うシュタルクに、フェルンは頬をわずかに膨らませ、「……気が付かなかったのは、シュタルク様も同じですからね」と小声で憎まれ口を叩きつつも、その瞳からはすでに怒りの色は消えていた。シュタルクはホッと胸を撫で下ろし、ようやく安堵の息を吐いた。

 

と、その時である。

すぐ近くの源泉掘削現場から、「おい、何か出たぞ!」「温泉じゃねえ、こりゃあ一体なんだ!?」という村人たちの大きな怒号とざわめきが聞こえてきた。

 

「ん? なんだろう、何か掘り当てたみたいだね」

 

気になった三人が掘削現場へと足を運んでみると、大きく掘り返された地面の底に、土に埋もれていた古い石造りの階段と、頑丈そうな『石扉』が姿を現していた。温泉を掘っていたつもりが、偶然にも地下に眠っていた古代の遺跡を掘り当ててしまったらしい。

 

「なんだこりゃあ、押しても引いてもビクともしねえぞ。お宝でも眠ってるのか?」

 

困惑する村人たちの後ろから、フリーレンがひょいと顔を出した。

 

「その扉、古い魔法の結界で閉ざされているだけだよ。さっき村長さんからオマケの温泉券も貰ったし、お礼に私たちが開けてあげようか?」

 

「おお、本当かい嬢ちゃん! そいつは助かる、ぜひ頼むよ!」

 

村人たちに道を開けてもらい、フリーレンは石扉の前へと降り立った。ウッドパルナの鉱山にあったものと同質の、劣化した古代の結界。フリーレンが杖先で軽く触れて解除の魔力を流し込むと、パリンと乾いた音がして結界が砕け、石扉が重々しい音を立てて内側へと開いた。

 

「おおーっ、開いたぞ!」と歓声を上げて中を覗き込んだ村人たちだったが、すぐに拍子抜けしたように肩を落とした。

 

「なんだこりゃ……金銀財宝どころか、変な石の台座が一つあるだけじゃねえか。チェッ、ただの古い祠かよ。ほら、あっちを掘るぞ!」

 

期待外れだったらしく、村人たちはすぐに興味を失い、再び別の場所の掘削へと戻っていってしまった。

誰もいなくなった遺跡の入り口で、フリーレン、フェルン、シュタルクの三人だけが静かに顔を見合わせる。

 

薄暗い石室の奥に鎮座していたのは、間違いなく、これまでと同じ『石板の台座』だった。そこにはすでに数枚の緑色の石板が嵌め込まれており、最後の一角だけがぽっかりと空いている。

 

「……さっきの緑色の石板が、またピッタリ嵌まりそうだな」

 

シュタルクが苦笑混じりに呟く。もはや驚く段階は過ぎ、これが自分たちの旅の必然であるかのようにすら感じられた。

 

フリーレンは懐から、精霊像の首飾りになっていた緑色の石板の欠片を取り出すと、静かに台座の前へと歩み寄った。

 

「フリーレン様。……もう行くのですか? まだ髪も乾ききっていませんが」

 

「うん。お湯が熱すぎて、ちょっとのぼせちゃったからね。ちょうどいい風にあたりに行こうよ」

 

冗談めかして笑うフリーレンの背中に、フェルンは「やれやれ」と小さく肩をすくめ、シュタルクは『熱い水』のヒリつき感が残る腕をさすりながら大斧を握り直した。

 

「よし、次はどんな時代か知らねえが、熱いお湯と溶岩がないところだといいな!」

 

二人の視線を背に感じながら、フリーレンは緑色の石板を台座の窪みへと重ね合わせ、迷いなく押し込んだ。

 

ガコッ、と澄んだ音が石室に響き渡り、溢れ出した蒼白い光が三人の姿を優しく包み込んでいく。

忘れ去られた過去の祈りと、変わりゆく現代の営み。その狭間を駆け抜ける一行は、次なる時代へと再び旅立っていった。

 

 

 

 




あとがき

これにて第2章「激憤のエンゴウ」は結びとなり、物語は第3章「沈黙のオルフィー」へと続きます。
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