ストライクウィッチーズ ― あの空の続き ― 作:r3ir3i
## Scene 01 ―― 朝の格納庫
翌朝の格納庫に、金属を軽く叩く音が響いていた。
「……こっちは、これでよしっと」
アブソルは工具を置き、試製秋水の接続部をもう一度確かめた。昨夜シャーリーと話し込んだ改良案には、まだ手をつけていない。今日のところは、今のまま問題なく飛べるようにしておくのが先だった。
「シノ、ちょっと動かしてみて」
「分かった」
志乃が、指定された部分に手を添える。アブソルは計器の針の動きを追い、満足そうに頷いた。
「うん。大丈夫そう」
「ありがとう。これで一段落かな」
「あとは、次に飛んだとき、どのくらい負荷が残るか……」
格納庫の入口から、足音が近づいてきた。軽く、少し遠慮がちな歩き方だった。
「おはようございます」
「あ、リーネ! おはよう!」
「おはようございます、ビショップ曹長」
リーネは作業台の上を見て、目を丸くした。
「もう整備を始めていたんですか?」
「うん、昨日の続き!」
「シャーリーさんも、今朝から何か楽しそうに作業してました」
「あははっ、分かるなあ。私も後で見に行こうかな」
「まずは朝ご飯じゃない?」
志乃が言うと、アブソルは「あっ」と声を上げて工具を片づけ始めた。リーネが小さく笑う。
「食堂では、もう皆さん集まり始めてましたよ」
「……急に手際がよくなったね」
「ご飯の時間は大事なの!」
―――
食堂は、昨日までよりずっと声が多かった。
シャーリーはルッキーニの皿からパンを取り返させているところで、ハルトマンはバルクホルンから今朝の予定を聞かされていた。
「だからエーリカ、今日は午前中から待機だと――」
「分かってるって。まだ寝てないだけ偉いでしょ?」
「その理屈は何だ!」
少し離れた席では、ペリーヌが静かに紅茶を飲んでいる。
「……朝から騒がしいですわね」
「でも、久しぶりに皆さんが集まって、嬉しいです」
リーネが言うと、ペリーヌもわずかに表情を和らげた。
「それは、まあ……そうですわね」
「シノー! こっち、こっち!」
ルッキーニが手を振り、志乃はその声の方へ向かった。皆が揃ったところで、ミーナが書類を開いた。
「朝食中にごめんなさい。今日の午後、エイラさんとサーニャさんが到着する予定よ」
「おっ、あの二人も来るのか!」
シャーリーが顔を上げた。
「また夜が賑やかになるかなあ」
「サーニャは夜間哨戒を担当するのだから、昼は休ませてやらねばならん」
ハルトマンとバルクホルンのやり取りを聞きながら、志乃は小さく首を傾けていた。
「……サーニャ?」
「知ってる人?」
隣のアブソルが声を落とした。
「……前に、同じ名前のウィッチと任務に就いたことがあるんだ。でも、その人が501だったかどうかは、聞いたことがなくて」
「そっか」
アブソルは、それ以上訊かなかった。
「それと、今日は周辺空域の警戒を少し厚くします。連絡があれば、すぐ出られるようにしておいてください」
## Scene 02 ―― 出撃命令
午前十一時を少し過ぎた頃、前線監視所から通信が入った。
『ベルギカ西部、鉄道輸送路付近にネウロイを確認。中型一、随伴する小型二。南東方向へ移動中。付近の列車は停止、退避を開始しています』
ミーナは地図に書き込まれた位置を見つめた。基地からそう遠くない。敵が輸送路へ向かえば、人員や物資だけでなく、復旧途中の施設にも被害が及ぶ。
「四機で十分対応できる距離だろう。ただ、敵が増える可能性はある」
隣のバルクホルンが言った。
「ええ。だから、後続の警戒にも人を残したいの」
ミーナは少し考えた。訓練を終えたばかりの二人と、経験豊かな501の仲間。試してみたい組み合わせがあった。
「柊少佐、クルス大尉。それから、ビショップ曹長とクロステルマン中尉を呼んでください」
―――
作戦室の大きな地図の前に、四人が並んだ。
「任務は、輸送路へ接近するネウロイの迎撃です。地上部隊は退避を進めていますが、線路の近くには民間の作業員もいるそうよ」
ミーナは、志乃に向けて地図の要点を一つずつ言葉にした。線路の向き。集落の位置。退避場所。
「柊少佐。現地では、あなたに四機の指揮をお願いします」
志乃が、わずかに顔を上げた。
「……私が、ですか」
「あなたには、いくつもの戦域で、違う部隊と飛んできた経験があります。今日は、それを生かしてほしいの。ただし敵が増えたり、退避が終わらなかったりしたら、無理に攻め込まないで。増援はこちらで用意します」
志乃は短く考え、頷いた。
「承知しました」
―――
格納庫で、アブソルが試製秋水の外装を閉じた。
「シノ、準備できたよ。高出力は使える状態にしてある。でも今日の相手なら、要らないかもね」
「状況を見て判断するよ。ありがとう」
その傍らで、リーネが長い銃を確かめていた。志乃はそちらへ顔を向けた。
「ビショップ曹長。今日の射撃位置は、あなたが取りやすい場所を優先してください。私が前に出るときも、無理に追いかけなくて大丈夫です」
「は、はい! でも、柊少佐の位置は見失わないようにします」
「助かります」
手袋を整えていたペリーヌが、二人に向き直った。
「柊少佐。私は、敵の接近を止める役目でよろしいですの?」
「ええ。小型の動きが速ければ、そちらをお願いします。輸送路へ近づく敵がいれば、優先して押さえてください」
「承知しましたわ」
「私は中型を見ておくね。シノが入る前に、装甲を崩せると思う」
「うん。頼りにしてる」
志乃は少し間を置いて、三人の方へ顔を向けた。
「ただ、敵の出方はまだ分かりません。気づいたことがあったら、遠慮なく教えてください。私には分からないことも、きっとありますから」
「はい」
「もちろんですわ」
アブソルが笑った。
「いつもどおりだね」
## Scene 03 ―― 輸送路の空
四機が、サン・トロンを飛び立った。
先を行くのは志乃。その斜め後方にアブソル、左右に間隔を空けてリーネとペリーヌが続く。眼下には農地が広がり、その間を一本の線路が走っていた。線路脇の作業場には、復旧用の資材が積み上げられている。
『柊少佐。監視所から、敵はさらに東へ移動中とのことです。列車は停止したまま、乗員と作業員は退避場所へ移っています』
リーネの報告に、志乃は頭の中で地形を組み立てた。線路の向き。集落までの距離。丘の起伏。近づけば形は捉えられる。けれど遠くの地形や、まだ届かない敵の動きまでは分からない。そこは、仲間の声に頼る。
『……見つけた』
アブソルの声だった。
『中型一、小型二。小型が少し前に出てる。中型は速度を落として、こっちへ向きを変えそう』
『了解。クロステルマン中尉とビショップ曹長は、小型二機を。輸送路へ抜けるものを優先して止めてください。中型は、私とアブソルで』
『承知しましたわ』
『はい!』
雲の下に、ネウロイが姿を現した。厚い外殻を持つ中型と、その前を不規則に飛び回る二つの小型。
志乃が、すっと速度を上げた。アブソルは後を追わなかった。高度を少し下げ、中型から離れるように外側へ弧を描いていく。
『……あら?』
ペリーヌの声が漏れた。最初は、モスキートの機体が秋水についていけなくなったのかと思った。けれど、アブソルの動きには迷いがない。志乃が右へ切り返したときには、アブソルはもう、敵の左側面が見通せる位置へ回り込みつつあった。
二人は離れている。速度も高度も違う。それなのに、互いの射線を一度も横切らない。
『……クロステルマン中尉』
『ええ、見ていますわ。あれほど離れて、どうやって合わせているのかしら』
リーネは答えを持っていなかった。
『小型、来ます!』
考えている暇は、なかった。
―――
最初に小型の進路を塞いだのは、ペリーヌだった。
『そちらへは行かせませんわ!』
掲げた腕から、青白い雷光が走った。トネール。稲妻に進路を横切られた小型は、反射的に向きを変え、線路から離れて丘の方へ逃れていく。
『一機、輸送路から離れました!』
『ありがとうございます。そのまま押さえてください』
もう一機は、高いところから降下してきた。リーネが銃を構える。敵の速度、角度、自分の機体の揺れ。狙いを整え、引き金を引いた。
外装が砕け、小型が大きく姿勢を崩す。
『命中! でも、まだ飛んでいます。クロステルマン中尉、そちらへ抜けます!』
『分かっていますわ!』
ペリーヌは敵を自分の前へ通し、すぐに上昇してその逃げ道へ回った。もう一度、雷光。敵の動きが止まる。
『今ですわ、リーネさん!』
二発目の銃声で、亀裂の奥の核が砕けた。小型は光の破片になって崩れた。
『小型一機、撃破しました!』
『お見事ですわ。残りは私が追います。リーネさんは、中型にも気を配ってくださいな』
リーネが顔を上げた先で、志乃とアブソルが、また大きく離れていった。今度は、理由が少しだけ分かった。アブソルは側面を狙える位置へ移っている。志乃は、その間に中型がアブソルの方を向かないよう、正面寄りを飛んでいる。それでいて、敵を引きつけ続けるわけではない。アブソルの銃口が敵を捉える頃には、志乃はもう射線の外へ抜けていた。
『……撃つよ、シノ』
『お願い』
重い銃声が響いた。二十ミリの弾が中型の側面に当たり、厚い装甲に亀裂が走る。
『命中。まだ浅いね。同じところをもう一度』
明るさの消えた、アブソルの声だった。
『分かった。進路を開ける』
志乃が上昇するのとほとんど同時に、アブソルが高度を合わせ直した。
『……すごい』
射撃位置が決まってから、志乃が避けているのではない。次の弾が通る場所から、もう離れている。合図らしい合図も、ほとんどなかった。
―――
中型の外殻が開き、赤い光線が志乃へ放たれた。
『シノ、正面!』
警告とほとんど同時に、志乃は機体を傾けた。光の大部分をかわし、すぐ脇を通る軌道だけを、空間を歪めて外へ逸らす。その場には留まらない。中型が向きを変えるより早く、装甲の傷んだ側へ回り込もうとする。
その先に、アブソルが射撃位置を取っていた。
『もう一発。シノ、少し外へ』
二発目の弾が、さっきの亀裂を打った。装甲の一部が大きく剥がれる。
『崩れた! あそこからなら入れると思う』
『うん。行ってみる』
志乃が降下に入った、そのときだった。
『柊少佐、上方から小型が接近しています!』
リーネの声が割り込んだ。残っていた一機が、ペリーヌの前から急旋回して、志乃の上方へ回ろうとしていた。志乃にも、その形は捉えられていた。ただ、どの角度から撃ってくるかまでは読み切れない。
『距離、縮まっています。右上です!』
『ありがとうございます。そちらはお任せします』
志乃は無理に突っ込まず、進入の角度だけを少し変えた。小型への対応は、二人に預ける。
『もちろんですわ!』
雷光が一閃し、急に高度を変えた敵へ、リーネの銃口が向いた。
『今度こそ!』
装甲が砕け、露出した核に続けて弾が入った。
『小型二機、撃破しました!』
『助かりました』
ペリーヌが中型へ目を戻すと、志乃とアブソルは、また別々の方向へ動き出していた。
『シノ、装甲が開いたところ、まだ残ってる。左下から入れるよ』
『柊少佐、敵の下側、砲口が開きかけています!』
アブソルとリーネの声が、続けて届いた。
『了解。下からは入りません』
志乃は、攻撃の正面をわずかに外した。四人の報告が、一つの戦いの中でつながっていく。
―――
小型を失った中型が、身体を大きく回した。今度は、アブソルへ砲口を向ける。
『こっちに来たね』
アブソルは鋭く切り返さず、広い弧で進路を変えた。光線が放たれる。機体を落ち着かせて、シールドを張った。淡い光の面が、直撃を受け止める。
『……っ!』
受け止めたのは一撃だけだった。続けて浴びれば、もつとは限らない。アブソルはシールドを解き、速度を殺さずに横へ抜けた。
敵の砲口が、彼女を追う。志乃が狙っている側面から、注意が外れた。
『シノ、今なら行ける!』
返事より先に、志乃は動いていた。
黒いケープが風を孕む。両袖の内側から、二振りの刀身が滑り出た。反りのない、細長い黒い刃。尖らない切先が、光を受けても鈍い輪郭を保っている。
最初の一振りが、弾丸で脆くなった装甲の端を斬り裂いた。二振り目が、剥がれかけた板の奥へ入る。外殻がちぎれ、内部へ続く裂け目が広がった。
『……あっ』
リーネが息を呑んだ。近い間合いで戦うウィッチがいることは知っている。けれど志乃は、傷のない装甲を力任せに割っているのではなかった。アブソルの弾が作った亀裂だけを正確に拾い、そこから刃を通していく。一撃ごとに、次の道ができる。
『……なんという連携ですの』
ペリーヌが呟いた。アブソルが装甲を弱らせ、志乃がそこを斬る。敵が回ろうとすれば、アブソルが次の射撃位置へ移る。別々に戦っているようでいて、すべての動きが一つの攻撃へ続いていた。
『シノ、右の板が戻る!』
『分かった』
右の刃を引き、左の刃で外殻の継ぎ目を断つ。敵が身をよじり、剥がれた装甲の内側に、赤い輝きがのぞいた。
『柊少佐、核です! 裂け目の奥、中央より少し下!』
リーネが叫んだ。
志乃は、露出した内部の形を捉え直した。色は分からない。核を見分けるのに要るものは、今、リーネが教えてくれた。
『了解。ありがとう』
『柊少佐、射線が来ますわ!』
ペリーヌの声に、志乃は一度軌道を外した。その背後で重い銃声が響き、アブソルの弾が開きかけた砲口を打って、敵の姿勢を崩した。
『今だよ、シノ!』
『うん!』
秋水の推進音が鋭くなる。高出力には入れない。要るのは、今できた隙へ届く距離だけだった。
右の刃が、残った薄い外殻を払う。左の刃が奥へ走り、硬いものが砕ける手応えが返ってきた。続く右の一振りが、その中心を斬り抜く。
中型の動きが止まった。全身に亀裂が広がり、光の破片になって崩れていく。
『……撃破』
『中型、消滅確認!』
『三機とも、撃破しました!』
『こちらでも確認しました。皆さん、お疲れさま。周辺の安全を確かめて、帰投してください』
ミーナの声に、志乃は二振りの刀を袖へ収めた。
―――
輸送路の上空をひと回りし、新しい敵がいないことを確かめてから、四機は基地へ向かった。
『皆さん、ありがとうございました。おかげで、予定どおり終えられました』
『こちらこそですわ。……それにしても、柊少佐。あの方と、いつもあんなふうに飛んでいらっしゃるの?』
ペリーヌの声が、少し真剣になっていた。
『アブソルとですか? ええ、そうですね』
『……そう、ですの』
訓練生の頃から一緒だとは、出撃前に聞いていた。けれど、長く組んでいるという言葉だけでは、あの飛び方は想像できなかった。
『私、最初はクルス大尉が置いていかれたのかと思ったんです』
リーネが言った。
『でも、全然違いました。次に少佐が向かう場所を、先に押さえていたんですね』
『シノが速いからって、私まで同じように飛んだら危ないもん。だから、私がやりやすい場所から狙うの』
アブソルが笑った。
『小型を任せられてよかったです。あの二機を押さえてもらえなければ、中型への攻撃は続けられませんでした。核の位置も教えてもらえましたし』
志乃が言うと、ペリーヌの声が少し柔らかくなった。
『……お役に立てたなら、何よりですわ』
『次は、もっと上手く合わせられるようにしたいです』
『十分、助けられましたよ。これから、一緒に覚えていきましょう』
## Scene 04 ―― 帰りを待つ人
同じ頃、サン・トロン基地の宿舎の前に、一台の軍用車両が停まった。
降りてきたのは、二人のウィッチだった。淡い色の髪を風に揺らす、落ち着いた表情の少女。サーニャ・V・リトヴャク中尉。その隣で、見慣れた基地を前に嬉しそうに笑っているのが、エイラ・イルマタル・ユーティライネン中尉だった。
「着いたな、サーニャ!」
「……うん」
「なんか、前より人が増えてるみたいだな」
宿舎の入口から、ミーナが出てきた。
「エイラさん、サーニャさん。お帰りなさい」
「ただいま、ミーナ!」
「……ただいま戻りました」
―――
司令室で書類を揃えながら、ミーナは二人に新しい隊員のことを話した。
「柊志乃少佐と、アブソル・R・クルス大尉。二人とも十九歳で、各地の戦線を経験しているの。少し特殊な戦い方をするけれど、とても腕の立つ二人よ。今は、ビショップ曹長とクロステルマン中尉と一緒に出撃しているわ」
サーニャが顔を上げた。
「……柊少佐、ですか」
「ええ。柊志乃少佐」
サーニャは、その名前を心の中でもう一度繰り返した。忘れるはずのない名前だった。
「……扶桑の方ですか」
「そうよ」
「……やっぱり」
サーニャの表情が、少しだけ明るくなった。エイラが、不思議そうに横顔を見る。
「サーニャ、知ってるのか?」
「うん。前に、スオムスで一緒に飛んだことがあるの」
「本当か!?」
「任務で、同じ組になって。……とても、飛びやすかったのを覚えてる」
サーニャは言葉を選びながら続けた。
「私が報告した方向へ、迷わず動いてくれて。私も、要るときにちゃんと声を掛けられた。それに、私の負担が少なくなるように、飛び方を変えてくれたんです」
「そうだったのね」
ミーナが時計に目をやった。
「ちょうど、帰投する頃かしら」
サーニャは少しためらってから、尋ねた。
「……あの、ミーナ中佐。着陸するところまで、迎えに行ってもいいでしょうか」
ミーナは少し目を丸くして、それから優しく微笑んだ。
「もちろんよ」
―――
夕方の滑走路脇で、二人は空を見上げていた。
「……まだかなあ」
「さっき帰投の連絡が入ったから、もうすぐだと思う」
サーニャの声は落ち着いていた。けれど、どこかいつもより弾んでいた。エイラは、その横顔を見た。
「そんなに会いたい人なのか?」
サーニャは少し考えた。
「……うん。一緒に飛んだとき、とても安心できたから」
エイラは少し黙り、照れたように頬を掻いた。
「……そっか」
「でも、エイラとまた一緒に飛べるのも、楽しみ」
「お、おう! もちろんだぞ!」
遠くから、ストライカーの駆動音が近づいてきた。雲の下に、四つの機影が現れる。先頭に、黒いケープ。その少し後ろに、短い金髪のウィッチ。さらに二人が続いている。
以前に見た姿とは、少し違うところもある。けれど、飛び方には覚えがあった。先頭の機体が速度を落とし、後ろの三機に無理のない間隔を作っている。一人で先に飛び去ることもできるはずなのに、そうはしない。
あのときと、同じだった。
## Scene 05 ―― 懐かしい声
四機が、次々と滑走路に降り立った。
「ふうっ! お疲れさまー!」
アブソルが機体を外して大きく伸びをし、リーネとペリーヌが続いた。志乃は最後に試製秋水を外して、地上員へ引き渡した。
「私、今日初めてお二人の飛び方を見ましたけど……驚きました。別々の方向へ飛んでいくのに、要るときにはちゃんと同じ場所にいるんですもの」
まだ少し興奮した様子のリーネに、ペリーヌが苦笑した。
「見ている方が、ついていくのに苦労しましたわ」
「最後の斬撃には、驚かされました」
「アブソルが装甲を崩してくれたからです。それに、核の位置を教えてもらえて助かりました」
四人が格納庫へ向かおうとしたときだった。
「……柊少佐」
少し離れたところから、静かな声がした。
志乃の足が止まった。
柔らかく、落ち着いた声。初めて聞く声ではなかった。雪と森に囲まれた空で、無線越しに何度も聞いた声だった。
「……まさか」
志乃は、声の方へ顔を向けた。
「サーニャ中尉?」
「……はい。お久しぶりです、柊少佐」
少女が、ゆっくりと近づいてくる。志乃は少しの間、何も言わなかった。それから、穏やかに笑った。
「……久しぶりだね。こんなところで会うとは思わなかった」
「私もです」
サーニャは、少しだけ声を弾ませた。
「……お帰りなさい」
その言葉に、志乃は静かに顔を上げた。ここへ来て、まだ日が浅い。ブリタニアの港町を出て、新しい基地に着いたばかりだった。そんな場所で、帰ってきた自分を待っている人がいるとは、思っていなかった。
「……ただいま」
いつもより少し柔らかい声だった。サーニャが、嬉しそうに笑った。
「あれ? シノ、知ってる人?」
アブソルが振り返った。
「うん。前に、スオムスで同じ作戦に参加したんだ」
「そうだったの!? じゃあ初めまして、私はアブソル・R・クルス!」
「サーニャ・V・リトヴャクです。よろしくお願いします」
その隣から、エイラが一歩前へ出た。
「エイラ・イルマタル・ユーティライネン。サーニャと一緒に来たんだ。よろしくな」
「よろしく、エイラ中尉!」
「よろしくお願いします、ユーティライネン中尉」
「……ああ。よろしく」
エイラは、少し照れくさそうに答えた。
―――
格納庫へ戻る途中、サーニャが志乃の隣に並んだ。
「……柊少佐。スオムスのこと、覚えていますか」
「もちろん。忘れるわけがないよ」
雪に覆われた森。夜明けの遅い空。敵の位置を知らせる、静かな無線の声。
あの作戦では、広い空域に散った敵を追わなければならなかった。志乃は自分の周りの形は捉えられても、遠くに散った敵をすべて知ることはできなかった。そこを補ったのが、サーニャだった。広い範囲の反応を拾い、敵が近づく方向を知らせる。志乃はそれを受けて、必要な場所へ飛ぶ。どちらかが無理に合わせたのではない。得意なことが、うまく噛み合っていた。
「あのときは、サーニャの索敵にずいぶん助けられたよ」
サーニャは、小さく首を振った。
「私も、助けてもらいました。私が全部説明しなくても、必要なことを分かってくれました。それに……私が飛びやすいように、ちゃんと距離を取ってくれたんです」
「サーニャの仕事を、邪魔したくなかったからね」
「……嬉しかったです」
小さな声だった。けれど、はっきりしていた。
横で聞いていたエイラが、志乃の方を向いた。
「じゃあ、柊少佐はサーニャの飛び方を知ってるんだな」
「少しだけ、ですけれど。これからは、もっと一緒に飛ぶ機会があるでしょうね」
「……はい」
サーニャが顔を上げた。
「そのときは、またよろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「じゃあ、次は私も一緒だね!」
アブソルが横から笑い、サーニャが頷いた。
格納庫の方から、シャーリーの「おーい、帰ってきたのかー!」という声が聞こえた。その後ろでルッキーニが何か叫び、さらに遠くでハルトマンとバルクホルンが言い合っている。
スオムスの空で出会ったとき、二人は同じ任務に就いた別の部隊のウィッチだった。今は違う。同じ基地で暮らし、同じ航空団の仲間として飛ぶ。
「……柊少佐。また会えて、よかったです」
志乃は、静かに微笑んだ。
「……私もだよ、サーニャ」
(第08話 終)