ストライクウィッチーズ ― あの空の続き ―   作:r3ir3i

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## Scene 01 ―― 朝の格納庫

 

翌朝の格納庫に、金属を軽く叩く音が響いていた。

 

「……こっちは、これでよしっと」

 

アブソルは工具を置き、試製秋水の接続部をもう一度確かめた。昨夜シャーリーと話し込んだ改良案には、まだ手をつけていない。今日のところは、今のまま問題なく飛べるようにしておくのが先だった。

 

「シノ、ちょっと動かしてみて」

 

「分かった」

 

志乃が、指定された部分に手を添える。アブソルは計器の針の動きを追い、満足そうに頷いた。

 

「うん。大丈夫そう」

 

「ありがとう。これで一段落かな」

 

「あとは、次に飛んだとき、どのくらい負荷が残るか……」

 

格納庫の入口から、足音が近づいてきた。軽く、少し遠慮がちな歩き方だった。

 

「おはようございます」

 

「あ、リーネ! おはよう!」

 

「おはようございます、ビショップ曹長」

 

リーネは作業台の上を見て、目を丸くした。

 

「もう整備を始めていたんですか?」

 

「うん、昨日の続き!」

 

「シャーリーさんも、今朝から何か楽しそうに作業してました」

 

「あははっ、分かるなあ。私も後で見に行こうかな」

 

「まずは朝ご飯じゃない?」

 

志乃が言うと、アブソルは「あっ」と声を上げて工具を片づけ始めた。リーネが小さく笑う。

 

「食堂では、もう皆さん集まり始めてましたよ」

 

「……急に手際がよくなったね」

 

「ご飯の時間は大事なの!」

 

―――

 

食堂は、昨日までよりずっと声が多かった。

 

シャーリーはルッキーニの皿からパンを取り返させているところで、ハルトマンはバルクホルンから今朝の予定を聞かされていた。

 

「だからエーリカ、今日は午前中から待機だと――」

 

「分かってるって。まだ寝てないだけ偉いでしょ?」

 

「その理屈は何だ!」

 

少し離れた席では、ペリーヌが静かに紅茶を飲んでいる。

 

「……朝から騒がしいですわね」

 

「でも、久しぶりに皆さんが集まって、嬉しいです」

 

リーネが言うと、ペリーヌもわずかに表情を和らげた。

 

「それは、まあ……そうですわね」

 

「シノー! こっち、こっち!」

 

ルッキーニが手を振り、志乃はその声の方へ向かった。皆が揃ったところで、ミーナが書類を開いた。

 

「朝食中にごめんなさい。今日の午後、エイラさんとサーニャさんが到着する予定よ」

 

「おっ、あの二人も来るのか!」

 

シャーリーが顔を上げた。

 

「また夜が賑やかになるかなあ」

 

「サーニャは夜間哨戒を担当するのだから、昼は休ませてやらねばならん」

 

ハルトマンとバルクホルンのやり取りを聞きながら、志乃は小さく首を傾けていた。

 

「……サーニャ?」

 

「知ってる人?」

 

隣のアブソルが声を落とした。

 

「……前に、同じ名前のウィッチと任務に就いたことがあるんだ。でも、その人が501だったかどうかは、聞いたことがなくて」

 

「そっか」

 

アブソルは、それ以上訊かなかった。

 

「それと、今日は周辺空域の警戒を少し厚くします。連絡があれば、すぐ出られるようにしておいてください」

 

## Scene 02 ―― 出撃命令

 

午前十一時を少し過ぎた頃、前線監視所から通信が入った。

 

『ベルギカ西部、鉄道輸送路付近にネウロイを確認。中型一、随伴する小型二。南東方向へ移動中。付近の列車は停止、退避を開始しています』

 

ミーナは地図に書き込まれた位置を見つめた。基地からそう遠くない。敵が輸送路へ向かえば、人員や物資だけでなく、復旧途中の施設にも被害が及ぶ。

 

「四機で十分対応できる距離だろう。ただ、敵が増える可能性はある」

 

隣のバルクホルンが言った。

 

「ええ。だから、後続の警戒にも人を残したいの」

 

ミーナは少し考えた。訓練を終えたばかりの二人と、経験豊かな501の仲間。試してみたい組み合わせがあった。

 

「柊少佐、クルス大尉。それから、ビショップ曹長とクロステルマン中尉を呼んでください」

 

―――

 

作戦室の大きな地図の前に、四人が並んだ。

 

「任務は、輸送路へ接近するネウロイの迎撃です。地上部隊は退避を進めていますが、線路の近くには民間の作業員もいるそうよ」

 

ミーナは、志乃に向けて地図の要点を一つずつ言葉にした。線路の向き。集落の位置。退避場所。

 

「柊少佐。現地では、あなたに四機の指揮をお願いします」

 

志乃が、わずかに顔を上げた。

 

「……私が、ですか」

 

「あなたには、いくつもの戦域で、違う部隊と飛んできた経験があります。今日は、それを生かしてほしいの。ただし敵が増えたり、退避が終わらなかったりしたら、無理に攻め込まないで。増援はこちらで用意します」

 

志乃は短く考え、頷いた。

 

「承知しました」

 

―――

 

格納庫で、アブソルが試製秋水の外装を閉じた。

 

「シノ、準備できたよ。高出力は使える状態にしてある。でも今日の相手なら、要らないかもね」

 

「状況を見て判断するよ。ありがとう」

 

その傍らで、リーネが長い銃を確かめていた。志乃はそちらへ顔を向けた。

 

「ビショップ曹長。今日の射撃位置は、あなたが取りやすい場所を優先してください。私が前に出るときも、無理に追いかけなくて大丈夫です」

 

「は、はい! でも、柊少佐の位置は見失わないようにします」

 

「助かります」

 

手袋を整えていたペリーヌが、二人に向き直った。

 

「柊少佐。私は、敵の接近を止める役目でよろしいですの?」

 

「ええ。小型の動きが速ければ、そちらをお願いします。輸送路へ近づく敵がいれば、優先して押さえてください」

 

「承知しましたわ」

 

「私は中型を見ておくね。シノが入る前に、装甲を崩せると思う」

 

「うん。頼りにしてる」

 

志乃は少し間を置いて、三人の方へ顔を向けた。

 

「ただ、敵の出方はまだ分かりません。気づいたことがあったら、遠慮なく教えてください。私には分からないことも、きっとありますから」

 

「はい」

 

「もちろんですわ」

 

アブソルが笑った。

 

「いつもどおりだね」

 

## Scene 03 ―― 輸送路の空

 

四機が、サン・トロンを飛び立った。

 

先を行くのは志乃。その斜め後方にアブソル、左右に間隔を空けてリーネとペリーヌが続く。眼下には農地が広がり、その間を一本の線路が走っていた。線路脇の作業場には、復旧用の資材が積み上げられている。

 

『柊少佐。監視所から、敵はさらに東へ移動中とのことです。列車は停止したまま、乗員と作業員は退避場所へ移っています』

 

リーネの報告に、志乃は頭の中で地形を組み立てた。線路の向き。集落までの距離。丘の起伏。近づけば形は捉えられる。けれど遠くの地形や、まだ届かない敵の動きまでは分からない。そこは、仲間の声に頼る。

 

『……見つけた』

 

アブソルの声だった。

 

『中型一、小型二。小型が少し前に出てる。中型は速度を落として、こっちへ向きを変えそう』

 

『了解。クロステルマン中尉とビショップ曹長は、小型二機を。輸送路へ抜けるものを優先して止めてください。中型は、私とアブソルで』

 

『承知しましたわ』

 

『はい!』

 

雲の下に、ネウロイが姿を現した。厚い外殻を持つ中型と、その前を不規則に飛び回る二つの小型。

 

志乃が、すっと速度を上げた。アブソルは後を追わなかった。高度を少し下げ、中型から離れるように外側へ弧を描いていく。

 

『……あら?』

 

ペリーヌの声が漏れた。最初は、モスキートの機体が秋水についていけなくなったのかと思った。けれど、アブソルの動きには迷いがない。志乃が右へ切り返したときには、アブソルはもう、敵の左側面が見通せる位置へ回り込みつつあった。

 

二人は離れている。速度も高度も違う。それなのに、互いの射線を一度も横切らない。

 

『……クロステルマン中尉』

 

『ええ、見ていますわ。あれほど離れて、どうやって合わせているのかしら』

 

リーネは答えを持っていなかった。

 

『小型、来ます!』

 

考えている暇は、なかった。

 

―――

 

最初に小型の進路を塞いだのは、ペリーヌだった。

 

『そちらへは行かせませんわ!』

 

掲げた腕から、青白い雷光が走った。トネール。稲妻に進路を横切られた小型は、反射的に向きを変え、線路から離れて丘の方へ逃れていく。

 

『一機、輸送路から離れました!』

 

『ありがとうございます。そのまま押さえてください』

 

もう一機は、高いところから降下してきた。リーネが銃を構える。敵の速度、角度、自分の機体の揺れ。狙いを整え、引き金を引いた。

 

外装が砕け、小型が大きく姿勢を崩す。

 

『命中! でも、まだ飛んでいます。クロステルマン中尉、そちらへ抜けます!』

 

『分かっていますわ!』

 

ペリーヌは敵を自分の前へ通し、すぐに上昇してその逃げ道へ回った。もう一度、雷光。敵の動きが止まる。

 

『今ですわ、リーネさん!』

 

二発目の銃声で、亀裂の奥の核が砕けた。小型は光の破片になって崩れた。

 

『小型一機、撃破しました!』

 

『お見事ですわ。残りは私が追います。リーネさんは、中型にも気を配ってくださいな』

 

リーネが顔を上げた先で、志乃とアブソルが、また大きく離れていった。今度は、理由が少しだけ分かった。アブソルは側面を狙える位置へ移っている。志乃は、その間に中型がアブソルの方を向かないよう、正面寄りを飛んでいる。それでいて、敵を引きつけ続けるわけではない。アブソルの銃口が敵を捉える頃には、志乃はもう射線の外へ抜けていた。

 

『……撃つよ、シノ』

 

『お願い』

 

重い銃声が響いた。二十ミリの弾が中型の側面に当たり、厚い装甲に亀裂が走る。

 

『命中。まだ浅いね。同じところをもう一度』

 

明るさの消えた、アブソルの声だった。

 

『分かった。進路を開ける』

 

志乃が上昇するのとほとんど同時に、アブソルが高度を合わせ直した。

 

『……すごい』

 

射撃位置が決まってから、志乃が避けているのではない。次の弾が通る場所から、もう離れている。合図らしい合図も、ほとんどなかった。

 

―――

 

中型の外殻が開き、赤い光線が志乃へ放たれた。

 

『シノ、正面!』

 

警告とほとんど同時に、志乃は機体を傾けた。光の大部分をかわし、すぐ脇を通る軌道だけを、空間を歪めて外へ逸らす。その場には留まらない。中型が向きを変えるより早く、装甲の傷んだ側へ回り込もうとする。

 

その先に、アブソルが射撃位置を取っていた。

 

『もう一発。シノ、少し外へ』

 

二発目の弾が、さっきの亀裂を打った。装甲の一部が大きく剥がれる。

 

『崩れた! あそこからなら入れると思う』

 

『うん。行ってみる』

 

志乃が降下に入った、そのときだった。

 

『柊少佐、上方から小型が接近しています!』

 

リーネの声が割り込んだ。残っていた一機が、ペリーヌの前から急旋回して、志乃の上方へ回ろうとしていた。志乃にも、その形は捉えられていた。ただ、どの角度から撃ってくるかまでは読み切れない。

 

『距離、縮まっています。右上です!』

 

『ありがとうございます。そちらはお任せします』

 

志乃は無理に突っ込まず、進入の角度だけを少し変えた。小型への対応は、二人に預ける。

 

『もちろんですわ!』

 

雷光が一閃し、急に高度を変えた敵へ、リーネの銃口が向いた。

 

『今度こそ!』

 

装甲が砕け、露出した核に続けて弾が入った。

 

『小型二機、撃破しました!』

 

『助かりました』

 

ペリーヌが中型へ目を戻すと、志乃とアブソルは、また別々の方向へ動き出していた。

 

『シノ、装甲が開いたところ、まだ残ってる。左下から入れるよ』

 

『柊少佐、敵の下側、砲口が開きかけています!』

 

アブソルとリーネの声が、続けて届いた。

 

『了解。下からは入りません』

 

志乃は、攻撃の正面をわずかに外した。四人の報告が、一つの戦いの中でつながっていく。

 

―――

 

小型を失った中型が、身体を大きく回した。今度は、アブソルへ砲口を向ける。

 

『こっちに来たね』

 

アブソルは鋭く切り返さず、広い弧で進路を変えた。光線が放たれる。機体を落ち着かせて、シールドを張った。淡い光の面が、直撃を受け止める。

 

『……っ!』

 

受け止めたのは一撃だけだった。続けて浴びれば、もつとは限らない。アブソルはシールドを解き、速度を殺さずに横へ抜けた。

 

敵の砲口が、彼女を追う。志乃が狙っている側面から、注意が外れた。

 

『シノ、今なら行ける!』

 

返事より先に、志乃は動いていた。

 

黒いケープが風を孕む。両袖の内側から、二振りの刀身が滑り出た。反りのない、細長い黒い刃。尖らない切先が、光を受けても鈍い輪郭を保っている。

 

最初の一振りが、弾丸で脆くなった装甲の端を斬り裂いた。二振り目が、剥がれかけた板の奥へ入る。外殻がちぎれ、内部へ続く裂け目が広がった。

 

『……あっ』

 

リーネが息を呑んだ。近い間合いで戦うウィッチがいることは知っている。けれど志乃は、傷のない装甲を力任せに割っているのではなかった。アブソルの弾が作った亀裂だけを正確に拾い、そこから刃を通していく。一撃ごとに、次の道ができる。

 

『……なんという連携ですの』

 

ペリーヌが呟いた。アブソルが装甲を弱らせ、志乃がそこを斬る。敵が回ろうとすれば、アブソルが次の射撃位置へ移る。別々に戦っているようでいて、すべての動きが一つの攻撃へ続いていた。

 

『シノ、右の板が戻る!』

 

『分かった』

 

右の刃を引き、左の刃で外殻の継ぎ目を断つ。敵が身をよじり、剥がれた装甲の内側に、赤い輝きがのぞいた。

 

『柊少佐、核です! 裂け目の奥、中央より少し下!』

 

リーネが叫んだ。

 

志乃は、露出した内部の形を捉え直した。色は分からない。核を見分けるのに要るものは、今、リーネが教えてくれた。

 

『了解。ありがとう』

 

『柊少佐、射線が来ますわ!』

 

ペリーヌの声に、志乃は一度軌道を外した。その背後で重い銃声が響き、アブソルの弾が開きかけた砲口を打って、敵の姿勢を崩した。

 

『今だよ、シノ!』

 

『うん!』

 

秋水の推進音が鋭くなる。高出力には入れない。要るのは、今できた隙へ届く距離だけだった。

 

右の刃が、残った薄い外殻を払う。左の刃が奥へ走り、硬いものが砕ける手応えが返ってきた。続く右の一振りが、その中心を斬り抜く。

 

中型の動きが止まった。全身に亀裂が広がり、光の破片になって崩れていく。

 

『……撃破』

 

『中型、消滅確認!』

 

『三機とも、撃破しました!』

 

『こちらでも確認しました。皆さん、お疲れさま。周辺の安全を確かめて、帰投してください』

 

ミーナの声に、志乃は二振りの刀を袖へ収めた。

 

―――

 

輸送路の上空をひと回りし、新しい敵がいないことを確かめてから、四機は基地へ向かった。

 

『皆さん、ありがとうございました。おかげで、予定どおり終えられました』

 

『こちらこそですわ。……それにしても、柊少佐。あの方と、いつもあんなふうに飛んでいらっしゃるの?』

 

ペリーヌの声が、少し真剣になっていた。

 

『アブソルとですか? ええ、そうですね』

 

『……そう、ですの』

 

訓練生の頃から一緒だとは、出撃前に聞いていた。けれど、長く組んでいるという言葉だけでは、あの飛び方は想像できなかった。

 

『私、最初はクルス大尉が置いていかれたのかと思ったんです』

 

リーネが言った。

 

『でも、全然違いました。次に少佐が向かう場所を、先に押さえていたんですね』

 

『シノが速いからって、私まで同じように飛んだら危ないもん。だから、私がやりやすい場所から狙うの』

 

アブソルが笑った。

 

『小型を任せられてよかったです。あの二機を押さえてもらえなければ、中型への攻撃は続けられませんでした。核の位置も教えてもらえましたし』

 

志乃が言うと、ペリーヌの声が少し柔らかくなった。

 

『……お役に立てたなら、何よりですわ』

 

『次は、もっと上手く合わせられるようにしたいです』

 

『十分、助けられましたよ。これから、一緒に覚えていきましょう』

 

## Scene 04 ―― 帰りを待つ人

 

同じ頃、サン・トロン基地の宿舎の前に、一台の軍用車両が停まった。

 

降りてきたのは、二人のウィッチだった。淡い色の髪を風に揺らす、落ち着いた表情の少女。サーニャ・V・リトヴャク中尉。その隣で、見慣れた基地を前に嬉しそうに笑っているのが、エイラ・イルマタル・ユーティライネン中尉だった。

 

「着いたな、サーニャ!」

 

「……うん」

 

「なんか、前より人が増えてるみたいだな」

 

宿舎の入口から、ミーナが出てきた。

 

「エイラさん、サーニャさん。お帰りなさい」

 

「ただいま、ミーナ!」

 

「……ただいま戻りました」

 

―――

 

司令室で書類を揃えながら、ミーナは二人に新しい隊員のことを話した。

 

「柊志乃少佐と、アブソル・R・クルス大尉。二人とも十九歳で、各地の戦線を経験しているの。少し特殊な戦い方をするけれど、とても腕の立つ二人よ。今は、ビショップ曹長とクロステルマン中尉と一緒に出撃しているわ」

 

サーニャが顔を上げた。

 

「……柊少佐、ですか」

 

「ええ。柊志乃少佐」

 

サーニャは、その名前を心の中でもう一度繰り返した。忘れるはずのない名前だった。

 

「……扶桑の方ですか」

 

「そうよ」

 

「……やっぱり」

 

サーニャの表情が、少しだけ明るくなった。エイラが、不思議そうに横顔を見る。

 

「サーニャ、知ってるのか?」

 

「うん。前に、スオムスで一緒に飛んだことがあるの」

 

「本当か!?」

 

「任務で、同じ組になって。……とても、飛びやすかったのを覚えてる」

 

サーニャは言葉を選びながら続けた。

 

「私が報告した方向へ、迷わず動いてくれて。私も、要るときにちゃんと声を掛けられた。それに、私の負担が少なくなるように、飛び方を変えてくれたんです」

 

「そうだったのね」

 

ミーナが時計に目をやった。

 

「ちょうど、帰投する頃かしら」

 

サーニャは少しためらってから、尋ねた。

 

「……あの、ミーナ中佐。着陸するところまで、迎えに行ってもいいでしょうか」

 

ミーナは少し目を丸くして、それから優しく微笑んだ。

 

「もちろんよ」

 

―――

 

夕方の滑走路脇で、二人は空を見上げていた。

 

「……まだかなあ」

 

「さっき帰投の連絡が入ったから、もうすぐだと思う」

 

サーニャの声は落ち着いていた。けれど、どこかいつもより弾んでいた。エイラは、その横顔を見た。

 

「そんなに会いたい人なのか?」

 

サーニャは少し考えた。

 

「……うん。一緒に飛んだとき、とても安心できたから」

 

エイラは少し黙り、照れたように頬を掻いた。

 

「……そっか」

 

「でも、エイラとまた一緒に飛べるのも、楽しみ」

 

「お、おう! もちろんだぞ!」

 

遠くから、ストライカーの駆動音が近づいてきた。雲の下に、四つの機影が現れる。先頭に、黒いケープ。その少し後ろに、短い金髪のウィッチ。さらに二人が続いている。

 

以前に見た姿とは、少し違うところもある。けれど、飛び方には覚えがあった。先頭の機体が速度を落とし、後ろの三機に無理のない間隔を作っている。一人で先に飛び去ることもできるはずなのに、そうはしない。

 

あのときと、同じだった。

 

## Scene 05 ―― 懐かしい声

 

四機が、次々と滑走路に降り立った。

 

「ふうっ! お疲れさまー!」

 

アブソルが機体を外して大きく伸びをし、リーネとペリーヌが続いた。志乃は最後に試製秋水を外して、地上員へ引き渡した。

 

「私、今日初めてお二人の飛び方を見ましたけど……驚きました。別々の方向へ飛んでいくのに、要るときにはちゃんと同じ場所にいるんですもの」

 

まだ少し興奮した様子のリーネに、ペリーヌが苦笑した。

 

「見ている方が、ついていくのに苦労しましたわ」

 

「最後の斬撃には、驚かされました」

 

「アブソルが装甲を崩してくれたからです。それに、核の位置を教えてもらえて助かりました」

 

四人が格納庫へ向かおうとしたときだった。

 

「……柊少佐」

 

少し離れたところから、静かな声がした。

 

志乃の足が止まった。

 

柔らかく、落ち着いた声。初めて聞く声ではなかった。雪と森に囲まれた空で、無線越しに何度も聞いた声だった。

 

「……まさか」

 

志乃は、声の方へ顔を向けた。

 

「サーニャ中尉?」

 

「……はい。お久しぶりです、柊少佐」

 

少女が、ゆっくりと近づいてくる。志乃は少しの間、何も言わなかった。それから、穏やかに笑った。

 

「……久しぶりだね。こんなところで会うとは思わなかった」

 

「私もです」

 

サーニャは、少しだけ声を弾ませた。

 

「……お帰りなさい」

 

その言葉に、志乃は静かに顔を上げた。ここへ来て、まだ日が浅い。ブリタニアの港町を出て、新しい基地に着いたばかりだった。そんな場所で、帰ってきた自分を待っている人がいるとは、思っていなかった。

 

「……ただいま」

 

いつもより少し柔らかい声だった。サーニャが、嬉しそうに笑った。

 

「あれ? シノ、知ってる人?」

 

アブソルが振り返った。

 

「うん。前に、スオムスで同じ作戦に参加したんだ」

 

「そうだったの!? じゃあ初めまして、私はアブソル・R・クルス!」

 

「サーニャ・V・リトヴャクです。よろしくお願いします」

 

その隣から、エイラが一歩前へ出た。

 

「エイラ・イルマタル・ユーティライネン。サーニャと一緒に来たんだ。よろしくな」

 

「よろしく、エイラ中尉!」

 

「よろしくお願いします、ユーティライネン中尉」

 

「……ああ。よろしく」

 

エイラは、少し照れくさそうに答えた。

 

―――

 

格納庫へ戻る途中、サーニャが志乃の隣に並んだ。

 

「……柊少佐。スオムスのこと、覚えていますか」

 

「もちろん。忘れるわけがないよ」

 

雪に覆われた森。夜明けの遅い空。敵の位置を知らせる、静かな無線の声。

 

あの作戦では、広い空域に散った敵を追わなければならなかった。志乃は自分の周りの形は捉えられても、遠くに散った敵をすべて知ることはできなかった。そこを補ったのが、サーニャだった。広い範囲の反応を拾い、敵が近づく方向を知らせる。志乃はそれを受けて、必要な場所へ飛ぶ。どちらかが無理に合わせたのではない。得意なことが、うまく噛み合っていた。

 

「あのときは、サーニャの索敵にずいぶん助けられたよ」

 

サーニャは、小さく首を振った。

 

「私も、助けてもらいました。私が全部説明しなくても、必要なことを分かってくれました。それに……私が飛びやすいように、ちゃんと距離を取ってくれたんです」

 

「サーニャの仕事を、邪魔したくなかったからね」

 

「……嬉しかったです」

 

小さな声だった。けれど、はっきりしていた。

 

横で聞いていたエイラが、志乃の方を向いた。

 

「じゃあ、柊少佐はサーニャの飛び方を知ってるんだな」

 

「少しだけ、ですけれど。これからは、もっと一緒に飛ぶ機会があるでしょうね」

 

「……はい」

 

サーニャが顔を上げた。

 

「そのときは、またよろしくね」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

「じゃあ、次は私も一緒だね!」

 

アブソルが横から笑い、サーニャが頷いた。

 

格納庫の方から、シャーリーの「おーい、帰ってきたのかー!」という声が聞こえた。その後ろでルッキーニが何か叫び、さらに遠くでハルトマンとバルクホルンが言い合っている。

 

スオムスの空で出会ったとき、二人は同じ任務に就いた別の部隊のウィッチだった。今は違う。同じ基地で暮らし、同じ航空団の仲間として飛ぶ。

 

「……柊少佐。また会えて、よかったです」

 

志乃は、静かに微笑んだ。

 

「……私もだよ、サーニャ」

 

(第08話 終)

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