ストライクウィッチーズ ― あの空の続き ―   作:r3ir3i

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## Scene 01 ―― 知らせ

 

翌朝の食堂には、柔らかな光が差し込んでいた。昨日サーニャとエイラが加わって、長いテーブルはまた一段と賑やかになっていた。

 

「だからね、あのときシノが急に前へ出て――」

 

「急に、じゃないよ。ちゃんと通信したでしょう」

 

「ええっ、したっけ?」

 

「したよ」

 

向かいでは、リーネが昨日の戦闘の話をしていて、ペリーヌが時折アブソルの説明に訂正を加えていた。

 

「私たちが小型を押さえている間に、あなた方が中型の装甲を崩したのですわね」

 

「うん。リーネとペリーヌがいてくれて助かったよ」

 

「当然ですわ。四人で出撃したのですから」

 

澄ました顔の答えに、満足げな響きが混じっていた。

 

少し離れた席で、サーニャが両手でカップを包んでいた。隣のエイラが、眠そうな彼女を何度も気遣っている。

 

「サーニャ、もうちょっと寝てたっていいんだぞ」

 

「ううん。みんなと一緒に朝ご飯を食べたかったから」

 

「……そっか」

 

シャーリーは、志乃の方へ身を乗り出していた。

 

「なあ、秋水の高出力、実際に見てみたいんだけどなあ」

 

「条件が揃ったら、ですね。アブソルと確かめてからになります」

 

「だよな。あたしも、無茶させるつもりはないさ」

 

「シャーリー、またシノの機械の話してるー!」

 

「機械じゃなくてストライカーだって」

 

「どっちもおんなじー!」

 

食堂の扉が開き、ミーナが入ってきた。

 

「朝食中にごめんなさい。今日は、嬉しいお知らせがあります」

 

真っ先に反応したのは、リーネだった。

 

「……もしかして」

 

「ええ。宮藤さんと服部少尉が、今日の午前中に到着するそうよ。それから、美緒も二人に付き添ってくるの。しばらくは引き継ぎや訓練の支援をしてもらう予定よ」

 

「芳佳ちゃんが……!」

 

「やったー! 芳佳が来るんだ!」

 

「さ、坂本少佐もですの!?」

 

ペリーヌが勢いよく顔を上げ、言葉を探すように口を閉じてから、慌ててカップを持ち直した。

 

「ペリーヌ、すごく嬉しそう」

 

「と、当然ですわ! 坂本少佐がいらっしゃるのですから!」

 

笑い声の中で、志乃はカップを机に戻した。

 

坂本美緒。扶桑皇国海軍の少佐。数々の作戦で名を上げ、後進の指導にも力を注いできた人。名前は知っていた。会ったことは、一度もない。

 

「ねえ、シノ。坂本少佐って、刀を使う人なんだよね」

 

アブソルが声を落とした。

 

「うん。そう聞いてるよ」

 

「じゃあ、シノと話が合うかもね」

 

志乃は少し考えた。

 

「……そうだといいね」

 

## Scene 02 ―― 到着

 

午前十時を少し過ぎた頃、滑走路では、扶桑からの連絡便を迎える支度が進んでいた。

 

「まだかなあ……」

 

空を見上げるリーネの隣で、ペリーヌが何度目か分からないほど時計を見ていた。

 

「落ち着きなさいな。もうすぐ到着するでしょう」

 

「二人とも、さっきから同じことしてるぞ」

 

「そ、そんなことありませんわ!」

 

遠くから、プロペラの音が近づいてきた。

 

「あっ、来た!」

 

ルッキーニが滑走路の向こうを指さした。志乃は音の方へ顔を向け、高度と距離が少しずつ変わっていくのを捉えた。隣で、アブソルが様子を口にしていく。

 

「もう車輪が出てるね。……あ、降りた。今、滑走路を走ってる」

 

輸送機が地上員の誘導で止まり、扉が開いた。最初に顔を出したのは、短い黒髪の少女だった。

 

「わあ……! あっ、リーネちゃん!」

 

「芳佳ちゃん!」

 

宮藤芳佳とリーネは、ほとんど同時に駆け出していた。手を取り合って、嬉しそうに笑う。その後ろから、荷物を抱えたもう一人の少女がタラップを下りてきた。

 

「宮藤さん、荷物を……! あ、もう!」

 

服部静夏だった。呆れたような、どこか安心したような顔をしている。

 

「ごめん、服部さん!」

 

「いえ、その……お友達と会えてよかったですね」

 

機内から、豪快な笑い声が響いた。

 

「はっはっは! 宮藤、到着早々から元気だな!」

 

黒髪を束ねた扶桑の女性士官が、姿を見せた。坂本美緒少佐。

 

「坂本少佐!」

 

「おお、ペリーヌ! 元気そうで何よりだ!」

 

シャーリーとルッキーニが声を掛け、ハルトマンが軽く手を振る。ミーナが歩み寄った。

 

「美緒。お帰りなさい」

 

「久しぶりだな、ミーナ」

 

「長旅だったでしょう?」

 

「なに、大したことはない。宮藤が途中で人助けを始めて、乗り継ぎに遅れそうになったくらいだ」

 

「さ、坂本さん! 荷物を落として困っている人がいたんです!」

 

「分かっているとも。助けるなとは言わん。時間も少しは気にしろと言っているんだ」

 

「私もそう申し上げたのですが……」

 

「服部さんまで!」

 

ミーナは笑いながら、ふと振り返った。

 

「そうだわ。新しく着任した隊員も紹介しておくわね。柊少佐、クルス大尉、こちらへ」

 

志乃とアブソルが並んで歩み出た。

 

「こちらが、柊志乃少佐とアブソル・R・クルス大尉。先日着任して、もう作戦にも参加してもらっているの」

 

その名前が聞こえた瞬間、坂本の笑みが、ほんのわずかに止まった。

 

――柊志乃。

 

知っている名前だった。本人を目にするのは、初めてだった。

 

「柊志乃です。初めまして、坂本少佐。このたび、501に派遣されました。よろしくお願いいたします」

 

「アブソル・R・クルス大尉です! よろしくお願いします!」

 

坂本は、一拍遅れて敬礼を返した。

 

「あ、ああ。坂本美緒だ。……よろしく頼む」

 

声が、いつもより少し硬かった。

 

「同じ扶桑の方とご一緒できて、嬉しいです。以前から、お名前は伺っておりました」

 

「……そうか。私も……名前は知っている」

 

それきり、言葉が続かなかった。

 

志乃は、坂本の声が途中で止まったことに気づいていた。足の運びも、敬礼の手も、どこかためらっている。ただ、それが何によるものなのかは、志乃には分からなかった。

 

「……美緒?」

 

ミーナが首を傾げた。いつもの美緒なら、同じ扶桑のウィッチ、それも刀を使うと聞いている相手を前にして、黙っているはずがない。

 

「ん? ああ、何でもない。はっはっは! 新しい仲間が増えるのは喜ばしいな!」

 

笑い方は、変わらなかった。けれどミーナには、いつもの調子を無理に取り戻したように聞こえた。

 

その横で、芳佳が志乃の方へ向き直っていた。目が一瞬、両眼を覆う黒い帯に留まる。それでも芳佳は、すぐにまっすぐ顔を見て笑った。

 

「初めまして! 宮藤芳佳です!」

 

「服部静夏少尉です。よろしくお願いいたします!」

 

静夏の声は、少しだけ固かった。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。お二人とも、扶桑の方なんですね」

 

「はい! 柊少佐も扶桑のご出身なんですか?」

 

「ええ。ただ、ここ何年かは欧州にいることが多くて」

 

「不慣れなことも多いと思いますが、精一杯務めます。どうぞご指導ください」

 

姿勢を正した静夏に、志乃は少しだけ口元を緩めた。

 

「私も、ここへ来たばかりです。一緒に覚えていきましょう」

 

「……はい!」

 

静夏は意外そうに瞬いて、それから元気よく答えた。

 

「アブソル大尉も、よろしくお願いします!」

 

「うん! よろしくね、宮藤さん!」

 

初対面の挨拶が交わされるのを、坂本は少し離れて聞いていた。報告書に書かれていた名前。四年前、会ったこともない少女の出撃について、自分が意見を述べたこと。その本人が今、何事もなかったように目の前で挨拶している。

 

坂本は、それをまだうまく受け止められずにいた。

 

## Scene 03 ―― 四年前

 

司令室で、芳佳と静夏の受け入れの手続きが済んだ。

 

「二人とも、長旅お疲れさまでした。部屋の案内はリーネさんにお願いしてあるから、今日は無理をしないでね」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

「ご配慮、感謝いたします!」

 

坂本が、机に封筒を置いた。

 

「本部からの申し送りだ。補給と訓練の日程についても、要ることはまとめてある。私は二人の付き添いと、引き継ぎや教導の手伝いだ。今の501の指揮は、お前に任せる」

 

「ええ。助かるわ」

 

「宮藤。仲間が揃ったからといって、羽目を外しすぎるなよ。服部も、あまり気を張りすぎるな。自分の仕事をきちんとやればいい」

 

「はい、坂本さん!」

 

「はい!」

 

二人が敬礼して出ていくと、司令室には書類をめくる音だけが残った。

 

「……美緒。何か、気になることでもあるの?」

 

ミーナが言った。

 

「なぜ、そう思う」

 

「さっきのことよ。柊少佐と話していたとき、あなたらしくなかったから。無理に聞こうとは思わないわ。でも、何かあるのなら、話してくれてもいいのよ」

 

坂本は窓の外に目を向けた。滑走路の向こうを、整備員たちが格納庫へ戻っていく。

 

「……お前には敵わんな」

 

「ふふっ。付き合いが長いもの」

 

坂本は、机の向かいに腰を下ろした。

 

「あいつとは、今日が初対面だ。クルス大尉ともな」

 

「それなら、どうして」

 

「四年前のことだ」

 

坂本は、両手を組んだ。

 

「私は、柊の出撃について、上官に再検討を進言したことがある。……本人に会いもせずにな」

 

―――

 

1941年。欧州、連合軍の前線拠点。

 

雨上がりの空に、低い雲が残っていた。曇った窓の作戦室で、地図に攻撃予想方向と味方の行動予定が書き込まれていく。

 

「今回の警戒区域はこちらです。敵の出現位置が定まっていないため、各隊で互いの後方を確認する必要があります」

 

坂本は、配られた名簿に目を落とした。見慣れた名前に混じって、扶桑出身のウィッチが一人。

 

柊志乃。

 

年齢は、まだ若い。添えられた説明のある項目で、坂本の目が止まった。

 

両眼の視力喪失。通常のシールド形成不能。

 

「……失礼。この柊というウィッチについて、確認したい。両眼の視力がなく、シールドも展開できないとある。それで、今回の任務に参加するのか」

 

「編成表では、その予定です」

 

坂本は資料を読み返した。敵の攻撃を空間を歪めて逸らす固有魔法。周りの位置や距離を、視覚とは違うやり方で捉えられるらしい。けれど、その力がどこまで届き、どんな条件で働くのかは、紙の上からは分からなかった。

 

「認識できないところからの攻撃には、対応できないのだな」

 

「そのように書かれています」

 

坂本は地図に目を移した。敵の出現方向を絞れない空域。味方同士の距離が開きかねない隊形。不意の接近に気づけず、シールドも張れないとすれば、本人だけでなく、助けに向かう者まで危険に晒すかもしれない。

 

「同行するクルスは」

 

「彼女も参加予定です。長く柊と行動を共にしていると聞いています」

 

資料には、二人が実際にどう飛び、どう互いを守るのかまでは書かれていなかった。

 

「……この情報だけでは、危険が大きすぎるのではありませんか。少なくとも、柊を今回の出撃に加えるかどうか、再検討していただきたい」

 

上級士官は、名簿と地図をしばらく見比べてから言った。

 

「……分かりました。編成について確認しましょう」

 

坂本は敬礼した。

 

戦場では、危険を見過ごした結果、誰かを失うことがある。仲間を守りたい。その思いに、偽りはなかった。

 

ただ、坂本はその場で、もう一つの選択をしなかった。柊本人に話を聞くこと。あるいは、長く隣を飛んできたクルスに、二人の戦い方を確かめること。二人は別の区画で出撃の支度をしていて、坂本とは顔を合わせていなかった。

 

坂本は資料を読み、資料から判断した。それで十分だと、そのときは考えていた。

 

―――

 

同じ日の午後、別の待機区画。

 

「……え? シノの出撃、なくなったんですか?」

 

アブソルが、作戦担当者の言葉を聞き返した。

 

「編成の再検討により、柊は今回の作戦から外れることになった。後の任務については、改めて通達する」

 

「承知しました」

 

隣の志乃は、落ち着いた声で答えた。担当者が去ると、アブソルが口を尖らせた。

 

「さっきまで、出るって話だったのにね。……残念じゃない?」

 

「残念ではあるよ。でも、作戦に要る人を決めるのは指揮官だからね」

 

「まあ、私たちのこと、まだあんまり知らないんだろうなあ」

 

「そうだろうね。危ないと考えるのも、無理はないよ」

 

あまりにいつもどおりの言い方だったので、アブソルは少しだけ肩の力を抜いた。

 

この決定に坂本の進言が関わっていたことを、二人がその場で知ることはなかった。そして坂本もまた、二人の姿を見ることはなかった。

 

―――

 

しばらく後、同じ地域で行われた別の作戦に、志乃とアブソルは参加した。坂本は別の任務に就いていて、顔を合わせる機会はなかった。

 

数日後に届いた作戦報告に、坂本はその名前を見つけた。柊志乃。その隣に、アブソル・R・クルス。

 

一方が速く前へ出る。もう一方が、離れた位置から敵の動きを捉えて接近方向を知らせる。志乃はそれを受けて進路を変え、敵へ迫る。アブソルは自分の機体に合った距離を保って、援護射撃で敵の動きを縛る。志乃が見落としやすい方向から敵が来ればアブソルが知らせ、アブソルが急な機動を強いられそうになれば、志乃が先に進路を押さえる。

 

坂本は、報告書を持つ手を止めた。

 

「……何だ、これは」

 

優れた二人が、並んで飛んでいたのではない。違う機体で、違う役目で、一つの戦いを最初から最後まで組み立てていた。坂本の胸に残ったのは、戦果よりも、その過程だった。

 

視力がない。シールドを張れない。それは事実だ。あのとき懸念した危険も、消えたわけではない。けれど報告書には、その条件の下で二人が積み上げてきた工夫が、はっきりと書かれていた。

 

あの考え自体を、間違いだとは思わない。だが、自分は本当に、分かろうとしたのだろうか。二人が何をできて、何を警戒し、どうやって互いを守っているのか。知る手段はあった。本人たちは、あの基地にいたのだ。一度、話を聞けばよかった。それすらしないまま、坂本は二つの欠点を並べて、結論へ近づこうとした。

 

その後も、二人の名前を報告書で目にすることはあった。別の地域での活動記録。新しい作戦。二人は各地の空を飛び続けていた。けれど坂本は、結局一度も、本人たちと会うことはなかった。

 

―――

 

「……すまん。少し長い話になったな」

 

坂本が顔を上げると、ミーナは首を横に振った。

 

「いいえ。……そういうことがあったのね」

 

「だから今日、あいつに何を言えばいいのか、分からなくなった」

 

「柊少佐は、当時のことを知っているの?」

 

「編成が変わったことは覚えているだろう。だが、私の進言についてどこまで聞いているかは分からん」

 

窓の外を、車両のエンジン音が通り過ぎた。

 

「私は、出撃を危ないと考えたことを後悔しているわけじゃない。あのときの情報なら、慎重な判断を求める必要はあった。だが、何ができるのかを確かめようとしなかった。それは、私の未熟さだったと思っている」

 

「あなたが仲間を守ろうとしたことも、本当なのね」

 

「ああ」

 

「だったら、その気持ちまで否定する必要はないと思うわ。でも、今のあなたは、あの頃よりずっと多くの人と飛んできたでしょう? それなら、これからどう接するかも、自分で決められるはずよ」

 

坂本はしばらく黙っていた。それから、小さく笑った。

 

「……お前は、昔からこういうときに容赦がないな」

 

「そうかしら」

 

「そうだとも。……ミーナ。柊とクルスの飛行訓練は、近いうちにあるか。できれば、見学させてほしい。報告書は何度も読んだ。だが、飛んでいるところは、まだ一度も見ていないんだ」

 

ミーナは微笑んだ。

 

「もちろん。きっと、驚くわ」

 

## Scene 04 ―― それぞれの午後

 

昼過ぎの食堂では、久しぶりに顔を合わせた仲間たちの話が続いていた。

 

「宮藤さん。荷物の整理は終わりまして?」

 

「あっ、まだです!」

 

「到着早々、何をしているんですの!」

 

「ふふっ。後で一緒にやろうね、芳佳ちゃん」

 

別の席では、ルッキーニが静夏に身を乗り出していた。

 

「ねえねえ静夏、扶桑って、どんな虫がいるの? 大きいやつ!」

 

「む、虫ですか?」

 

真面目に考え込む静夏の隣で、シャーリーが吹き出した。

 

その賑わいから少し外れたところで、志乃は食後のお茶を飲んでいた。

 

「柊少佐! 隣、いいですか?」

 

芳佳の声が近づいてきた。

 

「どうぞ」

 

「皆さんから、少佐とアブソル大尉のお話を聞いたんです。リーネちゃんが、昨日の戦闘ですごい連携を見たって!」

 

「それなら、リーネさんたちの活躍も聞きましたか?」

 

「はい! 二人とも、すごく頑張ったって!」

 

「私も、二人がいてくれて助かりました」

 

芳佳は嬉しそうに頷いた。

 

「私も早く、一緒に飛びたいです!」

 

「そのときは、よろしくね」

 

「はい!」

 

迷いのない声だった。困っている人がいれば、考えるより先に手を差し伸べるのだろう。そんなまっすぐさが、声だけで伝わってきた。

 

芳佳は少し言い淀んでから、尋ねた。

 

「あの……基地の中は、もう慣れましたか?」

 

それが、帯のことを気遣った問いだということは、志乃にも分かった。

 

「まだ知らないところもありますけれど、だいぶ覚えました。歩くのに困ることは、ありませんよ」

 

「そうですか。よかった!」

 

芳佳の声が、ほっと緩んだ。

 

「宮藤さんは?」

 

「私、さっきから廊下を二回も間違えちゃって」

 

志乃は、思わず小さく笑った。

 

「それなら、今度一緒に歩いてみましょうか。私もまだ、入ったことのない部屋がありますから」

 

「本当ですか!」

 

「宮藤さん! まずはお部屋の荷物を片づける約束でしょう!」

 

少し離れたところから、静夏の声が飛んだ。

 

「あっ、そうだった! すみません、柊少佐!」

 

慰ただしい足音が遠ざかっていく。志乃はそれを聞きながら、少しだけ口元を緩めた。

 

―――

 

午後の格納庫では、翌日からの訓練に備えて整備が進んでいた。シャーリーとアブソルが、開いた秋水の外装を並んで覗き込んでいる。

 

「へえ。ここに負荷が集まるんだな」

 

「そうなの。だから高出力を使った後は、必ず確かめてるんだ」

 

「二人とも、また機械のお話?」

 

椅子の上で足を揺らしていたルッキーニが、口を尖らせた。

 

「じゃあ、この工具取ってくれる?」

 

「はーい!」

 

「走るなよ! そこ、部品が並んでるから!」

 

入口に、坂本が姿を見せた。

 

「おお、賑やかだな」

 

「坂本少佐! よかったら、こっちも見ていってくださいよ」

 

「ほう。それが噂の試製秋水か」

 

坂本は少し離れたところから、機体を眺めた。

 

「……ずいぶん変わったものを使うんだな」

 

「扱いは難しいですけど、あの子には合ってるんです。ちゃんと点検して、必要なときだけ高出力にする。そういう約束にしてるんですよ」

 

アブソルの答えに、気負いはなかった。

 

「よく分かっているんだな」

 

「長い付き合いですから!」

 

坂本も、今度は自然に笑みを返した。

 

「坂本少佐も、シノの刀を見たら面白がると思いますよ。あいつ、二本使うんです」

 

シャーリーが何気なく言った。

 

「聞いている。……いつか、見せてもらいたいものだ」

 

「きっとシノも喜びますよ!」

 

アブソルの無邪気な答えに、坂本は一瞬だけ言葉を失った。それから、頷いた。

 

「ああ。そうだといいな」

 

## Scene 05 ―― 廊下の角

 

夕方、廊下の曲がり角の手前で、志乃は一つの足音を捉えた。

 

少し速く、迷いのない歩き方。けれど角の向こうで、その足音が止まった。

 

「……柊少佐か」

 

「はい、坂本少佐。本日は、長旅お疲れさまでした」

 

「なに、大したことはない。それより、昨日はネウロイを撃破したそうだな」

 

「はい。ビショップ曹長とクロステルマン中尉にも、助けられました」

 

「そうか。二人もよくやっているようだな」

 

坂本の声が、少し和らいだ。

 

「近いうちに、訓練を見学させてもらうことになった。差し支えなければ、二人の飛び方も見てみたい」

 

「もちろんです。ぜひ、よろしくお願いいたします」

 

「……ああ」

 

坂本が、一度だけ口を開きかけた。息を吸う音がして、それから何も続かなかった。四年前のことを言おうとしたのか、今日ようやく会えたことを言おうとしたのか、坂本自身にも分からなかった。いずれにせよ、廊下の角で切り出す話ではない。

 

「……では、また明日だな」

 

「はい。失礼します」

 

志乃は敬礼して、廊下の先へ歩いていった。坂本は、その足音が遠ざかるまで立っていた。

 

志乃が自分をどう思っているのか、まだ知らない。四年前の進言を知っているのかどうかさえ、分からない。それなのに、気後れしているのは自分だけだった。

 

「……何を緊張しているんだ、私は」

 

自嘲するように呟いて、坂本は歩き出した。

 

## Scene 06 ―― 揃った名簿

 

夜の会議室に、第501統合戦闘航空団の隊員たちが集まっていた。

 

「本日、宮藤さんと服部少尉が到着しました。これで、再編に向けた顔ぶれが揃ったことになります」

 

ミーナが一同を見渡した。

 

「明日から、部隊全体での訓練と、今後の作戦に向けた調整を始めます。まだ一緒に飛んだことのない組み合わせも多いから、少しずつ確かめていきましょう。柊少佐には、訓練空域と進入方向を、出発前にもう一度口頭で確認します」

 

「ありがとうございます」

 

「クルス大尉は、引き続き試製秋水の点検を優先してちょうだい。高出力については、整備が十分に済んでから判断します」

 

「了解しました! シャーリーにも、手伝ってもらえることになりました!」

 

「おう、任せろ!」

 

「二人とも、記録を残すのを忘れるなよ」

 

「はーい!」

 

「……本当に分かっているのか」

 

ミーナは笑ってから、資料を閉じた。

 

「皆さん。顔なじみの仲間も、新しく加わった仲間も、得意なことはそれぞれ違います。だからこそ、一緒に飛ぶときには、何ができるのか、何を助けてもらいたいのか、きちんと伝え合ってください」

 

その言葉に、坂本は顔を上げた。

 

分からないことは尋ねる。相手を知る。言葉にすれば、当たり前のことだった。四年前の自分は、その当たり前のことをしなかった。

 

「第501統合戦闘航空団。これより、再編任務を本格的に始めます。これからも、よろしくお願いします」

 

「了解!」

 

いくつもの声が重なった。

 

―――

 

会議が終わり、皆が思い思いに席を立った。

 

「芳佳ちゃん、明日の朝は一緒に行こうね」

 

「宮藤さん、寝坊はしないでくださいね!」

 

「シノ、ちょっとだけ格納庫寄っていかない?」

 

「もう遅いよ。確認は明日にしよう」

 

「えー、ちょっとだけ!」

 

「……少しだけ、なら」

 

その近くで、サーニャが顔を上げた。

 

「……柊少佐。明日の訓練、もし一緒に飛べるなら、よろしくお願いします」

 

「もちろん。私も楽しみにしているよ」

 

「わ、私も一緒に飛ぶからな!」

 

慌てて口を挟んだエイラに、志乃は穏やかに頷いた。

 

「ええ。頼りにしています」

 

坂本は、その光景を少し離れたところから眺めていた。

 

かつて、名簿の上にあったのは二人の名前だけだった。今、二人の周りには、もっと多くの仲間がいる。誰もが同じ力を持っているわけではない。同じ飛び方ができるわけでもない。それでも、互いの違いを知れば、必要な場所で手を貸すことはできる。

 

机の上に残った名簿の、柊志乃という名前の横に、もう欠点だけが浮かぶことはなかった。どう飛ぶのか。何を見つけ、何を見落とすのか。どう仲間を頼り、どう仲間を助けるのか。まだ知らないことは、たくさんある。

 

「……美緒?」

 

隣へ来たミーナに、坂本は顔を上げた。

 

「ああ。明日が楽しみだと思ってな」

 

四年前、自分は名簿の一行から判断を始めた。明日は、同じ空を飛ぶ彼女たちを、この目で確かめたい。その思いだけは、確かだった。

 

(第09話 終)

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