ストライクウィッチーズ ― あの空の続き ―   作:r3ir3i

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## Scene 01 ―― 見せられないもの

 

翌朝、格納庫の扉は大きく開け放たれていた。滑走路から吹き込む朝の風に、積み上げた木箱の隅で薄い書類が揺れている。

 

「右側、異常なし。左側も固定は大丈夫」

 

アブソルが点検表に印をつけた。

 

「出力を上げた後に、あれだけ振動が残らなかったのは助かったね。シャーリーが接続部を見つけてくれたおかげだよ」

 

「あたしだけじゃないだろ。お前たちが何度も試した記録があったから、場所を絞れたんだ」

 

少し離れたところで、志乃は長いケープの袖口を整えていた。床に置かれた器具を避けて、秋水の脇へ寄る。

 

「アブソル。今日の予定は?」

 

「午前は軽い確認だけ。午後の訓練は、まだ決まってないって」

 

「それなら、昨日の記録を一緒に整理しておこう」

 

格納庫の向こうから、弾むような足音が近づいてきた。

 

「シノー! ねえねえ、今日飛ぶ? あたしも飛びたーい!」

 

「おはよう、ルッキーニ。まだ分からないよ。ミーナ中佐の指示次第だね」

 

「えー!」

 

ルッキーニが志乃のそばでぴょんと跳ねた。そのとき、工具台の書類を取ろうと志乃が身をかがめ、ケープの裾が横へ流れた。

 

腰の後ろ。普段は黒い布の下に隠れている、古い革のホルスターが、ちらりと現れた。

 

「……あれ? シノ、それなあに? そこ! 腰の後ろ!」

 

志乃は一瞬、動きを止めた。けれどすぐに、ルッキーニの方へ顔を向けた。

 

「拳銃だよ」

 

「拳銃? えっ、見せて見せて!」

 

周りでは整備が続いていた。工具の触れ合う音。遠くのエンジンの試運転。

 

志乃は、ホルスターへ手を伸ばさなかった。

 

「……ごめんね、ルッキーニ。これは、見せられないんだ」

 

穏やかな断り方だった。叱るわけでも、取り繕うわけでもない。ただ、それだけは譲らないと決めている声だった。

 

「えー、なんでー?」

 

志乃は、少しだけ間を置いた。

 

「大切なものだからね」

 

「……そっか」

 

ルッキーニは、意外なほど素直に頷いた。それでも名残惜しそうに、もう一度ケープの裾の方を見た。

 

「じゃあ、シノの刀は? そっちはまた見せてくれる?」

 

「それならいいよ。危なくないところでね」

 

「ほんと!? やったあ!」

 

「おい、ルッキーニ! 飛び跳ねるなって。そっちは点検中だぞ!」

 

入口からシャーリーが呼ぶと、ルッキーニは「はーい!」と返して、今度はそちらへ走っていった。

 

「だから走るなー!」

 

アブソルが声を上げて笑い、志乃も小さく笑ってケープを整え直した。

 

その少し後ろで、もう一人、今のやり取りを聞いていた人がいた。

 

「……柊少佐」

 

バルクホルンだった。

 

「はい」

 

「いや。点検は済んだのかと思ってな」

 

「ええ。アブソルが最終確認をしてくれています」

 

「そうか。なら、整備記録を提出してくれ。午後の予定を組む」

 

「承知しました」

 

バルクホルンは頷き、格納庫の奥へ歩き出した。

 

さっきの拳銃を、彼女は確かに見ていた。軍務ではもうあまり見かけない、古い造りのホルスター。革には長く使われてきた跡があるのに、留め具の周りは丁寧に手入れされていた。その銃を抜きもしないまま、志乃は見せることを断った。

 

理由を訊けば、教えてくれるのかもしれない。けれどバルクホルンは、振り返りもしなかった。何でも訊けばいいというものではない。それくらいのことは、彼女にも分かっていた。

 

## Scene 02 ―― 出撃

 

午前十時過ぎ、作戦室の通信機から、張り詰めた声が響いた。

 

『ベルギカ西部、鉄道橋付近でネウロイを確認! 中型一、小型四! 南側の道路では、住民を乗せた車両が移動中です!』

 

「鉄道橋の状況は?」

 

『橋そのものに大きな損傷はありません。しかし敵が東へ進めば、退避経路が塞がれるおそれがあります』

 

通信を終えると、ミーナは顔を上げた。室内には、バルクホルンと坂本がいた。

 

「迎撃を出すわ」

 

「私が指揮を執ろう。再編後、初めての複数機による実戦になる。若い二人にも経験を積ませたいが、危険なら後ろへ下げる」

 

「ただし、今回は訓練じゃないわ。撤退の判断をためらわないで」

 

坂本が地図を覗き込んだ。

 

「道路は橋の南側を通っているのか。ならば、敵を道路から引き離すのが先だな。……宮藤と服部には、互いの位置を常に報告させるといい。先日の訓練では、そこがまだ不安定だった」

 

「そうするつもりだ」

 

短い答えだった。坂本には、それで十分だった。

 

「バルクホルン少佐。あなたに指揮を任せます。シャーリーさん、ルッキーニさん、柊少佐、クルス大尉、宮藤さん、服部少尉を同行させて。基地にはほかの隊員を待機させます」

 

―――

 

出撃の命令が届くと、格納庫の空気が変わった。

 

「中型一機、小型四機。道路の避難車両を守る任務だ」

 

バルクホルンが地図を指した。

 

「私が全体の指揮を執る。シャーリーとルッキーニは敵の外側を回り込み、小型の動きを押さえろ。柊少佐とクルス大尉は中型への攻撃。宮藤と服部は後方を見ながら、車両のいる空域を警戒する。……二人とも、訓練で注意したことを忘れるな。気になるものを見つけたら、まず報告しろ。勝手に動けば、味方の射線を塞ぐことになる」

 

「はい!」

 

「承知しています!」

 

志乃は二人の声を聞いてから、地図の脇へ顔を向けた。

 

「バルクホルン少佐。敵と道路の位置関係を、もう一度口で確認してもよろしいでしょうか」

 

「もちろんだ」

 

バルクホルンが方角と距離を説明し、志乃はそれを一つずつ確かめた。隣で、アブソルが自分の受け持ち空域を頭に入れている。

 

「無理に撃破を急ぐな。まずは避難が終わるまで、敵をあの場所へ近づけさせないことだ」

 

「了解しました」

 

志乃とアブソルが揃って答えた。

 

芳佳が静夏へ顔を向けた。

 

「服部さん、よろしくね」

 

「こちらこそ、宮藤さん。今日はちゃんと報告しますから!」

 

二人の声は、まだ少し硬かった。そのそばを通るとき、志乃は穏やかに声を掛けた。

 

「困ったら、遠慮せず呼んでね」

 

「はい、柊少佐!」

 

## Scene 03 ―― 鉄道橋の空

 

低い雲が、ところどころ空を覆っていた。その下には、戦争で傷ついた町と、田畑の間を縫う道路が続いている。

 

七機が高度を保って進んでいた。先頭はバルクホルン。少し離れてシャーリーとルッキーニ。志乃とアブソルは中央寄りで、芳佳と静夏が後方を受け持っている。

 

『鉄道橋、確認した! 道路の上に車が何台かいる。あれが避難中の車両だな』

 

『こちらも確認。敵は橋の西側だ。全機、警戒。小型をこちらへ引きつけろ』

 

シャーリーが速度を上げ、ルッキーニがその少し外側へ飛び出した。

 

『ルッキーニ、先に行きすぎるなよ!』

 

『分かってるってば!』

 

軽い返事とは裏腹に、ルッキーニの進路はきちんとシャーリーの援護に入れる範囲に収まっていた。

 

志乃はその動きを知覚の端で追いながら、前方の中型に意識を向けた。敵の装甲が、空間の中で大きく張り出している。輪郭は分かる。けれど、そのどこに核があるのかまでは分からない。

 

『アブソル』

 

『うん。中型、こっちへ向き始めてる。砲口の動き、追うね』

 

『お願い』

 

アブソルが大型の対物ライフルを構え直し、推進音を少し落とした。次の射撃で、身体と機体の向きを揃えるためだった。

 

『柊少佐、中型は任せる。私は南側の小型を押さえる!』

 

『了解しました』

 

次の瞬間、中型の装甲が開き、砲撃が放たれた。

 

『右へ!』

 

アブソルの警告に、志乃は身体をひねった。光の軌道は分からない。けれど、迫る攻撃の位置と方向は捉えられる。自分へ向かってきた砲撃が、わずかに進路を曲げて横へ逸れた。その間に、志乃は高度を上げた。

 

『上から入るよ』

 

『分かった。下の装甲を撃つ!』

 

重い射撃音が、空に響いた。装甲の一部に亀裂が走り、敵は身をよじって砲口をアブソルへ向けようとする。

 

『来るよ、アブソル』

 

『うん、見えてる!』

 

アブソルは射線から外れた。次の射撃位置は、もう決めていた。離れて飛ぶ二人の間を短い通信が行き交い、それだけで動きがつながっていった。

 

## Scene 04 ―― 持ち場

 

『一機、そっちへ向かったぞ!』

 

シャーリーが叫んだ。ルッキーニを追っていた小型が、急に南側へ進路を変えていた。

 

『追うよ!』

 

『慌てるな、ルッキーニ。あたしが右を塞ぐ!』

 

シャーリーが大きく回り込み、ルッキーニが敵の背後についた。無闇には撃たない。道路の下には、退避を続ける車両がある。敵の進む先をシャーリーが塞ぎ、ルッキーニが距離を詰めた。

 

『そこっ!』

 

ルッキーニの攻撃が装甲を焼き、シャーリーの射撃が続いた。黒い破片が空中に散った。

 

『一機撃破! ルッキーニ、次だ!』

 

そのとき、後方を飛んでいた芳佳が、道路の一点に気づいた。

 

車列の最後尾。一台の車が、急に速度を落としていた。その前で、軍服の兵士が何かを叫んでいる。近くの地面には、さっきの砲撃で上がった土煙が残っていた。

 

『あの車……!』

 

芳佳は、高度を下げかけた。このまま敵が戻ってきたら、あの車が危ない。

 

『宮藤! 持ち場を離れるな!』

 

バルクホルンの声が飛んだ。芳佳は、はっとした。数日前の訓練。隊形を崩した自分のために、志乃が大きく旋回してくれたこと。自分の位置も仲間の位置も見て飛べと言われたこと。一瞬のうちに、それが戻ってきた。

 

『……バルクホルン少佐! 道路の最後尾に、動けなくなっている車がいます! 私はその上空へ下がって、防護したいです!』

 

『状況を確認する。服部、右後方の敵は?』

 

静夏はそちらへ顔を向けた。小型が一機、雲の下を回り込んでいる。予定されていた経路より低い。

 

「……っ」

 

報告の言葉を探した。そのわずかな沈黙の間にも、敵との距離は縮まっていく。

 

『服部さん。見えたものを、そのまま教えてくれればいいよ』

 

志乃の声が、通信に入った。柔らかな声だった。静夏は息を吸った。

 

『小型一機、右後方! 高度を下げて、道路へ向かっています!』

 

『よし、よく見た! 宮藤、車両の上空へ降りて防護しろ。ただし敵は追うな。服部は宮藤の右を警戒! 私が一機引き受ける!』

 

『了解です!』

 

『了解しました!』

 

志乃は、中型へ向けていた進路をわずかに変えた。けれど、道路の真上へは下りていかなかった。自分には、地上の人々を覆うシールドが張れない。それは、誰よりも志乃自身が知っていた。代わりに、敵が道路へ向かう進路を一つ塞ぐ。

 

『バルクホルン少佐。南側へ回ろうとしているもう一機は、私が引きつけます』

 

『中型はどうする?』

 

『アブソルが射撃を続けています。短時間で戻ります』

 

『よし。任せる』

 

志乃は旋回した。攻撃を引き受けるための動きだった。小型が志乃へ向きを変え、道路から少しずつ離れていく。

 

『宮藤さん。今なら下へ入れるよ』

 

『ありがとうございます!』

 

芳佳は降下し、車両の上に位置を取った。敵が向かってくる方角へ、大きなシールドを広げる。

 

『動ける人は、道路の脇へ! 早く!』

 

その声が地上まで届いたかは分からない。けれど兵士が腕を振り、車から降りた人々が土手の方へ移り始めた。芳佳は自分の位置を保った。ここを離れなければ、守れるものがある。それを、今ははっきり分かっていた。

 

―――

 

『服部! 右上だ!』

 

バルクホルンの声に、静夏が顔を上げた。小型が雲から飛び出し、芳佳の背後へ向かっている。

 

『こちら服部! 宮藤さんの右上から、一機接近! 迎撃します!』

 

『よし! ただし深追いはするな!』

 

静夏は高度を上げた。数日前の訓練なら、ここで指示どおりの高度を守ろうとしたかもしれない。けれど今は、芳佳を守るために自分がどこへ行けばいいのかを考えていた。

 

初弾が装甲の端をかすめた。敵が身体を傾ける。静夏はそれを追いかけようとして、踏みとどまった。逃げる敵を追えば、芳佳の右側が空いてしまう。

 

『宮藤さん! 右側は私が見ています!』

 

『うん、ありがとう!』

 

静夏は位置を変えず、次の機会を待った。ネウロイがもう一度芳佳の方へ向きを変えた瞬間、引き金を引いた。数発の弾が同じ箇所へ集まり、装甲が砕けて、赤い核が露出する。もう一度、狙いを定める。

 

銃声。小型がばらばらに砕けた。

 

『撃破、確認! やるじゃないか、服部!』

 

シャーリーの声に、静夏は『……はい!』と答えた。その声には、驚きと安堵が混じっていた。

 

『よくやった。持ち場を維持しろ』

 

『了解しました!』

 

喜ぶのは、まだ早い。芳佳が守っている人たちは、まだ道路にいるのだから。

 

## Scene 05 ―― 中型

 

残る小型のうち一機は、バルクホルンが追い込んで核を破壊した。もう一機は、志乃を追うように旋回している。

 

『アブソル。中型は?』

 

『装甲がだいぶ割れてきたよ。でも、砲口がまだこっちを追ってる』

 

『分かった。すぐ戻る』

 

このまま追わせれば、味方から離れた空域へ誘い出せる。けれど、いつまでも時間を使うわけにはいかない。

 

『イェーガー大尉、お願いできますか』

 

『任せな!』

 

シャーリーが高速で横切り、敵の注意がそちらへ移る。ルッキーニが少し上から回り込んだ。

 

『今度はあたしがこっちー!』

 

二人の間で、小型は逃げ道を失った。シャーリーの射撃とルッキーニの追撃が重なり、黒い破片が散った。

 

『小型、最後の一機撃破!』

 

『よし! あとは中型だ!』

 

志乃は進路を戻した。遠くで、アブソルの重い射撃音が続いている。

 

『待たせたね』

 

『ううん。こっちもいいところだよ! 右の装甲、二発入れた。次で開くと思う』

 

志乃は速度を上げた。あの夕暮れのような高出力ではない。今要るのは、敵へ届く距離と角度を、正確に作ることだった。

 

『クルス大尉。撃てるか』

 

『はい! あと一発!』

 

『私が左を押さえる。柊少佐、射線へ入るなよ!』

 

バルクホルンが中型の左側へ回り込んだ。その射撃を嫌った敵が装甲を傾け、アブソルのいる方へ、亀裂の走った側面が向く。

 

『シノ、今!』

 

重い銃声と同時に、装甲の一部が大きく欠けた。志乃は、その輪郭の変化を捉えた。敵の身体に、開いた場所ができる。そこを通る。

 

両袖から、二振りの黒刀を抜いた。最初の一振りを亀裂の端へ。続く一振りを、ひびの広がった装甲のつなぎ目へ。硬い手応えが伝わる。それでも刃は、割れたところから装甲を裂いていく。志乃は身体をひねり、敵の真横へ抜けた。

 

だが、それだけでは終わらなかった。

 

『柊少佐! 敵が回転します!』

 

静夏の声だった。志乃はそれに合わせて、進路を少し外へ広げた。敵の砲口が、たった今までいた場所へ向けられる。

 

『ありがとう、服部少尉』

 

装甲の内側に空いた隙間が、さらに広がった。

 

『……見えました! 露出した核、機体の下寄りです! 柊少佐から見て、少し右!』

 

今度は、確かな声だった。

 

『了解』

 

志乃はその位置を、頭の中で組み直した。自分に分かるのは、敵の形と位置だけだ。核の色も光も分からない。けれど、静夏の声が、足りないものを補ってくれた。

 

『アブソル、次の角度をお願い』

 

『分かった! 右上から援護する!』

 

一発。外殻が砕け、開いた隙間がさらに広がる。志乃は、その瞬間を逃さなかった。回転する装甲の動きを確かめ、一つ目の刃で進路を塞ぐ破片を払う。もう一つの刃を、静夏が教えた位置へ振り下ろした。

 

硬いものに触れた感触。続いて、鋭い破裂音。ネウロイの身体が内側から崩れ、黒い装甲がいくつもの破片になって宙へ散った。

 

『中型、撃破確認!』

 

バルクホルンの声が響いた。志乃は刀を引き、飛び散る破片から距離を取った。すぐ近くに、アブソルが合流する。

 

『お疲れ、シノ!』

 

『アブソルもね。助かったよ』

 

『今日は服部少尉もすごかったね』

 

『うん。正確な報告だった』

 

二人はそれ以上言葉を交わさず、速度を落として道路の上空へ向かった。そこにはまだ、守るべき人々がいた。

 

―――

 

『こちらバルクホルン。全機、周辺を再確認! 敵の追加がないことを確かめるまでは警戒を解くな!』

 

道路では、最後尾の車がようやく動き始めていた。芳佳はシールドを解かず、その様子を見守っていた。

 

『宮藤。車両が移動を再開した。そろそろ高度を戻せ』

 

『はい! ……服部さん、上に戻るね』

 

『了解。右側、異常ありません!』

 

芳佳はゆっくり高度を上げた。飛び出すのではなく、後方の機体と距離を合わせながら。志乃は、その動きを少し離れたところから感じ取っていた。

 

『宮藤さん。落ち着いて戻れたね』

 

『……ありがとうございます!』

 

『服部さんも。さっきの報告、助かったよ』

 

『い、いえ! ……ありがとうございます。次も、早くお伝えします!』

 

『うん。頼りにしているよ』

 

『二人とも、気を緩めるのは帰投後にしろ』

 

『は、はい!』

 

『相変わらず厳しいな、バルクホルン』

 

『当然だ。まだ飛行中だぞ』

 

『あたし、もうお腹すいたー!』

 

通信に、少しだけ笑い声が混じった。ほどなく現地部隊から、避難車両の退避が完了したとの連絡が入り、七機はサン・トロンへ進路を取った。

 

## Scene 06 ―― 報告

 

夕方の報告室で、ミーナは戦闘記録を見ながら頷いた。

 

「鉄道橋と避難車両、どちらも大きな被害はなかったそうよ。現地から、お礼の通信が届いているわ」

 

「よかった……!」

 

「ただし、宮藤さん。危険に気づいてくれたことはよかったと思うわ。でも、全体の状況を知らせずに動いていたら、あなたも、守ろうとした人たちも危なかったかもしれない」

 

「……はい。途中で、ちゃんと報告できてよかったです。今度はもっと早く伝えます」

 

「私も、最初の報告が遅れました。申し訳ありません!」

 

姿勢を正した静夏に、バルクホルンが言った。

 

「その後は、自分で状況を判断して伝えられたな。宮藤の右を守ったのも、よい判断だった。だが、敵を撃破したからといって、報告の遅れがなくなるわけではない。次は最初からできるようにしろ」

 

「了解しました!」

 

「はっはっは! 二人とも、少しずつ身についてきたな。実戦は訓練のとおりにはいかん。だが、訓練で覚えたことは、こういうときに役立つ」

 

坂本が笑うと、静夏は真剣な顔で頷いた。

 

「はい。今日は、その意味が分かった気がします」

 

シャーリーが椅子の背にもたれかかった。

 

「にしても、最後の中型は見事だったな。アブソルがあそこまで装甲を崩して、シノが中へ入る。見てて気持ちよかったよ」

 

「私たちだけではありません」

 

志乃は静かに答えた。

 

「バルクホルン少佐が敵の向きを変えてくださったから、アブソルの射撃が通りました。それに、核の位置を教えてくれたのは服部少尉です」

 

「わ、私は……見えたことをお伝えしただけです!」

 

「それが助かったんだよ。シノには分からないこともあるからね。あのとき言ってくれなかったら、もう一回外側を回ることになったかもしれない」

 

アブソルが笑うと、志乃も静夏の方へ顔を向けた。

 

「ええ。あの報告のおかげで、迷わず入れました」

 

「……はい!」

 

バルクホルンが記録を閉じた。

 

「今回の戦闘では、それぞれが持ち場を守った。だが、途中で隊形を動かす必要もあった。大切なのは、決めた位置に固執することではない。何のためにそこを飛んでいるのか、忘れないことだ」

 

「はい!」

 

「今日はここまでにしましょう。明日は整備と休養を優先してちょうだい」

 

「やったー! 明日はお休み?」

 

「点検はあるぞ」

 

「えー!」

 

また、笑い声が起こった。

 

## Scene 07 ―― 廊下

 

報告を終えた廊下に、夕食へ向かう隊員たちの声が響いていた。前を歩く芳佳と静夏が、今日の戦闘の話をしている。

 

「宮藤さん。次は私から先に報告しますから」

 

「うん。でも、私もちゃんと自分の位置を見て飛ぶよ」

 

「約束ですよ」

 

「約束!」

 

その声を聞きながら、志乃は歩いていた。隣のアブソルは、対物ライフルの点検のことを考えているらしい。

 

「今日さ、撃った後の振動、ちょっと違ったんだよね。たぶん固定の方だと思うんだけど。明日、シャーリーと見てみる」

 

「そっか。無理のない範囲でお願いね」

 

「分かってるって!」

 

廊下の曲がり角で、前からバルクホルンが歩いてきた。

 

「柊少佐。今日の飛行、助かった。宮藤と服部への対応もな」

 

「二人とも、自分で立て直せていました。私がしたのは、ほんの少し進路を空けただけです」

 

「その『少し』が、できる者ばかりではない」

 

バルクホルンは短く言って、ふと目を下げた。志乃のケープの裾が、歩くたびに揺れている。その下に何があるかを、彼女は今朝知った。

 

けれど、何も訊かなかった。

 

「……明日は休んでおけ。点検はクルス大尉たちと分担できるだろう」

 

「ありがとうございます。少佐も、お疲れさまでした」

 

「ああ」

 

バルクホルンは二人の横を通り過ぎた。振り返れば、まだ話を聞くことはできたかもしれない。あの古い拳銃は、どこで手に入れたものなのか。なぜ、見せることを断ったのか。

 

だが今は、それを知る必要はないと思った。戦場での志乃は、自分にできないことを隠さず、仲間の助けを求めていた。それと同じように、誰にも語らずに持っていたいものがあってもいい。

 

バルクホルンは、そのまま歩き続けた。

 

―――

 

「……シノ」

 

「なに?」

 

「ルッキーニ、今日もすごく元気だったね。明日、また何か見せてって言われるかもよ?」

 

志乃は少し笑った。

 

「刀なら構わないよ」

 

「そうだね!」

 

アブソルは、そこで話を変えた。

 

「ねえ、今日の夕ご飯、何だろう」

 

「さあ。食堂へ行ってみようか」

 

「うん!」

 

二人は並んで歩いていく。その後ろで、黒いケープが静かに揺れた。

 

腰の後ろの古い拳銃は、いつもの場所に収まっていた。誰にも見せず、誰にも説明しないまま。ただ、今日も志乃と一緒に帰ってきた。

 

(第13話 終)

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