ストライクウィッチーズ ― あの空の続き ―   作:r3ir3i

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## Scene 01 ―― 三日目の朝

 

翌朝、廊下の窓から差し込む光が、床に長い影を落としていた。格納庫ではもう整備兵たちが働き始め、どこかで工具の落ちる音がする。

 

自室の扉を閉めて、志乃は廊下に出た。昨日と同じ位置にある壁。角を曲がった先の階段。開いた窓から流れてくる風。三日も歩けば、身体が少しずつ道を覚えていく。

 

「シノー! おはよう!」

 

向かいの扉が勢いよく開いた。

 

「おはよう、アブソル。よく眠れた?」

 

「ばっちり! 寝る前に、ちょっとだけ機体のこと考えてたけどね」

 

「……ちょっとだけ、ね」

 

「本当だって!」

 

「それならいいけど」

 

「……なんか信用されてない気がする」

 

二人は並んで階段へ向かった。

 

「今日も飛べるかなあ」

 

「今日は、整備が先じゃなかった?」

 

「あっ、そうだった。秋水の高出力の調整、まだ残ってたんだ」

 

「頼むね」

 

「任せて!」

 

―――

 

食堂では、ミーナがテーブルの端で書類を揃えていた。隣のバルクホルンは書類を読みながら時折パンに手を伸ばし、ハルトマンはまだ椅子の背に身体を預けている。

 

「おはよう、二人とも。よく休めたかしら」

 

「はい。おかげさまで」

 

「それならよかったわ。……実は、今日から少し賑やかになりそうなの」

 

アブソルが顔を上げた。

 

「再編に伴って、ほかの隊員たちが順に戻ってくることになったのよ」

 

ハルトマンの目が、ぱちりと開いた。

 

「あ、もしかしてシャーリーたち?」

 

「ええ。午前中に着く予定よ」

 

「ようやく部隊らしい人数になるな」

 

書類を閉じたバルクホルンに、ミーナは頷き、志乃たちの方へ向き直った。

 

「シャーロット・E・イェーガー大尉と、フランチェスカ・ルッキーニ少尉。二人とも、以前の501の隊員よ」

 

志乃の手が止まった。

 

「……イェーガー大尉と、ルッキーニ少尉ですか」

 

「ええ。知っているの?」

 

「先日、エーゲ海でご一緒しました」

 

「あっ!」

 

アブソルが声を上げた。

 

「シノが話してた、あの賑やかな二人?」

 

「うん」

 

「なら、きっと合ってる」

 

ハルトマンがにやりと笑った。

 

「特にルッキーニは、賑やかどころの話ではないがな」

 

バルクホルンは苦笑して、それから少し声を和らげた。

 

「まあ、久しぶりだ。元気でいるなら何よりだ」

 

「トゥルーデ、嬉しいんでしょ」

 

「当たり前だろう。仲間が戻ってくるんだからな」

 

即座に返されて、ハルトマンは少し意外そうな顔をし、それから楽しそうに笑った。

 

「午後には、別の二人も着く予定よ。荷物の受け入れが続くから、格納庫も慰ただしくなるわ」

 

「だったら私、手伝ってきます!」

 

勢いよく手を挙げたアブソルの皿には、まだ半分以上残っていた。

 

「その前に、朝食だ」

 

「……あっ、はい」

 

## Scene 02 ―― 再会

 

午前十時を少し過ぎた頃、基地の上空に二機のストライカーが現れた。

 

先を行く一機は伸びやかな軌道で飛行場へ近づいてくる。その少し後ろを、小柄なウィッチが落ち着きなく左右に揺れながらついてきていた。

 

「あ、来た来た!」

 

「まったく、相変わらずだな」

 

地上の受信機に、無線の声が入った。

 

『シャーリー! あそこ、ミーナたちだよ!』

 

『分かってるって。まず着陸するぞ、ルッキーニ!』

 

『はーい!』

 

二機が次々と滑走路に降り立った。最初にストライカーを外した背の高いウィッチが、大きく伸びをする。

 

「ふうっ! よう、ミーナ! 久しぶり!」

 

「お帰りなさい、シャーリー。元気そうで何よりね」

 

「おお、ハルトマン! トゥルーデも!」

 

「ご苦労だったな、イェーガー大尉」

 

「なんだよ、そんな堅苦しくしなくてもいいじゃないか」

 

「着任したばかりなんだ。まずは手続きをだな……」

 

「はいはい、分かってるって!」

 

その横で、ルッキーニが辺りを見回していた。

 

「うじゅー! ひっさしぶりー!」

 

そのままミーナに飛びつく。

 

「わっ……ふふっ。お帰りなさい、ルッキーニ」

 

「ルッキーニ、落ち着け!」

 

バルクホルンの声は、まるで届いていないようだった。ルッキーニはミーナから離れると、くるりと振り返り、少し離れたところで足を止めた。

 

黒いケープ。手元まで隠れる長い袖。両眼を覆う黒い帯。

 

「……シノ?」

 

志乃が、声の方へ顔を向けた。

 

「うん。久しぶりだね、ルッキーニ」

 

「シノーっ!」

 

志乃が腕を広げるより早く、小さな身体が飛び込んできた。志乃は一歩下がって、それを受け止めた。

 

「ほんとにシノだ! なんでここにいるの!?」

 

「おととい、501に着任したんだよ」

 

「えーっ! じゃあ、また一緒に飛べるんだ!」

 

「そうみたいだね」

 

「やったあ!」

 

その声に、シャーリーも振り返った。目を丸くする。

 

「おいおい、柊少佐じゃないか!」

 

志乃はルッキーニをそっと地面に降ろした。

 

「イェーガー大尉。お久しぶりです」

 

「ははっ! そうか、こっちに来た二人の増援って、お前たちだったのか! まさか、こんなに早くまた会えるとはな」

 

「私も驚きました。お二人とも、お元気そうで何よりです」

 

「当たり前だろ。こっちは相変わらずさ」

 

「本当に、知り合いだったのね」

 

ミーナが言うと、志乃が頷いた。

 

「はい。デロス島での作戦を、ご一緒しました」

 

「ああ。あれは忘れられない作戦だよ」

 

シャーリーの声が、少しだけ穏やかになった。志乃の袖を掴んだまま、ルッキーニも小さく頷く。けれど次の瞬間には、もう明るい顔に戻っていた。

 

「ねえねえ、シノ! 今度は、もっと長く一緒にいられるんだよね! デロス島の約束も、忘れてないよね?」

 

「忘れていないよ。またよろしくね」

 

「うん!」

 

―――

 

「……それで」

 

シャーリーが、志乃の隣に立つ金髪のウィッチへ目を向けた。

 

「そっちが、もう一人の増援か」

 

「はい! アブソル・R・クルス大尉です! よろしくお願いします!」

 

「シャーロット・E・イェーガーだ。シャーリーでいいぜ」

 

「よろしく、シャーリー!」

 

「うん、いいね。……ん?」

 

シャーリーが、思い出したように志乃を振り返った。

 

「ちょっと待てよ。前に秋水を見せてもらったとき、整備してるのは昔からの相棒だって言ってたよな。その名前……」

 

「はい。アブソルです」

 

「私だよ!」

 

アブソルが、ぱっと顔を上げた。

 

「本当に!? じゃあ、あのロケット式を調整したのはお前なのか!」

 

「シノと一緒にね!」

 

「いやあ、会ってみたかったんだよな!」

 

「私もシノから聞いてたよ! 秋水を見て、ずっと質問してた人がいたって!」

 

「ははっ、そりゃあたしだ!」

 

「やっぱり!」

 

二人が同時に笑った。それを少し離れて眺めていたハルトマンが、小さく息を吐いた。

 

「……あーあ。あの二人、絶対長くなるよ。ああいう顔してるときのシャーリー、止まんないもん」

 

予想は、すぐに当たった。

 

「なあ、秋水って今どこにある?」

 

「格納庫だよ。昨日、飛行確認を済ませたところ!」

 

「今から見せてくれよ! それと柊少佐、乗せてくれるって話、まだ生きてるよな?」

 

「調整が済んだら、ですよ」

 

「えっ、乗るの!? じゃあ、高出力の調整、急がないと!」

 

二人はもう、格納庫の方へ歩き始めていた。

 

「……待て!」

 

バルクホルンの声が飛んだ。

 

「イェーガー大尉! まずは着任報告だ!」

 

シャーリーとアブソルが、揃って足を止めた。

 

「あっ」

 

「……そうだった!」

 

ハルトマンが吹き出し、ミーナも苦笑した。

 

「機体は逃げたりしないわ。手続きが終わってからにしましょうね」

 

志乃は、そのやり取りを聞きながら、かすかに笑っていた。

 

## Scene 03 ―― 格納庫と中庭

 

昼過ぎの格納庫で、シャーリーとアブソルは試製秋水の前にしゃがみ込んでいた。

 

「……前に見たときより、取り付け部が変わってるんじゃないか」

 

「分かる? 前のままだと高出力を使ったときに負荷が残りやすかったから、ちょっと調整したの」

 

「へえ、ここか! で、飛んでみてどうだった?」

 

「通常巡航はいい感じ。でも高出力の方は、まだ様子を見てるところ。まずは機体への負荷を確かめたいんだよね」

 

「いいじゃないか。速いだけじゃ、いい機体にはならないからな」

 

「そうそう! そうなんだよ!」

 

少し離れて立っていた志乃が、口を開いた。

 

「……ずいぶん気が合うみたいだね」

 

「お前の相棒、面白いな!」

 

「昔から、こんな感じですよ。機械の話になると、時間を忘れるんです」

 

「シノ! 自分だって、いつも一緒に考えてるじゃん!」

 

「……確かに」

 

あっさり頷いた志乃に、シャーリーが声を上げて笑った。

 

その隣で、ルッキーニが頬を膨らませていた。

 

「ねえ、シャーリー。まだー?」

 

「もう少し!」

 

「さっきも言ったー!」

 

志乃が、ルッキーニの方へ顔を向けた。

 

「ルッキーニ、何かしたいことがあるの?」

 

「うん! シノに基地を案内しようと思ってたの! シノ、ここ初めてでしょ?」

 

「まだ三日目だね」

 

「じゃあ、あたしが教えてあげる!」

 

志乃は少し考えてから頷いた。

 

「ありがとう。助かるよ」

 

「やった! こっちこっち!」

 

ルッキーニに手を引かれ、志乃は格納庫を出ていった。

 

「おい、ルッキーニ! 勝手にどこか行くなよ!」

 

「基地の中だよー!」

 

シャーリーは息を吐き、アブソルが笑った。

 

「仲いいんだね」

 

「まあな。あいつといると、退屈しないよ。……そういえば、二人はどのくらい一緒なんだ?」

 

「訓練生の頃から、ずっとだよ」

 

「じゃあ、あの飛び方も昔からか」

 

「飛び方は、何度も変えてきたかな」

 

アブソルは、秋水の外装に手を置いた。

 

「シノの機体も私の機体も、最初から今の形だったわけじゃないし。二人で色々試して、少しずつね」

 

「機体の性能より、乗り手同士の理解が先にある、ってことか」

 

「そういうこと! ねえ、今度シャーリーのストライカーも見せて!」

 

「もちろん! あたしのも、いろいろ手を入れてるからな!」

 

二人の話は、また機械の方へ戻っていった。

 

―――

 

同じ頃、ルッキーニは志乃の手を引いて、基地の中庭を歩いていた。

 

「ここがね、前にみんなで集まってたところで……あっ、でもこっちは新しくなってる! 前と違うや!」

 

「案内する方も、初めて見る場所があるんだね」

 

「えへへ。そうみたい!」

 

中庭の端の木の下で、ルッキーニが足を止めた。葉擦れの音が、頭の上で揺れていた。

 

「……ねえ、シノ」

 

さっきまでより、少し小さな声だった。

 

「デロス島のこと、覚えてる?」

 

「もちろんだよ」

 

「あたしね、あのときシノがいなかったら、どうなってたんだろうって、たまに思うんだ」

 

志乃は、すぐには答えなかった。

 

「……私一人では、何もできなかったよ。ネウロイを洞窟の外へ引きずり出してくれたのは、ルッキーニたちだった。四人がいたから、私は斬れたんだよ」

 

ルッキーニが顔を上げた。

 

「……ほんと?」

 

「本当だよ。よく覚えてる」

 

ルッキーニは少し黙っていた。それから、いつもの笑顔になった。

 

「……そっか! じゃあ、今度も一緒に頑張ろうね!」

 

「うん。こちらこそ」

 

「次は食堂! あそこ、いい匂いがするんだよ!」

 

「……お昼は、もう食べたんじゃなかった?」

 

「おやつは別!」

 

志乃は、思わず笑った。

 

## Scene 04 ―― 午後の到着

 

午後三時。基地の正門前に、二台の軍用車両が停まった。

 

荷物を下ろす兵士たちの間から、二人のウィッチが降りてくる。一人は柔らかな雰囲気の少女で、自分の鞄を抱えたまま、もう片方の手で積み荷の札を確かめていた。もう一人は金髪の少女で、運転手から受け取った書類に、慎重に目を通している。

 

「……これで、全部ですわね」

 

ペリーヌ・クロステルマン中尉が言った。

 

「はい。補給品も、ちゃんと届いているみたいです」

 

リネット・ビショップ曹長が答える。

 

「向こうで必要なものは残してきたつもりですけれど、こちらで不足が出るようでは困りますもの」

 

「ペリーヌさん、やっぱりガリアのことが気になるんですね」

 

「……当然ですわ。まだ、やるべきことはたくさんありますもの」

 

「リーネー! ペリーヌー!」

 

明るい声に、二人が振り返った。ハルトマンが手を振りながら歩いてくる。その後ろに、ミーナの姿があった。

 

「お帰りなさい、二人とも」

 

「ただいま戻りました」

 

「クロステルマン中尉、帰隊いたしました」

 

「長旅だったでしょう。二人が戻ってきてくれて、心強いわ」

 

「私も、また皆さんと一緒にいられて嬉しいです」

 

「……私もですわ」

 

格納庫の方から、シャーリーとアブソルが歩いてきた。

 

「よう! 二人とも、久しぶり!」

 

「お帰りなさい、シャーリーさん!」

 

ペリーヌの目が、シャーリーの隣へ移った。

 

「……そちらの方は?」

 

「新しく来たクルス大尉だ。あたしと同じくらい機械が好きらしい」

 

「アブソル・R・クルス大尉です。よろしくね!」

 

「リネット・ビショップ曹長です。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

「ペリーヌ・クロステルマン中尉ですわ。どうぞ、よろしくお願いいたします」

 

「もう一人は?」

 

ミーナが尋ねた。

 

「シノなら、ルッキーニに基地を案内してもらってるよ」

 

「ルッキーニが? じゃあ、どこを歩いてるか分かんないね」

 

ハルトマンが笑い、ミーナは苦笑しながら空を見上げた。

 

―――

 

夕方、荷物を置き終えたリーネとペリーヌが食堂へ向かっていると、後ろから静かな声が掛かった。

 

「……失礼します」

 

振り返ると、黒いケープのウィッチが立っていた。

 

「柊志乃少佐です。今日、戻られたと伺いました」

 

二人は姿勢を正した。

 

「あっ、はい。リネット・ビショップ曹長です」

 

「ペリーヌ・クロステルマン中尉ですわ。初めまして、柊少佐」

 

「よろしくお願いします」

 

志乃が軽く頭を下げた。リーネの目が、一瞬、両眼を覆う黒い帯に留まった。それから、すぐに相手の顔の方へ戻る。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

「お二人は、ガリアにいらしたそうですね」

 

「ええ。復興の支援をしておりました。まだ十分とは言えませんけれど」

 

「私たちも、ブリタニアで町の復旧を手伝ったことがあります。四年ほど前にネウロイの攻撃を受けた港町で。瓦礫を片づけるところから、少しずつ町が戻っていくのを見てきました」

 

ペリーヌの表情が変わった。

 

「……そうなのですか」

 

「ああいう仕事は、時間が掛かりますね」

 

「ええ……本当に」

 

ペリーヌは、少しだけ強く頷いた。

 

「直せば終わり、というものではありませんもの。家を建て直しただけで、人の暮らしがすぐに元どおりになるわけではありませんわ」

 

「そうですね。それでも、少しずつ変わっていくのは分かります」

 

「私たちも、それを見てきました」

 

リーネが言った。

 

「学校に子供たちが戻ってきたり、お店が開いたりすると……嬉しくて」

 

「だから、放っておけませんの」

 

ペリーヌが小さく微笑んだ。志乃は、その声を聞いて静かに頷いた。

 

「よく分かります」

 

少しの沈黙のあと、ペリーヌが口を開いた。

 

「……柊少佐。差し支えなければ、今度、ブリタニアのお話を聞かせていただけませんか」

 

「もちろんです。私でよければ」

 

「私も、聞いてみたいです」

 

リーネが嬉しそうに言った。そこへ、廊下の向こうからアブソルの声が届いた。

 

「シノー! ご飯だよー!」

 

「……相棒が呼んでいるようです。よろしければ、一緒に行きましょう」

 

## Scene 05 ―― 増えた椅子

 

その夜、食堂の長いテーブルには、昨夜より多くの椅子が並んでいた。

 

ミーナ、バルクホルン、ハルトマン。新しく着任した志乃とアブソル。戻ってきたシャーリー、ルッキーニ、リーネ、ペリーヌ。ようやく、部隊の食卓らしい賑やかさが生まれ始めていた。

 

「ねえねえ、シノ! 今度、一緒に飛ぼうね!」

 

「もちろんだよ」

 

「ルッキーニ、口の中のものを飲み込んでから話しなさい」

 

「はーい!」

 

「トゥルーデ、忙しそうだね」

 

「誰のせいだと思っているんだ!」

 

「いやあ、やっぱりこうでなくちゃな!」

 

シャーリーが笑い、リーネが微笑んだ。

 

「本当に、みんな変わりませんね」

 

「変わらなさすぎる方もいらっしゃるようですけれど」

 

ペリーヌが小さく付け加えた。

 

「ん? 誰のこと?」

 

「……別に、どなたとも申しませんわ」

 

その隣で、アブソルがシャーリーの方へ身を乗り出した。

 

「明日、また格納庫に来るんだよね?」

 

「ああ。あたしのストライカーも見せる約束だからな」

 

「楽しみ!」

 

「……お二人とも。食事中くらい、整備の話から離れたらどうだ」

 

バルクホルンに言われて、シャーリーとアブソルは顔を見合わせた。

 

「……そう言われてもなあ」

 

「ねえ?」

 

「まったく……」

 

志乃は、そのやり取りを静かに聞いていた。

 

ブリタニアの店の食卓とは、ずいぶん違う。人の数も、声の種類も、話の中身も。けれど、誰かが誰かをからかって、笑って、心配する声には、不思議と覚えがあった。

 

「……柊少佐」

 

リーネが声を掛けた。

 

「お食事、お口に合いますか」

 

「ええ。とても美味しいですよ」

 

「よかったです。足りなければ、まだありますから」

 

「シノ、ちゃんと食べてる?」

 

アブソルが横から顔を出した。

 

「食べてるよ。アブソルこそ」

 

「私はばっちり!」

 

胸を張ったアブソルの皿を見て、シャーリーが吹き出した。

 

「ははっ! 確かにそうみたいだな!」

 

―――

 

食事が済んだ後、ミーナは食堂の入口で、しばらく皆の様子を眺めていた。隣に、バルクホルンが並ぶ。

 

「……ようやく、戻ってきたな」

 

「ええ。まだ全員ではないけれど、少しずつね」

 

食堂の中では、ハルトマンがルッキーニに何かを見せている。ペリーヌは呆れた顔をしていたが、リーネに話しかけられると穏やかに笑った。シャーリーとアブソルは、相変わらず機体の話を続けている。そしてその少し隣で、志乃が椅子に座って、皆の声を聞いていた。

 

「……あの二人も、ずいぶん馴染んだようだ」

 

「最初は、二人の戦歴を見て驚いてばかりだったけれど」

 

「経歴だけでは、分からんこともあるものだな」

 

「ええ。これから、もっと知っていきましょう」

 

―――

 

消灯が近づいた頃、自室へ戻ろうとした志乃は、廊下の先から聞こえてくる二つの声に足を止めた。

 

「シャーリー! 明日もシノと遊んでいい?」

 

「遊ぶって……あいつも仕事があるだろ」

 

「えー!」

 

「まあ、休み時間ならいいんじゃないか」

 

「やったー!」

 

志乃の口元が、わずかに緩んだ。

 

「……元気な子だね」

 

隣のアブソルが笑った。

 

「ほんとにシノのこと好きなんだね、あの子。シャーリーもいい人だったし、ストライカーの話が分かるんだよ! 明日、あの人の機体も見せてもらえるんだって!」

 

「今日は、いい一日だったみたいだね」

 

「うん! シノは?」

 

志乃は少し考えた。

 

「……久しぶりに会えた人もいたし、新しく知り合えた人もいた。悪くない一日だったよ」

 

二人は、向かい合う部屋の前で足を止めた。

 

「おやすみ、シノ!」

 

「おやすみ、アブソル」

 

扉が閉まり、廊下に静けさが戻った。けれど、その静けさは昨日とは少し違っていた。知らない声が増え、知っている声が戻ってきた。その一つひとつが、この基地の日々を形作り始めていた。

 

(第07話 終)

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