【謙虚堅実】朝霧様を見守るスレ【孤高の王子様】   作:麗華様親衛隊

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1話

【なろう】謙虚、堅実をモットーに生きております! 感想スレ Part3

 

214:名無しさん

入学式回の、麗華様のクラスの男の子の話していい? 麗華様が「君ドルにはいなかったはず」って首をかしげてた子

 

215:名無しさん

>>214

最近読み始めた新参なんだけど、そもそもこれってどういう話?

 

216:名無しさん

>>215

三行で説明すると

・お嬢様学校が舞台の少女漫画(通称・君ドル)の、悪役令嬢の麗華様に転生した主人公が

・漫画どおりに破滅しないよう「謙虚、堅実」に生きようとしてるのに

・中身は小心者で食いしん坊なのに、周りからはなぜか女王様だと思われてる話

 

217:名無しさん

>>216

有能

 

218:名無しさん

補足。舞台の瑞鸞学院は、お金持ちの家の子が通う名門校。その中でも、家柄・血筋・財力がそろった子だけが入れる「ピヴォワーヌ」っていう特権グループがあって、麗華様はそこのメンバー。小学生の部は「プティピヴォワーヌ」

 

219:名無しさん

>>218

専用のサロンがあって、お菓子が食べ放題なんだっけ。小学生でそれはずるい

 

220:名無しさん

で、その男の子。入学式で一人だけ立ってたんだよ。周りが座っても微動だにしないで、最後に壇上へ一礼してから座ったって

 

221:名無しさん

>>220

あれは理事長への一礼じゃない。学院の百年の歴史への一礼。理事長が泣いてたのも分かる

 

222:名無しさん

自己紹介も「……ごはん」の一言だけ。多くを語らない

 

223:名無しさん

ごはん=日々の糧への感謝。つまり六歳にして悟っている

 

224:名無しさん

>>223

いや、普通にお腹すいてただけでは?

 

225:名無しさん

>>224

夢がない

 

226:名無しさん

麗華様いわく「見た目だけなら、孤高の王子様ってところかしら」

 

227:名無しさん

>>226

孤高の王子様

いい……

(「見た目だけなら」は見なかったことにする)

 

228:名無しさん

立ったまま、憂いを帯びた瞳で、何を見つめていたんだろう

 

229:名無しさん

専用スレ立てた

【謙虚堅実】朝霧様を見守るスレ【孤高の王子様】

 

230:名無しさん

>>229

乙。みんなで見守ろう

 

――――――――――

 

 寝ていた。

 立ったまま、寝ていた。

 憂いを帯びた瞳は、閉じていた。見つめていたのは、夢の中の卵焼きだ。

 話は、その日の朝にさかのぼる。

 

――――――――――

 

 朝は、敵だ。

 布団の中は温かくて、布団の外は寒い。四月の朝は、まだ少しひんやりしている。大人たちはどうしてこんな時間に起きられるのか、六年生きてきた僕には、まだ分からない。

 

「凪、おきてください」

 

 声がした。知っている声だ。

 

「……ん」

 

「『ん』ではありません。きょうは、にゅうがくしきです」

 

 布団の上に、とん、と小さな手が乗った。目を開けると、紺色の制服を着た女の子が、僕の顔をのぞきこんでいた。

 日向柚葉。隣の家の子だ。

 母親同士が仲良しなので、僕たちは生まれたときから、ほとんど毎日顔を合わせている。柚葉は誰に対しても丁寧な言葉でしゃべる。おうちがそういうおうちなのよ、と僕の母は言っていた。

 

「……ゆず。はやい」

 

「凪がおそいのです。三回目ですよ」

 

 一回目と二回目は、覚えていない。

 柚葉は小さくため息をついて、僕の布団をはがした。寒い。ひどい。

 

「……さむい」

 

「せいふくをきれば、あたたかくなります」

 

 正論だった。柚葉はいつも正論を言う。そして僕は、いつも負ける。

 

――――――――――

 

 着替えて食堂に下りると、家族はもうそろっていた。

 父は新聞を広げて、黙ってコーヒーを飲んでいる。父はあまりしゃべらない。病院のいちばん偉い人なので、しゃべらなくても周りが勝手に動いてくれるらしい。便利だと思う。

 母はトーストを三枚重ねて、一度にかじっていた。朝から元気だ。

 そして七つ上の姉の椿は、山盛りのご飯をかきこみながら、焼き鮭を骨ごと――いや、骨は残していた。さすがに。

 

「あら凪、おそかったわね。入学式の日まで寝坊なんて、さすが私の弟だわ」

 

 椿は瑞鸞学院の中等科二年生だ。学院では「おしとやかな朝霧家のお嬢様」と呼ばれているらしい。家ではご飯を三杯おかわりする。

 僕の朝ごはんには、卵焼きが二切れついていた。

 うちの卵焼きは、甘くてふわふわで、とてもおいしい。僕は何でも好きだけれど、おいしいものは最後に食べると決めている。

 だから一切れ目を食べて、二切れ目はお皿の端に残しておいた。

 お味噌汁を飲む。鮭を食べる。ご飯を食べる。

 さあ、最後の一切れ――。

 

「凪、それ食べないならちょうだい」

 

 ひょい。

 お皿の上から、卵焼きが消えた。

 椿の口の中に消えた。

 

「……」

 

「ん、おいしい。やっぱりうちの卵焼きは最高ね」

 

「……さいごに、たべる、つもりだった」

 

「早い者勝ちよ」

 

 世の中は、理不尽だ。

 僕が空っぽのお皿を見つめていると、新聞の向こうから、すっと父の手が伸びてきた。父は自分のお皿を、黙って僕のほうへ押した。

 そこには、卵焼きが一切れ残っていた。

 父さん。

 僕は父を見た。父は新聞から目を離さない。何も言わない。かっこいい。

 僕が手を伸ばそうとした、そのとき。

 

「あら、あなた、それいらないの? じゃあいただくわね」

 

 ひょい。

 母の口の中に消えた。

 父の新聞が、ほんの少しだけ揺れた。

 朝霧家の食卓は、戦場だ。

 

「おはようございます。おじさま、おばさま、椿おねえさま」

 

 玄関のほうから、柚葉がやってきて、ぺこりと頭を下げた。

 その瞬間、椿の背筋が、しゃんと伸びた。

 

「まあ、柚葉ちゃん。おはよう。今日からいよいよ瑞鸞生ね。とってもよく似合っているわ」

 

 さっきまで卵焼きを奪っていた口から、鈴を転がすような声が出てくる。山盛りの茶碗は、いつの間にかテーブルの下に隠れていた。

 姉は、外ではずっとこの調子だ。

 

(……ねえちゃんは、ずるい)

 

 僕は卵焼きのなくなったお皿に、そっと手を合わせた。

 

――――――――――

 

 瑞鸞学院は、お金持ちの家の子がたくさん通う学校だ。うちも病院なので、たぶんお金持ちのほうだと思う。お金持ちかどうかより、給食がおいしいかどうかのほうが気になる。

 講堂は、とても大きかった。

 天井が高くて、シャンデリアがきらきらしていて、椅子が赤くてふかふかだった。

 ふかふか。

 これはまずい、と僕は思った。

 新入生の席は前のほうで、クラスごとに並んでいる。柚葉は僕の隣だ。同じクラスになれたのは、たぶんよかった。たぶん。

 

「凪。ねてはいけませんよ」

 

 座ったとたん、柚葉に小声で言われた。

 

「……ねない」

 

「ほんとうですか」

 

「……たぶん」

 

 柚葉が、じとっとした目で僕を見た。

 式が始まった。偉い人が順番に出てきて、順番にお話をする。瑞鸞の伝統。品格。未来を担う皆さん。むずかしい言葉が、子守歌みたいに流れていく。

 まぶたが重い。ふかふかの椅子が、僕を包みこんでくる。

 

「――それでは皆さん、ご起立ください」

 

 助かった。

 みんなが立ち上がったので、僕も立ち上がった。立っていれば寝ない。さすがに寝ない。椅子に座ったままだったら、たぶん三秒で寝ていた。

 壇上に、白いおひげのおじいさんが出てきた。理事長先生、というらしい。理事長先生は、とてもゆっくり、とても丁寧に、とても長いお話を始めた。

 僕は立ったまま、目をうっすらと閉じた。

 これは寝ているのではない。目を休めているだけだ。

 ……卵焼き。

 ……甘い卵焼き。

 ……最後に食べようと思っていた、二切れ目の卵焼き。

 夢の中で、椿の手が、その卵焼きに伸びてきた。

 僕は、眉をひそめた。

 

「まあ、ご覧になって。あの子、眉をひそめていらっしゃる」

 

「理事長先生の『近ごろは、物を大切にする心が失われつつあります』というところで……」

 

「お小さいのに、世の中を憂えていらっしゃるのね」

 

 夢の中の卵焼きは、椿の口の中に消えた。

 僕は、がっくりと、うつむいた。

 

「……うなだれていらっしゃる」

 

「胸を痛めていらっしゃるんだわ」

 

 夢の中で、父さんが、自分の卵焼きを、黙って僕のほうへ押してくれた。

 僕の口の端が、少しだけ上がった。

 

「ほほえまれたわ!」

 

「理事長先生の『それでも、希望はあります』のところで……!」

 

 夢の中で、母さんが、その卵焼きを食べた。

 ……。

 ざわざわ、という音で、目が覚めた。

 気がつくと、講堂の中で立っているのは、僕だけだった。

 立っていれば寝ない、というのは、まちがいだった。

 前を向いても、横を向いても、みんな座っている。理事長先生のお話は、いつの間にか終わっていたらしい。後ろのほうの保護者席から、たくさんの目がこっちを見ている気がした。

 

「まあ……あの子、ずっと動かないわ」

 

「朝霧病院さんのところの坊ちゃんですって」

 

「なんて凛とした立ち姿なの……」

 

「お顔が、どこか憂いを帯びていらっしゃるわ」

 

 憂い。

 うれい、ってなんだろう。おなかがすいていることだろうか。それなら当たっている。

 くい、くい、と袖が引っぱられた。下を見ると、座っている柚葉が、真っ赤な顔で僕の袖をつかんでいた。

 

「凪、すわるのです。凪だけです」

 

(……すわる。そうか。すわっていいのか)

 

 僕は座ろうとした。

 でも、まだ半分寝ていたので、体より先に頭が動いた。首が、こくん、と前に倒れた。それから、ゆっくり椅子に腰を下ろした。

 ざわざわが、さっきより大きくなった。

 

「いま、一礼なさったわ」

 

「壇上の理事長先生に向かって……」

 

「六歳で、なんて礼儀正しいのかしら」

 

 壇上を見ると、理事長先生が、なぜか目元をハンカチで押さえながら、僕に向かって深々とおじぎを返していた。

 よく分からないけれど、おじぎをされたので、もう一回こくんとしておいた。

 保護者席から、ため息のような声がいっぱい聞こえた。

 あとで聞いた話では、理事長先生は、四十年間お話をしてきて、新入生におじぎをされたのは初めてだったのだそうだ。泣いていたのは、そのせいらしい。

 隣で、柚葉が両手で顔をおおっていた。

 

「凪。あとで、おはなしがあります」

 

 こわい。

 

――――――――――

 

 入学式が終わると、教室に移動した。

 教室も、すごかった。机はつやつやの木でできていて、窓が大きくて、後ろの棚には本がたくさん並んでいる。

 教室のあちこちで、女の子たちが「となりのクラスの、かぶらぎさま、見た?」「すっごく、かっこよかった」とささやき合っていた。かぶらぎさま、というのは、誰なんだろう。

 窓際には、女の子がたくさん集まっている席があった。その真ん中に、やけに堂々とした女の子が座っている。まだ一日目なのに、もう周りに人がいっぱいいる。すごい。

 なんとなく見ていたら、その子と目が合った。

 その子は、ほんの少しだけ首をかしげた。それから、何事もなかったように前を向いた。

 

(……おなか、すいてるのかな)

 

 僕はすいている。

 担任の先生が入ってきて、自己紹介をすることになった。名前と、好きなものを言うのだそうだ。

 

「ほしのみれいです。すきなものは、ポニーです。おうちに、さんとういます」

 

「たかみやしょうです。すきなものは、パパのヘリコプターです」

 

「すきなものは、うちのクルーザーです!」

 

 みんな、好きなものが大きい。

 窓際の堂々とした女の子は、「吉祥院麗華です。みなさん、なかよくしてくださいね」と、とてもきれいに笑った。周りの女の子たちが、ぱちぱちと大きな拍手をした。拍手が大きい。

 柚葉の番がきた。

 

「ひなたゆずはです。すきなものは、おはなと、おちゃです。どうぞよろしくおねがいいたします」

 

 柚葉はきれいに背筋を伸ばして、ぴったり同じ角度でおじぎをした。先生が「まあ」と目を丸くした。柚葉のおじぎは、たぶん大人よりもちゃんとしている。

 そして、僕の番がきた。

 立ち上がる。みんなの目がこっちを向いた。さっきの講堂のことを、もう知っている子もいるみたいだった。

 

「……あさぎり、なぎ」

 

 言えた。座る。

 

「あっ、朝霧くん、好きなものも教えてくれるかな?」

 

 先生に言われて、もう一回立ち上がった。座ったのに。面倒だ。

 好きなもの。

 僕は考えた。ハンバーグは好きだ。カレーも好きだ。お魚も好きだ。おにぎりも、おうどんも、プリンも好きだ。卵焼きも好きだ。今朝、食べそこねた卵焼き。

 ……。

 思い出したら、またお腹がすいてきた。

 全部好きだ。全部言うのは長い。全部を、まとめて、一言で言うと――。

 

「……ごはん」

 

 座った。

 教室が、しん、となった。

 

「……ごはん?」

 

「ごはんって、おこめ?」

 

「ばんごはんのこと?」

 

 ひそひそ声が広がる。先生が「そ、そう! ごはんね! ごはん、大事よね!」と、なぜかあわてて手をたたいた。

 すると、僕の前の席の男の子が、くるっと振り向いて言った。

 

「ぼくも、ごはんすき!」

 

「わたしも!」

 

「ぼくも、すき!」

 

 なぜか、ごはんが好きな子がどんどん増えていった。最後には、クラスのほとんどが、ごはんを好きになっていた。先生はますますあわてていた。

 ごはんを好きだと言わなかったのは、窓際の吉祥院さんくらいだった。吉祥院さんは、ふしぎなものを見るような目で、僕のほうを見ていた。目が合うと、にこっと笑って、すっと前を向いた。

 

「ねえ、あさぎりくん、おなかすいてるのかな」

 

「にゅうがくしきのとき、ずっとうごかなかったよね」

 

「おなかがすいて、うごけなかったんだよ、きっと」

 

「かわいそう……」

 

「あした、ごはん、もってきてあげようよ」

 

「うちのシェフに、たのんであげる!」

 

 その相談を、僕は聞いていなかった。

 自己紹介でがんばったので、机に突っ伏して寝ていたからだ。

 

――――――――――

 

 帰りの車を待つあいだ、柚葉の「おはなし」が始まった。

 

「凪。にゅうがくしきで、ねてはいけません」

 

「……ねてない。めを、やすめてた」

 

「たったまま、めをやすめるひとは、いません」

 

「……いた」

 

「凪だけです」

 

 柚葉は、むっと口をとがらせた。

 

「それから、じこしょうかいです。『ごはん』だけでは、なにもわかりません」

 

「……でも、ぜんぶすき」

 

「ぜんぶすきなら、『ぜんぶすき』といえばいいのです」

 

「……ながい」

 

「みじかいです」

 

 柚葉は、大きなため息をついた。六歳のため息とは思えない、深いため息だった。

 それから、肩にかけた小さなかばんを開けて、白い紙の包みを取り出した。

 

「……はい」

 

「……なに」

 

「凪、きょう、たまごやきをとられたのでしょう」

 

 僕は、ぱちぱちとまばたきをした。

 

「……なんで、しってるの」

 

「凪のおかおに、かいてあります」

 

 包みを開けると、桜の形をした、ピンク色のお菓子が入っていた。柚葉の家のお店のお菓子だ。柚葉の家は、ずっと昔から和菓子屋さんをしている。

 一口かじると、ふわっと甘かった。

 

「……おいしい」

 

「そうでしょう」

 

「……ゆずのとこのおかし、いちばんすき」

 

「凪は、なんでもすきなくせに」

 

 柚葉はそう言って、ぷいっと横を向いた。耳が少し赤かった。寒いのかもしれない。四月の夕方は、まだ少しひんやりしている。

 

――――――――――

 

 次の朝。

 僕は柚葉に三回起こされた。

 朝ごはんでは、卵焼きを最初に食べた。人は学ぶ生き物だ。椿が「あら」と残念そうな顔をした。それから、僕の鮭を取った。椿も、学ぶ生き物だった。

 車の中で寝て、柚葉に寝ぐせを直されて、教室に着いた。

 そして、自分の席の前で立ち止まった。

 机の上に、お弁当が三つ並んでいた。

 黒い漆塗りの重箱がひとつ。ぴかぴかの銀色のランチボックスがひとつ。紫色の風呂敷に包まれた、何か大きなものがひとつ。

 それぞれに、小さなカードが添えてあった。

 

『あさぎりくんへ うちのシェフにつくらせました』

 

 三枚とも、だいたい同じことが書いてあった。

 ……なんで?

 後ろで、柚葉が「あ」と小さな声を出した。振り向くと、柚葉はこめかみを押さえていた。六歳のする顔ではなかった。

 僕はもう一度、三つのお弁当を見た。

 朝ごはんは、さっき食べた。

 でも、朝ごはんを二回食べてはいけない、という決まりは、たぶんない。

 僕は、とりあえず手を合わせた。

 




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