神話ができるまでの千年と30日   作:想像神

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プレイ3日目 幻想歴十一年――アインリト集落

 

プレイ3日目

 

《世界ミロは幻想歴11年を迎えました》

 

 三日目の夜、ゲームを起動して最初に出たのは、ずいぶん先まで進んだ年数だった。

 

「三日で十一年か」

 

 昨日の時点では幻想歴三年だったはずなので、俺が会社で書類を直し、帰りに夕食を買い、風呂へ入っている間に、画面の中では八年近く過ぎたことになる。

 

 もう驚くほどではない。前回の終了から何が起きたかをまとめた一覧に目を通し、最初にトゥリエ村を開いた。

 

 人口は九十二人。家の数は倍ほどになり、村の外まで畑が広がっていた。初日に雨を降らせた井戸はまだ使われているが、主要課題の欄には《食料生産の不安定化》と出ている。人口が増えたぶん、今ある畑だけでは余裕がなくなってきたらしい。

 

《資源配置のチュートリアルを開始します》

 

《集落の発展に適した資源を2種類選んでください》

 

《干渉力:100/100》

 

 画面の下に、作物、家畜、木材、石材という項目が開いた。

 

「今度はちゃんと説明どおりにやろう」

 

 昨夜作った平地は、地形編集の履歴に茶色い円のまま残っている。今日は標高も範囲指定もない。資源を選び、置ける場所へ落とすだけだった。

 

 作物の一覧から《乾燥麦》を選ぶ。収穫量は普通だが、雨が少ない年にも育ちやすいと説明にある。村の東側にある畑へ配置すると、何も生えていなかった畝へ薄い緑が広がった。

 

《消費干渉力:15》

 

《干渉力:85/100》

 

 家畜の一覧には、肉と卵が取れる《跳ね鶏》や、荷運び向きだが餌をよく食う《背負い蜥蜴》もいた。見た目の妙なものを置くのも面白そうだったが、今の村に必要なのは食料だろう。結局、肉、乳、毛の三つが取れ、狭い土地でも飼える《角羊》を選んだ。

 

 村外れの草地を指定すると、白っぽい点が十頭ほど現れ、柵の内側を歩き始めた。

 

《消費干渉力:15》

 

《干渉力:70/100》

 

 住民たちが畑と草地へ集まってくる。初日の雨と同じで、近くにいた者が突然変化するのではなく、誰かが見つけて村へ知らせたような動きだった。畑を囲む者、羊から距離を取って眺める者、柵の穴を塞ぎ始める者がいる。

 

《トゥリエ村の主要課題が改善されました》

 

《資源配置可能範囲が拡大します》

 

《追加配置回数:2》

 

 地図が自動的に引かれ、トゥリエ村の印から離れた場所に、もう一つ集落の印が灯った。中央山脈を挟んだ南東側で、昨日までは雲に隠れていた地域である。

 

《アインリト集落》

 

《人口:64》

 

《主要種族:魔族》

 

「魔族もいるのか」

 

 拡大すると、黒い岩を積み上げた家々と、赤茶けた土地が見えた。住民の頭には形の違う角があり、肌や目の色もばらばらだった。タイトル画面では人間と戦っていた連中だが、今は桶を運んだり、屋根へ石を載せたりしている。少なくとも、この集落には軍隊らしいものも魔王の城もない。

 

 状態欄には《加工資源不足》と《魔力環境:低下》が並んでいた。土地そのものの魔力は高いが、集落の周りでは使いやすい場所が減っているらしい。

 

 人間の村だけに資源を置く理由もない。資源の一覧を切り替えると、鉱物と魔力資源が選べるようになった。

 

 岩山の一角へ《鉄鉱脈》を置く。黒い斜面へ赤みを帯びた筋が走り、岩の種類が切り替わった。

 

《消費干渉力:30》

 

《干渉力:40/100》

 

 続いて、その麓へ《魔力泉》を配置する。石の隙間から細い水が湧き、青白い光を含んだ浅い水溜まりができた。

 

《消費干渉力:30》

 

《干渉力:10/100》

 

《全回復まで:15時間》

 

 配置した直後は誰も気づかなかった。時間を少し進めていると、岩を拾いに来た一人が鉱脈の前で止まる。その人物が集落へ戻り、しばらくすると籠や道具を持った住民が増えていく。魔力泉のほうでも、最初に水を見つけた子どもの周りへ大人たちが集まり始めた。

 

 トゥリエ村へ視点を戻せば、新しい麦畑の脇で人が輪になっていた。角羊の首には、いつの間にか色のついた布が結ばれている。アインリトでも鉱脈の前へ小さな火が焚かれ、住民たちが何かを運び込んでいた。

 

《トゥリエ村で地域行事“新しい実りへの感謝”が始まりました》

 

《アインリト集落で地域行事“炉と大地への感謝”が始まりました》

 

 二つの通知が重なって、画面の端で交互に点滅している。詳細を開けば祭りの由来まで読めたが、今は畑と岩場を行き来する人影を眺めるだけで十分だった。

 

「どっちも、でっけぇ文明築けよ」

 

 人間には食料、魔族には金属と魔力。何が公平なのかはよく分からないが、同じものを配るより、それぞれ役に立ちそうなものを選んだつもりだった。

 

《実績“二つの恵み”を解除しました》

 

 通知を閉じると、地図の横に《文明探索範囲》という表示が増えていた。二つの集落から薄い色が周囲へ広がっている。詳しく追うのは次に回し、俺はゲームを終了した。

 

幻想歴十一年――アインリト集落

 

 フェルムが打った楔は、黒い岩へ指一本ぶん食い込んだところで横に曲がった。

 

 石工の振り下ろした大槌が悪いわけではない。角度も力も申し分なかった。フェルムは岩から抜いた楔を受け取り、曲がった先を炉の明かりへかざした。

 

 銅に錫を混ぜ、刃先だけを二度鍛えた。今のアインリトで揃えられる材料としては、かなりましな配合である。それでも、集落を囲む黒い岩は金属より頑固だった。

 

 アインリトの近くには、まともな鉱山がない。銅も錫も、南から来る行商人が荷車の隅へ積んでくるものを少しずつ買っていた。黒鉄と呼ばれる硬い金属も知識としては知られていたが、たまに届く小片は刃の補修に使うだけでなくなる。壊れた鍋の取っ手も、曲がった扉の金具も、フェルムの鍛冶場へ持ち込まれれば別の道具になる。この三本の楔には、冬から貯めていた金属の半分近くを使っていた。

 

「これで三本目だぞ」

 

 石工は大槌を肩へ載せた。灰色の角の片方が途中で欠けている。若い頃に採石場で折ったのだと本人は言うが、酒場では別の話がいくつもあった。

 

「曲がった数なら知っている。作ったのは俺だ」

 

 フェルムは楔を作業台へ置いた。

 

 広場の端では、貯水槽を広げる工事が止まっている。水を溜める穴はすでに掘ってあるものの、東側の岩壁だけが予定した位置から動かなかった。古い貯水槽は六十四人が使うには狭く、乾いた風が続けば一日に二度、水を汲む順番が回ってこない家も出る。

 

 古い貯水槽のままでも、今年すぐ水が尽きるわけではない。だが、雨の少ない年が先に来てから岩を割り始めても遅い。石工たちの手が空いている今のうちに終わらせようと、集落で話が決まっていた。

 

 朝の水汲みには、家ごとに削った木札を持って並ぶ。貯水槽が浅い年は、日が高くなる前に底の泥が混じり、最後の家まできれいな水が回らない。鍛冶場では冷却用の水を何度も使い直せるが、パンを焼く家や染め物をする家はそうもいかなかった。岩壁をあと十歩ぶん退ければ、順番を一つ増やせると石工たちは見積もっている。

 

「もう一本作る。昼まで待て」

 

「同じ金属でか」

 

「ほかにあるなら持ってこい」

 

 石工は何も言わず、曲がった楔を一本持っていった。鍛え直せば、岩の割れ目を探る細い道具には使える。

 

 フェルムは炉へ炭を足した。額から後ろへ伸びた二本の角が熱を持ち、付け根に汗が溜まっている。火のそばで働くことには慣れていたが、朝から三本を鍛え直したあとでは、革の前掛けまで重かった。

 

 ふいごを任せていたベルスが、戸口から外を見た。

 

「親方。あれ、採ってきてもいいですか」

 

 少年が指した先には、鍛冶場の裏へ続く岩場がある。炉へ積む石や、作業台を固定する平たい岩を拾う場所だった。

 

「何をだ」

 

「光ってる石です。昨日はなかったやつ」

 

 フェルムは火箸を置いた。

 

 ベルスの言葉をそのまま信じたわけではない。昨日まで気づかなかった石を、昨日はなかったと言い張るのは子どもによくある。だが、その岩場には昨日の夕方、フェルム自身が曲がった楔を直すための台石を探しに入っている。

 

 二人で鍛冶場の裏へ回ると、黒い崖の途中に赤褐色の筋が露出していた。

 

 細い筋ではない。フェルムの肩幅より広く、崖の上から地面近くまで続いている。表面には黒い粒が混じり、日の当たる角度によって鈍く光った。昨日ここにあったのは、どこにでもある黒い岩だけだった。

 

 崖の表面が一枚、夜の間に剥がれたらしい。足元には薄い板状の岩が積み重なり、割れ口だけ色が新しい。地面の冷え込みで外側が割れることは珍しくない。赤い筋が内側へ隠れていたのなら、昨日見えなかったことにも説明はつく。

 

 崖の下では、石の間から水が湧いていた。

 

 流れはまだ細く、両手を合わせれば受け止められるほどしかない。ところが水面へ指を入れると、冷たさより先に魔力が皮膚を走った。フェルムの腕に刻まれた火除けの紋が淡く光る。

 

 火を起こすときに使う術は、空気や薪に残った魔力を集めて熱へ変える。これほど濃い魔力を含む水は、集落の周りでは見たことがなかった。

 

「触るな。まだ飲むなよ」

 

 すでに手を伸ばしていたベルスが、慌てて腕を引っ込めた。

 

 フェルムは赤褐色の岩を小槌で叩いた。表面は崩れやすいが、中に混じる黒い粒は硬い。欠片を一つ割ると、金属を打ったときに似た匂いがした。

 

 鉱石かもしれないと考え、フェルムは欠片を籠へ入れ、湧き水を小さな壺へ汲んだ。集落の者へ知らせるのは、炉で何が取れるのか確かめてからでも遅くない。役に立たない石だと分かれば、ベルスが珍しい石を見つけたという話だけで終わる。

 

 砕いた鉱石と炭を小さな炉へ入れ、ふいごから風を送った。

 

 一度目の火では足りなかった。フェルムは炉口へ指を向け、短い火の術を重ねる。炭の内側が白くなり、鉱石の表面から黒い泡が浮いた。ベルスがふいごの速度を落としかけるたび、手で合図して続けさせる。

 

 炉から取り出した塊は、金床へ載せた途端に崩れた。中まで金属になっておらず、黒い滓と焼けた石が蜂の巣のように固まっている。ベルスは失敗だと思ったらしく、ふいごから手を離した。

 

「まだ終わってない。こっちを見ろ」

 

 フェルムは崩れた塊を小槌で割った。滓の間に、細い金属の筋が何本も残っている。温度が足りないのではなく、熱の通り方にむらがあった。

 

 残りの鉱石を豆粒ほどまで砕き、浅い皿で一度焼く。赤い粉が黒ずみ、鼻を刺す匂いが薄くなるまで待ってから、炭と交互に炉へ詰め直した。風の入口も少し狭める。ベルスは左右の腕を替えながらふいごを押し、途中で差し出された固いパンを、片手でちぎって口へ入れた。

 

 昼を過ぎた頃、炉の底に小さな金属の塊が残った。

 

 青銅より黒く、持ち上げると見た目ほど重くない。熱いうちに金床へ載せて叩くと、表面から硝子質の滓が剥がれた。何度か炉へ戻し、叩いては折り返すうち、指二本ほどの細い棒になる。

 

 フェルムは棒の端へ、炉で使う簡単な火の紋を刻んだ。

 

 青銅なら、紋へ流した魔力の大半が途中で散る。道具の先を少し温めるだけでも、何度か注ぎ直さなければならない。新しい金属では、フェルムが指先から魔力を流した途端、刻んだ線が端から端まで赤くなった。

 

「親方、手」

 

 ベルスに言われ、フェルムは棒を金床へ放した。火箸でつかんでいた場所まで熱が回り、革手袋から細い煙が上がっている。

 

 魔力を通しやすいぶん、使い方を誤れば柄まで焼ける。フェルムは焦げた手袋を脱ぎ、作業台の端へ投げた。少年が笑いをこらえているのは見ないことにした。

 

 比較のため、同じ長さの青銅の棒にも火の紋を刻んだ。こちらは指を当てた側だけが赤くなり、反対側へ届く前に光が消える。新しい金属では、紋をどこへ刻むか、どれだけ魔力を流すかで道具の働きそのものが変わるはずだった。

 

 フェルムは炭の欠片を取り、作業台へ楔の形を描いた。魔力を受ける紋は刃先に近づけ、手で触れる頭には刻まない。間へ一本だけ細い溝を通せば、必要なときだけ岩の奥へ熱を送れる。握って使う道具なら、柄との間に木か角を挟む必要もある。

 

「それ、何ですか」

 

「次に手袋を焦がさないための線だ」

 

 ベルスは笑いを隠さなくなった。

 

 同じ鉱石をもう一籠分運び、今度は楔の形へ鍛えた。冷ますために普通の水へ入れようとして、崖の下から汲んできた壺が目に入る。

 

 魔力を含んだ水へ、赤い楔を沈めた。

 

 水が弾け、青白い湯気が立つ。火除けの紋へ残っていた光が楔へ移り、刃先の近くで消えた。取り出した金属に割れはなく、槌で横から打っても曲がらない。

 

 鍛冶場の外には、いつの間にか人が集まっていた。

 

 ベルスが黙っていられるはずもない。赤い筋のある崖と、魔力を含む水の話は、昼の鐘が鳴る前に広場まで届いていたらしい。火守りの老女、採石をする者、空の水桶を持った者まで、戸口から中をのぞいている。

 

 フェルムは完成した楔を持ち、貯水槽の岩壁へ向かった。

 

 石工が割れ目を選び、新しい楔を差し込む。大槌が振り下ろされた。

 

 高い音が広場へ響いた。

 

 楔は曲がっていない。二度目の打撃で刃先がさらに入り、三度目には黒い岩の表面へ細い亀裂が走った。

 

 フェルムは石工を止め、楔に刻んだ火の紋へ魔力を流した。金属を通った熱が岩の内側へ入り込む。そこへ魔力を含む水を少し垂らすと、亀裂の奥で短い音がした。

 

 石工がもう一度、大槌を振るう。

 

 岩壁の一部が、まとまって貯水槽の底へ落ちた。

 

 見ていた者たちから歓声が上がった。ベルスは自分が掘り当てたような顔で胸を張っている。実際、最初に見つけたのは彼なので、完全な間違いでもなかった。

 

 火守りの老女は、壺に残った水とフェルムの楔を交互に見た。

 

「昨日も、あの崖へ入ったのかい」

 

「夕方にな。赤い岩も水もなかった」

 

 老女はベルスにも同じことを確かめた。少年が何度もうなずくと、自分の指で鉱石の割れ口をなぞり、付いた赤い粉を火へかざした。火守りは祭りの言葉を預かる者だが、燃えない石と燃える石を見分けるのも仕事のうちだった。

 

「大地の骨と、地の底を巡る力が、同じ日に姿を見せた」

 

 老女の言葉を聞き、広場にいた者たちが静かになった。

 

 アインリトでは、山も火も、最初に世界を打った創造主の炉から生まれたと伝えられている。フェルムは鍛冶を始めた頃に教わったきり、その話を仕事へ持ち込んだことはなかった。

 

「創造主は、この山を選んだのだろう」

 

 誰かがそう言った。

 

 声の主は分からなかったが、言葉は人の間をすぐに渡った。創造主の鉱脈。創造主の泉。呼び名は、フェルムが鉱石の性質を書き留めるより先に決まっていく。

 

 フェルムは楔を岩から抜き、曲がっていないことを確かめた。

 

「採るなら、崖へ支えを入れてからだ。泉にも、飲めると分かるまでは口をつけるな」

 

 前にいた石工たちは、すぐに必要な支柱の本数を相談し始めた。人垣の後ろでは、壺を持った者たちが「創造主の泉」という呼び名を繰り返している。ベルスはどちらも聞きたがって首を動かし、火守りの老女に角を押さえられていた。

 

 呼び名が背後で増えていく間に、フェルムは石工へ楔を戻し、次に割る場所を指した。新しい金属はその日一度も曲がらず、貯水槽の東側は、夕暮れまでに三歩ぶん広がった。

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