『君が拒んだ終わりの先で』   作:吉野家

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第17話 斬月という名

 

「一護ー! そろそろ出るぞー!」

 

「聞こえてるって!」

 

 階下から響く父親の声に、一護は少々うんざりしながら返事をした。

 

 机の上に置いてあった診察券を財布へしまい、携帯電話をポケットへ入れる。

 

 今日は病院へ行くことになっていた。

 

 幼い頃から自分の能力を診てもらっている医師のもとで、改めて検査を受けるためだ。

 

 USJで初めて実体化に成功した死覇装と斬月。

 

 そして、虚の仮面。

 

 どれも一護にとっては馴染みのある力だが、今の身体で使うようになったのはごく最近のことだった。

 

 昨日の校長室では、根津校長や相澤、オールマイトから随分と質問を受けた。

 

 自分なりに説明はしたものの、彼らが知りたがっていることをすべて答えられたとは思わない。

 

 何より、一護自身にも確認しておきたいことがあった。

 

 死神の力を肉体へ重ねた状態で、どこまで身体に負担がかかるのか。

 

 USJでは戦うことを優先した。

 

 あの場で細かいことまで考えている余裕はなかったし、結果として相澤たちを助けられたのだから、後悔もしていない。

 

 だが、次も同じように使える保証はない。

 

「……ちゃんと調べとかねえとな」

 

 一護は財布を手に取り、部屋を出た。

 

     *

 

「いやぁ、まさかお前とこうして二人で病院へ行く日が来るとはなぁ!」

 

「昔から何回も行ってんだろ」

 

「そういう意味じゃねえ!」

 

 運転席の一心が大袈裟に首を振った。

 

「雄英に入ってからというもの、お前はますます父ちゃんに冷たくなっちまって……!」

 

「前からだろ」

 

「否定しろよ!」

 

 一護は窓の外へ視線を向けた。

 

 道路には休日らしい車の流れが続いている。

 

 交差点の向こうでは、子供が母親と手を繋いで歩いていた。

 

 いつもと変わらない街だった。

 

 USJでの出来事など、ここを歩く人々には遠い世界の話なのかもしれない。

 

 もちろん、ニュースでは大きく報道されていた。

 

 雄英高校がヴィランの襲撃を受けた。

 

 教師が重傷を負い、警察が事件を調べている。

 

 その程度の情報は、今や誰でも知っている。

 

 だが、あの場で何が起きたのかを正確に知っている人間は少ない。

 

 実際にいた一護でさえ、ほかの災害ゾーンで起きたことをすべて把握しているわけではなかった。

 

「……一護」

 

 不意に、一心の声が落ち着いたものに変わった。

 

「ん?」

 

「今日の検査、何か分かったらちゃんと教えろよ」

 

 一護は運転席へ目を向けた。

 

 一心は前を見たまま続ける。

 

「お前の身体のことだ。先生には遠慮せずに話せ」

 

「分かってる」

 

「何でもなきゃ、それでいい。けど、何かあるなら早めに知っときてえんだ」

 

 その言葉に、一護は少しだけ目を伏せた。

 

 こういうところは、変わらない。

 

 普段はふざけてばかりいるくせに、家族のこととなると妙に真剣になる。

 

 前世の一心もそうだった。

 

 今の父親には死神としての記憶などない。

 

 それでも、同じように息子を心配する。

 

「……ああ。ちゃんと話すよ」

 

 一護が答えると、一心は満足そうに頷いた。

 

「よし!」

 

 そして、途端に声を張り上げる。

 

「それじゃあ検査が終わったら、父ちゃんとラーメンでも――」

 

「母さんが昼飯作って待ってるだろ」

 

「……あっ」

 

「忘れてたのかよ」

 

「違うぞ一護! 父ちゃんは決して真咲の昼飯を忘れていたわけでは――」

 

「電話しとくか?」

 

「やめろォ!」

 

 一護は深い溜息をついた。

 

 やはり、いつもの親父だった。

 

     *

 

「久しぶりだね、一護くん」

 

「先生、どうも」

 

 診察室へ入ると、白髪交じりの医師が顔を上げた。

 

 穏やかな目元と、年齢の割にしっかりした声。

 

 四歳の頃から世話になっている医師だった。

 

 現在は大きな病院に勤めているが、以前から一護の特殊な能力について継続的に診てくれている。

 

「テレビで雄英のニュースを見たよ。大変だったね」

 

「……まあ、ちょっと」

 

「ちょっと、で済む話じゃないだろう?」

 

 医師が苦笑する。

 

 一護は肩をすくめた。

 

「無事だったんで、結果的には」

 

「そういうところは昔から変わらないね」

 

「……そうですか?」

 

「そうだよ。何かあっても、自分のことは後回しにする」

 

 医師は手元のカルテを開いた。

 

「もっとも、今日は自分から検査を受けに来てくれた。少しは成長したかな」

 

「……もう高校生ですからね」

 

「ははは。そうだったね」

 

 隣では一心が頷いている。

 

「先生! うちの馬鹿息子を頼みます!」

 

「だから誰が馬鹿息子だ!」

 

「元気そうで安心したよ」

 

 医師は笑いながら椅子を勧めた。

 

 一護が腰を下ろすと、カルテが画面に表示される。

 

 そこには、幼少期からの検査記録が並んでいた。

 

 最初の診察は四歳の頃。

 

 当時から一護には、一般的な個性の分類では説明しづらい現象がいくつも見られた。

 

 通常の身体能力を超える動き。

 

 何もない空間を蹴ったような加速。

 

 物体へ触れることなく生じる、微かな力の作用。

 

 ただし、それらの力がどこから来ているのかまでは分からなかった。

 

 医師はその頃から、確認できた現象と一護自身の説明を分けて記録していた。

 

「学校からも連絡をもらっているよ」

 

 医師が言った。

 

「今回、新しい能力が確認されたそうだね」

 

「はい」

 

「刀と、衣服。それから仮面のようなもの……だったかな」

 

「そうですね」

 

 医師は記録を見ながら頷く。

 

「一護くん。少し聞いてもいいかい?」

 

「何ですか?」

 

「これまで使っていた身体強化や高速移動と、今回の刀や装束は、君の中では別の能力なのかな?」

 

 一護は少し考えた。

 

「……使い方が違うだけですね」

 

「使い方?」

 

「はい。できることは色々あるんですけど、全部俺の力なんで」

 

 医師は頷いた。

 

「なるほど」

 

 一護は自分の右手を見下ろした。

 

「今まで、身体に力を流すことはできてたんです。でも、外に形として出そうとすると、上手くいかなくて」

 

「それが、今回はできた?」

 

「はい。今の身体に、別の力を重ねるような感じです」

 

「重ねる……」

 

 医師はその言葉を記録した。

 

「それは、君が以前から話していた『魂』というものに関係しているのかな?」

 

「……そうだと思います」

 

 一護は頷いた。

 

「元々、俺の中にあるもんなんで。それを身体に纏わせてるっていうか……」

 

「なるほどね」

 

 医師は、それ以上深く追及しなかった。

 

 魂。

 

 霊力。

 

 霊子。

 

 一護が昔から使っている言葉だ。

 

 その概念が科学的に確認できたわけではない。

 

 だが、本人がそのように認識し、実際に何らかの現象を起こしていることは確かだった。

 

「では、まず身体の状態を調べようか。新しい能力については、そのあと実際に見せてもらいたい」

 

「分かりました」

 

 一護は頷いた。

 

     *

 

 検査は、普段の身体測定から始まった。

 

 身長。

 

 体重。

 

 筋力。

 

 神経反応。

 

 運動負荷。

 

 能力使用前後の身体的な変化。

 

 幼い頃から何度も受けてきた検査ばかりだった。

 

 ただし、今回は測定項目が少し増えていた。

 

「……特に大きな異常はないね」

 

 医師が画面を確認する。

 

「筋肉や神経にも、目立った損傷は見られない。血液検査の結果も、今のところ問題なさそうだ」

 

「そうですか」

 

 一護は少しだけ肩の力を抜いた。

 

「ただし、これで新しい能力が安全だと証明されたわけじゃないよ」

 

「……分かってます」

 

「能力を使ったとき、君は身体に負担がかかっている感覚があったかな?」

 

「ありました。USJで使ったあと、少し疲れが残ってて」

 

「筋肉痛のようなもの?」

 

「いや……どっちかっていうと、身体の内側が重い感じです。動けなくなるほどじゃないんですけど」

 

 医師は考え込んだ。

 

「ふむ……」

 

 記録にいくつかの項目を追加する。

 

「新しい能力を維持するために、通常とは異なる負荷がかかっている可能性はあるね。もっとも、その感覚が何に由来するのかは、今の検査では分からない」

 

「……なるほど」

 

「君は昔から、できることが増えるとすぐに次を試したがるだろう?」

 

「……そうでしたっけ」

 

「そうだったよ」

 

 即答された。

 

 隣で一心が笑い出す。

 

「はっはっは! 先生には全部バレてるな!」

 

「親父は黙ってろよ」

 

 医師も小さく笑った。

 

「まあ、無茶をするなと言って聞く子じゃないことは知ってるからね」

 

「……そんなことないですよ」

 

「そうかな?」

 

「……多分」

 

 一護が視線を逸らすと、医師は声を上げて笑った。

 

「では、実際に能力を確認しようか」

 

     *

 

 案内されたのは、病院の奥にある特殊な検査室だった。

 

 個性の発現や制御を確認するための施設で、床や壁には衝撃を吸収する素材が使用されている。

 

 大型の測定機器も設置され、隣の観察室から内部を確認できるようになっていた。

 

 一護も、幼い頃に何度か利用したことがある。

 

 ただし、今回用意されていた区画は以前より広かった。

 

「……随分広いですね」

 

『刀を出すと聞いていたからね。狭い場所で試すわけにもいかないだろう?』

 

 通信機から医師の声が響いた。

 

「そりゃそうか」

 

『まずは衣服だけを出してみてくれるかな?』

 

「はい」

 

 一護は部屋の中央へ進んだ。

 

 深く息を吸う。

 

 肉体の内側へ意識を向けた。

 

 完現術によって、魂魄と肉体の重なりを調整する。

 

 そこへ霊子を流し、形を保つための支えを作る。

 

 かつては、ほんの一瞬だけしか維持できなかった。

 

 だが、今は違う。

 

 黒い袖が現れる。

 

 肩から胸へ。

 

 腰から脚へ。

 

 白い帯が締まり、袴の裾が落ちた。

 

 数秒後。

 

 一護は死覇装を身にまとっていた。

 

『……なるほど』

 

 医師の声が響く。

 

『腕を動かしてみてくれるかな?』

 

 一護は指示に従い、両腕を上げた。

 

 袖が揺れる。

 

 続いて膝を曲げ、軽く跳躍する。

 

 そのたびに、死覇装は普通の衣服と同じように動いた。

 

『その衣服には、布の感触があるんだね?』

 

「ありますよ」

 

『君自身の皮膚の感覚はどうかな?』

 

「普通にあります」

 

『では、少し袖を引っ張ってみてくれるかい?』

 

 一護は袖口を摘み、軽く引いた。

 

 布が伸び、肩へ抵抗が伝わる。

 

『ありがとう。今度は刀をお願いするよ』

 

「はい」

 

 一護は右手を横へ伸ばした。

 

 掌へ意識を集中させる。

 

 そこに、ずしりとした重みが生まれた。

 

 晒しの巻かれた柄。

 

 鍔のない、幅広の刀身。

 

 銀色の刃と、黒い峰。

 

 斬月が、一護の手の中へ現れた。

 

『……大きいね』

 

 医師が感心したように言った。

 

 一護は小さく笑った。

 

「昔からこんなもんなんで」

 

『昔から?』

 

「あ……いや」

 

 一護は一瞬だけ言葉を詰まらせた。

 

「頭の中じゃ、ずっとこんな形だったんですよ」

 

『なるほど。以前からイメージしていた形なんだね』

 

「……まあ、そんな感じです」

 

 医師はそれ以上追及せず、次の確認へ移った。

 

『その刀は、見た目だけのものではないんだよね?』

 

「はい。ちゃんと斬れます」

 

『では、用意した試験材へ当ててみよう。ただし、威力は抑えてね』

 

「分かりました」

 

 一護は指定された位置へ移動した。

 

 目の前には、厚い試験材が固定されている。

 

 斬月を構える。

 

 軽く振り下ろす。

 

 刃が試験材へ触れた瞬間、真っ直ぐな切れ目が走った。

 

 医師は観察室からその様子を見ていた。

 

『ありがとう。もう十分だよ』

 

 一護は斬月を下ろした。

 

『映像だけではなく、実際の物理的な接触も確認できた。刀としての形状も安定しているようだね』

 

「……そうですね」

 

 一護は斬月を見下ろした。

 

 確かに、以前よりずっと扱いやすい。

 

 死覇装も、ほとんど意識せずに維持できている。

 

 USJでの実戦を経て、力の重ね方が身体に馴染んできたらしい。

 

『では、最後に消してみてくれるかな?』

 

「はい」

 

 一護は斬月へ流していた力を緩めた。

 

 刀身が細かな霊子となってほどけ、右手から消えていく。

 

 続いて死覇装も消す。

 

 黒い袖が薄れ、白い帯がほどける。

 

 最後には、元の服装だけが残った。

 

『……ありがとう。一度、こちらへ戻ってきてくれるかい?』

 

「分かりました」

 

 一護は大きく息を吐き、検査室をあとにした。

 

     *

 

「身体に大きな負担がかかっている様子はないね」

 

 診察室へ戻ると、医師がそう言った。

 

「少なくとも、今回の短時間の使用では、異常な反応は確認できなかった」

 

 一護は頷いた。

 

「……よかった」

 

「ただ、長時間の使用についてはまだ分からない。USJではどのくらい維持していたんだい?」

 

「……正確には覚えてないです。戦ってたんで」

 

「そうだろうね」

 

 医師は記録を取った。

 

「では、今後も様子を見ていこう。次に何か変化があったら、すぐに教えてほしい」

 

「分かりました」

 

 医師はそこで、資料を一枚めくった。

 

「それと、もう一つ確認したいことがある」

 

「何ですか?」

 

「仮面についてだよ」

 

 一護は僅かに表情を引き締めた。

 

 医師は続ける。

 

「学校からの報告では、君が仮面を出現させた直後、周囲にいた生徒や教師が強い恐怖を感じたそうだね」

 

「……はい」

 

「それは、君が意図的に起こした現象なのかな?」

 

「いや、違います」

 

 一護は首を振った。

 

「仮面を出した瞬間、力がちょっと外に漏れたんです。すぐに抑えたんですけど」

 

「その後は?」

 

「周りの連中も動けるようになってました。怪我をさせたわけじゃないです」

 

 医師は考え込んだ。

 

「……なるほど」

 

 そして、少しだけ表情を引き締める。

 

「それについては、慎重に扱った方がよさそうだね」

 

 一護も頷いた。

 

「そうですね」

 

「周囲の人間が感じた恐怖が、どういう仕組みで生じたのか。今の段階では判断できない」

 

 医師は手元の記録を確認した。

 

「君は力を外へ漏らしたと表現しているけれど、その力が直接身体へ作用したのか、それとも何らかの感覚に影響したのかも、まだ分からない」

 

「……はい」

 

「だから、ここで再現してみようとは言わないよ」

 

 一護は少しだけ目を瞬かせた。

 

「試さなくていいんですか?」

 

「必要な設備や安全対策が整ってからにしよう。今すぐ確認しなければならないものでもないしね」

 

「……分かりました」

 

 医師は穏やかに笑った。

 

「君自身は、次に使うときも制御できると思っているんだね?」

 

「はい。今度は、最初から抑えて出せると思います」

 

「ならば、その感覚を忘れないようにしておこう。ただし、実際に安全かどうかは別の話だよ」

 

「分かってます」

 

 一護は頷いた。

 

 虚の仮面。

 

 前世では、強大な力を引き出すために使っていたものだ。

 

 その危険性も、よく知っている。

 

 今の自分は、あの頃とは違う。

 

 虚の力を恐れているわけではないし、拒絶するつもりもない。

 

 ホワイトもまた、自分自身だ。

 

 だが、だからといって、周囲へ無制限に力を放っていい理由にはならない。

 

 あの瞬間。

 

 緑谷たちは、確かに怯えていた。

 

 一護はその表情を思い出し、小さく息を吐いた。

 

「……ちゃんと扱えるようにします」

 

 医師は静かに頷いた。

 

「それがいいね」

 

     *

 

「さて。一護くん」

 

 検査が終わり、医師がカルテを閉じた。

 

「最後に、もう一つ聞いておきたいことがあるんだ」

 

「何ですか?」

 

「君の個性名についてだよ」

 

 一護は、僅かに目を瞬かせた。

 

「……名前?」

 

「そう」

 

 医師は昔の記録を開いた。

 

「四歳の頃、最初に能力を調べたときのことは覚えているかな?」

 

「……ああ。覚えてますよ」

 

 あの頃の自分は、何と説明すればいいのか分からなかった。

 

 死神の力。

 

 虚の力。

 

 滅却師の力。

 

 完現術。

 

 そのどれもが、この世界には存在しない概念だった。

 

 そもそも、当時の一護には、まだ使えない力も多かった。

 

 だから、実際に確認できる現象だけを伝えた。

 

 身体能力が上がる。

 

 普通より速く動ける。

 

 物体へ力を働きかけられる。

 

 医師はそれらを記録として整理し、個性の届け出に必要な資料を作ってくれた。

 

 だが、個性の名前だけは決まらなかった。

 

「当時、君は名前を付けたがらなかったね」

 

 医師が言った。

 

「……そうでしたね」

 

「まだ自分の能力をよく分かっていないから、もう少し待ってほしいと言っていた」

 

 一護は小さく笑った。

 

 確かに、そんなことを言った覚えがある。

 

 実際には、自分の力が何なのか知らなかったわけではない。

 

 ただ、今世でどのように使えるのかが分からなかった。

 

 前世と同じように死神化できるのか。

 

 斬月を握れるのか。

 

 虚の仮面を使えるのか。

 

 何一つ、保証はなかった。

 

「それから、何度か能力の記録を更新したけれど、名称は未設定のままだった」

 

 医師は続ける。

 

「今回は新しい能力も確認できたし、学校へ提出する資料も更新する必要がある。そろそろ名前を決めてもいいんじゃないかな?」

 

 一護は黙った。

 

 名前。

 

 自分の力に与える名前。

 

 身体を動かす力。

 

 物体へ働きかける力。

 

 死神の力。

 

 虚の力。

 

 滅却師の力。

 

 そのすべてを、一つの言葉で表す。

 

 そんなことができるのだろうか。

 

 一護は右手を見下ろした。

 

 つい先ほど、そこに現れた刀。

 

 何度も握り、何度も振るってきたもの。

 

 その名前なら、昔から知っている。

 

 斬月。

 

 それは、刀の名前だった。

 

 そして、自分の内側にいる二人の名前でもあった。

 

 黒い衣をまとった男。

 

 白い男。

 

 どちらも、斬月。

 

 どちらも、自分自身。

 

 かつて、そのことを知ったとき、一護はようやく自分の力を受け入れることができた。

 

 今さら、別の名前を考える必要などないのかもしれない。

 

「……斬月」

 

 一護は呟いた。

 

 医師が顔を上げる。

 

「斬月?」

 

「はい」

 

 一護は頷いた。

 

「俺の個性名、それにします」

 

 医師は少しだけ考えた。

 

「……ザンゲツ、か。どういう意味なんだい?」

 

 一護は僅かに笑った。

 

「元々、あの刀の名前なんです」

 

「刀の?」

 

「はい。でも……それだけじゃないんで」

 

 医師は黙って続きを待った。

 

 一護は右手を握る。

 

「色んな使い方ができるけど、全部俺の力なんです。だから、まとめて斬月でいいかなって」

 

 医師はしばらく一護を見つめていた。

 

 そして、穏やかに笑った。

 

「……いい名前だね」

 

「ありがとうございます」

 

 一護は少し照れくさそうに頭を掻いた。

 

 医師はパソコンへ向き直る。

 

「では、今回の所見と一緒に、個性名も記録しておこう。学校へ提出する書類にも、この名前を記載するよ」

 

「お願いします」

 

 キーボードの音が響いた。

 

 画面の個性名の欄へ、文字が入力される。

 

 ――斬月。

 

 一護は、その文字を静かに見つめていた。

 

 前世から、何度も呼んできた名前だ。

 

 だが、この世界で自分の力として記録されるのは、今日が初めてだった。

 

「……これでよし」

 

 医師が頷いた。

 

「正式な記録の更新も進めておくよ。ただし、能力の仕組みが医学的に解明されたわけではないから、そこは今後も調べていこう」

 

「はい」

 

 一護は素直に頷いた。

 

 名前が決まったからといって、すべてが分かったわけではない。

 

 まだ、できないこともある。

 

 知らないこともある。

 

 それでも。

 

 これからは、自分の力をどう呼ぶか迷わなくて済む。

 

 それだけで、随分とすっきりした気がした。

 

     *

 

「斬月、か」

 

 帰りの車の中で、一心が呟いた。

 

「……何だよ」

 

「いやぁ、なかなか格好いい名前じゃねえか!」

 

 一護は窓の外へ視線を向けた。

 

「別に、格好つけて決めたわけじゃねえよ」

 

「照れるな照れるな!」

 

「照れてねえって」

 

「父ちゃんとしては嬉しいぞ! ついに息子の個性に名前が――」

 

「前見て運転しろ!」

 

「はいっ!」

 

 一心が慌ててハンドルを握り直す。

 

 一護は溜息をついた。

 

 まったく。

 

 相変わらず騒がしい親父だった。

 

 だが、悪い気はしなかった。

 

 斬月。

 

 その名前を聞いた一心は、素直に喜んでくれた。

 

 今の父親には、その名が持つ意味など分からない。

 

 それでいい。

 

 一護自身が覚えていれば、それで十分だった。

 

     *

 

 週が明ける頃には、雄英の校内も体育祭へ向けた空気に変わり始めていた。

 

 授業の合間にも、競技の話題が飛び交う。

 

 どんな種目があるのか。

 

 どんな個性が有利なのか。

 

 誰が活躍するのか。

 

 生徒たちの関心は、日に日に高まっていた。

 

「なあ黒崎!」

 

 昼休み。

 

 切島が一護の机へ近づいてきた。

 

「お前、体育祭どうすんだ?」

 

「どうって?」

 

「いや、めちゃくちゃ気合い入ってんのかなって」

 

 一護は首を傾げた。

 

「普通に頑張るつもりだけど」

 

「普通って何だよ!」

 

 上鳴が横から割り込む。

 

「お前、あんなすげえ個性持ってんじゃん!」

 

「別に、使えるもん全部使うとは限らねえだろ」

 

「え?」

 

「競技のルールもまだ分かんねえしな」

 

 一護がそう言うと、切島が腕を組んだ。

 

「……ああ、そっか」

 

「何が?」

 

「いや、お前の刀だよ。あれ、普通に斬れるんだろ?」

 

「ああ」

 

「じゃあ、対人戦だと使いづらくねえか?」

 

 一護は頷いた。

 

「……そうなんだよな」

 

 ヴィラン相手なら、必要に応じて斬月を振るうこともできる。

 

 だが、体育祭の相手は同じ学校の生徒だ。

 

 勝つためだからといって、刃物で斬りつけるわけにはいかない。

 

 まして、斬月の斬れ味は普通の刀とは違う。

 

 ほんの少し扱いを誤れば、大怪我に繋がりかねなかった。

 

「……一応、考えてることはあるんだけどな」

 

 一護が呟く。

 

 切島が身を乗り出した。

 

「おっ、何だ?」

 

「まだ試してねえんだよ。上手くいくかも分かんねえ」

 

「だったら試そうぜ!」

 

 上鳴が笑った。

 

「放課後、訓練場借りればいいじゃん!」

 

 一護は少し考えた。

 

 確かに、試してみる価値はある。

 

 力の使い方を変えるだけなら、自分の中で何とかできるかもしれない。

 

 だが、実際にどうなるかは確認しなければ分からない。

 

「……まずは先生に許可取ってからだな」

 

「おお、いいじゃねえか!」

 

 切島が拳を握った。

 

「俺も付き合うぜ!」

 

「ありがとな」

 

 一護は小さく笑った。

 

     *

 

 放課後。

 

 許可を得て使用した訓練場には、一護と切島のほかに数人の生徒が集まっていた。

 

 緑谷。

 

 上鳴。

 

 常闇。

 

 そして、八百万と耳郎。

 

 話を聞いた面々が、興味を持ってやって来たらしい。

 

「……何でこんなに集まってんだ?」

 

 一護が呟くと、上鳴が笑った。

 

「そりゃ見たいだろ! お前の新しい能力!」

 

「……まあ、いいけどよ」

 

 訓練場には、試験用の標的がいくつか用意されていた。

 

 硬さの異なる素材で作られたもので、通常の個性訓練でも使用されるものだ。

 

 一護はそのうちの一つを正面に据えた。

 

「……じゃ、始めるか」

 

 右手を横へ伸ばす。

 

 霊力を流す。

 

 黒い死覇装が身体を覆い、掌へ斬月が現れた。

 

「……おお!」

 

 切島が声を上げる。

 

「やっぱ近くで見るとでけえな!」

 

「すごい……」

 

 緑谷も目を輝かせていた。

 

 その隣で、常闇が静かに呟く。

 

「……魂の奥底から形を成す刃、か」

 

「いや、何で分かんだよ」

 

 一護が思わず突っ込む。

 

「……何となくだ」

 

「そっかよ」

 

 黒影が常闇の肩から顔を出した。

 

「すっげえ刀!」

 

「おう。ありがとな」

 

 一護は笑って答えた。

 

 だが、すぐに表情を引き締める。

 

 問題は、ここからだ。

 

 斬月は鋭い。

 

 そのまま振れば、相手を斬ってしまう。

 

 だから、少し考えていたことがある。

 

 霊圧を、刃の周囲へ集める。

 

 月牙天衝のように放つのではない。

 

 薄く、均等に。

 

 刀身を覆うように留める。

 

 斬月そのものが触れる前に、圧縮した霊圧が先に相手へ当たるようにする。

 

 上手くいけば、斬撃ではなく、打撃に近い形で力を伝えられるはずだった。

 

「……まずは軽く」

 

 一護は呟いた。

 

 斬月を構える。

 

 そして、試験用の標的へ振り下ろした。

 

 鈍い音が響いた。

 

「……っ」

 

 一護が眉を寄せる。

 

 標的の表面に、浅い傷が入っていた。

 

「……駄目か」

 

 霊圧が均一に広がっていなかった。

 

 刃の一部が、直接触れてしまったらしい。

 

 緑谷が少し離れた場所から声をかける。

 

「黒崎くん、今のって……刀の周りに何か纏わせてるの?」

 

「……ああ」

 

 一護は頷いた。

 

「刃が当たらねえように、周りに力を集めてる」

 

「なるほど……!」

 

 緑谷の目が輝いた。

 

「それなら、刀そのものを鈍くするんじゃなくて、周囲の力で衝撃を伝えられるってことか!」

 

「……上手くいけばな」

 

 一護は斬月を見下ろした。

 

 方向性は間違っていない。

 

 ただ、今のままでは危険だ。

 

 もう少し細かく制御する必要がある。

 

「……もう一回やってみる」

 

 一護は霊圧を集め直した。

 

 今度は、刃の先端だけではない。

 

 刀身全体を、薄い膜で包む。

 

 形を崩さないように意識を保ち、再び振り下ろした。

 

 鈍い衝突音。

 

 標的が揺れる。

 

 だが、今度は傷が入っていなかった。

 

「……おっ?」

 

 切島が身を乗り出す。

 

「今の、斬れてねえぞ!」

 

 一護は刀身へ視線を落とした。

 

「……ああ」

 

 確かに、刃は触れていない。

 

 圧縮した霊圧が先に当たり、衝撃だけを伝えた。

 

「……なるほどな」

 

 一護は小さく笑った。

 

 できないわけではない。

 

 問題は、どこまで安定させられるかだった。

 

「なあ黒崎!」

 

 切島が拳を握る。

 

「それ、俺にも試してみねえか?」

 

 一護は即座に首を振った。

 

「まだ駄目だ」

 

「え?」

 

「今のだって、上手くいったの二回目だぞ。途中で崩れたら、お前を斬っちまう」

 

「でも、俺なら硬化できるぜ?」

 

「それでもだ」

 

 一護は斬月を下ろした。

 

「大丈夫だって確かめてからじゃねえと、危ねえだろ」

 

 切島は少しだけ目を瞬かせた。

 

 そして、嬉しそうに笑った。

 

「……おう! 分かった!」

 

 一護も笑った。

 

「そのときは頼むぜ」

 

「任せろ!」

 

 切島は力強く頷いた。

 

 一護は再び標的へ向き直る。

 

 まだ、これで完成ではない。

 

 だが、使い方は見えてきた。

 

 斬月を使っても、相手を必要以上に傷つけずに済む。

 

 その可能性があるだけでも、十分だった。

 

     *

 

「……すごいね、黒崎くん」

 

 緑谷が呟いた。

 

 目の前では、一護が何度も斬月を振るっている。

 

 最初の一撃では、標的へ傷が入ってしまった。

 

 だが、二度目からは徐々に安定し始めている。

 

 刀身の周囲へ何らかの力を集中させ、刃が触れる前に衝撃を伝えているらしい。

 

 しかも、その力を刀の動きに合わせて保っている。

 

 緑谷は考え込んだ。

 

 どうやっているのだろう。

 

 刀そのものを強化するのとは違う。

 

 むしろ、斬れ味を抑えるために力を使っている。

 

 それが、緑谷には少し意外だった。

 

 普通なら、強い個性を手に入れたら、もっと威力を上げようとするのではないだろうか。

 

 だが、黒崎は違った。

 

 今の自分が持っている力を、どう使うべきか考えている。

 

 緑谷は自分の右手を見下ろした。

 

 ワン・フォー・オール。

 

 オールマイトから受け継いだ、あまりにも大きな力。

 

 未だに、自分の身体ではまともに扱えない。

 

 全力を出せば、骨が砕ける。

 

 だから、使いどころを考えなければならない。

 

 だが。

 

 力そのものを細かく調整し、必要な分だけ使えるようになれば。

 

 もしかしたら、自分にも――。

 

「……緑谷?」

 

 声をかけられ、顔を上げる。

 

 いつの間にか、一護が近くまで来ていた。

 

「どうした? 難しい顔して」

 

「あっ、いや!」

 

 緑谷は慌てて手を振った。

 

「ちょっと考え事してて……」

 

「そっか」

 

 一護はそれ以上聞かなかった。

 

 緑谷は、そんな一護の顔を見て、少しだけ笑った。

 

 USJで感じた恐怖は、今でも覚えている。

 

 白い仮面。

 

 黒い眼窩に浮かんだ黄色い瞳。

 

 身体が勝手に強張った、あの瞬間。

 

 だが、あのとき一護は自分たちを助けてくれた。

 

 そして今は、誰かを傷つけないために力の使い方を考えている。

 

 その姿を見ていると、少しだけ分かる気がした。

 

 黒崎くんは、強くなることだけを考えているわけではない。

 

 強くなったあとに、その力をどう使うのか。

 

 そこまで考えているのだ。

 

「……僕も、もっと頑張らないと」

 

 緑谷は小さく呟いた。

 

 その言葉は、一護には聞こえていなかった。

 

     *

 

 訓練を終えた頃には、日が傾き始めていた。

 

 一護は斬月と死覇装を消し、更衣室で制服へ着替えた。

 

 廊下へ出ると、切島が隣を歩いている。

 

「いやー、今日は面白かったな!」

 

「お前、ほとんど見てただけだろ」

 

「それでも面白かったって!」

 

 一護は呆れたように笑った。

 

「変な奴だな、お前」

 

「褒め言葉として受け取っとくぜ!」

 

「褒めてねえよ」

 

 二人が笑っていると、向こうから声がかかった。

 

「黒崎くん!」

 

 一護は顔を上げた。

 

 井上織姫だった。

 

 隣には拳藤もいる。

 

「おう、井上」

 

「今、帰り?」

 

「ああ。ちょっと訓練しててな」

 

「そうなんだ!」

 

 織姫が笑った。

 

 拳藤が切島へ目を向ける。

 

「そっちも訓練?」

 

「おう! 体育祭に向けてな!」

 

「へえ。A組も気合い入ってるんだね」

 

「当たり前だろ! B組には負けねえぜ!」

 

 拳藤が笑った。

 

「こっちだって負けるつもりないからね」

 

「おっ、いいじゃねえか!」

 

 切島は楽しそうに拳を握った。

 

 その横で、織姫が一護へ目を向ける。

 

「黒崎くんも、体育祭楽しみ?」

 

「……楽しみっつうか、まあ、やるからには頑張るつもりだよ」

 

「そっか!」

 

 織姫は嬉しそうに笑った。

 

「私も頑張るね!」

 

「おう」

 

 一護も頷く。

 

「お互い、怪我しねえようにな」

 

「うん!」

 

 拳藤が二人のやり取りを見ながら、少しだけ笑った。

 

「じゃあ、体育祭ではライバルだね」

 

「そうなるな」

 

 一護は肩をすくめる。

 

「手加減はしねえぞ?」

 

「こっちもだよ!」

 

 拳藤が笑って返した。

 

 織姫も頷く。

 

「私も、精一杯頑張る!」

 

「おう。楽しみにしてる」

 

 一護は軽く手を振った。

 

 そして、切島とともに廊下を歩き出す。

 

 織姫はその背中を見送っていた。

 

 雄英体育祭。

 

 たくさんの人が見に来る、大きな行事。

 

 自分も、できる限り頑張りたい。

 

 そう思った。

 

 ただ。

 

 先ほどまで一護がどんな訓練をしていたのか。

 

 その姿を、織姫はまだ知らなかった。

 

     *

 

 その夜。

 

 一護は自室のベッドへ腰を下ろしていた。

 

 病院での検査。

 

 体育祭へ向けた訓練。

 

 今日も色々あった。

 

 だが、一番大きかったのは、やはり個性名を決めたことだろう。

 

「……斬月、か」

 

 小さく呟く。

 

 その名前を、この世界でも使うことになるとは思っていなかった。

 

 前世では、刀の名だった。

 

 そして、己の力の名でもあった。

 

 今世では、そのすべてを含めた個性の名前になった。

 

 不思議な感覚だった。

 

 けれど、悪くない。

 

 一護は横になり、目を閉じた。

 

 意識を、ゆっくりと沈めていく。

 

 聞き慣れた水音が、遠くから響いてきた。

 

     *

 

 目を開けると、そこには見慣れた街並みが広がっていた。

 

 高層ビル。

 

 水に覆われた地面。

 

 灰色の空。

 

 一護は、その場に立っていた。

 

「……よぉ」

 

 声がした。

 

 振り返る。

 

 そこには、白い男がいた。

 

 自分と同じ顔。

 

 ただし、髪も肌も白く、瞳の色は反転している。

 

 ホワイト。

 

 虚の力を体現する、もう一人の斬月。

 

「久しぶりだな、王様!」

 

 ホワイトが笑った。

 

「……何だよ、その顔」

 

「ヒャハハ! 別に?」

 

 ホワイトは肩に担いだ斬月を軽く回した。

 

「いやぁ、ようやく外でまともに刀振れたじゃねえか」

 

 一護は小さく笑った。

 

「……まあな」

 

「しかも、仮面まで使いやがって。随分と楽しそうだったなァ」

 

「楽しんでたわけじゃねえよ」

 

「似たようなもんだろ!」

 

 ホワイトが笑う。

 

 一護は肩をすくめた。

 

 そのとき、背後から静かな声が響いた。

 

「一護」

 

 振り返る。

 

 黒い衣をまとった男が、そこに立っていた。

 

 斬月のオッサン。

 

 滅却師の力を体現する存在。

 

「オッサン」

 

 一護は軽く手を上げた。

 

 斬月のオッサンは、静かにこちらを見つめている。

 

「新たな名を得たようだな」

 

 一護は少しだけ目を瞬かせた。

 

 そして、笑った。

 

「……聞いてたのかよ」

 

「お前の中にいるのだからな」

 

「そりゃそうか」

 

 ホワイトが横から笑った。

 

「何だよ王様! ようやく俺たちの名前、ちゃんと使う気になったのか!」

 

「前から使ってただろ」

 

「刀の名前としてはな!」

 

 一護は少しだけ眉を寄せた。

 

 だが、言い返すのはやめた。

 

 ホワイトの言いたいことは、分かっている。

 

 斬月のオッサンも。

 

 ホワイトも。

 

 どちらも、自分の力だ。

 

 そのすべてを、ようやく一つの名前で受け止められた。

 

 それは、悪いことではないと思った。

 

「……で」

 

 一護は二人を見た。

 

「今日は、ちょっと頼みがあんだよ」

 

 ホワイトが口元を歪めた。

 

「ほう?」

 

 斬月のオッサンも、静かに続きを待っている。

 

 一護は自分の足元へ視線を落とした。

 

「歩法だ」

 

「……歩法?」

 

「ああ。今まで、瞬歩と完現光は使ってきた。けど、まだやれることはあるだろ」

 

 斬月のオッサンが僅かに目を細めた。

 

 一護は続ける。

 

「空中での移動とか、細かい方向転換とかさ。使い分けるだけじゃなくて、もっと自分に合う動き方を身につけたい」

 

 ホワイトが笑った。

 

「ヒャハハ! ようやくそんなこと考えるようになったか!」

 

「うるせえな」

 

「いいぜ。教えてやるよ」

 

 ホワイトは斬月を肩へ担いだ。

 

「ただし、俺の教え方は知ってんだろ?」

 

 一護は眉を寄せた。

 

「……また、いきなり斬りかかってくんのかよ」

 

「当然だろ!」

 

 白い男が笑った。

 

 その横で、斬月のオッサンが静かに口を開く。

 

「一護。お前はかつて、空中の霊子を集め、足場とする方法を学んだことがあるな」

 

「ああ。覚えてる」

 

「ならば、そこから始めよう」

 

 男は足元へ視線を落とした。

 

「霊子を集め、足場を作る。ただそれだけではない。その流れを利用して移動する術がある」

 

 一護は目を細めた。

 

「……飛廉脚か」

 

「そうだ」

 

 斬月のオッサンが頷く。

 

「お前ならば、理解は早いだろう」

 

 その言葉に、一護は小さく笑った。

 

「……どうだかな」

 

 ホワイトが横から口を挟む。

 

「で、オッサンの方が終わったら、次は俺だな!」

 

「……お前は何教えんだよ」

 

 ホワイトは牙を見せて笑った。

 

「響転。ソニードってやつだ」

 

 一護は僅かに眉を上げる。

 

「……ああ」

 

 その名前は知っている。

 

 破面たちが使っていた、高速移動の技術。

 

 瞬歩とは異なる性質を持つ、虚の歩法。

 

「お前が教えられんのか?」

 

 ホワイトは笑みを深めた。

 

「何だよ、王様。疑ってんのか?」

 

「いや、そういうわけじゃねえけど」

 

「だったら、試してみろよ」

 

 ホワイトが一歩踏み出した。

 

 次の瞬間。

 

 姿が消えた。

 

「……っ!」

 

 一護は反射的に振り返る。

 

 だが、そこには誰もいない。

 

 気配を探る。

 

 見当たらない。

 

 その直後。

 

 背後から、愉快そうな声が響いた。

 

「遅えよ、王様!」

 

「……っ!」

 

 一護は咄嗟に身体をひねった。

 

 白い刃が、頬のすぐ横を通り過ぎる。

 

「おわっ!?」

 

 慌てて距離を取る。

 

 ホワイトは斬月を肩へ担ぎ直し、大声で笑った。

 

「ヒャハハハ! 今の見えたか!?」

 

「見えるか、そんなもん!」

 

「だったら見えるようになれよ!」

 

「無茶言うな!」

 

 ホワイトは楽しそうに笑い続けている。

 

 斬月のオッサンは、その様子を静かに見ていた。

 

 一護は大きく息を吐いた。

 

 まったく。

 

 相変わらず、ろくでもない教え方をする。

 

 だが。

 

 今の動きは、確かに面白かった。

 

 瞬歩とも、完現光とも違う。

 

 単純な速度だけではなく、相手に動きを捉えさせない何かがある。

 

 それを、自分のものにできるのなら。

 

 一護は口元を緩めた。

 

「……よし」

 

 足元へ霊力を集中させる。

 

 水面が、小さく揺れた。

 

 ホワイトが笑う。

 

「来いよ、王様!」

 

 一護は地面を蹴った。

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