『君が拒んだ終わりの先で』   作:吉野家

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第19話 追い越した背中

 

 巨体が地面へ崩れ落ち、鈍い振動が足元を伝わってきた。

 

 濛々と立ち上る土煙の向こうでは、難を逃れた生徒たちが次々に走り出している。

 

「……よし」

 

 一護は周囲を見渡した。

 

 誰も下敷きにはなっていない。転倒した生徒も、すでに立ち上がっていた。

 

 それを確かめてから、ようやく斬月を下ろす。

 

 柄に巻かれていた晒しを引き出し、幅広の刀身へ巻きつけた。刃を覆った斬月を背中へ回し、固定する。

 

 馴染み深い重みが、背中に収まった。

 

 黒い死覇装も、そのままだ。

 

 もう一度刀が必要になるかもしれない。競技が終わるまで、わざわざ消す理由もなかった。

 

「……さて」

 

 前方を見る。

 

 轟はすでに遠くへ進んでいた。爆豪も、爆破を使ってそのあとを追っている。

 

 随分と離された。

 

 もっとも、足を止めたことを後悔するつもりはない。

 

 あのまま放っておけば、何人かが危なかった。

 

 それだけの話だ。

 

 問題は、ここからだった。

 

「……取り返すか」

 

 一護は僅かに膝を曲げた。

 

 足元の空間へ力を働きかける。

 

 完現光。

 

 踏み込みと同時に、身体が加速した。

 

 黒い衣の裾が風を受けて翻り、背中の斬月が僅かに揺れる。

 

 巨大ロボットの横を抜け、倒れた機体の残骸を飛び越えた。

 

 周囲の生徒たちが驚いて振り返る。

 

 だが、一護はもう前を向いていた。

 

     *

 

『いやあ、派手だったなァ! 黒崎一護!』

 

 スタジアムの大型モニターには、先ほどの映像が映し出されていた。

 

 倒れかけた巨大ロボット。

 

 その下へ飛び込む、黒衣の少年。

 

 巨大な刀が振るわれ、機体の重心が変わる。

 

 その直後、数人の生徒が逃げ出す姿まで鮮明に映っていた。

 

『いきなり服まで変わって、あんな刀が出てきやがった! 何なんだあの個性は!』

 

 実況席でプレゼント・マイクが興奮した声を上げる。

 

 隣に座る相澤は、包帯に覆われた顔をモニターへ向けた。

 

「……あいつの個性だ」

 

『そりゃ分かってるぜ! そうじゃなくて、どんな仕組みなんだって話!』

 

「それを全部ここで話す必要はないだろ」

 

『おいおい、解説の仕事を放棄するなよイレイザー!』

 

「今分かってるのは、あいつが自分の力を形にしてるってことだ。それ以上は検査中だよ」

 

 プレゼント・マイクは一瞬だけ黙った。

 

 それから、楽しそうに笑う。

 

『なるほどねえ! まだまだ底が見えない一年生ってわけだ!』

 

 相澤は返事をしなかった。

 

 画面の中では、一護が斬月を背負い、すでに次の障害物へ向かっている。

 

 USJで初めて見たときより、刀の扱いは自然になっていた。

 

 顕現も、維持も、戦闘後の処理も。

 

 本人の言うとおり、使うたびに扱い方が身体へ馴染んでいるのかもしれない。

 

 ただ、一つだけ。

 

 あれほどの刀を背負った姿が、妙に様になっている。

 

 まるで、ずっと以前からそうしていたかのように。

 

「……ったく」

 

 相澤は小さく息を吐き、モニターへ視線を戻した。

 

     *

 

「一護ォォォ!?」

 

 黒崎家の居間に、一心の声が響いた。

 

「朝から言ってたけど、あいつ本当にすげえ刀持ってんじゃねえか!」

 

「親父、うるさい」

 

 夏梨が即座に言い返した。

 

 テレビには、巨大ロボットを斬り裂く一護の姿が映っている。

 

 銀色の刃が走り、金属の脚部が切断される。

 

 続けて、巨体が進路の脇へ倒れ込んだ。

 

「……あれ、一兄がやったんだよな」

 

 夏梨は画面から目を離さずに呟いた。

 

 遊子も両手を握りしめている。

 

「すごい……! お兄ちゃん、かっこいい!」

 

 一心は大きく頷いた。

 

「そうだろうそうだろう! 何を隠そう、あれこそ我が息子――」

 

「一心さん」

 

 真咲の声がした。

 

 一心の動きが止まる。

 

「……はい」

 

「今は静かに見ましょうね」

 

「……はい」

 

 夏梨が吹き出した。

 

 真咲はテレビへ視線を戻す。

 

 画面の中で、一護は斬月を背中へ固定していた。

 

 そのあと、何事もなかったかのように走り出す。

 

 助けた生徒たちを、一度だけ振り返って。

 

「……もう」

 

 真咲は呟いた。

 

 我が子らしい。

 

 そう思うと同時に、心配にもなる。

 

 あんな大きな機械の下へ、どうして迷わず飛び込めるのだろう。

 

 けれど、飛び込まなければ救えない人がいたことも分かっていた。

 

「……帰ってきたら、ちゃんと聞かないとね」

 

 真咲の言葉に、一心が頷く。

 

「おう。あの刀のことも聞いてみてえな」

 

「それもだけど」

 

 真咲は微笑んだ。

 

「無茶しなかったかどうか、よ」

 

 一心は口を閉じた。

 

 夏梨と遊子は、顔を見合わせて笑った。

 

     *

 

「……おいおい」

 

 第二関門へ到達した一護は、思わず足を緩めた。

 

 目の前に広がっているのは、巨大な谷だった。

 

 深く切り立った窪地。

 

 向こう岸までは、かなりの距離がある。

 

 そして、その間を繋いでいるのは、何本もの細い綱だけだった。

 

『第二関門! ザ・フォール!』

 

 プレゼント・マイクの声が響く。

 

『ここは度胸とバランスの勝負! 足元をよーく見て進めよ!』

 

 綱の上では、生徒たちが慎重に足を運んでいた。

 

 中には器用に走っている者もいる。

 

 少し離れた場所では、サポート科の女子生徒が自作らしい装備を使い、軽快に進んでいた。

 

 観客席へ向けて、何やら大声で宣伝までしている。

 

「……元気だな」

 

 一護は苦笑した。

 

 だが、のんびり見物している場合ではない。

 

 轟はすでに向こう岸へ近づいていた。

 

 爆豪も、空中を飛んで追いかけている。

 

 ここで時間を使えば、さらに差が開く。

 

 一護は谷の縁から下を覗いた。

 

 深い。

 

 普通に落ちたら危ない高さだ。

 

 ただし、一護にとってはそれだけだった。

 

 綱を渡る必要はない。

 

 これまで通ってきた道から外れなければ、移動方法は自由なのだから。

 

「……行くか」

 

 一護は谷へ踏み出した。

 

 近くの生徒が目を見開く。

 

「お、おい!?」

 

 黒い衣が風を受けて翻る。

 

 一護の身体が、谷の上空へ飛び出した。

 

 足元には、何もない。

 

 それでも落下は続かなかった。

 

 空中の一点へ力を働きかける。

 

 その足場を蹴る。

 

 完現光によって加速した身体が、さらに前へ進んだ。

 

 一歩。

 

 二歩。

 

 三歩。

 

 見えない階段を駆け上がるように、一護は谷の上を進んでいく。

 

「……は!?」

 

 綱の上にいた生徒が、ぽかんと口を開けた。

 

「あいつ、空中走ってねえか!?」

 

『おおっとォ!? 黒崎、綱を使わず真上を突っ切っていくぞ!』

 

 実況の声が響く。

 

『ロボットのところで出遅れたと思ったら、今度は一気に巻き返してきたァ!』

 

 一護は向こう岸へ降り立った。

 

 着地の衝撃を膝で逃がし、そのまま走り出す。

 

 前方には、先頭集団の背中が見え始めていた。

 

「……よし」

 

 ここなら、まだ追いつける。

 

 一護はさらに踏み込んだ。

 

     *

 

 織姫が第二関門へ到着したときには、すでに何人もの生徒が綱を渡り始めていた。

 

「……わあ」

 

 目の前の光景に、思わず声が漏れる。

 

 深い谷。

 

 細い綱。

 

 風に揺れる足場。

 

 隣へ来た拳藤が、谷の向こうを見つめた。

 

「うわ、結構あるね……」

 

「う、うん」

 

 織姫は頷いた。

 

 拳藤が顔を向ける。

 

「大丈夫?」

 

「……え?」

 

「さっきから、ちょっと元気ないみたいだから」

 

 織姫は目を瞬かせた。

 

 それから、慌てて笑う。

 

「あっ、ごめん! 大丈夫だよ!」

 

「ならいいんだけど……」

 

 拳藤は少しだけ眉を寄せた。

 

 織姫は、自分の手を見下ろした。

 

 いつの間にか、指先を強く握りしめていた。

 

 力を抜く。

 

 深く息を吸う。

 

 目の前にあるのは、体育祭の障害物だ。

 

 ここを越えなければ、先へは進めない。

 

「……よし」

 

 織姫は顔を上げた。

 

「行こう、一佳ちゃん!」

 

「うん!」

 

 二人は綱へ足をかけた。

 

 拳藤は大きくした手を使い、揺れを抑えながら進んでいく。

 

 織姫も、その後に続いた。

 

 足元の綱が、小さく揺れる。

 

 普段なら、それほど難しくないはずだった。

 

 だが、一歩踏み出そうとした瞬間。

 

 視界の隅に、黒い衣が翻る光景が蘇った。

 

「……っ」

 

 足が僅かにずれた。

 

 綱が大きく揺れる。

 

「織姫!」

 

 拳藤の声が響く。

 

 だが、織姫の身体はすでに反応していた。

 

「三天結盾!」

 

 淡い光が広がる。

 

 三角形の盾が、身体の下へ展開された。

 

 落下しかけた足が、その表面へ触れる。

 

 織姫はそこへ体勢を預け、姿勢を立て直した。

 

「……はあっ」

 

 短く息を吐く。

 

「大丈夫!?」

 

 拳藤が近づいてきた。

 

 織姫は頷いた。

 

「うん。ごめんね」

 

「だから、謝らなくていいって」

 

 拳藤は少しだけ口を尖らせた。

 

「でも、気をつけてよ? さっきからぼんやりしてる」

 

「……うん」

 

 織姫は小さく頷いた。

 

 それから、両手で自分の頬を軽く叩く。

 

「……よしっ!」

 

 拳藤が目を瞬かせた。

 

「……織姫?」

 

「もう大丈夫!」

 

 織姫は顔を上げた。

 

「今は競技中だもんね。ちゃんと前見なきゃ!」

 

 拳藤は一瞬だけ黙った。

 

 そして、笑った。

 

「……そうそう。その調子!」

 

 織姫も笑い返す。

 

 今は、目の前のことに集中しよう。

 

 確かめたいことがあるなら、まずは競技を終えなければならない。

 

 織姫は足元の綱へ視線を戻し、慎重に一歩を踏み出した。

 

     *

 

 轟焦凍は、前方へ視線を向けていた。

 

 第二関門を抜け、先頭を維持している。

 

 だが、背後から迫る爆発音は少しずつ近づいていた。

 

「……っ」

 

 振り返る。

 

 爆豪勝己。

 

 両手から爆破を起こし、空中を飛ぶように追いかけてくる。

 

「待てや半分野郎ォ!」

 

 轟は小さく息を吐いた。

 

「……うるせえ」

 

 相手をしている余裕はない。

 

 競技はまだ終わっていないのだ。

 

 だが、そのとき。

 

 背後から、別の足音が聞こえた。

 

 爆発音でも、氷が砕ける音でもない。

 

 硬い地面を、短い間隔で蹴るような音だった。

 

 轟が僅かに顔を向ける。

 

 黒い衣が、視界の端を横切った。

 

「……黒崎?」

 

 一護だった。

 

 背中に巨大な刀を背負ったまま、凄まじい勢いで距離を詰めてくる。

 

 爆豪の横へ並んだ。

 

「……あァ!?」

 

 爆豪が顔を向ける。

 

「てめぇ、どっから来やがった!」

 

「後ろからに決まってんだろ!」

 

 一護は短く返した。

 

 そのまま、さらに踏み込む。

 

 轟の背中が近づいた。

 

「……悪い、先行くぜ!」

 

 声をかけた直後。

 

 前方の地面に、不自然な起伏が見えた。

 

「……ん?」

 

 一護は僅かに速度を緩めた。

 

 土が盛り上がっている。

 

 それも、一箇所ではない。

 

 足元から前方へ、同じような起伏が延々と続いていた。

 

『さあさあ! ついに最終関門へ突入だァ!』

 

 プレゼント・マイクの声が響く。

 

『最後の障害物は――一面地雷原!』

 

 一護は足元を見下ろした。

 

「……地雷?」

 

『安心しろ! 競技用だから威力は抑えてある! ただし、踏めば派手に吹っ飛ぶぜ!』

 

 その説明が終わるより早く、少し離れた場所で爆発が起きた。

 

「うわあっ!?」

 

 後続の生徒が、土煙とともに跳ね上がる。

 

 地面へ転がった生徒は目を回していたが、すぐに身体を起こしていた。

 

 一護は眉を寄せる。

 

「……なるほどな」

 

 地雷の位置は、よく見れば分かる。

 

 だが、全力で走りながら一つずつ確認するのは難しい。

 

 しかも、ほかの選手もいる。

 

 自分が踏まなくても、近くで爆発が起きれば巻き込まれる。

 

 轟は氷を伸ばし、足場を作りながら進んでいた。

 

 爆豪は爆破を利用して、その上空を抜けていく。

 

 一護は二人を見た。

 

 そして、地雷原の向こうへ視線を向ける。

 

「……ま、そうなるよな」

 

 自分も上を行けばいい。

 

 足元へ力を集中させ、空中へ踏み込んだ。

 

 身体が浮き上がる。

 

 そのまま、もう一歩。

 

 地面から距離を取り、低い高度を維持する。

 

 高く跳ぶ必要はない。

 

 地雷へ触れなければ、それで十分だった。

 

「……よし」

 

 一護はさらに加速した。

 

     *

 

 緑谷出久が最終関門へ到着したとき、先頭集団はすでに地雷原の半ばを越えていた。

 

 轟。

 

 爆豪。

 

 そして、黒崎。

 

 三人とも、相当な速度だった。

 

 このまま普通に走っても、追いつけない。

 

 緑谷は足を止め、周囲を見渡した。

 

 地雷原。

 

 埋設位置は、地面の起伏からある程度判断できる。

 

 爆発の威力は、競技用に抑えられている。

 

 それでも、人間を吹き飛ばす程度の力はある。

 

「……」

 

 緑谷は、自分の手元へ視線を落とした。

 

 そこには、ロボットの装甲板があった。

 

 第一関門で拾い、ここまで持ってきたものだ。

 

 最初は、仮想敵の攻撃を防ぐために使った。

 

 そのあとは、何かに利用できるかもしれないと思い、手放さずにいた。

 

 そして今。

 

 目の前には、地雷原が広がっている。

 

「……もしかして」

 

 緑谷はしゃがみ込んだ。

 

 装甲板の端を使い、地面を掘り始める。

 

 埋まっていた地雷を一つ見つけると、その周囲の土を慎重に避けた。

 

 さらに、近くの地雷も確認する。

 

 爆発する範囲。

 

 威力。

 

 そして、装甲板の大きさ。

 

 頭の中で、それらが繋がっていった。

 

「……これなら」

 

 緑谷は装甲板を構え直した。

 

 手は震えている。

 

 恐怖がないわけではなかった。

 

 だが、ここで何もしなければ、追いつくことはできない。

 

 オールマイトから受け継いだ力は、まだ思うように扱えない。

 

 全力で使えば、自分の身体が壊れてしまう。

 

 それでも。

 

 今、自分にできることはある。

 

「……よし」

 

 緑谷は息を吸った。

 

 そして、地雷へ向き直った。

 

     *

 

 先頭集団では、轟と爆豪が激しく競り合っていた。

 

「邪魔だ半分野郎!」

 

「お前こそどけ」

 

 爆破と氷。

 

 異なる個性が、地雷原の上で交錯する。

 

 一護は、その少し後方から二人を追っていた。

 

 空中の足場を蹴り、連続して加速する。

 

 背中の斬月が風を切った。

 

 轟と爆豪の背中が近づく。

 

 もう少し。

 

 ここで抜ければ、ゴールまでは一気に走れる。

 

「……っ!」

 

 一護が踏み込もうとした、そのときだった。

 

 背後で、凄まじい爆音が響いた。

 

「……!?」

 

 振り返る。

 

 地雷原の後方から、土煙が巨大な柱となって立ち上っていた。

 

 競技用の地雷一つにしては、明らかに規模が大きい。

 

 何が起きた。

 

 そう考える間もなく。

 

 土煙の中から、一人の少年が飛び出してきた。

 

「……緑谷!?」

 

 一護は目を見開いた。

 

 緑谷出久。

 

 その足元には、巨大な金属板。

 

 爆風を受け止め、身体ごと前方へ打ち出されている。

 

 ほとんど、砲弾のような勢いだった。

 

「……マジかよ!」

 

 一護の頭上を、緑谷が飛び越えていく。

 

 轟が顔を上げた。

 

 爆豪も目を見開いている。

 

「デクぅ!?」

 

『何だああああ!?』

 

 プレゼント・マイクの声が、スタジアムへ響き渡った。

 

『後方から緑谷出久が大爆速で飛んできたァ! 一気に先頭だああ!』

 

 観客席から、凄まじい歓声が上がる。

 

 一護は一瞬だけ、その姿を見上げていた。

 

 そして。

 

「……はっ!」

 

 思わず笑った。

 

「やってくれるじゃねえか!」

 

 緑谷は、自分たちと同じように空中を自由に移動できるわけではない。

 

 だからこそ、地雷の爆風を利用した。

 

 それも、一つでは足りないと考え、まとめて起爆させたのだろう。

 

 無茶な手だ。

 

 だが、考えなしの無茶ではない。

 

 あの一瞬で、それだけの方法を組み立てた。

 

 思わず感心したくなる。

 

 だが、勝負はまだ終わっていない。

 

「……負けてらんねえな!」

 

 一護は足元へ力を集中させた。

 

 完現光。

 

 空中の踏み場を蹴り、一気に加速する。

 

 緑谷はすでに前方へ飛んでいる。

 

 だが、勢いは少しずつ落ち始めていた。

 

 爆風を使った移動なら、当然だ。

 

 加速し続けられるわけではない。

 

 ならば、追いつける。

 

 一護はさらに速度を上げた。

 

 背後からは、爆豪が爆破を使って追ってくる。

 

 轟も氷を伸ばし、二人のあとを追った。

 

 三人が、一斉に緑谷へ迫る。

 

 そのとき。

 

 緑谷が空中で身体をひねった。

 

「……!」

 

 一護は目を細めた。

 

 緑谷が金属板を構える。

 

 その下には、まだ地雷が残っていた。

 

「……おい、まさか!」

 

 緑谷が装甲板を地面へ叩きつけた。

 

 次の瞬間。

 

 再び爆発が起きた。

 

「……っ!」

 

 土煙が一気に広がる。

 

 爆風が地面の砂を巻き上げ、視界を覆った。

 

 轟の氷が砕ける音。

 

 爆豪の怒声。

 

 そして、周囲の生徒たちの悲鳴。

 

 一護は咄嗟に顔を庇った。

 

 正面から爆風を受けたわけではない。

 

 だが、進路が完全に塞がれた。

 

「……そう来たか!」

 

 緑谷は、最初の爆発だけで勝負を決めるつもりではなかった。

 

 追いつかれそうになったところで、もう一度爆発を起こす。

 

 相手の足を止め、その間に先へ進む。

 

 それが狙いだったのだ。

 

 一護は口元を歪めた。

 

 やられた。

 

 そう思う。

 

 ただ、まだ諦めるつもりはない。

 

 一護は高く跳んだ。

 

 土煙の上へ抜ける。

 

 視界が開けた。

 

 その先には、スタジアムの入口が見えていた。

 

 そして。

 

 すでに緑谷が、そこへ向かって走っている。

 

「……っ!」

 

 一護は踏み込んだ。

 

 一歩。

 

 二歩。

 

 空中を駆け抜ける。

 

 轟の横を抜いた。

 

 爆豪も爆破で追ってくる。

 

「黒崎ィ!」

 

 怒声が響いた。

 

「テメェまで俺の前に出てんじゃねえ!」

 

「今、お前の相手してる暇ねえんだよ!」

 

 一護は振り返らずに答えた。

 

 ゴールが近い。

 

 緑谷との距離も縮まっている。

 

 あと少し。

 

 もう一度踏み込めば、届くかもしれない。

 

 だが。

 

 緑谷は止まらなかった。

 

 足をもつれさせながらも、必死に走っている。

 

 最後の直線。

 

 そのまま、ゴールラインへ飛び込んだ。

 

『ゴォォォォル!!』

 

 実況が響いた。

 

『一位は――緑谷出久ゥゥゥ!!』

 

 スタジアム全体が揺れるほどの歓声が上がった。

 

「……っ!」

 

 一護は地面へ着地した。

 

 勢いを落とすことなく、ゴールラインを越える。

 

 僅かに遅れて轟。

 

 その後ろから爆豪が飛び込んできた。

 

『続いて二位、黒崎一護! 三位に轟焦凍! 四位は爆豪勝己だァ!』

 

 順位が告げられる。

 

 一護は走った勢いを殺し、ゆっくりと足を止めた。

 

 そして、大きく息を吐く。

 

「……負けたか」

 

 口元には、苦笑が浮かんでいた。

 

 悔しくないわけではない。

 

 最後の爆発で、ほんの僅かな差が生まれた。

 

 その差を、埋められなかった。

 

 ただ、足を止めたのは緑谷の策に対応するためだった。

 

 あの場所で進路を誤れば、爆風や土煙の中にいる他の選手と衝突しかねない。

 

 そうした判断も含めて、競技だ。

 

 一護はゴールの向こうを見た。

 

 緑谷が、膝へ手をついて肩で息をしている。

 

 その姿を見て、口元が緩んだ。

 

「……やるじゃねえか」

 

     *

 

「……黒崎くん」

 

 緑谷が顔を上げた。

 

 息はまだ整っていない。

 

 一護が近づいてくると、少しだけ背筋を伸ばした。

 

「お疲れ」

 

 一護は軽く手を上げる。

 

「あ、う、うん……!」

 

「すげえな、お前。あの地雷、よく思いついたな」

 

 緑谷は一瞬、言葉を失った。

 

 それから、少し照れくさそうに笑う。

 

「……ありがとう」

 

「正直、驚いた」

 

 一護は小さく笑った。

 

「もうちょいで追いつけそうだったんだけどな」

 

「……僕も、必死だったから」

 

「ああ。見りゃ分かる」

 

 緑谷は、まだ肩で息をしている。

 

 手には、使い終わった装甲板が握られていた。

 

 傷だらけになった金属の表面が、競技の激しさを物語っている。

 

「でも、黒崎くんもすごかったよ」

 

「ん?」

 

「ロボットのところ。人を助けてたでしょ」

 

 一護は少しだけ眉を上げた。

 

「……見てたのか」

 

「うん。途中で」

 

 緑谷は頷いた。

 

「それなのに、最後にはもう僕のすぐ後ろまで来てて……」

 

 一護は肩をすくめた。

 

「結局、お前に負けたけどな」

 

 緑谷は少し困ったように笑った。

 

 だが、その表情は嬉しそうだった。

 

 一護も、つられて笑う。

 

 勝負は勝負だ。

 

 負けたことは悔しい。

 

 だが、相手がいい勝ち方をしたのなら、それは素直に認めたい。

 

「……次は負けねえぞ」

 

 一護が言うと、緑谷は顔を上げた。

 

 そして、力強く頷いた。

 

「……うん!」

 

 そのとき。

 

「……おい」

 

 背後から、低い声が響いた。

 

 二人が振り返る。

 

 爆豪だった。

 

 眉間には深い皺が刻まれている。

 

 その目は、真っ直ぐ緑谷へ向けられていた。

 

「……かっちゃん」

 

 緑谷が呟く。

 

 爆豪は舌打ちした。

 

「……チッ」

 

 その視線が一護へ移る。

 

「テメェもだ、黒崎」

 

「……何だよ」

 

「次は潰す」

 

 一護は少しだけ目を瞬かせた。

 

 そして、口元を緩める。

 

「……おう。受けて立つぜ」

 

「……上等だ!」

 

 爆豪はそれだけ言って、乱暴に歩き去った。

 

 緑谷が小さく息を吐く。

 

「……かっちゃん、相当悔しそうだね」

 

「そりゃそうだろ」

 

 一護は爆豪の背中を見送った。

 

「あいつ、優勝するって言い切ったからな」

 

 その横を、轟が通り過ぎていく。

 

 表情はいつもと変わらない。

 

 だが、一護は気づいた。

 

 僅かに、悔しそうな顔をしている。

 

 それも当然だろう。

 

 最後の最後で抜かれたのだ。

 

 一護はその背中も見送った。

 

「……面白えな」

 

 思わず呟く。

 

 緑谷が首を傾げた。

 

「……何が?」

 

「いや」

 

 一護は小さく笑った。

 

「結構、すげえ奴ばっかいるなと思ってさ」

 

 緑谷は一瞬だけ目を瞬かせた。

 

 そして、笑った。

 

「……うん」

 

 二人は、再び競技場へ視線を向けた。

 

     *

 

 競技は、まだ終わっていなかった。

 

 後続の生徒たちが、次々とスタジアムへ戻ってくる。

 

 五位。

 

 六位。

 

 七位。

 

 ゴールするたびに、観客席から歓声が上がった。

 

 やがて、拳藤一佳もゴールラインを越えた。

 

「……はあっ、はあっ!」

 

 膝へ手をつき、息を整える。

 

 それから、すぐに振り返った。

 

「……織姫」

 

 まだ、姿が見えなかった。

 

 途中までは一緒に走っていた。

 

 だが、地雷原へ入ったところで距離が開いてしまった。

 

 織姫は慎重に進んでいた。

 

 普段なら、もっと速く抜けられるはずだった。

 

 けれど今日は、何か様子がおかしい。

 

 第二関門でも、ぼんやりして足を滑らせていた。

 

「……大丈夫かな」

 

 拳藤は小さく呟いた。

 

     *

 

 地雷原の後半。

 

 織姫は足元を確かめながら進んでいた。

 

 周囲では、次々と爆発音が響いている。

 

 土煙が上がる。

 

 生徒たちの声が飛び交う。

 

 もう何人が先へ進んだのかも分からなかった。

 

 ただ、ここで立ち止まれば、それだけ順位が下がっていく。

 

「……っ」

 

 織姫は一度、深く息を吸った。

 

 右足を前へ出す。

 

 地面の起伏を避ける。

 

 続けて、左足。

 

 そのとき。

 

 すぐ横で爆発が起きた。

 

「わっ!?」

 

 咄嗟に両腕を上げる。

 

 淡い光の盾が展開され、土砂と爆風を受け止めた。

 

 衝撃が収まる。

 

 織姫は短く息を吐いた。

 

「……危なかった」

 

 顔を上げる。

 

 前方には、スタジアムの入口が見え始めていた。

 

 あと少し。

 

 そこまで来ている。

 

 織姫は、強く拳を握った。

 

 先ほどから、何度も気を取られている。

 

 このままではいけない。

 

 自分には今、やるべきことがある。

 

 競技を最後までやり切ること。

 

 そして、次へ進むこと。

 

「……よし!」

 

 足元へ意識を集中させる。

 

 一歩。

 

 さらに一歩。

 

 地雷の位置を確認しながら進む。

 

 避ける。

 

 踏み込む。

 

 また避ける。

 

 周囲の爆発音が、少しずつ遠ざかっていった。

 

 ようやく地雷原を抜けると、織姫は大きく息を吐いた。

 

 前方には、スタジアムの入口。

 

 その向こうから、歓声が聞こえる。

 

 あと少しだった。

 

「……っ!」

 

 織姫は走り出した。

 

 今度は、足元を気にする必要はない。

 

 思い切り地面を蹴る。

 

 風が髪を揺らす。

 

 もう、立ち止まらない。

 

 そう決めた。

 

     *

 

『さあ、続々とゴールしていくぞォ!』

 

 プレゼント・マイクの声が響いた。

 

『残る通過枠も少なくなってきた! 果たして、次の種目へ進めるのは誰だァ!?』

 

 織姫はスタジアムへ駆け込んだ。

 

 観客席から、大きな歓声が上がる。

 

 前方には、ゴールライン。

 

 その周囲では、すでに競技を終えた生徒たちが集まっていた。

 

 織姫は息を吸った。

 

 そして、最後の力を振り絞ってゴールラインを越えた。

 

「……はあっ!」

 

 足を止める。

 

 身体が僅かに前へ傾き、慌てて膝へ手をついた。

 

 呼吸を整える。

 

 そのとき。

 

「織姫!」

 

 聞き慣れた声が響いた。

 

 顔を上げる。

 

 拳藤が駆け寄ってきていた。

 

「一佳ちゃん……」

 

「よかった! 間に合ったんだね!」

 

 拳藤は嬉しそうに笑った。

 

 織姫も、少しだけ笑う。

 

「……うん」

 

「通過だよ! 三十六位!」

 

「……え?」

 

「四十二人までだから! ちゃんと残れた!」

 

 織姫は目を瞬かせた。

 

 そして、電光掲示板へ視線を向ける。

 

 そこには、確かに自分の名前があった。

 

 井上織姫。

 

 三十六位。

 

「……ほんとだ!」

 

 ようやく笑顔になった。

 

「やったあ!」

 

「よし!」

 

 拳藤も笑う。

 

「私も通過したし、次も一緒に頑張ろう!」

 

「うん!」

 

 織姫は力強く頷いた。

 

 だが、その直後。

 

 視線が、自然と別の場所へ向いていた。

 

 A組の生徒たちが集まっている。

 

 その中に、見慣れた橙色の髪が見えた。

 

 黒い衣。

 

 そして、背中に負った大きな刀。

 

「……」

 

 織姫は、その姿を見つめた。

 

 心臓が、僅かに跳ねる。

 

「……織姫?」

 

 拳藤が声をかけた。

 

「……あっ」

 

 織姫は慌てて顔を向ける。

 

「何でもないよ!」

 

「……誰か探してた?」

 

「えっと……」

 

 言葉が詰まった。

 

 拳藤は少しだけ首を傾げる。

 

 織姫は一度、唇を結んだ。

 

 そして、小さく笑う。

 

「……ちょっと、気になることがあって」

 

「……そっか」

 

 拳藤は頷いた。

 

 それ以上は聞かなかった。

 

 織姫は胸の奥で、少しだけ安堵した。

 

 今はまだ、何と説明すればいいのか分からない。

 

 自分でも確かめていないことを、誰かに話すことはできなかった。

 

 ただ。

 

 もう一度だけ、あの背中を見たかった。

 

 織姫は、その気持ちを抑えて電光掲示板へ向き直った。

 

     *

 

 第一種目、障害物競走。

 

 すべての通過者が確定し、最終順位が発表された。

 

 電光掲示板に、上位の名前が映し出される。

 

 一位。

 

 緑谷出久。

 

 二位。

 

 黒崎一護。

 

 三位。

 

 轟焦凍。

 

 四位。

 

 爆豪勝己。

 

 その下にも、次々と名前が並んでいく。

 

 雄英のヒーロー科。

 

 普通科。

 

 サポート科。

 

 様々な生徒が、次の競技へ進む資格を得ていた。

 

 一護は掲示板を見上げた。

 

「……二位、か」

 

 悪くない結果だった。

 

 だが、勝ったわけではない。

 

 緑谷には、最後の最後で抜かれた。

 

 あの発想には素直に感心した。

 

 それと同時に、悔しさも残っている。

 

 もう少し早く、先頭へ追いつけていれば。

 

 もう少し上手く、地雷原を抜けられていれば。

 

 結果は違ったかもしれない。

 

 だが、それは終わってから考えても仕方のないことだった。

 

 勝負が終われば、結果が残る。

 

 それだけだ。

 

「……次だな」

 

 一護は小さく呟いた。

 

 まだ、体育祭は始まったばかりだった。

 

     *

 

「さて、ここまでが第一種目!」

 

 ミッドナイトの声が響いた。

 

「上位四十二名が、次の種目へ進出よ!」

 

 競技場に歓声が上がる。

 

 通過した生徒たちは、それぞれ喜びや安堵の表情を浮かべていた。

 

 通過できなかった生徒たちの中には、悔しそうに俯く者もいる。

 

 一護は、その様子を静かに見ていた。

 

 そして、ミッドナイトが次の種目を発表する。

 

「それじゃあ、第二種目は――」

 

 巨大な電光掲示板に、文字が映し出された。

 

 ――騎馬戦。

 

 一瞬、競技場がざわめいた。

 

「……騎馬戦?」

 

 上鳴が首を傾げる。

 

「何だよ、急に普通の運動会っぽくなったな」

 

 切島が笑った。

 

「まあ、雄英だし普通じゃ終わんねえだろ!」

 

 その予想は、すぐに当たった。

 

 ミッドナイトは笑みを浮かべ、ルールの説明を始めた。

 

「参加者は二人から四人で自由にチームを組んでもらうわ!」

 

 競技場のあちこちで、生徒たちが顔を見合わせる。

 

「基本的には普通の騎馬戦と同じ! 騎手が鉢巻きを身につけ、ほかのチームからそれを奪い合うの!」

 

 ミッドナイトは続けた。

 

「ただし、雄英の騎馬戦には特別なルールがあるわ!」

 

 電光掲示板が切り替わる。

 

 そこに、数字が並んだ。

 

 四十二位。

 

 五ポイント。

 

 四十一位。

 

 十ポイント。

 

 四十位。

 

 十五ポイント。

 

 順位が一つ上がるごとに、五ポイントずつ増えていく。

 

「チームのポイントは、参加する選手全員の合計! そして、奪った鉢巻きのポイントを競技終了時まで保持していたチームが上位へ進出するわ!」

 

 上鳴が指を折って計算し始めた。

 

「……えっと、二位だと……?」

 

「二百五ポイントだな」

 

 八百万が答えた。

 

「そうなるね」

 

 上鳴は一護へ顔を向けた。

 

「黒崎! お前、結構高いじゃん!」

 

 一護は肩をすくめる。

 

「……まあ、そうなるな」

 

 ただ、誰と組むかで合計ポイントは変わる。

 

 それに、点数を持っているだけでは勝てない。

 

 守りきれなければ、奪われるだけだ。

 

 だが。

 

 ミッドナイトの説明は、まだ終わっていなかった。

 

「そして! 第一種目の一位だけは、特別よ!」

 

 一護は顔を上げた。

 

 電光掲示板に、緑谷の顔が映し出される。

 

 その隣へ、数字が現れた。

 

 ――10,000,000。

 

「……は?」

 

 上鳴の声が裏返った。

 

「いっ……一千万!?」

 

 切島も目を丸くする。

 

「待て待て! 二位が二百ちょっとなのに!?」

 

 一護も、思わず顔をしかめた。

 

 凄まじい差だった。

 

 二位以下とは、桁が違う。

 

 それどころか、比較すること自体が馬鹿らしくなるほどの差だ。

 

 要するに、あの一千万ポイントを奪えば、ほぼ確実に上位へ進める。

 

 逆に緑谷は、全員から狙われることになる。

 

 競技場の空気が変わった。

 

 視線が、一斉に緑谷へ向く。

 

 緑谷は、顔を引き攣らせていた。

 

「……え」

 

 小さな声が漏れる。

 

「……ええええ!?」

 

 一護は思わず笑った。

 

「……おいおい」

 

 緑谷がこちらへ顔を向ける。

 

「く、黒崎くん……!」

 

「大変だな、お前」

 

「ひ、人ごとみたいに言わないでよ!」

 

「いや、実際人ごとだし」

 

「そんなぁ!?」

 

 一護は少しだけ笑った。

 

 だが、すぐに表情を引き締める。

 

 緑谷が最も狙われる。

 

 それは間違いない。

 

 けれど、自分だって無関係ではなかった。

 

 高い順位を取った者は、当然狙われる。

 

 しかも一護の場合、先ほどのロボットとの戦闘で個性の一部を見せてしまっている。

 

 騎馬戦では、あの刀と移動能力をどう使うか。

 

 その点も考える必要があった。

 

     *

 

「そして、もう一つ!」

 

 ミッドナイトが声を張り上げた。

 

「今回の体育祭では、決勝トーナメントの出場枠を拡大するわ!」

 

 競技場がざわめく。

 

 電光掲示板に、新たな数字が映し出された。

 

 ――24名。

 

「決勝トーナメントは二十四名で行うことになったわ! そのため、騎馬戦からは上位六チームが通過!」

 

 歓声が上がる。

 

 一護は少しだけ眉を上げた。

 

「……二十四人か」

 

 例年より出場枠が多いらしい。

 

 ただし、決勝へ進める人数が増えたからといって、簡単になるわけではない。

 

 チーム戦である以上、ほかの選手との連携が必要になる。

 

 それに、上位六チームへ入るには、ある程度のポイントを確保しなければならない。

 

「なお、チームは最大四名! 六チームの通過者が二十四名に満たない場合は、残る枠を競技成績に基づいて補充するわ!」

 

 一護は頷いた。

 

 つまり、まずは騎馬戦で上位六組に入ること。

 

 そこが、決勝への道というわけだ。

 

「……なるほどな」

 

 腕を組む。

 

 誰と組むか。

 

 どんな役割を担うか。

 

 どのチームを狙い、どのチームを避けるか。

 

 考えることは、いくらでもある。

 

 もっとも、こういうのも嫌いではなかった。

 

     *

 

 説明が終わると、競技場のあちこちでチーム作りが始まった。

 

 まず動いたのは、比較的順位の低い生徒たちだった。

 

 少しでも高いポイントを持つ相手と組みたい。

 

 そう考えるのは、当然のことだろう。

 

 その一方で、上位の生徒たちは慎重だった。

 

 ただポイントを集めればいいわけではない。

 

 騎馬戦は、チームの連携が重要になる。

 

 一護は周囲を見渡した。

 

 緑谷の近くには、ほとんど誰も寄っていなかった。

 

 一千万ポイント。

 

 魅力的ではあるが、同時に危険でもある。

 

 あまりにも多くのチームから狙われることになるからだ。

 

「……あいつ、大変だな」

 

 一護は小さく呟いた。

 

 緑谷は、困ったように周囲を見回している。

 

 その姿を見ていると、少し気の毒になってくる。

 

 だが。

 

 だからといって、自分が手を貸すのも違う。

 

 競技は勝負だ。

 

 緑谷も、誰かに助けてもらうつもりで一位になったわけではないだろう。

 

 それなら、自分も勝つための方法を考えなければならない。

 

「……どうすっかな」

 

 一護は腕を組んだ。

 

 そのとき。

 

「黒崎!」

 

 背後から声がした。

 

 振り返る。

 

 そこには、同じクラスの生徒が立っていた。

 

「次の騎馬戦なんだけどさ」

 

 一護は少しだけ目を細めた。

 

「……ああ」

 

 騎馬戦。

 

 一人の速さだけでは勝てない競技。

 

 しかも、相手の能力を読み、仲間と協力しなければならない。

 

 面白そうだった。

 

 一護は小さく笑った。

 

「……いいぜ。話聞かせてくれ」

 

 そう言って、相手へ向き直った。

 

     *

 

 少し離れた場所で、織姫は電光掲示板を見上げていた。

 

 二位。

 

 黒崎一護。

 

 その名前を見た瞬間、胸が僅かに跳ねた。

 

 視線を移す。

 

 A組の生徒たちが集まっている。

 

 その中には、黒い衣をまとった一護の姿があった。

 

 背中には、巨大な刀。

 

 織姫は、その姿をしばらく見つめていた。

 

 何かを話している。

 

 表情までは見えない。

 

 けれど、相手の言葉を聞いて、少し笑ったのが分かった。

 

「……」

 

 織姫は、唇を結んだ。

 

 そのとき。

 

「織姫!」

 

 拳藤が声をかけた。

 

「次、騎馬戦だって! チームどうする?」

 

「……チーム?」

 

「うん。二人から四人で組むんだって」

 

 拳藤は笑った。

 

「よかったら、一緒にやらない?」

 

 織姫は一瞬だけ、言葉を失った。

 

 それから、ゆっくりと頷く。

 

「……うん!」

 

 拳藤が嬉しそうに笑った。

 

「よし! じゃあ、あと誰を誘おうか!」

 

「そうだね!」

 

 織姫も笑う。

 

 そして、もう一度だけ一護の方へ視線を向けた。

 

 今すぐ、声をかけたい。

 

 確かめたいことがある。

 

 けれど、今は競技の途中だ。

 

 このあとも、まだ戦いが続く。

 

 それなら。

 

 まずは、自分のやるべきことをやろう。

 

 織姫は顔を上げた。

 

「……一佳ちゃん」

 

「ん?」

 

「騎馬戦、頑張ろうね」

 

 拳藤は少しだけ目を瞬かせた。

 

 そして、笑った。

 

「もちろん!」

 

 織姫も頷いた。

 

 その横を、ほかのB組の生徒たちが通り過ぎていく。

 

 誰と組むか。

 

 どんな戦い方をするか。

 

 話し合わなければならないことは、たくさんある。

 

 織姫は拳藤の隣へ並び、仲間を探し始めた。

 

     *

 

 一護は競技場の中央に立っていた。

 

 周囲では、すでにいくつものチームが形になり始めている。

 

 緑谷の周りには、少しずつ生徒が集まり始めていた。

 

 その様子を、一護は遠くから見ていた。

 

 一千万ポイント。

 

 誰もが欲しがる点数だ。

 

 けれど、あれを守りきるのは簡単ではないだろう。

 

 緑谷がどう戦うつもりなのか。

 

 それは、始まってみなければ分からない。

 

 だが、あいつなら何か考えているはずだ。

 

 一護は小さく笑った。

 

「……楽しみだな」

 

 そして、背中の斬月へ手を伸ばす。

 

 晒しに包まれた刀身が、僅かに揺れた。

 

 騎馬戦。

 

 刀を振るうだけでは勝てない。

 

 仲間の動きに合わせ、相手の出方を読んで戦う。

 

 そういう勝負も、悪くない。

 

 一護は周囲へ視線を向けた。

 

 話しかけてきたクラスメイトが、こちらを待っている。

 

「……よし」

 

 一護はそちらへ歩き出した。

 

 競技開始まで、残された時間はそう長くなかった。

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