『君が拒んだ終わりの先で』   作:吉野家

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第20話 六つの騎馬

 

「黒崎。次の騎馬戦、俺たちと組まないか」

 

 声をかけてきたのは障子目蔵だった。

 

 一護が振り返ると、その後ろには蛙吹梅雨と峰田実が立っていた。

 

「お前らと?」

 

「ああ。俺たちはまだ騎手が決まっていない」

 

 障子は一護を見下ろしながら続けた。

 

「俺の腕なら騎馬を安定させられる。蛙吹は周囲への対応、峰田は相手の足止めができる。黒崎が上から鉢巻きを狙えば、攻守のバランスも悪くないと思う」

 

「なるほどな」

 

 一護は三人を見回した。

 

 障子の複製腕は、単純な腕力だけではなく、周囲の索敵にも使える。蛙吹の舌は、離れた位置への牽制や鉢巻きを奪う補助に向いているだろう。

 

 峰田の粘着する球も、使い方次第では厄介だ。

 

 なかなか悪くない組み合わせだった。

 

 ただ、一つ気になることがある。

 

「……なあ」

 

「何だ?」

 

「お前ら、どうやって馬組むんだ?」

 

 三人が顔を見合わせた。

 

 一護は障子と峰田を交互に見た。

 

 障子は、クラスでも頭一つ抜けて大きい。

 

 対して峰田は、同じ一年生とは思えないほど小柄だった。

 

 その二人が肩を組んだところを想像してみる。

 

 どう考えても、高さが合わない。

 

「……峰田、普通に肩組んだら足浮かねえか?」

 

「浮かねえわ!」

 

 峰田が即座に叫んだ。

 

「おいらだってちゃんと地面に足ついてんだよ!」

 

「いや、分かってるけどよ」

 

「分かってねえだろ!」

 

 蛙吹が二人を見比べた。

 

「ケロ。普通の騎馬だと、かなり傾きそうね」

 

「だろ?」

 

 一護が頷く。

 

「蛙吹ちゃんまで!?」

 

 峰田が両手を上げたところで、障子が静かに口を開いた。

 

「問題ない。俺が支える」

 

 肩から伸びる複製腕が、左右へ広がった。

 

 さらに腕を組み合わせ、騎手を乗せるための土台を作る。

 

 一護は思わず目を丸くした。

 

「……おお」

 

「蛙吹と峰田には左右から支えてもらう。俺が主に荷重を受け持てば、高さは揃える必要がない」

 

 実際に三人が位置につくと、確かに形になった。

 

 障子の腕が中央の支えとなり、蛙吹と峰田がその動きを補助する。

 

 普通の騎馬とは少し違うが、安定感はありそうだった。

 

「……なるほどな。これならいけるか」

 

「ちょっと待て!」

 

 峰田が声を上げた。

 

「これ、おいら馬っつーより、横についてるだけじゃねえか!?」

 

「峰田ちゃんは無理に上を支えなくてもいいと思うわ」

 

 蛙吹が言った。

 

「足元への攻撃が得意なんだから、そっちに集中してくれた方が助かるもの」

 

「そ、それはそうだけどよ……」

 

 峰田は不満そうに唇を尖らせる。

 

 一護はその肩を軽く叩いた。

 

「頼りにしてるぞ、峰田」

 

「……え?」

 

「お前の球なら、相手の足を止められるだろ。騎馬戦じゃ相当厄介だと思うぜ」

 

 峰田は目を瞬かせた。

 

 それから、ゆっくりと胸を張る。

 

「……ま、まあな!」

 

「おう。だから頼む」

 

「任せろ! おいらに近づいた奴は全員足止めしてやる!」

 

「黒崎ちゃん、扱い上手ね」

 

 蛙吹が呟いた。

 

「……何が?」

 

「何でもないわ。ケロ」

 

 一護が首を傾げる横で、障子は騎馬の形を確認していた。

 

「一度乗ってみてくれ」

 

「ああ」

 

 一護は障子の腕に手をかけた。

 

 そのとき、背中の斬月が僅かに揺れる。

 

「……あ」

 

 動きを止めた。

 

 幅広の刀身が、肩越しに大きく張り出している。

 

 このまま乗れば、障子の複製腕や蛙吹たちの頭に当たりかねない。

 

「……これ、邪魔だな」

 

 蛙吹も見上げた。

 

「そうね。振り向いたときに当たりそう」

 

「だよな」

 

 一護は背中の斬月へ手を伸ばした。

 

 晒しに包まれた刀身を外し、片手で持ち上げる。

 

 巨大な刀が、ゆっくりと霊子へほどけ始めた。

 

「……おお」

 

 峰田が目を丸くする。

 

「消えた!」

 

 細かな光の粒が散り、斬月が姿を消す。

 

 一護は空になった手を軽く握った。

 

「これなら大丈夫だろ」

 

「……その刀、好きなときに出したり消したりできるの?」

 

 蛙吹が尋ねた。

 

「ああ。まだ多少慣れはいるけどな」

 

「便利ね」

 

「まあな。ただ、競技中は出さねえよ」

 

 一護は障子たちへ視線を向ける。

 

「流石に騎手ってなると邪魔だったし、刀振り回したらお前らが危ねえ」

 

 障子が頷いた。

 

「その方が助かる」

 

「だろ?」

 

 一護は笑った。

 

「よし。じゃあ、改めて頼むぜ」

 

 障子の腕で作られた土台へ乗る。

 

 足元が僅かに揺れた。

 

 だが、すぐに安定する。

 

「……お、結構いいな」

 

「動くぞ」

 

 障子が一歩踏み出した。

 

 蛙吹と峰田が、その動きに合わせる。

 

 騎馬全体が前へ進んだ。

 

 想像していたより、ずっと滑らかだった。

 

「……いいじゃねえか」

 

 一護は口元を緩めた。

 

「これなら戦えそうだ」

 

     *

 

「織姫、こっち!」

 

 拳藤一佳に呼ばれ、織姫は顔を上げた。

 

「はーい!」

 

 駆け寄ると、拳藤の隣には小森希乃子と柳レイ子が立っていた。

 

「小森ちゃんと柳ちゃんも組んでくれるって」

 

「よろしくお願いします、井上さん!」

 

 小森がにこりと笑う。

 

「よろしく……」

 

 柳も静かに頭を下げた。

 

「うん! よろしくね!」

 

 織姫は笑顔で答えた。

 

 拳藤が両手を腰へ当てる。

 

「これで四人。あとは役割を決めよう」

 

「騎手は一佳ちゃん?」

 

「うん。そのつもり。あたしの個性なら、少し離れた相手の鉢巻きにも手が届くからね」

 

 拳藤は右手を開いた。

 

 その手が、ぐんと大きくなる。

 

 指先まで含めれば、かなりの範囲を覆えそうだった。

 

「ただ、手を伸ばしてる間はどうしても隙ができる。それをどう守るかなんだけど……」

 

「じゃあ、私が守るね!」

 

 織姫がすぐに答えた。

 

「一佳ちゃんが鉢巻きを取るとき、横や後ろから来た人を盾で防げばいいんだよね?」

 

「そうそう。お願いできる?」

 

「もちろん!」

 

 拳藤は嬉しそうに笑った。

 

「ありがと。じゃあ、小森ちゃんは相手の進路を制限してほしい。柳ちゃんは周囲の牽制をお願い」

 

「任せてください! きのこ、いっぱい生やしちゃいます!」

 

 小森が楽しそうに拳を握る。

 

「分かったわ」

 

 柳も静かに頷いた。

 

 織姫は三人を見回した。

 

 拳藤が攻める。

 

 自分が守る。

 

 小森と柳が相手の動きを乱す。

 

 それぞれの役割が、はっきりしている。

 

「……うん!」

 

 織姫は小さく頷いた。

 

 拳藤が顔を向ける。

 

「どうしたの?」

 

「ううん。いいチームだなって思って」

 

 その言葉に、拳藤も笑った。

 

「でしょ?」

 

 小森が元気よく手を上げる。

 

「絶対勝ちましょうね!」

 

「……ええ」

 

 柳も頷いた。

 

 織姫は笑顔で応じた。

 

「うん! 頑張ろう!」

 

     *

 

『さあ、交渉時間終了だァ!』

 

 プレゼント・マイクの声が、競技場へ響き渡った。

 

『チームは決まったか!? 決まってなくても、もう待ってやらねえぞ!』

 

 観客席から歓声が上がる。

 

 電光掲示板には、各チームの組み合わせが映し出されていた。

 

 緑谷・麗日・常闇・発目。

 

 轟・飯田・八百万・上鳴。

 

 爆豪・切島・芦戸・瀬呂。

 

 心操・尾白・庄田・青山。

 

 黒崎・蛙吹・障子・峰田。

 

 拳藤・井上・小森・柳。

 

 もちろん、出場するのは彼らだけではない。

 

 競技場には、ほかにも何組もの騎馬が並んでいた。

 

 そのすべてが、上位六チームという通過枠を狙っている。

 

『制限時間は十五分! 鉢巻きを奪われても失格にはならねえ! 最後まで奪い返せるぞ!』

 

 実況が続く。

 

『そして、決勝トーナメントへ進めるのは上位六チーム! 最大二十四名だ!』

 

 観客席が沸いた。

 

 一護は障子の肩越しに、その熱気を感じていた。

 

 先ほどよりも高い位置から、競技場を見渡す。

 

 普段とは、随分と景色が違った。

 

「……何か変な感じだな」

 

「慣れないか?」

 

 障子が尋ねる。

 

「まあな。人に乗って戦うなんて初めてだ」

 

「俺たちもだ」

 

「……そりゃそうか」

 

 一護は小さく笑った。

 

 少し離れた場所では、緑谷たちが最後の確認をしていた。

 

 麗日が足元へ触れ、発目が装備を調整している。

 

 常闇の背後には、黒い影が静かに揺れていた。

 

 緑谷は何やら必死に話している。

 

 そのさらに向こうでは、轟がこちらを見ていた。

 

 爆豪は、すでに誰かへ怒鳴っている。

 

「……あいつは相変わらずだな」

 

 一護が呟いた。

 

「爆豪のことか?」

 

 障子が尋ねる。

 

「ああ」

 

「まあ、そうだな」

 

 障子も否定しなかった。

 

 そのとき、蛙吹が声をかける。

 

「黒崎ちゃん。始まるわよ」

 

「……おう」

 

 一護は前へ向き直った。

 

 足元の障子たちが、僅かに姿勢を低くする。

 

 自分も重心を整えた。

 

 一人で踏み込むときの感覚とは、まるで違う。

 

 それでも、勝負であることに変わりはなかった。

 

「……行くぞ」

 

 三人が頷いた。

 

     *

 

「準備はいいかしら!」

 

 ミッドナイトの声が響く。

 

 競技場の空気が、一気に張り詰めた。

 

「第二種目――騎馬戦!」

 

 選手たちが、それぞれ姿勢を低くする。

 

 一護も周囲を確認した。

 

 前方には、何組もの騎馬。

 

 右側には、B組の生徒たち。

 

 左側にも、別のチームが並んでいる。

 

 だが、その大半が同じ方向を見ていた。

 

 緑谷出久。

 

 一千万ポイント。

 

 誰もが欲しがる、圧倒的な得点だった。

 

「……まあ、そうなるよな」

 

 一護は小さく呟いた。

 

 緑谷の顔が引き攣っている。

 

 気持ちは分からなくもない。

 

 だが、こちらも勝負だ。

 

 同情ばかりしているわけにはいかなかった。

 

「……障子、最初は少し距離取ろう」

 

「ああ」

 

「峰田、球は無駄に投げんなよ。後で必要になる」

 

「分かってるって!」

 

「蛙吹は左右を頼む」

 

「任せて。ケロ」

 

 一護は頷いた。

 

 そして。

 

「スタート!」

 

 合図が響いた。

 

 競技場が、一斉に動き出した。

 

     *

 

『さあ始まったァ! 雄英体育祭第二種目、騎馬戦!』

 

 プレゼント・マイクの声が響く。

 

『まず狙われるのは、やっぱり一千万ポイントの緑谷チームだァ!』

 

 その言葉どおりだった。

 

 何組もの騎馬が、一斉に緑谷へ向かっていく。

 

「うわあああ!?」

 

 緑谷の声が響いた。

 

 だが、すぐに麗日が叫ぶ。

 

「デクくん、行くよ!」

 

「う、うん!」

 

 騎馬が地面を蹴った。

 

 発目の装備が起動し、勢いよく空中へ飛び上がる。

 

 追いかけていた生徒たちが、揃って顔を上げた。

 

「飛んだ!?」

 

 緑谷たちは、その頭上を越えていく。

 

 常闇の黒影が周囲へ広がり、迫ってきた腕を弾いた。

 

 緑谷は必死に周囲を確認しながら、鉢巻きを押さえている。

 

「……へえ」

 

 一護は思わず声を漏らした。

 

 なかなか上手い組み合わせだ。

 

 麗日の無重力。

 

 発目の装備。

 

 常闇の黒影。

 

 それぞれの能力が、緑谷を守るために使われていた。

 

 普通に走るだけなら、すぐに囲まれていただろう。

 

 だが、空中へ逃げられるなら話は違う。

 

「黒崎、前!」

 

 障子の声が響いた。

 

「……っ!」

 

 一護は視線を戻した。

 

 目の前へ、別のチームが迫っている。

 

 騎手の男子生徒が、こちらへ手を伸ばしてきた。

 

「その鉢巻き、もらうぞ!」

 

「悪いな!」

 

 一護は身体をひねった。

 

 伸びてきた手を躱し、相手の腕の外側へ手を伸ばす。

 

 だが、相手もすぐに距離を取った。

 

「……ちっ」

 

 一護は小さく舌打ちする。

 

 一人なら、そのまま踏み込めた。

 

 けれど今は、馬の動きに合わせなければならない。

 

 無理に身体を乗り出せば、障子たちが崩れてしまう。

 

「黒崎ちゃん、右からもう一組来るわ」

 

 蛙吹が言った。

 

「ああ。見えてる!」

 

 右手側から、別の騎馬が迫っていた。

 

 その先頭が、一護の鉢巻きへ手を伸ばす。

 

「……っ!」

 

 だが、その直前。

 

 紫色の球が、相手の進路へ飛んだ。

 

 騎馬の先頭が、一歩踏み出す。

 

 靴底が地面へ貼りついた。

 

「うわっ!?」

 

「何だこれ!」

 

「もぎもぎだ!」

 

 峰田が叫んだ。

 

「そう簡単に近づけると思うなよ!」

 

 相手の騎馬が足を取られる。

 

 障子がすぐに動いた。

 

「黒崎!」

 

「おう!」

 

 一護は身を乗り出した。

 

 相手の騎手が、慌てて身体を引く。

 

 だが、動きが遅れた。

 

 一護の右手が、鉢巻きを掴む。

 

「……よし!」

 

 引き抜く。

 

 手の中へ、一本の鉢巻きが収まった。

 

『おおっと! 黒崎チーム、まず一本獲得だァ!』

 

 歓声が上がる。

 

「やったぞ黒崎!」

 

 峰田が声を上げた。

 

「おう!」

 

 一護は笑った。

 

 そのとき、障子がすぐに声をかける。

 

「まだ来る!」

 

「分かってる!」

 

 次の騎馬が、すでに迫っていた。

 

 だが、今度はこちらも動ける。

 

「左へ!」

 

 一護が叫ぶ。

 

 障子が身体をひねった。

 

 蛙吹と峰田が、その動きへ合わせる。

 

 騎馬全体が左へ滑るように移動した。

 

 相手の手が空を切る。

 

 一護は口元を緩めた。

 

 少しずつ、感覚が掴めてきた。

 

 一人で戦うときとは違う。

 

 それでも、悪くない。

 

「……次、行くぞ!」

 

 三人が頷いた。

 

     *

 

「一佳ちゃん、右!」

 

 織姫の声が響いた。

 

「分かってる!」

 

 拳藤が身体をひねる。

 

 その右側から、別の騎馬が突っ込んできた。

 

 相手の騎手が、鉢巻きへ手を伸ばす。

 

 だが。

 

「三天結盾!」

 

 淡い光が広がった。

 

 三角形の盾が、拳藤たちの右側へ展開される。

 

 伸びてきた腕が、光の面へ弾かれた。

 

「……っ!?」

 

 相手が驚いて手を引く。

 

「今!」

 

 拳藤が右手を伸ばした。

 

 その拳が、一気に巨大化する。

 

 相手の騎手が顔を引き攣らせた。

 

「でっ……でかっ!?」

 

 拳藤の指先が、鉢巻きを掴んだ。

 

「もらった!」

 

 引き抜く。

 

 相手の騎手が慌てて手を伸ばす。

 

 だが、届かなかった。

 

 拳藤は奪った鉢巻きを、自分の首元へ巻きつけた。

 

「よし、一つ!」

 

「やったね!」

 

 織姫が笑う。

 

 小森も嬉しそうに声を上げた。

 

「いい感じです!」

 

 柳は周囲へ視線を向けた。

 

「……後ろから、二組来てる」

 

 拳藤が顔を上げる。

 

「了解! 小森ちゃん!」

 

「はーい!」

 

 小森が手を広げた。

 

 細かな胞子が、周囲へ散っていく。

 

 次の瞬間。

 

 相手の進路上に、小さなきのこが次々と生え始めた。

 

「……は?」

 

 追いかけていた騎馬が足を緩める。

 

「何だこれ!?」

 

 靴底が滑るほどではない。

 

 だが、足元へ突然きのこが現れれば、気を取られる。

 

 それだけでも、十分だった。

 

「今のうちに!」

 

 拳藤が叫ぶ。

 

 織姫たちは一斉に動いた。

 

 その横を、柳の操る小石がふわりと浮かび上がる。

 

 後方から伸びてきた手の前へ回り込み、牽制する。

 

 相手が一瞬だけ手を引いた。

 

 拳藤は、その隙に距離を取った。

 

「……よし!」

 

 四人は、再び競技場を走り始める。

 

「小森ちゃん、柳ちゃん、ありがと!」

 

 織姫が声をかける。

 

「どういたしまして!」

 

「……お役に立てて、よかった」

 

 柳が静かに答えた。

 

 拳藤も笑った。

 

「いいね! この調子で行こう!」

 

 織姫は頷いた。

 

 自分が守り、拳藤が奪う。

 

 小森が相手の動きを乱し、柳が周囲を牽制する。

 

 それぞれの役割が、上手く噛み合っていた。

 

 四人の騎馬は、そのまま次の相手へ向かっていった。

 

     *

 

 競技開始から、数分。

 

 会場のあちこちで鉢巻きの奪い合いが激しくなっていた。

 

『さあさあ! どこを見ても大乱戦だァ!』

 

 プレゼント・マイクの声が響く。

 

『一千万ポイントの緑谷チームは相変わらず大人気! だが、ほかのチームも負けちゃいねえ!』

 

 一護は、少し離れた場所で爆豪が暴れているのを見ていた。

 

 物間寧人。

 

 金髪の少年が、爆豪の攻撃を躱しながら笑っている。

 

「いやあ、すごいねえ! さすがA組!」

 

 芝居がかった声だった。

 

「でも、その程度で僕たちB組に勝てると思ってるのかい?」

 

「……あァ!?」

 

 爆豪のこめかみに血管が浮かぶ。

 

「てめぇ、ぶっ殺す!」

 

 爆破音が響いた。

 

 だが、物間は巧みに距離を取っている。

 

 その手元から、小さな爆発が起きた。

 

「……!」

 

 一護は僅かに眉を上げた。

 

 爆豪の個性と似ている。

 

 いや、ほとんど同じだった。

 

「……コピーか?」

 

 呟く。

 

 物間は愉快そうに笑っていた。

 

「どうだい? 自分の個性を使われる気分は!」

 

「うるせえええ!」

 

 爆豪がさらに加速する。

 

 その背後では、切島たちが必死に馬を支えていた。

 

「おい爆豪! 落ち着けって!」

 

「うるせえ!」

 

 切島の声も、ほとんど届いていない。

 

 一護は苦笑した。

 

「……あいつ、完全に遊ばれてんな」

 

 そのとき。

 

「黒崎ちゃん!」

 

 蛙吹の声が響いた。

 

「ん?」

 

「前、見て」

 

 一護は顔を戻した。

 

 別の騎馬が、こちらへ迫っていた。

 

「……っと!」

 

 慌てて姿勢を変える。

 

 伸びてきた手を躱し、障子へ声をかけた。

 

「右!」

 

「了解!」

 

 騎馬が向きを変える。

 

 相手の手が空を切った。

 

 その隙に、一護は逆側から腕を伸ばす。

 

「……もらった!」

 

 鉢巻きを掴む。

 

 引き抜く。

 

 また一本、手元へ増えた。

 

「……よし」

 

 一護は小さく笑った。

 

 気を抜く暇はない。

 

 周囲には、いくらでも相手がいる。

 

「……次、来るぞ!」

 

 三人が頷いた。

 

     *

 

 その頃。

 

 競技場の中央では、緑谷チームと轟チームが向かい合っていた。

 

 一千万ポイント。

 

 その鉢巻きを巡り、周囲の空気が張り詰める。

 

 轟は冷静だった。

 

 右半身から冷気が漂っている。

 

 飯田は、騎馬の一部として姿勢を低くしていた。

 

 八百万は周囲へ視線を向け、上鳴が緑谷チームの動きを警戒している。

 

 一方、緑谷は必死に状況を読んでいた。

 

 轟の氷。

 

 飯田の速度。

 

 八百万の創造。

 

 上鳴の電撃。

 

 どれも厄介な個性ばかりだ。

 

 正面からぶつかれば、不利になる。

 

 だが、逃げ続けるわけにもいかない。

 

 残り時間は、少しずつ減っている。

 

「……来る!」

 

 緑谷が叫んだ。

 

 轟が右手を伸ばす。

 

 冷気が地面を這った。

 

 氷が広がる。

 

 麗日が慌てて騎馬の姿勢を変えた。

 

「デクくん!」

 

「分かってる!」

 

 発目の装備が起動する。

 

 騎馬が一気に浮き上がった。

 

 だが、轟はそれを読んでいた。

 

 氷を伸ばし、進路を制限する。

 

 緑谷たちの動きが、僅かに鈍った。

 

「……っ!」

 

 その瞬間。

 

 飯田の脚部から、凄まじい音が響いた。

 

「レシプロバースト!」

 

 騎馬が爆発的に加速した。

 

 それまでとは、まるで違う速度。

 

 緑谷が目を見開く。

 

「……えっ!?」

 

 轟の手が伸びた。

 

 緑谷の首元へ。

 

 指先が、鉢巻きを掴む。

 

 次の瞬間。

 

 一千万ポイントの鉢巻きが、轟の手へ移っていた。

 

『おおおおっとォォォ!』

 

 プレゼント・マイクが叫ぶ。

 

『轟チーム! ついに一千万ポイントを奪い取ったァァァ!!』

 

 会場が沸いた。

 

 緑谷は、呆然と首元へ手をやった。

 

 ない。

 

 一千万ポイントの鉢巻きが、ない。

 

「……っ」

 

 顔が強張る。

 

 轟はすでに、距離を取っていた。

 

 飯田の加速は一時的なものらしい。

 

 だが、その一瞬で十分だった。

 

 緑谷は歯を食いしばった。

 

 まだ終わっていない。

 

 残り時間はある。

 

 ならば、取り返すしかない。

 

「……みんな!」

 

 声を上げる。

 

「まだ、行ける!」

 

 麗日が顔を上げた。

 

「……うん!」

 

 常闇も頷く。

 

「諦めるには、まだ早い」

 

 発目が装備を確認した。

 

「まだまだ売り込みのチャンスですね!」

 

「……発目さん!?」

 

 緑谷が思わず声を上げる。

 

 だが、その表情には、もう諦めの色はなかった。

 

     *

 

『残り三分!』

 

 実況が響いた。

 

 一護は、奪った鉢巻きを確認した。

 

 何本か増えている。

 

 開始時より、かなりのポイントを確保できていた。

 

 だが、まだ安心はできない。

 

 ほかのチームも、次々とポイントを奪い合っている。

 

「……今、どのくらいだ?」

 

 一護が尋ねる。

 

 障子が周囲を見渡した。

 

「正確には分からん。だが、上位には入っているはずだ」

 

「そうね」

 

 蛙吹が頷いた。

 

「ただ、まだ狙われると思うわ」

 

 その言葉どおりだった。

 

 少し離れた場所で、別の騎馬がこちらを見ている。

 

 何かを相談しているらしい。

 

 一護は小さく笑った。

 

「……来るなら、受けて立つしかねえな」

 

「待て、黒崎」

 

 障子が言った。

 

「今は無理に攻めなくてもいい。守りきれば十分だ」

 

「……ああ」

 

 一護は頷いた。

 

 確かに、そうだ。

 

 ここで無理に前へ出て、鉢巻きを奪われれば意味がない。

 

 勝つために必要なのは、最後までポイントを残すこと。

 

 それなら、守りへ回る判断も必要だった。

 

「……分かった。少し距離取ろう」

 

 障子が頷く。

 

 騎馬が移動を始めた。

 

 そのとき。

 

 左側から、別のチームが突っ込んできた。

 

「……っ!」

 

 一護は身体をひねった。

 

 伸びてきた手が、鉢巻きへ迫る。

 

 だが、そこへ蛙吹の舌が伸びた。

 

「……ケロッ!」

 

 相手の腕が、横へ引かれる。

 

「うわっ!?」

 

 その隙に、障子が騎馬の向きを変えた。

 

 一護は身を乗り出し、相手の鉢巻きを掴む。

 

「……よし!」

 

 引き抜く。

 

 相手は慌てて距離を取った。

 

 峰田が声を上げる。

 

「やったぞ! また一本!」

 

 一護は笑った。

 

「おう!」

 

 そのまま、周囲へ視線を向ける。

 

 轟チーム。

 

 爆豪チーム。

 

 心操チーム。

 

 緑谷チーム。

 

 それぞれが、激しくポイントを奪い合っている。

 

 その中で、少し離れた場所に拳藤たちの姿も見えた。

 

 だが、すぐに別の騎馬が間へ入り、視界を遮った。

 

 一護はそちらへ意識を向けることなく、次の相手を警戒した。

 

     *

 

「……あと少し!」

 

 拳藤が叫んだ。

 

 その前方には、別の騎馬。

 

 首元には、複数の鉢巻きが巻かれている。

 

 ここで一本でも奪えれば、上位六チームへ残れる可能性が高くなる。

 

 だが、相手も簡単には渡してくれない。

 

 騎馬が左右へ揺れながら、距離を取ろうとしていた。

 

「柳ちゃん!」

 

「……はい」

 

 柳の周囲で、小石が浮かび上がる。

 

 それらが、相手の進路へ回り込んだ。

 

 強くぶつけるわけではない。

 

 ただ、前へ進むための隙間を狭める。

 

 相手の騎馬が僅かに足を緩めた。

 

「小森ちゃん!」

 

「はーい!」

 

 細かな胞子が、地面へ散る。

 

 相手の足元に、小さなきのこが生え始めた。

 

「……くそっ!」

 

 騎手が苛立たしそうに声を上げる。

 

 その隙に、拳藤が距離を詰めた。

 

「今!」

 

 右手が巨大化する。

 

 相手の鉢巻きへ伸びる。

 

 だが。

 

 反対側から、別の騎馬が飛び込んできた。

 

「……っ!」

 

 拳藤の手が止まる。

 

 横から伸びてきた腕が、拳藤の首元へ迫った。

 

「一佳ちゃん!」

 

 織姫が叫ぶ。

 

 その瞬間。

 

 淡い光が、四人の横へ広がった。

 

「三天結盾!」

 

 相手の手が、盾へ弾かれる。

 

 拳藤はその隙を逃さなかった。

 

「……ありがと!」

 

 右手を伸ばす。

 

 相手の鉢巻きを掴む。

 

 引き抜く。

 

「取った!」

 

 拳藤が声を上げた。

 

 織姫も笑う。

 

「やったね!」

 

 だが、まだ終わりではない。

 

 横から来た騎馬が、再び迫っていた。

 

「……っ!」

 

 織姫は盾を展開し直す。

 

 拳藤が奪った鉢巻きを首元へ巻く。

 

 小森と柳も、必死に馬を支えながら周囲を警戒していた。

 

「……あと何分!?」

 

 拳藤が叫ぶ。

 

 小森が顔を上げた。

 

「もうすぐです!」

 

 その声に重なるように、実況が響いた。

 

『残り一分!』

 

 拳藤は歯を食いしばった。

 

 あと少し。

 

 このまま守りきれば、決勝へ進めるかもしれない。

 

「……みんな!」

 

 声を上げる。

 

「最後まで守りきるよ!」

 

「うん!」

 

 織姫が答えた。

 

 小森も頷く。

 

「了解です!」

 

 柳は静かに目を細めた。

 

「……来る」

 

 四人は、再び姿勢を低くした。

 

     *

 

 残り時間は、僅かだった。

 

 競技場の中央では、緑谷チームが轟チームへ迫っている。

 

 一千万ポイント。

 

 それを奪われたままでは、上位へ残るのは難しい。

 

 緑谷は歯を食いしばっていた。

 

 目の前には、轟。

 

 その首元には、何本もの鉢巻きが巻かれている。

 

 狙うべきは、一千万ポイント。

 

 だが、どれがそれなのか。

 

 見極めなければならない。

 

「……っ!」

 

 緑谷は身体を前へ乗り出した。

 

 轟も、右手へ冷気を集める。

 

 その瞬間。

 

 緑谷の腕へ、凄まじい力が流れた。

 

「……っ!」

 

 風圧が、轟の氷を砕く。

 

 緑谷の手が伸びる。

 

 指先が、鉢巻きを掴んだ。

 

『おおっとォ!? 緑谷、取り返したかァ!?』

 

 観客席が沸いた。

 

 だが。

 

 緑谷の顔が、僅かに強張った。

 

 手にした鉢巻き。

 

 そこに書かれた数字は、一千万ではなかった。

 

「……っ!」

 

 違う。

 

 別の鉢巻きだ。

 

 その瞬間。

 

『タイムアップ!』

 

 ミッドナイトの声が響いた。

 

 競技場の動きが、止まる。

 

 緑谷は、手の中の鉢巻きを見つめた。

 

 終わった。

 

 一千万ポイントは、取り返せなかった。

 

 その事実が、胸へ重く落ちてくる。

 

「……っ」

 

 だが、隣から声がした。

 

「緑谷」

 

 常闇だった。

 

 緑谷が顔を上げる。

 

「……常闇くん?」

 

「まだ、結果は分からん」

 

 常闇は静かに答えた。

 

 その横には、黒影が浮かんでいる。

 

 手には、別の鉢巻きが握られていた。

 

 緑谷の目が見開かれた。

 

「……えっ?」

 

「轟の騎馬から、一本奪っておいた」

 

 常闇は短く言った。

 

「お前が前へ出たときにな」

 

 緑谷は、しばらく言葉を失った。

 

 そして。

 

「……常闇くん!」

 

 思わず声を上げた。

 

 常闇は小さく頷いた。

 

「結果が出るまで、諦めるな」

 

 緑谷は唇を結んだ。

 

 そのあと、力強く頷いた。

 

「……うん!」

 

     *

 

 競技場に、終了を告げる音が響き渡った。

 

 各チームが動きを止める。

 

 相手の鉢巻きへ伸ばしかけていた手も、途中で止まった。

 

 勝ったと確信する者。

 

 不安そうに結果を待つ者。

 

 悔しさを滲ませる者。

 

 様々な表情が、競技場へ広がっていた。

 

 一護は、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……終わったか」

 

 障子が頷く。

 

「ああ」

 

 蛙吹も、小さく息を吐いた。

 

「何とか守れたわね」

 

 峰田は、奪った鉢巻きを見つめていた。

 

「……なあ、俺たち結構取ったよな?」

 

「そうだな」

 

 一護は笑った。

 

「お前の球、かなり役に立ったぞ」

 

「……!」

 

 峰田が目を見開く。

 

 そのあと、嬉しそうに拳を握った。

 

「だろ!? 俺だってやるときゃやるんだよ!」

 

「調子に乗りすぎないでね」

 

 蛙吹が静かに言った。

 

「……はい」

 

 一護は小さく笑った。

 

 そのとき、障子が顔を上げた。

 

「結果が出るぞ」

 

 電光掲示板が切り替わる。

 

 観客席が、静まり返った。

 

     *

 

『さあ! 十五分間の激闘、ついに決着だァ!』

 

 プレゼント・マイクの声が響く。

 

『上位六チームを発表するぜ!』

 

 巨大な電光掲示板に、順位が映し出された。

 

 一位。

 

 轟チーム。

 

 会場が沸いた。

 

 一千万ポイントを奪い取った轟たちが、首位で競技を終えた。

 

 轟は静かに息を吐き、飯田たちへ顔を向ける。

 

「……お疲れ」

 

 飯田が力強く頷いた。

 

「こちらこそだ!」

 

 二位。

 

 爆豪チーム。

 

「……チッ!」

 

 爆豪が舌打ちした。

 

 切島が苦笑する。

 

「まあまあ、通過したんだからいいじゃねえか!」

 

「よくねえ!」

 

「だよなあ……」

 

 三位。

 

 黒崎チーム。

 

「……おっ」

 

 一護は僅かに眉を上げた。

 

「三位か」

 

 障子が頷く。

 

「十分だろう」

 

「そうね」

 

 蛙吹が笑う。

 

「決勝へ進めるんだもの」

 

 峰田は両手を上げた。

 

「やったあああ!」

 

 一護も笑った。

 

「……おう。やったな」

 

 四位。

 

 心操チーム。

 

 紫色の髪の少年が、静かに電光掲示板を見上げていた。

 

 その隣には、尾白と庄田、青山の姿がある。

 

 だが、尾白はどこか複雑そうな表情を浮かべていた。

 

 自分がどう競技を進めたのか、曖昧な部分がある。

 

 それが気になっているらしい。

 

 心操は何も言わず、順位を確認していた。

 

 五位。

 

 緑谷チーム。

 

「……!」

 

 緑谷が目を見開いた。

 

 麗日が嬉しそうに声を上げる。

 

「やった! デクくん!」

 

 常闇も小さく頷く。

 

「……何とか残れたな」

 

 発目は、装備を確認しながら笑っている。

 

「いやあ、いい宣伝になりました!」

 

「……発目さん……」

 

 緑谷は苦笑した。

 

 だが、すぐに嬉しそうに笑った。

 

 そして。

 

 六位。

 

 拳藤チーム。

 

「……っ!」

 

 拳藤が息を呑んだ。

 

 次の瞬間。

 

「やったあああ!」

 

 大きな声が響いた。

 

 織姫だった。

 

 両手を上げ、嬉しそうに跳ねている。

 

「一佳ちゃん! やったね!」

 

「……うん!」

 

 拳藤も笑った。

 

「やった!」

 

 小森が両手を握る。

 

「私たち、決勝ですよ!」

 

「……よかった」

 

 柳も、小さく微笑んだ。

 

 四人は顔を見合わせた。

 

 それから、嬉しそうに笑い合った。

 

 B組からも、決勝へ進める。

 

 そのことが、何より嬉しかった。

 

     *

 

『これで決勝トーナメント進出、二十四名が確定だァ!』

 

 プレゼント・マイクの声が響く。

 

 観客席から、大きな拍手が上がった。

 

 競技を終えた生徒たちは、それぞれのチームで喜びを分かち合っている。

 

 一護も、障子たちへ顔を向けた。

 

「……お疲れ」

 

「こちらこそ」

 

 障子が頷く。

 

 蛙吹も微笑んだ。

 

「いいチームだったわね」

 

「ああ」

 

 一護は頷いた。

 

「一人じゃ、あんなに鉢巻き取れなかったと思う」

 

 その言葉に、峰田が胸を張った。

 

「だろ!? 俺の個性がなきゃ――」

 

「はいはい」

 

 一護が笑う。

 

「ちゃんと分かってるって」

 

 峰田は満足そうに頷いた。

 

 そのとき、少し離れた場所から切島の声が響いた。

 

「おーい、黒崎!」

 

 一護が顔を上げる。

 

「おう!」

 

 切島が手を振っていた。

 

 その隣には、爆豪と瀬呂、芦戸がいる。

 

「決勝、楽しみだな!」

 

「……ああ」

 

 一護は笑った。

 

「当たったらよろしくな!」

 

「おう!」

 

 切島も笑い返す。

 

 爆豪は、その横で不機嫌そうに腕を組んでいた。

 

「……チッ」

 

 一護は苦笑した。

 

 どうやら、二位が相当気に入らなかったらしい。

 

 まあ、あいつならそうだろう。

 

 そう思いながら、一護は一度だけ手を握った。

 

 騎馬戦は終わった。

 

 ここから先は、一対一の戦いになる。

 

 誰と当たるかは、まだ分からない。

 

 だが、負けるつもりはなかった。

 

「……よし」

 

 一護は小さく息を吐いた。

 

     *

 

 騎馬戦を終えた生徒たちは、次の説明が始まるまで、それぞれ控室へ戻ることになった。

 

 決勝トーナメントの組み合わせは、このあと発表される。

 

 一護は障子たちと別れ、通路へ向かっていた。

 

 黒い死覇装をまとったまま、背中に斬月はない。

 

 競技場の外へ出ると、周囲の歓声が少し遠くなった。

 

「……ふう」

 

 一護は軽く首を回した。

 

 騎馬戦。

 

 思っていたより、ずっと難しかった。

 

 自分一人なら、相手との距離を詰めることは簡単だ。

 

 だが、仲間と一緒に動くとなると話が違う。

 

 速度を合わせる。

 

 相手の動きを読む。

 

 自分だけではなく、味方全員が動きやすいように考える。

 

 そういう戦い方もあるのだと、改めて思った。

 

「……悪くねえな」

 

 小さく呟く。

 

 そのとき。

 

「……黒崎くん」

 

 背後から声がした。

 

 一護は足を止めた。

 

 振り返る。

 

 そこには、井上織姫が立っていた。

 

「……井上?」

 

 思わず声が出た。

 

 織姫は、少し離れた場所に立っていた。

 

 拳藤たちの姿は見えない。

 

 一人で、ここまで来たらしい。

 

「……どうした?」

 

 一護が尋ねる。

 

 織姫は、すぐには答えなかった。

 

 ただ、じっとこちらを見ている。

 

「……井上?」

 

 もう一度声をかける。

 

 そのとき、一護は気づいた。

 

 織姫の手が、僅かに震えている。

 

 顔色も、あまりよくない。

 

「……おい、大丈夫か?」

 

 一護は眉を寄せた。

 

「どっか怪我でもしたのか?」

 

 織姫は首を振った。

 

「……ううん」

 

 小さな声だった。

 

「大丈夫」

 

「……そうか?」

 

 一護は少しだけ首を傾げた。

 

 織姫は、まだこちらを見ている。

 

 正確には。

 

 一護の背中へ。

 

 そこに何もないことを確かめるように。

 

「……さっきの刀」

 

 ようやく、織姫が口を開いた。

 

 一護は目を瞬かせる。

 

「……ん?」

 

「黒崎くんが、ロボットのところで使ってた刀……」

 

 織姫は、一度言葉を詰まらせた。

 

 それから、小さく息を吸った。

 

「……名前、聞いてもいい?」

 

 一護は僅かに眉を上げた。

 

 突然の質問だった。

 

 だが、答えるのに迷うことはなかった。

 

「……斬月」

 

 短く答える。

 

「こいつの名前は、斬月だ」

 

 その瞬間。

 

 織姫の表情が、変わった。

 

 目が大きく見開かれる。

 

 唇が、僅かに震えた。

 

「……ざん、げつ……」

 

 小さく、繰り返す。

 

 一護は、その様子を見つめた。

 

「……井上?」

 

 織姫は、答えなかった。

 

 ただ、両手を胸元へ寄せている。

 

 まるで、何かを必死に堪えているようだった。

 

「……やっぱり」

 

 声が漏れた。

 

「……やっぱり、そうなんだ……」

 

 一護は眉を寄せた。

 

 何だ。

 

 その反応は。

 

 斬月の名前を聞いて、どうしてそんな顔をする。

 

 まるで。

 

 最初から、知っていたみたいに。

 

「……おい、井上」

 

 一護が声をかける。

 

 織姫は、ゆっくりと顔を上げた。

 

 目に、涙が浮かんでいた。

 

「……黒崎くん」

 

 その声を聞いた瞬間、一護の胸が僅かに強張った。

 

 聞き慣れた呼び方。

 

 聞き慣れた声。

 

 けれど、何かが違う。

 

 今まで、同じ名前の別人だと思っていた。

 

 同じ顔をしていても、別の世界の井上織姫だと思っていた。

 

 だから、考えないようにしていた。

 

 あいつが、ここにいるはずなんてない。

 

 だって。

 

 井上は、あのとき。

 

「……」

 

 一護は、言葉を失った。

 

 織姫は、震える唇を開いた。

 

「……あたし」

 

 声が途切れた。

 

 一度、目を伏せる。

 

 それから、もう一度顔を上げた。

 

「……あたし、ちゃんと護れた?」

 

 一護の呼吸が、止まった。

 

「……え?」

 

 声が漏れる。

 

 織姫は、涙を堪えながら続けた。

 

「……あのあと」

 

 小さな声だった。

 

「黒崎くん……ちゃんと、生きてた?」

 

 一護は、動けなかった。

 

 頭の中で、何かが繋がっていく。

 

 あの姿。

 

 あの声。

 

 斬月の名前を聞いたときの反応。

 

 そして、今の言葉。

 

 あの日のことを知っている。

 

 自分が、井上に護られたことを。

 

 あの世界の最後を。

 

 知っている。

 

「……お前」

 

 一護の声が、僅かに掠れた。

 

 織姫は、じっとこちらを見つめている。

 

 涙を堪えたまま。

 

 答えを待つように。

 

「……井上、なのか?」

 

 ようやく、言葉が出た。

 

「……本当に」

 

 織姫の目から、涙が零れた。

 

 それでも、笑おうとしていた。

 

「……うん」

 

 小さく頷く。

 

「……あたしだよ、黒崎くん」

 

 一護は、しばらく何も言えなかった。

 

 目の前にいる。

 

 あの日、消えてしまったはずの少女が。

 

 もう二度と会えないと思っていた、井上織姫が。

 

 ここにいる。

 

 同じ名前で。

 

 同じ顔で。

 

 そして、あのときの記憶を持ったまま。

 

「……っ」

 

 一護は、ゆっくりと息を吐いた。

 

 胸の奥が、酷く熱かった。

 

 何を言えばいいのか、分からなかった。

 

 聞きたいことは、山ほどある。

 

 どうしてここにいるのか。

 

 いつから記憶を持っていたのか。

 

 何で今まで気づかなかったのか。

 

 けれど。

 

 その前に。

 

 答えなければならないことがあった。

 

 一護は、織姫へ一歩近づいた。

 

「……井上」

 

 織姫が顔を上げる。

 

 一護は、まっすぐにその目を見た。

 

「……ああ。生きてたよ」

 

 織姫が息を呑む。

 

「……ほんと?」

 

「本当だ」

 

 一護は、はっきりと頷いた。

 

「あのあと、俺はちゃんと家に帰った。学校にも戻ったし、前と変わんねえ生活を送ってた」

 

「……学校に?」

 

「ああ。いつもどおりだったよ。親父が騒いで、遊子と夏梨がいて……」

 

 一護は小さく笑った。

 

「みんな、ちゃんと生きてた。俺も、あの世界で生きてたんだ」

 

 織姫は、目を見開いたまま動かなかった。

 

 一護は続ける。

 

「世界も無事だった。浦原さんから聞いた。お前が、全部元に戻してくれたって」

 

 織姫の唇が震えた。

 

「……そっか」

 

 小さな声だった。

 

「……そっかぁ……」

 

 一護は、ゆっくりと頷いた。

 

「お前が護ってくれたんだよ。俺も、みんなも」

 

 織姫は、何度か頷いた。

 

 その顔に、僅かに笑みが浮かぶ。

 

 だが。

 

 次の瞬間。

 

「……あ」

 

 膝から、ふっと力が抜けた。

 

「井上!?」

 

 一護が慌てて手を伸ばす。

 

 けれど、織姫はその手を掴むこともできず、ぺたんと床に座り込んでしまった。

 

「お、おい! 大丈夫か!?」

 

 一護が目の前にしゃがみ込む。

 

 織姫は俯いたまま、両手で顔を覆った。

 

「……よかったぁ……」

 

 指の隙間から、涙が零れた。

 

「……ほんとに、よかった……」

 

 笑おうとしているのに、声が震えてしまう。

 

 次から次へと涙が溢れて、どうしても止まらなかった。

 

 一護は、しばらくその姿を見つめていた。

 

 それから、織姫の傍らに膝をつく。

 

「……井上」

 

「……うん」

 

「ありがとな」

 

 織姫は、何度も頷いた。

 

 顔を上げることはできなかったけれど、その口元には、確かに笑みが浮かんでいた。

 

 あの日。

 

 自分のすべてを差し出して、護ろうとしたもの。

 

 その答えを、今ようやく知ることができた。

 

 黒崎くんは、生きていた。

 

 みんなも、無事だった。

 

 それだけで、もう十分だった。

 

「……よかった……」

 

 もう一度、小さく呟く。

 

 一護は、その隣に座った。

 

 何も言わず、ただ待っていた。

 

 通路の向こうからは、体育祭の歓声が聞こえている。

 

 次の競技を待つ生徒たちの声。

 

 観客席のざわめき。

 

 そして、プレゼント・マイクの実況。

 

 それらが、どこか遠くに聞こえた。

 

 今は、ただ。

 

 二人が、同じ場所にいる。

 

 それだけでよかった。

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