『君が拒んだ終わりの先で』   作:吉野家

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第23話 護る力、勝ち取る力

 

眩い閃光が、競技場を白く染めた。

 

「ネビルレーザー!」

 

青山優雅の腹部から放たれた光線が、一直線に井上織姫へ迫る。

 

「三天結盾――私は拒絶する!」

 

織姫の髪留めから三つの光が飛び出した。

 

火無菊、梅厳、リリィ。

 

三人の間に広がった盾が、レーザーを正面から受け止める。

 

衝突とともに白い光が弾けた。

 

『おおっとォォ!! 試合開始と同時にネビルレーザー炸裂ゥ!! しかし井上、これを真正面から防いだァ!!』

 

閃光が収まる。

 

織姫は、開始位置から一歩も動いていなかった。

 

「……おや?」

 

青山が片眉を上げる。

 

「ボクの輝きを受け止めるなんて、なかなかやるじゃないか!」

 

「……わあ」

 

織姫は盾の向こうから顔を覗かせた。

 

「近くで見ると、ほんとに眩しいんだね」

 

「ふふん! そうだろう?」

 

青山は得意げに前髪を払った。

 

「これがボクの輝きさ!」

 

「そっかぁ……」

 

織姫は感心したように頷く。

 

その視線が、青山の腹部から足元へ移った。

 

「でも、撃つときはちょっと動きにくそう」

 

「……おや?」

 

青山が目を瞬かせる。

 

織姫はそれ以上何も言わず、盾を構え直した。

 

「ふふん。余裕そうにしていられるのも、今のうちさ!」

 

青山は腹部へ力を込めた。

 

再びレーザーが放たれる。

 

だが、今度は正面ではない。

 

青山は身体を捻り、織姫の右側へ光線を走らせた。

 

三天結盾が滑るように移動する。

 

再び閃光。

 

青山は照射を止め、間髪入れずに左へ走った。

 

「こっちだよ!」

 

光線が放たれる。

 

盾が追いつく。

 

青山はさらに踏み込み、今度は低い位置から狙った。

 

それも防がれた。

 

『青山、次々と攻撃する角度を変えているぞォ! しかし井上の盾が崩れない!』

 

『正面から破れないなら、回り込むのは当然だ』

 

相澤消太は短く答えた。

 

『ただ、相手も対応している。ここからだな』

 

リングの上では、青山が小さく息を吐いていた。

 

盾そのものが堅い。

 

それはもう分かった。

 

厄介なのは、その盾が思った以上に速く動くことだった。

 

どこへ撃っても、織姫の反応が間に合う。

 

「……だったら!」

 

青山は腹部を斜め下へ向けた。

 

織姫の足元。

 

そう見せかけて、横へ跳ぶ。

 

「……っ」

 

織姫の盾が僅かに下がる。

 

その隙を逃さず、青山は身体を向け直した。

 

「そこさ!」

 

腹部から光が迸る。

 

織姫は咄嗟に盾を戻した。

 

だが、間に合わない。

 

「……!」

 

身体を横へ投げ出すように跳ぶ。

 

光線が肩口を掠め、体操服の袖を焦がした。

 

織姫は片膝をついて着地すると、すぐに腕を確かめた。

 

皮膚に怪我はない。

 

それでも、あと少し遅れていたら危なかった。

 

「フフン!」

 

青山が片手を腰に当てる。

 

「ボクの輝きに見惚れすぎたかな?」

 

「……今のは引っかかっちゃったなぁ」

 

織姫は立ち上がり、小さく息を吐いた。

 

「撃つふりだったんだね」

 

「もちろんさ! ボクはただ光っているだけじゃないのさ!」

 

青山は満足そうに笑う。

 

織姫も少しだけ笑った。

 

「……うん。ちゃんと見なくちゃね」

 

もう一度、三天結盾を構える。

 

その視線は青山の顔ではなく、足元に向いていた。

 

◇

 

「おおっ、青山の奴、やるじゃん!」

 

選手用観覧席で上鳴電気が声を上げた。

 

「いや、でも井上さんの盾、ほんと堅えな」

 

切島鋭児郎が身を乗り出す。

 

「レーザーを何発も受けて、あれだけ平気なのかよ」

 

「さっきのは危なかったけどね」

 

耳郎響香が言う。

 

「盾を動かすのを読まれてたでしょ」

 

「そうだな」

 

尾白猿夫が頷く。

 

「青山も考えてる。撃つ方向を変えるだけじゃなくて、相手の反応を利用してた」

 

その隣で、緑谷出久が小さく何かを呟いていた。

 

「三点を頂点にして展開する障壁……移動速度はかなり速いけど、視界外からの攻撃は……」

 

「……ブツブツうるせえ」

 

爆豪勝己が顔をしかめる。

 

「ご、ごめん!」

 

緑谷が慌てて口を閉じた。

 

「でも、井上さんどうするんやろ」

 

麗日お茶子が首を傾げる。

 

「防げても、青山君に近づくんは大変そうやね」

 

「……そうだな」

 

瀬呂範太が腕を組む。

 

「青山も簡単には近づかせねえだろうし」

 

一護は黙って競技場を見つめていた。

 

井上の防御力は知っている。

 

それでも、完全に隙のない力じゃない。

 

視線の外から攻撃されれば危険だし、相手が複雑に動けば判断も難しくなる。

 

だが、井上もそれくらいは分かっているはずだった。

 

青山が再び攻撃の構えを取る。

 

一護は、静かに視線を戻した。

 

◇

 

織姫は青山の動きを見ていた。

 

腹部の向き。

 

足の位置。

 

身体の重心。

 

レーザーを放つ前に、青山は必ず狙う方向へ身体を向ける。

 

その動きは、完全には隠せない。

 

ただし、先ほどのようなフェイントもある。

 

だから、最初の動きだけで判断しない。

 

青山の足が踏み込む。

 

織姫は盾の位置を変えた。

 

レーザー。

 

防御。

 

青山が再び横へ走る。

 

織姫は無理に追いかけなかった。

 

射線へ盾を差し込み、次の攻撃を待つ。

 

「……ふむ」

 

青山が眉を寄せた。

 

先ほどまでより、盾を動かすタイミングが遅い。

 

いや、違う。

 

こちらの動きを最後まで見てから判断しているのだ。

 

「なかなかやるじゃないか」

 

青山が笑う。

 

「でも、これならどうかな!」

 

腹部が光る。

 

今度は短く、鋭いレーザー。

 

織姫は盾を前へ出す。

 

光が弾ける。

 

青山はすぐに次の位置へ移動した。

 

射線を変える。

 

再びレーザー。

 

そのたびに、織姫は盾を動かした。

 

だが、足はあまり動かさない。

 

無理に距離を詰めようともしていなかった。

 

青山はそれを見て、僅かに笑みを深めた。

 

「ふふん。どうやら、簡単には近づけないようだね!」

 

織姫は小さく首を傾げた。

 

「……そうだね」

 

素直に頷く。

 

「青山くん、よく動くもん」

 

「もちろんさ!」

 

青山は胸を張った。

 

「ボクの輝きは、一つの場所に留まってはいられないのさ!」

 

「……そっかぁ」

 

織姫は一度、足元へ視線を落とした。

 

それから、ふっと息を吐いた。

 

真正面から近づくのは難しい。

 

それなら、別の方法を使えばいい。

 

六花は、守るだけの力じゃない。

 

椿鬼もいる。

 

そして、自分自身の身体だって動かせる。

 

何もかも、盾だけに任せる必要はなかった。

 

青山が再び腹部を向ける。

 

「そろそろ、ボクの輝きで決めさせてもらうよ!」

 

織姫は三天結盾を構え直した。

 

「……うん」

 

その声は、落ち着いていた。

 

「じゃあ、あたしも」

 

小さく足の位置を変える。

 

青山は気づかなかった。

 

織姫が、盾の向きをほんの僅かに変えたことに。

 

◇

 

「ネビルレーザー!」

 

青山の腹部から光線が放たれる。

 

織姫は三天結盾を展開した。

 

ただし、今回は正面から受け止めなかった。

 

盾の面を斜め下へ向ける。

 

衝突。

 

その瞬間、光線の勢いが下方へ逃がされた。

 

受け止めきれなかったわけではない。

 

織姫が、盾の向きと受ける位置を調整したのだ。

 

その先には、コンクリートの床があった。

 

轟音。

 

光線が床の表面を抉った。

 

砕けた破片と白い粉塵が、一気に巻き上がる。

 

「……ノン!?」

 

青山が目を見開いた。

 

自分のレーザーが、予想もしなかった方向へ流れていったのだ。

 

慌てて照射を止める。

 

『おおっとォ!? 青山のレーザーがリングの床を抉ったァ!!』

 

プレゼント・マイクの声が響く。

 

だが、青山はそれどころではなかった。

 

舞い上がった粉塵が、二人の間を覆い隠していた。

 

「……っ!」

 

青山は反射的に腕で顔を庇った。

 

白い煙の向こうに、織姫の姿が見えない。

 

ならば、視界の開けた場所へ移動する。

 

そう判断した瞬間だった。

 

「椿鬼」

 

煙の奥から、織姫の声がした。

 

「お願い」

 

「おう!」

 

一筋の光が、粉塵の中を走った。

 

それは青山の身体を狙ったものではない。

 

彼が踏み出そうとしていた方向。

 

その少し先の床を、鋭く切り裂いた。

 

「……っ!?」

 

青山が咄嗟に足を止める。

 

目の前のコンクリートに、細い切れ目が走った。

 

「な、何だい今のは!?」

 

光が飛んできた方へ視線を向ける。

 

だが、そこに織姫はいなかった。

 

代わりに、反対側から足音が聞こえた。

 

「……!」

 

青山が振り向く。

 

粉塵の向こうから、三天結盾が現れた。

 

「ノン!?」

 

咄嗟に腹部へ力を込める。

 

レーザーを放つ。

 

しかし、その射線にはすでに盾があった。

 

閃光が弾ける。

 

青山は照射を止め、急いで横へ移動した。

 

だが。

 

「椿鬼、もう一度!」

 

「任せろ!」

 

再び光が走った。

 

今度は青山の横。

 

進路を遮るように、床の表面を斜めに裂く。

 

「……っ!」

 

青山は足を引いた。

 

その一瞬。

 

煙の中から織姫が踏み込んだ。

 

「……!」

 

青山が目を見開く。

 

近い。

 

先ほどまでとは、まるで距離が違った。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

慌てて腹部を向けようとする。

 

だが、織姫は真正面へは入らなかった。

 

半歩、外側へ。

 

青山が身体を捻る方向へ回り込む。

 

彼の腕へ手を伸ばした。

 

「……っ!?」

 

青山が反射的に腕を引く。

 

しかし、織姫は無理に引き留めない。

 

相手が引く方向へ、自分の身体も動かす。

 

そして、その勢いを使って重心を崩した。

 

青山の身体が僅かに前へ流れる。

 

「……うわっ!?」

 

踏ん張ろうとした足へ、織姫の足が掛かった。

 

腰を落とす。

 

肩を入れる。

 

青山が引こうとした腕を、今度は身体の回転へ巻き込んだ。

 

次の瞬間。

 

青山の足が、床を離れた。

 

「……っ!?」

 

観覧席で尾白が身を乗り出す。

 

「……入った!」

 

青山の身体が、横へ倒れ込む。

 

だが、織姫はそのまま投げ飛ばさなかった。

 

掴んだ腕を離さず、倒れる勢いを制御する。

 

背中を強く打たせないよう、相手の身体を回しながら床へ導いた。

 

「……っ!」

 

青山が息を呑む。

 

倒された直後、起き上がろうとした。

 

だが、織姫はすでに次の動きへ移っていた。

 

青山の腕を押さえ、肩の向きを制する。

 

腹部がこちらを向かない位置へ身体を移す。

 

相手が膝を立てれば、その動きに合わせて重心を移す。

 

「……ノン!」

 

青山が腕を引く。

 

しかし抜けない。

 

身体を捻る。

 

それも止められる。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれたまえ!」

 

焦った声が響いた。

 

織姫は返事をせず、青山の肩と腕の動きを確かめていた。

 

強く締め上げる必要はない。

 

無理に力を入れれば、関節を傷めてしまう。

 

だから、逃げようとする方向を見て、その少し前へ身体を動かす。

 

相手の力とぶつからないように。

 

必要以上に痛めつけないように。

 

それでも、逃がさないように。

 

何度も繰り返してきた動きだった。

 

昔たつきに教わった足運び。

 

今の世界でも、何度となく重ねてきた稽古。

 

そして、雄英に入ってからは。

 

『織姫、今のは踏み込みが浅い!』

 

『もう一回!』

 

放課後の訓練場で、拳藤の声を何度も聞いた。

 

腕を取られて倒されたこともあった。

 

逆に、上手く崩せた日もあった。

 

そうした時間の一つ一つが、今の動きに繋がっている。

 

「……っ!」

 

青山がもう一度身体を起こそうとした。

 

織姫はその動きに合わせ、取った腕の角度を変える。

 

重心をずらす。

 

青山の背中が、再び床へ戻った。

 

今度は、もう動けなかった。

 

「……ノン……!」

 

青山は悔しそうに顔をしかめた。

 

しばらく身動ぎしてから、ようやく大きく息を吐く。

 

「……ギブアップだよ」

 

その声が、競技場へ響いた。

 

「青山君、降参!」

 

ミッドナイトが腕を振り上げる。

 

「勝者、井上織姫!」

 

一瞬の静寂。

 

そして。

 

『決まったァァァ!! 井上織姫、勝利ィィ!! レーザーを利用した目眩ましから、鮮やかな接近戦! 最後は青山を完全に押さえ込んだァァ!!』

 

観客席から、大きな歓声が上がった。

 

◇

 

「……おお」

 

瀬呂がぽかんと口を開けた。

 

「今の、すげえな……」

 

「めちゃくちゃ綺麗に投げたぞ!」

 

切島が興奮したように声を上げる。

 

尾白は真剣な顔でリングを見つめていた。

 

「……上手いな」

 

「やっぱり分かるのか?」

 

瀬呂が尋ねる。

 

「うん。相手が引く力を、そのまま利用してた。倒したあとの押さえ方も丁寧だったよ」

 

尾白は小さく頷いた。

 

「あれは、ちゃんと練習を重ねてないと難しいと思う」

 

その言葉を聞きながら、一護は競技場へ視線を向けていた。

 

織姫が、青山の拘束を解いて立ち上がる。

 

動きに無駄がない。

 

相手が体勢を変える瞬間の、足の置き方。

 

崩したあとの腰の使い方。

 

投げて終わりにせず、すぐに次の動きへ繋げる判断。

 

前世の井上にも、体術の心得はあった。

 

たつきに教わっていたことも、一護は知っている。

 

けれど、今の動きには、それとは違うものがあった。

 

自分の知らない時間。

 

別々の場所で過ごしてきた年月。

 

その間、井上もずっと前へ進んできた。

 

気づけば、一護の口元が僅かに緩んでいた。

 

「……へえ」

 

小さく声が漏れる。

 

本人は、自分が笑っていることに気づいていなかった。

 

ただ、嬉しかった。

 

リングの上で、織姫が青山へ手を差し出す。

 

一護はその姿を見つめていた。

 

◇

 

「……ふぅ」

 

織姫が息を吐いた。

 

青山は床へ座り込んだまま、自分の腕を見つめていた。

 

「……まさか、最後は投げられるなんてね」

 

「立てる?」

 

織姫が手を差し出す。

 

青山は少しだけ眉を寄せたあと、すぐにいつもの笑みを浮かべた。

 

「もちろんさ! ボクの輝きは、この程度では失われないからね☆」

 

その手を取り、立ち上がる。

 

体操服についた埃を払うと、大げさに肩をすくめた。

 

「それにしても、ボクの輝きがあんな煙に隠されてしまうなんて!」

 

「……あはは」

 

織姫は少し困ったように笑った。

 

「ごめんね。思ったよりいっぱい出ちゃった」

 

「ノン! 派手なのは嫌いじゃないさ!」

 

青山は前髪を払った。

 

「ただし、次はもっと眩しいボクを見せてあげるよ!」

 

「うん。楽しみにしてるね」

 

青山は満足そうに頷く。

 

しかし、その直後。

 

「……うっ」

 

腹部を押さえ、僅かに顔をしかめた。

 

「……青山くん?」

 

「な、何でもないさ!」

 

慌てて姿勢を正す。

 

「ちょっとだけ、輝きすぎたみたいだね……!」

 

「……あんまり無理しないでね」

 

「ふふん! それはお互い様さ!」

 

青山は片手を上げた。

 

織姫も小さく手を振り返した。

 

◇

 

「織姫!」

 

B組の選手用観覧席へ戻ったところで、拳藤一佳が駆け寄ってきた。

 

「あ、一佳ちゃん!」

 

「やったじゃん! おめでとう!」

 

拳藤が右手を上げる。

 

織姫もぱっと笑顔になり、同じように手を上げた。

 

ぱんっ!

 

小気味よい音が鳴った。

 

「ありがと!」

 

「最後のあれ、放課後に練習してたやつでしょ?」

 

「うん。ちゃんと決まってよかったぁ」

 

「綺麗に入ったね! あの足の掛け方、前よりずっとよくなってた」

 

拳藤が嬉しそうに笑う。

 

「何回もやった甲斐があったじゃん!」

 

「一佳ちゃんには、何回も転ばされちゃったけどね」

 

「ははっ! あんたも最後の方は全然転ばなくなったでしょ」

 

「……そうかなぁ?」

 

「そうだって!」

 

拳藤が織姫の肩を軽く叩いた。

 

織姫は照れくさそうに笑う。

 

放課後、二人で訓練場に残った日のことを思い出した。

 

拳藤の大きな拳をどう避けるか。

 

相手が踏み込んできたとき、どうやって体勢を崩すか。

 

何度も試して、何度も失敗した。

 

そのたびに、もう一度。

 

そうやって繰り返してきた。

 

「……でもさ」

 

拳藤が言う。

 

「レーザーを床に逸らしたのは、あたしも予想してなかったな」

 

「ああ、あれ?」

 

織姫が頷く。

 

「青山くんのレーザー、強かったから。床に当たれば、うまく目隠しになるかなって」

 

「試合中に考えたの?」

 

「うん。最初は普通に防いでたんだけど、それだけじゃ近づけそうになかったから」

 

「なるほどねぇ」

 

拳藤は感心したように頷いた。

 

「それで椿鬼も使ったわけか」

 

「そうそう。青山くん、すぐ横へ動くから」

 

「確かに。あのまま追いかけても逃げられただろうね」

 

二人は顔を見合わせて笑った。

 

「さて!」

 

拳藤がぽんと手を叩く。

 

「勝ったんだから、まずは休んどきな。次の試合もあるでしょ」

 

「一佳ちゃんも、まだ試合あるもんね」

 

「もちろん! あんたがあれだけいい試合したんだし、あたしも負けてらんないよ」

 

拳藤は拳を握った。

 

織姫も嬉しそうに笑う。

 

「うん。応援してるね!」

 

「頼りにしてる!」

 

もう一度、二人は軽く手を合わせた。

 

そのとき、織姫がふとA組の観覧席へ視線を向けた。

 

人の間に、一護の姿が見えた。

 

「あ……」

 

目が合う。

 

一護が片手を上げる。

 

織姫も小さく手を振った。

 

それだけで、顔が少し熱くなる。

 

「……織姫?」

 

拳藤が声をかけた。

 

「ん?」

 

「席、こっちだよ」

 

「あっ、うん!」

 

織姫は慌てて振り返る。

 

拳藤は少しだけ笑ったが、何も言わなかった。

 

二人は並んで席へ戻った。

 

◇

 

セメントスが、削れたリングの床を手早く補修していく。

 

白い粉塵も片づけられ、次の試合の準備が整った。

 

『さあさあ、まだまだ予備戦は続くぜェ!! 第四試合はこの二人! ヒーロー科一年A組、麗日お茶子! 対するは同じくA組、上鳴電気ィィ!!』

 

「……よっし!」

 

上鳴が勢いよく立ち上がった。

 

「今度は俺の番か!」

 

「上鳴君!」

 

飯田天哉が声をかける。

 

「同じクラス同士の対戦だが、互いに全力を尽くすように!」

 

「分かってるって!」

 

上鳴は笑って手を振った。

 

その隣で、麗日も立ち上がる。

 

「よろしくね、上鳴君!」

 

「おう!」

 

上鳴が親指を立てる。

 

「悪いけど、今回は俺が勝たせてもらうぜ!」

 

麗日は、にっと笑った。

 

「へへっ。そう簡単にはいかんよ!」

 

笑ってはいたが、胸の内には緊張があった。

 

上鳴の個性は帯電。

 

全身から電撃を放つことができる。

 

自分の個性は無重力。

 

五本の指で触れれば、相手の身体を浮かせられる。

 

だけど、そこまで近づくのが難しい。

 

触れる前に電撃を受けてしまえば、その時点で動けなくなるかもしれない。

 

「……うーん」

 

麗日は自分の手を見下ろした。

 

どうすればいいだろう。

 

電撃の届かない場所からでは、何もできない。

 

でも、近づくのは危険。

 

少し考えてから、顔を上げた。

 

「……よしっ!」

 

頬を軽く叩く。

 

「やるしかない!」

 

「お、気合い入ってんな!」

 

上鳴が笑った。

 

「そりゃそうやん。勝ちたいもん!」

 

二人は並んで競技場へ向かった。

 

◇

 

『第四試合! 麗日VS上鳴! 同じA組の仲間同士、どんな勝負を見せてくれるのかァ!!』

 

競技場へ立った二人に、歓声が上がる。

 

上鳴は軽く両腕を振り、身体の周囲へ電気を走らせた。

 

パチパチと、小さな火花が散る。

 

「……さて」

 

上鳴は麗日を見据えた。

 

近づかせなければいい。

 

麗日の個性については、入学以来の授業や訓練である程度知っている。

 

触れられれば、自分の身体が浮かされる。

 

そうなれば、足場を失って抵抗しづらくなる。

 

だから、まずは距離を保つ。

 

一方の麗日も、上鳴の全身を警戒していた。

 

あの電撃をまともに受ければ、身体が動かなくなるかもしれない。

 

それでも、近づかなければ勝てない。

 

ミッドナイトが腕を振り上げた。

 

「第四試合――始め!」

 

先に動いたのは上鳴だった。

 

「悪いな、麗日!」

 

身体の周囲に電気が走る。

 

バチッ!

 

青白い火花が弾けた。

 

麗日は即座に後方へ跳んだ。

 

「うわっ、危なっ!」

 

「お、避けたか!」

 

上鳴はそのまま前へ出る。

 

だが、麗日は真正面から迎え撃たない。

 

競技場を横へ走りながら、距離を保つ。

 

「逃げるだけじゃ勝てねえぞ!」

 

「分かっとるよ!」

 

麗日は返事をしながらも、足を止めなかった。

 

右へ。

 

左へ。

 

上鳴の動きを見ながら距離を変える。

 

少し近づいては、すぐに離れる。

 

そして、また近づく。

 

「……何だよ!」

 

上鳴が眉をひそめた。

 

「鬼ごっこじゃねえんだぞ!」

 

「そんなん私も分かっとるって!」

 

麗日も笑って返した。

 

だが、ただ逃げ回っているわけではなかった。

 

近づけば、上鳴は電撃を放とうとする。

 

離れれば追いかけてくる。

 

そして、攻撃する直前には、身体の周囲に火花が走る。

 

そのタイミングを、麗日は少しずつ覚えていた。

 

しかし、上鳴もいつまでも同じようには動かなかった。

 

「……だったら!」

 

今度は自分から、一気に距離を詰める。

 

「……っ!」

 

麗日が目を見開いた。

 

上鳴が横へ回り込み、退路を塞ぐ。

 

身体の周囲へ電気が集まった。

 

「逃がさねえぞ!」

 

放電。

 

「きゃっ!」

 

麗日は咄嗟に跳んだが、電撃の端が腕を掠めた。

 

鋭い痺れが走る。

 

思わず顔が歪んだ。

 

「……っ!」

 

上鳴は足を止めた。

 

麗日の動きが鈍っている。

 

「……大丈夫か?」

 

思わず声が出る。

 

だが、麗日は顔を上げた。

 

「……だ、大丈夫!」

 

腕を押さえながら、もう一度構える。

 

「まだ負けてへんよ!」

 

上鳴は一瞬だけ目を丸くした。

 

それから、笑う。

 

「……そっか」

 

身体の周囲に、再び電気が走る。

 

「じゃあ、こっちも遠慮なく行くぜ!」

 

◇

 

「……上鳴の奴、結構いい感じじゃねえか」

 

瀬呂が呟いた。

 

「麗日、かなり苦しそうだな」

 

切島も頷く。

 

「触らなきゃ勝てねえのに、近づいたら電気食らうんだもんな」

 

「相性はあまりよくありませんわね」

 

八百万百が言う。

 

「ただ、麗日さんも何か考えているようですわ」

 

「……ああ」

 

一護は静かに答えた。

 

麗日の動きは、少しずつ変わってきている。

 

ただ距離を取るのではなく、相手が攻撃するタイミングを探っている。

 

何度も接近を試みては、危険な距離へ入る前に離れる。

 

その繰り返し。

 

「……でも、あれじゃ近づけねえだろ」

 

瀬呂が呟く。

 

一護はすぐには答えなかった。

 

麗日の様子を見る。

 

あいつも、それは分かっているはずだ。

 

だからこそ。

 

「……さて、どうするかね」

 

一護は小さく呟いた。

 

◇

 

麗日は、大きく息を吸った。

 

腕には、まだ少し痺れが残っている。

 

でも、このままでは勝てない。

 

何とかして近づく必要がある。

 

麗日は自分の両手を見た。

 

そして、顔を上げる。

 

「……よし」

 

もう一度、上鳴へ向かって走り出した。

 

「また来たな!」

 

上鳴が構える。

 

麗日は途中で止まらなかった。

 

真正面から接近する。

 

「……っ!」

 

上鳴の身体に火花が走る。

 

次の瞬間には放電する。

 

そう判断した麗日は、両手を自分の身体へ触れさせた。

 

「無重力!」

 

そのまま、地面を蹴った。

 

身体がふわりと斜め上へ跳び上がる。

 

「……上からかよ!」

 

上鳴が顔を上げた。

 

自己無重力化そのものは、別に初めて見るわけではない。

 

だが、この状況で飛び込んでくるとは思わなかった。

 

「空中でも電気は当たるんだぞ!」

 

身体の周囲に電気が集まる。

 

麗日はその動きを見て、指先を合わせた。

 

「解除!」

 

重力が戻る。

 

身体が落下し始める。

 

上鳴は咄嗟に足を引いた。

 

麗日の着地地点から距離を取る。

 

だが、麗日が落ちてきたのは真正面ではなかった。

 

踏み切ったときの勢いが残り、少し横へずれている。

 

「……っ!」

 

麗日が地面へ着地した。

 

そして、すぐに踏み込む。

 

上鳴の横。

 

手が届く距離。

 

「……!」

 

麗日の指先が伸びる。

 

しかし。

 

「そう簡単に触らせるかよ!」

 

上鳴は咄嗟に身体を捻った。

 

麗日の手が空を切る。

 

「……っ!」

 

上鳴はそのまま後方へ跳び、距離を取り直した。

 

「……危なかったぁ!」

 

大きく息を吐く。

 

「急に飛び込んでくんなよ!」

 

「だって、近づかんと勝てんもん!」

 

麗日が返す。

 

「そりゃそうだけどさ!」

 

上鳴も笑った。

 

ただ、その目は先ほどより真剣だった。

 

自己無重力化で動くことは知っていた。

 

けれど、こうして跳躍と解除を組み合わせられると、思っていた以上に動きを読みにくい。

 

ならば、次は着地点を見てから放電すればいい。

 

上鳴は軽く肩を回し、構え直した。

 

◇

 

そこからの攻防は、さらに激しくなった。

 

麗日が近づけば、上鳴が電撃で牽制する。

 

上鳴が前へ出れば、麗日は距離を取り直す。

 

麗日は何度か自分へ無重力を使い、踏み切る角度を変えて接近を試みた。

 

けれど、上鳴も次第に対応してくる。

 

空中では急に方向を変えられない。

 

跳ぶ前の踏み切りを見られれば、着地する場所をある程度読まれてしまう。

 

それに、何度も自分を浮かせているせいで、少しずつ気分が悪くなってきていた。

 

「……うっ」

 

麗日は一瞬だけ口元を押さえた。

 

その隙に、上鳴が踏み込む。

 

「……そこだ!」

 

身体の周囲に電気が走る。

 

「……っ!」

 

麗日は慌てて距離を取った。

 

だが、上鳴も追いかけてくる。

 

右へ。

 

左へ。

 

攻撃を避けながら後退しているうちに、麗日の足元へリングの縁が迫ってきた。

 

「……あっ」

 

背後には段差。

 

これ以上下がれば、場外へ落ちる。

 

上鳴もそれに気づいた。

 

「……よっし!」

 

思わず笑みが浮かぶ。

 

「もう逃げ場ねえだろ!」

 

麗日は一度だけ背後を確認した。

 

横へ逃げれば、追いかけられる。

 

正面から近づけば、電撃を受ける。

 

そして、ここで動きを止めれば、そのまま追い詰められる。

 

「……!」

 

麗日は顔を上げた。

 

もう一度、両手を自分の身体へ当てる。

 

「無重力!」

 

地面を蹴った。

 

今度は斜め前へ。

 

上鳴の横を抜ける方向。

 

「……っ!」

 

上鳴が目を見開く。

 

麗日の身体が空中へ浮き上がる。

 

しかし、もう驚かなかった。

 

「またそれかよ!」

 

上鳴は身体を捻った。

 

麗日が着地する方向へ向き直る。

 

麗日は指先を合わせた。

 

「解除!」

 

重力が戻る。

 

身体が落下し始める。

 

だが、上鳴はすでにその方向へ身体を向けていた。

 

「……っ!」

 

麗日が着地と同時に踏み込む。

 

しかし、上鳴は一歩下がった。

 

身体の周囲には、まだ電気が走っている。

 

これ以上近づけば、また電撃を受ける。

 

「……くっ!」

 

麗日は歯を食いしばった。

 

上鳴がにやりと笑う。

 

「もう、その手は通じねえぞ!」

 

麗日は僅かに肩を落とした。

 

「……そっかぁ」

 

悔しそうに呟く。

 

けれど、その目は上鳴から離れていなかった。

 

そして、もう一度。

 

地面を蹴った。

 

「……っ!?」

 

上鳴が顔を上げる。

 

麗日は、また自分へ無重力をかけていた。

 

「おいおい! 何回やっても同じだって!」

 

上鳴は笑った。

 

今度こそ、接近される前に決める。

 

あの跳躍は、着地の瞬間が一番危険だ。

 

そこを狙えばいい。

 

ただ、今までのように小さな放電を繰り返していては、またすり抜けられるかもしれない。

 

ならば、もっと広い範囲を一気に。

 

「……よっし!」

 

上鳴は両腕を広げた。

 

身体の周囲へ、先ほどまでより強い電気が集まっていく。

 

麗日はその様子を見た。

 

火花の量が違う。

 

今までより、ずっと大きな放電が来る。

 

それを確認した瞬間。

 

麗日は指先を合わせた。

 

「解除!」

 

身体が落下する。

 

しかし、その位置は上鳴の正面ではなかった。

 

今回の踏み切りは、最初から上鳴へ向かうためのものではない。

 

斜め横へ飛び出し、距離を取るための跳躍だった。

 

「……え?」

 

上鳴が目を見開く。

 

麗日はすでに床へ着地していた。

 

そこから、さらに横へ走る。

 

上鳴の身体には強い電気が集まっていた。

 

「……っ!」

 

しまった。

 

そう思ったときには、もう遅い。

 

「くそっ!」

 

上鳴は思い切って放電した。

 

青白い閃光が、周囲へ一気に広がった。

 

轟音。

 

空気が震える。

 

麗日は全力で距離を取る。

 

だが、電撃の端が足元へ届いた。

 

「……っ!」

 

鋭い痺れが走る。

 

それでも、まともに受けることだけは避けられた。

 

麗日は歯を食いしばり、どうにか踏みとどまる。

 

そして、顔を上げた。

 

その先では。

 

「……あれ?」

 

上鳴が、呆けたような顔で立っていた。

 

口元がだらしなく緩んでいる。

 

身体の周囲から、電気の気配が消えていた。

 

「……うぇーい……」

 

麗日は、一瞬だけ目を瞬かせた。

 

「……!」

 

今だ。

 

上鳴は、限界を超えて放電したあとに起こる、あの状態になっていた。

 

頭が働かなくなる。

 

本人もよく分かっているはずの弱点。

 

けれど、最後に勝負を決めようとして、出力を上げすぎたのだ。

 

麗日はすぐに走り出した。

 

「……上鳴君!」

 

「……うぇ?」

 

上鳴が間の抜けた声を上げる。

 

麗日はその肩へ手を伸ばした。

 

五本の指が触れる。

 

「無重力!」

 

上鳴の身体が、ふわりと浮き上がった。

 

「……ほぇ?」

 

上鳴は、自分が浮いていることすらよく分かっていないようだった。

 

麗日はそのまま、両手で上鳴の身体を押した。

 

「えいっ!」

 

重力を失った身体が、リングの端へ向かって流れていく。

 

「……うぇーい……?」

 

上鳴はゆっくりと腕を振った。

 

だが、足場がない。

 

身体を押し戻すこともできない。

 

そのまま、リングの縁を越えた。

 

麗日はすぐに指先を合わせる。

 

「解除!」

 

重力が戻る。

 

上鳴は段差の下へ落ちた。

 

「……ぐえっ」

 

尻餅をつく。

 

数秒の沈黙。

 

そして。

 

「上鳴君、場外!」

 

ミッドナイトが宣言する。

 

「勝者、麗日お茶子!」

 

競技場に、大きな歓声が響き渡った。

 

『決着ゥゥゥ!! 麗日、上鳴の大放電を誘い、限界を迎えたところで一気に勝負を決めたァァ!!』

 

◇

 

「……や、やったぁ!」

 

麗日は両手を上げた。

 

だが、その直後。

 

「……うっ」

 

足に残った痺れと、無重力を繰り返し使った負担が一気に押し寄せる。

 

思わず口元を押さえた。

 

「……あかん……ちょっと、気持ち悪い……」

 

それでも、勝った。

 

自分で考えた戦い方で。

 

「……よかったぁ」

 

麗日は大きく息を吐いた。

 

一方、リングの下では、上鳴が仰向けになっていた。

 

「……うぇーい……」

 

まだ元の状態へ戻っていないらしい。

 

麗日はリングの縁から顔を覗かせた。

 

「……上鳴君?」

 

「……うぇ?」

 

上鳴が顔を上げる。

 

麗日は苦笑した。

 

「……あはは。しばらく無理そうやね」

 

少しして、上鳴はようやくまともな顔に戻った。

 

「……あれ?」

 

周囲を見回す。

 

「……え、俺、どうなった?」

 

麗日は小さく笑った。

 

「……負けちゃったよ、上鳴君」

 

「……マジ?」

 

「うん」

 

「……マジかぁぁぁ!!」

 

上鳴が頭を抱えた。

 

「やっちまったぁぁ!!」

 

麗日は思わず笑った。

 

「……でも、すっごく怖かったよ」

 

「……え?」

 

「最後の電気。まともに当たってたら、私、絶対動けんかったと思う」

 

上鳴は一瞬だけ目を丸くした。

 

それから、頭を掻く。

 

「……そっか」

 

大きく息を吐いた。

 

「……ま、負けは負けだしな」

 

顔を上げる。

 

「おめでとな、麗日」

 

麗日はぱっと笑った。

 

「……うん!」

 

そして、少し照れたように続けた。

 

「ありがと、上鳴君」

 

二人は笑いながら、軽く拳を合わせた。

 

◇

 

「……いやー、麗日もやるなぁ!」

 

選手用観覧席で切島が声を上げた。

 

「最後、よく考えてたじゃねえか!」

 

「上鳴は完全にやらかしたけどね」

 

耳郎が苦笑する。

 

「……だな」

 

瀬呂も頷いた。

 

「でも、最後の放電、結構危なかったぞ。麗日もギリギリだっただろ」

 

「そうですわね」

 

八百万が心配そうに言う。

 

「かなり負担が大きかったはずです。早めに休ませた方がよいでしょう」

 

「……ああ」

 

一護は静かに頷いた。

 

勝つために、自分の限界へ踏み込む。

 

それは決して珍しいことじゃない。

 

けれど、無茶をすればいいというものでもない。

 

麗日も、今の試合で何かを掴んだのだろう。

 

そんなことを考えていると、モニターに次の対戦カードが映し出された。

 

飯田天哉。

 

障子目蔵。

 

同じA組の二人。

 

「……次は飯田か」

 

轟焦凍が短く呟いた。

 

一護が顔を上げる。

 

「……ああ」

 

そのとき、通路の奥から足音が聞こえた。

 

「諸君!」

 

飯田が姿を現す。

 

眼鏡の位置を正しながら、真剣な顔で仲間たちを見渡していた。

 

「次は僕の試合だ!」

 

「おう!」

 

切島が拳を上げる。

 

「頑張れよ、飯田!」

 

「ありがとう!」

 

飯田は力強く頷いた。

 

「障子君は強敵だが、全力を尽くすつもりだ!」

 

その後ろでは、障子目蔵が静かに立っていた。

 

大柄な身体。

 

複製腕を備えた、多腕の少年。

 

普段は口数が少ないが、その佇まいには落ち着きがあった。

 

「……よろしく頼む、飯田」

 

「ああ!」

 

飯田はまっすぐに頷いた。

 

「互いに悔いのない試合にしよう!」

 

障子も小さく頷き返す。

 

二人は並んで競技場へ向かった。

 

一護は、その背中を見送った。

 

リングの上には、もう先ほどの戦いの痕跡は残っていない。

 

セメントスが、次の試合のために床を整えていた。

 

観客席からは、まだ興奮した声が聞こえてくる。

 

誰もが、それぞれの勝利を目指している。

 

そして、次の二人もまた。

 

自分の力を試すために、あの場所へ向かっている。

 

一護は小さく息を吐いた。

 

そして、再び競技場へ視線を向けた。

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