眩い閃光が、競技場を白く染めた。
「ネビルレーザー!」
青山優雅の腹部から放たれた光線が、一直線に井上織姫へ迫る。
「三天結盾――私は拒絶する!」
織姫の髪留めから三つの光が飛び出した。
火無菊、梅厳、リリィ。
三人の間に広がった盾が、レーザーを正面から受け止める。
衝突とともに白い光が弾けた。
『おおっとォォ!! 試合開始と同時にネビルレーザー炸裂ゥ!! しかし井上、これを真正面から防いだァ!!』
閃光が収まる。
織姫は、開始位置から一歩も動いていなかった。
「……おや?」
青山が片眉を上げる。
「ボクの輝きを受け止めるなんて、なかなかやるじゃないか!」
「……わあ」
織姫は盾の向こうから顔を覗かせた。
「近くで見ると、ほんとに眩しいんだね」
「ふふん! そうだろう?」
青山は得意げに前髪を払った。
「これがボクの輝きさ!」
「そっかぁ……」
織姫は感心したように頷く。
その視線が、青山の腹部から足元へ移った。
「でも、撃つときはちょっと動きにくそう」
「……おや?」
青山が目を瞬かせる。
織姫はそれ以上何も言わず、盾を構え直した。
「ふふん。余裕そうにしていられるのも、今のうちさ!」
青山は腹部へ力を込めた。
再びレーザーが放たれる。
だが、今度は正面ではない。
青山は身体を捻り、織姫の右側へ光線を走らせた。
三天結盾が滑るように移動する。
再び閃光。
青山は照射を止め、間髪入れずに左へ走った。
「こっちだよ!」
光線が放たれる。
盾が追いつく。
青山はさらに踏み込み、今度は低い位置から狙った。
それも防がれた。
『青山、次々と攻撃する角度を変えているぞォ! しかし井上の盾が崩れない!』
『正面から破れないなら、回り込むのは当然だ』
相澤消太は短く答えた。
『ただ、相手も対応している。ここからだな』
リングの上では、青山が小さく息を吐いていた。
盾そのものが堅い。
それはもう分かった。
厄介なのは、その盾が思った以上に速く動くことだった。
どこへ撃っても、織姫の反応が間に合う。
「……だったら!」
青山は腹部を斜め下へ向けた。
織姫の足元。
そう見せかけて、横へ跳ぶ。
「……っ」
織姫の盾が僅かに下がる。
その隙を逃さず、青山は身体を向け直した。
「そこさ!」
腹部から光が迸る。
織姫は咄嗟に盾を戻した。
だが、間に合わない。
「……!」
身体を横へ投げ出すように跳ぶ。
光線が肩口を掠め、体操服の袖を焦がした。
織姫は片膝をついて着地すると、すぐに腕を確かめた。
皮膚に怪我はない。
それでも、あと少し遅れていたら危なかった。
「フフン!」
青山が片手を腰に当てる。
「ボクの輝きに見惚れすぎたかな?」
「……今のは引っかかっちゃったなぁ」
織姫は立ち上がり、小さく息を吐いた。
「撃つふりだったんだね」
「もちろんさ! ボクはただ光っているだけじゃないのさ!」
青山は満足そうに笑う。
織姫も少しだけ笑った。
「……うん。ちゃんと見なくちゃね」
もう一度、三天結盾を構える。
その視線は青山の顔ではなく、足元に向いていた。
◇
「おおっ、青山の奴、やるじゃん!」
選手用観覧席で上鳴電気が声を上げた。
「いや、でも井上さんの盾、ほんと堅えな」
切島鋭児郎が身を乗り出す。
「レーザーを何発も受けて、あれだけ平気なのかよ」
「さっきのは危なかったけどね」
耳郎響香が言う。
「盾を動かすのを読まれてたでしょ」
「そうだな」
尾白猿夫が頷く。
「青山も考えてる。撃つ方向を変えるだけじゃなくて、相手の反応を利用してた」
その隣で、緑谷出久が小さく何かを呟いていた。
「三点を頂点にして展開する障壁……移動速度はかなり速いけど、視界外からの攻撃は……」
「……ブツブツうるせえ」
爆豪勝己が顔をしかめる。
「ご、ごめん!」
緑谷が慌てて口を閉じた。
「でも、井上さんどうするんやろ」
麗日お茶子が首を傾げる。
「防げても、青山君に近づくんは大変そうやね」
「……そうだな」
瀬呂範太が腕を組む。
「青山も簡単には近づかせねえだろうし」
一護は黙って競技場を見つめていた。
井上の防御力は知っている。
それでも、完全に隙のない力じゃない。
視線の外から攻撃されれば危険だし、相手が複雑に動けば判断も難しくなる。
だが、井上もそれくらいは分かっているはずだった。
青山が再び攻撃の構えを取る。
一護は、静かに視線を戻した。
◇
織姫は青山の動きを見ていた。
腹部の向き。
足の位置。
身体の重心。
レーザーを放つ前に、青山は必ず狙う方向へ身体を向ける。
その動きは、完全には隠せない。
ただし、先ほどのようなフェイントもある。
だから、最初の動きだけで判断しない。
青山の足が踏み込む。
織姫は盾の位置を変えた。
レーザー。
防御。
青山が再び横へ走る。
織姫は無理に追いかけなかった。
射線へ盾を差し込み、次の攻撃を待つ。
「……ふむ」
青山が眉を寄せた。
先ほどまでより、盾を動かすタイミングが遅い。
いや、違う。
こちらの動きを最後まで見てから判断しているのだ。
「なかなかやるじゃないか」
青山が笑う。
「でも、これならどうかな!」
腹部が光る。
今度は短く、鋭いレーザー。
織姫は盾を前へ出す。
光が弾ける。
青山はすぐに次の位置へ移動した。
射線を変える。
再びレーザー。
そのたびに、織姫は盾を動かした。
だが、足はあまり動かさない。
無理に距離を詰めようともしていなかった。
青山はそれを見て、僅かに笑みを深めた。
「ふふん。どうやら、簡単には近づけないようだね!」
織姫は小さく首を傾げた。
「……そうだね」
素直に頷く。
「青山くん、よく動くもん」
「もちろんさ!」
青山は胸を張った。
「ボクの輝きは、一つの場所に留まってはいられないのさ!」
「……そっかぁ」
織姫は一度、足元へ視線を落とした。
それから、ふっと息を吐いた。
真正面から近づくのは難しい。
それなら、別の方法を使えばいい。
六花は、守るだけの力じゃない。
椿鬼もいる。
そして、自分自身の身体だって動かせる。
何もかも、盾だけに任せる必要はなかった。
青山が再び腹部を向ける。
「そろそろ、ボクの輝きで決めさせてもらうよ!」
織姫は三天結盾を構え直した。
「……うん」
その声は、落ち着いていた。
「じゃあ、あたしも」
小さく足の位置を変える。
青山は気づかなかった。
織姫が、盾の向きをほんの僅かに変えたことに。
◇
「ネビルレーザー!」
青山の腹部から光線が放たれる。
織姫は三天結盾を展開した。
ただし、今回は正面から受け止めなかった。
盾の面を斜め下へ向ける。
衝突。
その瞬間、光線の勢いが下方へ逃がされた。
受け止めきれなかったわけではない。
織姫が、盾の向きと受ける位置を調整したのだ。
その先には、コンクリートの床があった。
轟音。
光線が床の表面を抉った。
砕けた破片と白い粉塵が、一気に巻き上がる。
「……ノン!?」
青山が目を見開いた。
自分のレーザーが、予想もしなかった方向へ流れていったのだ。
慌てて照射を止める。
『おおっとォ!? 青山のレーザーがリングの床を抉ったァ!!』
プレゼント・マイクの声が響く。
だが、青山はそれどころではなかった。
舞い上がった粉塵が、二人の間を覆い隠していた。
「……っ!」
青山は反射的に腕で顔を庇った。
白い煙の向こうに、織姫の姿が見えない。
ならば、視界の開けた場所へ移動する。
そう判断した瞬間だった。
「椿鬼」
煙の奥から、織姫の声がした。
「お願い」
「おう!」
一筋の光が、粉塵の中を走った。
それは青山の身体を狙ったものではない。
彼が踏み出そうとしていた方向。
その少し先の床を、鋭く切り裂いた。
「……っ!?」
青山が咄嗟に足を止める。
目の前のコンクリートに、細い切れ目が走った。
「な、何だい今のは!?」
光が飛んできた方へ視線を向ける。
だが、そこに織姫はいなかった。
代わりに、反対側から足音が聞こえた。
「……!」
青山が振り向く。
粉塵の向こうから、三天結盾が現れた。
「ノン!?」
咄嗟に腹部へ力を込める。
レーザーを放つ。
しかし、その射線にはすでに盾があった。
閃光が弾ける。
青山は照射を止め、急いで横へ移動した。
だが。
「椿鬼、もう一度!」
「任せろ!」
再び光が走った。
今度は青山の横。
進路を遮るように、床の表面を斜めに裂く。
「……っ!」
青山は足を引いた。
その一瞬。
煙の中から織姫が踏み込んだ。
「……!」
青山が目を見開く。
近い。
先ほどまでとは、まるで距離が違った。
「ちょ、ちょっと!」
慌てて腹部を向けようとする。
だが、織姫は真正面へは入らなかった。
半歩、外側へ。
青山が身体を捻る方向へ回り込む。
彼の腕へ手を伸ばした。
「……っ!?」
青山が反射的に腕を引く。
しかし、織姫は無理に引き留めない。
相手が引く方向へ、自分の身体も動かす。
そして、その勢いを使って重心を崩した。
青山の身体が僅かに前へ流れる。
「……うわっ!?」
踏ん張ろうとした足へ、織姫の足が掛かった。
腰を落とす。
肩を入れる。
青山が引こうとした腕を、今度は身体の回転へ巻き込んだ。
次の瞬間。
青山の足が、床を離れた。
「……っ!?」
観覧席で尾白が身を乗り出す。
「……入った!」
青山の身体が、横へ倒れ込む。
だが、織姫はそのまま投げ飛ばさなかった。
掴んだ腕を離さず、倒れる勢いを制御する。
背中を強く打たせないよう、相手の身体を回しながら床へ導いた。
「……っ!」
青山が息を呑む。
倒された直後、起き上がろうとした。
だが、織姫はすでに次の動きへ移っていた。
青山の腕を押さえ、肩の向きを制する。
腹部がこちらを向かない位置へ身体を移す。
相手が膝を立てれば、その動きに合わせて重心を移す。
「……ノン!」
青山が腕を引く。
しかし抜けない。
身体を捻る。
それも止められる。
「ちょ、ちょっと待ってくれたまえ!」
焦った声が響いた。
織姫は返事をせず、青山の肩と腕の動きを確かめていた。
強く締め上げる必要はない。
無理に力を入れれば、関節を傷めてしまう。
だから、逃げようとする方向を見て、その少し前へ身体を動かす。
相手の力とぶつからないように。
必要以上に痛めつけないように。
それでも、逃がさないように。
何度も繰り返してきた動きだった。
昔たつきに教わった足運び。
今の世界でも、何度となく重ねてきた稽古。
そして、雄英に入ってからは。
『織姫、今のは踏み込みが浅い!』
『もう一回!』
放課後の訓練場で、拳藤の声を何度も聞いた。
腕を取られて倒されたこともあった。
逆に、上手く崩せた日もあった。
そうした時間の一つ一つが、今の動きに繋がっている。
「……っ!」
青山がもう一度身体を起こそうとした。
織姫はその動きに合わせ、取った腕の角度を変える。
重心をずらす。
青山の背中が、再び床へ戻った。
今度は、もう動けなかった。
「……ノン……!」
青山は悔しそうに顔をしかめた。
しばらく身動ぎしてから、ようやく大きく息を吐く。
「……ギブアップだよ」
その声が、競技場へ響いた。
「青山君、降参!」
ミッドナイトが腕を振り上げる。
「勝者、井上織姫!」
一瞬の静寂。
そして。
『決まったァァァ!! 井上織姫、勝利ィィ!! レーザーを利用した目眩ましから、鮮やかな接近戦! 最後は青山を完全に押さえ込んだァァ!!』
観客席から、大きな歓声が上がった。
◇
「……おお」
瀬呂がぽかんと口を開けた。
「今の、すげえな……」
「めちゃくちゃ綺麗に投げたぞ!」
切島が興奮したように声を上げる。
尾白は真剣な顔でリングを見つめていた。
「……上手いな」
「やっぱり分かるのか?」
瀬呂が尋ねる。
「うん。相手が引く力を、そのまま利用してた。倒したあとの押さえ方も丁寧だったよ」
尾白は小さく頷いた。
「あれは、ちゃんと練習を重ねてないと難しいと思う」
その言葉を聞きながら、一護は競技場へ視線を向けていた。
織姫が、青山の拘束を解いて立ち上がる。
動きに無駄がない。
相手が体勢を変える瞬間の、足の置き方。
崩したあとの腰の使い方。
投げて終わりにせず、すぐに次の動きへ繋げる判断。
前世の井上にも、体術の心得はあった。
たつきに教わっていたことも、一護は知っている。
けれど、今の動きには、それとは違うものがあった。
自分の知らない時間。
別々の場所で過ごしてきた年月。
その間、井上もずっと前へ進んできた。
気づけば、一護の口元が僅かに緩んでいた。
「……へえ」
小さく声が漏れる。
本人は、自分が笑っていることに気づいていなかった。
ただ、嬉しかった。
リングの上で、織姫が青山へ手を差し出す。
一護はその姿を見つめていた。
◇
「……ふぅ」
織姫が息を吐いた。
青山は床へ座り込んだまま、自分の腕を見つめていた。
「……まさか、最後は投げられるなんてね」
「立てる?」
織姫が手を差し出す。
青山は少しだけ眉を寄せたあと、すぐにいつもの笑みを浮かべた。
「もちろんさ! ボクの輝きは、この程度では失われないからね☆」
その手を取り、立ち上がる。
体操服についた埃を払うと、大げさに肩をすくめた。
「それにしても、ボクの輝きがあんな煙に隠されてしまうなんて!」
「……あはは」
織姫は少し困ったように笑った。
「ごめんね。思ったよりいっぱい出ちゃった」
「ノン! 派手なのは嫌いじゃないさ!」
青山は前髪を払った。
「ただし、次はもっと眩しいボクを見せてあげるよ!」
「うん。楽しみにしてるね」
青山は満足そうに頷く。
しかし、その直後。
「……うっ」
腹部を押さえ、僅かに顔をしかめた。
「……青山くん?」
「な、何でもないさ!」
慌てて姿勢を正す。
「ちょっとだけ、輝きすぎたみたいだね……!」
「……あんまり無理しないでね」
「ふふん! それはお互い様さ!」
青山は片手を上げた。
織姫も小さく手を振り返した。
◇
「織姫!」
B組の選手用観覧席へ戻ったところで、拳藤一佳が駆け寄ってきた。
「あ、一佳ちゃん!」
「やったじゃん! おめでとう!」
拳藤が右手を上げる。
織姫もぱっと笑顔になり、同じように手を上げた。
ぱんっ!
小気味よい音が鳴った。
「ありがと!」
「最後のあれ、放課後に練習してたやつでしょ?」
「うん。ちゃんと決まってよかったぁ」
「綺麗に入ったね! あの足の掛け方、前よりずっとよくなってた」
拳藤が嬉しそうに笑う。
「何回もやった甲斐があったじゃん!」
「一佳ちゃんには、何回も転ばされちゃったけどね」
「ははっ! あんたも最後の方は全然転ばなくなったでしょ」
「……そうかなぁ?」
「そうだって!」
拳藤が織姫の肩を軽く叩いた。
織姫は照れくさそうに笑う。
放課後、二人で訓練場に残った日のことを思い出した。
拳藤の大きな拳をどう避けるか。
相手が踏み込んできたとき、どうやって体勢を崩すか。
何度も試して、何度も失敗した。
そのたびに、もう一度。
そうやって繰り返してきた。
「……でもさ」
拳藤が言う。
「レーザーを床に逸らしたのは、あたしも予想してなかったな」
「ああ、あれ?」
織姫が頷く。
「青山くんのレーザー、強かったから。床に当たれば、うまく目隠しになるかなって」
「試合中に考えたの?」
「うん。最初は普通に防いでたんだけど、それだけじゃ近づけそうになかったから」
「なるほどねぇ」
拳藤は感心したように頷いた。
「それで椿鬼も使ったわけか」
「そうそう。青山くん、すぐ横へ動くから」
「確かに。あのまま追いかけても逃げられただろうね」
二人は顔を見合わせて笑った。
「さて!」
拳藤がぽんと手を叩く。
「勝ったんだから、まずは休んどきな。次の試合もあるでしょ」
「一佳ちゃんも、まだ試合あるもんね」
「もちろん! あんたがあれだけいい試合したんだし、あたしも負けてらんないよ」
拳藤は拳を握った。
織姫も嬉しそうに笑う。
「うん。応援してるね!」
「頼りにしてる!」
もう一度、二人は軽く手を合わせた。
そのとき、織姫がふとA組の観覧席へ視線を向けた。
人の間に、一護の姿が見えた。
「あ……」
目が合う。
一護が片手を上げる。
織姫も小さく手を振った。
それだけで、顔が少し熱くなる。
「……織姫?」
拳藤が声をかけた。
「ん?」
「席、こっちだよ」
「あっ、うん!」
織姫は慌てて振り返る。
拳藤は少しだけ笑ったが、何も言わなかった。
二人は並んで席へ戻った。
◇
セメントスが、削れたリングの床を手早く補修していく。
白い粉塵も片づけられ、次の試合の準備が整った。
『さあさあ、まだまだ予備戦は続くぜェ!! 第四試合はこの二人! ヒーロー科一年A組、麗日お茶子! 対するは同じくA組、上鳴電気ィィ!!』
「……よっし!」
上鳴が勢いよく立ち上がった。
「今度は俺の番か!」
「上鳴君!」
飯田天哉が声をかける。
「同じクラス同士の対戦だが、互いに全力を尽くすように!」
「分かってるって!」
上鳴は笑って手を振った。
その隣で、麗日も立ち上がる。
「よろしくね、上鳴君!」
「おう!」
上鳴が親指を立てる。
「悪いけど、今回は俺が勝たせてもらうぜ!」
麗日は、にっと笑った。
「へへっ。そう簡単にはいかんよ!」
笑ってはいたが、胸の内には緊張があった。
上鳴の個性は帯電。
全身から電撃を放つことができる。
自分の個性は無重力。
五本の指で触れれば、相手の身体を浮かせられる。
だけど、そこまで近づくのが難しい。
触れる前に電撃を受けてしまえば、その時点で動けなくなるかもしれない。
「……うーん」
麗日は自分の手を見下ろした。
どうすればいいだろう。
電撃の届かない場所からでは、何もできない。
でも、近づくのは危険。
少し考えてから、顔を上げた。
「……よしっ!」
頬を軽く叩く。
「やるしかない!」
「お、気合い入ってんな!」
上鳴が笑った。
「そりゃそうやん。勝ちたいもん!」
二人は並んで競技場へ向かった。
◇
『第四試合! 麗日VS上鳴! 同じA組の仲間同士、どんな勝負を見せてくれるのかァ!!』
競技場へ立った二人に、歓声が上がる。
上鳴は軽く両腕を振り、身体の周囲へ電気を走らせた。
パチパチと、小さな火花が散る。
「……さて」
上鳴は麗日を見据えた。
近づかせなければいい。
麗日の個性については、入学以来の授業や訓練である程度知っている。
触れられれば、自分の身体が浮かされる。
そうなれば、足場を失って抵抗しづらくなる。
だから、まずは距離を保つ。
一方の麗日も、上鳴の全身を警戒していた。
あの電撃をまともに受ければ、身体が動かなくなるかもしれない。
それでも、近づかなければ勝てない。
ミッドナイトが腕を振り上げた。
「第四試合――始め!」
先に動いたのは上鳴だった。
「悪いな、麗日!」
身体の周囲に電気が走る。
バチッ!
青白い火花が弾けた。
麗日は即座に後方へ跳んだ。
「うわっ、危なっ!」
「お、避けたか!」
上鳴はそのまま前へ出る。
だが、麗日は真正面から迎え撃たない。
競技場を横へ走りながら、距離を保つ。
「逃げるだけじゃ勝てねえぞ!」
「分かっとるよ!」
麗日は返事をしながらも、足を止めなかった。
右へ。
左へ。
上鳴の動きを見ながら距離を変える。
少し近づいては、すぐに離れる。
そして、また近づく。
「……何だよ!」
上鳴が眉をひそめた。
「鬼ごっこじゃねえんだぞ!」
「そんなん私も分かっとるって!」
麗日も笑って返した。
だが、ただ逃げ回っているわけではなかった。
近づけば、上鳴は電撃を放とうとする。
離れれば追いかけてくる。
そして、攻撃する直前には、身体の周囲に火花が走る。
そのタイミングを、麗日は少しずつ覚えていた。
しかし、上鳴もいつまでも同じようには動かなかった。
「……だったら!」
今度は自分から、一気に距離を詰める。
「……っ!」
麗日が目を見開いた。
上鳴が横へ回り込み、退路を塞ぐ。
身体の周囲へ電気が集まった。
「逃がさねえぞ!」
放電。
「きゃっ!」
麗日は咄嗟に跳んだが、電撃の端が腕を掠めた。
鋭い痺れが走る。
思わず顔が歪んだ。
「……っ!」
上鳴は足を止めた。
麗日の動きが鈍っている。
「……大丈夫か?」
思わず声が出る。
だが、麗日は顔を上げた。
「……だ、大丈夫!」
腕を押さえながら、もう一度構える。
「まだ負けてへんよ!」
上鳴は一瞬だけ目を丸くした。
それから、笑う。
「……そっか」
身体の周囲に、再び電気が走る。
「じゃあ、こっちも遠慮なく行くぜ!」
◇
「……上鳴の奴、結構いい感じじゃねえか」
瀬呂が呟いた。
「麗日、かなり苦しそうだな」
切島も頷く。
「触らなきゃ勝てねえのに、近づいたら電気食らうんだもんな」
「相性はあまりよくありませんわね」
八百万百が言う。
「ただ、麗日さんも何か考えているようですわ」
「……ああ」
一護は静かに答えた。
麗日の動きは、少しずつ変わってきている。
ただ距離を取るのではなく、相手が攻撃するタイミングを探っている。
何度も接近を試みては、危険な距離へ入る前に離れる。
その繰り返し。
「……でも、あれじゃ近づけねえだろ」
瀬呂が呟く。
一護はすぐには答えなかった。
麗日の様子を見る。
あいつも、それは分かっているはずだ。
だからこそ。
「……さて、どうするかね」
一護は小さく呟いた。
◇
麗日は、大きく息を吸った。
腕には、まだ少し痺れが残っている。
でも、このままでは勝てない。
何とかして近づく必要がある。
麗日は自分の両手を見た。
そして、顔を上げる。
「……よし」
もう一度、上鳴へ向かって走り出した。
「また来たな!」
上鳴が構える。
麗日は途中で止まらなかった。
真正面から接近する。
「……っ!」
上鳴の身体に火花が走る。
次の瞬間には放電する。
そう判断した麗日は、両手を自分の身体へ触れさせた。
「無重力!」
そのまま、地面を蹴った。
身体がふわりと斜め上へ跳び上がる。
「……上からかよ!」
上鳴が顔を上げた。
自己無重力化そのものは、別に初めて見るわけではない。
だが、この状況で飛び込んでくるとは思わなかった。
「空中でも電気は当たるんだぞ!」
身体の周囲に電気が集まる。
麗日はその動きを見て、指先を合わせた。
「解除!」
重力が戻る。
身体が落下し始める。
上鳴は咄嗟に足を引いた。
麗日の着地地点から距離を取る。
だが、麗日が落ちてきたのは真正面ではなかった。
踏み切ったときの勢いが残り、少し横へずれている。
「……っ!」
麗日が地面へ着地した。
そして、すぐに踏み込む。
上鳴の横。
手が届く距離。
「……!」
麗日の指先が伸びる。
しかし。
「そう簡単に触らせるかよ!」
上鳴は咄嗟に身体を捻った。
麗日の手が空を切る。
「……っ!」
上鳴はそのまま後方へ跳び、距離を取り直した。
「……危なかったぁ!」
大きく息を吐く。
「急に飛び込んでくんなよ!」
「だって、近づかんと勝てんもん!」
麗日が返す。
「そりゃそうだけどさ!」
上鳴も笑った。
ただ、その目は先ほどより真剣だった。
自己無重力化で動くことは知っていた。
けれど、こうして跳躍と解除を組み合わせられると、思っていた以上に動きを読みにくい。
ならば、次は着地点を見てから放電すればいい。
上鳴は軽く肩を回し、構え直した。
◇
そこからの攻防は、さらに激しくなった。
麗日が近づけば、上鳴が電撃で牽制する。
上鳴が前へ出れば、麗日は距離を取り直す。
麗日は何度か自分へ無重力を使い、踏み切る角度を変えて接近を試みた。
けれど、上鳴も次第に対応してくる。
空中では急に方向を変えられない。
跳ぶ前の踏み切りを見られれば、着地する場所をある程度読まれてしまう。
それに、何度も自分を浮かせているせいで、少しずつ気分が悪くなってきていた。
「……うっ」
麗日は一瞬だけ口元を押さえた。
その隙に、上鳴が踏み込む。
「……そこだ!」
身体の周囲に電気が走る。
「……っ!」
麗日は慌てて距離を取った。
だが、上鳴も追いかけてくる。
右へ。
左へ。
攻撃を避けながら後退しているうちに、麗日の足元へリングの縁が迫ってきた。
「……あっ」
背後には段差。
これ以上下がれば、場外へ落ちる。
上鳴もそれに気づいた。
「……よっし!」
思わず笑みが浮かぶ。
「もう逃げ場ねえだろ!」
麗日は一度だけ背後を確認した。
横へ逃げれば、追いかけられる。
正面から近づけば、電撃を受ける。
そして、ここで動きを止めれば、そのまま追い詰められる。
「……!」
麗日は顔を上げた。
もう一度、両手を自分の身体へ当てる。
「無重力!」
地面を蹴った。
今度は斜め前へ。
上鳴の横を抜ける方向。
「……っ!」
上鳴が目を見開く。
麗日の身体が空中へ浮き上がる。
しかし、もう驚かなかった。
「またそれかよ!」
上鳴は身体を捻った。
麗日が着地する方向へ向き直る。
麗日は指先を合わせた。
「解除!」
重力が戻る。
身体が落下し始める。
だが、上鳴はすでにその方向へ身体を向けていた。
「……っ!」
麗日が着地と同時に踏み込む。
しかし、上鳴は一歩下がった。
身体の周囲には、まだ電気が走っている。
これ以上近づけば、また電撃を受ける。
「……くっ!」
麗日は歯を食いしばった。
上鳴がにやりと笑う。
「もう、その手は通じねえぞ!」
麗日は僅かに肩を落とした。
「……そっかぁ」
悔しそうに呟く。
けれど、その目は上鳴から離れていなかった。
そして、もう一度。
地面を蹴った。
「……っ!?」
上鳴が顔を上げる。
麗日は、また自分へ無重力をかけていた。
「おいおい! 何回やっても同じだって!」
上鳴は笑った。
今度こそ、接近される前に決める。
あの跳躍は、着地の瞬間が一番危険だ。
そこを狙えばいい。
ただ、今までのように小さな放電を繰り返していては、またすり抜けられるかもしれない。
ならば、もっと広い範囲を一気に。
「……よっし!」
上鳴は両腕を広げた。
身体の周囲へ、先ほどまでより強い電気が集まっていく。
麗日はその様子を見た。
火花の量が違う。
今までより、ずっと大きな放電が来る。
それを確認した瞬間。
麗日は指先を合わせた。
「解除!」
身体が落下する。
しかし、その位置は上鳴の正面ではなかった。
今回の踏み切りは、最初から上鳴へ向かうためのものではない。
斜め横へ飛び出し、距離を取るための跳躍だった。
「……え?」
上鳴が目を見開く。
麗日はすでに床へ着地していた。
そこから、さらに横へ走る。
上鳴の身体には強い電気が集まっていた。
「……っ!」
しまった。
そう思ったときには、もう遅い。
「くそっ!」
上鳴は思い切って放電した。
青白い閃光が、周囲へ一気に広がった。
轟音。
空気が震える。
麗日は全力で距離を取る。
だが、電撃の端が足元へ届いた。
「……っ!」
鋭い痺れが走る。
それでも、まともに受けることだけは避けられた。
麗日は歯を食いしばり、どうにか踏みとどまる。
そして、顔を上げた。
その先では。
「……あれ?」
上鳴が、呆けたような顔で立っていた。
口元がだらしなく緩んでいる。
身体の周囲から、電気の気配が消えていた。
「……うぇーい……」
麗日は、一瞬だけ目を瞬かせた。
「……!」
今だ。
上鳴は、限界を超えて放電したあとに起こる、あの状態になっていた。
頭が働かなくなる。
本人もよく分かっているはずの弱点。
けれど、最後に勝負を決めようとして、出力を上げすぎたのだ。
麗日はすぐに走り出した。
「……上鳴君!」
「……うぇ?」
上鳴が間の抜けた声を上げる。
麗日はその肩へ手を伸ばした。
五本の指が触れる。
「無重力!」
上鳴の身体が、ふわりと浮き上がった。
「……ほぇ?」
上鳴は、自分が浮いていることすらよく分かっていないようだった。
麗日はそのまま、両手で上鳴の身体を押した。
「えいっ!」
重力を失った身体が、リングの端へ向かって流れていく。
「……うぇーい……?」
上鳴はゆっくりと腕を振った。
だが、足場がない。
身体を押し戻すこともできない。
そのまま、リングの縁を越えた。
麗日はすぐに指先を合わせる。
「解除!」
重力が戻る。
上鳴は段差の下へ落ちた。
「……ぐえっ」
尻餅をつく。
数秒の沈黙。
そして。
「上鳴君、場外!」
ミッドナイトが宣言する。
「勝者、麗日お茶子!」
競技場に、大きな歓声が響き渡った。
『決着ゥゥゥ!! 麗日、上鳴の大放電を誘い、限界を迎えたところで一気に勝負を決めたァァ!!』
◇
「……や、やったぁ!」
麗日は両手を上げた。
だが、その直後。
「……うっ」
足に残った痺れと、無重力を繰り返し使った負担が一気に押し寄せる。
思わず口元を押さえた。
「……あかん……ちょっと、気持ち悪い……」
それでも、勝った。
自分で考えた戦い方で。
「……よかったぁ」
麗日は大きく息を吐いた。
一方、リングの下では、上鳴が仰向けになっていた。
「……うぇーい……」
まだ元の状態へ戻っていないらしい。
麗日はリングの縁から顔を覗かせた。
「……上鳴君?」
「……うぇ?」
上鳴が顔を上げる。
麗日は苦笑した。
「……あはは。しばらく無理そうやね」
少しして、上鳴はようやくまともな顔に戻った。
「……あれ?」
周囲を見回す。
「……え、俺、どうなった?」
麗日は小さく笑った。
「……負けちゃったよ、上鳴君」
「……マジ?」
「うん」
「……マジかぁぁぁ!!」
上鳴が頭を抱えた。
「やっちまったぁぁ!!」
麗日は思わず笑った。
「……でも、すっごく怖かったよ」
「……え?」
「最後の電気。まともに当たってたら、私、絶対動けんかったと思う」
上鳴は一瞬だけ目を丸くした。
それから、頭を掻く。
「……そっか」
大きく息を吐いた。
「……ま、負けは負けだしな」
顔を上げる。
「おめでとな、麗日」
麗日はぱっと笑った。
「……うん!」
そして、少し照れたように続けた。
「ありがと、上鳴君」
二人は笑いながら、軽く拳を合わせた。
◇
「……いやー、麗日もやるなぁ!」
選手用観覧席で切島が声を上げた。
「最後、よく考えてたじゃねえか!」
「上鳴は完全にやらかしたけどね」
耳郎が苦笑する。
「……だな」
瀬呂も頷いた。
「でも、最後の放電、結構危なかったぞ。麗日もギリギリだっただろ」
「そうですわね」
八百万が心配そうに言う。
「かなり負担が大きかったはずです。早めに休ませた方がよいでしょう」
「……ああ」
一護は静かに頷いた。
勝つために、自分の限界へ踏み込む。
それは決して珍しいことじゃない。
けれど、無茶をすればいいというものでもない。
麗日も、今の試合で何かを掴んだのだろう。
そんなことを考えていると、モニターに次の対戦カードが映し出された。
飯田天哉。
障子目蔵。
同じA組の二人。
「……次は飯田か」
轟焦凍が短く呟いた。
一護が顔を上げる。
「……ああ」
そのとき、通路の奥から足音が聞こえた。
「諸君!」
飯田が姿を現す。
眼鏡の位置を正しながら、真剣な顔で仲間たちを見渡していた。
「次は僕の試合だ!」
「おう!」
切島が拳を上げる。
「頑張れよ、飯田!」
「ありがとう!」
飯田は力強く頷いた。
「障子君は強敵だが、全力を尽くすつもりだ!」
その後ろでは、障子目蔵が静かに立っていた。
大柄な身体。
複製腕を備えた、多腕の少年。
普段は口数が少ないが、その佇まいには落ち着きがあった。
「……よろしく頼む、飯田」
「ああ!」
飯田はまっすぐに頷いた。
「互いに悔いのない試合にしよう!」
障子も小さく頷き返す。
二人は並んで競技場へ向かった。
一護は、その背中を見送った。
リングの上には、もう先ほどの戦いの痕跡は残っていない。
セメントスが、次の試合のために床を整えていた。
観客席からは、まだ興奮した声が聞こえてくる。
誰もが、それぞれの勝利を目指している。
そして、次の二人もまた。
自分の力を試すために、あの場所へ向かっている。
一護は小さく息を吐いた。
そして、再び競技場へ視線を向けた。