巨大モニターに、十六人の名前が並んでいた。
予備戦を勝ち抜いた八人と、シード権を得た八人。
全員の名前が表示されたところで、画面が切り替わる。
『さあ、お待ちかねェ! いよいよ本戦トーナメントの組み合わせを発表するぜェ!!』
プレゼント・マイクの声が競技場に響いた。
モニターに八つの対戦カードが現れる。
第一試合、緑谷出久対発目明。
第二試合、切島鋭児郎対轟焦凍。
第三試合、黒崎一護対塩崎茨。
第四試合、井上織姫対常闇踏陰。
第五試合、麗日お茶子対爆豪勝己。
第六試合、芦戸三奈対鉄哲徹鐵。
第七試合、飯田天哉対八百万百。
第八試合、小森希乃子対拳藤一佳。
『以上が本戦一回戦の組み合わせだァ!! 勝ち抜いた八名が準々決勝へ進む! ここから先は一戦一戦が大勝負だぜ!!』
観客席がどっと沸いた。
「……うわ、マジか」
瀬呂範太がモニターを見上げる。
「切島、いきなり轟じゃん」
「おう!」
切島鋭児郎は拳を握った。
「相手にとって不足なしだな!」
「いや、お前、あいつの氷見ただろ?」
「見た!」
「見た上でそのテンションなのかよ……」
瀬呂が呆れる横で、切島はにっと笑っていた。
「強え相手と戦えるんだぜ。燃えるだろ!」
「お前はいつでも燃えてんな」
一護が呟く。
「おう! 男らしく行くぜ!」
「……褒めてねえぞ」
切島は笑ったまま拳を突き出した。
その隣では、麗日お茶子がモニターを見つめていた。
「……爆豪君かぁ」
ぽつりと漏れた声に、緑谷出久が顔を向ける。
「麗日さん」
「ん?」
「爆豪君の個性って、近づくのがかなり難しいと思う。爆破の反動で空中にも移動できるし、真正面からだと――」
「デク君」
麗日が声をかけた。
緑谷が口を閉じる。
「ありがと。でも、ちょっと自分でも考えてみたいんだ」
「……あ」
緑谷は瞬きをした。
麗日は笑っていた。
けれど、その目には確かな意志があった。
「せっかくここまで来たんやもん。私だって、ちゃんと勝ちに行きたいし」
「……うん」
緑谷は頷いた。
「そうだね」
「へへっ。応援よろしくね!」
「もちろん!」
麗日はもう一度モニターへ目を向けた。
爆豪勝己。
その名前を見つめ、ゆっくりと息を吐く。
怖くないと言えば、嘘になる。
それでも、戦う前から諦めるつもりはなかった。
◇
B組の観覧席では、小森希乃子が対戦表を見て目を丸くしていた。
「あっ! 一佳ちゃん!」
「ん?」
「私たち、当たっちゃったノコ!」
小森がモニターを指差す。
拳藤一佳も自分の名前を見つけ、軽く眉を上げた。
「あー、ほんとだ」
それから、小森へ顔を向ける。
「よろしくね、希乃子」
「うん!」
小森はにっこり笑った。
「一佳ちゃんもキノコまみれにしちゃうから!」
「ははっ。あたしも簡単には捕まらないよ」
「むむっ。強敵だノコ!」
「今さら?」
二人が笑い合う。
隣にいた織姫も、つられて笑った。
「二人とも頑張ってね」
「もちろん!」
拳藤は拳を握る。
「ここまで来たんだから、勝つ気で行くよ」
「私も私も!」
小森が勢いよく手を上げた。
その袖を、柳レイ子が軽く引く。
「希乃子。落ちる」
「……おっと!」
小森は身を乗り出していたことに気づき、慌てて座り直した。
「危ない危ない!」
拳藤が吹き出した。
織姫も口元を押さえて笑う。
そんな三人の横で、塩崎茨が静かにモニターを見つめていた。
第三試合。
黒崎一護。
その名前に、塩崎の視線が留まる。
「……黒崎さん、ですか」
塩崎は小さく呟いた。
騎馬戦で見せた、あの少年の動き。
そして予備戦で振るっていた刀。
簡単な相手ではないだろう。
塩崎は胸の前で手を合わせた。
その様子に気づいた拳藤が、声をかける。
「茨も結構大変そうだね」
「ええ」
塩崎は穏やかに頷いた。
「ですが、相手が誰であろうと、正々堂々と戦うだけです」
「そっか。頑張ってね」
「ありがとうございます」
塩崎は丁寧に頭を下げた。
織姫は、もう一度モニターへ視線を向けた。
自分の名前。
その隣には、常闇踏陰の名前がある。
騎馬戦で緑谷たちと組んでいた、黒い鳥のような顔をした少年。
ダークシャドウ。
暗い影から飛び出す、もう一つの存在。
相当な力を持っていたことは覚えている。
青山のレーザーとは、まるで違う相手になるだろう。
織姫は指先で髪留めに触れた。
それから、静かに手を下ろした。
まずは、これから始まる試合だ。
◇
「……発目さん」
緑谷は自分の対戦相手を見て、小さく呟いた。
サポート科一年H組、発目明。
騎馬戦では同じチームとして戦った。
あのとき使っていた発明品は、どれも独創的だった。
機動力を補う装置。
姿勢を安定させる機構。
発目自身は戦闘向きの個性ではないと言っていたが、装備の性能は侮れない。
しかも、あの少女は自分の発明品を大勢に見せるためなら、とんでもない行動力を発揮する。
「……どうなるんだろう」
緑谷が考え込んでいると、背後から声がした。
「緑谷くーん!」
「……え?」
振り返る。
ピンク色の髪を揺らした少女が、両手を大きく振りながら近づいてきた。
「発目さん!」
「いやー、奇遇ですね! まさか一回戦で当たるとは!」
発目は満面の笑みを浮かべていた。
その身体には、騎馬戦のときとは違う装置がいくつも取りつけられている。
背中に大きな補助機構。
両腕に折り畳まれた金属製のバー。
脚部には、関節に沿った細長い装甲。
そして胸元には、小型の拡声装置まで備わっていた。
「……またすごい装備だね」
緑谷が思わず声を漏らした。
発目の目が輝いた。
「おっ! 気づいてくれましたか!」
すぐに腕の装置を持ち上げる。
「これ、騎馬戦のときのベイビーを改良した新型なんですよ! 特に関節部分の応答性を見直しまして、負荷がかかった状態でも動作が――」
「あっ、ちょっと待って!」
緑谷が慌てて声をかけた。
「発目さん。僕たち、これから試合だよね?」
「ええ! もちろんです!」
発目は力強く頷いた。
「だからこそ、最高の機会じゃないですか!」
「……やっぱり、宣伝?」
「大正解です!」
一切隠す様子もなく答えた。
「騎馬戦はチーム戦でしたから、私のベイビーたちだけをじっくり見てもらう時間が少なかったんですよねぇ。ですが、今回は一対一!」
発目は両腕を広げた。
「しかもお相手は、障害物競走で一位を取った緑谷くん! これだけ注目されている方を相手に性能を証明できれば、企業の皆さんも無視できないでしょう!」
「……う、うん」
緑谷は苦笑した。
相変わらずだ。
騎馬戦のときと、まるで変わっていない。
いや、むしろ装備が増えた分、さらに勢いが増している気がする。
「もちろん、僕も勝つつもりだからね」
「望むところです!」
発目は即答した。
「遠慮なく攻めてください! むしろその方が、耐久性能も回避性能も見せられますから!」
「……はは」
緑谷は乾いた笑いを漏らした。
「でも、僕の個性はかなり危険だから……」
「知ってますよ! だからこそ安全装置も搭載してきました!」
発目は嬉しそうに胸を張った。
「試合用の出力制限も申請済みです! 万が一の非常停止機構もありますし、審判の先生方にも確認していただいてます!」
「……そこまで準備してるんだ」
「当然じゃないですか!」
発目は満面の笑みを浮かべた。
「私のドッ可愛いベイビーたちの晴れ舞台ですから!」
その言葉を聞いて、緑谷も思わず笑った。
発目は本気だ。
勝負のためというより、発明品を見せることに。
ならば、こちらも手を抜くわけにはいかない。
「……分かった」
緑谷は頷いた。
「全力で行くよ、発目さん」
「はい!」
発目は嬉しそうに答えた。
「よろしくお願いします、緑谷くん!」
そう言って、元気よくリングへ向かっていった。
◇
『さああああ!! 本戦第一試合だァ!!』
プレゼント・マイクの声が響く。
『予備戦では心操の洗脳を突破! ヒーロー科一年A組、緑谷出久! 対するは、サポート科が誇る発明少女、発目明ィィ!!』
観客席から歓声が上がった。
リングの中央で、緑谷と発目が向かい合う。
発目は、そわそわと観客席を見回していた。
一般の観客。
プロヒーローたち。
そして、企業関係者が集まる一角。
発目の瞳が、きらりと光る。
個性『ズーム』。
遠く離れた席にいる人物の様子まで、鮮明に見通せる。
何人かが端末を開いている。
装備の写真を撮る準備をしている者もいた。
「……ふふふ」
発目が笑った。
「いいですねぇ……!」
「……発目さん?」
「最高の舞台ですよ、緑谷くん!」
発目はそう言って、腕の装置を軽く叩いた。
金属製のバーが短く動く。
胸元の拡声器から、試験音が響いた。
「……あ、あの」
緑谷が目を瞬かせる。
「それも使うの?」
「もちろんです!」
発目は胸を張った。
「説明が聞こえなかったら意味がありませんからね!」
緑谷は返す言葉を失った。
ミッドナイトが二人の装備を確認し、リングの外へ下がる。
「第一試合――始め!」
合図と同時に、緑谷が姿勢を低くした。
発目も両腕を広げる。
「それでは皆さん!」
胸元の拡声器から、元気な声が響いた。
「私のベイビーたちをご覧ください!」
「……えっ、もう!?」
緑谷が思わず声を上げる。
次の瞬間、発目の背中にある装置が作動した。
圧縮空気の噴射音。
身体が斜め前へ滑る。
緑谷は咄嗟に横へ跳んだ。
発目が、彼のすぐ横を通り抜ける。
「まずはこちら! 背部姿勢制御ユニット!」
発目は身体を捻った。
装置の左右から短い噴射音が響き、上体の傾きを打ち消す。
そのまま足をつき、綺麗に着地した。
「急加速時の姿勢の乱れを自動補正! 転倒リスクを大幅に減らしてくれる優れものです!」
『おおっとォ!? 発目、開幕から製品説明だァ!?』
実況席でプレゼント・マイクが叫んだ。
隣の相澤は、呆れたように息を吐く。
『……売り込みに来てるな』
『試合中だぞ!?』
『あいつにとっては、試合だからこそだろ』
緑谷は発目の装置を見ていた。
今の動き。
背中の噴射だけで身体を動かしているわけではない。
脚部の装置が膝と足首の角度を補助し、急な重心移動を支えている。
しかも、着地前に出力が落ちていた。
「……すごい」
思わず呟く。
発目が振り返った。
「そうでしょう!?」
満面の笑み。
「では、もう一度!」
「……っ!」
発目が踏み込んだ。
今度は、緑谷へ向かって真っ直ぐ走る。
緑谷はその動きを見て、横へ回り込もうとした。
だが。
「今度はこちらのベイビーです!」
発目の右腕から金属製のバーが伸びた。
折り畳まれていた機構が展開し、床へ接触する。
油圧機構が作動した。
発目の身体が、横へ押し出される。
「……っ!?」
緑谷が目を見開いた。
予想していた進路から、発目が突然外れた。
そのまま、彼の横へ回り込む。
「油圧式アタッチメントバー! こんな風に、瞬間的な方向転換にも利用できます!」
発目は楽しそうに説明する。
「接近戦で相手の攻撃を回避するときにも便利ですよ!」
「……っ!」
緑谷が身体を向け直す。
発目が、もう一度装置を作動させた。
今度は床を押す角度が違う。
横へ。
そして、斜め後方へ。
緑谷が踏み込むたび、その進路を外していく。
発目の運動能力そのものが、急に上がったわけではない。
装置が、一瞬の加速と方向転換を補助しているのだ。
そのおかげで、本来なら間に合わない角度へも身体を動かせる。
「……なるほど!」
緑谷の目が、思わず輝いた。
「バーを床につける位置で移動方向を変えてるんだ!」
「そのとおりです!」
発目が嬉しそうに答える。
「さすが緑谷くん! 理解が早いですね!」
「でも、それなら……!」
緑谷は地面を蹴った。
発目の進行方向へ、先に移動する。
真正面から追いかけるのではない。
装置が床へ接触する位置を見て、次の動きを予測する。
「……おっ!」
発目の顔が輝いた。
「いいですね! そういう動きを待ってました!」
緑谷が迫る。
発目は咄嗟にバーを伸ばした。
しかし、今度は逃げる方向を読まれている。
「……っ!」
緑谷の手が、発目の肩へ伸びた。
あと少し。
その瞬間。
発目の背中から、短い噴射音が響いた。
身体が斜めへ持ち上がる。
「うわっ!?」
緑谷の手が空を切った。
発目は一瞬だけ体勢を崩したものの、すぐに装置が姿勢を修正する。
そのまま、二人の距離が開いた。
「……!」
緑谷は目を見開いた。
今のは、発目が自分で回避したというより。
「……自動制御?」
「よくぞ気づいてくれました!」
発目が嬉しそうに振り返った。
「オートバランサーです! 内蔵したジャイロセンサーで姿勢の乱れを検出し、必要な方向へ補正をかけてくれるんですよ!」
発目は腕を広げた。
「急制動! 転倒防止! そして不意の衝撃への対応! 使い道は無限大です!」
『す、すげえ熱量だなオイ!』
プレゼント・マイクが呟く。
緑谷は、発目の背中へ視線を向けた。
装置が再び、小さく動いている。
ただの回避補助ではない。
身体の傾きそのものを検出し、適切な方向へ力を加える。
ならば、脚力の強いヒーローが急停止するときにも使えるはずだ。
救助活動で足場の悪い場所へ踏み込むときも。
高所から着地するときも。
「……あれなら」
思わず言葉が漏れる。
「高速移動中の姿勢制御にも応用できそう……!」
「もちろんです!」
発目が勢いよく頷いた。
「そういう使い方も想定しています! さあ、もっと攻めてください!」
「……っ!」
緑谷は我に返った。
試合中だった。
しかも、発目の説明を聞いているうちに、いつの間にか観察する側へ回ってしまっていた。
「……よし」
緑谷は息を整えた。
発目の目的は理解している。
それでも、こちらにはこちらの目標がある。
本戦で勝ち上がること。
そして、次に待つ相手と戦うこと。
緑谷は、モニターに表示された轟の名前を思い出した。
ここで終わるわけにはいかない。
「発目さん!」
「はい!」
「今度は、こっちから行くよ!」
「どうぞどうぞ!」
発目が笑った。
「どんどん来てください!」
緑谷は地面を蹴った。
◇
「……何だ、あの試合」
選手用観覧席で、瀬呂が呆れたように呟いた。
「緑谷が発明品の試験相手になってねえ?」
「……なってるな」
一護が答える。
「完全に」
「いや、あいつも分かってるだろうけどさ……」
瀬呂は頭を掻いた。
「何であんな楽しそうなんだよ」
リングでは、緑谷が発目の動きを読んで先回りしていた。
だが、発目はそれすら喜んでいる。
近づかれれば、装置の回避性能を披露できる。
体勢を崩されれば、自動制御の性能を見せられる。
逃げ回るだけでなく、ときには自分から仕掛ける。
そのたびに、発目の説明が観客席へ響いた。
「……でもさ」
麗日が言った。
「発目さん、あんなにいっぱい装置を作れるの、すごいよね」
「そうだな」
尾白が頷く。
「それに、全部ちゃんと動いてる。かなり調整してきたんだと思う」
一護はリングを見つめた。
発目は、自分が何をしたいのかを最初から分かっている。
そのために必要なものを作り、舞台まで用意している。
勝ち負けとは別に、譲れない目的があるのだろう。
「……ま、あいつらしいんじゃねえの」
一護が呟いた。
騎馬戦でも、発目はあの調子だった。
注目されることを嫌がるどころか、自分から目立ちに行く。
その点では、まったくぶれていない。
リングの上で、発目の新しい装置が作動した。
◇
「続いてはこちら!」
発目が右腕を構えた。
「捕縛用ネットランチャーです!」
金属音。
発射口から小さな筒状の弾体が飛び出した。
「……っ!」
緑谷は咄嗟に横へ跳んだ。
空中で弾体が展開する。
細い網が、大きく広がった。
緑谷のすぐ横を通り過ぎ、床へ落ちる。
「……うわっ!」
緑谷が目を見開いた。
さっきまでとは違う。
今度は直接、捕縛するための装置だ。
「柔軟性のある繊維を使用しているので、対象を傷つけにくいんです! もちろん試合用に射出速度も調整してあります!」
発目は楽しそうに説明している。
だが、右腕はすでに次の射撃姿勢へ移っていた。
「……っ!」
緑谷が走る。
発目の視線。
腕の向き。
ネットが展開するまでの時間。
それらを見ながら、射線を外していく。
第二射。
緑谷は身体を低くした。
網が頭上を通過する。
そのまま、地面を蹴った。
発目へ向かって一気に距離を詰める。
「……っ!」
発目はバーを展開した。
床へ接触させる。
だが、緑谷はすでにその動きを読んでいた。
バーが押し出す方向へは追わない。
反対側へ踏み込む。
発目が進路を変える。
緑谷は、その先へ回り込んだ。
「……おおっ!」
発目の目が輝いた。
「いいですよ、緑谷くん!」
背中の装置が作動した。
身体が横へ流れる。
緑谷はさらに踏み込む。
今度は、発目が着地する前に距離を詰めた。
「……っ!」
発目は片足をついた。
その瞬間、緑谷の手が肩へ伸びる。
だが、発目は笑っていた。
「……ふふふ」
緑谷は一瞬だけ目を細める。
何か来る。
そう判断して、踏み込みを止めた。
次の瞬間、発目の足元から小さな噴射音が響いた。
身体が後ろへ跳ねる。
緑谷の指先が空を切った。
「……っ!」
緑谷は追いかけなかった。
代わりに、発目の足元へ視線を落とした。
さっきの噴射。
床との距離。
使われた装置の角度。
そして、発目の身体が動いた方向。
「……なるほど」
緑谷が呟いた。
発目の装備は、互いに補い合うように作られている。
単独で使えば隙が生まれる装置も、別の機構で補える。
だから、単純に一つの動作だけを読んでも捕まえられない。
ならば。
「……発目さん」
「はい!」
「その装置、全部同時に動かせるわけじゃないよね?」
発目の目が、ぱちりと瞬いた。
「……おや?」
緑谷は続けた。
「バーを使ってるときは、そっちへ姿勢制御の出力を使ってる。ネットを撃つときも、一瞬だけ身体を固定してる」
発目が、にやりと笑った。
「……いいところに気づきましたねぇ」
「だったら、そこを狙う!」
緑谷が踏み込んだ。
発目は咄嗟に右腕を構えた。
ネットランチャー。
しかし、緑谷は真正面から向かわなかった。
発射する直前、斜めへ足を運ぶ。
発目の腕が追う。
だが、緑谷はその動きを見て、さらに進路を変えた。
弾体が発射される。
網が広がる。
緑谷は、その外側を駆け抜けた。
「……っ!」
発目がバーを伸ばそうとする。
だが、緑谷はすでに、その装置が床へ接触する場所を避けていた。
距離が詰まる。
発目の身体が後方へ下がった。
リングの縁が近い。
緑谷は、さらに踏み込もうとした。
そのときだった。
「……よし!」
発目が突然、大きく声を上げた。
「十分ですね!」
「……え?」
緑谷の足が一瞬だけ止まる。
発目は、もう彼を見ていなかった。
視線は観客席の一角へ向いていた。
遠くの席。
企業関係者が集まる場所。
個性『ズーム』で見た先には、端末を操作しながら彼女の装備を確認している人々がいた。
発目は満足そうに頷いた。
「……ふふふ」
そして、胸元の拡声装置へ軽く触れる。
「本日は私のベイビーたちをご覧いただき、ありがとうございました!」
「……は?」
緑谷が目を丸くした。
「発目さん?」
「追加資料や詳細仕様については、ぜひサポート科へお問い合わせください!」
発目は元気よく手を振った。
「試作品の改良相談も大歓迎です!」
そのまま、くるりと踵を返す。
そして。
何の躊躇いもなく、リングの外へ歩いていった。
「……ええっ!?」
緑谷の声が響く。
発目は段差を降りると、満面の笑みで振り返った。
「お疲れさまでした、緑谷くん!」
「……え、あの、発目さん!?」
ミッドナイトも一瞬だけ目を瞬かせた。
だが、すぐに腕を上げる。
「発目さん、場外!」
そして、改めて宣言した。
「勝者、緑谷出久!」
『な、なんとォォ!! 発目、自分から場外へ! 緑谷、本戦一回戦を突破だァァ!!』
観客席がざわつく。
緑谷はリングの中央で立ち尽くしていた。
「……えっと」
発目はそんな彼へ、もう一度笑いかけた。
「いやー、助かりました! 緑谷くんがしっかり動いてくれたおかげで、かなりいい実演になりましたよ!」
「……あ、うん」
緑谷は困ったように笑った。
「それは……よかったね?」
「はい!」
発目は嬉しそうに頷いた。
「では! 私は早速、次のベイビーの改良に戻りますので!」
「……もう?」
「もちろんです!」
発目は胸を張った。
「今日の試験データ、忘れないうちにまとめたいですから!」
そして、勢いよく頭を下げる。
「ご協力ありがとうございました!」
返事を待たずに、退場口へ駆けていった。
緑谷はその背中を見送った。
発目の装備が動くたびに響いていた機械音は、もう聞こえない。
代わりに、観客席のざわめきが戻ってくる。
「……すごい人だなぁ」
緑谷は思わず呟いた。
それから、モニターを見上げた。
第一試合の勝者。
緑谷出久。
勝ったことは、間違いない。
発目の装備の動きも、最後には少しずつ読めるようになっていた。
それでも、発目にとっては試合そのものが目的ではなかったのだろう。
緑谷は小さく息を吐いた。
そして、自分の手を見下ろす。
発目は自分の発明品を見せるために、この舞台へ立った。
ならば、自分は。
「……よし」
緑谷は顔を上げた。
次の試合へ進むために、ここへ立った。
その目的は、まだ終わっていない。
◇
「……何だったんだ、今の」
瀬呂が呆然と呟いた。
「宣伝じゃねえの」
一護が答えた。
「いや、そうだけどさ!」
瀬呂は頭を掻く。
「本戦のリングで、あそこまでやるか普通?」
「……やる奴はやるんだろ」
一護は肩をすくめた。
隣では、麗日が少し感心したように頷いていた。
「でも、発目さんらしいよね」
「まあな」
尾白が笑う。
「騎馬戦でも、あれだけ積極的だったし」
一護はリングを降りる緑谷へ目を向けた。
あいつも、途中から発目の動きに対応していた。
攻撃のタイミング。
装置の動作。
発目が次にどの方向へ動くか。
見て、考えて、少しずつ詰めていった。
結局、発目が自分から場外へ出たせいで決着は妙な形になったが、無駄な試合ではなかったはずだ。
そのとき、モニターが切り替わった。
『さあ、続いて第二試合ィ!!』
プレゼント・マイクの声が響く。
『予備戦を突破した硬化の男! 一年A組、切島鋭児郎! 対するはシード選手、同じくA組の轟焦凍ォォ!!』
「……っしゃ!」
切島が拳を握った。
「行ってくるぜ!」
「頑張れよ!」
瀬呂が手を上げる。
「おう!」
切島は笑って応えた。
その視線が、少し離れた場所に立つ轟へ向く。
「よろしくな、轟!」
「……ああ」
轟は短く頷いた。
「悪いけど、俺も勝つ気で行くぜ!」
「俺もだ」
轟は静かに答えた。
そのまま通路へ向かって歩き始める。
切島も後を追った。
◇
リングの中央。
切島と轟が向かい合っていた。
切島は軽く両腕を回した。
轟は、落ち着いた様子で立っている。
互いに同じクラス。
個性の特徴も、ある程度知っている。
だが、切島はまだ轟の氷を真正面から受けたことがなかった。
障害物競走。
騎馬戦。
あの広範囲を一瞬で凍らせる力は、何度も見ている。
まともに捕まれば、身動きが取れなくなるだろう。
それでも。
「……へへっ」
切島は拳を握った。
全身が硬化する。
皮膚が鋭く変化し、硬い鎧のようになった。
「俺の硬さも、そう簡単には負けねえぜ!」
轟は短く頷いた。
「……ああ」
「第二試合――始め!」
ミッドナイトの声が響いた。
その瞬間。
轟の右足が、床を踏んだ。
白い冷気が広がる。
「……っ!」
切島は咄嗟に地面を蹴った。
氷が足元を走る。
触れたコンクリートが、一瞬で白く覆われた。
「うおっ!」
切島は大きく跳んだ。
広がる氷を越え、そのまま轟へ向かって距離を詰める。
轟の視線が、僅かに上を向いた。
切島は拳を握る。
「……おらっ!」
硬化した拳が振り下ろされた。
だが、その直前。
轟の右手が上がった。
氷の壁が、二人の間に立ち上がる。
轟音。
切島の拳が激突した。
分厚い氷に亀裂が走る。
「……っ!」
切島は着地すると同時に、もう一度拳を振り上げた。
二撃目。
氷の表面が砕けた。
白い破片が飛び散る。
「っしゃ!」
切島が踏み込む。
だが、砕けた氷の向こうから、冷気が流れ込んできた。
「……っ!?」
足元。
床を這うように、新しい氷が広がっている。
切島は咄嗟に後ろへ跳んだ。
氷が、着地する寸前の場所を覆った。
『おおっとォ!! 轟、氷の壁だけじゃない! 足元まで凍らせて接近を防いでいるぞォ!!』
切島は小さく舌打ちした。
氷壁そのものなら、拳で壊せる。
だが、壊している間に別の方向から足場を奪われてしまう。
正面から押すだけでは、近づけない。
「……だったら!」
切島は右へ走った。
轟が身体を向ける。
冷気が広がる。
切島はそこで止まらなかった。
氷の先端を避け、さらに横へ回り込む。
轟の氷が、その進路を追った。
だが、切島は再び方向を変えた。
リングを大きく回り込みながら、少しずつ間合いを測る。
氷が広がる速さ。
轟が身体を向ける時間。
次に、どこが凍るのか。
その動きを見ながら、足を運ぶ。
しかし。
「……っ!」
切島の足が止まった。
いつの間にか、進める方向が限られていた。
轟はただ、切島のいる場所を凍らせていたわけではない。
次に走りそうな場所。
踏み込むために必要な足場。
それらを先に潰していたのだ。
「……なるほどな」
切島が呟いた。
相手が速いからといって、追いかける必要はない。
走る場所を奪えばいい。
単純だが、厄介な戦い方だった。
切島は拳を握り直した。
それでも、止まるつもりはなかった。
「……よっしゃ!」
硬化した腕を前へ構える。
そして、真正面へ踏み込んだ。
轟の氷が迫る。
切島は拳を振り抜いた。
氷の先端が砕ける。
しかし、その奥には厚い氷の塊が続いていた。
「……っ!」
切島は腕を交差させた。
氷がぶつかる。
重い衝撃。
足が、コンクリートを擦った。
それでも倒れない。
「……まだまだ!」
切島が声を上げる。
氷を押し返す。
肩を入れる。
そして、力任せに拳を振り下ろした。
硬化した拳が、氷を砕く。
白い破片が舞った。
その向こうに、轟の姿が見えた。
「……っしゃ!」
切島が地面を蹴る。
距離が一気に縮まる。
轟が僅かに目を細めた。
氷を砕く勢い。
硬化した身体の耐久力。
単純な接近戦では、かなりの強さだ。
だが。
轟は、一歩だけ後退した。
「……っ!」
切島が踏み込んだ。
その足が床へ触れる。
次の瞬間。
靴底の周囲から、氷が伸びた。
「……っ!?」
切島の足が止まる。
轟は切島の身体を狙っていなかった。
踏み込んでくる足。
その着地点を狙っていたのだ。
「……くっ!」
切島は咄嗟に脚へ力を込めた。
硬化した身体で氷を砕こうとする。
だが、足元の氷はすでに厚くなっていた。
踏ん張るための足場そのものが、固定されている。
切島は拳を振り下ろした。
氷に亀裂が走る。
しかし、轟は止まらなかった。
右手を、僅かに下げる。
新たな氷が、切島の周囲へ広がっていく。
足首。
膝。
そして腰。
「……っ!」
切島の身体が、氷に包み込まれていった。
腕を振り上げる。
氷を砕く。
だが、砕いた場所から別の氷が伸びる。
「くっそ……!」
切島が歯を食いしばる。
何度も拳を振る。
硬化した腕は、まだ動く。
だが、脚が動かない。
身体の向きも変えられない。
どれだけ身体を硬くしても、足場を奪われれば自由には動けない。
「……っ!」
切島は最後にもう一度、拳を振り下ろした。
氷の表面が砕ける。
だが、その先へは届かなかった。
腕の周囲まで氷が広がり、動ける範囲が狭くなっていく。
「……くそっ!」
切島は力を込めた。
それでも、動けない。
轟は少し離れた場所で立っていた。
右半身から白い冷気が立ち上っている。
その左手は、最後まで動かなかった。
轟は、切島の様子を確かめてから手を下ろした。
ミッドナイトが二人へ近づく。
「切島君、続行できる?」
「……っ!」
切島は歯を食いしばった。
腕を動かそうとする。
だが、氷に阻まれて動けない。
数秒。
それから、大きく息を吐いた。
「……参った」
悔しそうな声だった。
ミッドナイトが頷く。
「切島君、降参! 勝者、轟焦凍!」
『決着ゥゥゥ!! 轟、圧倒的な氷結で切島の動きを封じたァァ!!』
観客席から歓声が上がった。
轟は静かに息を吐いた。
右手を下ろしても、作り出した氷が消えるわけではない。
切島はしばらく氷の中に閉じ込められたままだったが、審判の指示を受けた係員が拘束の状態を確認すると、動かせる腕で氷を砕き始めた。
轟もそれ以上は氷を増やさない。
やがて、切島の上半身が自由になった。
「……っ、ふう!」
切島が大きく息を吐く。
腕を回し、残っていた氷を砕く。
少し遅れて、脚も動くようになった。
切島はようやく自分の足で立ち上がった。
「……やるな、轟!」
悔しそうに笑う。
「マジで近づけなかった!」
「……お前も、よく耐えたな」
轟が答えた。
「氷をあれだけ砕かれるとは思わなかった」
「へへっ!」
切島は嬉しそうに笑った。
「まあ、硬さには自信あるからな!」
それから、少しだけ悔しそうに足元へ視線を落とした。
「……でも、やっぱ足止められるときついな」
拳を握る。
「もっと強くならねえと」
轟は何も言わず、その言葉を聞いていた。
切島が顔を上げる。
「次も頑張れよ!」
「……ああ」
轟は短く頷いた。
二人は軽く拳を合わせ、それぞれの退場口へ向かった。
◇
「……やっぱすげえな、轟」
瀬呂が呟いた。
「切島、相当粘ってたのに」
「……ああ」
一護が答える。
氷そのものの威力だけじゃない。
進路を塞ぎ、踏み込む場所を奪う。
相手がどれだけ頑丈でも、動けなければ攻撃は届かない。
轟は、その点をよく分かっている。
だが、気になることもあった。
試合の間、あいつは一度も左側を使わなかった。
必要がなかったからなのか。
それとも、別の理由があるのか。
一護には分からない。
ただ、あれだけの力を持っていながら、どこか窮屈そうに戦っているようには見えた。
「……」
一護は轟の背中から視線を外した。
隣では、緑谷が黙ってモニターを見つめている。
そこには、準々決勝の対戦カードが表示されていた。
緑谷出久。
轟焦凍。
緑谷の表情は、先ほどまでとは違っていた。
発目との試合では、発明品を見ながら興奮していた。
だが、今は。
何かを決めたような、真剣な顔をしている。
一護は、しばらくその横顔を見ていた。
それから、短く声をかける。
「緑谷」
「……あ、黒崎君」
「次、轟だな」
「……うん」
緑谷が頷く。
一護は、少しだけ口元を緩めた。
「頑張れよ」
緑谷は一瞬だけ目を丸くした。
それから、ゆっくり頷く。
「……ありがとう」
そのとき、競技場のモニターが切り替わった。
『さあ、まだまだ行くぜェ!! 本戦第三試合!』
プレゼント・マイクの声が響く。
『予備戦では瀬呂のテープを斬り払い、見事に勝利! 一年A組、黒崎一護! 対するは、蔓の髪を持つB組の清廉なる少女、塩崎茨ィィ!!』
観客席から歓声が上がった。
「おっ、次はお前か」
瀬呂がモニターを見上げる。
「ああ」
一護は席を立ち、軽く肩を回した。
「じゃ、行ってくるわ」
「おう! 頑張れよ!」
切島が拳を上げる。
「塩崎って、あの髪が蔓になってる奴だろ? 気をつけろよ!」
「分かってる」
一護は片手を上げ、通路へ向かった。
背中には、いつものように斬月がある。
競技場へ続く通路を抜けると、反対側の入場口から一人の少女が姿を現した。
塩崎茨。
背中まで伸びた髪が、歩みに合わせて揺れている。
いや、髪というより蔓だった。
細い蔓が幾重にも重なり、長い髪のように背中へ流れている。
「……蔓、か」
一護は小さく呟いた。
あれがどう動くのかは、まだ分からない。
もっとも、見た目だけで相手の力を判断するつもりもなかった。
リングへ上がると、塩崎がこちらへ向き直った。
「黒崎さん。よろしくお願いいたします」
「ああ。よろしくな」
一護が応えると、塩崎は小さく頷いた。
「互いに悔いのない、正々堂々とした試合にいたしましょう」
「おう。そのつもりだ」
塩崎は穏やかな表情のまま、胸の前で手を合わせた。
何事かを静かに祈ってから、ゆっくりと顔を上げる。
一護はそれを見届けると、背中へ手を伸ばした。
慣れた動作で斬月の柄を握り、そのまま引き抜く。
黒い刀身を肩に担いだ。
塩崎の視線が、その刃へ向く。
予備戦でも見せた、あの刀だった。
「……不思議な刀ですね」
「まあな」
一護は短く答えた。
塩崎もそれ以上は尋ねず、一歩足を引く。
頭から垂れた蔓が、かすかに揺れた。
一護はその動きを目で追いながら、腰を落とす。
斬月の柄を握り直した。
ミッドナイトが二人を見渡す。
「第三試合――」
一護は塩崎から目を離さなかった。
「始め!」