『君が拒んだ終わりの先で』   作:吉野家

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第25話 それぞれの目的

 

 巨大モニターに、十六人の名前が並んでいた。

 

 予備戦を勝ち抜いた八人と、シード権を得た八人。

 

 全員の名前が表示されたところで、画面が切り替わる。

 

『さあ、お待ちかねェ! いよいよ本戦トーナメントの組み合わせを発表するぜェ!!』

 

 プレゼント・マイクの声が競技場に響いた。

 

 モニターに八つの対戦カードが現れる。

 

 第一試合、緑谷出久対発目明。

 

 第二試合、切島鋭児郎対轟焦凍。

 

 第三試合、黒崎一護対塩崎茨。

 

 第四試合、井上織姫対常闇踏陰。

 

 第五試合、麗日お茶子対爆豪勝己。

 

 第六試合、芦戸三奈対鉄哲徹鐵。

 

 第七試合、飯田天哉対八百万百。

 

 第八試合、小森希乃子対拳藤一佳。

 

『以上が本戦一回戦の組み合わせだァ!! 勝ち抜いた八名が準々決勝へ進む! ここから先は一戦一戦が大勝負だぜ!!』

 

 観客席がどっと沸いた。

 

「……うわ、マジか」

 

 瀬呂範太がモニターを見上げる。

 

「切島、いきなり轟じゃん」

 

「おう!」

 

 切島鋭児郎は拳を握った。

 

「相手にとって不足なしだな!」

 

「いや、お前、あいつの氷見ただろ?」

 

「見た!」

 

「見た上でそのテンションなのかよ……」

 

 瀬呂が呆れる横で、切島はにっと笑っていた。

 

「強え相手と戦えるんだぜ。燃えるだろ!」

 

「お前はいつでも燃えてんな」

 

 一護が呟く。

 

「おう! 男らしく行くぜ!」

 

「……褒めてねえぞ」

 

 切島は笑ったまま拳を突き出した。

 

 その隣では、麗日お茶子がモニターを見つめていた。

 

「……爆豪君かぁ」

 

 ぽつりと漏れた声に、緑谷出久が顔を向ける。

 

「麗日さん」

 

「ん?」

 

「爆豪君の個性って、近づくのがかなり難しいと思う。爆破の反動で空中にも移動できるし、真正面からだと――」

 

「デク君」

 

 麗日が声をかけた。

 

 緑谷が口を閉じる。

 

「ありがと。でも、ちょっと自分でも考えてみたいんだ」

 

「……あ」

 

 緑谷は瞬きをした。

 

 麗日は笑っていた。

 

 けれど、その目には確かな意志があった。

 

「せっかくここまで来たんやもん。私だって、ちゃんと勝ちに行きたいし」

 

「……うん」

 

 緑谷は頷いた。

 

「そうだね」

 

「へへっ。応援よろしくね!」

 

「もちろん!」

 

 麗日はもう一度モニターへ目を向けた。

 

 爆豪勝己。

 

 その名前を見つめ、ゆっくりと息を吐く。

 

 怖くないと言えば、嘘になる。

 

 それでも、戦う前から諦めるつもりはなかった。

 

 

     ◇

 

 

 B組の観覧席では、小森希乃子が対戦表を見て目を丸くしていた。

 

「あっ! 一佳ちゃん!」

 

「ん?」

 

「私たち、当たっちゃったノコ!」

 

 小森がモニターを指差す。

 

 拳藤一佳も自分の名前を見つけ、軽く眉を上げた。

 

「あー、ほんとだ」

 

 それから、小森へ顔を向ける。

 

「よろしくね、希乃子」

 

「うん!」

 

 小森はにっこり笑った。

 

「一佳ちゃんもキノコまみれにしちゃうから!」

 

「ははっ。あたしも簡単には捕まらないよ」

 

「むむっ。強敵だノコ!」

 

「今さら?」

 

 二人が笑い合う。

 

 隣にいた織姫も、つられて笑った。

 

「二人とも頑張ってね」

 

「もちろん!」

 

 拳藤は拳を握る。

 

「ここまで来たんだから、勝つ気で行くよ」

 

「私も私も!」

 

 小森が勢いよく手を上げた。

 

 その袖を、柳レイ子が軽く引く。

 

「希乃子。落ちる」

 

「……おっと!」

 

 小森は身を乗り出していたことに気づき、慌てて座り直した。

 

「危ない危ない!」

 

 拳藤が吹き出した。

 

 織姫も口元を押さえて笑う。

 

 そんな三人の横で、塩崎茨が静かにモニターを見つめていた。

 

 第三試合。

 

 黒崎一護。

 

 その名前に、塩崎の視線が留まる。

 

「……黒崎さん、ですか」

 

 塩崎は小さく呟いた。

 

 騎馬戦で見せた、あの少年の動き。

 

 そして予備戦で振るっていた刀。

 

 簡単な相手ではないだろう。

 

 塩崎は胸の前で手を合わせた。

 

 その様子に気づいた拳藤が、声をかける。

 

「茨も結構大変そうだね」

 

「ええ」

 

 塩崎は穏やかに頷いた。

 

「ですが、相手が誰であろうと、正々堂々と戦うだけです」

 

「そっか。頑張ってね」

 

「ありがとうございます」

 

 塩崎は丁寧に頭を下げた。

 

 織姫は、もう一度モニターへ視線を向けた。

 

 自分の名前。

 

 その隣には、常闇踏陰の名前がある。

 

 騎馬戦で緑谷たちと組んでいた、黒い鳥のような顔をした少年。

 

 ダークシャドウ。

 

 暗い影から飛び出す、もう一つの存在。

 

 相当な力を持っていたことは覚えている。

 

 青山のレーザーとは、まるで違う相手になるだろう。

 

 織姫は指先で髪留めに触れた。

 

 それから、静かに手を下ろした。

 

 まずは、これから始まる試合だ。

 

 

     ◇

 

 

「……発目さん」

 

 緑谷は自分の対戦相手を見て、小さく呟いた。

 

 サポート科一年H組、発目明。

 

 騎馬戦では同じチームとして戦った。

 

 あのとき使っていた発明品は、どれも独創的だった。

 

 機動力を補う装置。

 

 姿勢を安定させる機構。

 

 発目自身は戦闘向きの個性ではないと言っていたが、装備の性能は侮れない。

 

 しかも、あの少女は自分の発明品を大勢に見せるためなら、とんでもない行動力を発揮する。

 

「……どうなるんだろう」

 

 緑谷が考え込んでいると、背後から声がした。

 

「緑谷くーん!」

 

「……え?」

 

 振り返る。

 

 ピンク色の髪を揺らした少女が、両手を大きく振りながら近づいてきた。

 

「発目さん!」

 

「いやー、奇遇ですね! まさか一回戦で当たるとは!」

 

 発目は満面の笑みを浮かべていた。

 

 その身体には、騎馬戦のときとは違う装置がいくつも取りつけられている。

 

 背中に大きな補助機構。

 

 両腕に折り畳まれた金属製のバー。

 

 脚部には、関節に沿った細長い装甲。

 

 そして胸元には、小型の拡声装置まで備わっていた。

 

「……またすごい装備だね」

 

 緑谷が思わず声を漏らした。

 

 発目の目が輝いた。

 

「おっ! 気づいてくれましたか!」

 

 すぐに腕の装置を持ち上げる。

 

「これ、騎馬戦のときのベイビーを改良した新型なんですよ! 特に関節部分の応答性を見直しまして、負荷がかかった状態でも動作が――」

 

「あっ、ちょっと待って!」

 

 緑谷が慌てて声をかけた。

 

「発目さん。僕たち、これから試合だよね?」

 

「ええ! もちろんです!」

 

 発目は力強く頷いた。

 

「だからこそ、最高の機会じゃないですか!」

 

「……やっぱり、宣伝?」

 

「大正解です!」

 

 一切隠す様子もなく答えた。

 

「騎馬戦はチーム戦でしたから、私のベイビーたちだけをじっくり見てもらう時間が少なかったんですよねぇ。ですが、今回は一対一!」

 

 発目は両腕を広げた。

 

「しかもお相手は、障害物競走で一位を取った緑谷くん! これだけ注目されている方を相手に性能を証明できれば、企業の皆さんも無視できないでしょう!」

 

「……う、うん」

 

 緑谷は苦笑した。

 

 相変わらずだ。

 

 騎馬戦のときと、まるで変わっていない。

 

 いや、むしろ装備が増えた分、さらに勢いが増している気がする。

 

「もちろん、僕も勝つつもりだからね」

 

「望むところです!」

 

 発目は即答した。

 

「遠慮なく攻めてください! むしろその方が、耐久性能も回避性能も見せられますから!」

 

「……はは」

 

 緑谷は乾いた笑いを漏らした。

 

「でも、僕の個性はかなり危険だから……」

 

「知ってますよ! だからこそ安全装置も搭載してきました!」

 

 発目は嬉しそうに胸を張った。

 

「試合用の出力制限も申請済みです! 万が一の非常停止機構もありますし、審判の先生方にも確認していただいてます!」

 

「……そこまで準備してるんだ」

 

「当然じゃないですか!」

 

 発目は満面の笑みを浮かべた。

 

「私のドッ可愛いベイビーたちの晴れ舞台ですから!」

 

 その言葉を聞いて、緑谷も思わず笑った。

 

 発目は本気だ。

 

 勝負のためというより、発明品を見せることに。

 

 ならば、こちらも手を抜くわけにはいかない。

 

「……分かった」

 

 緑谷は頷いた。

 

「全力で行くよ、発目さん」

 

「はい!」

 

 発目は嬉しそうに答えた。

 

「よろしくお願いします、緑谷くん!」

 

 そう言って、元気よくリングへ向かっていった。

 

 

     ◇

 

 

『さああああ!! 本戦第一試合だァ!!』

 

 プレゼント・マイクの声が響く。

 

『予備戦では心操の洗脳を突破! ヒーロー科一年A組、緑谷出久! 対するは、サポート科が誇る発明少女、発目明ィィ!!』

 

 観客席から歓声が上がった。

 

 リングの中央で、緑谷と発目が向かい合う。

 

 発目は、そわそわと観客席を見回していた。

 

 一般の観客。

 

 プロヒーローたち。

 

 そして、企業関係者が集まる一角。

 

 発目の瞳が、きらりと光る。

 

 個性『ズーム』。

 

 遠く離れた席にいる人物の様子まで、鮮明に見通せる。

 

 何人かが端末を開いている。

 

 装備の写真を撮る準備をしている者もいた。

 

「……ふふふ」

 

 発目が笑った。

 

「いいですねぇ……!」

 

「……発目さん?」

 

「最高の舞台ですよ、緑谷くん!」

 

 発目はそう言って、腕の装置を軽く叩いた。

 

 金属製のバーが短く動く。

 

 胸元の拡声器から、試験音が響いた。

 

「……あ、あの」

 

 緑谷が目を瞬かせる。

 

「それも使うの?」

 

「もちろんです!」

 

 発目は胸を張った。

 

「説明が聞こえなかったら意味がありませんからね!」

 

 緑谷は返す言葉を失った。

 

 ミッドナイトが二人の装備を確認し、リングの外へ下がる。

 

「第一試合――始め!」

 

 合図と同時に、緑谷が姿勢を低くした。

 

 発目も両腕を広げる。

 

「それでは皆さん!」

 

 胸元の拡声器から、元気な声が響いた。

 

「私のベイビーたちをご覧ください!」

 

「……えっ、もう!?」

 

 緑谷が思わず声を上げる。

 

 次の瞬間、発目の背中にある装置が作動した。

 

 圧縮空気の噴射音。

 

 身体が斜め前へ滑る。

 

 緑谷は咄嗟に横へ跳んだ。

 

 発目が、彼のすぐ横を通り抜ける。

 

「まずはこちら! 背部姿勢制御ユニット!」

 

 発目は身体を捻った。

 

 装置の左右から短い噴射音が響き、上体の傾きを打ち消す。

 

 そのまま足をつき、綺麗に着地した。

 

「急加速時の姿勢の乱れを自動補正! 転倒リスクを大幅に減らしてくれる優れものです!」

 

『おおっとォ!? 発目、開幕から製品説明だァ!?』

 

 実況席でプレゼント・マイクが叫んだ。

 

 隣の相澤は、呆れたように息を吐く。

 

『……売り込みに来てるな』

 

『試合中だぞ!?』

 

『あいつにとっては、試合だからこそだろ』

 

 緑谷は発目の装置を見ていた。

 

 今の動き。

 

 背中の噴射だけで身体を動かしているわけではない。

 

 脚部の装置が膝と足首の角度を補助し、急な重心移動を支えている。

 

 しかも、着地前に出力が落ちていた。

 

「……すごい」

 

 思わず呟く。

 

 発目が振り返った。

 

「そうでしょう!?」

 

 満面の笑み。

 

「では、もう一度!」

 

「……っ!」

 

 発目が踏み込んだ。

 

 今度は、緑谷へ向かって真っ直ぐ走る。

 

 緑谷はその動きを見て、横へ回り込もうとした。

 

 だが。

 

「今度はこちらのベイビーです!」

 

 発目の右腕から金属製のバーが伸びた。

 

 折り畳まれていた機構が展開し、床へ接触する。

 

 油圧機構が作動した。

 

 発目の身体が、横へ押し出される。

 

「……っ!?」

 

 緑谷が目を見開いた。

 

 予想していた進路から、発目が突然外れた。

 

 そのまま、彼の横へ回り込む。

 

「油圧式アタッチメントバー! こんな風に、瞬間的な方向転換にも利用できます!」

 

 発目は楽しそうに説明する。

 

「接近戦で相手の攻撃を回避するときにも便利ですよ!」

 

「……っ!」

 

 緑谷が身体を向け直す。

 

 発目が、もう一度装置を作動させた。

 

 今度は床を押す角度が違う。

 

 横へ。

 

 そして、斜め後方へ。

 

 緑谷が踏み込むたび、その進路を外していく。

 

 発目の運動能力そのものが、急に上がったわけではない。

 

 装置が、一瞬の加速と方向転換を補助しているのだ。

 

 そのおかげで、本来なら間に合わない角度へも身体を動かせる。

 

「……なるほど!」

 

 緑谷の目が、思わず輝いた。

 

「バーを床につける位置で移動方向を変えてるんだ!」

 

「そのとおりです!」

 

 発目が嬉しそうに答える。

 

「さすが緑谷くん! 理解が早いですね!」

 

「でも、それなら……!」

 

 緑谷は地面を蹴った。

 

 発目の進行方向へ、先に移動する。

 

 真正面から追いかけるのではない。

 

 装置が床へ接触する位置を見て、次の動きを予測する。

 

「……おっ!」

 

 発目の顔が輝いた。

 

「いいですね! そういう動きを待ってました!」

 

 緑谷が迫る。

 

 発目は咄嗟にバーを伸ばした。

 

 しかし、今度は逃げる方向を読まれている。

 

「……っ!」

 

 緑谷の手が、発目の肩へ伸びた。

 

 あと少し。

 

 その瞬間。

 

 発目の背中から、短い噴射音が響いた。

 

 身体が斜めへ持ち上がる。

 

「うわっ!?」

 

 緑谷の手が空を切った。

 

 発目は一瞬だけ体勢を崩したものの、すぐに装置が姿勢を修正する。

 

 そのまま、二人の距離が開いた。

 

「……!」

 

 緑谷は目を見開いた。

 

 今のは、発目が自分で回避したというより。

 

「……自動制御?」

 

「よくぞ気づいてくれました!」

 

 発目が嬉しそうに振り返った。

 

「オートバランサーです! 内蔵したジャイロセンサーで姿勢の乱れを検出し、必要な方向へ補正をかけてくれるんですよ!」

 

 発目は腕を広げた。

 

「急制動! 転倒防止! そして不意の衝撃への対応! 使い道は無限大です!」

 

『す、すげえ熱量だなオイ!』

 

 プレゼント・マイクが呟く。

 

 緑谷は、発目の背中へ視線を向けた。

 

 装置が再び、小さく動いている。

 

 ただの回避補助ではない。

 

 身体の傾きそのものを検出し、適切な方向へ力を加える。

 

 ならば、脚力の強いヒーローが急停止するときにも使えるはずだ。

 

 救助活動で足場の悪い場所へ踏み込むときも。

 

 高所から着地するときも。

 

「……あれなら」

 

 思わず言葉が漏れる。

 

「高速移動中の姿勢制御にも応用できそう……!」

 

「もちろんです!」

 

 発目が勢いよく頷いた。

 

「そういう使い方も想定しています! さあ、もっと攻めてください!」

 

「……っ!」

 

 緑谷は我に返った。

 

 試合中だった。

 

 しかも、発目の説明を聞いているうちに、いつの間にか観察する側へ回ってしまっていた。

 

「……よし」

 

 緑谷は息を整えた。

 

 発目の目的は理解している。

 

 それでも、こちらにはこちらの目標がある。

 

 本戦で勝ち上がること。

 

 そして、次に待つ相手と戦うこと。

 

 緑谷は、モニターに表示された轟の名前を思い出した。

 

 ここで終わるわけにはいかない。

 

「発目さん!」

 

「はい!」

 

「今度は、こっちから行くよ!」

 

「どうぞどうぞ!」

 

 発目が笑った。

 

「どんどん来てください!」

 

 緑谷は地面を蹴った。

 

 

     ◇

 

 

「……何だ、あの試合」

 

 選手用観覧席で、瀬呂が呆れたように呟いた。

 

「緑谷が発明品の試験相手になってねえ?」

 

「……なってるな」

 

 一護が答える。

 

「完全に」

 

「いや、あいつも分かってるだろうけどさ……」

 

 瀬呂は頭を掻いた。

 

「何であんな楽しそうなんだよ」

 

 リングでは、緑谷が発目の動きを読んで先回りしていた。

 

 だが、発目はそれすら喜んでいる。

 

 近づかれれば、装置の回避性能を披露できる。

 

 体勢を崩されれば、自動制御の性能を見せられる。

 

 逃げ回るだけでなく、ときには自分から仕掛ける。

 

 そのたびに、発目の説明が観客席へ響いた。

 

「……でもさ」

 

 麗日が言った。

 

「発目さん、あんなにいっぱい装置を作れるの、すごいよね」

 

「そうだな」

 

 尾白が頷く。

 

「それに、全部ちゃんと動いてる。かなり調整してきたんだと思う」

 

 一護はリングを見つめた。

 

 発目は、自分が何をしたいのかを最初から分かっている。

 

 そのために必要なものを作り、舞台まで用意している。

 

 勝ち負けとは別に、譲れない目的があるのだろう。

 

「……ま、あいつらしいんじゃねえの」

 

 一護が呟いた。

 

 騎馬戦でも、発目はあの調子だった。

 

 注目されることを嫌がるどころか、自分から目立ちに行く。

 

 その点では、まったくぶれていない。

 

 リングの上で、発目の新しい装置が作動した。

 

 

     ◇

 

 

「続いてはこちら!」

 

 発目が右腕を構えた。

 

「捕縛用ネットランチャーです!」

 

 金属音。

 

 発射口から小さな筒状の弾体が飛び出した。

 

「……っ!」

 

 緑谷は咄嗟に横へ跳んだ。

 

 空中で弾体が展開する。

 

 細い網が、大きく広がった。

 

 緑谷のすぐ横を通り過ぎ、床へ落ちる。

 

「……うわっ!」

 

 緑谷が目を見開いた。

 

 さっきまでとは違う。

 

 今度は直接、捕縛するための装置だ。

 

「柔軟性のある繊維を使用しているので、対象を傷つけにくいんです! もちろん試合用に射出速度も調整してあります!」

 

 発目は楽しそうに説明している。

 

 だが、右腕はすでに次の射撃姿勢へ移っていた。

 

「……っ!」

 

 緑谷が走る。

 

 発目の視線。

 

 腕の向き。

 

 ネットが展開するまでの時間。

 

 それらを見ながら、射線を外していく。

 

 第二射。

 

 緑谷は身体を低くした。

 

 網が頭上を通過する。

 

 そのまま、地面を蹴った。

 

 発目へ向かって一気に距離を詰める。

 

「……っ!」

 

 発目はバーを展開した。

 

 床へ接触させる。

 

 だが、緑谷はすでにその動きを読んでいた。

 

 バーが押し出す方向へは追わない。

 

 反対側へ踏み込む。

 

 発目が進路を変える。

 

 緑谷は、その先へ回り込んだ。

 

「……おおっ!」

 

 発目の目が輝いた。

 

「いいですよ、緑谷くん!」

 

 背中の装置が作動した。

 

 身体が横へ流れる。

 

 緑谷はさらに踏み込む。

 

 今度は、発目が着地する前に距離を詰めた。

 

「……っ!」

 

 発目は片足をついた。

 

 その瞬間、緑谷の手が肩へ伸びる。

 

 だが、発目は笑っていた。

 

「……ふふふ」

 

 緑谷は一瞬だけ目を細める。

 

 何か来る。

 

 そう判断して、踏み込みを止めた。

 

 次の瞬間、発目の足元から小さな噴射音が響いた。

 

 身体が後ろへ跳ねる。

 

 緑谷の指先が空を切った。

 

「……っ!」

 

 緑谷は追いかけなかった。

 

 代わりに、発目の足元へ視線を落とした。

 

 さっきの噴射。

 

 床との距離。

 

 使われた装置の角度。

 

 そして、発目の身体が動いた方向。

 

「……なるほど」

 

 緑谷が呟いた。

 

 発目の装備は、互いに補い合うように作られている。

 

 単独で使えば隙が生まれる装置も、別の機構で補える。

 

 だから、単純に一つの動作だけを読んでも捕まえられない。

 

 ならば。

 

「……発目さん」

 

「はい!」

 

「その装置、全部同時に動かせるわけじゃないよね?」

 

 発目の目が、ぱちりと瞬いた。

 

「……おや?」

 

 緑谷は続けた。

 

「バーを使ってるときは、そっちへ姿勢制御の出力を使ってる。ネットを撃つときも、一瞬だけ身体を固定してる」

 

 発目が、にやりと笑った。

 

「……いいところに気づきましたねぇ」

 

「だったら、そこを狙う!」

 

 緑谷が踏み込んだ。

 

 発目は咄嗟に右腕を構えた。

 

 ネットランチャー。

 

 しかし、緑谷は真正面から向かわなかった。

 

 発射する直前、斜めへ足を運ぶ。

 

 発目の腕が追う。

 

 だが、緑谷はその動きを見て、さらに進路を変えた。

 

 弾体が発射される。

 

 網が広がる。

 

 緑谷は、その外側を駆け抜けた。

 

「……っ!」

 

 発目がバーを伸ばそうとする。

 

 だが、緑谷はすでに、その装置が床へ接触する場所を避けていた。

 

 距離が詰まる。

 

 発目の身体が後方へ下がった。

 

 リングの縁が近い。

 

 緑谷は、さらに踏み込もうとした。

 

 そのときだった。

 

「……よし!」

 

 発目が突然、大きく声を上げた。

 

「十分ですね!」

 

「……え?」

 

 緑谷の足が一瞬だけ止まる。

 

 発目は、もう彼を見ていなかった。

 

 視線は観客席の一角へ向いていた。

 

 遠くの席。

 

 企業関係者が集まる場所。

 

 個性『ズーム』で見た先には、端末を操作しながら彼女の装備を確認している人々がいた。

 

 発目は満足そうに頷いた。

 

「……ふふふ」

 

 そして、胸元の拡声装置へ軽く触れる。

 

「本日は私のベイビーたちをご覧いただき、ありがとうございました!」

 

「……は?」

 

 緑谷が目を丸くした。

 

「発目さん?」

 

「追加資料や詳細仕様については、ぜひサポート科へお問い合わせください!」

 

 発目は元気よく手を振った。

 

「試作品の改良相談も大歓迎です!」

 

 そのまま、くるりと踵を返す。

 

 そして。

 

 何の躊躇いもなく、リングの外へ歩いていった。

 

「……ええっ!?」

 

 緑谷の声が響く。

 

 発目は段差を降りると、満面の笑みで振り返った。

 

「お疲れさまでした、緑谷くん!」

 

「……え、あの、発目さん!?」

 

 ミッドナイトも一瞬だけ目を瞬かせた。

 

 だが、すぐに腕を上げる。

 

「発目さん、場外!」

 

 そして、改めて宣言した。

 

「勝者、緑谷出久!」

 

『な、なんとォォ!! 発目、自分から場外へ! 緑谷、本戦一回戦を突破だァァ!!』

 

 観客席がざわつく。

 

 緑谷はリングの中央で立ち尽くしていた。

 

「……えっと」

 

 発目はそんな彼へ、もう一度笑いかけた。

 

「いやー、助かりました! 緑谷くんがしっかり動いてくれたおかげで、かなりいい実演になりましたよ!」

 

「……あ、うん」

 

 緑谷は困ったように笑った。

 

「それは……よかったね?」

 

「はい!」

 

 発目は嬉しそうに頷いた。

 

「では! 私は早速、次のベイビーの改良に戻りますので!」

 

「……もう?」

 

「もちろんです!」

 

 発目は胸を張った。

 

「今日の試験データ、忘れないうちにまとめたいですから!」

 

 そして、勢いよく頭を下げる。

 

「ご協力ありがとうございました!」

 

 返事を待たずに、退場口へ駆けていった。

 

 緑谷はその背中を見送った。

 

 発目の装備が動くたびに響いていた機械音は、もう聞こえない。

 

 代わりに、観客席のざわめきが戻ってくる。

 

「……すごい人だなぁ」

 

 緑谷は思わず呟いた。

 

 それから、モニターを見上げた。

 

 第一試合の勝者。

 

 緑谷出久。

 

 勝ったことは、間違いない。

 

 発目の装備の動きも、最後には少しずつ読めるようになっていた。

 

 それでも、発目にとっては試合そのものが目的ではなかったのだろう。

 

 緑谷は小さく息を吐いた。

 

 そして、自分の手を見下ろす。

 

 発目は自分の発明品を見せるために、この舞台へ立った。

 

 ならば、自分は。

 

「……よし」

 

 緑谷は顔を上げた。

 

 次の試合へ進むために、ここへ立った。

 

 その目的は、まだ終わっていない。

 

 

     ◇

 

 

「……何だったんだ、今の」

 

 瀬呂が呆然と呟いた。

 

「宣伝じゃねえの」

 

 一護が答えた。

 

「いや、そうだけどさ!」

 

 瀬呂は頭を掻く。

 

「本戦のリングで、あそこまでやるか普通?」

 

「……やる奴はやるんだろ」

 

 一護は肩をすくめた。

 

 隣では、麗日が少し感心したように頷いていた。

 

「でも、発目さんらしいよね」

 

「まあな」

 

 尾白が笑う。

 

「騎馬戦でも、あれだけ積極的だったし」

 

 一護はリングを降りる緑谷へ目を向けた。

 

 あいつも、途中から発目の動きに対応していた。

 

 攻撃のタイミング。

 

 装置の動作。

 

 発目が次にどの方向へ動くか。

 

 見て、考えて、少しずつ詰めていった。

 

 結局、発目が自分から場外へ出たせいで決着は妙な形になったが、無駄な試合ではなかったはずだ。

 

 そのとき、モニターが切り替わった。

 

『さあ、続いて第二試合ィ!!』

 

 プレゼント・マイクの声が響く。

 

『予備戦を突破した硬化の男! 一年A組、切島鋭児郎! 対するはシード選手、同じくA組の轟焦凍ォォ!!』

 

「……っしゃ!」

 

 切島が拳を握った。

 

「行ってくるぜ!」

 

「頑張れよ!」

 

 瀬呂が手を上げる。

 

「おう!」

 

 切島は笑って応えた。

 

 その視線が、少し離れた場所に立つ轟へ向く。

 

「よろしくな、轟!」

 

「……ああ」

 

 轟は短く頷いた。

 

「悪いけど、俺も勝つ気で行くぜ!」

 

「俺もだ」

 

 轟は静かに答えた。

 

 そのまま通路へ向かって歩き始める。

 

 切島も後を追った。

 

 

     ◇

 

 

 リングの中央。

 

 切島と轟が向かい合っていた。

 

 切島は軽く両腕を回した。

 

 轟は、落ち着いた様子で立っている。

 

 互いに同じクラス。

 

 個性の特徴も、ある程度知っている。

 

 だが、切島はまだ轟の氷を真正面から受けたことがなかった。

 

 障害物競走。

 

 騎馬戦。

 

 あの広範囲を一瞬で凍らせる力は、何度も見ている。

 

 まともに捕まれば、身動きが取れなくなるだろう。

 

 それでも。

 

「……へへっ」

 

 切島は拳を握った。

 

 全身が硬化する。

 

 皮膚が鋭く変化し、硬い鎧のようになった。

 

「俺の硬さも、そう簡単には負けねえぜ!」

 

 轟は短く頷いた。

 

「……ああ」

 

「第二試合――始め!」

 

 ミッドナイトの声が響いた。

 

 その瞬間。

 

 轟の右足が、床を踏んだ。

 

 白い冷気が広がる。

 

「……っ!」

 

 切島は咄嗟に地面を蹴った。

 

 氷が足元を走る。

 

 触れたコンクリートが、一瞬で白く覆われた。

 

「うおっ!」

 

 切島は大きく跳んだ。

 

 広がる氷を越え、そのまま轟へ向かって距離を詰める。

 

 轟の視線が、僅かに上を向いた。

 

 切島は拳を握る。

 

「……おらっ!」

 

 硬化した拳が振り下ろされた。

 

 だが、その直前。

 

 轟の右手が上がった。

 

 氷の壁が、二人の間に立ち上がる。

 

 轟音。

 

 切島の拳が激突した。

 

 分厚い氷に亀裂が走る。

 

「……っ!」

 

 切島は着地すると同時に、もう一度拳を振り上げた。

 

 二撃目。

 

 氷の表面が砕けた。

 

 白い破片が飛び散る。

 

「っしゃ!」

 

 切島が踏み込む。

 

 だが、砕けた氷の向こうから、冷気が流れ込んできた。

 

「……っ!?」

 

 足元。

 

 床を這うように、新しい氷が広がっている。

 

 切島は咄嗟に後ろへ跳んだ。

 

 氷が、着地する寸前の場所を覆った。

 

『おおっとォ!! 轟、氷の壁だけじゃない! 足元まで凍らせて接近を防いでいるぞォ!!』

 

 切島は小さく舌打ちした。

 

 氷壁そのものなら、拳で壊せる。

 

 だが、壊している間に別の方向から足場を奪われてしまう。

 

 正面から押すだけでは、近づけない。

 

「……だったら!」

 

 切島は右へ走った。

 

 轟が身体を向ける。

 

 冷気が広がる。

 

 切島はそこで止まらなかった。

 

 氷の先端を避け、さらに横へ回り込む。

 

 轟の氷が、その進路を追った。

 

 だが、切島は再び方向を変えた。

 

 リングを大きく回り込みながら、少しずつ間合いを測る。

 

 氷が広がる速さ。

 

 轟が身体を向ける時間。

 

 次に、どこが凍るのか。

 

 その動きを見ながら、足を運ぶ。

 

 しかし。

 

「……っ!」

 

 切島の足が止まった。

 

 いつの間にか、進める方向が限られていた。

 

 轟はただ、切島のいる場所を凍らせていたわけではない。

 

 次に走りそうな場所。

 

 踏み込むために必要な足場。

 

 それらを先に潰していたのだ。

 

「……なるほどな」

 

 切島が呟いた。

 

 相手が速いからといって、追いかける必要はない。

 

 走る場所を奪えばいい。

 

 単純だが、厄介な戦い方だった。

 

 切島は拳を握り直した。

 

 それでも、止まるつもりはなかった。

 

「……よっしゃ!」

 

 硬化した腕を前へ構える。

 

 そして、真正面へ踏み込んだ。

 

 轟の氷が迫る。

 

 切島は拳を振り抜いた。

 

 氷の先端が砕ける。

 

 しかし、その奥には厚い氷の塊が続いていた。

 

「……っ!」

 

 切島は腕を交差させた。

 

 氷がぶつかる。

 

 重い衝撃。

 

 足が、コンクリートを擦った。

 

 それでも倒れない。

 

「……まだまだ!」

 

 切島が声を上げる。

 

 氷を押し返す。

 

 肩を入れる。

 

 そして、力任せに拳を振り下ろした。

 

 硬化した拳が、氷を砕く。

 

 白い破片が舞った。

 

 その向こうに、轟の姿が見えた。

 

「……っしゃ!」

 

 切島が地面を蹴る。

 

 距離が一気に縮まる。

 

 轟が僅かに目を細めた。

 

 氷を砕く勢い。

 

 硬化した身体の耐久力。

 

 単純な接近戦では、かなりの強さだ。

 

 だが。

 

 轟は、一歩だけ後退した。

 

「……っ!」

 

 切島が踏み込んだ。

 

 その足が床へ触れる。

 

 次の瞬間。

 

 靴底の周囲から、氷が伸びた。

 

「……っ!?」

 

 切島の足が止まる。

 

 轟は切島の身体を狙っていなかった。

 

 踏み込んでくる足。

 

 その着地点を狙っていたのだ。

 

「……くっ!」

 

 切島は咄嗟に脚へ力を込めた。

 

 硬化した身体で氷を砕こうとする。

 

 だが、足元の氷はすでに厚くなっていた。

 

 踏ん張るための足場そのものが、固定されている。

 

 切島は拳を振り下ろした。

 

 氷に亀裂が走る。

 

 しかし、轟は止まらなかった。

 

 右手を、僅かに下げる。

 

 新たな氷が、切島の周囲へ広がっていく。

 

 足首。

 

 膝。

 

 そして腰。

 

「……っ!」

 

 切島の身体が、氷に包み込まれていった。

 

 腕を振り上げる。

 

 氷を砕く。

 

 だが、砕いた場所から別の氷が伸びる。

 

「くっそ……!」

 

 切島が歯を食いしばる。

 

 何度も拳を振る。

 

 硬化した腕は、まだ動く。

 

 だが、脚が動かない。

 

 身体の向きも変えられない。

 

 どれだけ身体を硬くしても、足場を奪われれば自由には動けない。

 

「……っ!」

 

 切島は最後にもう一度、拳を振り下ろした。

 

 氷の表面が砕ける。

 

 だが、その先へは届かなかった。

 

 腕の周囲まで氷が広がり、動ける範囲が狭くなっていく。

 

「……くそっ!」

 

 切島は力を込めた。

 

 それでも、動けない。

 

 轟は少し離れた場所で立っていた。

 

 右半身から白い冷気が立ち上っている。

 

 その左手は、最後まで動かなかった。

 

 轟は、切島の様子を確かめてから手を下ろした。

 

 ミッドナイトが二人へ近づく。

 

「切島君、続行できる?」

 

「……っ!」

 

 切島は歯を食いしばった。

 

 腕を動かそうとする。

 

 だが、氷に阻まれて動けない。

 

 数秒。

 

 それから、大きく息を吐いた。

 

「……参った」

 

 悔しそうな声だった。

 

 ミッドナイトが頷く。

 

「切島君、降参! 勝者、轟焦凍!」

 

『決着ゥゥゥ!! 轟、圧倒的な氷結で切島の動きを封じたァァ!!』

 

 観客席から歓声が上がった。

 

 轟は静かに息を吐いた。

 

 右手を下ろしても、作り出した氷が消えるわけではない。

 

 切島はしばらく氷の中に閉じ込められたままだったが、審判の指示を受けた係員が拘束の状態を確認すると、動かせる腕で氷を砕き始めた。

 

 轟もそれ以上は氷を増やさない。

 

 やがて、切島の上半身が自由になった。

 

「……っ、ふう!」

 

 切島が大きく息を吐く。

 

 腕を回し、残っていた氷を砕く。

 

 少し遅れて、脚も動くようになった。

 

 切島はようやく自分の足で立ち上がった。

 

「……やるな、轟!」

 

 悔しそうに笑う。

 

「マジで近づけなかった!」

 

「……お前も、よく耐えたな」

 

 轟が答えた。

 

「氷をあれだけ砕かれるとは思わなかった」

 

「へへっ!」

 

 切島は嬉しそうに笑った。

 

「まあ、硬さには自信あるからな!」

 

 それから、少しだけ悔しそうに足元へ視線を落とした。

 

「……でも、やっぱ足止められるときついな」

 

 拳を握る。

 

「もっと強くならねえと」

 

 轟は何も言わず、その言葉を聞いていた。

 

 切島が顔を上げる。

 

「次も頑張れよ!」

 

「……ああ」

 

 轟は短く頷いた。

 

 二人は軽く拳を合わせ、それぞれの退場口へ向かった。

 

 

     ◇

 

 

「……やっぱすげえな、轟」

 

 瀬呂が呟いた。

 

「切島、相当粘ってたのに」

 

「……ああ」

 

 一護が答える。

 

 氷そのものの威力だけじゃない。

 

 進路を塞ぎ、踏み込む場所を奪う。

 

 相手がどれだけ頑丈でも、動けなければ攻撃は届かない。

 

 轟は、その点をよく分かっている。

 

 だが、気になることもあった。

 

 試合の間、あいつは一度も左側を使わなかった。

 

 必要がなかったからなのか。

 

 それとも、別の理由があるのか。

 

 一護には分からない。

 

 ただ、あれだけの力を持っていながら、どこか窮屈そうに戦っているようには見えた。

 

「……」

 

 一護は轟の背中から視線を外した。

 

 隣では、緑谷が黙ってモニターを見つめている。

 

 そこには、準々決勝の対戦カードが表示されていた。

 

 緑谷出久。

 

 轟焦凍。

 

 緑谷の表情は、先ほどまでとは違っていた。

 

 発目との試合では、発明品を見ながら興奮していた。

 

 だが、今は。

 

 何かを決めたような、真剣な顔をしている。

 

 一護は、しばらくその横顔を見ていた。

 

 それから、短く声をかける。

 

「緑谷」

 

「……あ、黒崎君」

 

「次、轟だな」

 

「……うん」

 

 緑谷が頷く。

 

 一護は、少しだけ口元を緩めた。

 

「頑張れよ」

 

 緑谷は一瞬だけ目を丸くした。

 

 それから、ゆっくり頷く。

 

「……ありがとう」

 

 そのとき、競技場のモニターが切り替わった。

 

『さあ、まだまだ行くぜェ!! 本戦第三試合!』

 

  プレゼント・マイクの声が響く。

 

『予備戦では瀬呂のテープを斬り払い、見事に勝利! 一年A組、黒崎一護! 対するは、蔓の髪を持つB組の清廉なる少女、塩崎茨ィィ!!』

 

 観客席から歓声が上がった。

 

「おっ、次はお前か」

 

 瀬呂がモニターを見上げる。

 

「ああ」

 

 一護は席を立ち、軽く肩を回した。

 

「じゃ、行ってくるわ」

 

「おう! 頑張れよ!」

 

 切島が拳を上げる。

 

「塩崎って、あの髪が蔓になってる奴だろ? 気をつけろよ!」

 

「分かってる」

 

 一護は片手を上げ、通路へ向かった。

 

 背中には、いつものように斬月がある。

 

 競技場へ続く通路を抜けると、反対側の入場口から一人の少女が姿を現した。

 

 塩崎茨。

 

 背中まで伸びた髪が、歩みに合わせて揺れている。

 

 いや、髪というより蔓だった。

 

 細い蔓が幾重にも重なり、長い髪のように背中へ流れている。

 

「……蔓、か」

 

 一護は小さく呟いた。

 

 あれがどう動くのかは、まだ分からない。

 

 もっとも、見た目だけで相手の力を判断するつもりもなかった。

 

 リングへ上がると、塩崎がこちらへ向き直った。

 

「黒崎さん。よろしくお願いいたします」

 

「ああ。よろしくな」

 

 一護が応えると、塩崎は小さく頷いた。

 

「互いに悔いのない、正々堂々とした試合にいたしましょう」

 

「おう。そのつもりだ」

 

 塩崎は穏やかな表情のまま、胸の前で手を合わせた。

 

 何事かを静かに祈ってから、ゆっくりと顔を上げる。

 

 一護はそれを見届けると、背中へ手を伸ばした。

 

 慣れた動作で斬月の柄を握り、そのまま引き抜く。

 

 黒い刀身を肩に担いだ。

 

 塩崎の視線が、その刃へ向く。

 

 予備戦でも見せた、あの刀だった。

 

「……不思議な刀ですね」

 

「まあな」

 

 一護は短く答えた。

 

 塩崎もそれ以上は尋ねず、一歩足を引く。

 

 頭から垂れた蔓が、かすかに揺れた。

 

 一護はその動きを目で追いながら、腰を落とす。

 

 斬月の柄を握り直した。

 

 ミッドナイトが二人を見渡す。

 

「第三試合――」

 

 一護は塩崎から目を離さなかった。

 

「始め!」

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