8月後半、蒸し暑い夏の夜。東京にある少し落ち着いた大衆居酒屋の個室に、珍しいメンツが集まっていた。
数週間後に京都で開催される交流会の打ち合わせで、庵歌姫さんが東京に来ていたからだ。
集まったのは、歌姫さんに、東京での任務終わりだった俺、一級術師の七海建人さん、高専の医師である家入硝子さん。そして俺の京都校時代の二つ下の後輩で、現在は東京で補助監督をやっている新田明の5人だ。
ちなみに俺と新田は歌姫先生の教え子に当たる。
だが、席につくなり歌姫さんの不満が爆発していた。
「ったく。あのバカ目隠し。自分から呼んでおいて、何よあの仕打ちは!」
ジョッキを置く音が、いつもより少し強い。
「大体、今年の交流会はウチでやるんだから、こっちが来るのが筋でしょうが」
「まぁ、五条さんは忙しい方ですし。今も伊地知さんと急の任務っス」
「いつ来ても忙しそうだもんな、あの人」
「伊地知には悪いが、五条のアホ面を拝まずに済むならそっちのほうがいいさ」
硝子さんがさらりと言い、七海さんも頷く。
「ええ。あの人が来ると賑やかになりすぎます。たまにはこれくらい静かな飲み会がいいです」
(……みんな昔から五条さんを見てきたせいなのか、当たりがキツいな)
「そういえば、五条のやつ、例の乙骨憂太を出すって匂わせてたわね。サプライズがどうとか言ってたけど」
「センパイ、それ本当ですか。絶対ろくなことにならないでしょ。それ」
「高専の交流会は二、三年がメインのはずじゃ……」
「普通はね。だからウチも真依とか三輪は出さないわ」
「まあでも、補欠が出れば別っスよ。数合わせっス。先輩、忘れたんスか?」
「ああ、そんな枠もあったな」
交流会は二、三年生がメインの大会だ。原則として卒業を控えた四年生は出ない。
だから歌姫さんも一年の真依を出さないのだろう。真希の方も東京校には二年に秤欽次や星綺羅羅がいるタレント揃いだと聞いている。早々補欠枠なんて出ないだろうし、今年は出番がないはずだ。
(姉妹の直接対決は来年にお預けか。少し寂しい気もするな)
「普段の乙骨くんだけなら、勝敗は五分五分でしょう。ですが……」
「あの"里香"が顕現すれば、東堂や加茂のいる京都でも厳しい。報告を見る限りはな」
「ええ。直接見たわけではありませんが」
「ったく、何企んでんのよアイツ。それならこっちはメカ丸をねじ込んで…いや、その"里香"にぶっ壊されたら絶対面倒くさくなるわね」
「何もないことを祈るしかないな。怪我人が増えるのだけは勘弁してくれよ」
そう言って硝子さんは三杯目のビールを空けた。顔色はまったく変わらない。まさに酒豪だ。
酒が進むにつれて歌姫さんの機嫌は右肩上がりに良くなっていった。ビールからハイボールへと切り替わり、ペースが上がっていく。
「なんかいいこと、あったんですか?」
「あの子がまた打ったの!」
「あの子?」
「アンタと同じ名前のあの子よ。言わなくてもわかるでしょ?」
「ああ……」
所沢に拠点を置くプロ野球球団の大ファンである歌姫さんは、今年入団した新人遊撃手の活躍に、すっかり心を奪われている。
かつてチームを支えた歴代のスターたちが去って以来、なかなか定着しなかったショートのポジション。そこに彗星のごとく現れた、走攻守揃った逸材。偶然にも、漢字こそ違うが、俺と同じ「ソウスケ」という名前だ。年も近い。少し嬉しい。
「ウチはね、ここしばらくずーっとショートがガッタガタだったの。打てても守れなかったり、その逆だったり、すぐ怪我したり。そこに、打てて、走れて、守れる新人が来たのよ! テンション上がらない訳ないでしょうが!」
「また始まりましたね」
「歌姫先生、野球とサッカー語る時はおっさんになるっスからね」
七海さんが呆れ、新田が笑う。
「でも、わかります。あの守備、たまらないですよね」
「でしょ! あれくらい余裕ですって顔で、難しい当たりを涼しくさばくのがいいのよ」
「開幕からスタメンで、盗塁も三十超えてる。新人王も余裕だろうな」
「硝子さんもお詳しいんですね。意外です」
「私と七海と伊地知は、昔からドームに連れて行かれてるんだよ。そこで叩き込まれたのさ」
「この熱量だと、近いうちにまた連れて行かされることになりそうですね」
「私は歌姫センパイが楽しそうなら、それでいい」
新田が、おしぼりで手を拭きながら言った。
「皆さん、なんだかんだで仲いいっスよね」
***
酒が進んだ頃、ふと思いついたことを口にした。
「そういえば、呪術師って独身の人が多いですよね。……まぁ、自分もなんですけど」
「なになに〜、そういう話になっちゃう〜?」
歌姫さんの目が、一段と据わった。
「確かに、呪術師同士で結婚したって噂、あんまり聞かないっス」
「呪術界は狭いでしょ。お互いの嫌なところまで知りすぎてるのよ。あと七海みたいに、恋愛に興味ないですってタイプも意外と多いし」
「私は、一人のほうが落ち着く性分なだけです」
「例えば、五条さんと硝子さんって同級生ですよね。ドラマだと、よくあるじゃないですか。お二人が、とか……」
その瞬間、硝子さんの視線が俺を射抜いた。殺意に近い。しまった、地雷だ。
「宗介ぇ。私をそんな見る目のない女だと思ってたのか。見損なったぞ」
「ないわね! 絶対ない! 五条みたいなクズ男と硝子が付き合うわけないでしょう! どこからそんな発想が出てくるのよ」
「百パーセントありません」
三人が、ほぼ同時に被せてきた。
「そ、そんなにですか……」
「五条さん、どんだけ信用ないんスか。宗介さんも、何変なこと聞いてんスか」
「ごめん。ちょっと言ってみただけで……」
新田が呆れ顔で苦笑する。硝子さんは、ジョッキを置いて言った。
「私と五条は、ただの同期で腐れ縁。あいつをそういう目で見たことは、一度もない」
「そうです。仮に何かの間違いで恋仲になったとしても、あの性格です。家入さんとは到底上手くいかないでしょうね」
「硝子を五条にくれてやるくらいなら、私がもらってあげるわよ」
「先輩は好きですけど、それは嫌ですね」
「何でよ」
歌姫さんが、隣の硝子さんを膝で小突いた。
「そもそも、私に男とイチャついてる暇がどこにある。お前も知ってるだろ」
「ごもっともです」
酒の勢いとはいえ、デリカシーのない質問をしてしまったと俺は小さく反省した。
そこで、新田が身を乗り出した。
「じゃあ、歌姫先生はどうなんスか? せっかくだし、先生のそういう話、聞いてみたいっス」
「私? 私は、顔がこんなだから、普通の男は寄ってこないし。忙しいし、今はいいかなって」
右頬の大きな傷に、歌姫さんの指が一瞬だけ触れた。事情を知っているのだろう、七海さんと硝子さんが、静かに目を伏せる。
「まぁ、いつかは結婚できたらとは思ってるけど。そんなこと言ってるうちに、アラサーになっちゃった。ホント、年取るのってやぁね」
自虐的に笑う歌姫さんの横顔を見て、胸の奥が少しだけチクりと痛んだ。
京都校時代から俺の面倒を見てくれたり、妹たちのことでよく相談に乗ってくれたりと、根が本当に温かい人だ。ハイボールを飲みすぎたせいもあったかもしれない。気がつけば、本音がそのまま口から漏れていた。
「歌姫先生なら、きっといい人が見つかりますよ。面倒見がよくて、生徒たちからも慕われてて、優しくて……」
「もうお世辞はいいわよ。じゃあ何、宗介が私の面倒見てくれるっていうの?」
「ひゅーひゅー」
硝子さんが、感情を一ミリも込めずに冷やかす。
「お二人とも、だいぶ酔いが回ってきているみたいですね」
七海さんが淡々と突っ込む。その間にも、心臓が跳ねていた。顔に出たのだろう。
「なに、ドキッとしてんのよ。冗談よ、冗談。私とアンタが付き合ったりしたら、真依や五条にからかわれるのがオチでしょ? 私、そういうの嫌なの」
「……からかうのは、やめてくださいよ」
想像できてしまう自分が嫌になる。それに考えてみれば、猛烈に気まずい。たぶんそういうのが嫌で、みんな付き合わないんだろうな。
「ていうかアンタ、一応私の教え子でしょ。ないわよ、ない」
強めに否定する歌姫さんの顔は、酒のせいだけとは思えない程度に、赤かった。
しばらくの沈黙のあと、七海さんがぽつりと言った。
「気づけば、五条さんの話ばかりしていますね」
「しょうがないだろ。あいつがこの世界の中心なんだ。言わば太陽みたいなもんだ」
「太陽っスか」
「そう。太陽がどっしり構えてくれてるから、デリカシーのない男の馬鹿げた妄想で笑っていられるんだ」
「す、すみません」
(まだ言われてる。飲みすぎるのはよくないな。……でも、太陽か。信頼してるんだな、硝子さん)
グラスの氷が、からん、と鳴った。
戦闘描写苦手なのでこういうお話が多くなりそうです。上手くいけてますかね。自信ないっす。