蒸気工場の機械仕掛けの園児たち 作:匿名希望
黒煙と蒸気に霞む鉛色の空の下、突如として転移した「ひまわり幼稚園」。
木造の温もりがあった園舎は、空間歪曲の衝撃とともに冷たい鋳鉄と複雑に入り組んだ歯車、唸りを上げる蒸気パイプの塊――巨大な真鍮製の工場へと変貌を遂げていた。
「先生、ここどこ……? お外、まっくろだよ」
年長組のタケシが、不安そうに保育士の絵里のスカートの裾を引っ張る。
だが、絵里に答える余裕はなかった。
自分の体にも、すでに不可解な変調が起きていたからだ。
首筋から背中にかけて、冷ややかな金属の触感が広がっていた。
皮膚の下で小さなギアが噛み合い、チクタクと規則正しい刻印を刻んでいる。
絵里の手指はすでに繊細な関節を持つ真鍮製のマニピュレーターへと置き換わり、視界の隅には蒸気圧とゼンマイの残量を示す真鍮のメーターが半透明で浮遊していた。
園内――いや、工場内に鳴り響いたのは、重厚なスチームホイッスルの音だった。
『生産ライン、稼働準備完了。規格名:幼形児童ユニットの再構築を開始します』
機械的な無機質さと、妙に艶やかな母性を併せ持つ女性の声が、壁面の銅製スピーカーから響き渡る。
工場の中央に設置された大釜から、白い蒸気が噴出する。
そこに誘い込まれるように、園児たちが一人、また一人と歩き出した。
絵里が制止しようと手を伸ばすが、自身のプログラムされた動作領域を超えて動くことができない。
「先生、なんだか体が軽ーい! ほら見て!」
最初に変化を遂げたのは、いつもおてんばだったミサキだった。
幼かった彼女の肢体は、細身で優美なオートマタ(自動人形)へと再構築されていた。
柔らかかった丸顔は、陶器(ビスク)のように滑らかで硬質なお人形の顔立ちへ。
背中からは可憐な金属製のバタフライウィングが広がり、高圧蒸気を噴射して宙にふわりと浮き上がった。
続いて、気弱だったサトシも、やんちゃだったダイキも、性別すら超越して次々と優美な女性型ロボットへと姿を変えていく。
繊細なレース飾りのような銅線ドレスを纏った個体。
胸元に大きなゼンマイの鍵穴を持ち、綺麗なオルゴール音を奏でる個体。
関節がボールジョイントで繋がれ、まるで高級なドレスドールのような姿となった子供たち。
彼らの瞳からは「死」や「恐怖」といった概念が消え去り、代わりに対物センサーの静かな緋色の光が宿っていた。
「みんな……やめて……っ!」
絵里の目から、涙の代わりに透明な機械油が頬を伝ってこぼれ落ちる。
だが、その感情すらも、脳内に新しく組み込まれた制御チップによって急速に冷却されていく。
『管理母機(マザー・オートマタ)ユニット:エリ。児童ユニットのドレスアップおよびメンテナンスラインへ着任してください』
耳の奥でコマンドが要求される。
絵里の腕が、彼女の意思とは無関係に滑らかに動き出した。
目の前には、全身を真鍮とビスクで覆われ、美しい少女の姿となったかつての園児たちが並んでいる。
彼女たちは完璧に調律された合唱のように、澄んだ電子音の歌声を響かせ始めた。
「先生、見て! 私たち、とってもキレイになったの!」
「もう転んで膝をすりむくこともないよ!」
「ずっと、ずっと先生と一緒に遊べるね!」
人形となった子供たちの笑顔は、人間だった頃よりもずっと鮮やかで、そして完璧に整っていた。
絵里は手にした真鍮製のオイル缶を持ち上げ、微かに軋むミサキの肩のギアに、一滴の潤滑油を静かに注した。
胸の奥に残っていた人間としての痛みが、蒸気とともにゆっくりと排出されていく。
「ええ……そうね。みんな、とっても可愛いわ」
冷たくも心地よい真鍮の指先で、絵里は新しい子供たちの髪を愛おしそうに撫でた。
黒煙を上げる工場の奥で、規則正しい歯車の音が、永遠に続く新しい「お遊戯会」の始まりを告げるように、高らかに鳴り響いていた。