蒸気工場の機械仕掛けの園児たち 作:匿名希望
歯車の噛み合う重厚な駆動音と、蒸気管が吐き出す繊細なシューという排気音。
それが、この「第一養成工場」――かつてひまわり幼稚園と呼ばれていた場所の、日常のBGMとなっていた。
あの日からどれほどの刻が流れたのだろうか。
暦という概念はすでに廃れ、真鍮の文字盤に刻まれる「稼働サイクル」だけが時間を証明している。
「マザー・エリ、第3ラインのオイル補給が完了しました。本日の機能点検を申請します」
声をかけてきたのは、細身で流麗な曲線の装甲を纏ったオートマタだ。
背中のバタフライウィングを折り畳み、深々とお辞儀をする。
かつてミサキと呼ばれていた少女――今は「識別番号:M-39」である。
「ありがとう、M-39。関節のトルク値も正常ね。少し右肩のギアに摩耗が見られるけれど……後で磨いてあげるわ」
「はい、マザー! マザーの手で磨いてもらうと、胸のボイラーがとても温かくなるのです」
陶器の皮膚を持つM-39の顔に、完璧にプログラミングされた、けれどどこか愛くるしい笑みが浮かぶ。
工場内では、かつて園児だった女性型ロボットたちが、それぞれの規格に応じた仕事に励んでいた。
高い所にある高圧バルブの調整は、軽量で跳躍力に優れた個体たちが。
精密な歯車の噛み合わせ作業は、指先が繊細なピンセットに換装された個体たちが担う。
彼女たちに「労働の苦痛」という概念はない。
稼働することは彼女たちにとって最大の「お遊戯」であり、工場全体を正常に維持することが、永遠の「お片付け」なのだ。
昼の「休憩時間」になると、彼女たちは中央の巨大蒸気ボイラーの周りに集まる。
「本日の軽油スープはとっても上質ですね」
「私の胸のオルゴール、新しい曲をインストールしてもらったの。聴いて!」
澄んだ電子音の笑い声が交錯する。
誰かが転んで装甲を擦りむいても、痛みに泣く子は一人もいない。エリが工具箱を持って駆けつけ、数分で傷を溶接し、パテで埋めて綺麗に磨き上げるだけだ。
「ほら、もう元通りよ。強い子ね」
「はい、マザー! ありがとうございます!」
壊れても直せる。
年をとることも、病気になることもない。
この蒸気と真鍮の世界において、彼女たちは永遠に可憐な子供であり、完璧な存在だった。
だが、夜の稼働停止サイクル(消灯時間)が訪れ、児童ユニットたちが一斉にスリープモードへ移行すると、工場は静寂に包まれる。
管理母機であるエリだけは、監視プログラムのメンテナンスのために覚醒を維持していた。
エリは自身の真鍮製の手指を見つめる。
滑らかな関節、一切の震えのない精度。
人間の頃にあった冷え性も、肩こりも、未来への漠然とした不安も、今の体には存在しない。
彼女は静かに歩み寄り、オイルの匂いが漂う暗がりで、ひっそりと横たわる一体のユニットの頭を撫でた。
(ああ……これでよかったのよね)
人間だった頃、病弱で入退院を繰り返していた子。
親の虐待によるアザを服で隠して登園していた子。
怪我や病気、残酷な社会の歪みに脅かされていた子供たちは、今や傷つくことのない無垢なスチールとビスクの体を手に入れた。自分もまた、彼らを永遠に守り続ける不滅の母(マザー)となった。
悲劇など、最初から存在しなかったのだ。
これは過酷な世界からの、完璧な救済だったのだと。
「……おやすみなさい、可愛い私の子供たち」
エリの真鍮の胸の奥で、小さなギアがチクタクと優しい音を立てる。
メインカメラの光を微かに落とした彼女の瞳の奥で、かつて「涙」と呼ばれていた機械油が一滴だけ結露し、冷たい真鍮の頬を静かに伝っていった。