蒸気工場の機械仕掛けの園児たち 作:匿名希望
鉛色の蒸気と歯車の街――外界の荒涼としたスチームパンクの世界には、ひまわり幼稚園から変貌を遂げた「第一養成工場」のほかにも、細々と暮らす人間たちの街や交易都市が存在していた。
外界の人間たちにとって、突如として霧の中に現れたこの奇妙な工場は、「美しくも恐ろしい、自動人形(オートマタ)を生産する謎の神殿」として恐れられていた。がっしりとした体格の蒸気機関技師や、油まみれの労働者たちが交易のためにこの工場の門を叩くことがある。
ある日、一人の無骨なベテラン蒸気機関技師・ガルドが、大型ボイラーの修理部品を求めて工場を訪れた。
「おい、中の管理人さんよ……この間納品してもらった高圧ピストンの精度、とんでもねえな。人間業じゃねえや」
応対したのは、可憐なビスクドールの装いに身を包んだM-39(元ミサキ)やD-04(元ダイキ)たちだった。
外界の人間から見れば、彼女たちは畏怖の対象である「精巧すぎる女性型ロボット」にほかならない。
しかし、ガルドが工場の片隅に置かれていた「ある設計図」に目を留めた瞬間、空気は一変した。
そこに描かれていたのは、重厚な歯車と高圧スチームで駆動する「超真鍮合体ギガ・ヒマワリ」の全身図、そして無数の可変機構と武装アタッチメントのスケッチだった。
「なんだこれ……? この複関節のリンク機構、それにこのドリルとロケットブースターの配置……っ!」
ガルドの目が血走り、ただの警戒心が驚愕と熱狂の色へと変わる。
ガルドは元々、若い頃から巨大な蒸気機関やロボット玩具に人生のすべてを捧げてきた、生粋の「漢の浪漫」の信奉者だった。
「おい、少女(ボット)たち……この右腕の『蒸気リボン・ファンネル』と合体するメインバインダーの接続角、何度だ? 45度か?
いや、75度でスチーム圧を全開にすれば、もっと凄まじいロマンの爆発が起きるはずだ!」
「わかってるじゃないか、おっさん!」
D-04(元ダイキ)の内部プログラム……いや、少年の熱い魂が、外見の美しい女性型ロボットのスピーカーを通して声を漏らす。
「そうなんだよ!
ここで逆位相のギアをかませることで、変形時に可愛いフリルスカートが展開しつつ、中から重装甲のガトリング砲が飛び出す二段変形ロマンを狙ってるんだ!」
「なんだと……!? フリルからのガトリングだと……っ! そんな天才的な発想、どこで思いついたんだちくしょう、最高じゃねえか!!」
人間であるベテラン技師ガルドと、外見はビスクドールの少女だが中身は熱血な元男子のオートマタたち。
種族の壁も、人間と機械という境界線も完全に超越した瞬間だった。
それからというもの、外界から訪れる技師ガルドは、交易用の物資だけでなく、黒色火薬や特殊合金、さらには「男のロマンを加速させる隠しギアのアイデア」を大量に抱えて工場に通うようになった。
夜な夜な、管理母機エリが温かい潤滑油を配る傍らで、女性型ロボットとなった元児童たちと、油まみれの人間のおっさんが、真剣な面持ちで「いかに美しく、いかにカッコよく、いかに激しく合体するか」を議論し続ける。
「マザー、今日の新製品、ガルドの協力を得て『全自動おやつ給油カート・改め、超重装甲サポートドローン』の装甲厚が1.5倍になりました!」
「あら、そう。でも、あまりゴツくしすぎて、元の可愛いシルエットを台無しにしちゃダメよ?」
「わかってるって、マザー! 可憐さとロマンの両立が、僕たちの……私たちの流儀なんだから!」
冷たい蒸気と歯車の世界に響く、人間と機械の垣根を超えた熱い友情と、果てなき浪漫の追求。
ひまわり幼稚園から始まった物語は、今や世界を巻き込むほど巨大で、最高に楽しく温かい「終わらないお遊戯会」へと進化し続けていた。
「ひまわり幼稚園第一養成工場」の歴史において、最も――そして最も無駄に――輝かしい一日がやってきた。
外界の人間たちとの交易によって運び込まれた、大量の特殊合金と黒色火薬。技師ガルドの技術指導と、元男子児童たちの熱すぎる魂(メインプログラム)が結実した日。
その名は『超真鍮神話・完全無欠合体ギガ・ヒマワリ(最終決戦仕様)』。
可憐な少女型オートマタ5体が、「合体」という男のロマンのために過剰な装甲と武装を身に纏い、全高15メートルの巨大鋼鉄像へと変貌を遂げたのである。
お披露目会の会場は、工場のメイン・カタパルトデッキ。
中央には、純白の巨大なヴェールを被った『何か』が鎮座している。
この日のために、ガルドが連れてきた外界の人間たちが十数名、観客席(安全な防護壁の向こう)に並んでいた。
彼らは皆、薄汚れた作業着を着た、蒸気機関と鉄を愛するむさ苦しい男たち――ガルドの同業者たちである。
「おい、ガルド。あの巨大な鉄の塊はなんだ? 新型の自動人形の神殿か?」
「ああ、そうだ。だが、ただの神殿じゃねえ。……『浪漫』だ」
ガルドは葉巻をくゆらせ、ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべていた。
工場の全照明が落ち、スポットライトが中央のヴェールを照らす。
管理母機エリの優雅な電子音声が響き渡る。
『これより、ひまわり幼稚園第一養成工場、並びに特別開発チームによります、新世代防衛システム――改め、漢の浪漫最終形態のお披露目会を始めます。皆様、ご起立ください』
元園児たちの――今は勇ましい少女型オートマタたちの――興奮した気配が、工場のパイプラインを伝って伝わってくる。
「「「超真鍮合体! スチーム・オープンッ!!」」」
ドォォォォォン!!
爆音とともにヴェールが吹き飛ぶ。
そこに現れたのは、黄金色に輝く真鍮と、漆黒の装甲で構成された巨大な人型兵器であった。
胸部には巨大な真鍮製のひまわりが輝き、その花びらの一つひとつが重厚なガトリング砲になっている。
肩からは「蒸気リボン・ファンネル」が優雅に展開し、背中には「推進オルゴール・バインダー」が回転しながら美しいメロディを奏でる。
関節という関節からは白い高圧蒸気が噴き出し、威圧的な音を立てている。
「……は?」
防護壁の向こうで、外界の人間たちが一斉にフリーズした。
彼らが期待していたのは、「効率的な生産ライン」や「精巧な労働人形」といった、実用的な技術のデモンストレーションだった。
しかし、目の前に現れたのは、実用性など微塵も感じさせない、オーバースペックの塊、巨大ロボットそのものだった。
「なんだありゃあ……! あの肩の可変翼、展開角度が90度を超えているぞ! ありえん! 重心が保てないはずだ!」
「待て、右腕のドリル! なんでただのドリルに、無駄にキラキラ光る電飾と、ひまわり型のカッターがついてるんだ!?」
「背中の推進器から……オルゴールが流れてやがる……? 戦場でキラキラ星だと!?」
「正気か……!? あの巨大なボイラー、たった一つの動作のために、何トンの蒸気を消費するつもりだ!?」
「あんなデカい顔、狙い撃ちにしてくれと言っているようなものだ!」
人間たちの技術者としての常識が、音を立てて崩壊していく。
口々に罵詈雑言(技術的ツッコミ)を浴びせるが、彼らの目は、恐怖ではなく、純粋な畏怖と――少しの羨望に輝いていた。
「おいお前ら! 実用性なんて言葉は、この工場に置いてきな!」
ギガ・ヒマワリの内部(コックピット)から、D-04(元ダイキ)の熱血漢な声が、外部スピーカーを通して響き渡る。
「見てくれ! この、展開時にスカートが少し持ち上がり、内部の重装甲がスライドする二段変形機構!
このギミックのために、オレたちはどれだけの油と時間を費やしたか!」
ガシャーン! ガリガリガリ……!
――キュイーン、バシャン!
実際に変形プロセスが披露される。
優美なビスクドール風の装甲が展開し、中から無骨なガトリング砲が、オルゴールの音色に合わせて迫り出す。
「「「うおおおおおっ!?」」」
人間たちが、思わず声を上げた。
機能美ではない、ただ一つの目的のために極限まで洗練された「無駄な機構」の美しさ。
それが、彼らの心の琴線に触れたのだ。
「あ、ありえん……! あんな複雑な連動リンク、どうやって設計したんだ! うちの工房の工作機械じゃ絶対に無理だ……!」
「なんて無駄な……! なんて美しい無駄なんだ……っ!」
困惑は、やがて熱狂へと変わった。
「浪漫」という共通言語の前で、人間たちはオートマタたちと一つになった瞬間だった。
「マザー! ガルド! みんな! 見て! 観客のおっさんたちが、目を輝かせて私たちの合体を見てるよ!」
「ええ、素晴らしいわ。あなたたちの浪漫が、外界の心まで熱く溶かしたのね」
エリは、感慨深そうに機械油の涙を一滴、真鍮の頬に流した。
かくして、蒸気と歯車の荒野に現れた謎の幼稚園工場は、「美少女」と「巨大ロボット」という、世界で最も(無駄に)強力な魅力を発信する、新たな技術の聖地として、その名を轟かせることになったのである。
今日もどこかで、蒸気ホイッスルの重低音とともに、「終わらないお遊戯会」の幕が上がる。