1991年10月31日 ― ホグワーツ魔法魔術学校
ハロウィーン。
ホグワーツ魔法魔術学校が、一年で最も賑やかになる日のひとつである。
大広間には無数の南瓜が飾られ、天井には蝙蝠の群れが飛び交う。
生徒たちは夕食のご馳走を心待ちにし、教師たちも、いつもより少しだけ機嫌が良さそうだった。
もっとも、ハリー・ポッターにとって、その日の始まりは決して楽しいものではなかった。
原因は、呪文学の授業である。
そして、ロン・ウィーズリーとハーマイオニー・グレンジャーの、相も変わらぬ相性の悪さだった。
***
「いいですか、皆さん! 大切なのは、正しい発音と杖の動かし方です!」
フリットウィック先生は、いつものように教壇の上から声を張り上げた。
「さあ、ご一緒に! ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」
生徒たちが一斉に呪文を唱える。
机の上には、それぞれ一枚ずつ羽根が置かれていた。
今日の課題は、この羽根を魔法で浮かせることだった。
ハリーは杖を握り、慎重に腕を動かした。
「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」
しかし、羽根はぴくりとも動かなかった。
「……駄目だ」
隣でロンも悪戦苦闘している。
ところが、彼の様子はハリーよりもさらに悲惨だった。
「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」
ロンは杖を勢いよく振り下ろした。
羽根は動かない。
「ちぇっ!」
苛立ったロンが、もう一度杖を振り上げる。
そのときだった。
「違うわよ、ロン!」
向かいに座っていたハーマイオニーが口を挟んだ。
「そんなふうに振ったら駄目だわ。先生の説明を聞いていなかったの?」
「聞いてたさ!」
「だったら、ちゃんと動かしてよ。振って、それから軽く払うの!」
ハーマイオニーは得意げに杖を取り出した。
「それに、発音も違うわ。レヴィオーサよ。レヴィオサーじゃないの」
ロンの顔が赤くなった。
「わかってるってば!」
「全然わかってないじゃない!」
ハーマイオニーはそう言って、見本を示した。
「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」
すると、羽根がふわりと浮き上がった。
机から離れた羽根は、ゆっくりと宙を漂い、やがて天井近くまで上昇した。
「素晴らしい!」
フリットウィック先生が歓声を上げた。
「ご覧なさい、皆さん! ミス・グレンジャーが成功しました!」
ハーマイオニーは満足そうに微笑んだ。
ロンは、今にも杖をへし折りそうな顔をしていた。
***
「……まったく、あいつときたら!」
授業が終わると、ロンは廊下を歩きながら悪態をついた。
「何でも知ってるつもりなんだ! いちいち人の間違いを指摘してさ!」
ハリーは曖昧に頷いた。
確かに、ハーマイオニーは少々口うるさい。
授業中に何かと口を出してくるし、先生の質問にも真っ先に手を挙げる。
もっとも、勉強熱心なこと自体は悪いことではないのだろう。
実際、彼女はいつも正しい答えを知っている。
けれど、ロンはそんなことを考える余裕もないらしかった。
「あんな調子じゃ、友達なんてできっこないよ!」
ロンは吐き捨てるように言った。
「そりゃそうだろうな。あんな奴と一日中一緒にいたら、頭がおかしくなっちゃうよ!」
そのときだった。
すぐ後ろから、足音が聞こえた。
ハリーが振り返る。
そこには、ハーマイオニーが立っていた。
彼女の顔は真っ赤だった。
そして、目には大粒の涙が浮かんでいた。
「……!」
ロンが口を閉じた。
しかし、もう遅かった。
ハーマイオニーは何も言わず、二人の横を駆け抜けていった。
ハリーは呆然と、その背中を見送った。
「……ロン」
「……何だよ」
「今の、聞こえてたんじゃないかな」
「……」
ロンはしばらく黙っていた。
そして、気まずそうに肩を竦めた。
「……本当のことだろ」
けれど、その声には、先ほどまでの勢いがなかった。
ハリーも、それ以上は何も言わなかった。
後味の悪い出来事だった。
とはいえ、二人ともまだ十一歳の少年である。
腹が立った相手に嫌味を言い、つい言いすぎてしまう。
相手が傷ついたことには気づいても、すぐには素直に謝れない。
まして、ハーマイオニーの方からも謝ってほしいような気持ちが、少しばかりあった。
そのまま、二人は午後の授業へ向かった。
***
夕方になると、ホグワーツはすっかりお祭り気分に包まれていた。
大広間には、色とりどりの料理が並んでいる。
ハリーとロンも、いつもの席についていた。
「見ろよ、ハリー!」
ロンが目を輝かせた。
「今日は南瓜のタルトまであるぞ!」
「本当だ」
ハリーは笑った。
午前中の嫌な出来事も、美味しそうな料理を前にすると、少しずつ遠ざかっていく。
ふと、スリザリンのテーブルへ目を向けた。
冷泉水那子がいた。
今日は、いつもより少し華やかな髪飾りをつけている。
黒髪には深紅の細いリボンが結ばれ、その隣には、銀色の小さな飾りが光っていた。
彼女は友人たちと談笑している。
ときおり、優雅にティーカップを持ち上げる姿は、相変わらず絵になるものだった。
ハリーは思わず微笑んだ。
先日のお茶会以来、彼女とは廊下で挨拶を交わすようになっていた。
たったそれだけのことなのに、ハリーにとっては大きな変化だった。
以前は、遠くから見つめることしかできなかった。
けれど今は、彼女の方から名前を呼んでくれることもある。
そのたびに、胸が高鳴る。
ハリーは、そんな自分の気持ちを、まだ上手く説明できずにいた。
もっとも、ロンにはすっかり見抜かれているようだったが。
「……おい、ハリー」
「何?」
「また冷泉様を見てるのか?」
「……別に!」
ロンはにやりと笑った。
「はいはい」
ハリーは顔を赤くして、目の前の料理に視線を戻した。
そのときだった。
「……そういえば、ハーマイオニーは?」
ふと思い出したように、ハリーが尋ねた。
ロンも周囲を見渡した。
「……いないな」
ちょうど、近くに座っていたパーバティ・パチルが口を開いた。
「ハーマイオニーなら、ずっと女子トイレにいるわよ」
「女子トイレ?」
「ええ。泣いてたみたい。午後の授業にも出てこなかったもの」
ハリーは胸がちくりと痛んだ。
ロンも、気まずそうに目を逸らした。
「……まだ泣いてるのかな」
ハリーが呟いた。
「……さあ」
ロンは小さく答えた。
どうにも、気分が晴れなかった。
けれど、そのときの二人には、まだ何かをする勇気がなかった。
そして、そんな彼らをよそに、大広間の宴は続いていた。
――突然、扉が勢いよく開かれるまでは。
***
「トロールだ!」
クィレル先生が、大広間へ駆け込んできた。
顔は真っ青で、息も絶え絶えだった。
「地下牢に……トロールが……!」
先生はそう叫ぶと、その場で気を失ってしまった。
一瞬の沈黙。
そして、大広間は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
「静粛に!」
ダンブルドア校長の声が響いた。
大広間が静まり返る。
「監督生諸君! 生徒たちを、各寮の談話室へ連れて行くように!」
教師たちが一斉に動き始めた。
ハリーとロンも、慌てて立ち上がる。
スリザリンのテーブルでは、水那子が既に席を立っていた。
彼女は近くの下級生へ何かを告げると、ほかの生徒たちとともに監督生のもとへ向かった。
その表情は、驚くほど落ち着いていた。
ハリーは少しだけ安心した。
水那子なら、きっと大丈夫だろう。
彼女の周囲には、いつも頼りになる上級生たちがいるのだから。
そして、ハリーもロンとともに大広間を出た。
ところが、階段へ差しかかったところで、ハリーは重大なことに気づいた。
「……ロン!」
「何だよ!」
「ハーマイオニーだ!」
ロンが足を止めた。
「……あっ」
二人は顔を見合わせた。
ハーマイオニーは、女子トイレにいる。
しかも、トロールが現れたことを知らない。
「……どうする?」
ロンが尋ねた。
ハリーは一瞬迷った。
先生の命令では、談話室へ戻らなければならない。
けれど。
ハーマイオニーを、そのままにしておくわけにはいかなかった。
「……助けに行こう」
ハリーは言った。
ロンも、すぐに頷いた。
「……うん」
二人は、生徒たちの列からそっと抜け出した。
***
薄暗い廊下を、二人は走った。
遠くから、重い足音が響いてくる。
ずしん。
ずしん。
何か巨大なものが、床を踏み鳴らしている。
「……あれ?」
ロンが立ち止まった。
角の向こうに、異様な影が見えた。
身の丈は三メートル以上。
灰色がかった皮膚。
岩のように大きな頭。
そして、太い腕には、恐ろしいほど巨大な棍棒を握っている。
トロールだった。
「……うわあ」
ハリーは、思わず息を呑んだ。
あまりにも巨大だった。
先日遭遇した三つ首の犬も恐ろしかったが、目の前の怪物はまた違う恐怖を感じさせた。
あの棍棒で殴られたら、ひとたまりもないだろう。
トロールは、廊下の奥へと進んでいく。
その先には――。
女子トイレがあった。
「……まずい!」
ハリーが叫んだ。
二人は慌てて駆け出した。
何とかトロールをトイレの中へ閉じ込めることには成功したものの、その直後、二人は重大なことに気づいた。
ハーマイオニーが、中にいるのだ。
「……しまった!」
ハリーは慌てて扉を開けた。
中では、ハーマイオニーが壁際に縮こまっていた。
そして、そのすぐ近くに、巨大なトロールが立っていた。
「ハーマイオニー!」
ハリーは叫んだ。
トロールが振り向いた。
巨大な棍棒が、ゆっくりと持ち上がる。
ハリーは考えるより早く動いていた。
近くに落ちていた物を投げつけ、トロールの注意を引く。
ロンも必死に叫んだ。
しかし、怪物は怯まなかった。
それどころか、苛立ったように棍棒を振り回した。
がしゃん!
洗面台が砕け散った。
石の破片が飛び散る。
ハーマイオニーが悲鳴を上げた。
「ハリー!」
ロンの叫び声が響く。
ハリーは無我夢中でトロールに飛びかかった。
気づけば、怪物の背中にしがみついていた。
右手に握った杖が、偶然にもトロールの鼻へ突き刺さる。
怪物が絶叫した。
ハリーは振り落とされそうになりながら、必死にしがみついた。
そのときだった。
「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」
ロンの声が響いた。
巨大な棍棒が、ふわりと浮き上がった。
そして――。
どすん!
トロールの頭へ、見事に落下した。
怪物は目を回した。
そのまま、ゆっくりと膝を折る。
巨大な身体が、床へ倒れ込んだ。
凄まじい音が響いた。
そして、静寂が訪れた。
***
「……やった?」
ロンが呟いた。
ハリーは、恐る恐るトロールを見た。
怪物は動かない。
どうやら、気を失ったらしい。
「……やったんだ!」
ハリーは叫んだ。
ロンも、ようやく笑顔を浮かべた。
「僕がやったんだ!」
「凄いよ、ロン!」
二人は興奮していた。
たった今、自分たちが何をしたのか、まだ実感が湧かなかった。
けれど、少なくとも。
ハーマイオニーは無事だった。
それだけは確かだった。
「……大丈夫?」
ハリーが尋ねると、ハーマイオニーは震えながら頷いた。
「……ええ」
彼女はまだ、顔色が悪かった。
けれど、怪我はないらしい。
ハリーはほっと胸を撫で下ろした。
そのとき、廊下から足音が響いてきた。
「一体、何があったのです!」
マクゴナガル先生だった。
後ろにはスネイプ先生とクィレル先生もいる。
三人は、倒れたトロールと、散々に破壊されたトイレを見て、言葉を失った。
そして、次の瞬間。
「ポッター! ウィーズリー! グレンジャー!」
マクゴナガル先生の怒声が響いた。
「あなたたちは、一体何を考えているのですか!」
ハリーは縮み上がった。
せっかくトロールを倒したのに、今度こそ退学になるかもしれない。
そう思った。
けれど、そのとき。
「……先生」
ハーマイオニーが口を開いた。
三人の視線が、彼女へ向く。
「……私が、悪いんです」
ハリーは驚いた。
「……ハーマイオニー?」
彼女は小さく息を吸った。
「私が、トロールを探しに行ったんです。自分なら、魔法で倒せると思って……」
マクゴナガル先生が目を見開いた。
「何ですって?」
「……でも、できませんでした」
ハーマイオニーは俯いた。
「ハリーとロンが、助けてくれたんです。二人がいなかったら、私は……」
声が震えた。
ハリーは、何も言えなかった。
ハーマイオニーは、嘘をついている。
自分たちを庇うために。
さっきまで泣いていたはずなのに。
自分たちのせいで、ひどく傷ついていたはずなのに。
それでも、彼女は二人を守ろうとしてくれている。
ハリーは、胸の奥が熱くなるのを感じた。
マクゴナガル先生は深々と溜息をついた。
「……ミス・グレンジャー。あなたには失望しました」
厳しい声だった。
「グリフィンドールから五点減点します」
ハーマイオニーは、小さく頷いた。
「……はい」
「ですが、ポッターとウィーズリー。あなたたちが彼女を救ったことは事実です」
先生は二人へ向き直った。
「それぞれ、五点を加点しましょう。ただし、二度とこのような無謀なことはしないように!」
「……はい!」
二人は声を揃えた。
ハリーは、ようやく肩の力を抜いた。
助かった。
本当に、助かったのだ。
ところが――。
その瞬間だった。
ずしり。
何かが、動いた。
***
「……?」
ハリーは振り返った。
床に倒れていたトロール。
その巨大な指が、ぴくりと動いた。
続いて、腕が持ち上がる。
岩のような頭が、ゆっくりと起き上がる。
「……まさか」
ロンが呟いた。
次の瞬間。
「グオオオオオッ!」
トロールが咆哮した。
凄まじい音圧が、トイレ中に響き渡る。
「下がりなさい!」
マクゴナガル先生が叫んだ。
スネイプ先生も、素早く杖を構えた。
しかし、怪物の方が早かった。
怒り狂ったトロールは、倒れた棍棒へ手を伸ばし、そのまま立ち上がろうとした。
巨大な影が、ハリーたちへ覆いかぶさる。
マクゴナガル先生が杖を振り上げる。
スネイプ先生の口が、呪文を形作る。
そのときだった。
――ぱちん。
乾いた、小さな音が響いた。
そして、誰もいなかったはずのトイレの入口に、ひとりの少女が現れた。
***
白い紙片が、宙を舞っていた。
それは、ハリーが初めて見る文字の書かれた、小さな長方形の紙だった。
朱色の線が、複雑な模様を描いている。
紙片は空中で一瞬だけ光り、やがて音もなく燃え尽きた。
その光の中から現れたのは――。
「……冷泉、様?」
ロンが呟いた。
ハリーは目を見開いた。
冷泉水那子。
その人だった。
黒髪が、ふわりと宙に広がる。
深紅の瞳が、立ち上がったトロールを静かに見据えていた。
いつもの柔らかな微笑みはない。
けれど、恐怖も、焦りもなかった。
ただ、静かに。
まるで、庭先に迷い込んだ野良犬でも見つめるような目で、怪物を眺めていた。
「……やはり、こちらでしたか」
水那子が呟いた。
その声は、驚くほど落ち着いていた。
「妖気の乱れを感じたものですから」
マクゴナガル先生が驚愕した。
「冷泉! あなた、どうやってここへ――!」
しかし、水那子は答えなかった。
答える暇がなかった。
トロールが、棍棒を振り上げたからだ。
その先には、まだ床に座り込んでいるハーマイオニーがいた。
「危ない!」
ハリーが叫んだ。
水那子は、静かに右手を持ち上げた。
その指の間には、一枚の白い紙片が挟まれていた。
朱で描かれた複雑な文字。
それが、淡い青色に輝く。
そして――。
「――一節、蛟」
澄んだ声が響いた。
瞬間。
轟音とともに、激流が迸った。
***
ごうっ!
水が、空中から生まれた。
いや、それは単なる水ではなかった。
青白い光を帯びた、巨大な奔流。
まるで生き物のようにうねり、渦を巻き、トロールの巨体へと襲いかかった。
怪物が、悲鳴を上げた。
「グオオッ!?」
激流が、その身体を包み込む。
棍棒を握った腕が押し戻され、巨大な脚が床から浮いた。
そして、凄まじい勢いで後方へ吹き飛ばされる。
どんっ!
トロールの巨体が、奥の壁へ叩きつけられた。
水は、そのまま怪物を押さえつけるように渦を巻いた。
まるで、水でできた巨大な蛇が、獲物に絡みついているかのようだった。
ハリーは呆然としていた。
何だ、これは。
杖を振っていない。
長い呪文も唱えていない。
ただ、短い言葉をひとつ口にしただけだ。
それなのに。
目の前では、あれほど巨大なトロールが、まるで木の葉のように押し流されていた。
水那子は、さらに左手を持ち上げた。
その指には、もう一枚の紙片があった。
今度は、金色の文字が描かれている。
深紅の瞳が、わずかに細められた。
「――二節、稲穂」
次の瞬間。
ぱしんっ!
空気が、裂けた。
***
金色の閃光が迸った。
それは、まるで幾筋もの稲妻を束ねたような光だった。
細く、鋭く、そして恐ろしく速い。
雷光は、複雑な軌跡を描きながら、空中を駆け抜けた。
水の渦に囚われたトロールが、目を見開く。
そして――。
轟ッ!
雷が、怪物を貫いた。
「グギャアアアアッ!」
トロールが絶叫した。
巨大な身体が、びくりと跳ね上がる。
金色の光が、水の奔流の内側を走り抜ける。
その光は怪物の周囲に閉じ込められたまま、外へ漏れることはなかった。
やがて、雷鳴が消えた。
水の渦が、ふわりとほどける。
そして、無数の光の粒となって、空中へ溶けていった。
あとに残されたのは、壁際に崩れ落ちたトロールだけだった。
今度こそ、完全に動かなくなっていた。
静寂。
誰も、口を開かなかった。
マクゴナガル先生も。
スネイプ先生も。
クィレル先生も。
そして、ハリーたち三人も。
誰もが、目の前で起きた出来事を理解できずにいた。
あまりにも、速かった。
ほんの数秒。
いや、ひょっとすると、それよりも短かったかもしれない。
教師たちが呪文を完成させるより早く、トロールは二度目の敗北を喫していた。
その中心に立つ少女は、何事もなかったかのように、手を下ろした。
「……これで、大丈夫でしょう」
水那子は小さく息を吐いた。
そして、ようやくハリーたちへ振り向いた。
いつもの、柔らかな微笑み。
「皆さん、お怪我はありませんか?」
***
「……あ、あの」
ハリーは、何とか口を開いた。
「……冷泉、様?」
「はい?」
「……今の、何ですか?」
水那子は少し首を傾げた。
「ああ。符術です」
「……フジュツ?」
「ええ。日本に伝わる魔術の一つですよ」
水那子は、残った紙片を指先で軽く示した。
「紙に術式を記して、そこへ魔力を通して使うのです。わたくしの家では、幼い頃から習うものなんですよ」
ハリーは目を丸くした。
幼い頃から。
あんな凄まじい魔法を?
信じられなかった。
けれど、水那子はまるで、簡単な家事のやり方でも説明するような口調だった。
「先ほどのものは、蛟と稲穂という術です。蛟は水を操り、稲穂は雷を放ちます」
「……雷」
ロンが呟いた。
「……あれ、雷だったんですか?」
「ええ」
水那子はにこりと笑った。
「驚かせてしまいましたね」
驚いたなどというものではなかった。
ハリーは、まだ心臓がどきどきしていた。
あれほど巨大な怪物を、あんなにも簡単に。
しかも、彼女は自分たちと一つしか年齢が違わないのだ。
すると、マクゴナガル先生がようやく我に返った。
「……冷泉!」
その声には、驚きと怒りが入り混じっていた。
水那子は静かに振り向いた。
「はい、先生」
「あなた、一体何を考えているのです!」
先生は、厳しい表情で詰め寄った。
「生徒たちには、談話室へ戻るように命じたはずです!」
「はい。承知しています」
「それなのに、どうしてここへ!」
水那子は少しだけ目を伏せた。
「……申し訳ありません」
そして、静かに説明を始めた。
「トロールが城内へ侵入した際、強い妖気を感じていました。監督生の方に従って談話室へ戻りましたが、その後、再び妖気が大きく乱れたのです」
マクゴナガル先生が眉をひそめた。
「……妖気?」
「はい。魔性を帯びた存在が放つ気配、とでも申しましょうか。こちらの魔法体系では、少し説明が難しいのですが……」
水那子は、床に倒れたトロールへ視線を向けた。
「最初は先生方にお任せしていました。けれど、再び強い反応が現れましたので、何かあったのではないかと」
「それで、勝手に飛び出してきたのですか!」
「……はい」
「しかも、あなたは今、校内で空間を移動しましたね!」
先生の声が、さらに厳しくなった。
「ホグワーツには、姿くらましを防ぐ強力な魔法がかかっています! それを、どうやって――!」
「それも、符術です」
水那子は穏やかに答えた。
「英国の姿くらましとは、術理が異なりますので」
マクゴナガル先生は、一瞬言葉を失った。
その隣で、スネイプ先生が鋭い視線を向けていた。
「……興味深い魔術だ」
低い声だった。
「だが、城の防護を迂回できる魔術を、許可なく行使することがどれほど危険か、理解しているのかね?」
水那子は、丁寧に頭を下げた。
「はい。軽率でした。申し訳ありません」
ハリーは驚いた。
あれほど強大な魔法を使った少女が、今は二人の教師に頭を下げている。
それも、不満そうな様子を見せることもなく。
ただ、静かに。
自分の行動について、責任を受け止めているようだった。
「……しかし」
マクゴナガル先生は深々と溜息をついた。
「あなたが、この子たちを守ったことも事実です」
先生は、倒れたトロールを見た。
そして、もう一度水那子へ向き直った。
「……スリザリンから、三十点減点します」
ハリーは息を呑んだ。
三十点。
それは、決して小さな点数ではなかった。
水那子は静かに頷いた。
「承知しました」
「勝手に避難場所を離れ、危険な魔術を使用したことへの罰です。特に、狭い室内で水と雷を扱うなど、一歩間違えればほかの生徒を巻き込むところでした」
「……はい」
「ですが」
マクゴナガル先生は、少しだけ声を和らげた。
「結果として、あなたは危険な状況に置かれた生徒たちを救いました。しかも、驚くべき技術で」
先生は、改めて水那子を見つめた。
「その勇気と技量に対して、五十点を加点します」
「……!」
ハリーは驚いた。
ロンも、思わず声を上げた。
「五十点!?」
マクゴナガル先生は、じろりとロンを見た。
ロンは慌てて口を閉じた。
「……ただし、冷泉」
先生は厳しく続けた。
「次からは、必ず教師の指示に従うこと。わかりましたね?」
「はい。肝に銘じます」
水那子は深々と礼をした。
先生は、ようやく小さく頷いた。
***
「……それにしても」
ハリーは、まだ夢の中にいるようだった。
水那子が使った魔法。
あの巨大な奔流。
黄金色の雷。
そして、何より。
彼女の落ち着き払った姿。
ハリーは、今まで何度も彼女に驚かされてきた。
美しい容姿。
高貴な家柄。
見事な礼儀作法。
人を惹きつける話し方。
そして、誰もが自然と彼女に敬意を払う、不思議な存在感。
けれど、今日見たものは、そのどれとも違っていた。
あれは、力だった。
圧倒的な、魔法の力。
そして、それを当然のように使いこなす技量。
ハリーは、改めて思った。
この少女は、本当に何者なのだろう。
そのときだった。
「……水那子様」
静かな声が響いた。
ハリーが振り向くと、トイレの入口に一人の女生徒が立っていた。
黒いローブを纏った、すらりとした少女だった。
その表情は、ひどく真剣だった。
彼女は水那子の傍らへ歩み寄ると、深々と頭を下げた。
「……ご無事で、何よりでございます」
「ありがとう」
水那子は柔らかく微笑んだ。
「あなたも、怪我はありませんでしたか?」
「……はい」
女生徒は答えた。
けれど、すぐに眉をひそめた。
「……ですが、水那子様」
「はい?」
「少々、申し上げたいことがございます」
水那子は、きょとんとした顔をした。
「……何でしょう?」
女生徒は、一瞬だけ言葉を選んだ。
そして、静かに口を開いた。
「……私がお傍に控えているとはいえ、庭掃除のようなことを、御身が自らなさる必要はございません」
ハリーは目を瞬かせた。
庭掃除?
今のトロール退治が?
どうやら、彼女たちにとっては、あの巨大な怪物を倒すことなど、庭を掃除するのと大差ないらしい。
それだけでも、十分に驚くべき話だった。
女生徒は続けた。
「まして、こちらは異国の学び舎でございます。ご家門のお立場をお考えになれば、みだりに危険へ身を晒されることは、お控えいただきたく……」
言葉遣いは丁寧だった。
けれど、そこには明らかな不満が滲んでいた。
水那子は、少し困ったように笑った。
「……心配をかけてしまいましたね」
「心配などというものではございません」
女生徒は即座に答えた。
「御身に万一のことがございましたら、私は――」
「大丈夫ですよ」
水那子が、そっと言葉を重ねた。
そして、次の瞬間。
彼女は、ふわりと笑った。
いつもの、社交の場で見せるような整った微笑みではなかった。
もう少し無邪気で。
少しだけ悪戯っぽくて。
そして、どこか年相応の、少女らしい笑顔だった。
「……今くらいは、普通の学生らしくしていてもいいでしょう?」
女生徒が、固まった。
「……っ」
「せっかくホグワーツに来たんですもの。何から何まで守っていただいてばかりでは、少し寂しいです」
水那子は、楽しそうに続けた。
「それに、こういう経験も、きっと良い思い出になりますよ」
「……水那子様」
女生徒は、何かを言い返そうとした。
けれど、水那子がもう一度微笑むと、その言葉は喉の奥で止まってしまった。
「……っ」
耳が、赤くなっていく。
頬が、みるみる紅潮する。
彼女は何とか表情を引き締めようとしたものの、どうにも上手くいかないようだった。
水那子は、そんな彼女を見て、小さく笑った。
「ふふ。いつもありがとうございます」
「……!」
女生徒は、完全に撃沈した。
しばらくの沈黙。
そして、ようやく絞り出すように言った。
「……と、とりあえず」
声が、少し震えていた。
「……危険なことは、控えていただけると助かります……」
水那子は、にこりと笑った。
「はい。気をつけますね」
その返事を聞いて、女生徒は深々と溜息をついた。
どうやら、心から納得したわけではないらしい。
けれど、それ以上は何も言わなかった。
***
ハリーは、そのやり取りを呆然と眺めていた。
何だろう。
胸の奥が、妙に温かい。
そして、同時に。
どきどきと、心臓が高鳴っている。
水那子は、いつも完璧な少女だった。
少なくとも、ハリーにはそう見えていた。
何を話しても上品で、誰に対しても優しく、どんな場面でも落ち着いている。
お茶会では、年上の生徒たちすら自然に従わせていた。
今日に至っては、教師たちよりも早く、恐ろしい怪物を倒してしまった。
そんな少女が。
今、目の前で、護衛の女の子に小言を言われている。
しかも、それを少し困ったように笑いながら聞いているのだ。
普通の学生らしくしていたい。
そんなことを、彼女は言った。
ハリーは、思わず微笑んだ。
そうか。
彼女も、学生なのだ。
当たり前のことなのに、今までどこか忘れていた。
冷泉水那子。
日本の高貴な家柄に生まれた少女。
誰もが憧れるような美貌と、圧倒的な魔法の才能を持つ存在。
けれど、それだけではない。
彼女だって、友達と笑い合いたいのだ。
普通の学生として、楽しい学校生活を送りたいのだ。
たまには、少し羽目を外してみたいのかもしれない。
ハリーは、そんなことを考えた。
そして、不意に気づいた。
自分は、彼女のことをもっと知りたいと思っている。
あの綺麗な瞳のことも。
優しい微笑みのことも。
見事な魔法のことも。
けれど、それ以上に。
今のような、少し無邪気な笑顔を、もっと見てみたい。
彼女が何を好きで、何を嫌いで、どんなときに楽しいと感じるのか。
何を考え、何を望んでいるのか。
もっと、話してみたい。
もっと、一緒にいたい。
そして、できることなら。
自分にも、あんなふうに笑いかけてほしい。
その瞬間。
ハリーは、ようやく理解した。
――ああ。
――僕は、この人が好きなんだ。
胸の奥が、じんわりと熱くなった。
今まで、何度も感じていた不思議な気持ち。
目が合うたびに高鳴る心臓。
名前を呼ばれるだけで嬉しくなる理由。
彼女の姿を、つい目で追ってしまう理由。
そのすべてに、ようやく名前がついた。
恋。
きっと、これが恋なのだ。
ハリーは、顔が熱くなるのを感じた。
どうしよう。
相手は、日本魔法界の王家とも言われる名門の少女。
しかも、自分より一つ年上の先輩だ。
こんな気持ちを抱いてしまって、いったいどうすればいいのだろう。
もちろん、答えなど出るはずがなかった。
ただ、ひとつだけ。
ハリーは、確信していた。
自分は、冷泉水那子という少女に、すっかり心を奪われてしまったのだ。
***
「……ハリーさん?」
突然、名前を呼ばれた。
「は、はい!」
ハリーは飛び上がりそうになった。
水那子が、こちらを見ていた。
深紅の瞳が、柔らかく細められる。
「……大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です!」
ハリーは慌てて答えた。
水那子は、少し不思議そうに首を傾げた。
そして、すぐに微笑んだ。
「それなら、よかったです」
その笑顔を見て、ハリーの心臓がまたしても跳ねた。
どうしよう。
好きだと自覚してしまった途端、今まで以上に彼女を意識してしまう。
まともに顔を見ることすら難しかった。
その隣で、ロンが小さく笑っていた。
どうやら、何かを察したらしい。
ハリーは、ますます顔を赤くした。
水那子は、そんな二人を穏やかに見つめていた。
そして、ふと視線を動かす。
ハーマイオニー。
彼女はまだ少し震えていたが、先ほどよりは落ち着いていた。
ハリーとロンの傍に立ち、何か言いたげな表情をしている。
水那子は、静かに目を細めた。
先ほどの会話は、聞こえていた。
ハーマイオニーが、自分からトロールを探しに行ったと言ったこと。
ハリーとロンが、それを否定しなかったこと。
そして、三人の間に漂う、何とも言えない気まずさ。
事情のすべてを知っているわけではない。
けれど、何が起きたのか、おおよその見当はついた。
おそらく、三人の間には何かしらの諍いがあったのだろう。
そして、ハリーとロンは、彼女を助けるために危険を冒した。
ハーマイオニーは、その二人を守るために、自ら責任を引き受けた。
ならば。
これは、彼ら自身に任せるべきことだ。
ここで自分が余計な言葉を挟めば、せっかく生まれかけている何かを壊してしまうかもしれない。
水那子は、そう判断した。
そして、いつもの柔らかな微笑みを浮かべた。
「……皆さん」
三人が顔を上げる。
「本当に、ご無事でよかったです」
それだけだった。
誰が悪いとも言わない。
何があったのかも尋ねない。
ただ、三人が無事だったことを、心から喜ぶように微笑んだ。
「どうぞ、今夜はゆっくりお休みになってくださいね」
そして、静かに会釈した。
「それでは、おやすみなさい」
ハリーは慌てて頭を下げた。
「お、おやすみなさい!」
ロンも続いた。
「おやすみなさい、冷泉様!」
ハーマイオニーも、小さく礼をした。
「……ありがとうございました」
水那子は、三人へ微笑み返した。
そして、護衛の女生徒とともに、廊下の向こうへと歩いていった。
その背中を、ハリーはしばらく見送っていた。
黒髪が、さらさらと揺れている。
深紅のリボンが、柔らかな光を受けて煌めいた。
やがて、彼女の姿は曲がり角の向こうへ消えた。
それでも、ハリーの胸は、まだどきどきしていた。
***
「……ポッター」
マクゴナガル先生の声が響いた。
ハリーは、はっと我に返った。
「は、はい!」
「あなたたちも、早く談話室へ戻りなさい」
「はい!」
三人は慌てて頭を下げた。
そして、廊下へと出た。
教師たちは、倒れたトロールの処理を始めている。
その様子を見ながら、ハリーはようやく大きく息を吐いた。
長い一日だった。
本当に、長い一日だった。
すると、隣から小さな声が聞こえた。
「……あの」
ハーマイオニーだった。
ハリーとロンが振り向く。
彼女は、少し俯いていた。
「……ありがとう」
小さな声だった。
「……助けに来てくれて」
ハリーは、少しだけ笑った。
「……うん」
ロンも頷いた。
「……まあ、当然だろ」
けれど、その声は少しぎこちなかった。
ハーマイオニーは、ようやく顔を上げた。
目にはまだ涙の跡が残っていたが、先ほどよりもずっと落ち着いていた。
ロンは、しばらく何かを言いたそうにしていた。
そして、ようやく口を開いた。
「……さっきのさ」
「……え?」
「……授業のあとに言ったこと」
ロンは、気まずそうに頭を掻いた。
「……あれ、ちょっと言いすぎた」
ハーマイオニーが、目を見開いた。
「……ロン」
「……悪かったよ」
ロンは、ぼそりと呟いた。
ハーマイオニーは、しばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと首を横に振った。
「……私も」
彼女は、小さく笑った。
「……ちょっと、言い方が悪かったと思う」
ロンは、少しだけ驚いた顔をした。
そして、照れ臭そうに笑った。
「……まあ、そうだね」
ハリーは、二人を見比べた。
何だか、おかしかった。
あんなに仲の悪かった二人が、今はこんなふうに話している。
思わず、笑みがこぼれた。
「……ねえ」
ハリーは言った。
「とりあえず、談話室へ戻ろうよ」
ロンが頷いた。
「そうだね」
ハーマイオニーも、にこりと笑った。
「ええ」
三人は、並んで歩き始めた。
***
グリフィンドールの談話室へ戻る頃には、すっかり夜も更けていた。
暖炉には、赤々と火が燃えている。
生徒たちは、ハロウィーンの騒動について興奮気味に話していた。
トロールが出たこと。
教師たちが慌てていたこと。
そして、スリザリンの二年生が、奇妙な魔法で怪物を倒したという噂。
水那子の話は、既に城中へ広まり始めているようだった。
「……冷泉様、凄かったな」
ロンが呟いた。
「うん」
ハリーは頷いた。
「……本当に」
「何なんだろうな、あの魔法」
「……わかんない」
ハリーは、少し考えた。
蛟。
稲穂。
あの短い言葉とともに放たれた、圧倒的な魔法。
今まで見たどんな魔法とも違っていた。
けれど、それ以上に印象に残っているのは――。
彼女が、護衛の少女へ向けた笑顔だった。
普通の学生らしくしていたい。
その言葉が、何度も頭の中で繰り返される。
ハリーは、そっと微笑んだ。
すると、ロンがにやりとした。
「……おい、ハリー」
「……何?」
「君、やっぱり冷泉様のこと、好きなんだろ?」
「……!」
ハリーは、顔を真っ赤にした。
いつもなら、慌てて否定していただろう。
けれど、今日は。
なぜだか、上手く言葉が出てこなかった。
「……別に」
ようやく、そう呟く。
ロンはますます楽しそうに笑った。
「はいはい」
ハーマイオニーは、不思議そうに二人を見ていた。
「……何の話?」
「いや、何でもないよ!」
ハリーが慌てて答える。
ロンは、腹を抱えて笑い始めた。
ハーマイオニーは首を傾げた。
そして、つられるように笑った。
ハリーも、とうとう笑い出してしまった。
***
その夜。
ハリーは、ベッドに横たわりながら、今日の出来事を思い返していた。
トロール。
ロンの呪文。
ハーマイオニーの勇気。
そして、冷泉水那子。
あまりにも多くのことが起きた一日だった。
けれど、ひとつだけはっきりしている。
今日、自分たちは大切なものを手に入れたのだ。
ハーマイオニーという、新しい友達。
彼女は少し口うるさいし、何でも知っているつもりになるところもある。
けれど、本当は勇敢で、優しい女の子だった。
ロンも、きっとそう思っているだろう。
何しろ、自分たちを庇うために、先生へ嘘をついてくれたのだから。
そんな相手を、もうただの口うるさい同級生だと思うことなどできなかった。
ハリーは、そっと目を閉じた。
暖かな布団。
静かな寝室。
そして、隣のベッドから聞こえるロンの寝息。
ダーズリー家にいた頃には、想像もできなかったような毎日だった。
この学校へ来て、本当によかった。
そう思った。
そして、眠りに落ちる直前。
ハリーの脳裏に、深紅の瞳が浮かんだ。
柔らかな微笑み。
長い黒髪。
そして、あの言葉。
――今くらいは、普通の学生らしくしていてもいいでしょう?
ハリーは、思わず微笑んだ。
好きだ。
やっぱり、好きなのだ。
冷泉水那子という、一つ年上の少女のことが。
その気持ちを胸に、ハリーはゆっくりと眠りへ落ちていった。
ハロウィーンの夜。
ハリー・ポッターは、ひとつの恋を自覚した。
そして、もうひとつ。
生涯にわたって大切な意味を持つ、二人の親友を得たのだった。
ハリーとロンとハーマイオニー。
三人は、この日を境に、かけがえのない友達となった。
それは、どんな魔法よりも不思議で、素晴らしい出来事だったのかもしれない。