昔育てた勇者・聖女・王女に「女扱いせず鍛えてくれた」と慕われてますが、全員男だと思っていた 作:だぶすと
「アレイドさん、王都アストリエに出頭して下さい」
初めて来た町。初めて入る冒険者ギルド。初対面の案内人に通された窓口で、名も知らぬ受付嬢に依頼の完了報告を申し出る。
アウェー特有の訝しむような視線を背中に受けつつも久々の都会の空気を楽しんでいた俺――アレイドは、冒険者歴十年にして二回目となるギルドへの出勤であえなく御用となった。
「え……あの、出頭っていうのは……? 俺、依頼の完了報告に来たんですけど」
「アレイド・クレガー。極南の国境集落出身の男性。十五歳で前哨都市の冒険者ギルドでDランク冒険者として登録し、その場で薬草の採取依頼に出発して失踪。今日までの十年間で国内の冒険者ギルドを利用した記録はありません」
「……」
名も知らぬ受付嬢が『その他④』と書かれた名簿を開き、罪状を突きつけるように俺の情報を読み上げる。恐らく他のノートから切り取られたであろう紙片が一つだけ貼られたそのページは、そこそこ長く生きてきた人間の経歴を表すには余りにも文量が少ない。
「ちなみに当時の登録担当者によると、その少年は世界の全てを憎んでいるような目をしていて、受け答えは攻撃的で精神不安定。反抗心有りで要観察とされています」
「十年前の俺、ヤバい奴じゃないですか」
「だからこうして武器を持って対面したんですよ。……まぁ、今は落ち着いているようですが」
呆れたように息を吐き、受付嬢は小脇に抱えていた杖をサイドテーブルへと立て掛けた。武器から手を離したのは警戒を緩めてくれたサインだろうが、そもそも受付嬢が武装して出てきた時点で俺がギルドからどう評価されていたのかがよく分かる。
受付嬢が読み上げてくれた通り、当時の俺は完全に勘違いしたガキだった。あの頃、友人を失って村を追い出されたばかりの俺は精神的に荒れていて、まるで自分が悲劇のヒロインのように感じていたものだった。
しかしそんな境遇を越える悲惨な状況の子供達と出会い、教えを請われ、別れを繰り返していく中で、自分が何ら特別じゃない凡人なんだと気付かされていった。最初の子供に『死ぬ“覚悟”はあるか――』とか言ってたのは今や完全な黒歴史となっている。
つい最近、数年ぶりに立ち寄った村で聞いた当時の二つ名は『冷酷の悪鬼』。それを近くで聞いていたガキに笑われた時、俺は社会性のある年相応の大人になる事を決意した。
「えっと……要するに、危ないガキが登録してすぐに消えたから犯罪者にでもなったのかと警戒していたら、こうして呑気に歳取って戻ってきたから逮捕するって事ですかね?」
「自身を客観視できているようで何よりですが、違います。私が先ほど出頭しろと言ったのは、貴方の罪を直接問うためのものではなく、ギルド本部から出ているランクアップ要請です」
「……なるほど、ランクアップ要請」
初めて聞く言葉だったが、意味は予想できるので知ったような反応をしてみる。美人の受付嬢に少しでも見栄を張りたいという男の意地が、とても三人の教え子には見せられない醜態を作り出していた。
「大きな功績を挙げた冒険者を称えるための特別な要請です。間違っても貴方のように貢献度がマイナスの方に出されるものではありませんし、今回はギルド本部に顔を出すよう条件まで付いています。Dランクの冒険者を昇格させるために王都まで出張させるなんて……交通費の無駄だと思いませんか?」
「それはまぁ……確かに。この辺りから王都って半年くらい掛かりますもんね」
「一カ月です。大渓谷に橋が架かり、中南街道が開通したのは五年も前の事ですよ。物流も大きく改善されましたよね?」
「……」
「貴方、今日までどこで何をしていたんですか? 山ごもり?」
見栄を張った直後に無知を晒し、目を閉じて天を仰ぐ。大渓谷であった工事とか知らんて。俺はこの十年間地図に載っている町の悉くに入る事ができず、村とも呼べない国境の集落を点々としながら生活していた。その間、物流業者なんて違法な奴隷商人くらいしか見ていない。
胡散臭いものを見るような受付嬢の視線が痛いが、まだ心象を回復するチャンスはある。
前提として、冒険者というのは素行が悪くても魔物さえ討伐していれば評価される職業なんだ。魔物を倒せば偉い。強ければ格好いい。そんなギルドで働く彼女だって、少なからず似た感性を持っているはず。
「今まで俺は……そう、魔物を……! 魔物を討伐していました!」
「ギルドで依頼を受けずにですか? 犯罪者仲間と手を組んでいたとか?」
「一人です! 一人で魔物を討伐していました!」
「冗談は結構です。よりによって強力な変異種が多い極南地方で、冒険者ギルドの情報共有を受けずにDランクの貴方が生き延びられるはずがありません。しかも、そんなショートソード一本で」
どうやら受付嬢は冒険者とは感性が異なるらしい。会話しながら俺の装備に目をやっていた受付嬢は、最後に腰の剣へと視線を下ろして目を細めた。
彼女はこれをただのショートソードだと判断したようだが、実のところこれは少年兵用の長剣として作られた剣であり、当時子供だった俺が故郷を追い出される際に村の倉庫から持ち出した深い経緯がある一品だ。要するにただのショートソード。
そんな物を今でも使い続けている理由は単純で、出会い別れてきた子供達との思い出の品だから……ではなく、単純に町に入れず武器屋が利用できなかったからだ。悩みが犯罪者と同じ過ぎる。
「……まぁここで問答していても本部の意向は分かりません。さっさと王都に行ってきて下さい。貴方はこの地方出身の冒険者として登録されていますので、くれぐれも王都で問題を起こさないで下さいね。この地方は近年で聖女様と勇者様を立て続けに輩出し、更には匿名宛に王家から感謝状まで賜った未来の明るい土地なんですから」
「へぇ、そんなにおめでたい事が連続で」
「なんで知ら……いや、架橋工事の事を知らない貴方なら知らなくても不思議ではありませんね。失礼しました」
「謝られると余計に辛いな……」
聖女様と勇者様というのは……なんか歴史上の人物だ。先代は俺が生まれるずっと前に亡くなっていたので、こうして『今この時代にいる』と言われてもあまり実感が湧いてこない。
王家からの感謝状ってのはもっとよく分からない。匿名宛ての感謝状って何だよ。聖女様と勇者様を輩出した地方を讃えるんだったら、感謝状は領主に送るのが普通じゃないのか。
「こうして地域が盛り上がっている時に貴方のような人に評判を落とされたら困るんです。できるだけ身なりを整えて、多めの保釈金を持って王都に向うようにして下さい」
「保釈金って、そんな犯罪者みたいな」
「これは至って真面目かつ客観的なアドバイスです。初任務中に失踪したDランク冒険者が十年経って現れるなんて、怪しいにも程がありますからね。この不可解なランクアップ要請だって貴方を捕縛するのが目的なのでは? 本当に過去に罪を犯した事がないのか、今一度胸に手を当ててよく考えて下さい」
「ははは。いやいや、まさか犯罪なんて……」
受付嬢の冗談に肩をすくめつつ、冒険者になってからの事を軽く思い返してみる。
確かに初級依頼を期限切れまで放置したのは軽度ながら違反行為だが、これにはちゃんと人道的な理由がある。一人目の子供を拾った直後によく分からん勢力に追われて町に近付けなくなったからだ。
その後も辺境を彷徨いながら二人目・三人目と子供を拾い、送り出した頃にはすっかり俺も成長し、『冷酷の悪鬼』とか名付けられるほど痛かった性格も少しは丸くなっていた。
地図に無い国境沿いの村を転々とする生活にも慣れ切り、諸事情でギルドに依頼を出せない人々から魔物の討伐を引き受けるようになった。最初は苦戦して治療費を膨らませていた赤黒い魔物や魔族のなり損ないも、今では事務的に処理できるようになって貯金もできた。困っている人々をその場ですぐに助けられたのは、冒険者ギルドを介さず直接依頼を受けていたおかげだろう。
――冒険者ギルドを介さずに“直接”依頼を受けていたおかげだろう。
「…………」
「え、まさか本当に?」
心臓がキュッとなった。呼び出された理由これかもしれん。俺、結構グレーな事やってたかもしれん。
冒険者ギルドは決して依頼料の中抜き集団じゃない。手数料は冒険者のサポートのために使われ、ひいては依頼主を含む社会全体へと還元されている……はずだ。
そんな状況で冒険者が依頼主と直接やり取りし、依頼料の全額をポケットにしまい込むという行為がギルドにどう思われるかは想像に難くない。しかもそれを十年続けていた。
俺が無表情のまま黙り込んでいると、視線だけで周囲を確認した受付嬢が難しい表情で顔を寄せてきた。
「……これは独り言ですが、貴方がこの町を出てから本当に王都に向かったかを監視する義務は私にありません。『Dランク冒険者アレイドは王都に向けて出発した』と記録して定期便に乗せるだけです。もし貴方が途中で進路を変えたとしても、ギルドが把握する術はありません」
「途中で進路を……」
これは恐らく
初対面の人間に聞かせるにしては随分と親切な独り言だが、こうして逃げ道を作られると余計に格好を付けたくなるのが男という生き物だ。
「お気遣いありがとうございます。でも――大丈夫です。ちゃんと逃げずに真っ直ぐ王都に行きますよ」
「そうですか。なら早く向かって下さいね。この書面を持って馬車小屋に行って下さい。馬車に慣れてないならお尻に敷く物を用意した方がいいですよ。では次の方どうぞー」
「……」
俺がキメ顔で覚悟を語ると、受付嬢は何事もなかったかのように表情を戻して書面を突き出してきた。こういう切り替えの速さが都会の『出来る大人』って事なんだろうな。
出来る大人に頭を下げてギルドを後にすると、さっきまでとは町並みが少し違って見えた。
都会の風は――冷たい。