昔育てた勇者・聖女・王女に「女扱いせず鍛えてくれた」と慕われてますが、全員男だと思っていた 作:だぶすと
昼頃。王都に戻るまでの道のりですっかり機嫌を直してくれたシルヴィーナは、正門を潜ると「直近の仕事を片付けてくる」と言って家(王城)に帰っていった。
一人になってギルドに向かう途中、多くの食事の誘惑があったものの、ロックスライムの死骸を持ってウロウロしたくないという気持ちが全ての誘惑に勝った。
「次の方どうぞー……あぁ貴方ですか。早かったですね」
「門での手続きを知り合いに手伝ってもらったので。これ、死んだロックスライムの一部です」
「……なんですかこれは。核は?」
「核はありません。死んだロックスライムの一部です」
ギルドは朝に比べてかなり人が減っていた。間もなく順番になった新規窓口で例の受付嬢と対面し、シルヴィーナに借りた採取容器ごとカウンターに置く。
核も無ければイラストと色も違うので受付嬢が疑問に思うのも分かるが、これが納品物として問題ないのは第二王女のお墨付きだ。
「……――!」
「……!? ――!」
採取容器をまじまじと見つめる受付嬢をまじまじと見つめていると、何やらギルドの入り口が騒がしくなっていた。
一瞬有名なパーティでも戻ってきたのかと思ったが、違う。こっちにコツコツと一直線で向かって来る固い靴音は、今朝にも聞いたものだ。
「おい、貴様! 見つけたぞ! 新規窓口にいる貴様だッ!」
うわ俺か……という気持ちを一度全て顔に出し、真顔に戻してから振り返る。
目の前で威圧的な表情でこちらを睨み付けていたのは、黒の軍服と双剣を装備した若い男――今朝ロイゼと一緒にギルドに来ていた軍人だ。
「……もしかして俺にご用ですか?」
「それ以外に誰がいる? 少しは頭を使って考えろ馬鹿め」
“軍人”と聞いて庶民が真っ先に想像するような苛烈さを持った若者だ。言葉遣いは高圧的だが、辺境には領民を家畜だと思ってるような貴族もいるので会話できるだけマシな部類と言える。
「勇者様の補佐役を務めているグディル様ですよ……! アレイドさん、一体何をしたんですか……?」
「いや、そう言われても全く身に覚えがないんですが……」
身を縮めて小声で話し掛けてくる受付嬢によると、目の前の若者はグディル様というらしい。勇者の補佐というだけで、軍人の中でも相当な実力と爵位を持っている事が予想できた。
グディル様は野次馬を牽制するように睨み付け、それから何故か悔しそうな表情で話し始める。
「今朝、貴様に連れ出されてから勇者様の様子がおかしいのだ。貴様が何かを吹き込んだのだろう!」
「様子がおかしい?」
「とぼけるな! お戻りになってからというもの、勇者様は常に上の空で受け答えも曖昧になってしまった。あれほどいつも凜々しく勇猛だったお方が……! あのようなお姿を見たのは、勇者様の補佐である俺でさえ初めてだ。この事の重大さが分かるか!」
「凜々しく勇猛なお方……」
昔からロイゼは甘えられると分かった相手には徹底して甘えるタイプだったが、勇者になった後は周りにそんな姿を見せていなかったらしい。
補佐という比較的距離が近い相手にも悟られていない事から、普段から徹底して勇者らしくあろうとしていた事が分かる。ロイゼ俺誇らしいよ。
「貴様のような奴が勇者様に悪影響を与えるなど許されん事だ! どうせCランクかBランクあたりの雑魚だろう。今は報告中か? おい受付嬢、こいつが討伐してきた魔物は何だ」
「は、はいっグディル様。アレイドさんが討伐してきたのは恐らくロックスライムの変異種です。すぐに後方に回して確認させます」
「……こいつの他のパーティメンバーはどこだ?」
「いません。あと……その、アレイドさんはDランクです……」
「なるほどな……分かった。俺がこいつを成敗してやる」
受付嬢の話を聞いたグディル様は納得したように頷き、見せつけるように腰の双剣を抜いた。見せつけるように腰の双剣を抜くな。
「ちょ、ちょっと待って下さい。なんで俺に剣を向けるんですか!?」
「貴様がギルドを小賢しい手で騙し、不当に評価を得ようとしているからだ。ロックスライムの変異種は王国剣術における達人の登竜門。Dランクの雑魚が、しかもそんなショートソードで斬れるはずがないっ!」
「いや、別にこの剣では……」
「――抜け。俺は構えを見ればその者の実力が分かる。この目で真実を確かめ、貴様の嘘を白日の下に晒してやろう」
急に真剣を抜いたグディル様に、遠くで見ていた野次馬が警戒して騒ぎ始める。
どうやら赤黒いロックスライムは剣の達人になったら斬れる的なポジションの魔物だったらしいが、当然ながら俺は力尽くでロックスライムを倒しており剣の達人なんかじゃない。
しかし既にグディル様の中では勝手に話が進んでしまっており、俺の剣の構えを見るという段階に入っている。こうなった貴族に庶民が意見するのは難しく、納得させるには実際に剣を抜くしかないだろう。
「まぁまぁ、落ち着いて下さい。危ないですよ」
だが抜かない。
もちろんギルドで剣を抜いたらマズいという常識的な判断もあるが、それ以前に俺には昨日エルシアにも見せた社会性がある。
あと後ろで受付嬢も見ている。並の冒険者とは違う理性的な姿を見せて、「アレイドさんって大人なんですね……」みたいな感じにしたい。
「ふざけるな。ロックスライムの件だけではない、俺には貴様が勇者様に近付く資格がある人間かどうかを確かめる義務があるのだ。貴様が実力を偽って報告していた卑怯者だと分かれば、それを勇者様にもご報告する。今後は勇者様のお声を聞くことすら許さん!」
「そう言われましても……」
「腰抜けめ。そこまで嘘を暴かれるのが恐いか。だったら、嫌でもその剣を抜かせてやる!」
俺のあまりに紳士的な態度に言葉での挑発は無理と悟ったか、グディル様が素早く体を左右に揺さぶりながら距離を詰めてきた。相手に的を絞らせない体捌きは見事なもので、勇者の補佐を任されるのに十分な実力を持っている事が分かる。
そして放たれる、片方の剣でフェイントを入れながらの横薙ぎ。俺の首元に向けて振るわれた刃は鋭く、受ければ即死は免れない。
「死ねえッ!」
――だが、殺意が無い。
喉元ギリギリを過ぎていく刃の風圧を感じつつ、俺は剣閃を視界の端に見送った。
「……反応する事すらできんか……フン、やはり時間の無駄だったな。ここから消えろ。二度と俺に姿を見せるな」
グディル様が格好良く双剣を収める。態度こそ高圧的だったものの、グディル様からは最初から殺意を感じなかった。いや、あったらヤバいだろって話だが。
昨日の酔っ払いのように死角からの不意打ちならともかく、正面での当たり合いなら生存本能くんも穏やかだ。庶民が貴族様に剣を抜くという行為自体がかなりリスクのある行為だし、これは理性と知性の勝利と言える。
「あの、グディル様……今アレイドさんは受付中なので、どこかに行かれてしまうのは困るといいますか……」
「…………帰る。いいか、貴様はこれ以上勇者様に関わるな。それに、聞いた話だと貴様は聖女様とも話していたらしいな? 何の縁があっての事かは知らんが、貴様のような男が英雄達の覇道を邪魔するな! 分かったな!!」
言うだけ言って満足したか、グディル様は小気味良く軍靴を鳴らしてギルドから去って行った。
返事のタイミングを逃してしまったが、今後ロイゼやエルシアと関わるなという指示を聞くつもりはない。同じ町に住んでるんだから自然に会う事もあるだろうし、そもそも俺は第三者に言われた程度で教え子達との接し方を変えるつもりなんてない。本気でそうしたいならまず教え子達に根回しするべきだ。
「アレイドさんアレイドさん、一体何をしたんですか? グディル様があんなに怒ってるの初めて見たんですけど」
「心当たりがないんですよね。でも、穏便に済ませられて良かったです」
「あんなに言われて何も言い返せないの普通にダサ過ぎますけどね。実力で敵わないにしても、男としてもうちょっと言う事があったのでは?」
「……」
俺としては冷静に受け流したつもりだったが、受付嬢的には低評価だったらしい。知性が暴力に屈する瞬間を見た。
「まぁ、ロックスライムの討伐は受理されると思うので、情けないアレイドさんはそこでちょっと待ってて下さいね。お菓子食べます?」
「大丈夫です。というかロックスライムを討伐した事は信用してくれるんですね。グディル様には疑われてたんですが」
「極南のギルドからの手紙に悪人ではないって書いてましたからね。極南でアレイドさんの受付をした女の人、実は私のお姉ちゃんなんですよ。美人だったでしょう?」
「え、世界狭……」
極南から王都までどれだけ離れてるんだよ……と思ったが、今は才ある人間はどんどん王都に出てきて躍進する時代なのでこういう事もあるのかも知れない。
例えばこの受付嬢が王都に出稼ぎに来て、姉が地元に残ったとか。
「お姉さんには良くしてもらいましたよ。確かに美人でしたね」
「そうでしょう、そうでしょうとも。ちなみに私とどっちが美人だと思いますか?」
「…………二人とも美人ですよ」
「爆弾処理するみたいな顔で言うのやめて下さいね」
実際そうだろ。正解が無いくせに不正解だけある問題出すのやめろ。
「とはいえ、お姉ちゃんからの手紙と勇者様の件は全くの別ですからね。グディル様が仰ってましたけど、もしかしてアレイドさんって勇者様に何かしたんですか? もしそうなら許せませんが?」
「何もしてませんよ、ただ昔の知り合いなだけです。彼女が勇者になる前の話ですけどね」
「は……? う、グッ……これは『俺の方が昔から知ってる』マウント……!? あぁ聞きたくない、知りたくない、事実じゃない、私の王子様はそんな事しないッ!! ああ……っ! ……ふーーーっ……まぁいいでしょう。嘘を吐いていても後で分かる事です」
「えぇ……」
受付嬢が急に奇声を上げたのを見て、後方でロックスライムの死骸を検めていたギルド職員がドン引きしている。無理もない。俺の後ろで並んでいた少女も小さく悲鳴を上げて身を引いている。無理もない。
受付嬢が姿勢を正して軽く咳払いをすると、すぐに元の規律ある雰囲気が戻ってきた。黙って背筋を伸ばしているだけでさっきの痴態が記憶から薄れていくんだから美人って得だよな。
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