昔育てた勇者・聖女・王女に「女扱いせず鍛えてくれた」と慕われてますが、全員男だと思っていた 作:だぶすと
【ロイゼ視点】
「先生……よかった……」
冒険者ギルドで起こっていた騒動を見守り、グディルさんが剣を収めたのを確認して全身の力を抜く。
開いた窓の外からギルドを覗き込んでいたボク――ロイゼ=ストームガルドは、近しい相手に迫っていた危機が去った事に安堵の息を吐いた。
「まさかグディルさんが一人で先生に会いに行くなんて……もう少しボク達の関係性をアピールしておくべきだったかな」
先生はボクの所有者だ。別に法的な何かを交わした訳じゃないけど、ボクはあの日からずっとそのつもりで人生を考えている。
聖剣の声を聞いた時、勇者になる事を選んだのもその理由が大きい。もちろん世界を脅かすような敵と戦うのは怖い。でも先生が生きるこの世界に危機が迫っているのなら、ボクに誰かを救う力があるのなら、少しでもできる事をやろうと思った。あと先生に褒められたかった。
「チッ……この事は他の者にも共有しておかないとな……」
「やぁグディルさん。冒険者ギルドで何をしていたのかな?」
「ゆ、勇者様……!? なぜこんな所に……」
ギルドから出てきたグディルさんに話し掛ける。驚かせてしまったのは悪いけど、ボクは別に彼の後を付けてきた訳じゃない。偶然が重なった結果だ。
「ついさっき緊急で招集が掛かってね、戻るついでにギルドを少し覗いてみようかなって。そしたらグディルさんが先……アレイドさんと話していたからビックリしたよ」
「……申し訳ありません。あの男と話してから勇者様のご様子が少し変わったように見えまして、あの男の人となりを確かめようと……」
「なるほどね。上の空だったボクを心配してくれたのかな?」
「差し出がましい真似をしたとは思います。しかし……」
確かに軍に戻ってからも惚けていたボクも悪かったと思う。ただ長年待ち続けた日が予告も無くやって来たんだ、少しくらいは大目に見てほしい。
先生と再会できて、考える事は多かった。自分が先生の好みのタイプになれているかとか、聖剣を捧げるのはいつがいいかとか、勢いで抱き付いちゃったけど匂いとか大丈夫だったかな、とか。
そして、これからはそういった幸せな考え事がいっぱいできるんだと思うと、真剣な話を聞いている中でも自然と顔が緩んでしまった。
「勇者様、あの男は何者なのですか?」
「うん? そうだね……昔はどちらかというと物静かな人だった。常に何かを思い悩んでいた」
今の先生はあの頃と比べて随分と明るくなった。芯の部分は変わってないようだけど、先生を絶対に見間違うはずのないボクがしばらく戸惑ったくらいには雰囲気が変わっていた。でも、あれは間違いなく良い変化だと思う。
「そんな時でも、ボクが甘えた姿を見せると少しだけ表情が柔らかくなったんだ。だからあの人が思い詰めている時、どうにか気を紛らわせてあげたくてわざと甘えるようにしていたんだ」
「なるほど、勇者様は昔からお優しかったんですね」
「でもそれはすぐに逆になった。段々とボク自身があの人に甘える事に依存するようになっていった」
「……」
誰からも求められていなかったボクにとって、自分を助けてくれた人に買ってもらえて、その人のために何かできるというのは甘過ぎる毒だった。相手を気遣うために甘えていたつもりが、気付けばどっぷりハマっていた。絶対に幼い女の子が覚えていい快感じゃなかったと思う。
「凄い人だよ。大きくなってから再会して、より強くそう思った」
「……俺にはそうは見えませんでした。先ほども試したのですが」
「あぁ、あれね。外で見ていたけど本当にヒヤヒヤしたよ」
ギルドの窓口でグディルさんが剣を抜いた時はどうしようかと思った。万が一に備えて飛び込もうかとも考えたけど、昔は見られなかった先生の表情に見とれているうちに全てが終わっていた。
「まさか! 勇者様のお知り合いを本気で手に掛けるつもりなどありません。あれはただの挑発です」
「ん? あぁ、違う違う。ボクがヒヤヒヤしたのはそっちじゃなくて、グディルさんが死……怪我しちゃうんじゃないかって」
「は……?」
「もしグディルさんが剣に少しでも殺気を込めていたら。もし手元が狂って剣が少しでも当たるような軌道になっていたら……まぁそれでも今のあの人なら大丈夫だったかも知れないけど、昔を思い出すとちょっとね」
「そんなはずは……勇者様は、俺の剣があの男に劣ると?」
「ああいや、剣がとかじゃなくて、そうなってただろうなって」
昔の先生なら、グディルさんがあの距離で剣を抜こうとしただけで動いていたと思う。
随分と常識的……落ち着いたものだと驚きはしたけど、あれはただ丸くなったのとは違う。今の先生は、多分あの頃よりも遙かに強い。
「……勇者様はそう思われた、という事ですね?」
「うん」
「……決めました。俺――ロックスライムの変異種を斬ってみせます。そして極めた剣であの男に決闘を挑みます。それに勝てば、俺の力を認めてくれますか……?」
「……? ボクはずっとグディルさんの力を認めてるつもりだけど……?」
「勇者様の中で、俺よりあの男が上だという事が納得できません。俺はあらゆる障壁を越えて、勇者様の隣に立つ軍人として相応しい男になってみせます……!」
「う、うん……?」
グディルさんがよく分からない決意を固めてしまった。なんというか……相変わらず先生は誰かを狂わせる人だなと思う。
もちろん狂わされてるのはボクも同じで、ボクの方が先だ。この心も、体も、勇者の力や手に入れた栄誉さえも、ボクの全ては所有者に捧げるためにある。
急に全部をあげようとしても、きっと先生には受け取ってもらえない。だからボクはこれから時間を掛けて少しずつ、少しずつ全部を渡していくんだ。
◇ ◇ ◇
【アレイド視点】
「ロックスライム変異種の討伐が認められました。お疲れ様です」
ロックスライムの死体が検められている間、俺の後ろに伸び始めていた新人の待機列をテキパキと捌いた受付嬢は、その列を一掃した後に俺を呼び寄せた。
他の職員から渡されたメモに一瞬だけ視線を向け、すぐ目の前の相手に意識を戻す様子はまさに出来る大人。ロイゼの強火ファンでさえなければもっと印象は違っただろう。
「アレイドさんが変異種を討伐できた事に他の職員からは懐疑的な声があるようですが、まぁ一回目なので泳がせる方針になりました」
「泳がせるって……でもまぁ、信用してくれてありがとうございます」
「私が信用してるのはアレイドさんじゃなくてお姉ちゃんからの手紙ですけどね。で、ギルドとしてロックスライム変異種の討伐を認めた以上、アレイドさんはもうDランクで上限となる評価点を稼ぎきった事になります」
「えっ、そうなんですか? もう?」
「……魔物の変異種ですよ? 討伐の推奨ランクが一つ上がるのは当たり前で、魔物によってはもっと上がる事もあるくらいです」
「はえー……すっごい……」
同行していたシルヴィーナの反応があまりに薄かったので深く考えていなかったが、どうやら相当に注意が必要な魔物だったらしい。辺境だと一般的なカラーリングでも、王都だと逆に珍しくなるのは環境や魔力の違いだろうか。
「ん……? じゃあ俺はそんな魔物を討伐させられたって事ですか? 王都に来て初めての依頼で?」
「あっ……いやいや、まさかこんなタイミングで変異種が出るなんて思いませんでしたし……私はその、ほら! アレイドさんを信用していたので!」
「さっき信用してるのは俺じゃなくてお姉さんだって言ってましたよね」
「話が脱線していますね。本題に戻りましょう」
俺が指摘すると、受付嬢は姿勢を正して軽く咳払いをした。それで何でもリセットできると思うなよ。
「それで、Dランクの評価を稼ぎきったアレイドさんが次に目指すべきは、Cランクになるための『必須討伐対象』であるオークを討伐する事です。オーク、ご存じですか?」
「オークは知ってますけど……必須討伐対象っていうのは?」
「最低限この魔物くらいは討伐できないとランクアップさせない、という指標となる魔物が各ランクに定められているんですよ。安全な依頼を繰り返すだけでも評価は稼げますけど、そうした冒険者が次のランクの依頼を受けても死んでしまうだけですから」
「なるほど。いい仕組みじゃないですか」
「どの立場で言ってるのかは分かりませんが、Dランクの必須討伐対象はオークです。一応絵を見せておきますね」
受付嬢がファイルを開き、大きな一枚絵を見せてくれる。そこには大きな牙を持った緑色の豚のような魔物が描かれており、二足で立つその手には棍棒のような物が握られていた。間違いない、これはオークの緑バージョンだ。
オークは俺でも名前を知っているポピュラーな魔物で、極南の国境沿いでも厄介者として有名だった。村によって変なあだ名を付けられているのが通例で、一番ひどいと思ったあだ名は『村長』。あれは確かによく似ていた。
「近頃オークの討伐依頼は出ていませんが、珍しい魔物ではないので別の依頼中にでも見掛けたら討伐しておいて下さい。討伐証明の牙さえあれば受理しますので」
「牙ですね。分かりました、探してみます」
いつ出会っても討伐さえすればいい、というのは有り難い。明日からはオークが生息している地帯の依頼を受けながら探すのが良さそうだ。
一気にやる事が明確になり、自分の中の冒険者としてのモチベーションがどんどん上がっていくのが分かる。別れ際に受付嬢から受け取ったロックスライムの討伐報酬が思ったより多かった事も、その意欲を強く後押ししていた。
「(オーク……手強い魔物だ。よく作戦を練らないとな……)」
ギルドを出て、町を歩きながら思案する。
オークは強い。エルシアを拾ったばかりの頃は彼女を守りながら逃げるのが精一杯だったし、最近でも大型の魔物と戦っている最中に乱入されて殺されかけている。更に今回狙うオークは未知の緑色。これまで蓄えた知識は通用しない。
「(とはいえDランクの討伐対象だ。普通にやれば勝てるはず……いや、勝ってみせる……!)」
立ち寄った道具屋で消耗品の購入を済ませた俺は、気を高ぶらせたまま宿へと戻った。廊下ですれ違った宿屋の娘さんが興奮するオークを見るような目でこっちを見ていたが、泣くのは目標を達成した後だ。
自室の扉を開けると、俺の部屋はどこか甘い香りで満たされていた。
「先生、魔王を倒すのを手伝ってほしい」
聖女エルシア、勇者ロイゼ、そして第二王女シルヴィーナ。
絶対にDランク冒険者の部屋にいるべきではない美しき英雄達の姿を見て、俺はグディル様が去り際に残していった言葉を思い出していた。
???「貴様のような男が英雄達の覇道を邪魔するな! 分かったな!!」