昔育てた勇者・聖女・王女に「女扱いせず鍛えてくれた」と慕われてますが、全員男だと思っていた 作:だぶすと
『なー、魔王ってどのくらい強いんだ?』
幼少期。俺は魔族の友人に、魔王について訊ねた事があった。
きっかけは友人の希望で始めた日課の力比べ。あまりにも種族差が大きく最初は全く歯が立たなかったものの、模擬戦を重ねるうちに徐々に対抗できるようになってきた頃、「そういえばこいつより強い魔族もいるんだよな……」と勇者伝説を思い出しての質問だった。
『……魔族に王はいない。だから、強さも分からない』
『そうなのか? でも大昔に勇者様が魔王を倒したって聞いたぜ!』
『魔族は生に固執しない。面白ければそれでいい。もし誰かに従っているように見えても、それは自分が楽しむため』
『へー。じゃあリンドーがここにいるのも楽しいからなのか?』
『そう。君と一緒にいるのは楽しい。種族を隠して人間の村で暮らすのも……かくれんぼみたいで面白い。リンドーが魔族だって知ったら、きっと皆びっくりする』
『それは大人達も驚くだろうけど……怒られないか? 魔族ってあれだろ、ほら、人間の敵みたいな感じだろ』
『分からない。けど、もう少し大きくなったら角や翼が伸びてくるから隠せなくなると思う。もし大人達に魔族だって気付かれて、リンドーが村から追い出される時は……いっぱい悪戯してからどっか行くね』
『別れを惜しむとかじゃないんだ……』
痩せてて、無表情で、幸薄そうで……でも誰より快楽主義だったあいつは、俺が話に聞いたどんな魔族よりも魔族らしい奴だった。
◇ ◇ ◇
俺がそんな故郷でのやり取りを思い出したのは、久しく耳にしていなかった魔王という言葉を聞いたからだろう。
部屋にいたのはエルシア、ロイゼ、シルヴィーナという、アストリエ王国きっての要人達。エルシアとシルヴィーナはそれぞれ勝手に俺のベッドで寛いでいるが、ロイゼだけは扉の前で頼み込むようにこちらに頭を下げていた。
話の内容が気になるが、それよりも前に俺は大人として彼女達に聞いておかないといけない事がある。
「お前達……暇なのか?」
「そうだ」
「いや嘘だろう? サボりはよくないぞ」
「サボりではない。そもそもロイゼやエルシアに日々の決まった業務というものは存在しない。勇者も聖女も、こういった緊急時に即座に対応できないと意味がないからな。あくまで普段は自分の組織を善意で手伝っているというスタンスだ」
「……シルヴィーナは?」
「兄上や姉上と同じく、王位継承争いの件で今は好きに動くよう父上に言われている。国民への分かりやすいアピールは兄上達がしている分、私が細かい仕事を手伝ってはいるが、今日で緊急性のある仕事は済ませたからな」
「そうなのか……すまん、話の腰を折った」
「気にするな。先生に注意されるの、結構嬉しいからな」
シルヴィーナが少し照れたように髪をいじる。注意されて嬉しいというのは一見矛盾しているようにも思えるが、これは王女という立場の孤独も関係しての事だろうか。単に俺を信頼しての事なら嬉しいが。
ロイゼにテーブルに着くよう促し、上着を脱いでから正面に座る。するとロイゼも目を離した隙に上着を脱いで黒インナー姿になっていた。男の部屋で躊躇なく脱ぐな。
「……それで? 魔王っていうのは何の事なんだ?」
「王都の近くで魔族が見つかってね。それ自体はたまにある事なんだけど、斥候の情報でその魔族が魔物達を一カ所に集めている事が分かった。それが王都を襲う前兆だと判断されて、さっき王家や教会との協議で魔王に認定されたんだ。明日の朝には討伐隊が出発する予定さ」
「明日の朝ってまた急な……でもそうか、魔王ってそういう感じで決まるものだったのか」
どうやら魔王というのは異常気象に名前を付けるノリで人間が勝手に認定するものだったらしい。魔王はいないと言っていた友人と、魔王を倒したという勇者伝説に長年矛盾を感じていたんだが、今の説明で合点がいった。
魔族からすると人間から急に魔王呼ばわりされて矛を向けられる事になるが……きっと魔族ならそんな状況さえも面白がってしまうんだろう。
俺の友人も、最後は村中の大人達に攻撃されながらもパンを盗んで村長の家に放火していた。イカレてんだろ。
「認定された以上、これは人類と魔王の戦いになる。ボクは勇者として戦わなければならない。でもまぁそれはいいんだ。初めてだから怖いけど……ボクは勇者だから」
「ロイゼ……」
「でも駄目だった。先生に成長した姿を見せようと思って、頼らずに頑張ろうとしたんだけど……駄目だったんだよ。すぐ近くに先生がいるって考えたら気持ちが揺らいだ。頼りたくなってしまった」
「ロイゼ……?」
「頼むよぉ、列に混ざって一緒に来てくれるだけでいいからさあー」
立ち上がって決意を語ってくれたロイゼだったが、最終的には弱音を吐きながら助けを請うように後ろから抱き付いてきた。いや立派だと思う。体の話じゃなくて心意気の話だ。
本来はもっと年季の入った大人がこういう役目を引き受けなければならないはずだ。勇者や聖女がどれだけ特別な存在であったとしても、中身は一人の少女。誰かのために死ぬ覚悟を背負わせるにはあまりに早い。
「頼みを聞いてやりたいのは山々なんだが……そもそも俺なんかが魔王討伐に参加できるものなのか? 列に混ざるだけと言っても、身分確認くらいされるだろう」
「だったらオレの付き人役で参加するか? 教会の関係者は後ろから行軍に参加する事になってるからバレにくいだろ」
「あ、エルシアも参加するのか」
「そりゃ聖女サマだからな。『私は神に選ばれた聖女として、世を乱す闇を払わねばならないのです』――ってな」
エルシアがベッドの上で冗談めかして祈る仕草をしている。
聖女の付き人……確かにただの部外者として紛れ込むよりは正当性がありそうだが、グディル様の一件もあるしエルシアの職場の人まで警戒させるのは避けた方が良い気もする。
急にどこの馬の骨とも分からない冒険者が聖女様の付き人に指名されるなんて、裏で脅したと思われるのがオチだ。
「いや、先生の事は私がどうにかしよう。明日は私も野次馬として参加するから良い潜入方法を教えてやる。コツさえ掴めば先生だって立派なエキストラだ」
「えぇ……? 王女が野次馬って……もしかして暇なのか……?」
「だからそうだと言っている。これは先生に気遣わせないための口実ではなく、純然たる事実だ」
シルヴィーナが得意げに腕を組んで胸を聳やかし、暇人である事を堂々とカミングアウトする。昔から要領のいい彼女の事なので、恐らく本人が暇だと言うなら暇なんだろう。
そして、そんな彼女がバレずに潜入できると言うならバレずに潜入できるんだろう。
「……分かった。参加させてもらうよ。シルヴィーナ、よろしく頼む」
「ああ、潜入の準備は私に任せてくれ」
「いいの!? ありがとう先生ぇー」
後ろのロイゼが更に強く抱き付いて横から頬を擦り付けてくる。
俺が作戦に同行する理由として、もちろん自分を頼ってくれる教え子に協力したいという思いもあるが、半分はシルヴィーナと同じ野次馬根性だ。
魔王認定されたという魔族が気になるし、『勇者の初仕事』という歴史に記される一大イベントもこの目で見てみたい。
潜入がバレたら追放レベルで怒られそうだが……そこはシルヴィーナのコツとやらを信じよう。
「じゃあ明日はボクが先生を迎えに……いや、今日は久々に一緒に寝ないかい? 起きてからそのまま一緒に行けば効率的だ。昔は同じ寝袋で寝ていたんだから何も遠慮する事はないよ」
「は? だったらオレも久しぶりに隣で寝てもいいだろ……いいよな先生?」
「待て」
勝手に話を進めていくロイゼとエルシアを止めたのは俺じゃない。珍しく焦った表情のシルヴィーナだった。
「待て待て待て。……は? 私は身を寄せて眠った事など一度も無いんだが? 先生、おい?」
「あぁ、それはほら……あれだ。シルヴィーナの頃には寝袋も二つに増やしてたから」
「何故そんなピンポイントに不要な気配りができる? 女の機微には何一つ気付かないくせに??」
「そう言われてもな……」
ロイゼと別れたタイミングで野盗が寝袋をドロップしたのは偶然だが、それをサブ寝袋として持ち歩いていたのは俺が旅人として成長した証だ。
実際、その後のシルヴィーナとの旅で便利に使えたんだから正しい判断と言えるだろう。
「シルヴィーナの時は俺も旅慣れしてたんだよ。エルシアとロイゼには苦労させて悪かったと思ってる」
「気にすんな。あんたが隣にいてくれるだけでオレは救われてたんだから」
「ボクも苦労しただなんて思ってないよ。――ありがとう、ボクを貰ってくれて」
「おいやめろ、そっちで良い雰囲気になるな。先生が謝るべき相手は二人ではなく私の方だ。教え子によって過去の経験に大きく差がある事をシルヴィーナ・ディン・アストリエは王族として正式に抗議する!!」
世界に同じ瞬間など一度もなく、物事は移り変わっていく事自体が美しい。
それは人もまた、同じなのではないだろうか。
「しみじみするな。先生がそういう顔をしている時は下らない事を考えていると決まっているのだ。いつか私も絶対に同じ事をしてもらうからな! 外からじゃないと開け閉めできない寝袋を用意させるからな!」
そうした時間の流れに翻弄されながらも道を選んで進み続けてきたからこそ、俺達はこうして再会し、笑い合えているんだと思う。
「おい遠い目をするな! 過去を噛み締めるように微笑むな! おい!」