昔育てた勇者・聖女・王女に「女扱いせず鍛えてくれた」と慕われてますが、全員男だと思っていた 作:だぶすと
「先生、先生ー? ……寝てしまったかな?」
「んだよ、眠いなら言ってくれりゃよかったのに」
「長旅の後で住環境も変わったばかりだ。本人も気付かぬような疲れが溜まっていたのかもしれん」
夜。三人の少女達が一人の男を囲み、それぞれ他では見せる事のない感情を含んだ瞳で見下ろしていた。夜這いではない。
寝袋の件について揉めた後、四人が互いの隙間を埋めるように思い出話に花を咲かせていたところ、アレイドが幼い少女の男性観を壊す事ばかりしていたと発覚。三人を男と思っていたとは言えないアレイドが追及を逃れるために布団に包まってしまい、しばらく籠城した後に眠ってしまったのだった。
「とはいえ昔は私より先に寝た事はなかった。少しは背中を任せられる存在になれたという事だろうか」
「だといいんだがな。まだ先生には何も見せられちゃいねぇが、格好だけでも付けられたんなら覚悟の見返りとしては十分だ」
「本当にね。そうだ、先生が安心して眠れるように、ボクの匂いがする物を側に置いておこう」
「どんな理屈だよ……」
ロイゼが椅子に掛けていた上着をアレイドの枕元に置くと、少し悩んだ末にエルシアもポケットに入れていた白い長手袋をアレイドの目の上に乗せた。
それを見たシルヴィーナは胸元に手を入れて何かを抜き取ろうとする仕草をしたものの、長考した後に結局は冷静さを取り戻したようだった。
「……コホン。丁度いい機会だ、先生の今後の事で話しておかなければならん事がある」
「今後の事? 先生は王都で冒険者を続けるんじゃないのかい?」
「それが分からんのだ。午前中に先の事を聞いたのだが、ランクアップ後にどうするかは未定……というより、最初は当然のように王都を去るような口振りをしていた」
シルヴィーナの一言にエルシアとロイゼが絶句する。これからようやく始まろうとしていた新しい毎日が、急に目の前で取り上げられたように思えた。
「……。……理由は聞いたのかよ」
「友人を捜すためかと聞いたが、それは違うらしい。先生は『ただ定住について計画してないだけ』と言葉を付け足してはいたが、はじめは明らかに一時的な滞在と認識していた。このままだと、再び先生が離れていってしまう可能性がある」
「……そりゃなんとも肝の冷える話だが、『このままだと』ってのは?」
「今の先生がそこまで身軽なのは、先生がただの冒険者だからだ。つまり、私達が王女や聖女や勇者であるように、先生を何か特別な存在にしてしまえばいい。そうすれば、自然と私達は離れずにいられるだろう」
「? えっと……それは普通に『王都で一緒に暮らそう』って先生にお願いするのじゃ駄目なのかい?」
「万が一にでも断られたら泣いてしまうだろうが」
「あぁ。ここはオレ達で協力して、結果を急がず外堀から埋めていくべきだ」
「えぇ……」
シリアスな表情で弱音を吐くシルヴィーナとエルシアに、ロイゼが困惑の声を上げる。
昔から甘え慣れているロイゼからすれば簡単な提案でも、そうでない二人にとっては人生を懸けるに等しい重大な決断だ。少しでもリスクを回避したいというのは乙女として自然な感情だった。
「あ、じゃあSランク冒険者になってもらうのはどうかな。確かSランクの冒険者って王都に在籍する義務があったよね。それなら一緒にいられるんじゃない?」
「それも考えたが、Sランク冒険者は定員が決まっている上にAランクでの長期的な活動実績が必要なので現実的ではない。爵位を与えて貴族にしてしまう事も考えたが、貴族社会の面倒事を先生に背負わせたくなかったのでそれもやめた」
シルヴィーナは王族として貴族を見てきた。陰謀と派閥争いが渦巻く彼らの戦場を知っているからこそ、恩師をそのような場所に立たせたいとは思わなかった。
「そして王城の書庫を漁っている時に私は気付いたのだ。先生を『冠位冒険者』にしてしまえばその問題の全てが解決する事にな」
「簡易冒険者……? 今もそんな感じだけど」
「先生の今のランクをディスっているのではない。『冠位冒険者』だ。過去の英雄に与えられた特別な称号で、爵位の有無に拘わらず冒険者としての自由を保持しながらも、他国の王女を妻として迎え入れていたらしい。あくまで本業は冒険者だが、定期的な謁見が必要で王都に定住していたようだ」
続くシルヴィーナの説明によると、冠位冒険者とは本人の冒険者ランクとは別に与えられる称号であり、認定には王家・軍部・教会のいずれかの組織が第一推薦組織として後見を引き受け、残る二組織が承認する必要があるらしい。
「普通に考えれば有り得ない条件だ。三大組織が揃って一人の冒険者を認めるなど、ここ十数年の各組織の温度感からすると不可能だろう。しかし先生は違う。既に全組織の中核的人物である私達からの信頼を得ている」
「王家、軍部、教会……確かに、言われてみりゃオレ達だけで推薦しようと思えばできるのか」
「それだけで決まるほど簡単なものではないがな。上が無理に事を進めようとすれば、必ず反発する者が出るものだ。先生のランクがいくらか上がるまで待って、何か大きな功績を挙げた時に推薦するのが自然だろう」
「いいんじゃないかな。先生はもっと評価されるべき人だ」
「他国の王女を妻にしていたってのもいい。そんだけ格が高けりゃオレ達と一緒にいても誰も文句言えねぇだろ」
それぞれ周りの反応にも多少思うところはあった。何も知らないから仕方ないとはいえ、自分の人生の中心に置いている恩師が粗雑に扱われて面白い訳がない。
恩師が世間から正しく評価され、王都に留まる理由もでき、一緒にいても自然。自分との将来だって約束されたようなもの(?)。三人はアレイドが冠位冒険者になった未来を想像し、あるいは妄想して何度も頷いた。
「うむ。……状況が変われば柔軟に作戦は変更していくつもりだが、現状の指針としてはそれでいいか?」
「あぁ。今は先生のランクアップを待ちながら、オレ達は自分の組織に先生の顔を売っていきゃいいんだろ。教会関係で先生に回せそうな仕事とかあんのか……?」
「軍は頼みやすい仕事が多そうだ。でもさ、どの組織も上層部は貴族の人ばかりだよね。その人達に先生を売り込んでしまって大丈夫なのかな? もし先生の魅力に気付いて自分の家に取り込もうとする人なんて現れたら……」
「そんなこと……いや、先生ならあり得そうなんだよな……」
想像できない話ではなかった。自分達が散々脳を焼かれているのだ。これから先、恩師に強く惹かれる者が出てきても全く不思議ではなかった。
「安心しろ。先生はこれから私達と一緒にいる機会が増える。その様子を見て意図を汲み取れない者など今の上流貴族にはおらん」
「意図を汲み取った上で無視する人がいたら?」
「見つけ次第、王族として“注意を促す”」
「脅迫じゃん」
王女の言葉に若干引きつつも、それを止めようとする声は上がらない。
自分ができる事を最大限に活用する。何をしてでも欲しい結果をたぐり寄せる――これは戦いの中で生き抜くために、恩師が教えてくれた事でもあった。
こうして三人は方針を定め、取るべき手段を決めた。
その後も少女達はしばらく細かい話を詰めていたが、それも終わると自然と話題は恩師との思い出話に移っていった。
「そういえば今は先生ってこんな感じだけどさ、エルシアと旅してた時ってボクの時より恐かったんだよね?」
ロイゼが身を乗り出し、聖女の白手袋をアイマスクにしているアレイドの頭を優しく撫でる。『こんな感じ』と評されたアレイドの表情は、険しい過去を感じさせないほど穏やかだった。
「恐いっつうか、あれはオレの我が儘を聞いてくれてただけだぞ。確かに態度は荒々しかったし、瞳も怒りやらなんやらで濁りきってたが、根っこにはちゃんと優しさがあった」
「ほう。ではエルシアは先生のそういったところに惹かれたと」
「っ……まぁ、そうだが?」
シルヴィーナの言葉に、エルシアが顔を赤くしてそっぽを向きながら答える。
そのままエルシアは何かを言うか言わないか迷う素振りをしていたが、悩みに悩んだ末に再び口を開いた。
「それとその、あれだ。……………………普通に顔も好みなんだよな。男性観壊されまくってる時に見続けてたせいか、もう見てるだけで多幸感が湧いてきちまうっつーか……」
「分かる」
「分かる……」
職人の表情で頷き合う聖女と勇者と王女。もう後戻りできない所まで行ってしまっているらしい三大組織の要人達は、この瞬間だけは何の肩書きも持たない年相応の少女に見えた。
やがて夜も深くなり帰り支度を済ませた三人は、部屋を出た瞬間に目が合った宿屋の娘に金を握らせてからそれぞれの家へと帰っていった。