昔育てた勇者・聖女・王女に「女扱いせず鍛えてくれた」と慕われてますが、全員男だと思っていた 作:だぶすと
「おい、どけよおっさん。お前のような庶民はこの場に相応しくないと分からないのか?」
翌日。
朝起きて宿屋の娘さんから女の敵を見るような目で見送られ、シルヴィーナに指定された待ち合わせ場所で待っていた俺は、なんと初日に会った身なりの良いガキと再会する事になった。
「僕は今からそこのカフェに行くんだ。景観を崩すんじゃない。さっさと消えろ」
このガキは王都に来たばかりの俺が“成る”切っ掛けを与えてくれた人物だ。
今この瞬間も、俺が“更なる高み”に往くための経験値がどんどん溜まっている気がする。
「すみません、今人を待っている最中でして……」
「はぁ? 待ち人だと? お前のような人間の連れなんて同じおっさんの浮浪者くらいなものだろう。合わさったら余計に景観を損ねる。一刻も早く消えろ、これは命令だ」
「待たせたな、先生。この外套を持ち出すのに手間取ってしまった」
どうしたものかと言葉を選んでいると、ガキの言葉を遮って横からシルヴィーナが現れ、全身で密着するように俺の腕を抱き込んできた。押し寄せる超質量が腕の形に沿って大きく歪み、それを見てガキが絶句する。教育に良くないんじゃないかこれ。
「ぁ……ぁ……」
「話し中だったか? 悪いがこっちが先約だ。貰っていくぞ」
「え……あの、ぼ、僕を誰だと……その……」
何か言いかけたガキに見せつけるようにして、シルヴィーナが俺の腕を引いて歩き出す。合流できたのはいいがガキの情操が心配だ。
「討伐隊は東門に集まっている。先生もこの外套を着てくれ」
街中を移動する間、シルヴィーナから外套を受け取り、昨日言っていたエキストラの心得とやらを伝授してもらった。
周囲に溶け込むコツは『今まで出会った人間の平均値になりきる事』らしく、俺が辺境のカスになりきっていたところシルヴィーナに止められたのでとりあえず外套のフードを深く被っておく。
門前に集まっていた魔王討伐隊の人数は思っていたよりも少なかった。それでも田舎の農村くらいには人がいるんだが、軍事作戦と聞いて想像していたものとしては小規模だ。
「あの人数だとバレずに紛れ込むのは難しいか……?」
「問題ない。行くぞ、さっきのコツを使うのだ」
「オラオラ行くぜェ~~~~」
辺境のカス(なりきり)と王女(本物)が魔王討伐隊の最後尾に加わり、誰にも触れられる事なく行軍が開始される。なんでだよ。流石にシルヴィーナの外套に何か仕掛けがあるんだと思いたい。
そのまま討伐隊に紛れて王都を出た俺達は、やがて山道へと足を踏み入れた。
「昨日は結局聞かされなかったが、今回見つかった魔王ってどんな魔族なんだ?」
「……確かに先生には話していなかったな。私達を信用してもらえるのは嬉しいが、詳細も聞かずに頼みを引き受けるのは良くないぞ。特に私達以外の女には十分注意するように」
「なんで俺が注意される側なんだよ」
俺が敵の詳細すら訊かずに教え子からの頼みを引き受けたのは、三人なら絶対に俺を悪いようにしないと信用しての事だ。他の人の頼みならそう安請け合いはしない……はず。
「今回見つかった魔王は飛行能力を持つ人型の魔族だ。人語を介して魔物に指示を出している姿が確認されている。今のところ単独で行動しているようだが、他の魔族と合流して手が付けられなくなる前に各個撃破しておきたい、というのが軍部の意見だ」
「他の魔族と合流……確かにそういう可能性もあるのか」
「安心しろ、いざとなれば王家の切り札がある。最悪の事態にはさせん」
魔族は誰にも従わないと友人は言っていたが、仲の良い奴ら同士が集まって集団を作るのは普通にあり得る話だ。そうして頭数を増やしていった結果、度を越えた馬鹿をやってしまったのが過去の魔王軍なのかも知れない。
「でも空を飛べるって事は俺の知り合いの可能性もあるか。もしそうだったらちょっと楽しみだな」
リンドーは翼が生え始めたのを大人達に見つかって追放された。
まだ小さかったので実際に飛んでいる姿は見られなかったものの、生きていれば今では立派に空を飛び回っているはずだ。
「……なぁ、これから戦う魔王が先生の友人だったらどうする?」
「ん? んー、そうだなぁ。一応本人から話は聞きたいが、敵なら戦うしかないだろうな」
「相手が友人でもか?」
「ああ。お前達になら誰を敵に回しても味方になろうと思うが、あいつは本当にただの友人だからな。味方になりたいとか間違った行動を正したいとかじゃなくて、それがあいつの選んだ生き方なら俺も正面からぶつかりたい」
「そうか。愛だな」
愛じゃない。教え子達への感情には愛情も含まれているだろうが、あいつは違う。
力試しで散々ボコボコにしてくれた上に、ようやく引き分けたと思ったら大人達に正体がバレて、去り際に村を滅茶苦茶にして出ていったクソガキに愛情なんて持てるか。俺から借りパクしたスケベ本をどうしたのかだけ教えろ。
「なぁシルヴィーナ、もしお前が友人に本を貸したとして……おっ、先頭が立ち止まったな」
「行くぞ」
シルヴィーナと友人について話しているうちに隊列に動きがあった。前方にいた軍人から順に立ち止まり、隊列が縦に潰れていくと同時に全体の空気が張り詰めていく。
集団の外側からコソコソと前に出ると、先頭は木々が開けた広い空間に出ていた。その先には大きな花畑があり、牙を持つ緑色の魔物――オークが大勢で大量の赤い花を栽培している。
魔物が花を育てているという光景に一瞬困惑したが、問題はそこじゃない。行軍が止まった原因は、花畑との間に割り入るように降りてきた一体の魔族だった。
「ごめーん、ちょっと邪魔すんのやめてくれる?」
その魔族はどこか妖精を思わせる、宙に浮く四枚の鋭利な羽を持っていた。
金色のサイドテール、腰巻きにした上着、着崩した服から伸びる健康的な素足、かかとを踏むように履いた革の短靴――俺のファッションセンスでは太刀打ちできない圧倒的な若者感を放つ彼女は、星の転生者である魔族特有の生命の輝きを放っている。
残念ながら俺の友人ではないが、その力は過去の彼を大きく超えるだろう。
「ま……魔王だ……!」
「……なに言ってんの?」
「敵襲、敵襲! 魔王が出たぞおおーっ!」
「はぁ? そっちが来たんでしょ!?」
魔王が声を出す度に兵士達が大きく反応し、魔王が困惑している。当然だ。まさか自分が人間から魔王認定され、討伐隊が編成されているとは思うまい。
「てかあたし魔王じゃねーし! 話聞いてる?」
「ッ!? 魔王が動いたぞ!」「魔王が動いた了解」「魔王の前傾を確認!」
「なにこいつら……」
魔王が困惑を越えてドン引きしている。当然だ。まさか自分の一挙手一投足が記録されているとは思うまい。
代表として一歩前に出たロイゼとエルシアに合わせ、俺とシルヴィーナもこっそりと接近しておく。魔王が動揺している今が距離を詰めるチャンスだ。
「何を疑ってんのかは知らないけど、あたしはここで花を育ててるだけだよ。そんな物騒な武器やら何やら持ってこないでくんない?」
「花だと……? では向こうのオーク達は何なのだ。ここに魔物の軍勢を集め、王都に攻め入ろうと企てているのだろう!」
ロイゼの隣にいたグディル様が勢いよく食ってかかる。魔王との会話を任せられているあたり、やはり軍でも相当なポジションにいるお方なんだろう。
「あのオタク君達は花の栽培を手伝ってくれてるだけだし。ちゃんと真面目にやってんのウケるっしょ」
「適当な事を抜かすな!」
「オークにもオタクがいるのか……」
冷笑系ギャルやめろ。魔族と魔物では力の差が大きいとはいえ、あんまりな関係性だと思う。
「そもそもあの花は何だ!? はぐらかそうとしても無駄だぞ!」
「え? あの花はその……綺麗な花だから育ててるだけだし? なんも文句ないっしょ」
「ポフェニアという違法薬物の素材ですよね? 乾燥させてから水に溶かして摂取する方式のもの。匂いで分かります」
「エルシア様……?」
畑の花について誤魔化そうとした魔王をすかさずエルシアが追及する。
実に頼もしいが、聖女の口から『違法薬物』というワードが出た違和感が凄い。
「え、そこの青白い髪の女の子、詳しすぎない? 違法薬物なんだよね?」
「……女神様がそう仰っているのです」
「女神ぃ? あー、そゆこと。……まぁ、そこまでバレてるならしゃーないか。――そう! あたしらはあの赤い花を育てて、人間に売って資金調達するのが狙いなの! 花が蔓延すれば近くの大きな町も面白い事になりそうだし一石二鳥、みたいな」
「なっ、なんと……! 魔王め、そこまで周到な作戦を企てていたとは、許せん……ッ!」
「思ったよりちゃんと悪事だな」
「今は魔族も裏工作する時代なのか……」
魔王がダブルピースを作りながら作戦を語っているが、魔族の事だし本当は『こっそり裏工作してバレる』という一連の流れがやりたかっただけの可能性まである。こいつらの行動理由なんて深く考えても無駄だ。
魔族が人間の金なんて集めて何に使うのかも気になるが、それは辞世の句として聞けばいいだろう。
「どうせそっちはやる気満々なんでしょ? あたしも最近起きたばっかで身体が鈍ってたトコだからさ、相手したげる。オタク君達ちょっと集まってー!」
「オークの大群が来ます! 勇者様、ここは俺達が!」
「聖女様、露払いは私達にお任せ下さい!」
魔王の合図を受け、地面を揺らしながらオタク君達が突進してくる。
手にクワやらジョウロを持っているのが若干シュールだが、数が多く統率も取れてるので討伐隊がいくら精鋭揃いだとしても制圧には時間が掛かりそうだ。
グディル様がロイゼを庇うように前に出て、側にいた教会の人間もエルシアを庇ってそれに続く。
オーク達と衝突した戦線が奥に流れていき、少し離れた場所に降り立った魔王と英雄達が対峙した。もちろん俺とシルヴィーナもそこに紛れ込んでいる。
「お兄さん達があたしの相手? なんかパッとしないけど……自信ありそうだね? 戦う前にお話とかしとく?」
「俺はただの手伝いだ。お前と話す事なんてない。……いや、聞きたい事くらいなら多少はあるか」
「へぇー、聞きたい事。魔族のあたしに? 面白いねお兄さん。いいよ、答えたげる」
「……いいのか?」
俺が確認を取ったのはもちろん魔王にじゃない。教え子達にだ。敵と会話して戦闘開始を引き延ばす事が有利になるのか、不利になるのかは状況による。
三人に目配せした結果少しだけ準備に時間が欲しいようだったので、俺は魔王に友人の事を聞いてみる事にした。これはただ個人的に知りたかったからじゃなく、最も相手の興味を引ける話題だと思ったからだ。
「故郷でよく遊んでいた魔族の友人がいたんだ。リンドーっていう男の子で、別れる前には黒い翼と巻き角が生えかけていた。そいつについて何か知らないか?」
「……マジで言ってんの? お兄さん、それ女だよ」
「えっ」
えっ。
「だからリンドヴルムでしょ? それ女だよ」
「え、いや……え? 違う違う。あいつはリンドーだから……」
「黒の巻き角でリンドーってそんなのリンドヴルムしかいないって。爪も黒かったっしょ? うわーお兄さん、あんな可愛い系の子を男と間違うとかないわー」
「……」
確かに爪は黒かった。顔立ちもどちらかというと可愛い系だった……かも知れない。
だがあのリンドーが女な訳がない。一緒にスケベ本を見たじゃないか。
これは罠だ。魔王が俺を陥れるために仕組んだ罠だ。そう叫びたいところだが、残念ながら俺には三度の前科がある。そして魔族には生まれ直しても続く割と狭めのコミュニティがある。マジかあいつ……女だったのか……。
この場にリンドー本人がいない事だけは幸運だが、ここにきてついに教え子達の前で女性の性別を間違えていた事が明らかになってしまった。誰だよこの話題選んだの。
「先生、嘘だよね……? 女の子なのに男の子だと勘違いされてたなんて、ボクならショックで寝込んでしまいそうだ」
「これはオレも擁護できねぇな。先生が悪ぃ」
「到底許される事ではないな。何をされても文句は言えんぞ」
「……」
これは流石に言い訳をさせてもらいたいが、リンドーの成長が人間より遅かったのもあって当時はほとんど性差が見られなかった。今思えばちょっと引っ掛かる言動があったような気もするが……当時は俺もガキだったんだ、その程度で一度男だと認識した相手の性別を疑うはずもない。
でも知ってる。こういう時って言い訳したら逆に状況が悪くなるんだ。
俺は教え子三人からの溜息と呆れた視線を受け止め、改めて彼女達を男だと思っていた事実を墓まで持っていくと心に決めた。
「くそっ、魔王め……!」
「自分が間違えてたくせにこっち逆恨みしてくんのえぐい。あ、あとあたしはリンドヴルムとは前回生きてた時に会った事があるってだけで、今のあの子が何してるのかは知らないから」
「……そうか、分かった。ありがとう」
魔王は前の記憶も引き継いでいるようだが、リンドーは新品の人格だと言っていた。種族によって差がある部分なのかも知れない。
冷や汗をかきながら過去の自分を問い質していると、後ろで三人がゆっくりと散開していく気配がした。俺の心証の悪化と引き換えに準備が整ったようだ。
「で、聞きたい事ってのはそれだけ? オタク君達も頑張ってくれてるし、そろそろこっちも始めちゃおうと思うんだけど」
「あぁ大丈夫だ。ただ、戦うのは俺じゃないがな」
「さあ魔王! このボク――勇者、ロイゼ=ストームガルドが相手になるよ! そしてこっちが!」
「……聖女、エルシア=ラグナディカです」
俺が一歩引くのに合わせてロイゼが元気よく名乗りを上げる。家名は無かったはずなのでストームガルドは勇者としての称号的なものだろう。高揚した声色と表情から『言ってやったぜ感』が滲み出ているが……分かる。こういうコテコテの口上っていいよな。
一方そんなロイゼから急に話を振られたエルシアは、居心地悪そうに頭を掻きながら名乗って聖杖を構えた。分かる。今から殺そうって相手に名前教えるの抵抗あるよな。