昔育てた勇者・聖女・王女に「女扱いせず鍛えてくれた」と慕われてますが、全員男だと思っていた 作:だぶすと
王都への旅は概ね快適だった。
初めての馬車は俺の尻に無視できないダメージを与えたが、『自分の足で歩かなくても目的地に進む』という非日常感が高揚を生み、寡黙な御者や相乗り客との気まずい時間を耐え忍ぶ事ができた。
馬車の乗り換えで立ち寄った交易都市は想像を越える大都会で、極南にある町を『都会』と称していた過去の自分がどれだけ小さな世界で生きてきたのかを身に沁みて実感できた。
そして王都に到着した俺は、そんな感動すらも軽く凌駕する“次のステージ"にいた。背の高い建物に囲まれて狭くなった空の下、人の往来が途切れず喧騒に満ち溢れた中央通りに面する喫茶店で、やたら身なりのいいガキに「どけよおっさん」と肘打ちしながら横入りされた時に俺は――“成った”。修羅にじゃない。
無意識にガキの胸倉へと伸ばしていた手を止め、相手の身分を推察して冷静に列を譲った時、俺は本当の意味で大人になった。社会を形成する歯車としての何かを手に入れ、そして大切な何かを失ったんだ。
「どうだい、十分な広さだったろう?」
「ええ、ありがとうございます。いい部屋を貸していただいて」
昼下がり。哀愁漂わせポエミーになっていた俺が辿り着いたのは、人通りの少ない外周付近にある安宿だった。
母と娘の二人で切り盛りしているらしいその宿は料金の割に広く、お湯まで貰えるというサービスの充実っぷり。久々に部屋が空いたと言っていたので王都の中でも好条件な宿なのは間違いないだろう。
「城下町を見て回るなら気を付けなよ。あんた来たばかりだからオベウス様とストレリカ様の話は知らないだろう? お二人とも最近は特に張り切ってらっしゃって、昨日も東区で取り締まりや抜き打ち調査があったそうだから」
宿屋の女将によると、現在の王都では第一王子のオベウス様と第一王女のストレリカ様が後継者争いの真っ最中で、それぞれが民衆の支持を得るために日々『ご活躍』されているらしい。
恐らく政治的なパフォーマンスなんだろうが、女将の反応を見るに現場の人々は少々息苦しく感じているようだ。
「その点、第二王女のシルヴィーナ殿下はいいんだけどね。偉そうなのは他二人と一緒なんだけど、庶民の小さな問題に気付いて手伝ってくれるから。でも第二王女なのよねぇ……」
「第二王女だと何かあるんですか?」
「ご本人が次期国王になるつもりがないのよ。オベウス様とストレリカ様にも目の敵にされてるみたいだし、お偉い方々は兄妹間の上下関係も厳しいのねぇ」
「へぇ、ご兄妹で」
目的を同じくした事で仲の良かった兄妹が険悪になってしまう――どこかで聞いた事のある話だ。俺も一人目の教え子もそうだったが、若い時に誰かを憎まずにいられないのは国民性なのかも知れない。
俺はまだまだ語りたそうな女将との話を切り上げ、無愛想……というか明らかにこちらを警戒している娘さんに挨拶して宿を出た。
目的は夕食と近所の散策。まだ日没まで余裕があるのに今日のうちに冒険者ギルドに行かない理由は長旅で疲れてしまったからだ。決して怒られるのを嫌がって先延ばしにしている訳じゃない。
「おぉ……本物の聖女様だ……! あの御身に神が宿っているとは……なんと神々しい……!」
「是非とも私にも祈りを! アストリエ王国万歳!」
「そこの人、それ以上近付かないで下さい! エルシア様のご迷惑にならないように!」
夕食の店を探して町を散策する途中、道路脇の広場に人だかりを発見した。
遠目に捉えた時は旅芸人でも来ているのかと思ったが、野次馬根性で近付いて人々の声を聞いてみると、とんでもない人物がその中心にいる事が分かった。
「さあ、共に祈りを捧げましょう。神は今もすぐ近くで私達の行いを見守っておられます」
少し離れた位置から人だかりの中心を覗き見ると、そこには目を疑うような美しい少女がいた。
純白の法衣に身を包んだ小柄な体躯。蒼銀の長髪を揺らしながら己の背丈にも及ぶ聖杖を掲げ、そこから放たれる荘厳な雰囲気にも負けない柔和で清らかな微笑み。そしてその身に秘めた強い神聖。
これから冒険者ギルドに出頭しようとする俺とは全く住む世界の異なる、まさに住んでいる次元の違う存在だ。その身に神を宿しているという話が本当なら、ある種の上位存在とも言えるだろう。
伝説のイメージに一切違わない聖女様のお姿には感動を覚えるが、明らかに一般人らしい若い女性達が親衛隊みたいに壁を作って自治しているところに時代を感じる。
「この祈りに神はきっと応えて下さるでしょう。なぜなら――。……」
遠巻きに集団を眺めていると、その中心にいた聖女様と目が合ったような気がした。まさかと思ったが、一度視界から外して再度視線を向けても確かに目が合っている。
心境を読み取るべく彼女の青い瞳を注視すると、やがて聖女様は言いかけていた言葉を飲み込んでガラの悪いチンピラのように眉間に皺を寄せてしまった。
「……? ……っ!? は????」
「せ、聖女様? どうされましたか……!?」
「なんだ……? あっちに何かいるのか?」
目に見えて狼狽えはじめた聖女様の横にいた修道服の男性が、彼女の視線を追うようにこちらを見る。それに続いて親衛隊や周囲の人々も一斉にこっちに顔を向けてきた。
藁にも縋る思いで俺も後ろを向いてみたが、残念ながら背後に人影はない。
顔を前に戻すと、すぐ目の前にまで聖女様が来ていた。
「……」
「……」
何か言いたげにこちらを見上げる姿は可愛らしい人形のようだが、いかんせん視線の圧が強過ぎる。
俺の剣を見て何かを確信するように頷いた後は更にその圧は強まり、存在を確かめるように軽く押してきたり、顔を寄せて匂いを嗅いできたり、かと思えば慌てて離れたりしている。
遠くに見える修道服の男性や親衛隊の女性達からの視線が痛いが、特に何かを言ってくる様子はない。あくまで聖女様の行いを尊重する姿勢なのか、それとも事態が急過ぎて思考が追いついていないだけなのか。
「あー……こほん。私は急用を思い出してしまいました。すみません、この場を任せてしまってもよろしいでしょうか?」
「聖女様……? あの、それはどういう」
「この場を任せてしまってもよろしいでしょうか?」
「……勿論です。お任せ下さい。神の御心のままに」
「聞きましたか!? 解散! 解散です! 『エルシア様をお守りし隊』の会員はこの後本部に集合して下さい!」
聖女様が急用を告げると、修道服の男性は全ての疑問を嚥下するように深く頭を下げた。
親衛隊改め『エルシア様をお守りし隊』の女性達も即座に切り替えて集まった人々を散らし始める。ネーミングセンスが本当に終わっているが、切り替えの速さは相当なものだ。
「おい、そっちの宿に行くぞ」
「あ、ハイ」
人波に乗じて俺も立ち去ろうとしたが聖女様に胸倉を掴まれて阻止される。
強引に顔を引き寄せて耳打ちしてくる彼女の口調は第一印象と掛け離れた荒々しいものだったが、どこか懐かしさのあるその声を疑う気にはなれなかった。
◇ ◇ ◇
散策を切り上げて宿へと戻る途中、聖女様のお姿は誠眩しいものだった。
聖域そのものが歩いていると錯覚するほどの荘厳な雰囲気を纏いながらも、道行く人々の声に応えて手を振り、慈愛に満ちた笑みで子供と接する姿はまるで聖母のよう。
そんなお姿を間近で見た俺が、先ほどの荒々しい口調は幻聴だったのだと確信するのにはそう時間は掛からなかった。
聖女様は勇者様と共に伝説上の人物であり、その身に神を宿した上位存在だ。そんなお方があのようなチンピラじみた言葉使いをするはずがない。
「――で、王都にはいつから来たんだ? オレが最初か?」
しかし今、俺のベッドにどかりと座ってガラ悪く片膝を立てているお方は間違いなく聖女様その人だった。
周囲の目を気にしながら宿に帰り、信じられないものを見るような目でこちらを見てくる宿屋の娘さんに気付かないフリをして自室に戻ると、聖女様は首を鳴らしながら我が物顔で俺のベッドに腰掛けた。
やっぱり聖女様って純情だから男に対する警戒心とか無いんだな……とか余計な事を考えている間に、今の「王都にいつ来たか?」という問いが飛んできた訳だ。
「えっ、と……王都に到着したのは今日ですね」
「そうか。他の奴らにはもう会ったのか?」
「え、いや。会ってない、かと」
一貫して妙に親しげなのが気になる。俺に対する聖女様の態度は、知り合いや関係者どころじゃなく家族に対するそれだ。
俺に妹はいないし、故郷で唯一親しかった友人も男だった。というか魔族だった。こんな態度で互いに接するような可愛らしい知り合いはいない。
「おい、なんでさっきからそんなに畏まって……あぁ、もしかしてオレの事が分かってねぇのか? おいおい、寂しいなぁ?」
聖女様が大きく仰け反って首を振る。ショックを受けているような言動に反して表情は楽しそうだ。
しかし、これはやっぱり――そういう事なんだろう。俺は洞察力だけで辺境を生き抜いてきた男なので、状況を読む力には多少なりとも自信がある。
要するに、きっと聖女様は過去に俺と会った事があるんだろう。そして久しぶりに俺と再会し、二人で話したいと思って部屋に来たんだろう。
そして俺は、そんな彼女の事を何一つ思い出せていないんだろう。人としてどうなんだそれは。
「(今からでもいい。思い出せ、被害を最小限にするんだ……!)」
魔物との戦いで命の危機に瀕した時、俺は極度の集中によって時間が何倍にも引き延ばされるような感覚を持つ事があった。そして今もそれと同じ事が起きている。どうやら命の危機と同等のピンチらしい。
聖女様は幼さの残る顔立ちからして恐らく十代半ば。流石の俺でもここ数年で会った相手を忘れる事はないと思うので、一桁歳の頃に出会っている可能性が高い。
喋り方が一番近いのは辺境の野盗共だが、一度会った野盗と再会する事はないので除外。記憶にある中で次に喋り方が近いのは、冒険者になった直後に助けた一人目の男の子だった。
当時の俺は黒歴史の真っ最中だったが、彼が持つ憎悪と怒りに自分を重ねて手を差し伸べた。
「……オレさ、アンタと別れてから“こう”なっちまうまでに色々……そう、色々あったんだ。そうやって悩んでくれてる姿を見ると、アンタの想像を越える成長ができたんだなって思えて……なんというか、嬉しく思うよ。本当に」
片膝を立てていた聖女様が、座り直して花が咲いたように笑う。それまで特別な存在に見えていた聖女様だったが、この瞬間チンピラでも神聖な上位者でもなく、ただ年相応の一人の少女に見えた。
「だがな、オレも女だ。幼名しか名乗ってなかったオレも悪いんだろうが、ちょっとは自分が粉掛けた女の事くらい覚えててほしいモンだよなぁ? 先生?」
「先生……? ……あ……」
長く耳にしていなかった言葉だったが、その一言で繋がった。
俺みたいな人間を先生と呼び、ここまで口調の荒い知り合いなんて一人しかいない。
「お前……エルか!? 大き……強……綺麗になったなぁ!」
「あぁ、アンタも女に対して言葉を選べるようになったようで何よりだ」
お前女だったのか……咄嗟に出掛かったその言葉を飲み込み、胸に飛び込んできたエル改めエルシアを受け止めて強く抱き締める。小柄ながらも間違いなく女性的なその体付きに戸惑いを覚えるが、態度には出さない。元から知ってた風な顔をしておく。
誰なのか思い出せなかった事は許してもらえたようだが、過去には互いの命さえ預けた教え子の性別を間違えていたのは流石に大人として……いや、人としてラインを越えてるんじゃないだろうか。ギリセーフか?