昔育てた勇者・聖女・王女に「女扱いせず鍛えてくれた」と慕われてますが、全員男だと思っていた 作:だぶすと
要するに、あの日助けた彼は彼女だったのだ。そんなことある? 結構長い間一緒にいたのに? これじゃ俺の目が節穴みたいじゃないですか。
当時は完全に男だと思って接していたので、つまりあの頃の俺は聖女様の体を無遠慮に触ったり、目の前で裸になったりしていたという事になる。これもう歴史的大罪人だろ。一つでも公になったらもう終わりだよ俺の人生。
俺の胸に顔を埋めて小さく鼻をすすりながら泣いている教え子の姿を見て、この秘密は墓まで持っていこうと固く誓った。とにかく今は全てを忘れ、再会を喜ぶべきだ。
「エル……いや、エルシア。生きていてくれて本当に嬉しいよ」
「ズビッ……はぁ。そりゃこっちの台詞だ。オレの復讐に付き合ったせいで先生が追われる羽目になっちまって……少しだけ、少しだけだが、どこかで野垂れ死んでんじゃねーかと心配した。なんでもっと早く来なかった? 冒険者ギルドから要請は出てたよな」
「どこの町も張り込まれてて近付けなかったんだよ。というかランクアップ要請の話は知ってるのか」
「あぁ、要請を出した奴を知ってる」
スンと鼻を鳴らし、こちらに抱き付いた姿勢のままエルシアが上を向く。
『要請を出した奴』というのが気になるが、再会してすぐに交友関係を聞き出そうとするのはちょっと保護者気取りが過ぎるか。キモいとか言われたら泣く。
「先生を張ってた教会の奴らはオレが派閥ごと潰したから、二年前くらいには極南から追っ手はいなくなってたはずだぞ。アンタがギルドに顔さえ出してくれれば、オレ達はもっと早く再会できたんだ」
「そうだったのか……ずっと国境沿いにいたから気付かなかったな。確かに不便ではあったけど、なんか赤黒い魔物とか討伐してればそこそこの報酬は貰えたし」
「相変わらずイカれてんな……いや、格好いいと思うよマジで」
どうやら俺は実際には二年ほど早く社会に戻れたらしい。割とショックな情報ではあるが、俺目線で安全を確認する術が無かったんだから過去を嘆いていても仕方がない。国境の村を点々としながら様子見を続け、ようやく確信を持てたのがついこの前の話だ。
抱擁で十分喜びを分かち合ったので一旦エルシアから離れようとすると、彼女はそれを拒むように腕の力を強めてきた。
『聖女様が男と密室で抱き合っている』という字面だけ見ればかなり危ない状況になってるんだが、俺だって昔と違って人の感情の機微くらいは読めるようになった。今は何も言うまい。
「それにしてもお前が聖女とはなぁ。……無理はしてないか?」
「ん? 別に無理なんてしてねぇが。あぁ、心配してくれてんのか。教会をあれだけ憎んでいたオレが、今じゃその象徴みてぇな存在になってるから」
「それもだし、さっきの広場では随分と昔と違う喋り方してただろ? 人前だから少し無理してたのかなって」
「あぁー……まぁ、オレにも民から求められる聖女像ってモンがあんだよ。それに、その声に応えたいっていう気持ちも嘘じゃない」
「そうか」
分かりやすく変わった外見ばかりを見てしまっていたが、むしろ大きく変わったのは内面の方なのかも知れない。
民を救わんとする彼女の精神性はまさしく聖人のそれであり、あの日から肩書きに一切変化がない俺としては非常に肩身が狭い。
「でもよ、オレが聖女になったのは先生が原因でもあるんだぞ」
「俺が原因?」
「あぁ。あの最後の戦いの前、オレに言ってくれただろ。『死ぬ時は隣で一緒に死んでやる』って」
「…………そうだな」
覚えてない。全く覚えていないが、昔の俺ならちょっと言いそうな言葉でもある。恐らく人生の終わりに格好を付けたつもりだったんだろう。実際、生き残る確率の方が低い戦いだった。
「嬉しかった。自分で復讐したいと頼み込んだくせに、その直前で臆病風に吹かれたガキのケツを叩くための方便だって分かっていても……本当に嬉しかったんだ。今でも頭に焼き付いて離れねぇ程にな」
「……それで聖女に?」
「聖女ってのはなろうと思ってなれるモンじゃねぇ、オレを選んだのは女神様だ。でも、そうだな……確かにオレはこの役割から逃げる事だってできた。アンタが約束してくれた通り、ずっと二人で一緒に過ごそうと思えば過ごせたんだ」
「したかなそんな約束」
「でもオレは聖女になる事を受け入れた。女だからと侮らず鍛えてくれた先生みたいに、誰かのために行動できる人間になりたいと思ったんだ。教会の奴らのせいで別れてからも長い間迷惑を掛ける事になっちまったが……その償いも含めてずっと恩を返したかった」
エルシアは照れくさそうに頬を染め、再び俺の胸に顔を埋める。したかなそんな約束。
恐らく俺が言ったらしい『死ぬ時は隣で一緒に死んでやる』という言葉をエルシアが柔軟に解釈した結果だと思うが……今それを本人に確認する勇気はない。
あと女だからと侮らず鍛えた、というのは当然男だと思っていたからだ。これも本人に言う勇気はない。というか言うべきじゃない。
「……エルシアは恩だ償いだと言ってくれてるが、お前が復讐を遂げて、それでも教会を赦したのを見て俺も前を向き始める事ができたんだ。それ以外にも十分色々なものを貰ってるし、俺に対して負い目を感じる必要なんてないんだぞ」
「んー……そう言ってくれるのは嬉しいが、これはオレのやりたい事だからな。先生の邪魔にならねぇ程度にやらせてもらいたい。しばらくは王都に滞在すんだろ?」
「詳しくはギルドの要請内容を確認してからになるだろうが、ランクアップなんてそう簡単にできる事じゃないしなぁ。長く滞在する事になるだろうな」
冒険者ランクは基本的にDランクからAランクまでの四段階に分けられる。Sランクも存在するらしいが特例だ。
人の実力をたった四段階に分けようというのだから、その一つ一つは幅が広く、越えるための壁も高い……と説明を受けた。十年前に。
「ま、先生は何も考えず冒険者活動に精を出してくれりゃいい。オレも教会の聖女サマとして上手くやっとくからよ」
「あんまり背負い込むんじゃないぞ? お前は昔から自分を省みないから心配なんだ。何があっても俺はお前の味方だからな」
「っ、……先生がそんなだからオレ達の男性観が狂ってんだぞ。くそ……弱み過ぎるこれ……」
小声で何かを呟きながら胸に顔を埋めてくるエルシアを見ていると、昔の生きるか死ぬかだった頃から互いに随分と変わったものだと実感する。
こうして素直に心情を語り合える日が来たというのは、別れてからも俺とエルシアが前に進み続けてきたという何よりの証拠だろう。
そしてその歩みは、きっと良い方向に向かえたんだと思う。