昔育てた勇者・聖女・王女に「女扱いせず鍛えてくれた」と慕われてますが、全員男だと思っていた 作:だぶすと
「なんだぁ……? 庶民が女連れで楽しそうに……当て付けのつもりか? あぁ!?」
そして今、俺達が繁華街の裏道を通ろうとした歩みは、きっと悪い方向に向かってしまったんだと思う。
あれから再会を喜び合った俺達は、一緒に夕食を取るために町に出た。
おすすめの酒場を紹介したいらしいエルシアに俺の外套を羽織らせ、更にテンションの上がった彼女が近道を通ろうとしたところで、俺達は絵に描いたような酔っ払いに絡まれる事になった。
「ちょっとあの騎士様イケメンじゃない? 話し掛けてみようかしら」
「しーっ、あれは騎士様じゃないわ。あの鎧とくすんだ赤髪……冒険者のリットマン様よ」
「あっ……」
前から歩いてきた二人組の女性が、酔っ払いに視線を送りながら俺達の脇を通り過ぎていく。
確かに酔っ払いは美青年感のある顔立ちに鎧も相まって騎士のような風貌だったが、その手に握られた酒瓶とダル過ぎる絡み方が、彼が騎士道から遠い存在だと示していた。
「なんだその目は……? 凍男騎士団の入団試験に落ちて没落した貴族の姿がそんなに面白いのか……!?」
「いえ、俺達は別に何も……」
「それから仕方なく登録した冒険者のランクアップ試験にも落ち、こうしてヤケ酒している貴族の姿がそんなに面白いのか……!? 発言力を失ったリットマン家は今や庶民同然だと言うのか……ッ!!」
「何も言ってません」
酔っ払いが勝手に身の上話を始める。こっちから聞いた訳でもないのに侮辱されたみたいに言うのやめろ。
というか騎士団に入団できないだけで没落する貴族なんているのか……。まぁ一口に貴族といっても様々なんだろうが、何にせよ庶民が触れる話題じゃない。
「その装備……お前も冒険者だろう! だが見ない顔だ。王都に来たばかりで、早速女を引っ掛けて今からお楽しみか?」
「えぇ、まぁ……そうなるんですかね。今から食事に行こうと思いまして」
「お前みたいな奴がいるからなあっ、冒険者が舐められるんだぞっ! やれ冒険者は尻が軽いだの、やれ冒険者は遊んでるだの……! お前はその風潮を作り出している自覚はあるのか!」
「えぇ……?」
酔っ払いが現状を憂うように言葉を吐き出し、立ったまま酒瓶を呷る。
冒険者のイメージ低下って……冒険者って元々そういう奴らの集まりじゃないのか……? 王都では名誉ある仕事だったりするんだろうか。
「別の町からの移籍勢のくせに、先輩冒険者に挨拶もせず女遊びとは呆れた奴め。増長する前にここで冒険者の流儀を叩き込んでやる!」
「え、あの。落ち着いて下さい、ね?」
「冒険者は力が全てだ! 強くさえあればこうやって……なんだお前……!? 全然動かんぞ……!」
勝手にヒートアップしていよいよ手を出してきた酔っ払いが俺の胸倉を掴み、持ち上げようと力を入れて捻る。
しかし酔っていて本来の力が出ないのか、しばらく服の首元を引っ張った後に諦めて手を放した。
「くっ、酔いすぎたか……? いや、こいつの装備が重いだけに違いない! よし脱げ!」
「一旦水を飲んだ方がいいんじゃ……?」
「おいおい、どうしたんだよ先生?」
俺が酔っ払いを落ち着かせようと宥めていると、一連の問答を見ていたエルシアがちょんちょんと服の袖を引っ張ってきた。
振り向いて少し腰をかがめると、顔を寄せて小声で話し掛けてくる。
「昔はこんなヤツ問答無用でブチのめしてたじゃねぇか。オレが一緒にいるから気にしてんのか?」
「いや相手は貴族だし……。それに俺、王都では『年相応の落ち着いた大人』って感じでいきたいと思ってるんだよな」
「落ち着いた大人……? 先生がぁ?」
エルシアが聖女にあるまじき眉間の皺で疑念を示してくる。言いたい事は分かるが、俺だってこの数年で変わったんだ。
「別に無理して感情を取り繕ってる訳じゃないぞ? あれから俺も色々と荒波に揉まれたんだ」
「うーん……まぁ確かに表情とか、喋り方とかは昔と全然違うけどよ……でもなんか根っこの部分がチラチラ見えてんだよな……」
「おい、こっちを無視してコソコソ喋るな! その根性叩き直してやる!」
どうも納得いってなさそうなエルシアに苦戦していると、酔っ払いが痺れを切らして後ろから殴り掛かってきた。反射的に振り向いて懐に入り、無意識のまま酔っ払いの肩と側頭部を掴んでぐっと力を入れようとしたところで――何もせず手を放した。
これこそが俺が黒歴史時代を脱し、落ち着いた大人になった証拠。
無意識に反撃しようとする生存本能を理性が上回り、自らの意思によって行動を制御している!
「見ただろ? これが昔との……“違い”」
「っ……確かに……違うな。前より殺意に鋭さが増して、隣に立ってるだけでゾクゾクきたよ。それ、試しにオレにもやってみてくんねぇか……?」
「なんか思ってた感想と違うな……」
殺意なんてねーよ。
エルシアには『悲劇のヒロインぶってた頃からすっかり真人間になったね。おめ』。くらいの反応を期待していたんだが、思惑に反してエルシアは上気しながら俺の腕を引っ張ってくる。今のどこに興奮する要素があるんだよ。
酔っ払いの方を見てみると、男は毛を逆立てて大量の汗をかいていた。表情は一転して真顔で、酒気もすっかり抜け落ちている。今のどこに酒が抜ける要素があるんだよ。
「ッ……酔いが醒めた。家の事でヤケ酒していても仕方がない、今から鍛え直しだ……!」
「え? あの」
「顔は覚えたからなッ!」
酔っ払いは酒瓶を地面に置き、晴れやかな足取りで立ち去っていった。ポイ捨てやめろ。
「何だったんだ……」
「見たままの酔っ払いだ。それより早く行こうぜ」
近道するつもりが意外な形で時間を取られてしまった。
とはいえ王都の人間――しかも気の立った貴族を穏便にやり過ごせたこの意味は大きい。今の俺なら、きっと王都でも一市民としてすぐに馴染めるに違いない。
大きな不安を解消して確かな自信を得た俺は、まだ少し中身が残った酒瓶を拾い上げてエルシアに小さく頷いた。
◇ ◇ ◇
【エルシア視点】
未だに興奮する体を抱き、先生のすぐ隣を歩く。
酔っ払いが先生の後ろから殴り掛かって来た時、オレ――エルシア=ラグナディカは、ごく自然にその相手が死んだものだと思った。過去の記憶では必ずそうなっていたからだ。
しかし今回はそうはならなかった。
「(あの酔っ払いも雑魚じゃない。酒に酔っていたとしても相当な実力者だったはずだ)」
攻防の際、酔っ払いの首元から僅かに覗いたのは冒険者の認識票――それもAランクのものだった。そんな冒険者が、何もできず首を折られかけた。
一瞬だけ漏れ出た殺意は昔以上に冷たく、鋭く研ぎ澄まされたものだった。
「(っ……)」
その殺意が自分に向けられた訳でもないのに、オレは自分の首にも手が掛けられたような錯覚を覚えた。実際にそうされている姿を想像し、言いようのない悦びに身震いする。
先生は優しい。オレを死ぬほどしごき上げていた時でさえ、口数は少なかったが思い遣りがあった。あの頃は自分もまだガキだっただろうに、オレみたいな女と一緒に命を懸けてくれた。
そんな優しい先生が、訓練の中ではオレを痛めつけてくれた。ボロボロになったオレを捨て置いてくれた。自ら頼んだ事とはいえ、それまで蝶よ花よと育てられてきた自分が雑に扱われるのが当時のオレには何だか嬉しくて……なんつーか気持ちよくなっちまったんだよな。普通に性癖曲がった。
「それにしてもいい動きだったな先生。オレと別れてから鍛え直したんじゃないか?」
「あぁ。こっちも色々あったからな。エルシアだってそうだろ?」
「まぁな」
先生と別れた後、女神様の声を聞いた時に真っ先に浮かんだのは先生の事だった。
師に恩を返したい、迷惑を掛けた償いをしたい、先生が誇れるような存在になりたい――それらは紛れもない本心だったが、結局のところオレが聖女になる事を選んだのは……恋心って事になるんだと思う。
聖女は神の依り代となり、その役目を負う限り永遠の命を手に入れる。その意味と重みが分からなかった訳じゃない。ただ、あそこで逃げ出してしまうと二度と先生の隣に並び立てないと思った。オレに救える誰かがいるのなら救いたいと思った。
あの時先生がそうしてくれたように。
「この道を抜けると目的の店はすぐだ。先生は金の事は気にしなくていいからな」
「別に金に困ってはないんだが……まぁエルシアがそう言うなら、今日は甘えさせてもらおうかな」
「ああ。任せてくれ」
聖女の不死には抜け穴がある。
先代の聖女は魔王を討伐した後、先代の勇者と結ばれた。そしてその日の夜にヤる事をやった。男と女のあれだ。先代の勇者は男だったからな。
で、それこそが聖女が不死から解き放たれる方法らしい。これは先代の伝言を受け取ってから知った訳だが、悩みに悩んで聖女になると決めたオレの覚悟を返してほしい。
そもそも別に処女性を失ったからって聖女として力が弱まるはずもないんだが……きっと女神様の温情ってヤツなんだろう。
「ただオレからも一つだけ……これは少し後の事になるだろうが、先生に頼みたい事があるんだ。その時は……よろしく頼む。できれば優しくな」
「ん? あぁ、それはもちろん。何でもするから言ってくれ」
「何でも、ね。あぁ、今日は本当に幸せな日だ」
オレ達は一度それぞれの道へと進み、別々の場所で大きく変わった。でも、これからだ。これからは一緒の道を歩いて、もっと一緒に変わっていく。
幸福感で緩んだ表情をそのままに、先生の手を取る。その傷だらけの手に指を這わすと、昔の訓練の日々が蘇ってきた。
……なんかいい感じに理由付けて頼んだら、また背中とか叩いてくんねぇかな……。