昔育てた勇者・聖女・王女に「女扱いせず鍛えてくれた」と慕われてますが、全員男だと思っていた 作:だぶすと
「旅は道連れという言葉がある。たとえ町中の短い移動だとしても、見るからに王都に来たばかりの貴様にとって同行者の存在は喜ばしいものだろう。それが私のように美しく魅力的な肉体を持つ女だとすれば尚更な」
エルシアと酒場で語り合い、帰りたくないと駄々を捏ねる聖女様をどうにか説得して解散した翌日。俺は今、冒険者ギルドに向かう道中で謎の女性に絡まれていた。
身なりは良い。しっとりと揺れる金髪は長く、身長は俺より少し低い程度だろうか。外套のフードから覗く顔は自称するだけあって現実味が感じられないほどの美人で、威圧的な鋭い目付きも相まってかなり支配的な印象を受ける。外套の下には体の線が出やすい黒いローブのような服を着ていた。
……あと、あまり普段は女性のこういう所を意識しないようにしているんだが、どうしても視界に入ってくるし言及しないのも不自然なので言っておく。胸がデカい。
「あの……俺に何か御用でしょうか? 難民支援の署名とか、アンケートとか」
「人を勝手に観光地のスリ扱いするな。私は貴様を冒険者ギルドまで案内してやろうとしているだけだ。私ほどの女を侍らせるなど、男にとって名誉そのものだろう」
「そうですね。ありがとうございます」
頭の中を大量の疑問が支配しているが、隣を歩くだけで金を取られてもおかしくない女性と話せているのは確かなので礼を伝えておく事にした。決して真面目に対話するのが面倒になったからじゃない。
話し掛けられた瞬間はスリか詐欺師かと警戒したが、どうにも相手から敵意が感じられずこうしてズルズルと引き連れてしまっている。
本来こういう身分の高そうな相手とは距離を取るべきなんだが、不思議と隣を歩いていて違和感がない。
「今日はいい天気ですよね……空が青くて」
「会話に困るな。貴様は私にいくらでも聞くべき事があるだろう。私はその質問に少しずつヒントを出し、焦らしつつも結局は教えない、というのがやりたいのだ」
「それを言われた上で質問するの嫌だな……」
謎の女ムーブしてるくせに考えが少々子供っぽい……というか恐らく実際にそのくらいの年齢なんだろう。この瞬間にもすれ違った男性に三度見されている抜群のプロポーションで大人っぽく見えているだけで、本当は誰かに甘えたい年頃なのかも知れない。
貴族の親って自分の子供にも厳しそうだし(偏見)、この少女も家では自分を殺した振る舞いを強いられているに違いない(偏見)。
こうして庶民にダル絡みしてる時くらいは本来の自分を曝け出して羽を伸ばすといいだろう。
冒険者ギルドの建物を見て最初の感想は「縦に長い」だった。これまで見てきたギルドは広さは様々でも全てが平屋で、このように縦に何層も積み上げられた作りを見たのは初めてだった。
そんなギルドに入って最初に出た感想は「横にも広い」だった。地上階だけでも極南のギルドより何倍も広く、視界に入ってくる冒険者の人数も数え切れない程に多い。
ちなみにギルドまで案内してくれた胸のデカい少女とは建物の前で別れている。あの後いくつか正体を探るような質問を投げ掛けたところ満足してくれたようで、足取り軽く上機嫌に立ち去って行った。恐らく変人の類いだろう。
「見ろよあいつの装備。もう中堅って歳なのに、安い一式を掴まされた初心者みてぇだ」
「余所のギルドで爪弾きにされて逃げてきたんだろ。王都デビューで一発逆転……田舎モンの考える事なんていつも同じなんだからよォ! ギャハハハッ!」
俺が入り口の隅で感慨に耽っていると、近くの二人組がこっちに聞かせるような声量で俺の事を話し始めた。
田舎とは比べ物にならない規模を持つ王都の冒険者ギルドだが、しっかりと新顔を小馬鹿にする文化はあるようだ。田舎でも大都会でも変わらぬ冒険者ギルドの味。
先に装備を新調するべきだったかと考えていると、その二人組の後ろから影が差した。
「おい。……あいつはやめとけ」
「!? ど、どうしたんです……? あんな冴えない奴なんて……」
「あいつはやめとけ」
唐突に現れ、うわごとのように同じ言葉を繰り返しているのは昨日の酔っ払いだった。なんでそんなに神妙な面持ちなんだよ。
知り合いらしき二人組を連れてギルドから出て行った元酔っ払いを見送って、奥の新規窓口らしい列に並ぶ。
目の前で受付カウンターに横並びしている少年少女は誰もがフレッシュな希望と緊張を滲ませた表情をしていて、俺のように年齢だけ中堅の男は場違い感が半端じゃない。
受付嬢との受け答えで一喜一憂している若い彼らはまさにアストリエ王国の未来そのものであり、その後ろで年甲斐になく緊張しているDランク冒険者がアストリエ王国の現在だ。
しばらく待っていると前の少年少女が別の列へと移動し、それを見送った若い受付嬢がこちらを向いて手を上げた。
「すみません、ギルドからの通達書があるんですが」
「えーっと、Dランク冒険者のアレイドさんですね。言っておきますが、王都のギルドに所属を変更したからって評価のリセットはできませんよ? 貴方のような方の対応も大変なんですよねぇ、実力が無いのに変に頑張ろうとするし」
「……」
さっきも入り口で言われたように、他のギルドから移籍してくる冒険者は少なくないらしい。
しかし残念、俺はそんな再デビュー志望者達よりも更に下を征く、評価ゼロ・依頼達成数ゼロ・失踪歴あり・十年ブランクありの激ヤバ冒険者だ。格が違う。
「ギルドからの通達書があるんです。一旦こちらを見てもらえませんか?」
「通達書ぉ? ……これ、冒険者ギルドの割り印じゃないですか。偽造なら犯罪ですよ?」
「やだなぁ、ハハハ」
生存本能から自然と目が動き、入り口への脱出経路を見定める。
この通達書が冒険者ギルドで受け取った物なのは間違いないが、割り印が本物かどうかを判断するのも同様に冒険者ギルドだ。これが組織ぐるみの罠の可能性も……というのは流石に考え過ぎだろう。
この生存本能くんは辺境では大いに役に立ってくれていたが、都会では少し落ち着いた方がいいかも知れない。
「……本物に見えます……が、一応後方に回して確認させますね。ちょうど行列も捌けた事ですし、そこでそのまま待っていて――あっ」
「ん?」
話の途中で固まった受付嬢の視線を追って振り返ると、そこにはギルド内に今まさに入ってきたばかりの軍人達がいた。
揃った足並みからは俺達冒険者には無い規律と統率が感じられ、その中でも先陣を切って周囲を睨み付けている双剣の男はかなり腕が立ちそうに見える。間違いなく使い手だろう。
そして、そんな軍人達の後ろに続いて一人の少女が現れた。
「やぁ。悪いけど少しの間お邪魔させてもらうよ」
「勇者様!」
急に身を乗り出した受付嬢にぎょっとしたが、同時にギルドの各所からも黄色い声が上がっていた。
圧倒的な存在感を示しながらギルドに入ってきたのは、短い黒のインナーにジャケットを羽織った少女。耳が隠れる程度の茶髪を靡かせ、慣れた様子で歓声に手を振る姿からは爽やかでボーイッシュな印象を受けるが……頭が混乱しそうなので先に言っておく。先ほど会った謎の女性ほどじゃないが胸がデカい。
そして、その背に背負っている剣もまたデカかった。少女の身長はブーツ込みで俺と同じくらいに見えるが、そんな彼女が身に付けてようやく様になるような刀身だ。エルシアなら大きく背中を丸めないと背負う事すらできないだろう。聖女の聖杖と似た、それでいて力の出所が異なるような強烈な異質さを放つ大剣が、少女が持つ特別な雰囲気を際立たせている。
もし直前に『勇者』という言葉を耳にしていなかったとしても、一目見ただけで彼女が何らかの逸脱した存在である事は直感的に理解できただろう。エルシアが聖域のような荘厳さを持っているとしたら、彼女は闇を払う月光のような清澄を纏っていた。
「あれが勇者様か……凄い気配だ……」
「勇者ロイゼ様ですよ。知らないんですか? 私の王子様です」
カウンターから身を乗り出していた受付嬢が、俺の呟きに反応して戯れ言を言い始めた。
「……王子様っていうのは?」
「女なら誰だって惚れる暴力的に整った中性的な顔面! 私のような庶民にも寄り添って手を差し伸べてくれる優しさ! 超絶イケメンでありながら時折見せるしっとり濡れた儚い笑顔! はい、私の王子様です」
「……? ???」
宿屋の女将さん情報では、王都にはオベウス様というマジモンの王子様がいるはずだ。ファンが勝手に言っている事とはいえ、王族じゃない勇者様を王子様と呼ぶのは少々マズい気がするんだが……これも俺の考え過ぎなんだろうか。
興奮している受付嬢にバレないよう半歩距離を取っていると、勇者様と軍人達はギルドの奥へと向かって歩き始めた。
階段からギルドのお偉いさんと思われる人物が駆け下りてきて別室を指差したが、軍人達はそれを拒否してその場で立ち話を始める。機密性の低い話題なんだろう。
「はぁ……勇者様と目が合ったりしないかな」
受付嬢の視線の先で、実際にギルドの偉い人と話しているのは先頭にいた双剣の男だった。勇者様は両者から時折意見を求められている感じだ。
まだエルシアと同じくらいの歳だろうに、ああした物々しい会話に対応できている勇者様のお姿は一人の国民として頼もしく、同じ年頃に何も成し遂げてこなかった自分が恥ずかしくもある。
「ん……? 勇者様がこっちを見て……見てますよね……? 勇者様が私を見たぁ!」
会話の合間でふとこちらに目を向けた勇者様と視線が合う。受付嬢がメロついているが、残念ながら勇者様と目が合っているのは俺の方だ。相手の視線を読む能力は辺境生活で必須技能だったから間違いない。
理由は分からないが、勇者様は俺と目が合った瞬間にピタリと動きを止め、時間が止まったかのように動かなくなってしまった。しばらく二人で見つめ合う。
「……」
「……」
なんというか……昨日エルシアに覚えたような圧を感じる。勇者様という伝説の存在をこの目で見られた事は田舎者として非常に嬉しいが、この微妙な距離で黙って見つめ合うのはちょっと違う。
テンション上がりっぱなしの受付嬢を横目に英雄の圧に耐えていると、いつの間にか軍とギルドの話し合いが終わったらしく、軍人達が入り口に向かって歩き始めていた。
勇者様も途中まではその列に加わっていたが、途中から何故か集団から外れてこちらに真っ直ぐ歩いてくる。
「!? 勇者様が私に話を……!?」
受付嬢が手鏡を見ながら前髪を整えているが、残念ながら用があるのは恐らく俺だ。目がもうずっと合ってるんだよな。
背の低い枠で仕切られた新規登録窓口の中までやって来た勇者様は、軽くカウンターに手を置きつつ前髪を掻き上げた。実在する王子を差し置いて王子様と呼ばれるのも納得の美形に思わず息を吞む。
「失礼するよ。少し聞きたい事があるんだけど……二人は仲が良いのかな?」
「へ……? い、いえ! さっき対応を始めたばかりの冒険者さんで、全くの初対面です! 今も書類確認の待ち時間で……あの、私フリーです!」
「ありがとう、安心したよ。ボクは彼に少し話があってね、待ち時間の間に少し借りても構わないかな?」
「え……あ、あ……はい。どうぞお連れ下さい……??」
「助かるよ。フフフ……さぁ、行こうか」
話に乗るタイミングを逃していると、勇者様が俺の手を取って歩き始めた。大剣を得物にしているとは思えない柔らかな感触が俺の手を包み込み、白く滑らかな指が獲物を捕らえたように絡み付く。
背後のカウンター越しに聞こえた奇声は受付嬢の悲鳴だろうか、それとも彼女の中で何かが壊れていく音だろうか。