昔育てた勇者・聖女・王女に「女扱いせず鍛えてくれた」と慕われてますが、全員男だと思っていた 作:だぶすと
「フフフ……無理だ」
「えぇ……」
ギルドを出て、俺を人気のない路地裏まで連れて来た勇者様の第一声は弱音だった。
先ほどまでギルド中の羨望の眼差しを集め、堂々と軍とギルドの話し合いに参加していた王子様(王子様ではない)のイメージからかけ離れた言葉だったが、それはいい。それくらいならいい。
俺が情けない声を出しながら困惑している理由は、その勇者様が後ろから抱き付いてきているからだ。
「もう無理だ。ボクにはできない。慰めてほしい」
「あの……すみません。でしたら一旦正面に来てもらってもいいですか?」
「この姿勢が落ち着くんだ。そうだろう?」
やんわりと離れるよう諭してみるが、更に強く抱き締められて謎の同調圧力を掛けられてしまう。
人通りが無いとはいえ町中でこの状況はかなりのスキャンダル感がある……のだが、勇者様が言うように落ち着くというか、なんとなく懐かしい感じがするのも確かだった。
擬音が聞こえてきそうなくらい無遠慮に背中に押し付けられている感触には若干の居心地悪さがあるが、勇者様とこうして体を重ねる事自体には不思議と抵抗感がない。
「すぅー……はぁ。あーこれ。これすごいキく……」
キくやめろ。ここで疑問なのは、俺の生存本能が危機感を訴えていない事だ。なぜ俺は他人に背中を取られる事を許しているのか? なぜ勇者様は一目見ただけで俺をギルドから連れ出したのか?
筋の通る答えはただ一つ。というか薄々そうじゃないかと思っていた。恐らくエルシアがそうだったように、俺と勇者様は過去に知り合っているんだろう。そして俺がそれを思い出せていないんだろう。
外見の特徴が近い人物は……本当に分からない。
勇者様は第一印象こそ中性的に見えたが、英雄的なオーラを抜いて見ると普通に可愛らしいご尊顔をしている。思い返してみてもそんな美少女と出会った記憶はないし、そもそも常に食事に困っている辺境にこんな健康的な体付きをした人間なんていない。
「このまま動きたくない。ボクにはもう無理だ」
「えっと……少しだけ頑張って正面に来てもらうっていうのは……?」
「無理なんだぁ……」
無理かぁ。
どうも勇者様は真剣に助けを求めているというよりは、ただ弱音を吐きながら甘えているだけのように見える。こうした甘え方から思い出されるのは、二人目に拾った子供の事だった。彼は生まれつき体が弱く親から人売りに出され、奴隷商から病気を疑われて捨てられようとしていた。
当時の俺はエルシアの復讐を見届けて少し丸くなっており、二人目の彼に対してやや甘く接していた。訓練は段階を踏み、武器の使い方は手取り足取り教え、寒い季節だったので夜は同じ寝袋で一緒に寝ていた。
思い出せば思い出すほど彼と勇者様が重なっていくが――しかしそれだけは絶対に有り得ない。何故なら彼は男だったから。それに記憶の中の彼は俺の事を「先生」と呼んでいたが、勇者様はここまで一度もそう言っていないじゃないか。
「先生、こうしていると思い出してこないかい? 寝袋の中で体を寄せて、二人で同じ星を見ていた夜を」
「……」
確定だった。ロイ。勇者ロイゼ。俺の二人目の教え子。
「……ロイ……?」
「やっと思い出してくれたようだね。全く、自分の所有物の事くらいは覚えていてほしいものだよ」
「お前お…………美人になったなぁ!」
咄嗟に出掛かった「お前女だったのか」という言葉は即座に飲み込んだ。昨日からこの致命的な失言だけは回避できているのが首の皮一枚繋がってる感ある。
幼少期にロイと名乗っていた彼は、勇者ロイゼという彼女だった。エルがエルシアで、ロイがロイゼ。二人とも幼名がどこか男性名っぽいのは、辺境に人攫いが多かったからだろうか。
師として格好が付かない再会にはなってしまったものの、ともあれエルシアと続けて二人目の教え子とも会う事ができた。これが嬉しくない訳がない。
「ロイ……ロイゼ。生きていてくれて嬉しいよ」
「それはボクの台詞なんだけどね。ずっと……ずっと会いたかった」
ロイゼが俺を捕まえていた腕を緩め、互いに向き合って抱擁する。かつて体が弱く背も低かった子供は俺を力強く抱き寄せ、頬を擦り合わせながら小さく泣いた。
◇ ◇ ◇
あれから俺達はしばらく抱き合っていたが、ロイゼが泣き止んだタイミングで場所を移す事にした。
入ったのは大通りに面したカフェで、店内は勇者の登場に一瞬ザワついたものの、ロイゼのプライベートな雰囲気を察したのか客も店員もすぐにそれぞれの話に戻っていった。エルシアと酒場に行った時もそうだったが、王都の人々は彼女達の負担にならないよう色々と考えてくれている。
案内された席は窓際かつ最奥の半個室だった。窓際には植物が配置され、こちらからは大通りが見渡せるものの外からはかなり近付かないと中が見えない作りになっている。四人席なのにロイゼが隣に座ってきている理由は不明だ。
「それでさっきの話だが、勇者っていうのはやっぱりその……辛いのか」
「ん……? あぁ、路地裏でボクが言ってた事を心配してくれているんだね。所有者に大事にしてもらえて嬉しいよ」
「すまん、その所有者とか所有物っていうのは何なんだ?」
路地裏では情報量が多くてスルーしてしまったが、頃合いなので触れておく。少なくとも勇者の口から出るような言葉じゃない事は確かだ。
「ボクを助けてくれたあの日、先生が奴隷商人に言ってくれただろう? 『こいつは俺が買う。代金はテメェの命だ』って」
「ギッ……」
「最初は知らない男の人に買われて怖いと思ったけど、すぐに先生のモノになれて嬉しいと思うようになった。でもボクは弱かったから、もっと先生にとって価値のあるモノになりたくて――勇者になったんだ」
急に黒歴史を掘り返されて変な声が出てしまった。あれは相手が商人だった事に掛けたオシャレトーク(のつもり)であり、当時の俺は敵ともそういう気の利いたやり取りをするのが格好良いと思っていたんだ。そういう時期だったんだ。
ロイゼはその時の言葉を真に受けてしまっている……というか、真意を知った上であえて額面通りに受け取っているんだろう。正確にはロイゼはあの時まだ奴隷じゃなかったし、俺も商人に格好付けただけで何も払ってないので取引は全く成立していない。今のロイゼならそれくらい分かっているはずだ。
「先生が一度ボクを庇って大きな怪我をした事があっただろう? その時からボクは先生に所有してもらうだけの価値がある人間なのかを考えるようになった。そして、持っているだけで持ち主の価値を高められるような存在になる事を決めたんだ」
「持ち主……いや、うん……。それで、何がどうなって勇者になったんだ……?」
「先生の元を離れて一人旅をするのは怖かった。でも先生が『女の子だから無理だ』なんて言わずに根気よく鍛えてくれたおかげで、全ての事に立ち向かえた。沢山の人の助けになれた」
「……」
もちろん俺が『女の子だから無理だ』と言わなかったのは男だと思っていたからだ。ロイゼが心底嬉しそうに思い出を語ってくれてるのが非常に心苦しい。
「そしてある日、頭の中に聖剣の声が響いたんだ」
「聖剣の……声……?」
俺が一人冷や汗をかいているところに、驚きの情報が飛び出した。なんと聖剣には意思があるらしい。
勇気ある少女が聖剣と通じ合う……なんてロマンだ、男の子だったら全員大好物の展開だろう。
「気味が悪かった。頭がおかしくなったのかと思った」
「えぇ……?」
「いや、そうだろう? 急に頭の中で知らない声が聞こえるんだから。勇者になれー魔族倒せーって」
……確かに言われてみればそうかも知れない。誰だよロマンとか言ってた奴は。そんなのは当事者じゃないから言える戯れ言に過ぎない。
「正直に言って怖かった。人類の未来だとか、魔族の侵攻だとか言われて……でも先生なら逃げないだろうと思って受け入れたんだ。褒めてほしい」
「偉い! ロイゼ俺誇らしいよ」
「そしたらいつの間にか今みたいな状況になってたんだ。聖剣の訓練をするのはいい。まだまだ先代のようにはいかないけど、きっと世界のために必要な事だと思うから。でも、勇者だからって軍の顔役みたいな扱いで会議に出席させられるのは違うと思わないかい? 無理だよあの空気。ボクには無理だ。慰めてほしい」
「おーよしよし」
「えへへ。もう少し強めに……あーこれキく……」
キくやめろ。
ともあれロイゼが弱音を吐いていた理由は分かった。彼女の性格上、一般的に『勇者』と聞いてイメージする仕事
そもそも俺は勇者が軍組織の一員として扱われる事を知らなかったんだが、勇者になる事を選んだ瞬間のロイゼもそうだったに違いない。雇われてから実態が分かる職場みたいだ。
「軍の人達の大変さも分かるんだよ。多くの人が知る必要のない、でも誰かがやらなきゃいけない事を担ってくれてる。でもボクには……難しい事は分からないんだ」
「まぁそうだよな……でも落ち込む必要なんてないぞ。俺でも絶対に無理だと思うし」
「だから先生には、ボクの勇者としての仕事を手伝ってほしい」
「無理だっつってんだろ」
Dランク冒険者が軍の会議に参加するなんて、ロイゼが許しても他の全てが許さない凶行だろう。
もちろん俺はロイゼの頼みなら大抵の事はしてやりたいという気持ちはあるが、その……ほら、俺も重苦しい空気とか苦手だからさ……。
「それっぽい顔で立ってるだけで良いんだ! ボクもそうだから! 本当は頼るつもりなんてなかったんだけど、先生の顔を見たら頼りたくなってしまった。これは先生にも過失があるんじゃないかな!?」
「俺の顔を見たから……? そうか、俺と再会したのが良くなかったのか……」
「そんな事言ってないって! 意地悪しないでさ、頼むよぉ〜」
ロイゼが横から抱き付いて体を擦りつけてくる。泣き言を言ってはいるが随分と楽しそうだ。
大型犬を宥めるような気分でロイゼと乳繰り合っていると、ふと窓の外に視線を感じた。振り向いて確認してみると、窓越しに見覚えのある法衣を着た少女が立っている。
「へぇ……随分と楽しそうですね、お二方?」
昨日はまるで聖母のようだった聖女様が、何の感情も読み取れない笑顔で俺達を見つめていた。