うちの美少女アバターに重い過去なんてありません! 作:もろきゅー
目を覚ましたとき、最初に感じたのは頬に触れる冷たい土の感触だった。
鼻先には湿った草と土の匂いが漂い、どこか遠くから鳥の鳴き声が聞こえてくる。どうやら屋外に寝転がっているらしいが、少なくとも俺には、こんな場所で昼寝をした覚えなどなかった。
「……んぁ?」
身体を起こそうとしたところで、顔に何かが貼り付いていることに気づいた。
薄くて、かさかさした感触がする。手を伸ばして剥がしてみると、それは一枚の紙だった。
しかも、丁寧に折り畳まれた便箋のような紙である。
「なんだ、これ……?」
寝ぼけた頭で紙を広げ、そこに書かれている文字へ目を落とす。
文章は日本語だった。
『異世界転移に関するお詫びとご案内
このたびは、こちらの不手際により、本来転移の対象ではなかったあなた様を、誤って異なる世界へ転移させてしまいましたことを、深くお詫び申し上げます』
「…………は?」
思わず間の抜けた声が出た。
もう一度、最初から読み直す。
しかし、何度読み返しても書かれている内容は変わらない。
どうやら俺は、何者かの手違いによって異世界へ転移させられてしまったらしい。
しかも、続きを読むと、元の世界へ戻すこともできないと書かれていた。
謝罪の言葉こそ丁寧に並べられていたものの、肝心な部分については、どうしようもないので諦めてほしいという内容だった。
「いや、ふざけんなよ!」
思わず立ち上がり、誰にともなく怒鳴ってしまった。
手違いってなんだ。人を勝手に異世界へ連れてきておいて、帰せませんで済むわけがないだろう。
そもそも、こんな紙切れ一枚で説明を済ませようというのが気に入らない。謝る気があるなら、せめて直接出てきて事情を説明するくらいの誠意は見せてほしい。
しかし、いくら腹を立てたところで返事はなかった。
周囲を見渡しても、あるのは見知らぬ木々ばかり。頭上では枝葉が風に揺れ、木漏れ日が地面にまだらな模様を作っている。
人の気配はなく、建物らしいものも見当たらない。
「……マジで、どこだよ、ここ」
俺の名前は九十九。年齢は二十二歳で、大学を卒業して働き始めたばかりの、ごく普通の会社員だ。
特別な才能があるわけでもなければ、何か大きな夢を持っているわけでもない。仕事を終えて帰宅し、ゲームや漫画、アニメを楽しむことが日々のささやかな幸せだった。
それなのに、どうして俺がこんな目に遭わなければならないのだろう。
ひとまずポケットを探ると、幸いなことにスマートフォンは残っていた。
慌てて画面を点灯させる。
見慣れた待ち受け画面が表示されたことに少し安心したものの、画面の隅には無情にも圏外の文字が浮かんでいた。
試しにいろいろ操作してみたが、結果は変わらない。
「……そりゃ、そうだよな」
異世界に日本の携帯電話の基地局があるはずもない。
家族にも友人にも連絡できず、インターネットにも繋がらない。地図アプリを開いたところで現在地は分からず、スマートフォンのバッテリーも、充電できなければいずれ尽きてしまう。
そこまで考えて、ふと別のことに気づいた。
「……来週発売のゲーム予約してなかったっけ?」
ずっと楽しみにしていたシリーズの最新作だった。発売日を指折り数えて待っていたというのに、このままでは遊ぶことすらできない。
それだけではない。今期のアニメもまだ途中までしか見ていないし、毎週追いかけていた漫画だって、ちょうど面白くなってきたところだった。
「嘘だろ……。狩人✕狩人の漫画、結局どうなるんだよ……」
もちろん、家族や友人に二度と会えないことの方が、ずっと重大な問題だ。
そんなことは分かっている。
分かっているのだが、だからといって、楽しみにしていたものを失った悲しみが消えるわけでもない。
俺はスマートフォンの画面を消すと、近くの木の根元に腰を下ろした。
正直、泣きたい気分だった。
しかし、いつまでも落ち込んでいたところで、元の世界に帰れるわけではない。
「……まあ、凹んでてもしょうがないか」
しばらく考え込んだ末、俺は大きく息を吐いた。
帰る方法がないというのなら、ひとまずここで生きていくしかない。幸い、今のところ怪我もしていないし、周囲に危険なものがいる様子もなかった。
まずは状況を確認しよう。
そう考えて、俺は再び手紙へ目を落とした。
『本来であれば、速やかに元の世界へお戻しするべきところではございますが、世界間における時間の流れの相違、および転移に伴う諸条件の関係上、元の世界への帰還は極めて困難な状況となっております。
誠に遺憾ではございますが、元の世界への帰還は不可能であると判断しております』
「……いや、そこは頑張れよ」
思わず文句が漏れる。
しかし、紙に文句を言ったところでどうにもならないので、俺は続きを読むことにした。
『つきましては、今回の不手際に対するお詫びといたしまして、以下の能力を付与させていただきました。
一、《アイテムボックス》 物品を収納・取り出しできる能力です。収納された物品は時間の経過による劣化を受けず、食料なども保存することが可能です。
二、《キャラクタークリエイト(女性限定)》 任意の女性キャラクターを作成し、その姿と能力を使用できる特殊能力です。詳細な仕様につきましては、能力の起動後に表示される説明をご確認ください』
「……キャラクタークリエイト?」
聞き慣れた単語に、思わず首を傾げる。
ゲームでキャラクターを作成するときの、あれだろうか。
女性限定という部分も気になるが、今はそれよりも、食料や生活用品があるという話の方が重要だった。
『また、当面の生活に支障が生じないよう、衣服、食料、飲料水、野営道具、衛生用品、その他生活必需品を《アイテムボックス》内にご用意しております。
この世界の文化、通貨、魔法、魔物、冒険者ギルド等につきましては、同じく収納しております『異世界生活ガイドブック ~はじめての異世界暮らし~』をご参照ください。
なお、転移先につきましては、比較的安全とされる地域を選定しておりますが、現地における安全を完全に保証するものではございません。移動や野営の際には十分ご注意ください。
このたびは、多大なるご迷惑をおかけしましたことを、重ねて深くお詫び申し上げます。
今後の異世界での生活が、実り多きものとなりますよう、心よりお祈り申し上げます』
「祈ってないで帰してくれ……」
何度目か分からないため息を吐きながら、手紙を畳もうとしたところで、最後に小さく書かれた追伸が目に留まった。
『追伸
なお、今回付与いたしました《キャラクタークリエイト(女性限定)》につきましては、対象者様のこれまでのゲーム利用傾向、およびキャラクター作成時の趣味嗜好を参考に選定しております。
特に、女性キャラクターの容姿や衣装に対する強いこだわりが確認されましたため、今回の能力が最も適していると判断いたしました。どうぞ存分にお楽しみください』
「……んんん、ちょっと待って」
確かに、俺はゲームでキャラクターを作るとき、ほとんど女性キャラクターを選んでいた。
顔立ちや髪型はもちろん、体型の調整にまでこだわり、納得のいくキャラクターが完成するまで何時間もかけることだって珍しくない。
衣装についても同様だ。
性能が同じなら、見た目の良い装備を選びたい。せっかくのファンタジー世界なのだから、現実では絶対に着られないような大胆な衣装を楽しむのも、ゲームの醍醐味だと思っている。
しかし、それはあくまで俺個人の趣味である。
「……なんで知ってるんだよ」
誰に聞かせるでもなく呟く。
まさか、キャラクタークリエイトの画面で胸の大きさを何度も調整したことまで知られているのだろうか。
それどころか、衣装の角度を変えてスカートの中をどうにか覗こうとしていたことまで……?
「……余計なお世話だよ!」
俺は顔をしかめながら、手紙を握りしめた。
勝手に異世界へ連れてこられた挙げ句、ゲームの趣味まで把握されているとは思わなかった。
もっとも、能力の選定理由については、否定しようがないのが悔しいところだった。
「……まあ、とりあえずアイテムボックスってやつを試してみるか」
使い方については、手紙に簡単な説明があった。
頭の中で能力の名前を思い浮かべればよいらしい。
半信半疑のまま《アイテムボックス》と念じてみる。
すると、目の前に半透明の画面が現れた。
「おおっ!?」
思わずのけぞったが、画面は俺の動きに合わせるように、一定の距離を保ったまま浮かんでいる。
そこには、収納されている品物の名前がずらりと並んでいた。
衣服、食料、水、調理器具、寝具、野営用品、衛生用品。それに姿見や、見慣れない道具まである。
試しに水の入った容器を選んでみると、次の瞬間、手の中にそれが現れた。
「……すげえ。本当にゲームみたいだ」
何もない空間から物が出てくるという現象に、先ほどまでの落ち込んだ気分も少しだけ薄れていく。
何度か出し入れを試したところで、俺は一覧の中から一冊の本を見つけた。
『異世界生活ガイドブック ~はじめての異世界暮らし~』
「……なんか、旅行の案内本みたいな名前だな」
取り出してみると、表紙には剣を持った冒険者や、城壁に囲まれた街の絵が描かれていた。
ページを開けば、そこには日本語の文章とともに、分かりやすい挿絵が並んでいる。
どうやら、この世界で生活するために必要な情報をまとめた本らしい。
最初の数ページには、この世界の一般的な常識が紹介されていた。
魔法が存在すること。
人間以外にも、エルフやドワーフといった種族が暮らしていること。
街には冒険者ギルドや商人ギルドがあり、魔物の討伐や素材の採集などを仕事にする人々がいること。
「……うわ、本当にファンタジー世界じゃん」
剣と魔法、冒険者に魔物。
ゲームや漫画で何度も見てきた世界が、どうやら現実に存在しているらしい。
そう考えると、少しだけ胸が高鳴った。
もちろん、異世界に来たことを喜べるほど気持ちの整理がついたわけではない。それでも、まったく知らない世界で生きていかなければならない以上、興味を持てるものがあるのは悪いことではなかった。
俺はページをめくり、現在地について書かれた項目を探した。
幸い、転移者向けの案内として、俺がいる森と、その近くにある街についての説明が載っていた。
この森は街からそれほど離れておらず、街道に近い浅い場所であれば、比較的安全だという。
「お、よかった。じゃあ、歩けば街に行けるのか」
ひとまず近くに人の住む街があると分かり、ほっと胸を撫で下ろす。
しかし、その安心感は次の文章を読んだ瞬間に吹き飛んだ。
『森の奥には危険な魔物が生息しています。浅い場所では比較的弱い魔物しか確認されていませんが、魔物の行動範囲は一定ではありません。安全が保証されているわけではないため、十分に注意してください』
「…………」
俺はゆっくりと顔を上げた。
周囲には、相変わらず木々が広がっている。
先ほどまで気にも留めていなかった草むらの揺れや、遠くから聞こえる物音が、急に不気味なものに思えてきた。
弱い魔物しか出ないと言われても、俺は普通の人間だ。
野良犬に襲われたって危ないのに、魔物なんてものが相手では、弱いかどうかなど関係ない。
「……おいおい、こんなところでのんびり本なんか読んでる場合じゃないだろ」
慌ててガイドブックのページをめくり、安全を確保する方法を探す。
すると、野営に関する項目に、良さそうな道具の名前が書かれていた。
『魔物避けの結界付きテント』
弱い魔物を遠ざける結界が備わっており、野営時の安全確保に役立つという。ただし、強力な魔物には効果がない場合もあるため、過信は禁物らしい。
「これだ!」
俺は急いでアイテムボックスを開き、目的のテントを取り出した。
収納されていたのは、円筒形の袋に収まった、ごく普通のキャンプ用品に見えるものだった。
しかし、袋から取り出して説明書どおりに広げると、テントはほとんど手を加えることなく形を整えていく。
どうやら設営を補助する魔法がかかっているらしい。
「おお……便利だな、これ」
感心しながら入口を開き、中へ潜り込む。
外見よりも内部は広く、俺一人が横になって眠るには十分な空間があった。
結界が本当に働いているのかは分からないが、少なくとも剥き出しの森の中にいるよりは安心できる。
「……ふう。とりあえず、これで一安心か」
さて、これからどうしたもんだろうか。
まずは街へ向かい、仕事を探して、生活できる場所を確保する必要があるだろう。冒険者ギルドというものもあるらしいが、喧嘩すらろくにしたことのない俺が、魔物とまともに戦えるとは思えない。
そう考えたところで、ふと手紙に書かれていたもう一つの能力を思い出した。
「……そういえば、キャラクタークリエイトってのがあったな」
アイテムボックスがこれほど便利なのだから、もう一つの能力にも期待してよいのかもしれない。
食事は後でもできるし、まずはどんな能力なのか確認しておこう。何より、ゲーム好きとしては、キャラクタークリエイトという名前を聞いて試さずにはいられなかった。
俺はテントの中で座り直すと、手紙に書かれていたとおり、頭の中で能力の名前を思い浮かべた。
《キャラクタークリエイト》
すると、目の前にアイテムボックスとは異なる半透明の画面が現れた。
そこには、いくつもの項目が並んでいる。
容姿、ステータス、スキル、装備、そして背景設定。
画面の上部には、ひときわ大きな文字でこう表示されていた。
『キャラクタークリエイト(女性限定)』
「…………」
俺はしばらく、その文字を見つめた。
女性限定。
つまり、女のキャラクターしか作れないということだろう。
普通なら、多少なりとも戸惑うところなのかもしれない。
しかし、残念ながら俺は違った。
ゲームでキャラクターを作るとき、男を選んだ記憶などほとんどない。どうせ長い時間操作するのなら、自分好みの可愛い女の子を眺めていたいと思うのは、そんなにおかしなことだろうか。
「……最高じゃないか」
思わず口元が緩んだ。
つい先ほどまで、異世界に放り出されたことを嘆いていたというのに、気づけば俺は目の前の画面に夢中になっていた。
帰れないことへの不安が消えたわけではないし、これから先の生活だって、どうなるか分からない。
それでも、せっかくこんな能力をもらったのだ。
使わずにいるのは、あまりにももったいない。
「よし。せっかくだし、最高のキャラクターを作ってやるか!」
俺は期待に胸を膨らませながら、目の前の画面へ手を伸ばした。