うちの美少女アバターに重い過去なんてありません! 作:もろきゅー
街へと続く道を歩いていると、次第に周囲を行き交う人の数が増えてきた。
森を抜けたばかりの頃は、たまに荷馬車を見かける程度だったのだが、今は街へ向かう馬車が何台も走っており、大きな荷物を背負った旅人や、商品を積んだ荷車を引く商人らしき人々の姿もちらほらと見える。
道幅もいつの間にか広くなっており、二台の馬車がすれ違っても十分な余裕があるほどだ。
遠くに見えていた城壁も、近づくにつれてその大きさがはっきりと分かるようになってきた。灰色の石を積み上げて造られた壁は、俺が想像していた以上に高く、ところどころには見張り台のようなものまで設けられている。
いやあ、すごいな。
ゲームや映画で似たような景色は何度も見てきたけど、実際に自分の足で歩きながら眺めていると、やっぱり感動が違う。
しかも、あの城壁の向こうには本物の異世界の街が広がっているのだ。
どんな店があるんだろう。武器屋や防具屋は当然あるとして、魔法の道具なんかを売っている店もあるんだろうか。宿屋はどんな感じかも気になるし、食べ物だって気になる。
考え始めると、自然と足取りが軽くなってしまう。
もっとも、俺が周囲の景色に夢中になっている一方で、どうやら周囲の人々も俺のことが気になっているらしかった。
すれ違う旅人がこちらを振り返り、荷馬車の御者が目を丸くする。道端で休んでいた男たちに至っては、俺が通り過ぎるまで会話を止めてしまっていた。
……うーん、やっぱり目立つよなあ。
改めて周囲の人々を観察してみると、男性は布製の上着や革の胴着を身につけている人が多く、女性も長めのスカートやエプロンといった、いかにも中世風の服装をしている。
武器を持った冒険者か旅人らしき人の姿もあるが、鎧といえば革製のものが中心で、金属製の防具を身につけている人でも、胸当てや肩当て程度のものがほとんどだ。
そんな中、俺が身につけているのは、白銀を基調として金色の装飾を施した、豪華なドレスアーマーである。目立たない方がおかしい。
しかも、着ている本人は金髪碧眼の絶世の美少女ときた。
まぁ、全部自分で設定したんですけど……。
作っているときは、これこそ理想の姫騎士だと大満足だったのだが、実際に街道を歩いてみると、少々派手すぎたかもしれない。
というか、こういうドレスアーマーを着ている人、全くいないんだけど。
もしかして、ものすごく場違いな格好をしているんじゃないだろうか。
そんなことを考えていると、後ろから近づいてきた馬車が、ゆっくりと俺の横を通り過ぎていった。
幌のついた乗合馬車らしく、荷台には何人かの乗客が座っている。そのうちの一人、小さな女の子がこちらに気づくと、ぱっと顔を輝かせた。
「おかあさん! 見て、お姫様いる!」
女の子は隣に座っていた母親らしき女性の袖を引っ張ると、俺の方を指さした。
女性は少し慌てた様子で女の子の手を下ろさせようとしたが、当の本人はそんなことなど気にせず、こちらに向かって元気いっぱいに手を振ってくる。
おお、お姫様だって。
なんだか、ちょっと嬉しいな。
せっかくなので、俺もお姫様を意識して柔らかく微笑み、女の子に向かって小さく手を振り返してみた。
すると、女の子はますます嬉しそうに笑い、馬車が遠ざかっていくまで何度も手を振ってくれた。
隣にいた母親も、俺に向かって軽く頭を下げている。
俺は二人の姿が見えなくなるまで見送ると、自然と頬が緩んでしまった。
……うむ、悪くない。
考えてみれば、こういうキャラクターを作りたくて、俺は何時間もかけてシャルの外見や装備を設定したのだ。
それを今さら恥ずかしがったところで仕方がない。
むしろ、あの子みたいに喜んでくれる人がいるのなら、頑張って作った甲斐があるというものだろう。
よし、開き直ろう。
俺は背筋を伸ばし、できるだけ優雅に見えるよう歩き方を意識しながら、街の門へと向かった。
城門の前には、街へ入ろうとする人々が列を作っていた。
もっとも、長蛇の列というほどではなく、馬車と徒歩の人間で通る場所が分けられているらしい。荷物を満載した馬車は脇にある広い通路へ誘導され、歩いてきた人々は門の横に設けられた受付の前に並んでいる。
受付には数人の兵士が立っており、一人ずつ何かを確認しているようだった。
なるほど、街に入るには手続きが必要なのか。
まあ、これだけ立派な城壁があるんだから、誰でも自由に出入りできるというわけではないんだろう。
俺も前の人に倣って列の最後尾に並び、順番を待ちながら受付の様子を観察することにした。
見ていると、小さな札のようなものを兵士に差し出している人もいれば、財布から硬貨を取り出して渡している人もいる。
札を見せた人は簡単な確認だけで通されているが、硬貨を支払っている人は、街を訪れた目的などを尋ねられているようだった。
……ふむ、あの札が通行証みたいなものなのかな。
俺は当然そんなものを持っていないが、金を払っている人もいるということは、通行証がなくても街には入れるのだろう。
異世界生活ガイドブックにも、街によっては入街時に税が必要になると書かれていたはずだ。
通行料を払うなら、先に硬貨を用意しておいた方が良さそうだな。
俺は周囲に気づかれないよう、アイテムボックスからこの世界の硬貨を取り出し、そっと手の中に握り込んだ。
そんなことをしていると、不意に前方から声がかかった。
「失礼、お嬢さん。少しよろしいですかな?」
顔を上げると、俺の前に並んでいた中年の男性が、にこやかな笑みを浮かべてこちらを見ていた。
年齢は四十代の後半くらいだろうか。小綺麗な上着を身につけ、少し腹の出た体格をしているが、身なりはかなり良い。腰には革製の鞄を下げており、いかにも裕福な商人といった雰囲気の男性だ。
そして、その隣にはもう一人、対照的な男が立っていた。
こちらは三十歳前後に見える、背の高いがっしりとした体格の男である。日に焼けた顔には無精髭が残り、使い込まれた革鎧の上から金属製の胸当てを身につけている。
腰に下げた剣も、俺の持っているような装飾だらけのものではなく、いかにも実用一点張りといった無骨な品だった。
商人とその護衛って感じだろうか。
こういう組み合わせも、ファンタジーでは定番だよなあ。
そんなことを考えながら、俺はシャルらしく微笑んだ。
「はい。何かご用でしょうか?」
「いやいや、突然お声をかけて申し訳ありません。実は先ほどから、あなたの身につけておられる鎧が気になっておりましてな」
「わたくしの鎧、ですか?」
「ええ。いやはや、実に見事な品です。装飾の美しさもさることながら、全体の意匠が素晴らしい。これほど手の込んだ鎧は、私もなかなかお目にかかったことがありません」
男性は感心したように俺の鎧を眺め、続いて腰に下げた剣へと視線を移した。
「それに、その剣も。鎧と合わせて仕立てられたものなのでしょう? 見事な統一感ですな」
おお、分かってくれるか、この人!
そうなんだよ。鎧と剣はセットでデザインしたんだ。
装飾の形や色合いはもちろん、剣の鍔に刻んだ模様まで、全体の雰囲気が合うように何度も調整したのである。
それを初対面の人に褒めてもらえるなんて、正直かなり嬉しい。
思わず細かいこだわりまで説明したくなったが、さすがにそれはまずいだろう。
何しろ、今の俺は亡国の姫騎士シャルロッテなのだ。
自分でキャラクタークリエイトを使って作りました、なんて言えるわけがない。
「ありがとうございます。そうおっしゃっていただけると、嬉しいですわ」
俺は内心の興奮を抑え、できるだけ上品に微笑んだ。
「いやいや、こちらこそ眼福というものです。私は商いをしておりますので、どうしてもこうした品には目が向いてしまいましてな。差し支えなければ、どちらの工房で作られたものか、お教えいただけませんかな?」
工房と言われても、当然そんなものは存在しない。
だが、こういうときのために、シャルにはちゃんと背景設定を用意してある。
亡国の姫騎士という設定なのだから、王家に仕える名工が装備を仕立てたことにすればいいだろう。
「こちらは、故国の名工に仕立てていただいたものですわ」
「ほう、故国の名工ですか!」
男性はますます興味を持ったらしく、身を乗り出すようにして俺の話に耳を傾けた。
「なるほど、やはり相当な腕を持つ職人の作品でしたか。これほどの品を仕立てられる方なら、ぜひ一度お会いしてみたいものですな」
「ふふ、そうですわね」
……ごめんなさい。
その職人、実在しないんだよなぁ。
心の中で謝りつつ、俺は曖昧に微笑んでおいた。
しかし、男性の興味は尽きないようだった。
「ちなみに、その故国というのは、どちらの──」
「旦那、順番だぜ」
それまで黙っていた護衛の男が、低い声で会話に割って入った。
見れば、いつの間にか前の人たちの手続きが終わり、受付の兵士がこちらを待っている。
「おっと、これは失礼。ついつい話し込んでしまいましたな」
「旦那が喋りすぎなんだよ」
「ははは、まったくその通りですな」
護衛の遠慮のない物言いに、商人は気を悪くした様子もなく笑っている。
どうやら、ずいぶん気心の知れた間柄らしい。
「それではお嬢さん、私はこれで失礼いたします。思いがけず良いものを拝見できました。ありがとうございました」
「こちらこそ、お話しできて楽しかったですわ」
俺が軽く頭を下げると、男性も丁寧に一礼した。
その後ろに立っていた護衛の男とも目が合ったので、せっかくだからと笑顔で会釈してみる。
すると男は、一瞬だけ妙な顔をした。
何か言いたげにこちらを見たものの、結局は小さく顎を引いて会釈を返し、すぐに商人の後を追っていった。
……なんだろう。
無愛想な人だったけど、悪い人ではなさそうだな。
二人は受付の兵士にそれぞれ金属製の札を差し出していた。
商人の札には小さな青い石が、護衛の札には金色に輝く金属片のようなものが嵌め込まれている。
兵士はそれらを確認すると、特に何かを尋ねることもなく、二人を門の内側へと通した。
……やっぱり、あれが身分証なのか。
嵌め込まれているものが違ったところを見ると、所属する組織によって種類が分かれているのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、いよいよ俺の順番が回ってきた。
「次の方、どうぞ!」
受付に立っていたのは、まだ若い兵士だった。
二十歳前後だろうか。真面目そうな顔立ちをした青年で、金属製の胸当てを身につけ、腰には剣を下げている。
俺が近づくと、青年は一瞬こちらを見て固まった。
「……あ」
「ごきげんよう。こちらで手続きをすればよろしいのでしょうか?」
「はっ! あ、はい! そ、そうです!」
青年は慌てて背筋を伸ばし、手元にあった書類へ視線を落とした。
……うん?
なんだか、ずいぶん緊張しているみたいだな。
「え、ええと、それでは、まずお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「シャルロッテ・アーデルハイト・セレスティーヌ・フォン・ローゼンハルトと申します。どうぞ、シャルとお呼びくださいませ」
「し、失礼いたしました! シャ、シャル様ですね!」
「ええ」
青年は何度か頷きながら、手元の書類に何かを書き込んでいる。
……様付けか。
まあ、今の格好なら貴族の令嬢に見えてもおかしくないし、そういう対応になるのかもしれない。
「そ、それでは、こちらの街へはどのようなご用件で?」
「冒険者になるために参りましたの。こちらの街には冒険者ギルドがあると伺ったのですけれど」
「冒険者、ですか?」
青年は少し意外そうな顔をした。
まあ、こんなドレスみたいな鎧を着た女の子が冒険者になると言い出したら、驚くのも無理はないだろう。
だが、俺はちゃんと戦える。
何しろ剣術レベル五の姫騎士なのだ。
「ええ、こう見えても、わたくし剣には自信がありますの」
そう言って、俺は片腕を曲げ、力こぶを作るような仕草をしてみせた。
もちろん、シャルらしく可愛らしさを意識することも忘れない。
「あ……いえ! かしこまりました。身分を証明できるものはお持ちでしょうか? ギルドの登録証などでも構わないのですが」
「申し訳ありません。今は持ち合わせておりませんの」
「そうでしたか。それでしたら、身分証をお持ちでない方には、通行料をお支払いいただくことになっております」
「承知いたしました。おいくらでしょうか?」
青年から告げられた金額を聞き、俺は先程取り出しておいた硬貨を青年に手渡した。
「こちらでよろしいでしょうか?」
「はい、確かにお預かりしました。これで手続きは終了です。街へ入っていただいて構いません」
「ありがとうございます」
よし、これで無事に入街できるわけだ。
思ったより簡単だったな。
俺が軽く会釈して立ち去ろうとすると、青年が「あ、あの!」と声を上げた。
「はい?」
「その……もし、よろしければなんですが……」
青年は何やら言いにくそうに視線を泳がせ、何度か口を開いたり閉じたりしている。
何だろう。
まだ何か手続きが残っていたのかな。
「今晩、その……お食事でも、ご一緒にいかがでしょうか!」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
これって、もしかしてナンパされてるのか?
確かにシャルはとびきりの美少女として作ったけど、まさか街に入る前から男に食事へ誘われるとは思わなかった。
いやあ、すごいな、シャル。
自分で作ったキャラクターとはいえ、ここまで魅力的に仕上がっていると思うと、なんだか少し誇らしい。
もっとも、中身は男なので、誘いに乗るつもりはまったくないのだが。
さて、どうやって断ろうか。
そう考えた、そのときだった。
「おい! お前、何をやっている!」
「ひっ!?」
背後から響いた怒鳴り声に、青年の肩がびくりと跳ねた。
振り向けば、厳つい顔をした兵士が、眉間に深い皺を寄せながらこちらへ歩いてくるところだった。
体格も良く、身につけている鎧も青年のものより使い込まれているように見える。
「勤務中に何をしているのかと思えば、通行人を口説いているのか! ふざけるのも大概にしろ!」
「す、すみません!」
「謝る相手が違うだろうが!」
青年は真っ赤な顔で頭を下げ、年上の兵士も俺に向き直ると、申し訳なさそうに表情を改めた。
「お嬢さん、うちの若いのが失礼なことをした。申し訳ない」
「いえ、お気になさらないでくださいませ」
俺はシャルらしく、穏やかな笑みを浮かべて答えた。
「お誘いいただいたことは嬉しく思いますけれど、わたくしにも予定がございますので。どうか、あまりお叱りにならないでくださいな」
……うん、我ながらなかなか姫騎士らしい返しじゃないだろうか。
こういうときこそ、上品で心優しいお姫様らしく振る舞わないとな。
しかし、俺の言葉を聞いた青年は、ますます顔を赤くしてしまった。
年上の兵士も一瞬だけ目を丸くしたものの、すぐに苦笑を浮かべる。
「いやはや、お嬢さんはお優しいな。だが、こいつにはきちんと仕事を覚えてもらわんと困るのでね」
「ふふ、そうですわね」
「ほら、お前はさっさと次の人の受付をしろ!」
「は、はい!」
青年は慌てて持ち場へ戻り、次の旅人を呼び始めた。
俺はその場を離れようとした年上の兵士に声をかけ、冒険者ギルドの場所を尋ねることにした。
「ありがとうございます。ええと、少しお聞きしたいのですが、冒険者ギルドまでの道を教えていただけませんか?」
「ああ、もちろん。この門を入って大通りをまっすぐ進むと、中央広場が見えてくる。中央広場の右手に剣と盾の紋章を掲げた大きな建物があるので、すぐに分かるはずだ」
「まあ、ご親切にありがとうございます」
俺が微笑んで礼を述べると、年上の兵士は一瞬だけ目を丸くし、照れくさそうに頬を掻いた。
ふふん、どうだ可愛いだろう。俺の姫騎士は!
俺は兵士にもう一度会釈すると、今度こそ門の内側へと歩き出した。
……それにしても、まさかナンパされるとはなあ。
シャルの外見が褒められるのは嬉しいけど、実際に男から好意を向けられると、ちょっと妙な気分になる。
まあ、考えてみれば当然か。
今の俺は、どう見ても若い女の子なのだから。
そう納得しながら門をくぐると、目の前に広がった光景に、そんな考えはすぐに吹き飛んでしまった。
……おおお、すげえ!
門を抜けた先には、石畳の大通りがまっすぐに延び、その両側には大小さまざまな建物が立ち並んでいた。
石造りの一階部分に木組みの二階を載せた家や、壁を白く塗られた商店、色鮮やかな布の日除けを張り出した露店などが、通りの奥まで続いている。
建物の窓辺には花を飾っているところもあれば、洗濯物を干している家もあり、通りのあちこちから人々の話し声が聞こえてきた。
荷車を引く男が大声で道を空けるよう呼びかけ、買い物籠を下げた女性たちが店先で立ち話をしている。
少し離れた場所からは、金属を打ちつける甲高い音が響いてきた。鍛冶屋でもあるのだろうか。
それに、何だかいい匂いもする。
焼きたてのパンのような香ばしい匂いに、肉を焼くような食欲をそそる香りまで混じっている。
いやあ、これだよ、これ!
まさに俺が想像していたファンタジー世界の街そのものじゃないか!
思わず足を止めて周囲を見回してしまったが、幸いなことに通りを行き交う人々は忙しそうで、門の近くで立ち止まった俺を気にする者はそれほどいなかった。
もっとも、何人かはこちらを振り返っていたけど。
……まあ、それはもう気にしないことにしよう。
俺は兵士から教えてもらった道順を思い出しながら、大通りを歩き始めた。
街道を歩いていたときにも感じたことだが、こうして実際に街の中へ入ってみると、ゲームの中で見ていた風景とはまた違った面白さがある。
例えば、馬車が通るたびに人々が道の端へ寄ったり、店先では客と店主が値段を巡って言い合っていたりする。
道端には樽や木箱が積み上げられ、荷物を運ぶ人々が忙しそうに行き交っていた。
ゲームなら単なる背景として描かれているような場所でも、ここでは本当に人々が生活しているのだ。
当たり前といえば当たり前なのだが、そんなことにまで感動してしまう。
それに、通りを歩いている人々の格好も実に面白い。
腰に剣を下げた男や、背中に大きな斧を担いだ女性。革鎧を着た若者たちが何人かで連れ立って歩いているかと思えば、ローブをまとって杖を手にした人物までいる。
……おお、魔法使いっぽい人だ!
あの杖、本当に魔法を使うためのものなのかな。
だとしたら、どんな魔法を使えるんだろう。
異世界生活ガイドブックにも魔法についての説明は書かれていたが、実際に使っているところはまだ見たことがない。
火の玉を飛ばしたり、雷を落としたり、そんなゲームでお馴染みの魔法も使えるんだろうか。
……うーん、気になる。
できれば一度くらい、目の前で魔法を使うところを見てみたいものだ。
せっかく異世界に来たんだから、魔法についても少しずつ知っていきたいところだな。
とはいえ、まずは冒険者登録を済ませるのが先か。
そんなことを考えながら歩いていると、通りの脇に何枚もの木札を掲げた店が目に入った。
店先には瓶や小さな袋が並べられており、どうやら何かの薬や香辛料を扱っているらしい。
へえ、何の店だろう。
興味を惹かれて看板へ目を向けた俺は、そこでふと違和感を覚えた。
看板には、見慣れない文字がいくつも並んでいる。
いや、見慣れないというより、まったく読めない。
……ん?
俺は足を緩め、もう一度看板を見つめた。
曲線と直線を組み合わせたような文字が並んでいるが、何と書かれているのかさっぱり分からない。
近くにある別の店の看板も同じだった。
文字らしきものが書かれていることは分かるのに、その意味がまるで理解できないのである。
……もしかして、俺、この世界の文字が読めないのか?
試しに通りの反対側へ目を向けてみたが、そこに掲げられている看板も同様だった。
うそだろ……言葉は普通に通じるんだぞ?
さっきの商人とも兵士とも、何の問題もなく会話できていたじゃないか。
それなのに、文字は読めないってどういうことだよ!?
思わず頭を抱えそうになったが、寸前で踏みとどまった。
いかん、いかん。
今の俺はシャルなのだ。
通りの真ん中で頭を抱えて騒ぎ出すなんて、姫騎士らしくない。
俺は何事もなかったかのように背筋を伸ばし、ゆっくりと歩き始めた。
……しかし、困ったな。
会話ができるから、てっきり読み書きも問題ないものだと思っていた。
そういえば、異世界生活ガイドブックには言葉が通じることは書いてあった気がするけど、文字についてはどうだっただろう。
あのガイドブック自体は日本語で書かれていたから、特に気にしていなかったんだよなあ。
これから冒険者として生活するなら、依頼書を読んだり、宿屋の看板を確認したりする必要もあるだろう。
読み書きができないというのは、思っていた以上に不便かもしれない。
……まあ、何とかなるか。
幸い、言葉は通じるのだ。
分からないことがあれば誰かに聞けばいいし、必要なら少しずつ文字を覚えていけばいいか。
異世界に来た以上、こういった苦労があるのも仕方ないだろう。
俺は気を取り直し、再び街並みを眺めながら歩き始めた。
しばらく進むと、通りは大きな広場へとつながっていた。
中央には石造りの噴水があり、その周囲には腰を下ろして休んでいる人々や、談笑している若者たちの姿がある。
広場の端にはいくつもの露店が並び、果物や焼き菓子、見たことのない料理などが売られているようだった。
……うわ、あれ美味そうだな。
さっきからいい匂いがしていたのは、あの辺りだったのかもしれない。
少し寄り道してみたい気もしたが、今は先に冒険者登録を済ませたい。
それに、せっかくならギルドの登録証を手に入れてから、ゆっくり街を見て回るのも悪くないだろう。
そう考えた俺は、露店の方へ向きかけていた足を戻し、兵士に教えられた通り、広場の右手を見渡した。
すると、少し先に周囲の建物よりも一回り大きな石造りの建物が見えてきた。
正面には大きな両開きの扉があり、その上には剣と盾を組み合わせた紋章が掲げられている。
建物の前には武器を携えた人々が何人も集まっており、中へ入っていく者もいれば、何やら話しながら出てくる者もいた。
おお、あれか。ついに見つけたぞ、冒険者ギルド!
俺は思わず足を速めそうになったが、すぐに思い直して歩調を整えた。
ここから先は、いよいよシャルロッテとしての冒険者生活が始まるのだ。
せっかくなら、最後まで姫騎士らしく振る舞いたい。
そう考えて背筋を伸ばし、腰に下げた剣の位置を軽く確かめる。
……それにしても、冒険者ギルドか。
実際に自分が登録する側になるなんて、少し前までは想像もしていなかった。
ここで依頼を受けて、魔物を倒して、報酬をもらう。
そうやって少しずつ冒険者として実績を積んでいくのも、きっと楽しいだろう。
もちろん、せっかく異世界に来たのだから、冒険だけでなく、街の観光や美味しいものを食べることだって楽しみたい。
まずはこの世界での生活を楽しみながら、少しずつできることを増やしていけばいいだろう。
そう考えると、自然と胸が高鳴ってくる。
俺は建物の前で一度立ち止まり、入口の上に掲げられた剣と盾の紋章を見上げた。
……よし、それじゃあ、いよいよ冒険者登録といこうじゃないか。
俺は期待に胸を膨らませながら、冒険者ギルドの大きな扉へと歩み寄った。