二百年ぶりに牢から出たら、私を神祖と崇める国ができていた ~偽物の子孫がふんぞり返っているので、最底辺の兵士から成り上がって国を盗る~ 作:パッタリ
戦闘が終わると、後方に下がっていた正規兵たちがようやく前に出てきた。
先頭を歩くのは、金糸の飾りが入った青い軍服を着た若い士官だ。
血だまりを避けながら、気分よさそうに頷いている。
「うむ、悪くない。神祖の血を引くこの私の采配に狂いはなかったな」
男は胸を張り、整えられた金髪を揺らした。
「我がヴィスコンティ家は、代々王国の軍事を支えてきた名門だ。貴様ら雑兵でも、私の手足として動けばこれだけの戦果を挙げられる。今回の働きは、すべて私の手柄として報告しておこう」
生き残った徴募兵たちが無言で顔を見合わせ、肩をすくめる。
そんな中、リュシアは槍を杖代わりにしながら上官を見つめた。
(自称子孫って何人いるんだろ)
少なくとも、自分にそんな洒落た家名の親戚はいなかったはずだ。
リュシアは感情を顔に出さず、軽く頭を下げた。
「ありがとうございます、ええと……」
「新顔め、ギルバートだ」
「ギルバート様。このあとはどうするんですか?」
「この先の古い礼拝堂に、まだ残党が立てこもっている。すでに複数の部隊で包囲しているが、大砲が到着するまでこのまま封じ込める手筈だ。貴様らも包囲網の一角に加えさせてやる」
ギルバートという若い士官はそう言うと、兵を連れて先へ進んでいった。
残された徴募兵たちの間で、尻餅をついていた赤髪の青年が震える足で立ち上がる。
「おいニンジン頭、怪我はねえか?」
「だ、大丈夫です……。あと、俺にはカイルって名前があります」
「そうかい。銀貨二枚のご利益があったな」
「俺を助けてくれたのはリュシアさんですよ」
言い返す青年へ、リュシアは視線を向けた。
「カイル。そんなに怖がりなのになんで兵隊になんてなったの?」
「そ、それは……戦争で手柄を立てれば、平民でも成り上がれるって聞いたからです」
目を伏せるカイルを見て、リュシアは軽くため息をつく。
実際の戦場を見て震え上がっているのを見るに、どこまでもただの一般人だ。
「死んだら意味ないよ。まずは生き残るのを優先すること」
「は、はい!」
リュシアは転がっていた帝国兵の剣を拾って腰に差すと、先行する兵のあとを追う。
* * *
旧市街の奥にある石造りの礼拝堂は、王国軍の複数の部隊によって幾重にも囲まれていた。
入り口や窓は瓦礫で塞がれ、たまに中から矢が飛んでくる。
リュシアたち徴募兵は正面脇の広場に立たされ、すぐ後ろにはギルバートの部隊が横一列に並んだ。
「構え……撃て!」
号令とともに銃声が響き、煙が立ち込める。礼拝堂の壁が少し砕け散った。
矢とは比べものにならない威力だが、リュシアが気になったのはその直後の動きだ。
兵士たちは筒の先から火薬と玉を入れ、細い棒で突き固める作業を一斉に始めていた。
全員が手元を見ており、前への警戒が疎かになっている。
リュシアは後方に立つギルバートに声をかけた。
「隊長。全員いっぺんに玉を込めてますけど、敵が飛び出してきたら大丈夫なんですか?」
「ふん、銃を見るのは初めてか」
ギルバートは鼻で笑った。
「装填に隙ができることくらい把握している。だから前方に貴様らを並べて対策してあるのだ。万が一出てきても、貴様らが相手している間に装填は終わる」
「……なるほど」
要するに、追い詰められた敵を舐めきっているらしい。
リュシアが前へ向き直った直後だった。
低い唸り声とともに、塞がれていた礼拝堂の扉が内側から吹き飛んだ。
土煙を上げて飛び出してきたのは、馬ほどもある四本足の獣が三頭。
全身が鎧と剛毛に覆われ、太い牙を剥き出しにしている。
その後ろからは、抜刀した帝国兵たちが雪崩れ込んできた。
「ちっ、帝国の軍用獣か! 隠してたな!」
ドルグが鋭く叫ぶ。リュシアは槍を構えながら聞き返した。
「軍用獣? ただの魔物じゃないの?」
「帝国じゃ百年くらい前から、一部の魔物を戦力にしてる。あれは装甲狼ってやつで、銃ですら当たりどころが悪いと効果が薄い」
三頭の装甲狼は、派手な旗を掲げるギルバートの本陣へ一直線に突っ込んできた。
「う、撃て! 早く撃てぇっ!」
ギルバートが叫ぶが、装填中の正規兵たちは動けない。盾になるはずの徴募兵たちも、獣の迫力に呑まれて逃げ散った。
先頭の装甲狼が正規兵の列を弾き飛ばして突破する。
本陣は一瞬で崩れ、逃げ遅れたギルバートは派手に転んで腰を抜かした。
「ひ、ひぃっ……! 来るな! 誰かっ!」
泣き叫ぶギルバートの目の前で、大口を開けた装甲狼が飛びかかる。
その横合いから、リュシアが踏み込んだ。
「はい、そこまで」
手にした槍を横薙ぎに振るい、装甲狼の鼻先を強打する。
鈍い音とともに巨体の軌道が少しずれ、同時に安物の槍が真ん中から折れた。
リュシアはすぐに穂先があるほうを持つと、体勢を崩した獣の懐へ潜り込む。
鎧があろうとも、口の中までは防げない。
開いた口に折れた槍を突き入れ、喉の奥まで一気に押し込んだ。
「ギャッ!?」
一頭目が倒れ込むと同時に、腰から帝国兵の剣を引き抜く。
だが、体勢を立て直すより早く、横から飛びかかってきた二頭目の体当たりが迫る。
すぐに剣の腹を盾にして受け止めたものの、馬並みの巨体がぶつかる衝撃までは殺しきれない。
「ぐっ……!」
リュシアの体は軽々と弾き飛ばされ、地面を何度も転がった。
全身を強く打ちつけて息が詰まる。
顔を上げたときには、残る二頭が揃ってこちらへ向き直っていた。
「嬢ちゃんが一頭をやったぞ! 動ける奴は動け!」
二頭目の横合いから割って入ったのは、槍を構えたドルグだった。
噛みつこうと開かれた大きな口へ槍の柄を押し込み、全身の体重をかけて動きを封じる。
「ニンジン頭! お前が一番近い! 首元の隙間を突け!」
「は、はいっ……うわあああっ!」
やけくそ気味に駆け出したカイルが、必死の形相で槍を突き出した。
穂先は装甲の隙間から喉元へ深く突き刺さり、カイルがそのまま体重を乗せて押し込むと、二頭目は血を噴き出して崩れ落ちた。
二頭目が消えたことで、リュシアの前に残ったのは最後の一頭だけだ。
痛む体を無理やり起こし、飛びかかってきた三頭目の爪を半歩下がってかわす。
着地した前脚の、関節の裏にある鎧の隙間部分を剣で深く斬り裂き、前のめりに崩れた獣の目へ切っ先を突き立て、そのまま脳天まで一気に貫く。
「はぁっ……はぁっ……体が痛い」
三頭の巨大な獣が、泣いていたギルバートの目の前で次々と血の海に沈んでいく。
あとに続いていた帝国兵たちは、切り札だろう軍用獣があっさり全滅したのを見て完全に足を止めた。
周囲からは、騒ぎを聞きつけた他の部隊も銃を構えて集まってくる。
「……もはやこれまでか」
帝国の士官が武器を捨てて両手を上げた。残りの兵たちも次々と武器を放り出し、その場に膝をつく。
大砲の到着を待つまでもなく、戦闘は決着した。
* * *
他の部隊が投降した帝国兵の捕縛を始める中、ギルバートはまだ地面にへたり込んで震えていた。
「た、助かった……」
呆然と呟くギルバートの前へ、リュシアが歩み寄る。
剣の血を軽く払い、愛想のいい笑みを浮かべたまま。
「ギルバート様のご立派な指揮で、無事に敵を討ち取れましたね。ところで、私たちの報酬の件ですけど……」
「あ、ああ……?」
リュシアはその場にしゃがみ込み、周囲に聞こえないよう声を落とした。
「……大砲が来る前に拠点を落として、軍用獣とやらを三頭も仕留めたんです。これ、全部ギルバート様の手柄にしたら評価が上がりますよね。逆に、腰を抜かして泣き叫んでただけなんて知られたら、名門のお名前に傷がついちゃいますよね?」
「き、貴様……私を脅す気か……!」
「取引ですよ。口止め料を弾んだうえで、私たちをそちらの部隊として正式に雇ってください。直属の部下が働いた形にすれば、誰にも怪しまれないでしょ?」
穏やかな口調だが、すぐ横には装甲狼の死骸が三頭も転がっている。
断ればどうなるかなど考えるまでもなく、ギルバートは青ざめた顔で何度も頷いた。
「わ、わかった! 金貨でも何でも払う。貴様らを私の直属部隊にしてやるから、誰にも言うなよ」
「ありがとうございます。いやあ、話のわかる上司で助かるなあ」
リュシアは軽く頭を下げて立ち上がった。
その日の夕方、生き残った徴募兵たちには口止め料の金貨が配られ、使い捨ての雑兵からヴィスコンティ家直属の隊へと立場が変わった。
新しく与えられた天幕の前では、生き残った徴募兵たちが手のひらで金貨を転がしながら話し込んでいる。
「いやはや、すごいな。腕が立つだけじゃなくて貴族様まで丸め込むとか」
「リュシアさんについていけば、本当に成り上がれるかもしれませんね!」
「ぬるいな。あれは敵に回したら一番怖えタイプだぜ」
そんな声を背中で聞きながら、リュシアは陣地にある鳥の国章を見つめた。
あんなのでも貴族は貴族だ。
利用すれば、上へ行くためのいい足がかりになる。
(これで少しは出世しやすくなる。面倒事は……その時はその時)
リュシアは誰にも気づかれないよう、かすかな笑みを浮かべる。
そもそもの話、ちやほやされるのはなんだかんだ嬉しいのだ。